タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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カスタム道、始めます

 

 砲弾学園が負けた。

 

 第十三回ガンプラバトル選手権、西東京予選・準々決勝での事である。

 対戦相手は水龍学園、チーム・リヴァイアサン。

 

 本大会でも屈指の大型MA同士の激突となったこの一戦。

 その序盤、砲撃距離の長さを活かし、セオリー通り索敵を始めた砲弾学園のスーパーザメルに対し、地形と天候に恵まれたリヴァイアサンのドッゴーラは、海中からの奇襲で一気に相手の懐へと潜り込んだ。

 突如として射程圏内に出現した水竜を前に、ザメルは大量のミサイルで弾幕を張るも敵の装甲に阻まれ、却って自らが作り出した爆煙によって、その機影を見失ってしまう。

 一方、致命傷を回避したドッゴーラは、空中を泳ぐような独特のマニューバでザメルの頭上を取る事に成功。

 上空の死角より獲物を狙う猛禽の如く降下し、逞しいテイルを絡めザメルの巨体を一息に吊り上げるや否や、たちまち凄まじいばかりの放電を開始した。

 

 メタゲームの色合いを色濃く残すガンプラバトルにおいて、極端な機体同士の取り組みは、時に呆気ないほどに容易く勝敗を分かつ。

 大会中、圧倒的な火力と装甲によって猛威を奮ったスーパーザメルであったが、より強大な捕食者を前にサーベルを振るう暇すらなかった。

 

 かくて、試合は決した。

 タンク道の復権を目指す砲弾学園の、一年目の挑戦が終わった。

 

 

 東京の空に、今日も日が沈む。

 茜色に染まる東京湾の煌めきを窓の外に臨みつつ、車内のはま高一同も、この時ばかりは皆、さすがに言葉少なであった。

 

「砲弾学園、残念だったね」

 

 窓の外の海岸線を見つめながら、マユヅキ・ミカが、誰に、ともなくぼんやりと呟いた。

 

「はい、本当に。

 あのザメルさんがあんなに簡単に倒されるなんて、私、今も信じられません」

 

「スーパーザメルの大型化は、元々、高機動、高火力を両立する昨今のMSへの対策だったから」

 

 こくこくと真剣に頷くトモエに対し、真ん中のヒロミが顔を上げ、躊躇いがちに持論を語る。

 

「キャノン砲の直撃が無ければ沈める事の出来ないドッゴーラは、正直、相性の悪い相手でした。

 MA受難のこの時代に、あそこまで機体を作り込んで来た相手を褒めるべきかもしれません」

 

「本来なら重力下では再現できない筈の、宇宙を泳ぐ海蛇のような独自のマニューバ。

 粒子変容技術の恩恵を受けるのは、何もMSだけではないのでありますね」

 

「流石は水中用大型MAに定評のある水龍学園。

 背中の酸素ボンベは伊達じゃないな」

 

「アレって何か意味あんの、かおりん?」

 

「――伝説の第七回大会より七年。

 かつての復権を目指すのは、私たちタンク道ばかりでは無いと言う事よ」

 

 悠々とハンドルを操作しながら、運転席のカトリ・ランコが一同の話を総括する。

 

「大は小を兼ねるとは言ったもので、受け皿の大きさは当代のMA乗り最大の武器よ。

 粒子変容技術の発展と製作者の作り込みによって、機体性能に多様性が顕れはじめているわ。

 出撃制限と言う枷を考慮して尚、その爆発力はMSにとって脅威そのものね」 

 

「けどさ先生、スーパーザメルの仕上がりだって、あたしは負けて無かったと思うんだけど」

 

 やや不満げなミカの意見に、視線は前に向けたまま、ランコが一つ静かに頷く。

 

「ええ、そうね。

 車輌の大型化を目指した砲弾学園の選択自体は、私も間違いだったとは思わない、けれど。

 今度ばかりは相手が悪い、長年のノウハウの差を見せつけられた形よね。

 アーマー殺しで名を馳せたタンク道としては、何とも皮肉な話だけども」

 

「何かを求めれば、引き換えとして何かを失う、タンク乗りのジレンマですね」

 

「水龍学園の人たち、このまま勝ち上がるのかな?」

 

「どうかしら?

 あんまり言いたくは無いけど、今年の西東京大会は少しばかりレベルが違うわ。

 タンク道復活の年にするには、ツルギの奴はツキに見放されていたのかもね」

 

 やや投げやりに言い放ったランコに対し、後部座席の三バカが珍しく殊勝に頷きあう。

 

「ああ、うん、始めて間近で観戦して、小生も正直ビビッたよ。

 西東京の学校って、前からこんな強豪ばっかだったっけ?」

 

「ベスト4に勝ち上がった面子の中でも、

 宮里とオデッサは戦前から優勝候補と言われてたトコだよな。

 確かにどちらとぶつかっても、水龍学園には厳しい試合が待ってそうだ」

 

「それにもう一校。

 あそこは何て言うか……、すごい、凄いハチャメチャだったのであります」

 

「聖鳳のトライファイターズ、だね。

 第七回ガンプラバトル選手権世界大会を制した、イオリ・セイ選手の母校の。 

 近年は評判を聞いてなかったけど、あのビルドバーニングの奔放な動きは、確かに――」

 

「ビルドバーニング!

 そう! アレさ、スッゴかったよね~!」

 

 不意にミカのテンションが上がった。

 たちまちがばちょと体を起こし、友人たちの会話に割って入る。

 

「こう、空中でガッ!て空気の壁を蹴り上げてさ、

 フィールドがぶっ壊れるぐらい思い切り相手をブン殴るの!

 カッチョいいよね、バーニングって男の子だなーっ」

 

「男の子……、うん、まあ、そうなんだろうけど」

 

「でさ、ほら、何て言ったっけ?

 カミキ選手の、えっと……、は、覇王、極限流???」

 

「確か、そんな名前……、でしたっけ?」

 

「使わざるをえないな」

 

「とにかくさ、ああ言うの、あたしたちにも出来ないかな?

 タンク道空手直伝! 大雪山落としーっ、みたいなの」

 

「それ、悪魔将軍の方だぞ」

 

「どちらにしても、空手は関係無いのであります」

 

「ミカはすぐに周りの影響を受けるんだから」

 

「駄目ですよミカさん、タンク道は淑女の嗜みですから」

 

 興奮冷めやらぬ風のミカに対し、やんわりとトモエが嗜める。

 

「打撃系の格闘技は非力な女性には向かないそうです。

 女性には薙刀が適していると、古武術の先生が常々おっしゃられていました」

 

「なるほどー、なぎなたかぁー!」

 

「なるほどじゃないよね?」

 

「まったく、底抜けに脳天気なのはアンタたちの強みだけどね。

 ここからはもう一つ、気を引き締めていきなさいな」

 

 ピシリ、と手厳しいランコの忠告を受け、車内の空気に緊張感が戻ってくる。

 

「砲弾学園の敗北は、決して他人事ではないわ。

 西東京どころか、ここ数年で関東圏のビルダー全体の技術が上昇している。

 緒戦で手の内を見られてしまった以上、次からの戦いは、一層厳しさを増していくわよ」

 

「私たちの次のお相手は、どなたでしたでしょうか?」

 

「大津水産工業、チーム『兄弟船』だね」

 

「ジオン水泳部……、ガンプラオカルト、か」

 

 ぽつり、とカオリの口からこぼれた一言に、一瞬、車内が静まり返った。

 

 ガンプラオカルト。

 選手権にまつわる有名なジンクスの一つに「ジオンの水陸両用MSは、バトル時に水際のステージを引き当て易い」と言う噂がある。

 事実、過去の大会にズゴックが参戦した試合について調査した所、そのステージ配分は統計学的に見てありえない偏りを示した、と、検証に参加した識者は語る。

 故に大会がPPSE社主導であった時代には、興業の成功を目論むマシタ会長が、意図的に乱数を操作していると言う真偽不明の噂が、半ば公然の事実のように語られていた事もあった。

 

 だが時は流れ、興業権がヤジマ商事へと引き継がれ、ガンプラバトル公式審判員たちの協力の下、競技の公正化が図られるようになった現在もなお、その傾向には未だ歯止めがかからない。

 例えば今大会、西東京にその名ありと知られた中水中学水泳部もまた、トライファイターズに敗れた三回戦を含め、三試合全てで海辺のステージを引き当てている。

 

 一たび海戦ともなれば、水中適性のないタンクは波打ち際を行くしかない。

 ゲッター3を持たぬはまぐり高校タンク道部が戦々恐々とするのも、無理からぬ話ではあった。

 

「まっ、その辺の差配はガンプラの女神様にお預けだ~。

 小生たち力無き人の子は、今の自分に出来る事をボチボチやってくだけだわな」

 

 ほぅ、と大きく息を吐いて、ギンガがぐでんとシートに体を預けた。

 傍らのマイが力強く頷いて台詞を引き継ぐ。

 

「地形適応対策については、我々ワークスチームも準備万端整えているのであります。

 大尉たちにも心安らかに次の戦場へと臨んで頂きたいのであります」

 

「そして、次の試合を上手い具合に片づけたなら、その後は……」

 

「私立エコール女学院。

 アゲハさんたち、間違い無く上がってくるよね」

 

 らしくもなく神妙な面持ちで、ミカが呟いた。

 自然、少女たちが無言になる。

 茨城予選最大の台風の目であり、未だ実力未知数ながら優勝候補の一角と数えられるエコール。

 彼女たちとの試合は、単純な全国大会出場の障害と言うのみならず、大切なチームメイトである、コバヤシ・ヒロミの過去への清算と言う重要な意味を持ったイベントである。

 勝ちたい、勝たせてやりたい、けれど、どうすれば――?

 西日の差し込む車内で、少女たちはそれぞれの立場から、これからの戦いへ想いを馳せていた。

 

「……あの、みんな、少し良いでしょうか?」

 

 どれほどの時間が流れたのであろうか?

 ためらいがちに、再び口を開いたのは、渦中の人物であるヒロミであった。

 

「うん、どしたのヒロちゃん?」

 

「その、この後、少し打ち合わせの時間が取れないでしょうか?」

 

「これから?

 明日も普通に授業があるんだから、今日はもうゆっくり休んだ方が良いんじゃない?」

 

 そう口を挟んだのは、顧問のランコである。

 選手権の開催以来、部員たちは日頃から過密なスケジュールを消化している。

 こんな所でへばらないよう、適度な休養を勧めるのも当然の配慮であった。

 

「すいません、出来るなら今日の内に相談しておきたい事があるんです」

 

 だが、今日のヒロミは珍しくも首を横に振った。

 その心情もまた競技者であったランコには理解できる。

 今日、今、この瞬間にしか出来ない、一期一会の練習と言うのも時にはある。

 一瞬の内に浮かんでは消えるインスピレーション、日常の中で薄れてしまう決意……。

 

「でしたら、その打ち合わせは、私の家でやりませんか?」

 

 あくまでも朗らかに、トモエが言った。

 車内の淀んだ空気が、その声色でふわりと軽くなった。

 

「ウム! そいつは名案だ。

 折角だからトモエさん家でダージリンごっこでもやりながら、今後の打ち合わせと行こうか?」

 

「まあ、それはステキな提案ですねえ。

 さっそく執事に連絡して、極上のセカンドフラッシュを用意させますね」

 

「ごめんなさいごめんなさい調子に乗り過ぎましたごめんなさい。

 そんな小生ごとき羽虫に気を使わないで下さいマジお願い」

 

「小市民かよっ!?」「部長、ちゃっちいのであります!?」

 

「そんじゃ、ま、お茶はとにかくトモエさん家へGOだ!」

 

「まったく……、明日の授業に支障が出ないように切り上げなさいよ」

 

 どこまでもタフな教え子たちの明るい声を受け、ランコは呆れたように溜息を吐くと、力強くワゴンのアクセルを踏み直した。

 

 

 一時間後。

 

 トモエの私室の丸テーブルを囲み、何やらやたらお高そうなマスカットフレーバーを楽しみながら、はま高部員一同は改めて今後の方針について話し合おうとしていた。

 

「で、今日の議題は何だい、ヒロミさん?」

 

「その、部長、ううん、みんなに見てもらいたい機体があるんです」

 

 そう一つ前置きして、ヒロミは傍らの鞄から取り出した機体をテーブルの中央へと置いた。

 

 白い機体であった。

 パーソナルカラーとしての白では無く、塗装が施される前の無垢な白であった。

 戦闘車両としての土台に、分厚い人型の胸甲と、両肩に背負った長大なキャノン砲。

 典型的なガンタンク型の機体である。

 

 ただし、無限軌道は左右に二つ、合計四つのブロックに分かれて前後に長く。

 対し、首、腰は装甲に埋没するほどに短くすぼまっており、背が低く裾の広い、緩やかな小山のようなフォルムをしていた。

 かろうじて人型の名残を残しながら先祖返りを始めた戦車。

 一同のイメージしたものがそれであった。

 

「ホゥ、さすがはタンク狂いのコバヤシさん、相も変わらずいい仕事をする」

 

「けれど、この機体は一体?

 武装自体はRX-75に準拠しているようだが。

 この足長のフォルムはむしろ、見ようによってはロトやその後のR44の方が近い、か?」

 

「戦闘車両に先祖返りした機体という意味では、ガンタンクⅡの親戚でありましょうか?」

 

「そう、タマちゃんの言う通り、この機体のコンセプトは、RMV-1『ガンタンクⅡ』

 ただし、サンダーボルト版からの発展形と言う設定で低重心化させたスクラッチ・ビルドです」

 

 と、とんでもない事をさらりと口走ったヒロミに対し、ギンガが思わずうろたえる。

 

「い、いつの間にそんな手間のかかる物を?

 ここしばらくはヒロミさんも、大会用の機体調整で手一杯だったはずなのに……」

 

「最初にアイディアを思いついたのは、初めてミカの操縦を見た時。

 ミカが足回りを操作し、私が砲手を務める複座型の機体を作りたいと思ったのが始まりです」

 

「そんなに前から?

 けど、複座型……、って、もしかして!」

 

 はっ、と何事かに気が付いたミカが顔を上げた。

 ヒロミが頷き、そして、少し間をあけて再び口を開いた。

 

「大津水産との二回戦を、無事に勝利することができたなら……。

 その次のエコールとの試合では、このタンクを使う事は出来ないでしょうか?」

 

 思いもよらぬ、ヒロミからの機体の乗り換え提案。

 少しの間、一同は言葉を失い、それぞれにヒロミの言葉の意味を吟味し始めた。

 

「ええっと、つまり、三回戦では私たち三人で一つの機体を操作する、と言う事でしょうか?」

 

 ややあって、ためらいがちに口を開いたトモエに対し、静かにヒロミが頷き返す。

 

「そう、もちろん、それでみんなが納得してくれれば、の話だけど……」

 

「今の虎じゃあダメなの?」

 

 ポツリとやや寂しげにこぼしたミカの呟きに、ヒロミが慌てて首を振るう。

 

「ダメじゃないよ、ミカ。

 私もチームとしての布陣は、本当は今の形がベストだと思ってる。

 ラゴゥとヒルドルブの特性は、二人の性格とガッチリ噛み合ってるし、

 部長たちの調整のおかげで、機体性能だって県下有数のレベルにまで引き上げられているから」

 

「だったら……」

 

「だけど、ゴメン、足りてないのは私。

 私の指揮者としての能力が、アゲハさんに対して圧倒的に不足しているの」

 

「指揮者としての、能力?」

 

 オウム返しの呟きに対し、コクンと一つヒロミが頷く。

 

「私なりに、エコ女との試合展開を、幾つかシュミレートしてみたの。

 例えば開始直後、アゲハさん真っ直ぐにミカに向かって来た場合は?」

 

「それは……」

 

 言われ、ミカもしばし脳内で想像してみた。

 開幕直後、まずはミカのラゴゥが前に出る、そうしてありったけの火薬を浴びせ、いくばくかでも敵勢の足を止める。

 その間、トモエのヒルドルブはヒロミの指示で高所に陣取り砲撃を仕掛ける。

 この攻勢で敵の頭数を減らせればしめたものだ。

 後は無理をせずに優勢を維持し、残存兵力を消耗戦に持ち込んで磨り潰す。

 必勝とは言わずとも、新参のタンク少女たちが辿り着いた黄金パターンの一つである。

 

 だが、そこでビギナ・ギナが攻撃を擦り抜け、前線のミカに肉薄して来たならどうなるか?

 アゲハの執拗な攻撃を凌ぎながら、後続の()()()()を喰い止める余裕はミカにはない。

 二人に前線を抜けられれば、自衛能力の低いヒロミ、トモエは苦しい戦いを強いられ、いずれ指揮系統は崩壊する。

 

「今言ったのはほんの1ケース。

 けれどおそらくどんな展開になったとしても、今の私にアゲハさんは抑えられない。

 いずれ遅からず戦線は崩壊する事になる筈です」

 

 諦観ではなく、ただ事実を事実として、淡々とコバヤシ・ヒロミが語る。

 だからと言って、彼女が戦いを諦めてしまったワケではない。

 真摯に勝機を模索しているからこそ、今、一同の前には真新しいタンクが鎮座しているのだ。

 

「……なぁるほど、事情は大体わかった、けど。

 それでこの機体に乗り換える理由はあるのかい?

 出撃数が少なくなれば、それだけ不利を背負うようにしか小生には思えんのだけど?」

 

「いや、それがそうでもないんだよ、ギンちゃん。

 あたしは一回、ヒロちゃんを乗せた事があるから分かるけど、

 役割分担して機体を動かすのって、すごい具合がいいんだ。

 機体制御と攻撃をスムーズに連動できる人なんて、それこそプロクラスの選手だけだろうしね」

 

「ヒロミさんの指揮の下、ミカが走行、トモエさんが砲撃に専念して一台の機体を動かす。

 数の上では不利を背負うが、少なくとも指揮系統を分断されるリスクだけは無くなるワケか」

 

「もちろん、戦力が減ると言う事はそれだけで大きな痛手になります。

 ですからこれで決定ではなく、みんなにも良いアイディアがあれば出して欲しいんです」

 

「むむむ……」

 

 ヒロミの言葉を受け、まじまじと機体を覗き込んでいた二等兵が、鼻息も荒く顔を上げた。

 

「ヒロミ大尉!

 このタンク、規定ぎりぎりのサイズまで大型化させるワケにはいかないのでありますか?」

 

「うん、それは前に少し話したけれど。

 タンクの踏破能力と履帯への負担を考えると、今の大きさが限界かな、って」

 

「ですからそこは、砲弾学園のようにホバー式に……、

 あっ! それじゃあダメなのでありますね」

 

 自らの理論の穴に気づき、顔を赤らめるマイの横で、小さくヒロミが頷き返す。

 

「そう、この布陣はあくまで、ミカのクローラー操縦技術を当てにした案だから、

 そこを変えてしまうと本末転倒になってしまうわ」

 

 そう言い切り、そしてヒロミは少し悲しげに眉を歪めた。

 

「けれどタマちゃんの言う通り、タンクを裸単騎にするのには非常なリスクを伴います。

 極端な話、一発の銃弾が履帯に直撃すれば、それだけで勝負が決してしまう」 

 

「えっ?

 ヒロミさん、この間の試合の時、自分で履帯を直してませんでしたか?」

 

「あれはトモエさんたちが時間を稼いでくれたから出来た作戦だよ。

 僚機のいないタンクは、どうしても欠点が大きく見えてしまうから」

 

 そう言って、ヒロミが大きくため息を吐く。

 何かを求めれば、引き換えに何かを失う。

 タンク乗りのジレンマが、未熟な少女たちの上に重くのしかかる。

 

「……あ」

 

 ふと、何かを思いついたミカが顔を上げた。

 

「どうしたの、ミカ?」

 

「へっへ、そんじゃさヒロちゃん、こう言うのはどーだ!」

 

 にっかとミカが悪戯っぽい笑みを向け、手にした円形のクッキーを二枚、機体の後部両脇に直立する形で、それぞれに立てかけて見せた。

 

「え、これって……、もしかして?」

 

「じゃ~ん、サブタイヤ!

 デッカいタイヤを取り付けて、キャタピラがやられても自走できるようにすんのさ」

 

「そ、そんな乱暴な……、もしもタイヤが先にやられちゃったら?」

 

「捨てちゃえば良いんだよ、そんなの。

 カスタムタンクがただのタンクに戻るだけー」

 

「……あ」

 

 言うが早いが、たちまちひょいっ、とクッキーを拾い上げ口の中へと放り込む。

 バリボリと満足げに頬張るミカのドヤ顔に、はっ、とヒロミが目を丸くする。

 

「ほ、補助輪かあ、何かタンク的にカッコ悪いなあ……」

 

「やっぱミカはs」

 

「それだよ! ミカ、すごい、すごいよッ!!」

 

「えっ? サブタイヤ採用?」

 

 不意にヒロミが嬌声を上げた。

 ぎょっ、と驚く一同の前で、ベテランタンク乙女の瞳がグルグルと滾り始める。

 

「そう、ガンプラは自由、自由なんだよ。

 出撃枠だとかサイズだとか、細かな枷に縛られる理由なんてない。

 必要な場面で、求められる最適な形をとっていれば良いだけなんだ……!」

 

「えと……、良く分かんないけど、ヒロちゃんが元気になって何より」

 

「やっぱミカはすげえよ」

 

「ハッ!」

 

 ようやくヒロミが我に返った。

 コホン、と一つ咳払いして意を正し、改めて一同と向かい合う。

 

「ええっと、みんな、その……。

 今、私が考えているアイディアを形にするにはきっと、

 あまりにも時間が差し迫り過ぎていると思います」

 

「…………」

 

「今の私たちが第一に考えなければ、今週末に迫った大津水産との試合の事ですから。

 私の口から、この乗り換え案をみんなに強制する事は出来ないんだけど……」

 

「む~、なんだよヒロちゃん。

 今さら随分と水臭い事を言うじゃんか?」

 

 持って回ったヒロミの台詞に、ふくれっ面のミカが抗議を見せる。

 

「ふっ、小生たちがタダの弱小チームならば、ヒロミさんの懸念はもっともなのだか、

 生憎はま高タンク道部は、県予選の頂点を狙っている身でな!」

 

「実戦チームとワークスチームがキッチリ分かれてるってのが、今の私たちの強みさ。

 教えてくれよヒロミさん、次はどんな無茶をすればいい?」

 

「全国の夢がダメになるかどうかの瀬戸際なのであります!

 やってみる価値はあるのであります!」

 

「みんな、うん、ありがとう」

 

 そうニコリと笑って、ヒロミは友人たちに頭を下げた。

 穏やかな日曜の夜が終わり、そしてまた、朝がやってくる。

 

 真新しいノートに描かれた設計図。

 すっかり手に馴染んだ諸々の工具。

 議論、作成、失敗、トライ&エラー。

 

 慌ただしい一日が過ぎ去り、夜が来て、また朝が来る。

 一周間の猶予は瞬く間に過ぎ去り、そしてまた、戦いの時刻がやってくる。

 

 第十三回ガンプラバトル選手権・茨城予選。

 Bブロック二回戦第一試合

 

 

 大洗はまぐり高校タンク道部 対 大津水産工業『兄弟船』

 

 

 海の王者と陸の王者、決戦の時刻がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 


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