タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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タンク道、始めます

「却下」

 

 二文字であった。

 茨城県立はまぐり高校1-C担任、カトリ・ランコ(花鳥 嵐子)は、差し出された申請用紙を一瞥すると、呆れたように一息ついて生徒たちへと突き返した。

 

「うぇ~っ!? な、なんでさデコちゃん!」

 

「うっさい! デコちゃん言うなッ!

 だいたい何よタンク道部ってのは!

 あんたたち、部活動はもっとマジメに考えなさい」

 

 迂闊なミカの一言に対し、ちんまい背を必死に伸ばしてランコ先生が抗議する。

 ピンクのカチューシャで掻き上げられた形の良いおでこが、今日も麗しい。

 

「ご、ごごご誤解だよデ、先生。

 小生たちタンク道部は、寝ても覚めても戦車の事を真剣に……」

 

「ふーん。

 だったら聞くけど、部長、タンク道って言うのは、何?」

 

「……えっ?」

 

「試合のルール? レギュレーション?

 ガンプラバトルの流派? それとも何らかの思想や哲学の類かしら?」

 

 デコちゃんからの思いもよらぬ反撃を受け、回答に窮したギンガが部員を見渡す。

 

「ええっと、タンク道って、何?」

「そう言えば、なんだろう?」

「何でありますか?」

「え? タンクで戦えばタンク道なんじゃないの?」

「タンクさんを愛でる事じゃないでしょうか?」

「…………」

 

「――タンク道ね、そんなものはただの言葉よ」

 

 今イチ締まりの無い生徒たちの反応に対し、あっさりとランコが言い捨てた。

 

「一昔前、ガンプラバトルでちょっとしたタンク乗りたちのブームがあった。

 タンク道ってのは、その時の広告代理店が立ち上げたキャッチコピー。

 なんら実態の伴わない、一時の流行語みたいなものよ」

 

「まあ、そうだったんですねえ」

 

「先生、タンク道、詳しいの?」

 

「とりあえず少なくとも、今のアンタたちよりはね。

 伊達に教師はやってないって事よ」

 

 しみじみと一つ溜息を吐き、そしてランコは、再び鋭い視線を一同に向けた。

 

「だからね、今時そんな黴の生えたフレーズを持ち出そうなんて、とんだお笑い草だわ。

 アンタたち、さっきも言ったけど、部活動はもっと真面目に考えなさい。

 こんな所で貴重な青春を浪費してる場合じゃないわよ」

 

「あわわ、だから、うちらは大真面目なんだってば!

 小生、学が足りんので、うまく言葉には出来ないんだけれど」

 

「そうだよ先生、ギンちゃんはバカだけど真剣なんだよ」

 

 ギンガ、ミカが尚も喰い下がるも、どうにも旗色が悪い、教養が足りていない。

 調伏すべき相手は、若いと言えどクラス担任。

 このような向う見ずな生徒たちをあしらう事に長けたスペシャリストである。

 

 

 ――と、

 

 

「……そんな言い方、卑怯ですよ、先生」

 

 不意に、ぼそり、と呪詛のような呟きが聞こえた。

 思わず論争が止み、一瞬、空気が固まる。

 

「やっぱり、あなたがみんなを焚き付けたのね、コバヤシさん」

 

 はあ、と大きく溜息を吐いて、ランコが恨みがましい視線を声の主へと向ける。

 対し、コバヤシ・ヒロミは、きゅっ、と拳を握り締めたままで俯いていた。

 今一つ事情が掴めぬまま、そんな二人の姿を、ミカの猫目がきょろきょろと見回す。

 

「ええっと、何が何だかよく分かんないんだけど……。

 ヒロちゃん、卑怯ってなんの話?」

 

「……今、先生の語ったタンク道の意味には、本当は続きがあるんです」

 

 ミカの疑問に、ためらいがちにヒロミが答え、ちらりと正面へ視線を向ける。

 対するランコは言葉も無く、含みのある横顔で机の端を見つめていた。

 一つ深呼吸をして、お気に入りの詩集でも諳んじるかのように、再びヒロミが口を開いた。

 

『――タンク道、そんなモンは只のキャッチコピーさ、今はね。

 だからこそ私たちの戦いで、少しでもみんながタンクに興味を持ってほしいって思ってる。

 ガンプラバトルの世界に、私らタンク乗りの楽園を築きたいんだ』

 

「…………」

 

「茨城県立大洗はまぐり高校模型部部長、リュウザキ・ツルギ選手の言葉ですね。

 十年前の、東日本大会優勝の折、月刊アストナージのインタビューに掲載された……」

 

「……随分と懐かしい話を持ち出したものね」

 

「えっ!? 優勝って、はま高が?」

 

 傍らで素っ頓狂な声を上げたミカに対し、ヒロミは静かに頷いて一同を見渡した。

 

「はま高の模型部、昔は結構な強豪校だったって話をしたよね。

 カトリ先生は十年前、カスタムタンクの操縦士として、ガンプラバトル世界大会への出場を果たしているんです」

 

「まあ、そうだったんですか」

 

「し、知らなんだ……、小生、一生の不覚である」

 

「全盛期のカトリ・ランコと言えば、名だたるタンク乗りたちも一目置く伝説の名手なんですよ。

 次世代の可変機相手に一歩も譲らぬ高速走行技術から、付いた異名が『地虫の嵐(ハリケーン・クローラー)』」

 

「その呼び方はやめなさい!

 誰よ! 年頃の女の子捕まえて『地虫』とか言い出したの?

 考えた奴、絶対にいつかぶっ飛ばしてやるわ!」

 

 その名を口にした途端、ランコが突然キレた。

 くるりと椅子を回転させ、迂闊なヒロミを真正面から睨み据える。

 ツンツンなおでこも光って唸る。

 

「ええー、なんでさ先生。

 スゴイじゃん! 超カッコいいじゃん! 忍者みたい!」

 

「……まあ、昔はね。

 確かにかつてのフィールドには、そんな風が吹いていた時代もあったわ」

 

 子犬のようにじゃれつく猫目の少女を前に、ランコは観念したかのように一息吐いた。

 

「十年前。

 まだガンプラバトルが、PPSE社主導の『興業』的であった時代ね。

 黎明期のガンプラバトルって奴は、現代から見れば、ひどく鷹揚で大雑把だった。

 艦載機を満載した戦艦同士がぶつかってみたり、一つのガンプラを多人数で動かしてみたり、

 主催者権限でゴルフだの双六だの意味の分からない試合を突然やらされたり、

 極端なメタゲームの果てに、戦場がMAとサイサリスで埋め尽くされてみたり――」 

 

「うわっ、噂には聞いた事があるけど、カオスだなそれは」

 

「そりゃあさ、なんでもありなら小生だってデビルガンダム使うわー」

 

「そんな無茶苦茶、普通一般のビルダーは怒らなかったのでありますか?」

 

「二代目メイジンを始めとした一部の超人たちは、そんな状況下でも実績を残していたからね。

 当時はむしろ、レギュレーションの類に保護される事自体を惰弱とみなす風潮すらあった」

 

「けれど当時の情勢は、タンク乗りにとって必ずしも理不尽なものでは無かったんですよね」

 

 事実を確認するようにコバヤシ・ヒロミがおずおずと相槌を打つ。

 

「遠からぬ未来、大型MAが戦場を席捲する時代がくると囁かれていたあの頃。

 MAの堅牢な装甲とIフィールドに対し、強力な実弾兵器と車両の小回りを両立するタンク。

 そもそもの規格の差から流石に有利とまでは言えませんが、それでもタンク乗りたちは、少なくとも絶望的な戦いを強いられるMSよりは、まともな試合を挑む事が出来たんです」

 

 ヒロミの丁寧な捕捉に静かに頷いて、デコちゃんの回想が、徐々に熱を帯び始めていく。

 

「そ、コバヤシさんの言う通りね。

 私たちのチームは混沌としたルールの隙間を縫うように、悪知恵と運とその場のノリを味方につけて、勝って、勝って、勝って勝って勝ち捲ったわ」

 

「ほっえ~、何かカッコいいなー、先生」

 

「強大なモビルアーマーの壁を前に、敢然と立ち向かうタンク乗りの女の子たち。

 メディアの喰い付きも早かったわね。

 大衆の判官贔屓もあって、私たち模型部は、あっと言う間にスターダムにのし上がった。

 しまいには『タンク道は淑女の嗜み』なんてワケの分からないコピーが出回ったりもしたわね」

 

「わ、自分で言っちゃったよこの人……」

 

「うん?

 けど、小生はそんな事、今日の今日まで全然知らなんだぞ。

 今日まではま高に通って来たと言うのに……、はっ?」

 

 咄嗟にギンガが口をつぐみ、思わず迂闊な反応をしてまった己を呪う。

 だが、予期していた怒声は無く、ランカはただ肩を竦めて溜息を吐いた。

 

「さて、そこの所が問題なのよね。

 私たちのタンク道がブームになったのなんて、せいぜいが一年かそこら?」

 

「あ……」

 

「なぜかしら、コバヤシさん?

 何故にタンク道はあっという間に廃れ、忘れ去られてしまったのか」

 

「…………」

 

「今までの話から察するに、環境が変わったって事、なのかな?」

 

 貝のように押し黙ってしまったヒロミの代わりに、傍らのカオリが推論を述べる。

 

「ご明察。

 それまでも兆候は幾度と見られたけれど、本格的に歴史が動いたのは、例の第七回大会ね」

 

 それまでと打って変わって、声のトーンを落として淡々とランコが語る。

 

「カルロス・カイザーの予選敗退。

 イオリ・セイ、三代目メイジン・カワグチらを始めとした新世代の台頭――。

 戦場は一変したわ。

 粒子変容技術の解析と応用により、従来の常識を打ち破り、高機動、高火力を両立する個性豊かなMSたちが、戦いの中心へと帰って来た。

 モビルアーマー一強の時代はここに終焉を迎えたわ。

 天敵としてのタンク、諸共にね」

 

「第七回大会……。

 ガンプラバトルが途絶える前の、最後の大会かあ」

 

「ガンプラは自由……、三代目の受け売り、ね。

 何物にも縛られぬ発想と、それを現実の形にする粒子の光を前に、タンクは存在意義を失った。

 元より、MAに対する戦術論としてこそ研究する意義のあったタンク道。

 鈍重な砲も、地形に著しい制限を受ける無限軌道も、ただの枷でしか無くなっていったわ。

 MAの時代の終息とともに、タンクは歴史上の役割を終えたのよ」

 

「そんな!

 まだ、何もかも終わりになったワケじゃありません。

 学生大会はあくまでもチーム戦。

 操作系のシンプルさと明確なコンセプトの違いから、タンクとMSは棲み分けできます。

 支援機としてのタンクは、未だMSに対しても、一定のアドバンテージを有しているハズです」

 

「昨年の全国大会に、そのタンク乗りを有した学校がどれだけあったかしら?」

 

「……!」

 

「機体がシンプルなのは、それだけ兵器としての伸び代が残っていないと言う事よ」

 

 ヒロミの必死の抗弁を、真正面から斬って捨てる。

 冷たく突き放すような声色が、やがて、穏やかな忠告へと変わっていく。

 

「もしも貴方たちが個人的に、公式戦でも通用するタンクを作りたいと言うのならば。

 私は敢えて止めたりはしない、バトル部の顧問を務めるのだってやぶさかではないわ」

 

「…………」

 

「けれど、タンク道を追及するため()()の部活は止めておきなさい。

 その先には未来なんてない、十年前の模型部の二の舞よ。

 貴方たちの卒業と同時に消滅する部だわ」

 

 しん、と先ほどまでの勢いが水を打ったように静かになる。

 先人の忠告を終え、ほう、とランコが大きく吐き出す。

 重っ苦しい緊張感の中、学生たちが互いの顔を困ったように見合せ――

 

「え~っ?

 けどさ、そんなのって、やっぱもったいないよ」

 

 そして、そんな張り詰めた空気を屁とも思わず、マイペースなミカが飄々と口を開いた。

 

「ちょっ、ミカ、おま、ま」

 

「……なによマユヅキ、意味が分からないわ。

 あんた、私の話ちゃんと聞いてた?」

 

 たちまちランコが不機嫌なジト目をおさげの田舎娘に向ける。

 当のマユヅキ・ミカは無論、そんな視線など意にも介さない。

 

「だってさあ先生。

 今日びガンプラバトル部なんてのは、日本中のどんな学校にだってあるよね?」

 

「……まあ、そりゃあそうでしょうよ。

 ガンプラバトルは今や、全世界で最も競技人口の多いゲームですものね」

 

「けどさデコちゃん。

 デコちゃんたちの母校も、デコちゃんが先生やってる学校も、日本中でここだけなんだよ?」

 

「――!」

 

「だったらあたし、やってみたいよ、タンク道。

 今まで私、タンク道の歴史なんて何にも知らなかったけど、

 でも、デコちゃんの話を聞いてて、ますますそう思った。

 デコちゃんが見ていた世界、私だって見てみたいな」

 

「あ……」

 

 思わず反論に詰まる。

 ガンプラの素人ゆえの屈託のない感想が、少女たちの十年に、別方向からの光を当てる。

 教師としての理論武装が、タンク乗りの心に内側から突き崩される。

 

「そうですよ、先生!」

 

 ぐっ、と身を乗り出して、コバヤシ・ヒロミが鬱屈とした想いを吐き出す。

 

「十年前のカトリ先生たちの試合、子供心にも感動しました。

 やってみたいんです、タンク道、あの日の続き!」

 

「…………」

 

「だから、お願いだから、もう終わっただなんて、そんな悲しい事を言わないで下さい」 

 

「――今は、時ならぬガールズ&パンツァーの人気で、大洗町全体で戦車の注目度が上がっている時期ですから」

 

 人差し指を形の良い唇に当てがい、切実なヒロミの声とは対照的に、あくまでおっとりのんびりとトモエが思案に耽る。

 

「今、私たちがタンク道を復興させたいと思ったのには、きっと意味があるんですよ。

 新しい流れ、皆さんと一緒なら作っていけるんじゃないかって思います」

 

「わっ、さすが社長令嬢。

 そんな先のことまでちゃんと考えてたんだ」

 

「いいえミカさん。

 私はただ、確かな縁を信じているだけですよ。

 折角ミカさんたちと出会ってタンク道を知ったのですから、その先があったら素敵ですよね?」

 

「乙女だなあトモエさんは」

 

「そう、そうなんだよ、トモエさん、それにみんな!

 小生が肚の底から言いたかった事を、よくぞ代弁してくれたあ!」

 

 ふるふるとアホ毛が歓喜に震え、ギンガ部長が職員室の中心でがばちょと叫んだ。

 

「小生は別に、ガンプラバトルをやりたいんじゃあないっ!

 タンク道をやりたいんだ! ここにいる皆と、一緒に青春したいんだよォ~ッ!!」

 

 感極まった部長の雄叫びが職員室に響き渡る。

 そんな興奮状態となった御大将を後ろから羽交い絞めにして、三バカの同志が頷き合う。

 

「私たちのやろうとしてる事の無謀は百も承知さ。

 MA一強の時代にタンクで抗おうとしたデコちゃんたち模型部くらいには無謀、だろ?」

 

「はま高の先輩たちの青春が、ダメになるかどうかの瀬戸際なのであります!

 やってみる価値はあるのであります!!」

 

「デコちゃん!」

「先生ッ!」

「カトリ先生」

「頼むよデコちゃん」

「デコちゃん先生」

「お願いであります、先生!」

 

 少女たちの情熱が重なり合う。

 異口同音に想いが一つとなり、まっすぐに正面のランコを捉える。

 

「お願いします!

 タンク道の顧問、どうか引き受けて下さい!」

 

「お願いします!!」

 

 ヒロミの懇願に合わせ、少女たちが一斉に頭を下げる。

 しん、と静まり返った職員室に、やがて、ちらほらと拍手が響き始める。

 

「あ、あなた達……!」

 

 カトリ・ランコの唇からこぼれた呟きが、微かに震える。

 柔らかな拍手が、職員室いっぱいに広がっていく。

 かつて、はま高の一世を風靡したタンク道が、新たな祝福を受け生まれかわr

 

「……って、さっきから聞いてりゃ何よデコちゃんデコちゃんってッッ!!

 揃いも揃って、アンタら教師バカにしてんの!?」

 

「うわあああっ!? あわわ!

 ゴ、ゴメンなさい先生! ついその場のノリで!」

 

「おい! 謝れ部長!!

 部を代表して謝るんだよッ」

 

「ゴメンなさい! ゴメンなさい!

 ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい!

 許して下さいッ!!」

 

「……ったく、ほら、マユヅキ!」

 

「ん?」

 

 ひと声かけ、ランコが机の脇にかけられていたキーを、ミカに向かって無造作に放り投げる。

 ぱしり、と、ちっぽけな僧侶ガンタンクのストラップが、ミカの掌に収まる。

 

「ご所望のバトルシステムの起動キーよ。

 正式に部活動の認可が下りるまでは、あそこがタンク道部の仮の部室。

 少ししたら私も行くから、先にシステムを立ち上げときなさい」

 

「あ……、うん!

 ありがとう、デ、先生!」

 

「ようし、行くぞはま高タンク道部、パンツァー、フォーだッ!」

 

「部室に行くんだから、この場合、後退じゃないか?」

 

「後ろへ前進、なのであります!」

 

 かしましい声を上げながら、嵐のような一年生たちが去っていく。

 ようやく日常を取り戻した職員室で、ランコが今日何度目かの大きなため息をつく。

 

「ふふ、新任教師は生徒たちから随分と慕われていますねえ」

 

「教頭先生……」

 

 対面に現れた初老の老人に対し、ランコが顔を上げ、困ったように首を振るう。

 

「あの世代の若者は、無鉄砲が取り柄ってだけの話ですよ。

 これから先の苦労なんて、考えもつかないんですから」

 

「無鉄砲も無謀も、全て若者たちの特権ですよ。

 思い出しますねえ。

 マジメ一辺倒のクラス委員のデコちゃんが、模型部を立ち上げたいって来た日の事」

 

「もう、先生までそんな……」

 

「あの時の模型部の少女たちの情熱は、無駄になってはいなかった。

 うれしい話じゃないですか?」

 

「……それも、今後のあの子たち次第、ですけどね」

 

 ふ、と小さく苦笑をこぼし、そしてランコは、胸元からピンクのスマートフォンを取り出した。

 

 

 

『――Please set your Gunpla』

 

 猥雑とした室内に、機械的なガイダンスの声が響き渡る。

 気を利かせたランコが照明を落とし、薄闇に包まれた教室に、神秘的な蒼の光の粒が溢れ出す。

 

「ミカ、お願い」

 

 システムの前に立ったミカの胸元に、そっとヒロミが、一台のガンプラを差し出す。

 

「いいの?」

 

「うん、こうやって部活動を始められたのも、みんなミカのおかげだから」

 

 ちらり、とミカが視線を真横に向けて三バカを見やる。

 にっかりとギンガが笑い、呆れたように右手を振るう。

 

「フハハハハハ! 許す、許すぞミカ。

 タンク道部の初代部長は寛大だからなあ!」

 

「そっか、そんじゃ、ま、ありがたく」

 

「ミカさん、頑張ってください」

 

 後方のトモエの声援を受け、手にした車両をベースに据える。

 青白い光が車体を投下し、鋼鉄の重機が緩やかにアイドリングを始める。

 

「大洗はまぐり高校タンク道部、マユヅキ・ミカ。

 61式戦車、発進します!」

 

 珍しく殊勝に名乗りを上げ、緩やかに両手のスフィアを前傾させる。

 ゆっくりと履帯が回り、ゴトン、とベースを下りたタンクが、徐々に速度を上げていく。

 

 やがて、バッ、と鮮やかにゲートが広がる。

 プラフスキーの荒野に飛び出した車両の上に、満点の星空が降り注ぐ。

 

「おお! やったぜマイ、かおりん!

 動いた! 戦車が本当に動いたよッ!!」

 

「落ち着けよ御大将、ガンプラが動くのは当り前さ」

 

「けれど、こうなると自分も、早く色んなタンクを動かしてみたいのであります!」

 

「ふふ、慌てなくても、これからいくらだって対戦できるからさ」

 

「タンク道部、ですからねえ」

 

 

「ようし、それじゃあコイツは、タンク道部の輝かしい未来を祝して――!」

 

 

 ―― ドン! ドン!

 

 

 煌く天の川へ向け、二連の滑空砲が空砲を捧げた。

 ビリビリと仮初の大気を震わして、見えざる砲弾が中天へと吸い込まれて行く。

 

「さ、みんな! セレモニーはここまでよ」

 

 パチリ、と照明を点け、顧問のランコが居並ぶ部員たちに向けて声を張る。

 

「第十三回ガンプラバトル選手権、茨城予選の開始まであとひと月。

 ド素人の集まりであるアンタたちに、いつまでも感慨に浸ってる時間なんてないわよ。

 用意の出来た子から、さっそくバトルを始めなさい」

 

「と言うワケだァ!

 誰でもいいからかかって来いッ」

 

「ようし、行けェタンク道部!

 我らのタンク魂を見せてやれぇ!」

 

「いやいや、まずアンタが行けよ部長」

 

「と言うか私たち、ガンプラなんて持ってませんよ?」

 

「このジョニー・ライデン専用Ⅲ号突撃砲F型なら……。

 動かないでありますよねえ、やっぱり、タミヤ製ですし」

 

「ミカ、この間の陸戦強襲型ガンタンクは?」

 

「ワケもなく学校に持って来てるハズないじゃん、そんなの」

 

「…………」

 

 

「……あ・ン・た・ら・ねぇ~~~」

 

 

 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 大気が震え、一同が恐る恐る、部屋の隅でおぞましい重圧を発する教師を見やる。

 刹那、ピンクのカチューシャに掻き上げられた愛らしいおでこがトランザムした。

 

 

「全員! 今日は念入りに部室の掃除ッッ!!

 気合い入れてチャッチャと終わらして、すぐにタンク買ってきなさァ――イッッ!!!!」

 

 

 こうして、気炎万丈、茨城県立大洗はまぐり高校タンク道部の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 


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