タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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恋愛道、始めます

 PM13:30、大洗駅前商店街。

 

 休日の緩やかな空気の中、アーケード中央の小広場に、少しずつ人だかりができ始めていた。

 視線の中央に置かれた特設のバトルシステムを挟み、大人げない大人たちが真っ向対峙する。

 

「ふっふ、よく来ましたねぇオリハラさん。

 あるいは今頃は、ビルダーが見つからずにベソ掻いてる頃かと思ってましたよ」

 

「ふん、舐めた口利くのも今の内だけだぞ超級堂。

 ウチのスラッガーのミカちゃんが、お前んとこの若い衆をブチのめしてやんだからよ」

 

 超級堂の老人の売り言葉に、オリハラ板金の買い言葉。

 バチバチと火花が飛び、置いてけぼりになった両陣営が和気藹藹と雑談を始める。

 ちらり、と板金屋の後ろに並んだ少女たちを認め、老人の口端に、にっと笑みが浮かぶ。

 

「なるほど、可愛らしいミリシャが二名、しかも揃ってタンクとは。

 さすがはオリハラ板金、いやいや、宣伝乙と言うべきですかなありがとう?」

 

「へ、言ってろコンコンチキ。

 テメエん方こそ相方はどうした?

 まさか年寄り一人で相手しようってんじゃあないだろうな?」

 

「ははは、まさかまさか。

 私もバトルに関しては素人だからねえ。

 今日は強力な助っ人を呼んでいるんですよ」

 

 超級堂が振り向きざまに人差し指を指し示す。

 ばっと人波が割れ、ひょろりとした青年が、いかにも気まずそうに頭を掻いた。

 

「いや、店長。

 僕は別に強力でも何でもないただのバイトなんで、そんな振りを入れられても……」

 

「あーっ!?

 お兄ちゃん、こんな所でなにやってんのさ!」

 

 思わずミカが叫んだ。

 つられて対峙した青年、マユヅキ・シンザブロウもまた、はっ、と目を丸くした。

 

「って、ミカか?

 いや、だからバイトだって言っただろ。

 お前こそ何やってんだよ」

 

「言ったじゃんか、こっちも試合だってばよ!」

 

 何と言う運命の悪戯である事か?

 ざわめく商店街の中心で、垢抜けないマユヅキ兄妹が素っ頓狂な叫びを上げる。

 これはホウレンソウがなっちゃいない。

 動揺する兄妹を、傍らの三バカが興味深げに見つめあう。

 

「敵味方で対峙する兄妹ッ

 シャアとセイラ、ゼクスとリリーナ!

 王道! ガンダムシリーズでありがちな王道展開であります」

 

「ほう、ミカの奴、まさかアルテイシアだったとは知らなかったな」

 

「いや、アイツん家、農家だろ?」

 

 呆然とする兄妹を置き去りにして、ギャラリーが好き勝手に盛り上がり始める。

 兎にも角にも戦機は熟しつつあった。

 

「おい、超級堂!

 商店街に関係ないバイト小僧を使いやがるとは、ずいぶんと卑劣じゃあねえか!」

 

「いやいや、それはお互いさまでしょう。

 もっとも、女の子二人に真剣勝負とは思いませんでしたがね」

 

「へっ、ウチの核弾頭、ミカちゃんの実力に吠え面掻くなよ」

 

 余裕綽綽の超級堂、真っ向噛み付くオリハラ板金。

 ヒートアップする会場の中心で、バトル素人の少女が二人、困ったように顔を見合わせる。

 

「ゴメンねトモちゃん。

 いきなりバトルだなんて無理言っちゃってさ」

 

「いいえ、構いませんよ。

 こんな特等席でミカさんの試合が見られるなんて、光栄です」

 

「特等席、うん、まあ、そうか。

 んじゃ、周りの事は気にせず、こっちは気楽に楽しもうか」

 

「はい、そうですね」

 

 どこまでもおっとりとしたトモエの口調に、ふっ、と肩の力が抜ける。

 調子を狂わされっぱなしの日曜だが、それでも今日は、楽しいバトルが出来そうだった。

 

「さあて、皆さんお待ちかね!

 それではいよいよ、バトル開始と参りましょうか」

 

「てやんでえ、ブチのめしてやれえ、ミカちゃん!」

 

「あ、そうだミカ。

 今日の夕飯カレーにするから、帰りに買い出し頼むわ」

 

「ホント! やったぜお兄ちゃん」

 

「マユヅキさん、お兄さんと仲良しなんですねえ」

 

 今イチ締まりの無い雑談を交えつつ、両チームがガンプラのセットに掛かる。

 プラフスキーの淡い光がテーブルに溢れ、否応なしに緊張感が……、

 

「あれ、トモちゃん、何やってんの?」

 

「指さし確認です。

 重機災害は一度起きてしまうと取り返しがつきませんから」

 

「む、そうか、さすが建設会社」

 

 ムサシマル建設の流儀に合わせ、ミカが神妙な顔つきで背筋を伸ばし、手にしたタンクをベースへと据え直す。

 

「ポリキャップ、良し、ゲート処理、良し」

 

「ええっと、前方良し、後方良し、です」

 

「そんじゃ、あらためて、陸戦強襲型ガンタンク、行きまーす」

 

「はい、ドルブさんも、発進しますね」  

 

 相変わらず無鉄砲に飛び出して行ったミカに続き、トモエが柔らかくスフィアを倒す。

 ゴトン、と鉄機が一つ振るえ、モビルタンク・ヒルドルブがゆっくりと動き出す。

 

「おお! ヒルドルブであります!

 ジオン公国戦車兵の魂を形にした幻のタンクが、ガンプラバトルに出陣であります」

 

「しかし……、遅いな」

 

「し、素人だからな、初心者はやはり安全運転で行かねばな」

 

 遅い。

 カタパルトを無視して、ひたすら亀の歩みでゲートを目指すタンクの勇姿に、ギャラリーからも戸惑いがこぼれる。

 そんな群衆を顧みる事も無く、トモエはあくまでも安全運転でフィールドへと進んだ。

 

 

「まあ、満月ですね」

 

 開口一番、ゲートを抜けたトモエが穏やかな声で言った。

 月光の注ぐ高台の上で、大型のキャタピラが静止する。

 

「どう、トモちゃん、大丈夫そう?」

 

「はい、ゆっくりだったら、動かす事くらいは出来そうです」

 

 僚機、マユヅキ・ミカからの通信に、トモエがにこくりと頷く。

 返答を受けたミカの声にも、気持ち明るい色が混ざる。

 

「そっか、まあ、実際に戦うのはあたしがやるからさ」

 

「私は、何をすればよろしいんでしょうか?」

 

「30サンチ砲……、

 ええと、ドタマに乗っけてるでっかい大砲、ドカーンっとやっちゃってよ」

 

「どっかーん、ですか」

 

 ミカの指示に促されるままに、右手の1番スロットを選択する。

 ヒルドルブの単眼に力強い輝きが溢れ、鋼鉄の得物が軋みを上げて連動し、ゆっくりと主砲の射角がせり上がって行く。

 

「相手をおびき寄せるだけだから、狙いは適当で構わないよ。

 しっしっし、驚いてトモちゃん目掛けて向かってきた所を、横からガブッ、て作戦なんだ」

 

「あ、けど……。

 ええっと、お兄さんたち見つけましたよ」

 

「えっ!? ウソ!?

 早い、早いよトモちゃん!」

 

 思いもよらぬトモエの手際の良さに、ギョッ、とミカが僚機を見上げる。

 

(そっか、ヒルドルブ、見晴らしの良い高台の上に落ちたから。

 砲撃モードに入った途端、たまたま照準の先に居たお兄ちゃんたちをロックしちゃたのか。

 えらい神ってるなー、トモちゃん)

 

「ええと、ここから先は、どうしたら良いんでしょうか?」

 

 通信口からの問いかけを受け、我に返ったミカが次の指示を出す。

 

「あ、そだね。

 相手が照準に入ってるんなら、後はトリガーを引くだけだよ。

 好きなタイミングでやっちゃってよ」

 

「そうですか。

 でしたらこちらの、えーぴーでーえす? で、やってみます」

 

「あ、だけどヒルドルブの砲撃って、ホント洒落になってないから、

 撃つ前に一度、心のじゅ――」

 

 

 ――ドワオッッ!!

 

 

「「ひゃあ!?」」

 

 ミカの警告を遮って、突如、30サンチの豪砲が爆音を上げた。

 ビリビリと大気が震え、砲塔が跳ね、220トンの鉄塊が反動で大地を抉る。

 ふしゅう、と蒸気を噴き上げ、大質量の砲弾が、一直線に夜天に吸い込まれていく。

 

 

 

 一方その頃、超級堂の好々爺は、月下の荒野で浮かれてきっていた。

 

 元よりこの対決、何か勝算があって仕掛けたわけではない。

 いや、むしろ草野球勝負のドサクサにプラモ屋主導の商店街イベントを押し付けた時点で、彼の目的は達成されている。

 今日のノルマは達した。

 そんなワケで彼も、彼の駆るガンプラも、今夜はルンルン気分であった。

 

「そんなワケでどうかな、シンザブロウくん。

 私の愛馬(ヴァサーゴ)の出来栄えは?」

 

「いやあ、久しぶりに見たけど、やっぱ傾いたデザインっすねー。

 こんな凶暴な奴がネタでも何でもなくガンダムだって言うんだから、平成三部作は凄いよ」

 

 年甲斐も無く浮かれた姿の僚機に対し、傍らのガンダムXの中でシンザブロウが苦笑する。

 ガンダムXとガンダムヴァサーゴ。

 共に同時代での抜きんでた性能と、一撃必殺としての大砲を併せ持った高性能機である。

 対照的なデザインの敵味方が轡を並べ、何の因果か縁もゆかりも無い本家のタンクと相対する。

 このシュールさもまた、ガンプラバトルの醍醐味であろう。

 

「いやあ昨日はまた、年甲斐も無くハリキリ過ぎちゃってねぇ。

 はやくこのメガソニック砲を試してみたいもんさ」

 

 言いながら、好々爺のヴァサーゴがガギョンと腰を落とす。

 野獣のように四肢を大地に突き、両腕のクローをアンカーに見立て、腹部の砲門を開放する。

 シンザブロウが慌て、すぐに老人をたしなめにかかる。

 

「と、ダ、ダメですよ店長!

 対戦相手は射程の長いタンクなんですから。

 いつどこから砲撃されても対応できるようにしておかないと」

 

 

 ――ひゅるるるるるる

 

 

「うむ? 何の音かな?」

「あわ! 店長逃げて」

 

 

 ――ドワオォッッ!!

 

 

 シンザブロウが叫んだ瞬間、後背よりAPDS弾が着弾した。

 超重量の鉄塊が土塊を噴き上げ、大気が爆音を上げて荒野を震わせる。

 思い切り仰け反ったヴァサーゴの腰椎が砕け散り、弾け飛んだ上体がくるくると月光に踊る。

 

「あっはっは、いやあ、やられちゃったよ。

 シンザブロウくん、すまないけどあと頼むわ」

 

「て、店長ォ――――ッッ!?」

 

 シンザブロウが叫ぶ、同時に観衆がわっ、と歓声を上げた。

 

「ありゃりゃ、あたっちったよ……」

 

「いやっほう! 思い知ったかバロチクショウ」

 

 威勢の良い会長の啖呵を皮切りに、オリハラ板金サイドからたちまち興奮の声が上がる。

 ようやく休日の光景に相応しいミニイベントと言った風情が溢れ始めていた。

 

「すんげえ!?

 このヒルドルブ凄いよ! さすがザメルのお兄さん!!

 何と言うか、こう、ドカーンって……、ドカーンって、凄いよ!!」

 

「ははは、御大将、今すごいバカみたいだぞ」

 

「APDS弾であります! 装甲筒型徹甲弾であります!

 ソンネン少佐、ご覧になっておられますか?

 戦艦の主砲をそのままタンクに乗せると言うぶっ飛んだ構想。

 この火力と射程、これこそがモビルタンクの真価であります」

 

 三バカが感動に震える。

 喜色満面、ミカが傍らのトモエに視線を振る。

 

「凄いよトモちゃん、一発目でいきなり相手をぶっ飛ばしちゃうなんてさ。

 ついでだからさ、この調子でお兄ちゃんのガンダムもやっちゃってよ」

 

「…………」

 

 しかし一方、当のMVPであるお嬢様の反応は、どこか緩慢なものであった。

 

「ん、トモちゃん、どったの?」

 

「…………」

 

「トモちゃん、トモエさんってばさ」

 

「……は、はぅぅ」

 

「わーっ!?

 ト、トモちゃん、しっかりして!?」

 

 放心状態であった。

 慌てたミカが顔の前でひらひらと手を振って見せるも反応しない。

 両の手でスフィアに重ねたまま、ぽかんと大口を上げ、茫漠とした細目でフィールドをただ見つめていた。

 一方、そんな対面の様子に気付く事も無く、Xを駆るシンザブロウが砲弾の発射点を探す。

 

「砲撃は……、まあ、あの高台の上からだろうな。

 とりあえず次が来る前に近付いちまおう」

 

 独り言のように呟いてスフィアを動かし、Xのバーニアを蒸かす。

 動き出した敵影と固まってしまった相方を交互に見つめ、腹を括ったミカが戦場に向かい合う。

 

「と、とにかく、作戦は順調なんだからさ。

 私がここでお兄ちゃんを叩きのめしてやる!」

 

 口中で短く吠え、力一杯にスフィアを倒す。

 たちまちアクセル全開、立ちはだかる樹木を蹴散らしてガンタンクが吶喊する。

 獣のように這い蹲り、重力戦線にあるまじき速度で大地を駆ける。

 見晴らしの良くなった荒野の先に孤影、月光を背負ったガンダムを捉える。

 

「ジャーンジャーンジャーン!

 兄ちゃん、覚悟ォッ」

 

「おわっちょうッ!? き、来たか、ミカ」

 

 驚き慌てる敵の鼻先に、挨拶代わりの滑空砲を叩き込む。

 220ミリの大口径から放たれた弾丸がびゅおんと横合いを通過し、大地を爆音で揺らす。

 

「げえっ、タンク!?」

「トラ!トラ!トラ! トラ!トラ!トラ!」

「やっぱミカはすげえよ」

 

 我、奇襲ニ成功セリ。

 三バカが興奮に震える。

 たちまちXが身を翻して大地に降り立ち、爆走する妹のタンクと相対する。

 陸戦強襲型の猪突に対し、槍としてのライフル一丁は心許なく、さりとてマイクロウェーブを受信している余裕は無い。

 この強襲策は覿面に成功したかに見えた。

 

 が――。

 

「はっはっはっ、甘いぞミカ。

 兄ちゃんがなぜお前のお兄ちゃんなのか知っているか!」

 

「お、おわわーっ!?」

 

 嘲笑と共に、たちまちおよそ1ダース分の火箭がタンクに逆襲した。

 慌ててミカが舵を切り、辛うじて射線を逃れ、そのまま遠巻きに迂回する。

 X後背の森林がどうっ、と揺れ、直ちにサッカーチーム分のGビット群が飛び出して来た。

 

「げえっ、フラッシュシステム!?」

「孔明の罠!? 孔明の罠でありますか!?」

「このX凄いよ、さすがミカのお兄さんだな」

 

 三バカが戦慄に震える。

 バカ火力タンク一機 対 Xイレブン。

 相互の手札が公開され、戦いは火力戦の様相を呈していた。

 

「な、なんで~? 完璧な作戦だったハズなのに」

 

「いや、その作戦立てたの俺だから」

 

「そ、そうだったーっ

 くっそー、ズルイぞお兄ちゃん!」

 

「はっはっは、戦いは数だぞ妹よ」

 

 シャア-セイラの緊張感の欠片も無いやりとりと、激しい銃撃戦が同時に繰り広げられる。

 ガンタンクが駆け抜けに重機雷をバラ巻き、爆風の壁が脚を阻み、続けざまにMLRSの鋼鉄の雨が降り注ぐ。

 対しXは人間の盾、ならぬGビットの盾で致命傷を回避し、2ケタ数の銃口で追撃を加える。

 タンクは尚もかわし際に紅蓮の炎を吐き出して、フィールドが赤々と燃えあがる。

 

「うっおおぉォ! こうなったらもうヤケクソだあーっ」

「ヤケクソで兄妹の壁が越えられるものかよ!」

 

 ドワォ! ズワォ!

 

「ねりゃあぁぁぁぁーっ!」

「どわあぁぁぁぁぁーっ!」

 

 ドワォ! ズワォ!

 

「ふんがーっ」

「ぬおおおおおおおおお」

 

 ドワォ! ズワォ!

 

「なんとぉーッ」

「なんのおぉーっ!」

 

 ドワォ! ズワォ!

 

「…………」

 

 戦闘開始から一分、三分、そしてついに五分が経過した。

 会場の興奮が次第に冷め、人々が無口になってしまう。

 

「……二人とも、射撃、ド下手であります」

「そのクセ、どっちも回避だけは妙に上手いってのがまた」

「まあ、素人同士だしな、こんなモンだろ?」

 

 三バカが寒い時代に震える。

 小春日和の陽気に乗って、白けた空気が商店街に溢れだす。

 シンザブロウとミカは、ある意味お互いの拙劣さをフォローしあう形で紙一重の戦いを続けていたが、それも傍から見るとアーバンチャンピオンレベルの撃ち合いに過ぎなかった。

 

「ちょっせーい!」

「やっさいもっさい! やっさいもっさい!」

 

 だが、とにかくいずれ、不毛な消耗戦には終わりが来る。

 火薬が尽き、ビットが落ち、推進剤が減り、装甲は傷つき、履帯は擦り減る。

 やがて、双方に限界の時が訪れる。

 

「ほーう、あっ!」

 

 気合い一閃、タンクのキャノンから放たれた砲弾が、上空の最後のビットを掠めた。

 たちまち機体が跳ね、くるくると錐揉みながら、尚も執念深く地上のタンクへと迫る。

 そして、墜落、ただちに痛烈な爆音がミカを襲った。

 

「うっぎゃー!?」

 

 辛うじて直撃こそ免れたものの、爆風の余波で履帯が千切れ、そのままゴロンと横倒しとなる。

 千載一遇の好機に、Xがすぐさまライフルを構える。

 

「もらったぞ、ミカァ!」

 

 ガギン。

 そして、虚しく引鉄の跳ねる音が手元で響く。

 

「た、弾切れ、よりによって……」

 

「なははー、マヌケめ兄ちゃん……って、

 あ、ああ~、こっちもかぁ」

 

 モニターごしにミカの嘆息がこぼれる。

 220ミリ滑空砲×0、両腕ポップガン、30ミリ機関砲×0、

 56連装ロケットランチャー、MLRS、重地雷、火炎放射器、0、0、0、0――

 

 第三次世界大戦でも始めようかとしこたま積んで来た重火器の全てが、今やモニターの片隅で、空しく赤色のOを刻んでいる。

 

「く、くうぅ~、かくなる上はー」

 

「はっ!?

 じ、自爆する気か? その手は食うかよ」

 

 兄妹の絆が、ミカの只ならぬ気配を悟らせたのだろうか。

 すぐさまXがライフルを投げ捨て、くわばらくわばらとばかりに後退する。

 

「な、なんで~、また読まれた~」

 

「なんでって、先週一緒にイグルー見ただろ?」

 

「うぐ、お、お兄ちゃんの臆病者ー!

 そんな遠くから、弾切れしたガンダムなんかでどうしようってのさ?」

 

「……ふっ、ミカよ、月は出ているか?」

 

「ふぇ?」

 

「月は出ているのかと聞いているんだ」

 

「あ! あああ~」

 

 ようやく事態に気が付いて、ミカの顔色がみるみる真っ青に染まっていく。

 ほどなく身動きが取れなくなったタンクの眼前で、月面から一筋の光が降り注ぎ始める。

 スーパーマイクロウェーブ。

 かつて戦乱を終結させた月面基地からのエネルギーを受け、Xを描く背中のリフレクターが、柔らかな輝きに染まっていく。

 

「サ、サテライトキャノン!

 ガンダム史上屈指の切り札を、ここで使うのでありますか!?」

 

「実の妹、それもたかだか横転したタンク一機相手に」

 

「兄の皮を被った悪魔めッ!!」

 

 三バカがいともたやすく行われるえげつない行為に震える。

 たちまち会場から罵声が飛び、いかにもやりずらそうにシンザブロウが頭を掻く。

 

「し、仕方ないじゃないか、もう他に武器がないし……。

 まあいいや、とっとと決めちまおう」

 

「うう、お兄ちゃんなんか嫌いだー!」

 

「安らかに眠れ、ミカ。

 あとラッキョウ買い足しとくのを忘れるな。

 自分の分の福神漬けだけじゃあイカンぞ」

 

 涙にぼやける視界の先に、超ド級の砲塔を展開するガンダムの姿が映る。

 フィールドが嵐の前の高揚感に震え、やがて、白色の閃光が――

 

 

 ――ドワオッッ!!

 

 

 瞬間、Xが爆発した!!

 横合いからの突然の暴力が腰部を砕き散らし、キャノンを構えた態勢のまま、弾け飛んだ上半身が爆風でポーンと夜空に跳ね上がる。

 

「「……えっ?」」

 

 内外で、兄妹の戸惑いがシンクロした。

 戸惑う間もなく、フルパワーのサテライトキャノンが虚空目掛けて放たれる。

 

「お、おごおおおおおおぉおぉぉ――――ッッ!!!!」

 

「お、お兄ちゃァ―――――ンッッ!?」

 

 かつて宇宙を灼いた圧倒的エネルギーの反動で、Xの上体が大地に叩き付けられ、陥没した岩盤の隙間に容赦無く磨り潰されていく。

 マユヅキ・シンザブロウは劇場版ドラゴンボールのゲストボスのような断末魔を上げ、マユヅキ・ミカは立場も忘れ、兄の名を呼んで泣き叫んだ。

 

 

『 Battle end 』

 

 

 戦争は終わった。

 だが、生き延びた先には、何があるのか。

 

 マユヅキ・ミカは無言であった。

 シンザブロウもまた、言葉を失っていた。

 三バカは凄惨なる戦禍の記憶に震えていた。

 会場に居合わせた誰も彼もが、声一つ立てる事も叶わぬまま、ただ一点を見つめていた。

 

 視線の先に居たのは、ララア・スンのようなお団子頭の、物腰柔らかな一人の少女であった。

 先ほどと同様、ただ茫然と、右手のスフィアのトリガーを引いた姿勢のままで立ち竦んでいた。

 声もなく、役目を終えたテーブルのヒルドルブを見つめる細い瞳。

 

 そこにはどこか茫漠と……、あるいはどこか恍惚とした光が宿っていた。

 

 

 

 ――私が小学校三年の頃、校舎の建て替えがありました。

 

 フィールドワークを兼ねた授業の一環として、私はクラスメイトの皆さんと一緒に、新校舎の建設予定地に見学に向かいました。

 工事現場で男の人たちにてきぱきと指示を出す父の姿は、幼心にも非常に逞しく、頼もしいものに感じられました。

 手慣れた手つきでバックホーのシャフトが力強く動き、クラスの男の子たちは、興奮気味に格好良いと褒めて下さいました。

 

 私も、なんだか胸がじんわりと、すごく誇らしい気持ちになりました。

 

 それ以来、私は建設重機を駆る父の姿に憧れるようになりました。

 時が流れ、父は次第に作業着より背広を着る事の方が多くなり、手ずから重機を動かすと言う機会も少なくなっていきましたが、それでも私の中で、男の人と言えば頼もしい父であり、力強いユンボであり続けたのです。

 

 だから、でしょうか?

 

 中学校に上がり、友人たちが同年代の男の子たちの話で盛り上がるようになっても、どうしても私には今一つ実感が持てませんでした。

 自分同様、あどけなさの残る男の子たちの表情と、あの日見たユンボの力強い輝きが、どうしても一つに重ならなかったのです。

 けれど、その分、憧れだけはどこまでも際限なく膨らみ続けました。

 

 恋、とは――?

 その感情は、自分が抱く殿方への憧れとは、また違ったものなのでしょうか?

 

「うん、きっとトモエさんには、そう言うのまだ早いよね」

 

 幼少のみぎりからのお付き合いがある、お隣さん家のヤマダさんは、呆れ気味に笑いました。

 この友人の笑顔は、自分が小説や映画の中でしか知らない恋物語を知っているんだ。

 そう思うと、どこかやるせなく、寂しく、浅ましい、妬ましいような気持ちを覚えました。

 

「そんな顔しなくたって、大丈夫だよ」

 

 ヤマダさんは、ある種の確信を持って、私の肩を優しく叩きました。

 

「トモエさんにも、きっとすぐに来るからさ。

 これまでの常識や価値観を、どっかーん、ってふっ飛ばしちゃうような出会いが、ね!」 

 

 

『サザエでございまーす』

 

 戦いが終わり、楽しかった日曜日にも終わりの時が来る。

 ゴロゴロとしたジャガイモが自慢のカレーが乗った食卓を挟んで、少女が二人、向かい合う。

 

「ありゃ?

 どしたのトモちゃん、冷めないうちにどーぞ!」

 

「……あ、はい、それでは、ご馳走になります」

 

 対面のミカに促され、トモエが銀色のスプーンで付け合わせのラッキョウを掬い上げる。

 モグモグとじっくりゆっくり咀嚼して、ほうっ、と一つため息を吐く。

 

「おいしいです、お兄さんのカレー」

 

「……うーん、トモちゃん、何かあった?」

 

「何か、ですか?」

 

「なんって言うか、トモちゃん、いつもぽわーってしてるけど、

 今日は何だか、いつにも増して極まってるなあ、って」

 

「そう、でしょうか?」

 

 ミカの言葉に、トモエは少し小首を傾げ、そしてややうつむき気味に、ぽつり、と呟いた。

 

「少し、おかしな事をお聞きしますが……。

 ミカさんは、その、恋をした事がおありですか?」

 

「ん? こい? 魚の?」

 

「いいえ、お魚さんでは無い方の恋です」

 

「む~っ」

 

 トモエからの思いもよらぬ言葉に、ミカは大量の福神漬けで赤く染まったカレーを一息に掻き込み、モグモグと飲み干した後に嘯いた。

 

「ぶっちゃけ、よく分かんないかな。

 お兄ちゃん達のことは大好きだけど、トモちゃんが聞きたいのって、そうじゃないよね?」

 

「はい、多分……」

 

「むむむ、何だって藪から棒にそんな事を?」

 

 ミカの問いかけに対し、トモエは俯いたまま、僅かにぽっ、と頬を染めた。

 

「あったんです。

 その、どっかーん、って。

 これまでの常識や価値観を、一瞬にして変えてしまうような……」

 

「うぇっ!?

 い、いつ? 何? 今日の話なの!?」

 

 思わず身を乗り出したミカに対し、トモエはますます縮こまって、いかにも気恥ずかしそうにこくりと頷いた。

 

「そ、そんな、今日ったって、あ、相手、は……!」

 

 そう尋ねかけた所で、思わずミカはビクン、と顔を上げた。

 猫のような瞳をぐるぐる回し、震える指先を、わなわなと台所に立つシンザブロウのに向ける。

 

 トモエは一瞬、きょとんと首を傾げ、その後静かに首を振って、ミカの指をテーブルの上へと持って来た。

 

 大きなカレー皿と、コップと、付け合わせと山盛りのサラダが乗ったちゃぶ台の上。

 その片隅では、今日の戦いを彩った二台のタンクが、敵味方の壁を越えてガッチリと握手を交わしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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