タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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十年前のお話です
プロローグ、始めます


 ――夏。

 

 魂までも燃え上がるような季節が、今年もまた来た。

 海に、山に、街に、学校に、恋に、試合に、バカンスに、祭りに、夏フェスに――。

 

 大観衆の絶叫がホールを震わし、眩いばかりのスポットライトが網膜まで突き刺さる。

 煌めく閃光、モニターに重なるビームサーベルの軌跡。

 

 海が、山が、空が、宇宙が、コロニーが、渓谷が、ラクロアが――。

 

 お台場より【御神体】RX-78を迎え入れ、ガノタたちの聖地・静岡もまた燃えていた。

 第四回・ガンプラバトル選手権。

 熱狂の季節が到来し、広大なスクリーンに映し出される数多の戦場が燃えていた。

 

『さあ! 第一ピリオド・バトルロイヤルもいよいよ佳境を迎えております。

 取り分け凄惨な光景を迎えているのは、Kブロック・市街地ステージ』

 

 実況の叫びに応じるように、ジオン系統機の特徴である真紅の単眼がギロリと光る。

 ズシン、ズシン、と巨大な怪鳥のような鋼鉄の脚が大地を揺るがす。

 周囲に動く物は何一つ無い。

 無残なる瓦礫の廃墟に、蕩け、千切れ、変わり果てた兵どもの鉄の腕。

 時代外れの鋼の恐竜が、焔の染み付いた無人の戦場を我が物顔で闊歩する。

 

『MA-08・ビグザム、正しく鎧袖一触ッッ

 見よ! これこそがビグザム量産化の暁には重力下で繰り広げられた光景なのだッ』

 

 戦場を踏み従えるジオン驚異のメカニズムを前に、観客席のそこかしこからどよめきが起こる。

 

「いずれ、モビルアーマーの時代が来る」

 

 プラフスキー粒子の発見に伴うガンプラ同士のバトルの実現。

 そして初の世界選手権開催から三年。

 その一言は、プロ、アマの口を問わずまことしやかに囁かれるキーワードとなっていた。

 

 もしガンプラ同士の戦いにルールが無いのなら、装甲を限りなく分厚くすれば生存率は上がる。

 その装甲を打ち抜くための火力を、動かすための大型ブースターを、巨体を賄うためのエンジンをも際限無く巨大化していく。

 大は小を兼ねる。

 大雑把だが子供にだって分かる理屈だ。

 そして理屈は今や現実の光景へと変わりつつある。

 たった一機のガンプラによって制圧された拠点。

 動き出した時代の潮流を押し留められる者など、最早、何一つ――

 

 

 ボスンッ

 

 

「――!?」

 

 不意にビグザムの胸元に火箭が爆ぜた。

 たちまちモノアイが律動し、同時に観衆の視線が一点へと集中する。

 

 廃墟を臨む小高い丘の上。

 からからと廻る風車小屋に据えられた二門の大砲から、うっすらと硝煙が立ち昇っている。

 いや、この近代的なビルディングの街並みに風車小屋とは、いかにも不自然。

 いや、そもそもキャノン砲を背負った履帯ばきの風車小屋とは、果たして如何なる代物なのか?

 

「ってッ! ちょ、ちょっと、アンタ!

 何勝手なことやってんのよッ!?」

 

 ほっそりとした白い指で両のコントロールスフィアを握り締めながら、ワンピース姿のカチェーシャの少女が怒声を上げた。

 

「第一ステージはネーデル・シルエットでやり過ごすって決めたでしょうが!

 打ち合わせ通りにやんなさいよ、この唐変木ッ」

 

「馬耳東風」

 

「やり過ごす……?

 へっ、冗談じゃないや」

 

 相方たちの叫びを意にも介さず、傍らの少女が、口にした煙管をくいっと顎で持ち上げ嗤った。

 170はあろうかと言うスレンダーな長身に、艶やかに燃える真紅の髪を、髷のように結わえたポニーテールの少女。

 化粧っ気のない洗い晒しのジーンズにTシャツ。

 その上から肩で羽織った白と黒のだんだらの小袖。

 背中には『誠』の一字。

 

 侍であった。

 時代の潮流に抗うラスト・サムライ・ガールであった。

 

「見なよ、デコ、それにトラ。

 これが新たな時代の寵児が生み出すガンプラバトルの姿だ」

 

 眼前に開いた超弩級モビルアーマーの砲門を気にも留めず、少女は一人、飄々と火の点いていない煙管を吹かす。

 

「いずれガンプラバトルには、モビルアーマーの季節が来る……。

 誰だってみんなそう言ってる、寒い時代だとは思わないか?」

 

「酔っ払ってんじゃ無いわよッ どうすんのよこの状況!?」

 

「獅子身中」

 

 たちまち傍らの少女たちが突っ込みを入れる、その間にビグザムは射撃体勢へと移っていた。

 

「へへ、この場はデコちゃんに任せるぜ。

 ほれほれ、得意のドラテクで何とかしてみな」

 

「絶対絶命」

 

「このバカッ!」

 

 短く罵倒し、すかさずカチェーシャの『デコちゃん』がスフィアを引き倒した。

 ハリボテの風車を投げ捨て、勇ましく土砂を噴き上げガンタンクが後退する。

 無限軌道が荒々しく地面を叩き、傾斜を跳ねるようにタンクが走る。

 同時にメガ粒子砲のピンクの光が、轟音と共に傍らの路盤を吹き飛ばし胸甲を染め上げる。

 

「うわっちゃあ!? おい、しっかり走れデコ」

 

「うっさいわねッ やってるわよ!」

 

「一目退散」

 

 淡々と四字熟語を諳んじながら、『トラ』と呼ばれていたセーラー服の眼鏡の少女が、右手のスロットをスライドさせる。

 たちまちタンク腰部のコンテナから炸薬が破裂し、連ね撃ちに噴き上がる煙幕弾が尾を引いて、逃げ惑う機影をすっぽりと覆い隠して行く。

 

「よぅし、右行け、デコ。

 丘陵を壁にして市街地に入りな」

 

「くぬぅ、ガンタンクって奴は車高が高いッ!」

 

 重心を振って、浮きかけた車体を片輪でコントロールしながら強引に舵を切る。

 白煙に紛れ、荒々しく斜面を跳ね転がり、履帯の震動が市街地へと遠のいて行く。

 

 小癪な獲物を追い、ズシン、ズシンと大地を震わしビグザムが追う。

 その気になれば、フルパワーの粒子砲で煙幕ごとタンクを薙ぎ払う事も可能な状況ではあった。

 あった、が、第一ピリオドの終了まで五分弱。

 他を寄せ付けぬ圧倒的な火力と引き換えに、ビグザムの稼働時間は短い。

 一日目の種目はあくまでも、ルール無用のバトル・ロワイヤル。

 プラフスキー粒子残量への懸念と、僅かばかりに残った他の伏兵の可能性が、男にとって当然の追撃を断念させたのである。

 

「オーケーオーケー、このまま2ブロック後に前進だ。

 そこでプチモビを仕掛ける、大バーゲン作戦と行こうか」

 

 迫りくる足音に紛れるように、キュラキュラとキャタピラの擦れる音が混じる。

 先刻までの傾いた姿が嘘のように、赤髪の少女が息を殺して指示を出す。

 

「奴さんの射撃と同時に懐に飛び込むよ。

 トラはトップを、デコはベースを頼む」

 

「委細承知」

 

「アンタは?」

 

 額に滲む玉のような汗を拭いながら、デコちゃんが問いかける。

 にやり、と煙管を咥えた口端に、再び笑みが浮かんだ。

 

「女は度胸だ、()()で仕掛けてやるよ。

 ジャイアント・キリング、見せてやろうぜぇ、この満員の観衆によぉ」

 

「……で、そのあとぶっ壊れたカトリーヌの修理は誰がやるのよ?」

 

「おいおい、チームだろウチらは?

 三人で仲良くやろうや。

 もっとも、次のステージに這い上がれればの話だけどな」

 

「まったく、余計な仕事ばっかり増やしてくれるわね」

 

「運否天賦」

 

 寡黙な眼鏡の少女の声色に、僅かばかりの緊張が籠る。

 三人が雑談を止め、ビル群に影を成す60m級モビルアーマーをじっ、と見上げる。

 

「――読方開始、20、19、18、17、16――」

 

 押し殺したような沈黙の中、ズシン、ズシン、と迫りくる足音と、淡々としたトラのカウントのみが、灼熱の時を数える。

 じとり、とスフィアに被せた掌に汗が滲む。

 

「――3、2、1、目標到達」

 

「ユニバアァアァ―――――ス!!」

 

 ビグザムの巨体が交差点の中央に到達した瞬間、ボン、ボン、ボン、と、突如3方向にガンタンクが出現した。

 ひっかけ、罠、ダミーバルーン。

 そう冷静な判断を下す前に、反射的に男は動き出してしまっていた。

 直ちに全周囲にメガ粒子砲の閃光が拡散し、ボスンと破裂したバルーンの内側より、煌めく粒子が溢れだす。

 格散するビームの光が粒子と干渉し合い、乱反射しては周囲をピンク一色に染め上げていく。

 痛烈な閃光がモニターを灼き、至近距離で発散した高熱がレーダーを潰す。

 

「千載一遇」

「やれ、デコ!」

「……ッ 出るわよ、カトリーヌ!」

 

 三方から至近距離の撹乱膜で敵の目を塞ぎ、残った後方にタンクが廻り込む。

 本来のタンク乗りの性に背き、零距離射撃を仕掛けるべくアクセルを蒸かし――

 

 いや、読まれていた。

 三方が囮で塞がっている以上、本命は必ず尻から来る。

 たちまちちょこん、と可愛らしくビグザムが左膝を折り、踵を上げてご挨拶。

 

「ツメ! 爪ェッッ!? こっち向いてるッ」

 

「いいから突っ込めッてンだッ」

 

「ひイイいィィィ――――ッッ!!」

 

 タンクが爆走する! ヒールが爆裂する!

 加速する世界の中で、暴風を伴い一直線に大型クローが飛んで来る!

 

「オープゥンッ!!」

 

 衝突の瞬間、不意に質量が()()()()()

 すれ違いざまの衝撃波が、履帯だけとなったガンタンク・ベースをゴロンゴロンと吹き飛ばす。

 

「乾坤一擲」

 

 下半身が理不尽な煽りを受けている頃、鈍重なベースを切り離したガンタンク・トップは、真っ直ぐ前方へと飛んでいた。

 両手のミサイルと二門の砲塔を、迫り来る軸足目がけ一斉に構える。

 

「全弾発射」

 

 120mm低反動キャノン砲・二発。

 40mmポップミサイル・八発。

 

 ガンタンクが瞬間的に発揮できる全火力が、零距離で爆裂する。

 轟音とバックファイアがトップを焦がし、痛烈な膝カックンに60m級の巨体が否応なく傾ぐ。

 

「タンク舐めんなカカシ野郎ッ」

 

 爆風で弾き飛ばされたガンタンク・トップの影から、『腹』

 すなわちコックピット部に当たるコアファイターが飛び出した。

 狙いは違わず、燃え上がる敵の膝裏目がけ、機体自体をミサイルに変えて突っ込んでいく。

 

「オオッ」

 

 ぐしょり、とノーズが哭いて、瞬間、ビグザムの膝裏で火球が爆ぜた。

 右膝から下が吹き飛び、ビグザムの超重量が傾き、そして、斃れ始める!

 

()ったァッ やったぜフラン!」

「じゃないわよォ! どうすんのよこれェ!?」

 

 デコちゃんが叫んだ!

 ようやく機体を立て直したガンタンク・ベースの上に、ビグザムの巨大な胴体が影を成す。

 

「かわせデコ! 潰されやがったら承知しねえぞッ」

「こんのおオォ~~ッッ」

 

 ドウッ、と粉塵が舞い上がり、ジオン公国の最終兵器が大地を揺らした。

 崩れ堕ちるビル群が瓦礫と化して降り注ぐ。

 同時にここで、無情にもタイムアップのブザーが鳴る。

 

『そして、ここで第一ピリオド終了の合図です!

 凄惨なるバトル・ロイヤルを生き残ったのは、Aブロックから……』

 

 初日の試合が終わり、しかし未だ、客席の動揺は収まってはいなかった。

 大会史上に残る苛烈な戦争を極めた第一種目、バトル・ロイヤル。

 地獄の様相を呈する戦場を生き延びた戦士が、果たしてどれほど残っている事か。

 

 

 

「……がんたんくさん、まけちゃったの?」

 

 2階席の中央、おかっぱ頭のちっぽけな少女が、オーロラビジョンを見下ろし、ぽつりと呟く。

 

「まけません!

 おねえさまの『たんくどう』は、ぜったいにまけません」

 

 傍らで、こましゃくれた赤色の巻き毛の少女が、大きな両目一杯に涙を溜めて言い放った。

 繋ぎ合ったちっぽけな手が、ふるふると、小刻みに震える。

 

『――生き残ったのは、全8ブロック47め……、いやッ!

 Kブロック、皆様、Kブロックをご覧下さい』

 

「LIVE」の文字を刻んだオーロラビジョンが、Kブロックの映像を拡大する。

 ビグザムが沈み、物言わぬ廃墟と化したビル群の中から、カタカタと瓦礫を崩して這い上がってくる者があった。

 

 車両であった。

 苛烈な戦いの中で、MSのコンセプトとしての上半身を失い、戦闘車輌のアイデンティティたる砲すら失い。

 千切れた履帯を必死で空転させ、歪んだベースをふらふらと彷徨わせながら。

 しかし、それでも未だ、その車両はかろうじて自走して……、生き延びていた。

 わっ、と一際熱い歓声が、スタジアム全体を震わせる。

 

『失礼いたしました、生き残りは全部で48名ッ!

 最期の生還者は東日本大会代表、チーム・タンクバタリアン!

 大会史上、最も苛烈を極めた戦場から【地虫の嵐(ハリケーン・クローラー)】カトリ・ランコの生還ですッ!!』

 

 会場が震えていた。

 会場を埋め尽くす万人の声援が、三人の少女の全身を叩いていた。

 

「へっ、へへ、とんだダイ・ハードだったな。

 良い夢見たかい?」

 

「……二度とアンタとはタンクに乗らないわ」

 

「諸行無常」

 

 ほうぼうに愚痴をこぼしながら、少女たちは万来の大観衆を見上げていた。

 

 歴史に焼き付く、一瞬の閃光、と呼ぶべき瞬間がある。

 第四回ガンプラバトル選手権は、時代の主流が大型MAへと移行する過渡期の大会である。

 

 戦いの中、例年を遥かに上回る規模の破壊と虐殺が繰り広げられ、力無き弱者たちは容赦の無い暴力の前に敗れ去る事となった。

 

「いずれ、モビルアーマーの時代が来る」

 

 異口同音に語られ続けた予言の通り、ガンプラバトルはやがて「キング・オブ・カイザー」

 カルロス・カイザーを中心とした大鑑巨砲主義の時代へと移り変わって行くのである。

 

 少女たちは、移り行く時代の狭間に咲いた仇花であった。

 MSとMAの仁義なき抗争の中、一瞬だけ瀬に浮かび上がった、物好きなタンクの花だった。

 今日咲いて、明日には虚しく吹き散らかされてしまう、ちっぽけな花びらだった。

 

 しかし今、今日、この瞬間だけは、彼女たちは確かに大輪の花であった。

 見下ろす二人の女の子の胸に、永遠に焼き付いて離れぬ眩いばかりの閃光であった。

 

 

 

 


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