タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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帰宅道、始めます

 ガンプラショップ「haman garden」

 

 湊地区アウトレットモールに拠を構える大洗最大のガンプラ専門店である。

 店舗の両隣りをファンシーショップとティーンズカジュアルに挟まれると言う致命的な立地でありながら、店頭にベアッガイシリーズを押し出すなどの開き直った企業努力で周囲の空気に溶け込む事に成功。

 その充実した品揃えとは裏腹に、学校帰りの女子やリア充ビルダー御用達の専門店と化しており、非リアな男子諸君の怨嗟を一身に集めている。

 

 そんなオシャレなガンプラ女子たちの花園に、マユヅキ・ミカは今日、馴染みのママチャリでやって来たのであった。

 カウンターで手続きを進めるヒロミを尻目に、落ち着きの無い猫目が、キョロキョロと店内を物色する。

 

「お待たせ。

 えっと、ミカさんの分のガンプラをレンタルしてきました」

 

「ありがとヒロちゃん。

 あ、こいつは確かX、じゃなくてW、でもなく、Z……?」

 

「Vだよミカさん。

 機動戦士Vガンダムにおける前半の主人公機、Vガンダムです」

 

「そう、それ! V・V・V! ヴィクトリーガンダムだッ!」

 

「ええっと、それはそれで別の機体のような……」

 

 ノリノリのミカの様子に苦笑しつつ、傍らのヒロミがGPベースの設定を進めて行く。

 

「あれ? バトルするんじゃないの?」

 

「えっと、まずはミカさんの練習を兼ねて、って言うのもあるんだけど……。

 実は私もミカさんと同じで、他の人とバトルするの、あんまり好きじゃないんです」

 

「そうなの?」

 

「うん。

 広いフィールドの中を特に目的も持たずに散策したり、ただまっすぐに機体を走らせたり」

 

「へえ、変わってるね」

 

「お、おかしいでしょうか?」

 

「そんな事無いよ。

 ガンプラは自由なんだって、昨日の特番でメイジンも言ってたし」

 

「そう、良かった」

 

 ふっ、と一つ安堵の吐息をこぼし、ヒロミがミカをコンソールへと促す。

 

「いいですよミカさん。

 それじゃあ、GPベースをこのスロットに入れて下さい」

 

「ほいきた」

 

 ヒロミに促されるままに、GPベースを起動させ、借り物のVガンダムをテーブルに据える。

 やがて、青色の粒子の輝きがガンプラを透過し、Vガンダムのツインアイに、プラモデルにあるまじき意志を秘めた光が宿る。

 

「えっと、『行きまーす』とか、何か言った方がいいのかな?」

 

「あ、それは単なるロール……、当人の気持ちの問題だから、好きにして構いませんよ。

 本編じゃアムロ本人もあんまり言ってませんし」

 

「そう? それじゃ。

 マユヅキ・ミカ、やぁってやるぜ――」

 

 

『Practice Start』

 

 

「ぜわぁおあぁぁァ―――ッ!?」

 

「ミ、ミカさん!?」

 

 無機質なアナウンスと同時にカタパルトが走り、思い切りイナバウアー状態となったVガンダムが加速する。

 スピードの向う側にゲートが開き、キリマンジャロの蒼穹に高らかと機体が放り出される。

 

「うぃ、おおっ、ちょ、わわわわわっ!?」

 

「ミカさん、スラスター。

 姿勢の制御は機体が自動でやってくれるから、適度にスラスターを吹かして着地して下さい」

 

「ス、スラスタ……、ええい、このスイッチだ!」

「あ、それ――」

 

 ボン!

 

 勢い良くスフィアが押し込まれると同時に、背面のバーニアが火を噴いた。

 ボシュンと切り離された下半身が荒野に投下され、上体だけとなったガンダムが天空に昇る。 

 

「うわわ、なに、なんじゃこれぇ!?」

 

「お、落ち着いて。

 ブーツの方は自動操縦で追って来てくれてますから、再ドッキングして下さい」

 

「ブーツが……、うわっ、ホントだ、気持ち悪ッ!」

 

 明後日の方向に飛び去っていくトップを追って、Vガンダム(脚)がドタバタと大地を駆ける。

 そのシュールな光景を前に、さしものミカも少しばかり落ち着きを取り戻した。

 改めて左手のスフィアをまさぐり、次のコマンドを探す。

 

「ドッキング、これか」

 

 ミカからの新たな指示を受け、ようやくバーニアの噴射が収まる。

 ゆるゆると降下を始めた機体の下で、オーライオーライとばかりに下半身が膝を曲げる。

 ガギョン、とガンダム的なSEを立てて上下が合体し、ようやくミカが大地に降り立った。

 

「ふい~、びっくらこいたー」

 

「ゴメンなさいミカさん。

 どうせなら、もう少し操縦がシンプルな機体を借りてくれば良かったですよね」

 

「そんなの気にしないでよ。

 操作方法も見ないで始めたあたしが……、って、あれ?」

 

 キュラキュラと、回転する履帯の振動がキリマンジャロの荒野に響く。

 振り向くミカの視線の先で、ジオン特有の真紅の単眼が光る。

 くすんだカーキーの装甲に、丹念な汚しによって醸し出されるベテランの風格。

 

 古参兵であった。

 ジオン公国が傑作機の代表たるザクⅡ……。

 ただし名誉の負傷ゆえか、ヒロミの操るその名機には、腰から下が無かった。

 随分と低くなった全長の理由は、足代わりとなって砂を噛む二つの大型キャタピラであった。

 

「うわ! なにそれ! ザク! タンク! ヘンなの!」

 

 たちまち喰いついてきた少女の勢いに押され、しどろもどろにヒロミが答える。

 

「え、えっ、えっと、両方とも正解です。

 この子はMS06-V『ザクタンク』。

 大破したザクの上半身と余剰のマゼラベースを再利用した、現地改修機なんです」

 

「現地改修! そう言うのもあるのか」

 

「あの、お恥ずかしい話ですが。

 実は私もミカさんと同じで、MSの操縦感覚にどうしても馴染めなくって……。

 一人で遊ぶ時は、もっぱらタンクばかり使ってるんです」

 

「へー、言われてみれば、確かにキャタピラの方が動かしやすそうだね」

 

「あ、でも実際のMSの操作も、細やかな重心移動とかはほとんど自動でやってくれるから。

 本当は単なるフィーリング、気の持ちようでしかないんですけど」

 

「そっかぁ。

 でもでも、そう言うのって大事だよね~。

 直感的に、何か上手く動かせそうだっ、てイメージがさ」

 

「ええ、そう、ですよね……」

 

「そっかそっかあ、なるほどねえ。

 ガンダムに登場するロボットだったら、タンクでもフィールド上で動かせるんだ」

 

「…………」

 

 ガギョンガギョンと、おぼつかない足取りのVガンダムがタンクの周りをグルグルと廻る。

 そんな少女の気ままな仕草を、ヒロミはしばし、単眼越しに追い掛けていたが、その内におずおずと口を開いた。

 

「ええっと、もし良かったら、少し交代しよっか?

 タンク、操縦してみない?」

 

「ホント! いいの?

 ありがとうヒロちゃん」

 

 たちまちパッ、と表情が華やぎ、うきうきと体を弾ませる。

 席を空けたヒロミと替わり、ちろり、と真っ赤な舌を上唇に這わせる。

 

「ほんじゃ、久しぶりにやってみますか」

 

「え?」

 

 ぽつりと奇妙な呟きをこぼし、ミカが両のスフィアを柔らかく握った。

 スタンスは気持広く取り、小さな背丈を深めに預けて顔を上げる。

 

(ミカさん、何だか、堂に入ってる……?)

 

 傍らで見つめるヒロミの脳裏に、奇妙な疑問が沸いた。

 バトルに臨むミカの姿は、先ほどまでと何が変わった、と言う訳でも無い。

 強いて言うならば、纏う空気。

 少女の猫目から浮ついた仕草が消え、今はただ、内に秘めた情熱を静かに燃やしている。

 

「あ! えっと、タンクの挙動は比較的ホバーに近いですけれども。

 自重がそのまま履帯への負荷になりますから、あんまり無茶な走行は……」

 

「うん、わかってる、とにかくやってみるよ」 

 

 短く応えつつ、左手でスロットを手繰る。

 ブオン、とザクの体が大きく震え、アイドリングの音と共に、少女の熱が拡散して行く。

 

「ようし、ザクタンク、発進!」

 

 スフィアを勢いよく引き、そしてグッと前に倒す。

 履帯の前輪が一瞬、ウィリー気味に浮き上り、次の瞬間、猛然と砂礫を巻き上げ爆走を始めた。

 

「あ、ダメ! ミカさん、前!?」

 

「ひょおおぉおぉォ!!」

 

 勢いのまま、タンクが前方の斜面に跳んだ!

 一瞬の浮遊感の後、ドッ、と機体が大きく跳ね、そのまま傾斜を転がるように滑り落ちて行く。

 

「ミカさん!」

 

 慌てたヒロミが、すぐにVガンダムで後を追う。

 しかし、不慣れな二本足。

 おっかなびっくり斜面を滑り降りている間に、どんどんタンクは小さくなっていく。

 

「ミカさん! 前! ブレーキをッ」

 

「にゃらああアァァッッ」

 

 眼前に迫る大岩を、気合の横滑りでかろうじて回避する。

 ゴン、と右の履帯が浮き上がり、癇癪を上げながら空転し、急激に車体が傾いていく。

 

(横転する!)

 

 ヒロミがそう思った瞬間、不意にザクが上半身を思い切り右へと傾けた。

 重心が釣り合い、やがて履帯がズシンと四股を踏み、今度は逆方向へ跳ね上がる。

 

「うそ……、持ち直した?」

 

「っちちち。

 そっか、車高が高すぎてバランス悪いんだ!」

 

 今更のようにミカが呟き、くっ、と両のスフィアを握り直した。

 たちまちザクの上半身が前のめりとなり、両腕をベース上に固定して走行姿勢に入る。

 

「いーっやっほーぅ!」

 

 そして、加速する。

 重厚な車体を跳ね馬の如く弾ませて、急勾配を稲妻のように荒々しく落ちて行く。 

 

「追い付けない、そんな……。

 あれが、さっきまであんなにうろたえていた人の動きなの?」

 

 みるみる小さくなっていく愛機を姿を、息を詰まらせVガンダムが追う。

 加速する世界に歪む視界の中で、ふるりと指先が震える。

 

 マユヅキ・ミカがやっている事、それ自体は至ってシンプルだ。

 ガンプラバトルシステムは、もともとかなり能動的、本能的に制御できる操作体系である。

 まともにマニュアルも読めない子供であったとしても、気軽に遊べるほどに。

 重心が低く、歩行より視界の上下が少ないタンクは、殊更初心者に向いた機体とも言えよう。

 

 けれど、だからと言って、単なる度胸一つであそこまで奔放に動かせるものなのか?

 ベテランの自分ですら目も眩むような世界の中で……。 

 

「……って、ダメ、ミカさん、その先は!」

 

 はっ、と我に返ったヒカルがすかさず叫んだ。

 中腹に差し掛かったザクタンクの眼前に断崖が広がる。

 だが遅い。

 機体にかかる殺人的な加速は、もはや抑えが効くような距離を遥かにオーバーしている。

 

「よっ、と」

 

 そんなヒロミの危惧をもどこ吹く風と、飄々とミカが動いた。

 車輪に制動を加えながら上体を左方に傾け、伸ばした左手ですれ違いざまに大岩を掴む。

 握り締めた岩を軸に、ぐん、と車体が旋回し、鮮やかにテールを振って舵を切る。

 

 とくん。

 

 ヒロミの心臓が、一つ高鳴った。

 確定的な行動。

 やはりあれは素人に出来るような操縦ではない。

 さもなくば正真正銘、ニュータイプ、一握りの天才の世界――

 

「ふーいー」

 

 機体を豪快に横滑りさせ、ギャリギャリと大地を削り取りながらブレーキをかける。

 切りたった断崖から、荘厳なるキリマンジャロの頂きを望む。

 仮想空間に吹き上げる神々の息吹が、鋼鉄の肌を撫で上げる。

 柄にも無く、ひょう、とミカが大きく息を吐く。

 

「ミーカーさーん」

 

 しばらくして、ようやくおっかなびっくりのVガンダムが中腹へと到着した。

 

「……あ、ヒロちゃん。

 ゴメンゴメン、置いてけぼりにしちゃったね」

 

「そ、それは良いんだけれども……」

 

 ごくり、と固唾を呑んで、愛機の姿をまじまじと見つめ直す。

 意を決し、ヒロミが次の言葉を探す。

 

「ミカさんは、あの、本当は凄い腕利きのファイターなんですか?」

 

「ふえ? なんで? そんなワケないじゃん」

 

「だ、だけどあんな操縦、とても昨日今日、ガンプラバトルを始めた人には……」

 

「うーん……?

 ほら、さっき言ってた、フィーリングって奴じゃないかな。

 あたしん家、農家だからさ。

 裏山にジャガイモ畑を拓いた時に、兄ちゃんたちから散々仕込まれたんだ」

 

「仕込まれ、え? え!?」

 

 戸惑うヒロミの横顔に、得意満面、ミカがにっかりと笑顔を向けた。

 

「クローラー、得意だよ。

 トラクターとかコンバインとか、ブルドーザーとか動かすの」

 

 あっけらかんと言い放ったミカの横顔を、しばし呆然と見つめ直す。

 ぱちくりと両目を瞬かせ、やがてヒロミは、はっ、と我に返ってぶんぶんと首を振った。

 

「そ、そんな、そんなハズはないよ!

 だって、建設重機の運転には資格が必要で、年齢が……」

 

「あれ、よく知ってるね。

 そう言うのあたし、最初はさっぱり分かってなくてさ。

 調子に乗って麓まで降りようとしたら、お爺ちゃんから怒られた怒られた。

 私有地以外で乗り回すんじゃねえ! だって」

 

「は、はあ……」

 

「だけど良いね、ザクタンク!

 細かい事考えず、こーんな坂道を全力でぶっ飛ばすの。

 一度でいいからやってみたかったんだよねー」

 

 呆然と、興奮気味にまくしたてるミカの笑顔を呆然と見つめる。

 あまりにも大らかで大雑把な北の大地の百姓の話を、別世界の物語のように耳にする。

 

 一つだけ確かな事。

 マユヅキ・ミカは環境がもたらす『才』を持った人間だ。

 発足から十年そこら。

 歴史の浅いガンプラバトルの世界では、往々にしてそう言った『縁の物』が現れる。

 

 野球の天才が、ボクシングの天才が、武道武芸の天才が、数式と物理化学の天才が。

 あるいは少し、人よりちょっぴり変わった世界が見えると言うだけの女の子が。

 偶然の出会いが、時にベテラン達の経験をも凌駕して、ガンプラバトルに新たな化学反応を巻き起こすのだ。

 

「ね、後ろに乗ってよ!

 今度は二人して、渓谷の底まで行ってみよ」

 

「え? は、はい!」

 

 不意に声をかけられ、我に返ったヒロミが慌ててVを操作する。

 両足でベースを踏み締めて、自転車の二人乗りでもするかのように、ザクの両肩に手をかける。

 

「ヒロちゃん、加速加速ーっ」

 

「は、はい~!」

 

 ダダっ子のような催促を受け、Vの背面バーニアが炎を噴き上げる。

 MS二機分の重量が、一瞬、くっ、と浮き上がり、正面のなだらかな勾配向けて、ゆるゆると加速を始める。

 

「行っくよぉ~」

 

「お、おてやわらかに」

 

 どっ、と車体が微かに跳ねて、周囲の光景がスピードに乗って流れ出す。

 二機分の重量、緩やかな勾配。

 傍目から見れば先ほどまでの速度は出ていない事だろう。

 だとしてもそこは、コバヤシ・ヒロミが独力では辿り着けない世界である。

 

 立ち乗りのVを背負っている分、重心は先ほどより後方、それもかなり上部にある。

 二機分の重量ゆえに、咄嗟の立ち上がりが遅く、対して制動には強烈な慣性を伴う事だろう。

 機体のコントロールは、先刻までとは比べ物にならないほどシビアになっているに違いない。

 

「それーっ」

 

 そんな状況を屁とも介さず、喜色満面、風を巻いてタンクが疾る。

 

 とくん。

 再びヒロミの心臓がざわめいた。

 恐怖、ではない、むしろその逆。

 安心していた。

 自分一人では辿り着けぬ、転倒と紙一重のスピードの中で。

 まったくの素人に身を委ねながら、ひどく落ち着いた心地でヒロミは仮想空間を見つめていた。

 その事実に、ざわざわと心が震える。

 

 ザクタンクの背中から舞台を見下ろしているからこそ、分かる。

 荒々しい挙動とは裏腹に、スフィアを握るミカの指先は繊細で優しい。

 高速で迫る路面を見極め、凹凸が少なく、履帯の負荷が少ないルートを即座に選んで舵を切る。

 クローラーの習熟と、天性の動体視力と、一切の躊躇いの無い判断力。

 

 似ている、何もかもが。

 

「右行くよ、ヒロちゃん、合わせて」

「は、はい!」

 

 ミカの声に合わせ、Vガンダムが上体を内輪側に倒す。

 鮮やか、とも言いきれないが、とにかくハング・オン。

 タイミング良くテールが滑り、タンクらしからぬ高速ドリフトに砂煙が舞い上がる。

 

「今度は左だー!」

「はい!」

 

 そう。

 こんな風に心弾むドライビング・テクニックで、幼少のヒロミをガンプラの世界に導いてくれた人がいた。

 この鮮やかな世界は、決してヒロミにとって初めての風景では無い。

 だから安心して身を委ねられる。

 

 郷愁。

 心震わす安堵感の正体に、ヒロミは不意に思い至った。

 

 

「とうちゃ~っく」

 

 キュラキュラと履帯の音を響かせて、ようやくタンクが渓谷の底まで辿り着いた。

 Vガンダムを乗せたマゼラ・ベースが、カタカタと小刻みに揺れる。

 

「……って、ヒ、ヒロちゃん、どうしたのッ!?」

 

「えっ?」

 

 うろたえるミカの表情に気付いて、慌てたヒロミがごしごしと両の瞳を拭う。

 

「ゴメン、ヒロちゃん、やりすぎちゃった?」

 

「ううん、違うの。

 本当に、ホントに何でも無いんです」

 

「ホント?」

 

 心配そうなミカの声色に対し、ヒロミは小さく深呼吸して、その場の空気を変えるように声を張った。

 

「そうだ、あの、ミカさん。

 少しの間だけ、Vガンダム、任せていいですか?」

 

「え? あ、うん、分かった」

 

 そう一つ断りを入れて、ヒロミは何事か設定をいじり始めた。

 無人となったMSを乗せ、ミカは一人、光の届かぬ渓谷の底をカタカタと進んでいく。

 

 ――と

 

『Field Change』

 

「えっ? あっ、わあっ!?」

 

 ザッ、と一陣の風が吹いた。

 視界を塞ぐ断崖が消え去り、ミカの瞳の前に、広大な地平線がどこまでも広がっていく。

 

 黄金の、秋――。

 沈み行く夕陽を浴びて煌めく黄金色の畑が、柔らかな風に揺れている。

 

「……これ」

 

「宇宙世紀0083。

 北米大陸、オークリー基地周辺の田園風景です。

 機動戦士ガンダム0083の終焉となった舞台です」

 

「うっわぁ、すごい! すごいすごいすごい!

 何か、まるで田舎に帰ったみたいだ、思い出すなあ」

 

「ふふ、カントリーロード、ですね」

 

 大粒の穂を垂らした小麦畑の畦道を、二人を乗せたタンクが進む。

 広大な大陸の夕焼けに、細く長い影がどこまでも伸びる。

 

「私は、ミカさんみたいにうまくタンクを動かせないから。

 こういう風に、ガンダムの劇中を彩った景色をゆっくりと巡るのが好きなんです」

 

「そっか、うん、こう言うのもなんか良いね」

 

「戦争だけがガンダムシリーズの全てではないから。

 素敵な場所、いっぱい知ってるよ。

 アメリアの雪化粧とか、ローレライの海岸線とか、アーティジブラルタルの春とか……」

 

「へぇ~、いいなぁ。

 今度さ、色んな場所、二人でいっぱい回ろうよ!」

 

「…………」

 

「ヒロちゃん?」

 

「……あの、えっとね、ミカさん。

 このザクタンクは、地球圏制圧後の復興の切り札として生み出されたMSなんです」

 

「へえ、そうなの?」

 

「ええ。

 もちろん、そんなの本当はキレイゴトで、自国民に向けたプロパガンダで。

 本当はこの子も、急場凌ぎで戦線に投入された改修機に過ぎないんだけれど」

 

「でも、ヒロちゃんはそっちの『ぷろぱがんだ』の方が好きなんだ?」

 

「うん……!」

 

 夕暮れに染まるタンクの背中に、こくり、とヒロミが小さく頷く。

 

「――タンク道は、『術』じゃなくて『道』ですから。

 闇雲に相手に勝つための方法を求めるばかりじゃ、寂し過ぎるから、ね」

 

「んん? たんくどー?」

 

「そ、タンク道、だよ」

 

 きょとん、と瞳を丸くしたミカに対し、ヒロミが悪戯っこのように小さく微笑んだ。

 カタカタと履帯を揺らしてタンクが往く。

 

 群青色の0083の空に、宵闇の明星が一つ、少女たちの放課後を見下ろしていた。

 

 

 

 

 


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