タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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部活動、始めます

 ――戦いの終わりが、近付いていた。

 

 無限軌道が廻り、車体が廻り、ターレットが廻る。

 目まぐるしく風景が移ろい、轟音が轟き、紙一重で撃ち出された砲弾が装甲を掠め、叩き、容赦なく傷つける。

 それでも脚を止める者は無い。

 くるくると、エンドレス・ワルツのように踊り狂う三台の戦車。

 優雅にすら見える鉄機たちの舞に、無意味な行動、不毛な選択は何一つとしてありはしない。

 

 決戦場となった中央広場のそこかしこに配置されたアトラクション。

 無限軌道を妨げる障害物、二択三択を迫る小山に車両一台が辛うじて通れる狭いトンネル。

 それら全てが彼女たちの戦法であり、戦術であり、戦略である。

 

「……ッ!?」

「…………」

「はうぅ……」

 

 お泊り会 IN ムサシマルさん家。

 土日を利用した少女たちの親睦会もまた、一つのクライマックスを迎えようとしていた。

 ムサシマル財閥令嬢のホームシアターが、聖地立川を彷彿とさせる爆音上映を繰り広げる。

 

 当初「これ終わったら怒りのアフガン見よーぜー」などと茶化していたマユヅキ・ミカも。

 

「今さら後追いで、ミーハーだなんて思われたら恥ずかしいし……」

 と、オタク特有の価値観から視聴に後ろ向きだったコバヤシ・ヒロミも。

 

「戦車道は淑女の嗜み」から始まる独特の世界に首を傾げっぱなしだったムサシマル・トモエも。

 

 今は三人言葉無く、他の戦車道の仲間たち同様、西住姉妹と島田愛里寿の戦いを食い入るように見つめていた。

 

 劇場版アニメとは、オリジナルアニメのシリーズ展開における一つの()()()である。

 劇場公開と言うメジャーな箔の下、制作委員会方式によって掻き集められた潤沢な資金がたったの一話に惜しみなく投入され、新鋭気鋭、あるいはベテランのクリエイターたちが日頃の鬱憤を晴らすかのように持てる全ての技を振るう。

 

 作画崩壊や露骨な後付け、引き伸ばしと言った、幾つものリスクを伴うTVシリーズ。

 懐へのダメージが大きく、ともすれば丈不足や打ち切りの波乱が付きまとうOVA商法。

 そのどちらとも異なる、正しくは王者の道。(※一部例外もあります)

 

 90~120分と言う、長すぎも短すぎもしない時間の中で、リミッターを外したあのキャラこのキャラが、泣き、笑い、叫び、見る者に至福の人間ドラマを提供する。

 そんなアニメ界に浮かぶ真珠ような作品たち中にあってなお『劇場版ガールズ&パンツァー』は、当代群を抜いた傑作であった。

 

 広大な戦場に顔を見せる、懐かしのライバル、そして期待のニューフェイス。

 そんな中、お約束通り再び大洗女子学園を襲う廃校の危機。

 郷愁に暮れる穏やかな夜、遠ざかる学園艦、離れ離れになっていく友人。

 終末の日々と、戦車のある日本の原風景。

 

 そして、転機。

 一点攻勢、逆襲、加速する時間、燃え上がる熱情。

 新たなる巨大な壁を前に、再び立ち上がる仲間たち。

 卑劣なる文科省の罠、絶望の朝。

 ああ、もう駄目だ、そんな時、学園の垣根を越えて結集するかつての強敵――。

 

 王道は、使い古される事を知らない。

 幾度と無く世に現れる名作の存在が、四次元殺法コンビの忠告の正しさを証明する。

 少女×戦車と言う渾身の飛び道具は、揺るぎなき基盤の上にこそ両立出来るのだ。

 

 劇場を震撼させる超兵器。

 一人、また一人と散って行く仲間たち、とび出す個人技、飛ぶが如く戦車。

 回天の一手、背水の陣、恐るべき罠、会心の観覧車、奇策、友情、ゲリラ、ド根性――

 それら全てを蹴散らして、戦場に君臨する最後の乙女。

 スクリーンに展開された一分一秒、全ての場面がラスト・ダンスへと凝縮されていく。

 

 そうして、最後の弾丸が放たれる。

 双方のフラッグが上がり、時間が止まる、空気が、固まる。

 

『――目視確認、終了。

 大学選抜、残存車両なし、大洗女子学園、残存車両、1』

 

『大洗女子学園の勝利!』

 

 

「……いぃぃよッしゃあァ――――ッッ!!」

 

 モニターの中の新三郎と、モニターの外のミカの叫びがシンクロする。

 液晶の壁を越えて歓喜の輪が一同を包んでいた。

 ヒロミの目尻にもうっすらと輝く物が滲む。

 死闘を超えて牽引されて来たⅣ号の姿に、トモエが柔らかな拍手を送る。

 溢れんばかりの感動に、皆が一体となっていた。

 

「エイドリアァ――――ン!」

 

 感極まったミカが高らかと叫んだ。

 ロッキーを見た翌日には、生卵をジョッキで呷ってフィラデルフィア美術館(十勝小学校)の石段を駆け昇り、実家のコッコを追いかけ回してはおじいちゃんに怒られる。

 そんな感化されやすい少女であった。

 

「ヒロちゃん、トモちゃん、ガルパンはいいぞ!」

「ガルパンはいいぞ!?」

「はい、良いですね―」

 

「だからやろう! あたしたちも!」

 

「やるって、戦車道を、ですか?」

 

「ええっと、タンク道なら、もうやってるけど……?」

 

「ちっがーう!」

 

 胸中を焦がす炎に身を捩じらせ、悶えるようにミカが叫ぶ。

 

「もっとこう、青春しようよ! 青春!

 放課後にみんな愛車を持ち寄って、磨いた機体でこう、廃校を賭けた大会に臨むんだよ」

 

「ええ……。

 いくら普通の普通高校と言っても、そうそう廃校はしないと思うけどな」

 

「大会、と言うと、部活動、でしょうか?」

 

「――! それだッ!」

 

 とぼけた口調のトモエに対し、たちまちミカの瞳が輝き、力強く右手を指し示す。

 きょとん、と二人の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

「「部活動?」」

 

 

 鐘が鳴る。

 気だるい週明けの授業が終わり、茨城県立はまぐり高校にも、生徒の活気が戻りつつあった。

 

「それで、部活動って言ってたけど、ミカはどうするつもりなの?」

 

 教室の片隅、窓際のミカの席で輪を作り、三人が今後の作戦会議を進めて行く。

 

「うーん。

 ガンプラバトル選手権に参加するって言うと、模型部かバトル部って事になるのかなあ?」

 

「ないよ、どっちも、この学校を受験する前に調べたんだけど」

 

「えーっ! なんで、なんでさ!?」

 

 愕然と身を乗り出すミカに対し、正面のヒロミが少し寂しげに視線を逸らす。

 

「数年前まではあった……、らしいんだよ、模型部。

 それも一昔前は、普通の普通高校とは呼べないくらいの強豪校だったみたい」

 

「え、そうなの?」

 

「うん、ただ、年々入部希望者が減って行って、いつの間にか自然消滅しちゃったみたい」

 

「そ、そんな~」

 

 へなへなと、ミカが力無く机に突っ伏す。

 そんな友人の姿に、ためらいがちにトモエが片手を上げる。

 

「あの、部活が無いなら、新しく立ち上げれば良いのでは無いでしょうか?」

 

「それだ! トモちゃん、あったまいいー」

 

 パチン、と勢い良く指を鳴らし、再びミカが立ち直る。

 困ったようにヒロミが静かに首を横に振る。

 

「ええっと、それも実は少しだけ調べてみたんだけど。

 新規に部活を立ち上げるには、入部希望者を五人以上集めて申請しないとダメみたい」

 

「五人かあ。

 あーあ、どっかに二人くらい希望者いないかな?」

 

「あ、やっぱり私たち、もう頭数に入ってるんだ……」

 

「ね、元模型部の部員ってさ、もう学校には残ってないの?」

 

「模型部が廃部になったのって、三年前の話だよ。

 そもそもガンプラが好きな生徒がいるなら、そうそう潰れたりしないと思うし」

 

「むむ、まあ、それもそうなんだけどさ」

 

「あのー」

 

 うんうんと頭を捻りはじめたミカに対し、傍らのトモエが、再びためらいがちに片手を上げる。

 

「模型部が残っていないのなら、同好会の方たちを誘ってみてはどうでしょうか?」

 

「同好会? そんなのあるの?」

 

「はい、私も、噂で聞いただけだけなのですけれど……」

 

 そこでトモエは言葉を切り、軽く小首を傾げて呟いた。

 

「あるらしいんです、確か『戦車同好会』と言う集まりが……」

 

 

「戦車?」「同好会……?」

 

 

 

 ここ茨城県立はまぐり高校には、学園の七不思議と言う、いかにも普通の普通高校らしいオカルトスポットが存在する。

 

「独りでに鳴るピアノ」「魔の十三階段」「踊る人体模型」

「トイレの花子さん」「夜響くバスケットボールの音」「歩く二宮金次郎像」

 

 いかにも普通の普通高校らしい、至極ありふれたラインナップが名を連ねる。

 だが、確定しているのはこの六つのみ。

 残りの一つは、

 

「旧相撲部部室跡からほのかに匂うちゃんこの風味」

「夜な夜な動き回る模型部のガンプラ」

「卒業の日に女の子からの告白によって生まれたカップルが永遠に幸せになれると言う伝説の木」

「語る事も憚られる忘れられた七番目(ありがち)」

 

 など語り部によって異なると言う。

 さながら竜造寺四天王(五人)のような苛烈な戦国時代の様相を呈していた。

 

 北側学生棟、三階。

 廊下の行き止まりで半ば物置となっているこの部屋も、かつては『開かずの教室』として、江里口信常程度には生徒たちの口に上るオカルトスポットであった。

 今年度の新入生たちが入学してくる、ほんの三週間ほど前までは、の話だが。

 

「……そんで現在、開かずの教室は戦車同好会の部室、と。

 あ、ホントに張り紙してある」

 

「なんだか、これはこれで凄く怪しいね」

 

 戦車道同好会、会員募集中!!

 そうデカデカと張り紙された引き戸の前で、三人が顔を見合わせる。

 室内より漂う胡散臭いオーラは、以前の七不思議時代をも凌駕している気配すらある。

 やや声のトーンを落とし、ヒロミが傍らのトモエへと問いかける。

 

「トモエさんは、同好会の話、誰から聞いたの?」

 

「あれは、確か……、三バカさんたち、だったでしょうか?」

 

「あ、なんか私、分かっちゃったような」

 

「ええい! こんな所でまごいついていても仕方ない!」

 

 ふん、と鼻息も荒く、ミカが力強く引き戸を押し開く。

 

「たのも~う!」

 

「フハハハハ!

 戦車同好会へようこ、ありゃ? なんだ、ミカか」

 

「あ、やっぱり三バカ」

 

 入口の敷居を挟み、向かい合った双方が溜息を吐く。

 開かれた開かずの教室には、室内の半分を埋める机椅子。

 中央のちゃぶ台の上に乗っているのは作りかけの戦車模型。

 安物のカラーボックスの中に折り目正しく並んだ『月刊戦車道』

 そしてはま高の歴史を匂わせる、大小様々な雑多な用具たち。

 とても普通の普通高校とは呼べないような、カオスな光景がミカたちの眼前に広がっていた。

 

「ギンちゃん、こんな所で何やってんの?」

 

 呆れたようなミカの声に、トレードマークのアホ毛がたちまちピン、とそそり立つ。

 

「フフン、何をもなにも、ここが我々の本丸、戦車同好会だ。

 見学希望者だって大歓迎だぞー、まあ入れよ」

 

「フッ、ここを見つけるとは流石にミカだな」

 

「ミカ大尉! 戦車同好会にようこそであります!」

 

 三バカに促され、一同が手狭な室内に入る。

 興味深げなトモエの瞳が、キョロキョロと室内を物色する。

 

「それにしても、さすがに戦車同好会だけあって、模型がいっぱいありますね~。

 これはⅣ号戦車さん、こっちのはヘッツァーさん」

 

「それに八九式中戦車に、Ⅲ号突撃砲F型と、M3中戦車リー……」

 

 ひとしきり棚の上の車両の名を呼び、そして三人が首を傾げる。

 

「なんで私、全ての車両を知ってたんでしょうか?」

 

「うん、全部、大洗女子学園所有の戦車だからだね」

 

「もしかして?:ミーハー」

 

 

「利いた風な口を聞くな――――ッッ!!」

 

 

 不意にギンガが勢い良くちゃぶ台を叩いた。

 台の上の作りかけの模型が、振動でぐわんぐわん揺れる。

 

「バカにすんなよミカ!

 確かにガルパンは名作だ、2010年代にして早くも現れた今世紀最高傑作だ!

 今年のボージョレー・ヌーヴォーのような百年に一度の芳醇な戦車道アニメだッ!!

 だがッ! だからってなあ!

 小生たちの戦車に対する熱い想いを、そこいらのニワカと一緒にされてたまるかーっ!!」

 

「わかったわかった、落ち着きなってギンちゃん」

 

 怒アホ毛天を衝く。

 憤懣冷めやらぬ御大将を横目に、カオリがふっ、と床に落ちた面相筆を拾い上げる。

 

「だがなミカ、我々は所詮、しがない同好会の身。

 先立つ物(部費)が無ければ、まともな活動もままならん」

 

「ナウなヤングにバカウケの戦車をたくさん作って、超級堂からお小遣い貰うのであります。

 パパ上には内緒にしておいて欲しいのであります」

 

「あ、それでⅢ突を赤備えに塗り直してんだ」

 

「ハァ……、ハァ……。

 そんなワケでな、我々戦車同好会にとって、部昇格は最大の悲願なんだ」

 

 大きく肩で深呼吸して、ようやく落ち着きを取り戻したギンガが顔を上げ、熱っぽい視線をミカへと向ける。

 

「だからさあ、ミカ。

 毎日顔を出せとは言わないけど、会に籍だけでも置いてくれれば、小生、すごく嬉しいなって」

 

「逆だよギンちゃん。

 ギンちゃんが私たちの部に入ればいいんだよ」

 

「……えっ?」

 

「あーっ!? その隅っこのゲーム台はなんだーッ」

 

 不意にミカが会話をドリフトさせ、戸惑うギンガの呟きを無視して、部屋の隅にひた走った。

 ごくり、と一つ生唾を呑み込み、異様な存在感を醸す赤い匤体を真っ直ぐに見下ろす。

 

「ま、間違い無い……。

 これは伝説の名機『任天堂VS.システム』始めて見た。

 しかも動いているのは……、『バトルシティ』じゃないかっ!?」

 

「私の私物だ。

 フフ、これの良さが分かるとは、流石はミカだな」

 

「いや、ちょっと待てよミカ。

 お前、今なんかとんでもない事を言おうとしただろ?」

 

 

 ててて ててて ててて ててて ててて ててて ててて ててて てっ! ててててーっ!

 

 

「無言でゲーム始めてんじゃないよ!?

 どんな教育受けて来たんだ、お前は!」

 

「大尉、出撃でありますか?

 この技術中尉も同行させてほしいのであります!」 

 

「やっぱミカはすげえわ」

 

 たちまちミカの匤体を中心にバカ騒ぎが始まり、開かずの教室にいつもの放課後がやってくる。

 ふうっ、と大きくため息を吐いて、ヒロミが傍らのトモエ相手にぼやく。

 

「この分だと、部活の話を切り出すのは、次の機会になりそうだね」

 

「はい。

 けれど、この教室には、本当に色々な物が置いてあるんですね」

 

「そうだね。

 私もここに入ったのは初めてだけど、何と言うか、はま高二十年の歴史を感じるよ」

 

 どうにも長くなりそうなミカを放って、きょろきょろと室内に視線を移す。

 誰やらも知らぬ相合傘の刻まれた机、かつての模型部跡を偲ばせる工具の数々――

 

「これは、こんぷれっさー? でしょうか?」

 

「ああ、型は古いけどもエアブラシだね。

 て言うかよく見たら、奥の方にちゃっかり塗装ブースまで作ってあるし」

 

「こっちの棚には、何やらトロフィーが飾ってありますね」

 

「あ……、これ、さっき言ってた模型部のだよ。

 そっか、こんな所に残ってたんだ」

 

「それじゃあ、こっちの大きなテーブルは?」

 

「これは卓球台……、って、え、ええ!?」

 

 ふっ、と腰元のテーブルに掌を伸ばし、そこでヒロミは、思わず素っ頓狂な声を上げた。

 

「ミカ! ちょっとこっち来て」

 

「うん、どったの?」

 

 ボゴーン!

 

「わーッ!? いきなり司令部爆破は勘弁であります」

 

 うろたえる二等兵を置き去りにして、ミカが二人の下へやってくる。

 満を持して中央のネットを取り払うと、たちまち黒光りする近代的なステージが姿を現す。

 

「うわ! これ……、これってバトルシステムじゃないか!?」

 

「ああ、それか。

 ご推察の通り、昔あった模型部の置き土産だぞ」

 

「もっとも我々にとっては、ちょっぴりお洒落なピンポン台でしか無いがな」

 

「ガンプラ用のシステムなので、我々のタミヤ戦車模型は動かないでありますからね」

 

 ミカたちの動揺を受け、後背の三バカが事も無げに言い放つ。

 ごくり、と固唾を呑んで、ゆっくりとミカが振り返る。

 

「これ、稼働すんの?」

 

「さあ、試した事無いから分からんな。

 そもそもキーは職員室だ。

 正式な部活動でもないのにシステムを使わせてくれるハズないだろ?」

 

「と、言う事は――」

 

「正式な部活動を立ち上げさえすれば、ここで思いっきりバトルできるじゃーん!」

 

「な、なんだとォ――ッ!?

 ミカ貴様ァ! やっぱりそれが狙いだったのかッ!」

 

 怒アホ毛、再び天を衝く。

 趙国の要石、現代の藺相如と化したヨロズヤ・ギンガが、直ちに仲間たちに激を飛ばす。

 

「下がれッ 二等兵、かおりん!

 こいつらは敵だ! 私ら戦車同好会の部室を乗っ取りに来やがったんだッ」

 

「な、なんですとォー!?」

 

「うん、知ってた」

 

 ザッ

 たちまち空気が変わった。

 緊張感に満ちた室内で、見えざる38度線を挟んで、少女が三人、真正面から向かい合う。

 

「――ガンダムで言うならなァ、ミカ。

 ここが私たちのソロモンだ。

 そう簡単にやらせはせん! やらせはせんぞォ――ッッ!!」

 

 隆々とアホ毛に神気を漲らせ、ヨロズヤ・ギンガが咆哮を上げる。

 

「ふっ、お前とはいずれ、こうなるような気がしていたよ」

 

 斜に構えたカオリの長髪の下の瞳に、二号機系パイロットの静かな怒りが燃える。

 

「大尉! 自分たちのシャングリラを取り上げないで欲しいのであります!」

 

 小さな背筋をピン、と伸ばして、オリハラ・マイが涙目で懇願する。

 

 風が吹いた。

 閉め切ったハズの室内に、血生臭い荒野の風が吹いていた。

 陰惨な戦争の気配が匂い始めていた。

 

「あ、ちょっと待って、タイム、タイムです!」

 

 さっ、とヒロミが片手を上げる。

 たちまちミカチームが結集し、部屋の入口で円陣を組む。

 

「ひそ、ひそ、ひそ」

「なるほど、つまり、ひそ、ひそ、ひそ」

「ひそ、ひそ、ひそ、ですね」

 

「作戦会議なんて無駄だぞ無駄ーっ!

 我々戦車同好会は、言うなれば運命共同体。

 小生たちの鉄の結束を砕けるものかー」

 

「分隊は兄弟、分隊は家族」

 

「だからこそ、戦場で生き残れるのであります」

 

 揚々と気勢を上げる三バカに対し、こほん、と前置きをして、コバヤシ・ヒロミが向い合う。

 

「ええっと、そんなに足蹴にせずに、少しで良いから考えてみてくれないかな。

 ……私たち【 タンク道部 】に入部してみませんか?」

 

「――! なん、だと……?」

「タ、タンク道……」

 

「おいい!? いきなりダマされてんなよ二人とも―!

 そんなモン、単に看板を変えただけじゃないか!」

 

「その、これを見て下さい」

 

 いそいそとヒロミが鞄を開け、中から取り出した鈍色の機体をちゃぶ台の上へと置いた。

 戦車模型であった。

 思わず覗き込んだ三バカの中から、ほう、と言う溜息がこぼれる。 

 

「こ、こいつが隠れ戦車同志、ヒロミさんの作品か。

 ふつくしい、丹念に、かつ厭味にならない程度に徹底的に施された汚し(ウェザリング)が、

 車体に堂々たる古参兵の風格を与えているではないか」

 

「しかもコイツ、無限軌道がこんなにもスムーズに。

 わざわざ車体に車軸を通した上で、フル・スクラッチの履帯を装備させているのか。

 出来るなコバヤシさん、何と言う数寄者……!」

 

「そしてこの特徴的な二連装の砲塔は……、

 61式戦車! 61式戦車V型!

 ジオン公国の苛烈な猛攻が迫る重力戦線において、

 MS配備前の連邦最前線を支え続けた陸の王者でありますか!?」

 

「そう、オリハラさんの言う通り、この61式戦車は連邦製。

 現実の車両では無く、ガンダムシリーズを原点とする架空の兵器です」

 

 ヒロミはそこまで言うと一度言葉を切り、長い沈黙を置いて再び口を開いた。

 

「――つまり、この戦車は、プラフスキー粒子を通します」

 

「「「 な、なんだってー!? 」」」

 

 三バカに衝撃走る。

 それは戦局を一変させる一言であった。

 

「こ、こいつ、動くぞ……!」

 

「夢にまで見た戦車戦が、ガンプラバトルで実現するのでありますか?」

 

「あわ、あわわわわあわてるなあわわ。

 これは孔明の罠だ、まだあわわてるような時間じゃあわわ」

 

 水鳥の羽音が、屈強たる武者の自壊を促す事もある。

 こうして大勢は決した。

 

「もう一度だけ、お誘いします」

 

 満を持し、爽やかな笑顔を作ったヒロミが懐を広げる。

 

「私たちと一緒に、この戦車でホワイト・オーガーを追いませんか?」

 

「…………」

 

 ふわり、と柔らかな風が吹いた。

 戦乱の終わりを告げる春一番であった。

 

「……かぁーってうれしい はないちもんめ♪」

 

 ひょい、とイイツカ・カオリが三十八度線を越えた。

 

「まけぇーてくやしい はっないっちもんめ♪ であります」

 

 這う這うの体で、オリハラ・マイが後に続いた。

 

「あ……」

 

 戦線は消滅した。

 五人の少女と、ただ一騎と化した御大将が真っ直ぐに向かい合う。

 

「ご、五人揃ったあっ!

 これでようやく次のステップに行けるよ!」

 

「え?」

 

 マユヅキ・ミカが渾身の笑顔で叫んだ。

 たちまち部室が、ぱっ、と華やぐ。

 

「ふふふ、良かったですねえ、ミカさん。

 いきなり部員集めなんて言い出すんですから、一時はどうなる事かと思いました」

 

「えっと、おい、ちょっと……?」

 

「うん! これも二人の協力のおかげだよ」

「カオリさんもタマちゃんも、これからよろしくね」

「ふっ、本家戦闘車両についての知識が必要な時は、いつでも力になろう」

 

「あの、えっと、え……、え? えっ!?」

 

「大尉! 細かな仕事は技術中尉に一任して頂きたいのであります」

「ようし! ハマグリ高校タンク道部、パンツァ~、フォーだっ!!」

 

「「「「「 おおーっ! 」」」」」

 

「……うっ」

 

 じわり。

 透水性バツグンのファッション眼帯の上に、大粒の涙が滲む。

 

 

「うおおおおおお~ん! うおおおおおおお~~~~んっ!!

 うおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~~~んっ!!!!」

 

 

 そしてギンガは、爆発した。

 

「あ~あ、泣いちゃった」

 

「なんだよ゛っ!

 なんだよみんな私の事ハブにするんだよぉ!

 わたしだって青春したいよぉ! 戦車道したいよ~~~っ!!」

 

「あれ? 『小生』じゃないの?」

 

「ギンちゃん、ホントは高校デビューでありますから……」

 

「泣くなよギンちゃん、ほれ、アメちゃんいるかい?」

 

「やめろよバカァ!?

 かおりんもマイも、なんでわたしを裏切っちゃうんだよぉ!

 大洗町立はまぐり幼稚園の頃から、三人ずっと一緒だったのにーっ」

 

 鳴りやまぬ慟哭が、開かずの教室を揺らしていた。

 聞き分けのない童女のようにヨロズヤ・ギンガは泣きじゃくった。

 アホ毛も哭いていた。

 

 そんな旧知の姿に、少女たちは誰からともなく頷きあい、やがてミカが優しく肩を叩いた。

 

「ゴメンゴメン、軽いジョークだってば。

 あたしたちがギンちゃんを除け者にしたりするワケ無いじゃん」

 

「……ホント?」

 

「もちろん!

 ギンちゃんが居なかったら、誰がタンク道部の部長をやるのさ?」

 

「部長? わ、私が……!」

 

「まあ! それは素敵なお話ですね~」

 

 ミカの大胆な提案を受け、傍らのトモエが、にこやかに両指を重ねて微笑んだ。

 

「ヨロズヤさんには、三バカさんたちのリーダーを続けてきた実績がありますから。

 こういう時、経験者の方がいると安心できますねえ」

 

「そうだね、タンク道部の部長を務めるなら、やっぱり本家戦車道にも詳しい人が良いよね」

 

「さすが御大将、会長から一気に部長へと昇進であります!」

 

「ふふ、どさくさに紛れて一番面倒そうな仕事を押し付けるとか、ミカは怖い子だなあ」

 

「み、みんな……!」

 

 たちまち、わっ、と暖かな拍手が室内を包み込む。

 トレードマークのアホ毛が、ぴょこぴょこと感動の嵐に打ち震える。

 

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとうございます」

「おめでとう」

「おめでとうであります」

 

「……ふっ、ふふっ

 ふハハハハハァ――! 我が世の春がキタァ―――――ッ!」

 

「おお! 復活した!」

 

 ちゃぶ台を踏み締め、ヨロズヤ・ギンガが部室の中心でアイを叫ぶ!

 割れんばかりの拍手喝采が、今日生まれし新たな部長を祝福する。

 

「よぅし! そうと決まれば善は電撃作戦(バルバロッサ)だッ!!

 二等兵ッ 直ちにタンク道部の申請を出すぞォ」

 

「そう言うと思って、用意していた申請用紙がこちらであります」

 

「わっ、手際良いなあタマちゃん」

 

「本当は戦車部立ち上げ用だったんだけどな」

 

 六人がちゃぶ台を囲んで一つの輪となり、さらさらとボールペンを回しあう。

 

「うォし!」 部長:万屋 銀河

「ほいさ!」 部員:繭月 実夏

「よしきた」    飯塚 香織

「さらさら」    武蔵丸 友恵

「かしこま」    折原 舞

「オッケー」    小林 ひろみ

 

 そうして個性的な筆致が六つ、各々を周り、申請用紙が部長の下へと戻ってくる。

 

「うむ、出来たぞ! 後は申請するだけだ!」

 

「やったぜ! で、誰に?」

「そりゃあ……、教師、だろ?」

「先生ですか?」

「ヒロミ大尉! どの先生に提出するのでありますか?」

「え、ええっと……、部長?」

 

「知るワキャァ無いだろッ!?」

 

 部長が叫んだ。

 三バカが六バカになっただけだった。

 ふうむ、と鼻を鳴らし、ミカが怪訝な猫目を一堂に向ける。

 

「ね? どうせだったらこれ、

 そのまま顧問引き受けてくれそうな先生の所に提出した方が良くない?」

 

「成程、顧問の先生の事をすっかり忘れていたな」

 

「けれど、どなたにお願いすれば宜しいんでしょうか?」

 

「自分たち、まだ入学してから日が浅いでありますからね……」

 

「以前に模型部を請け負っていた先生は?」

 

「おととし定年退職したんじゃ無かったかな、確か」

 

 

「あ、あの……!」

 

 

 末席にいたヒロミが、意を決して片手を上げた。

 一同の視線が、たちまち前髪ぱっつんに集中する。

 

「こ、顧問の件なんですけど!

 カトリ・ランコ(花鳥嵐子)先生にお願いしてはいかがでしょうか?」

 

「カトリ? ああ、担任のデコちゃんか」

 

 ヒロミからの提案に、うへえ、とギンガが首を竦める。

 

「そ、その、小生、

 初日に呼び出し食らって以来、デコちゃんには頭が上がらないんだけど……」

 

「いや、我々素人の面倒を見てくれる顧問だ。

 それくらいハッキリ物を言ってくれる人の方が理想だな」

 

「カトリ先生でしたら、安心して部活に打ち込めますねえ」

 

「自分たち、どの道ほかに仲の良い先生がいないでありますからね」

 

 四対一。

 多数決社会の原理に則り、即座に部活の方向性が固まる。

 

「それに、カトリ先生だったら、きっと……」

 

「ん、ヒロちゃん、デコちゃん先生に何かあるの?」

 

「えっと、ううん、今は」

 

「ふーん、ま、いっか」

 

 口ごもるヒロミを前に、ミカはきょとんと首を傾げたが、敢えて追及する事もなく、そのまま軽く背伸びをして立ち上がった。

 

「そんじゃ、ここで話しててもラチが明かないし。

 職員室、早速行ってみよっか?」

 

「とほほー」

 

 力なくうな垂れたアホ毛を引きずり、一同が教室を後にする。

 窓の外では中庭が茜色にと染まり始めていた。

 

 

 

 

 

 

「へくち!」

 

 同時刻。

 ピシッと決めたスーツに見合わぬ愛らしいくしゃみが一つ、職員室にこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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