タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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文化祭、始めます

 ボン、ボン、ボン、と。

 

 大洗の秋空に、白煙が三つ、広がった。

 海岸線が一望できる坂道を登り、丁寧にデコレーションの施されたゲートをくぐれば、そこには活気の溢れる即席の屋台が並び、休日にも関わらず制服姿の学生たちが笑顔を見せる。

 

 大洗はまぐり高校文化祭。

 普通の普通高校であるにも関わらず、いや、普通の普通高校ゆえにと言うべきか。

 近隣の学校の中でもはま高の文化祭は特に気合の入っている事で知られ、OBたちが愉しみとする秋の風物詩となっていた。

 

 そのOB、いやOGが一人、幼な子の手を引き、かつての学び舎を感慨深げに見上げていた。

 

「ふふ、やってるやってる。

 相変わらず変わんないわねえ、ココは」

 

「アンタの方もね、随分とご無沙汰してたわね、シナトラ」

 

「もう()()()()じゃないわよ、日本のどこにでもいるタナカのお嫁さん」

 

 気心の知れたカトリ・ランコの言葉に対し、笑って手を振る女性の指に、銀の指輪が鈍く光る。

 

 タナカ・トラ、旧姓、カワシナ・トラ(川繊虎)

 かつてガンプラバトル選手権東日本大会を制した、『タンクバタリアン』の一員である。

 現役時代には果敢な攻勢を得意とする砲手として知られ『虎の咆哮(タイガー・ジェット)』の異名で畏れられた闘将でもあった。

 

 かつての伝説のタンク乙女たちが、思い出の校舎の前に久方ぶりに集まった。

 灼熱のような季節から、十年が経過していた。

 痩せっぽっちの少女の体は、いつしか女性らしい丸みを帯び、涼やかだった蒼色のショートヘアーも、今はゆったりと肩の辺りまで伸びている。

 十年の歳月が、中二病の少女を大人の女性へと変貌させていた。

 

「んで、今日はそのタナカくんは来て無いのかい?」

 

 そう言ってリュウザキ・ツルギが、トラの肩越しに前を覗くと、少し離れた人だかりの中で、タナカの旦那が気恥ずかしげにぺこりと一礼した。

 代わり映えしない冴えない姿に、思わず苦笑がこぼれる。

 

 元々、タナカくんはツルギらと同じはまぐり高校の同期生であり、更に言えば、お隣のカワシナさん家のトラとは十数年来の幼なじみであった。

 クラスでも目立つような性格では無く、模型部が世界大会に出場した折にも、全校応援に混じってかろうじて声を張れるような引っ込み思案の少年だった。

 そんな素っ気ない感じの二人だったが、人目を憚りつつも人並みに蜜月を重ねていたらしい。

 学生時代、浮いた話の一つも無かった中二病のジェットが、卒業と同時に結婚すると言い出した時には、流石のツルギたちも仰天したものであった。

 

「ほうら、どうしたのタイガ、おばさんたちにご挨拶は?」

 

「ちょっと、おばさんはやめてよね、同い年じゃない?」

 

 デコちゃんの抗議を聞き流して、トラが右脚にしがみついた女の子に挨拶を促す。

 母親譲りの蒼髪のおかっぱ頭の女の子は、意を決して母の下を離れ、二人の前にちょこちょこと歩み出た。

 

「おはよーございます! たなかたいがです!」

 

「はいはい、おはようございます。

 いやあ、おっきくなったねえタイガちゃん、今年でいくつ」

 

「ろくさいです!」

 

「そうかそうか、ん~ん~、良い眼をしている。

 それに度胸もある、ますます気に行ったよ」

 

「アンタ、それホント誰にでも言うわよね」

 

 呆れ顔のランコを無視して、子供好きのツルギが少女の頭をわしわしと撫でる。

 その時、体育館の方から、不意にわっ、と歓声が上がった。

 

「おーう、今年もやるのね、演劇部名物爆音上演。

 毎年の事ながら気合入ってるわね」

 

「タンク道部の出し物は午後からだから、今の内に旦那さんと見に行ってきたら?

 タイガちゃんなら私とツルギで預かっておくわよ」

 

「いやいや、いくら元プロと言った所で、私たちもブランク明けよ。

 今の内に連携の確認だけは入念にやっておかなきゃ、さ」

 

「……は?

 ごめんトラ、アンタ、一体何の話をしてるの?」

 

「ガンプラバトル、出るんでしょ、デコも?」

 

「はぁ!? で、出るワケないでしょそんなのッ!?

 あたしは教師よ! なんだって生徒の見世物に混じってバトルしなきゃなんないのよ?」

 

「えーっ? だって……」

 

 ちらり、とトラが足元に視線を落とした。

 足元の、愛娘の頭をムツゴロウさんのように撫でまくる胡散臭いおばさんに視線を落とした。

 即座にランコは己の迂闊さを呪った。

 かつてのチームメイトが三人、うち二人の認識がここまで喰い違っているならば、考えられる原因はただ一つである。

 

「ぐへへへへ、どうやら気付いちまったようだなあ、デコちゃんよぉ」

 

「酔いどれ、アンタ……、何を考えてんのよ?」

 

 おそるおそる問いかけたランコに対し、ゆらり、と音も無くツルギが立ち上がり、いつかの下卑た嗤い顔を二人に向けた。

 

 

「レディース! アーンド、ジェントルメーン!

 みなさんいよいよお待ちかね! 第一回タンク道戦車戦 in 大洗の時間かしら?」

 

 カシマ・エイコの威勢の良いアナウンスに合わせ、体育館いっぱいに暖かな歓声が広がった。

 館内中央に配されたバトルシステムを挟み、弓道衣姿の揃いの砲学チームと、思い思いの衣装に身を包んだはま高チームが向かい合う。

 

「凄い歓声ね、ふふ、今日はよろしく、ミカさん」

 

「こちらこそ、今日は絶対に負けないよ!」

 

「それにしても、相変わらずはま高のコスチュームは飛ばしてるわね」

 

「言われて見れば……。

 ええっと、ヒロミさんはどうして猫耳メイドなんですか?」

 

「1-Cのメイド喫茶! 無理矢理抜けて来たんです、にゃん!」

 

 奇抜な衣装に定評のあるファッションリーダー、コバヤシ・ヒロミが喝采の中心で赤面する。

 こほん、と一つ咳払いをして、マスノ・ヒタチがバトルの説明に入る。

 

「今回のエキシビジョンは、業界初となるガンプラ戦車道特別ルールで行いますの。

 試合は61式戦車 対 マゼラアタック、計12台によるチーム戦。

 一方のチームの全車両が走行不能になった所で決着とする、

 劇場版でおなじみ殲滅戦方式を採用いたしますの」

 

「地球連邦製の61式戦車を操るのは、西東京大会ベスト8に輝いた砲弾学園チーム。

 対するジオン公国のマゼラアタックを操縦するのは、地元大洗のはまぐり高校チームかしら。

 

 更にこの試合の特別審判員を務めるのは、我らがエコール女学院バトル部主将!

 現役女子高生C級公式ガンプラバトル審判員、リュウザキ・アゲハ!

 マダム・バタフライの栄えある審判デビューを見届けられるなんて、

 嗚呼、今日、会場にお越しの皆さんは非常にラッキーでは無いかしら?」

 

 カシマの紹介に合わせ、中央に立つアゲハがたおやかに片手を上げる。

 たちまち、そちらの方面の一角から黄色い声援が上がる。

 

(ところでマスノさん、私たち、なんで他校の文化祭のMCやってるのかしら?)

(お姉さまの審判員デビュー戦、私たちで彩らぬワケには参りませんの)

 

 歓声に紛れ、ぼそぼそとかしましが雑談をする。

 ともあれ以前、マスノが指摘したように、今回のアゲハの起用は大正解のようであった。

 公式審判員の立ち合いと言う試合の箔付けのみならず、今、大洗の地に育まれつつある新生タンク道の土壌を、アゲハと言うタレントの存在が別方向に伝搬してくれる。

 だが、その名プロデューサー、カトリ・ランコの姿は、なぜか会場に見当たらない。

 

「それではこれより、大洗はまぐり高校対砲弾学園の、エキシビジョンマッチを開始いたします」

 

 アゲハの宣言に合わせて会場に静寂が戻り、選手たちが横一列に向かい合う。

 

「双方、礼」

「宜しくお願いします!」

 

 女子高生らしい爽やかな挨拶を交わし、速やかに双方が配置に着く。

 照明の落ちた体育館に、プラフスキーの青白い輝きが灯りだし、フィールド上に雄大な富士山が出現する。

 

「ようし、砲弾学園弓道部、61式で出るわよ」

 

「相手は所詮、タンクとは名ばかりの自走砲。

 正しい戦車の運用方法って奴を見せつけちゃおう」

 

「サリー、アズキ、ミコト、初陣だからって焦らないでよ」

 

「「「 了解! 」」」

 

 

 

「いくぞタンク道部、希望の未来へパンツァー・フォーだ!」

 

「フッ、勇者王をも苦しめたマゼラアタックの恐ろしさ。

 フラットランダーどもに思い知らせてやろうじゃないか」

 

「マゼラアタック、発進であります!」

 

「向うの戦力の半数は実戦経験の少ない新入部員です。

 冷静に誘い込んで確実に潰して行きましょう、にゃん」

 

「ところでトモちゃん、フラットランダーってなに?」

 

「はて? ペラペラ人間さんなんでしょうか?」

 

 短い打ち合わせを終え、双方合わせて十二台の戦車が、広大な富士演習場へと飛び出して行く。

 会場から自然と拍手が沸き上がる中、隊列を組んだ一団が敵を求めて草原を行く。

 

「サリー、偵察お願い、くれぐれも無茶はしないでよ」

「了解です」

 

「よし、二等兵、早速だが斥候行って来い」

「了解であります」

 

 両陣営とも、奇しくも同じタイミングで動いた。

 たちまち加速した二台の車両が、やがて、草原のど真ん中で相対する。

 

 

「ヒカル隊長、敵マゼラアタックが一台だけ突出しています。

 早速攻撃を開始しますね」

 

「ご苦労……、って攻撃!?

 サリー、あなた偵察の意味分かってる?」

 

「えっ? 偵察って威力偵察の事じゃないんですか?」

 

「違うわよ! いいから早く戻ってらっしゃい」

 

「あっ、無理です、向うに見つかっちゃいました。

 とにかく出来るだけ頑張ってみますね」

 

「サリーッ!?」

 

 

 

「御大将、敵の61式が単独で突っ込んで来るのであります」

 

「よし、適当に応射しつつ後退だ。

 あわよくば合流してそいつを叩くぞ」

 

「御大将、何を悠長な事を言っているのでありますか!

 相手の頭に血が上っているこの瞬間こそが、敵を仕留める最大のチャンスなのであります」

 

「なんだと!? バカ、戻れジーン!

 頭に血が上っとるのはお前の方だッ!」

 

「オリハラ技術中尉、吶喊します」

 

「ジィ―――――ンッ!!」

 

 

 やけに喧嘩っ早い斥候二名によって、急速に戦端が開かれつつあった。

 こう言った妙な行き違いによる遭遇戦もまた、戦場(ガンダム)の醍醐味であろう。

 

「APFSDS、装填完了であります!」「二連装滑空砲、照準合わせ」

 

 双方の砲撃準備が終わり、いよいよ本格的な戦闘に移ろうかと言う刹那――

 

 

 ドワォッ!!

 

 

「 !? 」

 

 不意に凄まじいばかりの轟音が戦場に鳴り渡った。

 驚く間も無く、数瞬遅れの衝撃波が、小柄なタンクの車体をビリビリと揺する。

 

「なっ、なななんじゃあ、この威力は!?」

 

「何が起こっている……、にゃん!?

 こんなの、マゼラアタックの火力じゃない」

 

「くっ、どうした、何があった!?

 応答しろ、ジーン! ジィ――――ン!!」

 

 

「あぅ、お、御大将……、ヒロミ大尉殿……」

 

「おお! 生きていたか二等兵」

 

 ギンガの懸命な呼び掛けに応えたものか、辛うじて通信回線が繋がった。

 通信機の向うから、オリハラ・マイの今にも途切れそうなか細い声が伝わってくる。

 

「わ……、我々の最後の映像を送信するのであります。

 記録願います……、願います!」

 

「ジィ―――――ンッ!!」

 

 一瞬にして通信が途絶え、大破したマイ機の頂部に白旗がしゅぽん! と上がった。

 ほどなく、モニターに先ほどの交戦記録が映し出される。

 マイ機の車載カメラから撮られた映像には、迫り来る61式を後方から一呑みにする破壊の光が捉えられていた。

 

「ビーム兵器……、だと!?

 しかもこの威力、まるでバスターライフルじゃねえか……!」

 

「ど、どう言う事?

 もしかして砲学の子が、またザメルを持ち出して来たの?」

 

「いや、それは違うぞミカ。

 スーパーザメルに搭載されている武装は、全て実弾兵器のハズ。

 しかもこのビームは、敵味方の区別なく放射されている」

 

「だとしたら、誰がこのような兵器を持ちだしたのでしょうか?」

 

「……わ、私は、この光を知っている、にゃん」

 

 か細い肩を震わして、猫耳メイドのヒロミがそっと呟く。

 

「あれは地球連邦の開発した対艦ビーム砲『バストライナー』の光。

 本来なら移動砲座用のアレを無理矢理転用したタンクと言えば……。

 こ、この舞台でこんな事をしでかす人は、ただ一人、にゃん」

 

「ま、まさか……!」

 

 

 ―― ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

 

 

 はま高チームの戦慄を肯定するかのように、大型ホバーの噴射が平原を揺るがし、富士の裾野に巨大な影を為す。

 

 獲物を探す鋭い単眼。

 逞しい両腕に備えた厳つい機関砲。

 超ド級戦車の名に恥じぬ新緑のシルエット。

 さながら地を走るデンドロビウムの如き大仰な武装の数々――。

 

「ゲェーッ サイの超兵器(ライノサラス)!?」

サイの超兵器(ライノサラス)!? 知っていますのカシマさん」

 

「ア、アレはDC専用ソフト『機動戦士ガンダム外伝 コロニーの落ちた地で…』において、

『荒野の迅雷』ヴィッシュ・ドナヒューがラスボスを務めた究極の現地改修機ではないかしら!?

 その特異な外見により、タンクマニアから付けられた呼び名はスーパーザクタンク!

 ヒルドルブやザメルとの関連性も噂され、

 近年ではギレンの野望やGジェネレーションの客演により注目を集めている、

 ジオン公国でも目下売り出し中のモビルアーマーではないかしら!?」

 

「な、何たる事……!

 カシマさん、前々から思っていたけど貴方、ガンダムゲーに詳し過ぎではありませんの?」 

 

 かしましの渾身の解説により、どよめきが会場中に伝搬する。

 公式のキットが存在しないライノサラス。

 そんなフルスクラッチ・ビルドをこの会場に持ち込み得るビルダーがいるとすれば――

 

「じゃーんじゃじゃんじゃんじゃーん! ボーナスチャーンス!」

 

 その場の混乱の呑み込むように、ザクの頭部から明るい声が響き渡った。

 

「ハッハァーッ! この戦場は我々『タンクバタリアン』が占拠した!

 ここから先は、あたしらOB 対 はま高・砲学連合の変則マッチと行こうじゃないかッ!」

 

「あ、やっぱりリュウザキ先生」

「何を考えとるんじゃ、あの大人は!?」

「はま高の文化祭を何だと思ってるんだよ~っ」

 

 喜色満面のツルギに対し、向かい合う生徒たちが憤懣の声を上げる。

 たちまちライノサラスから発射されたミサイルの群れが一同めがけドワオズワオと降り注ぎ、反論が力尽くで封殺される。

 わっ、とギャラリーからも驚きの声が上がる。

 

「ツ、ツルギさん!? 戦場に帰って来たんですか!」

 

「いよう、まだ生きてたかい超級堂の。

 今日は久しぶりにカッコイイとこ見せちゃうよ~」

 

「リュウザキ・ツルギだって!」

「伝説のタンクバタリアンの復活かッ!」

「こりゃ女房子供を質に入れても見なあかんばい!」

 

 飄々としたツルギの声を皮切りに、かつてのサポーターたちの歓喜の声が沸き上がる。

 巻き起こる歓声の中、主役を奪われた戦車乗りが怒りの逆襲に移る。

 

「い、いくら先生だからって、そんな無茶苦茶は許しません!」

「サリーのカタキィー!!」

 

「まっ、待って!? 無謀よッアズキ! ミコ――」

 

 

 ダン! ダダン!

 

 

 砲学の新人二名の無謀な突撃は、会心の精密射撃によって報われた。

 ライノサラスの両腕から放たれた機銃の斉射は、発射寸前の砲身に真っ直ぐに吸い込まれ、直後、61式が内部から火球を上げて爆裂した。

 砲塔が爆砕し、真っ黒焦げになって動きを止めた二台の上に、しゅぽんしゅぽんと相次いで白旗が上がる。

 

「見敵、必殺――」

 

 あまりの神技を前に言葉を失う一同の下に、聞き覚えのある四字熟語が響き渡る。

 

「で、ででデデタ――――ッ!? タンクバタリアン名物ピンホールショットやァ―――ッ!!」

「来とるんか!? 『虎の咆哮(タイガー・ジェット)』カワシナ・トラがッ」

「まだまだ現役じゃねえかっ!?」

「まさに外道!」

 

 会場が、再び興奮の渦に包まれ始めた。

 有頂天に達したリュウザキ・ツルギがいよいよ本格的に進行を開始する。

 

「ハァハハハ―――ッ どうしたルーキー?

 貴様らの実力はそんなモンかァ!?」

 

「チクショウ! 大の大人が大人げない事やりやがってーッ!?」

 

「ギンガさん、今は愚痴っている余裕はないよ」

 

「この場は一致協力して、南側の森林に撤退しましょう」

 

「ミカ! 殿をお願いッ! とにかく何とか時間を稼いで、にゃん!」

 

「わ、分かったッ! やってみるにゃん」

 

 ヒロミからの通信を受け、すぐさまミカが一人、戦場へと踵を返した。

 追撃に移るライノサラスの側面に回り込み、車体を返して真横からの砲撃を試みる。

 

「にゃおおおんッ!」

 

 初弾直撃、しかし、軽い。

 砲弾は分厚い装甲の前にガツンと弾かれ、その巨体の動きを僅かに留めるのみに終わる。

 たちまちザクのモノアイが律動し、側面の小癪な獲物の姿を捉える。

 

「痛ぅ~、おい、しっかり操縦しろよなデコ?

 教え子に遅れを取ってんじゃねえ」

 

「へーへー。

 あーあー、ホバー走行って、な~んかやる気が出ないのよねー」

 

「職務怠慢」

 

「うっさいわねぇシナトラ。

 タンクに乗った途端に昔のキャラに戻ってんじゃないわよ」

 

「ほ~ん?

 良いのかなあ、そーんなやる気の無い態度を()()()の前で見せちゃってさあ?」

 

 くいっ、とツルギが親指を上げ、客席を指し示した。

 そこではOBたちの声援の中、大好きな父親に肩車された女の子が、バトルフィールドを真っ直ぐに見つめていた。

 

「すごい……、おかあさん、かっこいい……!」

 

「うっ」

 

 ランコは思わず怯み、目を逸らした。

 タンクを見つめる大きな瞳は、無限の未来に満ちて、今やデコちゃんのデコよりもキラキラと輝いているではないか。

 

「へへっ、やっぱ良い眼をしやがるじゃねえか、タイガちゃん。

 ありゃあ、あの頃のあたしらの目だ。

 タンク道の未来を何一つ疑い無く信じ切っていた頃の、純真無垢な瞳だ」

 

「ア、アンタねえ……」

 

「あの瞳、あの子の未来、守りてえとは思わねえか?

 なあデコ、それにトラ?」

 

「誠心誠意」

 

「ああもう! わかったわかったってば!

 そんな目でこっちを見ないでよ!」

 

 ボン、ボンと、ミカのマゼラアタックから第二射が飛んで来た。

 瞬間、ライノサラスの動きが変わった。

 鮮やかなターンで身を翻して砲弾を避け、そのままの制動できっちり標的へ照準を合わせる。

 

「やば」

 

 その動きだけでミカにも分かった。

 カトリ・ランコが本気になったのだ。

 ぞくぞくと戦慄が駆け上がる。

 抵抗しようなどと考えも付かなかった。

 迷い無くマゼラ・トップを捨て、一目散に遁走を開始する。

 

「マユヅキ、出来るようになったわねえ」

 

 しみじみと感嘆を漏らしつつ、疾風怒濤のライノサラスが獲物を追う。

 その巨体でかくやと思うほどに加速を乗せてプレッシャーを加え、ありったけのミサイルと銃弾を叩き込む。

 

「ヒューッ、やりたい砲台だぜ!」

「さすが『地虫の嵐(ハリケーン・クローラー)』」

「不慣れなホバーであそこまで走るか」

「デコちゃーん!」

 

「うっさいうっさいッ!

 今デコデコ言ったヤツ、後で覚えてらっしゃい!

 片っ端からひっぱたいてやるんだから!」

 

「アリガトゴザイマース!」

 

 伝説的アイドルタンカー、カトリ・ランコの復活劇に会場が盛り上がる。

 だが逃げるミカはそれどころでは無い。

 

「鎧袖一触」

「くんぬっ」

 

 必死こいて履帯を回し、降り注ぐミサイルの雨からかろうじて逃れ、森の奥へと転がり込む。

 大魚を逸した事を確認すると、ランコは追撃の手を止め、ゆるゆると機体の速度を落とした。

 

「ほーれ見ろ、デコが怠けてたせいで逃しちゃったじゃないかよう」

 

「だったら私に感謝なさいな。

 こんなんで終わっちゃ、イベントにならないでしょ」

 

「へん! 教え子たちのかくれんぼに付き合うつもりは無いね。

 おいトラ、森ごと焼き払っちまいな」

 

「合点承知」

 

 リーダーの要望に短く応え、トラが力強くスフィアを押し込む。

 たちまちライノサラス最大の角、バストライナーに眩い輝きが収束し始める。

 

「――! トラ、チャージ中止!?」

 

 ランコが短く指示を出し、同時に機首を返してライノサラスを退いた。

 驚く間も無くピンポイントで閃光が大地を抉り、巨獣の眼前で深紅に蕩ける。

 

「――ひゅう!

 ようやくおでましかい? C級公式審判員さんよう」

 

 吹けもしない口笛を吹かし、リュウザキ・アゲハが視線を上げる。

 丘の上には、逆光を浴びてそそり立つ一台の機影があった。

 

 

 ――土下座っている、タンクであった。

 

 

 丘の上で蒸気を噴きを上げるのは、神々しいまでの土下座力に満ち溢れた、一台の土下座っているタンクであった。

 

「……リボーンズ・タンク。

 ガンダム00の終盤戦において、リボンズ・アルマークの中の人の強い要望により、

 本来ならば一人V作戦のトリを飾るハズだった幻のタンクね」

 

「最終戦車」

 

 ごくり。

 居並ぶベテランたちが息を呑む中、土下座っているタンクの中の人が、堂々と名乗りを上げた。

 

「ツルギお姉さま。

 それ以上の横暴は公式審判員として試合を預かる、リュウザキ・アゲハが許しませんわ!」

 

 土下座っているタンク乗りの苛烈な宣言に、たちまち会場から黄色い声援が飛ぶ。

 

「へっ、気張りやがるなサラリーマンよぉ。

 あたしら相手にラスボスのタンクを選ぶとは、おこがましいにも程が……」

 

 ……いや。

 リュウザキ・ツルギの脳裏に、ふと疑念が走った。

 

 リュウザキ・アゲハは果たして、このようなプロレス的アングルを好む女であっただろうか?

 大胆である以上に繊細で、質実剛健を好む妹である。

 先ほどの呼吸を殺した奇襲も見事であったが、普段の少女の振る舞いとは程遠い。

 

「……おい、アゲハ、後ろのシートに誰を乗せてやがる?」

 

「あら? さすがはサムライ・ガール。

 どうやら嗅覚だけは衰えていなかったようね」

 

 やにわに剣呑な空気が溢れだす中、くすり、と蟲惑色の笑いがこぼれた。

 あっ、とたちまち会場が震える。

 

 しなやかに腰まで伸びた、ブロンドの髪。

 ナイフの切れ味を想起させる細身の長身。

 そして闘争心溢れる戦士の瞳を隠す、メイジン・カワグチの名を継ぐ者のサングラス――。

 

「そんな、カ、カシマさん……!」

 

「わ、私の瞳に誤りが無ければ、アゲハお姉さまの隣にいるのは……、

 ガンプラバトル史上、初の女流メイジンの名を抱いた当代のトッププロッ!

 レディー・カワグチではないかしらァ――――ッ!!??」

 

 カシマ・エイコの絶叫を皮切りに、狭い体育館が激震する。

 そんな混乱を意にも介さず、レディ・カワグチは旧友にでもであったかのように飄々と言葉を交わした。

 

「ふふ、相変わらず無茶な事ばかりやってるようで、少しは安心したわ。

 名伯楽を気取って楽隠居だなんて、あなたには全然似合わないんですもの」

 

「テメエ……」

 

 ビュオン、と、土下座っているタンクの砲塔が火を噴いた。

 2連のバスターライフルの光は、微動だにせぬライノサラスの両脇を疾り、戦場の空気を一瞬にして真っ赤に燻らせる。

 安い挑発である。

 ツルギは顔の筋肉だけで無理矢理に笑みを作ると、愛用の煙管を高らかと咥え直した。

 

「……だへよ、デコ」

 

「ちょっ! アンタ、正気?

 向うは00ライザーを搭載したガチンコガンダムともやり合える史上最強のタンクよ。

 図体だけが取り柄のMAで戦えるような相手じゃないわよ」

 

「うるっへえっ!!

 タンク道はウチらん庭なんだッ!

 あんなナマイキな餓鬼にデカいツラされて堪りゅかっへんだ!」

 

「報仇雪恨」

 

「そいつは私だって……、くっ!

 ええいもう! どうなったって知らないんだからッ!!」

 

 チームの良心、カトリ・ランコがとうとう折れた。

 ザクの単眼がたちまち真っ赤に燃え上がり、獲物目掛けて一直線に吶喊する。

 

「ふふ、本当に何一つ、昔と変わらないのね、あなたのお姉さんは」

 

「けれどレディー、お気を付けて。

 ああなっている時の姉は、誰よりも手が付けられませんの」

 

「ええ、よく知っているわ。

 あの人の事はね、妹のあなたよりも理解しているつもりよ」

 

 そう微かに笑って、すぐにレディも臨戦態勢に移った。

 土下座ってるタンクを走らせ、丘稜を優雅に滑り降りる。

 ラスボスの名を冠するタンクが二台、その距離がみるみる縮まって行く。

 

「短期決戦よ、アゲハさん、トランザムは使わないでよ!」

「了解! トランザム!」

 

「来るぞデコッ 例のヤツ使えッ!」

「舌ッ噛まないでよぉ、タンクモードッ!!」

 

 土下座っているタンクがたちまち真紅の炎に染まり、幾重にも残像を繰り出し始める。

 対し、巨獣のホバーに突如としてキャタピラが生え揃い、そのまま乱暴に大地を踏み締める。

 

「てんめェアゲハアァァァ―――ッ!!

 タンク乗りの魂まで、カワグチの軍門に下りやがったのかよッッ!!」

 

「お姉さま、今の私は公式審判員ですの!

 速やかな試合の進行のため、姉妹の情などとうの昔に捨て去りましたわ」

 

「フフ、熱いわね二人とも。

 タンク乗りと闘っている事を実感させてもらっているわ」

 

「ナチュラルに見下してんじゃないわよッ」

 

「天魔伏滅」

 

 大地が抉れ、大気が震え、地獄のワルツが開演する。

 共に一撃必殺の大砲を構えたまま、一切の足を止める事なく踊り狂う。

 履帯が軋み、プラフスキーが燃え上がる。

 銃弾が哭いて装甲が捩れ、それでも両車は動きを止めず、淡々と必殺の瞬間を探る。

 

「すっげェドラテクッ! さすがレディ・カワグチ!」

「リベンヂマッチだッ ブチのめせリュウちゃん!」

「負けないで! アゲハお姉さま~ッ!」

「デコちゃあぁ―――――ん」

「また言いやがったわねッ!?」

 

 撃灼の間合い。

 国内、いや世界最高峰と言っても過言ではないタンク同士の激突に、会場の興奮はいよいよクライマックスに達しようとしていた。

 

 

 

「うおおおお~ん! じゃねぇよバカァ~ッ!?

 小生たちの文化祭を返せよぉ~っ」

 

 戦場から離れた森の奥。

 そこでは敗残兵と化したタンク少女たちが肩を寄せ合っていた。

 

「ギンちゃん、泣いてるだけじゃダメだ。

 あたしたちの文化祭は、あたしたちの手で取り戻すんだ」

 

「ミカァ~、ぐすん、だ、だけどどうやって?」

 

「あんな超兵器たちを相手にしては、惨めに叩き潰されるのがオチであります」

 

「ううん、みんな、アレを見て、にゃん」

 

 ヒロミのほっそりとした指先が、苛烈な戦場を指し示す。

 

「トランザムの連続使用によって、粒子の枯渇が近付いているリボーンズ・タンク。

 機体重量を無視して履帯に無理を重ねているライノサラス。

 両機の戦闘能力は、既に限界に近づいています、にゃん」

 

「そうか、このまま共倒れになるタイミングを見計らって仕掛ければ!」

 

「ところでヒロミさん。

 今さらだけどここ店じゃないから、いちいち語尾に『にゃん』付けなくても平気だよ?」

 

「えええええええっ!? は、早く言ってよぉ~」

 

 衝撃の事実を前にして、耳まで真っ赤に染まったヒロミが、へなへなとその場に崩れ落ちる。

 だが、彼女もまた半年前までの臆病な少女では無い。

 なけなしの勇気を振り絞って体を起こし、仲間たちに必死の激を飛ばす。

 

「と、とにかく!

 向うから横紙破りをしてきた以上、もう遠慮は入りません。

 私たちの持てる最大戦力をぶつけ、どうしようもない大人たちを舞台から叩き出しましょう!」

 

「オオッ!」

 

 

「よぅし! タイガーアイ! ひっさびさに出撃だァ――ッ!!」

 

「コバヤシ・ヒロミ! 砲戦支援型ガンタンクで出ます」

 

「うふふ、ヒルドルブさん、今回も宜しくお願いします」

 

 

 

「小生たちも出るぞッ 二等兵! 例の61式持って来いッ!」

 

「御大将、それでは単にパワーダウンするだけであります!」

 

「くっ、だ、だったらこの間のリック・ガンタンクはどうだ?」

 

「ダ、ダメだ御大将、あれは履帯に砂鉄が詰まったんで消磁の真っ最中だ……」

 

「何だとォ!? 誰だよ砂場で遊ぼうとか言い出したヤツ!

 ええいもう何でもいい! 何か出られるタンクは無いのか!?」

 

「あったよ! ガンダムタンクが!」

 

「でかした!」

 

「ガンダムタンク、発進であります!」

 

 

 

「砲弾学園弓道部、スーパーザメルで支援するわ」

 

「援護射撃なら任せろーっ」

 

「1360mmキャノン! 死ねぇっ!」

 

 

 ―― ドワオッ!!

 

 

 超弩級の砲弾が大地を揺らした。

 両機は咄嗟に戦いの手を止め、大きく車輌を後退させる。

 ほどなく、森の奥から鬨の声が一斉に鳴り上がった。

 

「フフ、どうやらようやくホストのお出ましのようね」

 

「ちぇっ、あと一歩の所でよう」

 

 拗ねるように頭を掻いて、ツルギが声の方を睨み据える。

 たちまち樹木を蹴散らしながら、一台の猛虎が暴犀の前へと躍り出た。

 

「リュウザキ先生ッ 覚悟ぉ―――ッ!!」

 

「ヘイ! 来たなルーキー、楽しんでる?」

 

「うるさいうるさい! これが大人のやる事かよッ!?」

 

「ハッ! 大人だからやるんだろ?」

 

「そんな大人、修正してやるゥ!!」

 

 ドウッ、と双方の火砲が同時に火を噴いた。

 その交錯を皮切りに、森の奥から奇抜なタンクたちが飛び出して、戦場が混沌に陥って行く。

 

「……カシマさん、その、

 業界初のガンプラ戦車道特別ルールはどこに行ってしまったのかしら?」

 

「ギャラリーが盛り上がっているのですから、私たちが口を挟む余地はありませんの」

 

 進行のかしましがとうとう匙を投げた。

 兎にも角にも、大洗はまぐり高校の体育館は熱狂に震えていた。

 運と、ノリと、その場の勢いと――。

 

 かつての少女たちの青春をなぞるように、タンク乙女たちの大乱闘はいつ果てるともなく轟音を刻み続けていた。

 

 

「ねえミカ『アリスタ暴走事件』って憶えてる?」

 

()()()()……? ああ、第7回大会の時のだっけ?

 静岡の会場が丸ごとガンプラバトルで壊れちゃったヤツ」

 

「うん。

 旧プラフスキー粒子を生成していた『アリスタ』が暴走して、

 静岡の会場にア・バオア・クーが出現して……。

 それで現実世界がガンプラバトルに侵食された、前代未聞の事件だったの」

 

「はぁーっ、何か、言ってる事はよく分かんないけど。

 昔のバトルシステムって、けっこう過激だったんだよね」

 

「あっ、もちろん、

 ヤジマ商事が開発した現在のバトルシステムは、そんな危険な代物じゃないよ。

 新プラフスキー粒子は、過去の事故を踏まえ、

 幾つもの実証試験をクリアして認可を得た、極めて安定性の高い素材だからさ」

 

「だよねぇ。

 そうじゃなきゃ、遊びでプラフスキー粒子なんて使わせてもらえないよ」

 

「そうだね、うん、だけど……。

 ()()()プラフスキー粒子はね、それだけの力を秘めていたって事なの」

 

「……ヒロちゃん?」

 

「狭いテーブルの世界を超えて、

 スタジアム一つを丸ごとガンダムの戦場に変えてしまうような膨大な出力。

 もしもあのエネルギーを制御出来たなら、

 現実のフィールドを舞台に、等身大のガンプラバトルだって出来るかもしれない」

 

「うえっ!? そ、そんなの危ないって!

 ヒロちゃん、お台場のガンダム見た?

 あんなサイズのガンプラが暴れちゃったら遊びじゃ済まないよ!?」

 

「あ、うん、ゴメン、ちょっとはしょりすぎたよね。

 ええっと、そうだね……。

 少し話は変わるけどさ、現在のバトルシステムには、ダメージ設定ってあるじゃない?」

 

「うん、A~Cの三段階で、ガンプラが受ける損傷が変わる設定でしょ?」

 

「そう。

 詳しく言えば、ダメージレベルA設定は補正なし。

 粒子を通したガンプラがそのまま動いて、受けたダメージそのままに本体が破損する」

 

「ふむ」

 

「B設定も基本的は同じだけど、こっちはパーツ毎にリミッターが設定されているの。

 各部位が受けたダメージが耐久限界を超えると、

 ポリキャップが外れたりして自動で分解するように出来てるの。

 一見、A設定同様ハデに壊されているように見えるけど、

 そうする事でパーツに加わる負荷を最小限に抑えているんだ」

 

「へー、それじゃあ、C設定は?」

 

「C設定はね、他の二つとは根本的に仕様が違うんだ。

 フィールドで戦っているのは実物じゃなくて、粒子がスキャニングした立体映像なの。

 ガンプラ本体はベースを一歩も出ていないから、当たり前だけどダメージを受ける事も無いわ」

 

「立体映像……、あ! そっか」

 

「うん、もしかしたらさ、そのC設定が応用できるんじゃないかって思ってるんだ。

 広大な現実の敷地の上に、立体映像のガンダム世界を重ねて。

 そこで仮初のガンプラを、1/1スケールでバトルさせられるんじゃないか、って」

 

「うわあ! いいじゃんそれ、あたしもやってみたい!」

 

「ははは、と言ってもこれはもう、単なる私の妄想なんだけどね……。

 アリスタの結晶はもう地上には存在しないって言われているし、

 新プラフスキー粒子の強化研究も始まっているって聞くけど、

 全世界に普及したシステムの更新なんて半端な事業じゃないよ」

 

「うん、まあ、そっか。

 世の中そうそううまくは行かないよね」

 

「……それに、さ。

 広範囲に粒子を散布した場合の、環境や人体に及ぼす影響も検証する必要があるだろうし、

 20m級の機体を動かすには膨大な敷地が必要になるから、

 もし、もしも仮に実用可能になったとしても、

 最初はもっと小さなハコでやる事になるんじゃないかな?」

 

「小さな、ハコ?」

 

「ある程度、スケールダウンさせたMS同士とか……。

 あるいはもっと小さな、MPや、MWや、プチモビや、あるいは……」

 

「あるいは……、戦車とか! でしょ?」

 

 

 マユヅキ・ミカはそう断言し、傍らの石段に腰を下ろしたヒロミの横顔を覗き込んだ。

 

「そっか、それがヒロちゃんの夢なんだ!」

 

「ゆ! 夢だなんて!? そんな……!

 わた、私! 普通の女子高生だよ!?」

 

 妙に感心したようなミカの笑顔に対し、メイド姿のヒロミは慌ててわたわたと両手を振るった。

 

「ニールセン・ラボのヤジマ所長ってさ、本国ではアーリィ・ジーニアスって呼ばれてて、

 私たちと同じくらいの頃には、ヤジマ商事の提携を取付け、新粒子の生成に成功してたんだよ。

 私となんかじゃ、住む世界が違いすぎるって……」

 

「でもヒロちゃん、やりたいんでしょ、そう言うの?

 だからこの間の進学希望、つくばガンプラセンターで出したんだ」

 

「…………」

 

「ねっ!」

 

 力強い口調に押され、観念したようにヒロミが一つ頷いた。

 たちまちミカが諸手を広げ、羨ましげに天を仰ぐ。

 

「そっかー、みんな凄いなあ。

 ヒロちゃんもアゲハさんも、自分の将来の事、ちゃんと考えてるんだ」

 

「ん? ミカは学校を卒業したら、実家の農業を継ぐんでしょ?」

 

「それはそうなんだけどさ……。

 三バカたちやヒロちゃんの事を見てたら、あたしもなんかタンク道をやりたいなって」

 

「そう、だったらさ……、

 思い切って、プロでも目指しちゃう?」

 

「えっ!? プロ? あたしが?」

 

「ミカだったら、なれると思うんだけどなあ」

 

 驚いて猫目を瞬かせるミカに対し、悪戯っぽくヒロミが笑った見せた。

 彼女の言葉はからかい半分、けど残りの半分は本音であった。

 

 マユヅキ・ミカは、素人離れした無限軌道の操縦技術を持っている。

 それも一つの事実ではあるが、何よりミカのバトルには、人をその気にさせる何かがある。

 ガンプラへの造詣が深い訳でもなく、プラモを作る腕がある訳でもなく、それでもはま高タンク道部の原動力は、天真爛漫な彼女の笑顔の中にあり続けた。

 かつてのタンクバタリアンのリーダー、リュウザキ・ツルギと同じ。

 人々をガンプラバトルの世界に誘うプロの看板には、何よりも得難い素質である。

 

「ん~、プロか~」

 

 ヒロミの言葉を真に受けたものか、ミカはしばし両腕を組んでうんうんと唸っていたが、その内にふっ、とらしからぬ苦笑を見せた。

 

「うん、けど、やっぱあたしにプロは無理かな?」

 

「えっ?」

 

 思いもよらぬ答えに、今度はヒロミが目を丸くした。

 その時のミカは、これまでヒロミが目にした事のない寂しげな笑顔を見せていた。

 何かを知って、何かを諦め、そうして少し大人になった人間の笑顔であった。

 

 大洗の海岸線に、今日も夕日が沈んでいく。

 グラウンドでキャンプファイアーの準備を進める生徒たちを見下ろしながら、ミカがぽつりと口を開いた。

 

「――この間の、エコ女とバトルした時ね」

 

「う、うん」

 

「動かなくなったビギナ・ギナの中で、アゲハさんが真っ直ぐにこっちを見てるのが分かったの。

 あたし、怖くて、凄い膝が震えちゃってさ……。

 勝負事の世界に生きる人って、こんな綺麗な目をするんだ、って、あたし、初めてそう思った」

 

「…………」

 

「……ヒロちゃんやトモちゃんや、皆がここまで繋いでくれたんだって分かってたから。

 それでもあたし、がんばって前に進む事が出来た。

 あたし一人だったら、きっと一歩も動けなかった、あんな風には出来なかったと思う」

 

「ミカ……」

 

 ザ……、と一陣の潮風が少女たちの頬を撫でた。

 グラウンドを見下ろすミカの空いた手が、わずかにふるり、と震えている事に気が付いた。

 堪らずヒロミが掌を重ねると、幼子がすがるように指先を絡めてきた。

 ミカが抱え続けていた不安の一端が、繋ぎ合った温もりを通して伝わって来るような気がした。

 

 マユヅキ・ミカはきっと、頑張り過ぎてしまったのだ。

 才能はある、好奇心旺盛でフットワークも軽い。

 けれど彼女は、戦争をするような女性では無かった。

 

「他人と競い合うのは苦手だから」と、初めて言葉を交わした時に、彼女自身が言った台詞だ。

 天真爛漫で、気まぐれで、お気楽で、脳天気で。

 何かに夢中になる事はあっても、必死になる事はない少女だった。

 

 その彼女が、思い返せばあの頃は必死だった。

 友人の事や、ライバルの事や、全国大会の事や、タンク道の過去や未来やあれこれを、必死に一人で抱え込もうとしていた。

 気付けなかった迂闊さを呪う。

 

 校庭が、学び舎が、少女たちの横顔がオレンジの色に染まる。

 生徒たちの笑顔を見下ろしながら、ミカはそっと手を離して軽くひと伸びした。

 

「――だからさ、あたしにはどう転んでもプロは無理!

 ガンプラバトルは遊びでやるの」

 

「遊びで?」

 

「そっ、遊びさ」

 

 ヒロミの問い掛けに対し、ようやくミカはいつもの笑顔でにひっと笑った。

 

「学校を卒業したら、あたし、真面目に家の仕事を憶えるよ。

 お金を貯めてさ、それで自分ちにバトルシステムを入れんの。

 そんでもって母さんみたいにじゃかぽこ子供産んで、

 女の子が産まれたら、その子にもタンク道を教えるよ!」

 

「あ……、ああ! いいね、それ。

 私もいつか、その内に遊びに行っていいかな?」

 

「もっちろん!

 トモちゃんや三バカや、先生やアゲハさんも連れて来なよ。

 あっ、だけどリュウザキ姉には内緒でね。

 あの人勝手に酒盛りとか始めそうだしさぁ……」

 

「あっはははは! ひっどいなあミカも。

 だけどうん、そうだね、リュウザキ先生には内緒で行くよ」

 

 沈みゆく夕陽の中で、十勝の太陽がからからと笑っていた。

 つられたヒロミも脳天気に笑い合った。

 祭りの終わりが近づいて、少女たちの心の中にも、ようやく日常が戻りつつあった。

 

 

『ピーンポーンパーンポーン♪

 ただ今よりはま高祭名物、ラブラブキャンプファイヤーを開始いたしまーす。

 卒業式の日に女の子からの告白で永遠に結ばれたい皆さんは、こぞってご参加ください』

 

 

 やたらと脳天気なアナウンスが校内中に響き渡り、グラウンドにはいつしか人だかりが出来つつあった。

 やがて、薄闇に包まれ始めたはま高にキャンプファイアーの火が灯るのを遠くから見つめ、寂しげにヒロミがポツリとこぼした。

 

「はま高祭名物、ラブラブキャンプファイヤーかぁ……。

 まっ、タンク道に青春を捧げた私たちには関係ないよね、今の所」

 

「なーに辛気臭いこと言っちゃってんのさ?

 ヘイお嬢さん、パートナーがいないんだったら、あたしと一緒に踊ろうぜい!」

 

「……は? んん? ええええええっ!?

 ちょ? ムリムリムリ、そんなの絶対おかしいって!」

 

「なんで?」

 

「なんでって……、お、女の子同士だし。

 それに私……、今はこんな猫耳メイドなんだよ!?」

 

「ふっふっふっ、それがしも今は、一介の新撰組隊士でござる。

 サムライとメイド、意外と釣り合っているのではござらぬかな?」

 

「だ、だからって……」

 

「行こうよヒロちゃん。

 踊ってりゃその内トモちゃんたちも来るって。

 タンク乗りはチームだからさ。

 楽しい事も恥ずかしい事もみんなで一緒だよ」

 

 なおも尻込みするメイド少女の掌を、白と黒のだんだらの小袖がそっと引いた。

 先ほどまでの震えの消えた、力強い掌だった。

 

「…………」

 

 ヒロミもまた、半年前までの臆病なだけの少女では無い。

 大きく一つ深呼吸して、なけなしの勇気を振り絞って立ち上がった。

 

「もう、ダメだよミカ。

 田舎に帰ってじゃかぽこ子供を産むんでしょう?

 だったら今の内に、素敵な人を見つける努力をしなきゃさあ」

 

「いーの! 今は遊ぶの! ヒロちゃんと!」

 

「まったく……、今年だけだからね?」

 

「うん!」

 

 念願のデートの誘い成功して、十勝の太陽が満面の笑顔を見せた。

 やがて、小走りに階段を駆けだした二人の下に、陽気なダンスのメロディが届いて来た。

 

 

 

「ややや!?

 御大将ッ! 不審者発見であります!

 新撰組隊士と猫耳メイドのバカップルが、フォークダンスの輪に混じっているのであります!」

 

「な、なんだとォ!?

 うおおおおッ、何やっとんのじゃアイツらは!?

 見てるこっちのがこっ恥ずかしいわっ」

 

「やっぱミカはすげえよ」

 

 一方その頃。

 思春期を殺したわたモテのタンク乗りたちは、夜な夜な徘徊すると言う二宮金次郎像の下でリア充たちの饗宴を見下ろしていた。

 

「まあ、ミカさんったらいけない人。

 私にも声を掛けて下さればよろしいのに」

 

 バカップルの生態に一同が恐れ戦く中、ただ一人平常運転のムサシマル・トモエは、そう呟いてすっくと身を起こした。

 

「ト、トモエ大尉も行くのでありますか?

 その()()()()な格好で!?」

 

「はい、だって私、クーデリア・藍那・バーンスタインさんですから」

 

「じ、自分で言っちゃうのか……、流石はトモエさん」

 

「それでは皆さま、ご機嫌よう」

 

 矢絣の小袖姿の社長令嬢は、物腰柔らかく仲間たちに一礼して、そうして一人リア充たちの下へと去って行った。

 

「本当に行っちまった……。

 最近のタンク女子の貞操観念はどうなっとるんじゃ?」

 

「やっぱミカはすげえよ」

 

「ギンちゃん、自分たちも一緒に踊るでありますか?」

 

「んななッ!? ヴァッヴァヴァババッカじゃねえの二等兵ッッ!

 出来るワキャァねえだろうッ!!!!」

 

「ふっ、御大将、アンタもつくづく残念な人だな」

 

「一生ついて行くのであります」

 

 今一つ勇気の足りないシャイガールたちを置き去りにして、宴の夜は更けて行く。

 

 真っ赤に燃えるラブラブキャンプファイヤーを囲んで、タンク乗りの少女たちは戦場のように呼吸を合わせ、いつまでも踊り続けていた。

 

 

 

 

 


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