タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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砲弾学園戦です!

 砲弾学園は、西東京に拠を構える私立の普通高校である。

 

 元々は戦後の復興期から高度経済成長にかけ、日本のプロレス界に多くの名シーンを刻んだプロレスラー、ダイナマイト・ホーダン氏からの多額の寄付によって誕生した学び舎であり、親日家であった彼の帰化名「砲弾」を、そのまま学校の名に頂いてる。

 本校は日本の伝統文化をこよなく愛した故・ホーダン氏の遺志を尊重し、茶道、華道、柔道、剣道、空手道など、日本の文化を守り、古き良き日本男児、大和撫子の育成に力を注いでいる。

 

「そして今日、我々はまぐり高校タンク道部は、

 そんな砲弾学園にガンプラバトルを挑む為、はるばる西東京までやって来たのである(マル)

 

「誰に話してんだ、ミカ?

 グズグズしてっと置いて行くぞ」

 

 レンタルのファミリーワゴンを下りて、小豆色のしなびたジャージの少女が敵地を臨む。

 土曜の休日である、人影は少ない。

 彼方の剣道場から、時折部員たちの気勢が響く。

 

「……何て言うか、意外。

 ホントに普通の普通高校なんだな。

 小生もっとこう、学園艦とか、戦車通学とか、迷彩ブレザーとかをイメージしてたのに」

 

「ギンちゃん、今時の日本にそんなメルヘンや男塾は存在しないのであります」

 

「オリハラさんの言う通りよ。

 学校名はあくまで創始者の名前をもらっているだけで、校風とは何の関係も無いわ。

 弓道とか茶道とか、日本文化に即した部活動では全国的に有名だけどね」

 

「けどそんな学校が、どうして今さらタンク道を?」

 

「ま、時勢がらってヤツよね。

 昨今はどこの私立校も少子化で苦労しているから」

 

 イイツカ・カオリのもっともな疑問に、引率のランコが肩をすぼめて答える。

 

「砲弾学園、名前のインパクトだけは抜群だからね。

 なんとか学園名にちなんだ催しで若者たちの注目を集めたいってんで、

 それでかつて一世を風靡したタンク道に目をつけたのよ。

 学園外から専属の臨時コーチを呼んで、学園興しにいそしんでいるってワケね」

 

「へぇ~、色んな事情があるんだねえ」

 

「私たちにとっては、言わば聖グロリアーナ女学院と言った所でしょうか?」

 

「さて、向こうさんが好敵手と認めてくれるかどうか、今後の貴方たち次第よね」

 

 言いながらトランクを閉め、勝手知ったる我が家のようにランコが先導を務める。

 

「さ、いつまでもこんな所でダベってないで、さっさと弓道場に行くわよ」

 

「あ、やっぱ弓道場でやるんだ……」

 

「当り前じゃない、弓道部なんだから」

 

 迷いの無いランコの足取りに、慌てて一同が後を追う。

 物見遊山な少女たちの中にも、少しずつ緊張感が漲りつつあった。

 

 

 

 ――タン!

 

 静寂の十五間を引き裂いて、的を叩く乾いた音が周囲に響き渡る。

 

 構え、引起こし、引き分け、会、離れ――

 

 きりり。

 引き絞られた弦が、刹那、空気を裂き、まるで裂帛の意志のように一直線に矢が疾る。

 タン、と的を捉え、そして、間。

 一条の風が、白鉢巻きの長い黒髪を微かに揺らす。

 

 残心。

 形としては身を残し、思想としては心を残す。

 得物の大小を問わず、競技と武道の世界を分かつ仕手の姿に、道場の隅のはま校タンク道部員たちのため息が漏れる。

 

「ほっえ~、すんごい、かぁっこいいなぁーっ」

 

「うん、私も本物の弓道を見るのは初めてだけど、何て言うか、圧倒されるね」

 

「しかし、詫びた道場の片隅にバトルシステムってのが、何とも言えずシュールだな……」

 

「ええっと、先生。

 ガンプラバトルと弓道って、何か深いつながりがあるのでしょうか?」

 

「あるワケないでしょ、そんなの」

 

 アウェーの空気に吞まれかかった生徒たちに対し、にべもなくランコが答える。

 

「強いて言うなら、盤外戦。

 勝負事の種類を問わず、ルールの外の駆け引きってのは重要よね。

 初見でガツンとやって、自分たちの世界に引きずり込む。

 今のアンタらみたいに簡単に乗せられてるようじゃ、向こうにとっては良いお客さん……」

 

「へっ、ランコは相っ変わらず夢の無い物言いをするねえ」

 

「ム――!」

 

 真正面から軽口を放って、白い素足がぺたぺたと板の間をやってくる。

 洗い晒しのジーンズにTシャツ、化粧っ気の無い顔立ちに、ショートカットの赤髪が戦ぐ。

 不敵な笑みを宿した長身の赤い唇を認め、すっ、とランコの瞳が仕事モードに入る。

 

「どうも、お久しぶりね、リュウザキ先生。

 今回は急な練習試合の申し込みを引き受けて下さって、本当にありがと……」

 

「ったく、なってねえなあ、デコよぉ。

 ガンプラバトルは縁の物さ。

 天下の『地虫の嵐(ハリケーン・クローラー)』が、ブランク空けでそんな事さえ忘れちまったのかい?」

 

「~~~ッ!

 うっさいわねぇ! 生徒の前よッ

 イキナリデコデコ呼んでんじゃあ無いわよこのバカァ!」

 

「ハッハッハ!

 変わんないねえデコちゃんは、ちょっち安心したぜえ」

 

 仕事モードは終わった。

 飄々とした赤髪の軽口を前に、デコちゃんのデコがソーラ・レイの如き光を放つ。

 たちまち喧々囂々と漫才を打つ大人たちの姿を、呆れたように一同が見つめる。

 

「ええっと、ヒロちゃん。

 あの『リュウザキ先生』って、もしかして……」

 

 ひそひそと耳打ちするミカに対し、こくり、と小さくヒロミが頷く。

 

「うん、そう。

 この間言ってた模型部の部長、リュウザキ・ツルギ(竜崎劔)選手だよ。

 今はさっきランコ先生が言った通り、砲弾学園の臨時コーチをやってるの」

 

「そっか、あの人が昔、はま校模型部を率いて東日本を制した……」

 

 ぴくん、と銀のピアスを通した地獄耳が軽く震える。

 たちまち燃えるような真紅の瞳がミカたちを捉え、にっ、と愛嬌のある笑みを向ける。

 

「ヘイ、ルーキー!

 話はデコから聞いてるぜえ。

 今さらになって私らの青春を引き継いでくれるとは、報われる話だねえ」

 

「あ、ど、ども!」

 

「ンッン~、良い目をしてる、それに度胸も良い、益々気に入ったよ」

 

「それ、完全に言ってみたかっただけよね……」

 

 真後ろからのデコちゃんのジト目を気に留めず、上機嫌のツルギが傍らのヒロミの頭を撫でる。

 

「へっへ、コバちゃんも随分とご無沙汰だったじゃないか?」

 

「は、ハイ! きょ、今日は宜しくお願いしますッ」

 

「おいおい、君の相手は私じゃないぜ。

 まっ、積もる話は腕前を見せて貰った後で、な?」

 

「ハイ!」

 

「……あのぉ、一つ宜しいでしょうか」

 

 カチコチに恐縮してしまったヒロミの後ろで、それまで話に聞き入っていたトモエがおずおずと片手を上げた。

 

「先ほどリュウザキ先生の仰っられていた『ガンプラバトルは縁の物』とは、

 一体、どう言った意味なんでしょうか?」

 

「と、おう、それ、それな嬢ちゃん!

 よくぞ聞いてくれました」

 

 ごほん、と一つ咳払いをして、ツルギが得意げな表情を見せる。

 

「――発足より精々が二十年足らず。

 ガンプラバトルってのは未だ発展途上の競技さ。

 掘り尽されていない金脈が幾つもあって、昨日までの定石が容易く引っ繰り返る。

 そんな状況下で、ある日突然、モンスターが現れる。

 異世界からの侵略者ってヤツさ」

 

「異世界からの、侵略者?」

 

「野球の天才が。

 あるいはボクシングの天才が、武道武芸の天才が、数式と物理化学の天才が。

 それとも少し、人よりちょっぴり変わった世界が見えると言うだけの女の子が。

 偶然の出会いがガンプラバトルの世界に革命を起こし、新たな常識を打ち立てていく。

 ガンプラバトルって奴は、そういう戦争を幾度となく繰り返しながら、世界中の人々を魅了してきたんだ」

 

「…………」

 

「ここに来て、タンク道復活の『兆し』

 新しい時代の風が吹き始めてるのをビンビンに感じてるよ。

 第十三回・ガンプラバトル選手権は、きっとまた新たな革命を巻き起こす。

 賭けたっていい、私のカンは当たるぜ」

 

「新しい風、かあ。

 ねっ、みんなは何か、凄い特技とかあったっけ?」

 

 ぽつり、とミカが素朴な疑問をこぼす。

 たちまち部員一同がぶんぶんと首を振るう。

 

「あ、あるわきゃあねえだろォ!?

 箸とタミヤのⅣ号より重い物を持った事の無い文化部に変な期待するなよぉ……」

 

「私も、精々護身術に古武道の手ほどきを受けた事があるくらいでしょうか?」

 

「古武道!?

 凄いじゃんトモちゃん! 完全に漫画じゃんか!?」

 

「あー、けど、タンク乗りとして役に立つんかな、それ?」

 

「まったく、良いように丸め込まれているんじゃないわよ、アンタら」

 

 ツルギの言葉に興味津々の一同に対し、呆れたようにランコが溜息を吐く。

 

「そいつの言ってる事は所詮はオカルト、無い物ねだりよ。

 あらゆる勝負事の世界において、地道な努力に勝るものなんて存在しないんだからね」

 

「ふふん、決め付けは早いぜえ、デコちゃん。

 オカルトが実在するかどうかは、実際にバトッてみりゃあ分かる」

 

 強気な笑みで一つ頷き、パチン、とツルギが指を鳴らした。

 

「ヒカル! ホタル! モモ!

 アップはもう十分だろ、お客さんがお待ちかねだぜ」

 

「ハイ!」

 

「さあ、アンタらもすぐに準備なさい。

 とにかく、今出来る事、全てぶつけて来るのよ」

 

「押忍」

 

 たちまち慌ただしく空気が動き、両学園の少女たちが一列に向かい合う。

 

「あなたがはまぐり高校の部長さん?

 今日は宜しくね」

 

「あ、や、あたしは……。

 ま、いっか、うん、こっちこそヨロシク!」

 

 ヒカルと呼ばれたショートカットの少女の手を、力強くミカが握り返す。

 

「って、よくねえ! よくねえよ~ミカぁ……。

 それ、小生が、小生がやりたかったーっ」

 

「はいはい、わかったわかった御大将。

 アメちゃんやるから大人しくしよう、なっ」

 

「来年はちゃんと、レギュラーを張れるタンクを用意するのであります」

 

 聞き分けのない部長を嗜めつつ、戦いに臨む両校の三名がその場に出揃う。

 

「よし、それではこれより、はまぐり高校、対、砲弾学園の練習試合を始める」

 

「双方、礼!」

 

 

「宜しくお願いします!」

 

 

 カトリ・ランコの号令に合わせ、双方が同時に頭を下げ、バトルシステムを挟んで向かい合う。

 垢抜けない小豆色のジャージ姿に、凛とした白の弓道着。

 テーブル中央、それぞれの脇に教師が陣取る。

 

『――Please set your Gunpla』

 

「ようし、(ティーガー)! 行くぞォ!」

「コバヤシ・ヒロミ、量産型タンクで行きます」

「ドルブさん、発進良し、です」

 

 システムのガイダンスに合わせ、はま校の三者が三様に口上を述べる。

 連邦、ジオン、さしてザフト――。

 作品の壁を超えたタンクの混成部隊に、たちまち力強い輝きが宿る。

 

 対し、砲弾学園で動いたのは、真ん中の黒髪の少女、ただ一人。

 右手の弓かけがベースの上に、一際巨大な『要塞』を力強く据える。

 

「うわぉっ!? な、なんじゃありゃあ!?」

「まあ!」

「まさかザメル!? け、けれど、あのサイズは……!」

 

「砲弾学園弓道部! スーパーザメル、出るわよ!」

 

 砲弾学園主将のヒカルの叫びに合わせ、佇立する要塞の単眼に、禍々しい紅い光が灯る。

 驚く間も無くカタパルトが走り、両陣営が嵐の只中へと放り込まれていく。

 プラフスキーが作り上げた暴風雨に震える港湾地帯。

 混乱がたちまち少女たちの口より溢れ出す。

 

「何、あれ、あの巨体!?

 あんなタンクがあるのかよ! 兄ちゃんの嘘吐きィ!」

 

 モニター越しに叩きつけるような水滴を振り払い、ギリリとミカが奥歯を噛み締める。

 雷鳴が闇夜を照らし、港湾を揺るがす巨神の姿を染め上げる。

 

「ヒロちゃん! アレは何!? アレもタンクだって言うの?」

 

「YMS-16M『ザメル』

 けれど、あの規格は既製品じゃない。

 ミカ、公式戦におけるMAのレギュレーション、覚えてる?」

 

「公式戦は3対3のチームバトル。

 ただし、規定サイズ以上のMAを使用する場合は、使用できるガンプラは一体のみ……、あ」

 

 腑に落ちた、と言った風にミカが頷く。

 時を同じくして、砲弾学園の乙女たちの呟きが漏れる。

 

「そう、これこそがスーパーザメル!

 タンク道の原点にして回天。

 長大な砲と堅牢な装甲を有した機体を、各自で分担して操作する」

 

「MAキラーとしてのタンクの時代が終わったと言うのならば、

 もう、過去の姿にこだわる必要は無いわ」

 

「さあ、始めましょう、私たち新世代のタンク道を」

 

 ぶおん、と暴風を巻き上げて、規格外の巨体が手品のように浮き上がった。

 荒れ狂う嵐をものともせず、何一つ遮るものの無い波止場に巨体が突き進む。

 

「な、なんじゃあ、あんな障害物の無い所に?

 あれじゃあ撃って下さいって言ってるようなモンじゃあないか」

 

「背水の陣! ここで韓信元帥でありますか!?」

 

「事実、撃って下さいと言ってるんだよ御大将。

 正面からの砲撃なら、火力と装甲でいくらでも押し返せる。

 そして後ろは海、あそこなら背後から襲われる心配がない」

 

 観客の三バカが驚きつつも的確な実況をする。

 不敵な自身と、難攻不落の巨体に裏打ちされた、絶対のストロング・スタイル。

 シンプルにして盤石なる籠城戦。

 何もせぬままに攻めあぐね、少女たちが必死に通信を飛ばしあう。

 

「くぬぬ、どないしよう!

 ヒロちゃん、良い作戦ある?」

 

「落ち着いてミカ。

 もともとMA対策は、私たちタンク乗りにとっては本懐だよ」

 

 言いながら荒天の空を見渡し、周囲の地形を見渡す。

 幸い敵は巨体、サーチライト代わりの単眼を見失う心配だけはない。

 

「……トモエさん、右手後方の高台に移動してください。

 ヒルドルブの配置完了と同時に攻撃を開始します」

 

「は、はうぅ、あんなに逞しいタンクさんが……」

 

「ト、トモちゃん! メロメロになっている場合じゃないよ!?」

 

「あらあら? すいません、私ったら……。

 ええっと、ドルブさん、移動を開始します」

 

 ヒロミからの通信を受け、トモエのタンクがゆっくりと闇夜に紛れて動き出す。

 揺るぎなき巨体を遠目に見ながら、ミカが小声で通信を続ける。

 

「ヒロちゃん、どうやってアイツを倒すの?」

 

「あの火砲、密集して戦ってもまとめて吹き飛ばされるだけでしょうから。

 とにかくは散兵戦術で仕掛けます。

 ヒルドルブの30サンチ砲が、どこまで通用するか?

 少なくとも、相手の注意を引く事くらいは出来る筈……。

 そこから先は出たトコ勝負、何とか乱戦に持ち込んで活路を――」

 

 

 ――ドゴンッ!!

 

 

 ヒロミの呟きを掻き消して、突如、ザメルの右肩の巨砲が火を噴いた。

 爆音が暴風を蹴散らして、一瞬、大気が静寂に震え、そして着弾する。

 遥か後方で火柱が噴き上がり、数秒遅れの衝撃波が、市街地に潜む虎たちの肌を容赦なく叩く。

 

「な!? ななななんだアイツらイキナリ!?

 なんで突然、あんな見当違いの場所にぶっ放してんの?」

 

「ち、違うよ、これ……?

 ごめんトモエさん! すぐに下がってッ」

 

「……はい? 後退なんですかあ?

 けれど、どちらへ向かえば良ろしいんでしょうか?」

 

「どこだって良い! とにかく、一刻も早く高台から離れて!?」

 

「はい~、わかりま……」

 

 ――ドゴン!

 

 間を置いて、再び砲撃。

 爆音がビリビリと通信を遮断し、数舜遅れの砲弾が、今度は違わず高台へと吸い込まれていく。

 

 

 ――ドワオッ!!

 

 

 そして、爆裂した。

 真昼の如き灼熱が天空を染め上げ、地形ごとヒルドルブが消滅する。

 

「うわあッ!? うわわわわわっ!?

 トモちゃん! 大丈夫トモちゃん!?」

 

「……あらぁ?

 もしかして私、撃破されてしまったんでしょうか?」

 

「ど、どういう事?

 なんでアイツら、トモちゃんの居所が正確に分かったの?」

 

「そうじゃないの、二人とも。

 ごめんなさい、全部、私のミスです」

 

 狼狽えるミカに対し、沈んだ口調でヒロミが応える。

 一方、対する砲弾学園チームは、どこまでも冷静に解析を続けていた。

 

「あのうろたえよう、二発目はどうやら直撃したみたい。

 距離適性を考慮すれば、多分、お団子頭のヒルドルブの子かしら?」

 

 メガネのモモの言葉に、右手のヒカルが満足げに頷く。

 

「お互い砲手同士だからね。

 砲撃に使いたいポイントなら手に取るように分かるわよ」

 

「加えてこちらは1360mmキャノン。

 どこに隠れていようとも、地形ごと相手を押し潰せるわ」

 

 

 

「――と、言うワケなんです。

 私の安易な作戦を読み切って、相手は砲撃ポイントを虱潰しに抑えてきたの」

 

「まあ、そうだったんですねえ」

 

「過ぎちゃった事は仕方ないよ。

 けど、ここから先はそうやって戦う?」

 

 フォローの効いたミカのセリフに対し、ヒロミの声のトーンが更に落ちる。

 

「……チームで一番の火力を持ったヒルドルブを潰されてしまった以上、

 もはや、遠距離からの撃ち合いでは、どう足掻いても私たちに勝ち目はありません」

 

「じゃ、接近戦だ。

 私もこの虎も、どっちかっていうとそっちのが好きだよ」

 

「ミカ……」

 

 飄々といつもの軽さで応えてきた僚機に対し、ヒロミもまた覚悟を決めてこくりと頷く。

 

「敵の主兵装のキャノン砲は、次弾争点まで数秒の猶予があるから、まずは私が囮になります。

 ミカ機は主砲発射の確認と同時に、敵目掛けて真っ直ぐに進んで下さい」

 

「了ッ解! ほんじゃ、ま――」

 

 

「「 パンツァー、フォー! 」」

 

 

 号令と同時に、ビルディングの影から量産型タンクが飛び出した。

 開けた舗装路盤の上を、真っ直ぐに敵影目掛けて突き進む。

 

 たちまち、ドゴン! と、三たび爆音が夜天に轟いた。

 強烈な殺意の塊が、タンク目掛けて死の秒読みを開始する。

 

「合図だァ―――ッッ」

 

 迷わずミカが飛び出した。

 砲撃のために横を向いたザメルのドテッ腹目掛け、全力のふせでラゴゥを加速させる。

 

「そう来るのは計算の内よ!」

 

 クルリ、とザメルが旋回した。

 両肩、両腿のコンテナがガバリと開き、夥しい数のミサイルが一斉にミカに対して牙を剥く。

 

「こっちだって計算の内です!」

 

 走りながら、ガンタンクの腰部が真横を向いた。

 側面、ザメルとラゴゥの斜線上へ向け、両腕のポッブミサイルを釣瓶撃ちにする。

 直後、1.3メートル強の砲弾がタンク目掛けて着弾し、爆音の中で機体が粉微塵となる。

 

 一瞬遅れて、放たれたポップミサイルがラゴゥの正面で次々と爆ぜた。

 眩い閃光、そして銀色にきらめく粒子の霧が、すっぽりと機体を包み込んでいく。

 

「チャフ! それにフレアー!?」

「これじゃあ、ミサイルの照準を合わせられない!」

「構わない! 全弾発射よ! とにかく面で押し潰す!!」

 

 力強い意志と同時に、ありったけのミサイルが白煙噴き上げコンテナから飛び出した。

 横殴りの雨粒に紛れ、鈍色の弾頭が一斉にラゴゥに対して殺意を放つ。

 

「まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ、まっすぐ――!」

 

 おまじないのように作戦を唱え、震える指先を抑えてスフィアを押し倒す。

 迫り来る死の群れ。

 避けたい! 逃げたい! 回避したい!

 そんな当然の生存本能を噛み殺し、却って殺意の壁に対して車体を際限なく加速させる。

 

 右に跳ぶ、左に跳ぶ、上に、あるいは後方に跳ぶ。

 いずれも無意味。

 弾頭の直撃を避けられたとしても、爆発によるダメージまでは避けられない。

 そして追い脚が鈍れば、たちまち装填が終わる、輩を屠ったバケモノ砲が跳んで来る。

 どうしようもなく詰んでしまう。

 

 可能性があるとすれば、コレ、ヒロミのくれた作戦ただ一つ。

 這い蹲ったポチの姿勢を、殊更に低く、地べたを這うように一直線に加速させる。

 ミサイルの群れがみるみる大きくなって視界を圧迫する。

 

 負けるものか。

 カッ、と猫目を大きく見開き、殺気の大群相手にメンチを切る。

 迫る弾頭を見極め、眼力で軌道を捻じ曲げる!

 オカルト、後はもうそれしかない。

 

「まっすぐうぅゥゥ~~~~~~ッ」

 

 ぶわっ。

 ごうっ、と巨大な熱量が肌を灼き、舐めるように体の表面を通過した。

 空気がふっ、と軽くなり、たちまち足元が重力を失う。

 冷たい汗が一筋、うなじから真っ直ぐに背筋を抜ける。

 

(今、ミサイルの壁を抜けた……!)

 

 思う間もなく、ミカの指先が動いていた。

 大地を蹴り、思い切り荒天の空に獣の四肢を伸ばす。

 

「おぅああああぁぁ――――っ!?」

 

 刹那、どうっ、と後背から爆風が舞い上がった。

 背翼が軋み、たわみ、とうとう圧し折れ、煽りを受けた機体が思い切り前方に跳ね飛ばされる。

 跳ね飛ばされながら体を丸め、ザメルのコックピット目掛け一直線に跳び込んでいく。

 

「真っ直ぐッ! まっす――」

 

「あ、ダメ」

 

「ふぇ?」

 

 ポツリ、とヒロミの呟きが零れた。

 同時にじゅん、と横一線に閃光が走った。

 たちまちラゴゥのコックピットが、上体ごと地上から消滅した。

 

「……設定上、ザメルはビームサーベルを使えるんです」

 

 何が起きたか分からないと言った風なミカの隣で、ヒロミが静かに嘆息を吐き出す。

 

 上体を灼かれた虎の残骸が、ザメルを外れて虚しく後方で水柱を上げる。

 敵の消滅した戦場で、ザメルが輝く刃を振るって残心を取った。

 

 

 

 

 


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