タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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ジャンプ道、始めます

 私立エコール女学院一年、ガンプラバトル部主将、リュウザキ・アゲハ(竜崎鳳蝶)

 今茨城大会において、最も注目を集める女流ビルダーの一人である。

 

 とかく、戦い方の一手一手に華がある。

 練習試合を務めた近隣のファイターたちは、異口同音にそのマニューバの優雅さを語る。

 

 曰く、宇宙の蜉蝣

 曰く、終わりなき舞踏(エンドレス・ワルツ) 

 曰く、ひたちなかのカシアス・クレイ

 

 頭部に捧げたブーケを散らす事無く決着を付ける鮮やかな手並み。

 その群を抜いた可憐な剣舞から、付いた通り名が『マダム・バタフライ』

 学生選手権の開催以来、目立った成績の無い茨城県下に突如として現れた超新星である。

 

 中学時代は部活に属さず、彼女の過去の経歴を知る者は、意外なほどに少ない。

 その実績の少なさもまた、却ってミステリアスな魅力となって、大会での彼女たちの注目度を引き上げる一因となっている。

 

 今を煌めくエコールの金剛石は、果たして本物か否か?

 彼女を見つめるファイター達の視線が、アツイ。

 

(……で、今、小生らはま高一同の前に立ちはだかるのが、

 その注目度ナンバーワンのリュウザキ選手と……本物だよな?)

 

(一体、何の用件でありましょうか?)

 

(分からん、ウチみたいな木っ葉チームを、あのマダムが相手にするとは思えん)

 

 廊下の出口に立ち塞がる話題の乙女の姿を前に、三バカが内心で恐慌をきたす。

 一方、件の乙女は何ら怖じる事無く、大理石に例えられる揺るぎない瞳で一行を捉えていた。

 その堂々とした姿から、内心を推し量る事は難しい。

 

(このままじゃラチが開かんな。

 おい部長、一つ挨拶して来いよ)

 

(うぇぇッ!? バ、バカッ、小生がやるのかよ!?)

 

(部長! チームリーダーの男気の見せどころなのであります)

 

(うぬぬぬ……、え、ええい! ままよ……)

 

 意を決し、油の切れたゲゼのようなギクシャクとした動きで、ギンガが一歩前に出た。

 呼応するように、アゲハもツカツカと真っ直ぐに歩きだしていた。

 

「い、いやあ、勝った勝った、次もこの調子でいくかァ~」

 

「…………」

 

「ややや! もしや向こうからやってくるのは、

 今をときめくエコールのマダム・バタフライなのかーっ?」

 

「…………」

 

「……って、おいいっ!

 何なんだよお前、なんかなんかなんとか言えよーっ!?」

 

「…………」

 

 うろたえるギンガの小芝居を意にも返さず、威風堂々たるアゲハが迫る。

 その鋭き眼光が、一直線にギンガの魂を穿つ。

 

「……ッ」

 

「ひィッ!?」

 

 

 ――カッ!

 

 しかしここでリュウザキ・アゲハ、目の前のギンガを難無くスルー。

 初めから瞳に入っていなかったかのように高らかとヒールを鳴らし、はま高一堂へと迫る。

 

「……ぁ、ぁぅ」

 

(御大将オォ―――――ッ)

 

(ひどい……、こんなの、あんまり過ぎるのであります!)

 

 かおりんが泣いた、二等兵もむせび泣いた。

 ヨロズヤ・ギンガは一人、蛇に睨まれたカエルのようにぶるぶると震えていた。

 その間にもアゲハはとうとう、一行の中心、マユヅキ・ミカの前に立ちはだかっていた。

 

「…………」

「あ、こないだはども」

 

 冷然とした瞳で見下ろすアゲハに対し、上目遣いの猫目がぴょこりと頭を下げる。

 たちまちはっ、と一斉に三バカが振り返る。

 

(知り合い!? 二人は知り合いなのでありますか!?)

 

(やっぱミカはすげえよ)

 

(うおおおおおん! バカヤロてめえミカ先に言えよコノヤロォ!?

 いらん恥を掻いちまったじゃねえかよ~) 

 

 しかし、ミカの挨拶に対してもアゲハは無言であった。

 長い廊下に静寂が満ち、気まずい雰囲気が溢れだす。

 

「えと……、なに?」

 

 沈黙に耐えかね、たまらずミカが用件を尋ねた。

 アゲハはじっ、とミカの姿をねぶるように見つめ、ようやく重い口を開いた。

 

「……貴方のその、小袖」

 

「うん、これ?」

 

 言われ、スーパーマーケット『新鮮組』の半纏を見せつけるように両手を広げる。

 

「相応しくありませんわ」

 

「相応しく……、ない?」

 

 アゲハの言葉の意味を掴みかね、きょとん、とミカが首を傾げる。

 

「ええっと、ガンプラバトルの公式戦ではっちゃけ過ぎって事?」

 

「この場にそぐわないのではありません。

 ()()()()()()相応しくないと、私はそう言っているのです」

 

「む……! 何だよそれ?」

 

 傲岸不遜な物言いに、さすがにミカもカチンと来た。

 口を尖らせ、はっきりと敵意を向ける眼前の乙女に喰ってかかる。

 

「さっきから何が言いたいのさ。

 こんな半纏ひとつ着るのに資格でもあるワケ?」

 

「やはり、何も知らずにここまで来たのね。

 で、無ければ、そのような紛い物を纏う筈が無いと思いました」

 

「意味分かんないよ! こんなんに本物も偽物もあるかよ?

 もっとあたしに分かるように説明し――」

 

 ミカが癇癪を起しかけたその時、すっ、と一歩、傍らの少女が二人の間に歩み出た。

 

「え、ヒロちゃん……?」

 

 思わず怒りも忘れ、ミカの口から戸惑いがこぼれた。

 いつもならミカの半歩後ろが定位置のコバヤシ・ヒロミが、今は少女の眼前にいた。

 

「ヒロミさ――」

 

「――ッ!」

 

 

 ――バチィンッ!

 

 

 瞬間、細長い廊下に乾いた響き渡った。

 爪先立ちとなり、思い切りスナップを効かせたヒロミの右手が、強かにアゲハの右頬を叩いた。

 

「ヒロちゃん!?」

 

 思わずミカが叫んだ。

 咄嗟に差し出した右手が、ヒロミの肩に振り払われる。

 

「……なんで」

 

 静寂の中で、ヒロミの口から微かに疑問がこぼれた。

 それでようやく、ぶたれた側のアゲハも我に返ったようであった。

 ほつれた赤い髪を掻き、右頬を抑え、信じられないと言った瞳でヒロミを見つめ返す。

 

「なんで今さらになって、そんな事を言い出すんだよォッ!!」

 

 ヒロミが爆発した。

 先ほどのようなロールとはまるで異なる、必死の声色だった。

 内向的で、臆病で、絶えず人に気を使う少女の胸中を押し留めていた重しが、一瞬にして内側から弾け飛んだかのようであった。

 

「今のあなたに、そんな事を言う資格なんて無い!

 タンク道を捨てたアゲハちゃんに、口を挟む資格なんて無いんだからッ」

 

「――!」

 

「これ以上、私たちの邪魔をしないでッ!」

 

 ヒロミが叫び、アゲハの傍らを駆け出していた。

 凍り付いていた空気が、たちまち慌ただしく動き始める。

 

「待って、ヒロちゃん!」

 

 弾かれたように、ミカも走り出していた。

 アゲハは二人の姿を追うように振り返り、しかし、伸ばした手を力無く下ろした。

 

『――Bブロック第三試合出場予定の選手は、会場にお集まりください』

 

「……そう、ヒロミさん、あなたはそこまで」

 

 新たな戦いを告げるアナウンスが頭上より響く。

 アゲハは一つ頭を振ると、背筋を伸ばし、振り返る事無く会場へと向かった。

 

「……って、なんだよッ、なんなんだよこの状況!?

 ちゃんと説明してけよバカヤローッ!!」

 

「御大将、今はそんな事を言ってる場合では無いのであります!」

 

「私たちも二人を追いかけましょう」

 

「けれど、ヒロミさんは、あのマダム・バタフライと知り合いだったって事なのか?」

 

 ぽつり、と一つ、イイツカ・カオリが疑問をこぼした。

 その問いかけに答えるように、折よく廊下の出口に人影が差した。

 

「新撰組の小袖は、チーム『タンクバタリアン』のリーダー、リュウザキ・ツルギの戦闘服。

 かつてはタンク道を志す女子にとって、一つのシンボルみたいな衣装だったのよ」

 

「あ、先生!」

 

 一同の前に現れた教師、カトリ・ランコの姿にギンガが驚きの声を上げた。

 研修会場から直行したのか、きっちりとまとめた落ち着いた色合いのスーツ姿。

 しかし、途上で先ほどのアクシデントと出くわしたのだろう。

 クールが売りの彼女の呼吸が、今は僅かに乱れていた。

 

「ごめんなさい。

 こんな事になるんだったら、あなたたちには前もって話しておくべきだったわね」

 

 開口一番、ランコはそう言って頭を下げた。

 思いもよらぬ師の行動に、一同が困ったように顔を見合わせる。

 

「ええっと、先生。

 一体、何のお話しなんでしょうか?」

 

「リュウザキ選手とヒロミ大尉は、以前からの知り合いだったのでありますか?」

 

「うん? ちょっと待てよ二等兵。

 リュウザキ、リュウザキ・アゲハ、な……?

 先生、リュウザキって言うと、もしかして……」

 

 ギンガの推測に対し、ランコは静かに顔を上げ、ゆっくりと頷いた。

 

「そう。

 お察しの通りリュウザキ・アゲハは、あのツルギの実の妹なの。

 彼女も以前はタンク道を志し、ヒロミさんとコンビを組んでいたわ」

 

 

「そっか。

 アゲハさん、ヒロちゃんのパートナーだったんだ……」

 

 同時刻。

 ヒロミを追って中庭へと辿り着いたミカもまた、彼女自身の口から真相を聞かされていた。

 

「まだ、二人が小学生だった頃の話よ。

 私が砲手で、アゲハさんが操縦士。

 当時の彼女はお姉さんの事を尊敬していて、カトリ先生の指導に夢中で取り組んでた」

 

「…………」

 

「……あんまり、驚いてない?」

 

「うん、なんて言うか、前からそんな気がしてた」

 

「そっか」

 

 傍らのベンチに腰を下ろし、ヒロミが深く嘆息を吐く。

 間を置いて後背で上がった噴水の水飛沫が、陽光を反射して虹色に煌く。

 

 そう、確かにそんな予感があった。

 はじめてのガンプラバトルの後、二人で大洗の夕焼けを見た、あの日。

 茜色に染まったヒロミの横顔には、少女の過去を映す寂しさの影が浮かんでいた。

 

「アゲハさん、なんでタンク道やめちゃったの?」

 

 意を決し、思い切ってヒロミに尋ねた。

 ヒロミはしばし俯いたまま、その内にぽつり、とこぼした。

 

「負けたから……、多分」

 

「負けた?」

 

「前に少しだけ話したでしょ?

 はま高模型部が世界選手権にまで駒を進められたのは、第四回大会の一度きり。

 以後の大会では、先生たちは強豪の一角と評されつつも、ここ一番で勝利を逃してきた」

 

「けど、そんな、それだけの事で諦めちゃうなんて……」

 

「違うの、ミカ、そうじゃないの」

 

 思わず反論するミカに対し、ヒロミは一層悲しげに首を振るった。

 

「先生たちは、それでも諦めたりはしなかったよ。

 敗北を糧に戦術を研究して、いつだって敵の喉元に喰らいついていくような戦いをしてた。

 この局面さえ打破できれば、もう一度、タンク道に風が吹けば。

 私もアゲハさんも、そうツルギさんたちが信じている物を疑ったりはしなかった」

 

「だったら」

 

「だから、負けたのよ。

 戦術の工夫だとか、機体の改造だとか、運だとか気合いだとか信念だとか。

 そう言う言い訳の余地が何一つ残らない次元で、先生たちは負けたの」

 

「そ、そんな……!」

 

 思いもよらぬヒロミの言葉に、今度はミカがぶんぶんと頭を振るった。

 久しく現役を退いてなお、いまだミカが触れる事も叶わぬ『地虫の嵐(ハリケーン・クローラー)』の操縦技術。

 あの技巧を完膚なきまでに叩き潰せるファイターが、この世のどこに存在するというのだ?

 

「あ、相手は……、相手は誰なの?」

 

「レディー・カワグチ」

 

「あぅ」

 

 絶句する。

 ぐぅの音も出ない。

 ガツン、と脳髄を直接ぶん殴られたような衝撃があった。

 レディー?

 お茶の間のTVモニターを通してしか知らぬ雲上人と、先生たちが戦ったというのか?

 

「レディー・カワグチとの対戦の後、先生たちは色々と話し合ってたみたい」

 

 呆然とするミカを置き去りにして、淡々とヒロミがその後の顛末を口にする。

 

「最終的には先生たちのチーム、タンクバタリアンは解散する事になったの。

 少なくともあの日以来、競技者として表舞台に出る事は無くなったわ」

 

「けど、でも、それって……」

 

 仕方がないじゃないか。

 そう口に出かけた言葉を、危うく呑み込む。

 

 事実、仕方がない。

 レディー・カワグチは、ガンプラバトル界で唯一、女系でメイジンの名を継ぐ時の人である。

 タンクと言う縛りを抜きにしても、現代の日本に、彼女を下す実力を持った女性はいない。

 ミカ如きが立ち会ったところで、百回戦えば百回叩き潰されるのがオチであろう。

 

 だが、それを言うならば、リュウザキ・ツルギたちが提唱したタンク道もまた、当時は国内のタンク乗りたちの頂点であった筈である。

 培った歴史が、レディーに何一つ通用しなかったと言う事実は、タンク道が世界に届く時代が終わったと言う最後通告に等しい。

 

「あの日以来、私はアゲハさんとは疎遠になって……。

 だから私、あれ以来、彼女がタンクを手にした姿は見た事が無いの。

 ツルギさんの事、本当に尊敬してたから、きっと、凄いショックだったんだと思う、けど……」

 

 ……けれど、彼女は帰って来た。

 かつての仇敵を自在に使いこなす、県下最強のビルダー『マダム・バタフライ』として。

 

「そっか。

 だから先生、私たちがタンク道やりたいって言った時、

 あんなにムキになって止めたんだ」

 

 過去の記憶を振り返り、しみじみと、ミカがらしからぬ溜息を吐く。

 

「タンク道を追求するためだけの部活はやめておけ」「その先に未来なんてない」

 そう毅然と言い放ったカトリ・ランコの心境に、今さらながら思いを馳せる。

 

「ごめん、卑怯だったよね。

 あの時の先生の忠告の意味、私、本当はちゃんと知ってたの」

 

「ヒロちゃん、そんな事はもういいんだよ」

 

 そう慰めて、俯く少女の瞳を見下ろす。

 タンク道を始める前、まだ出会った頃のヒロミは、こんな風に暗い顔をした少女であった。

 他人と目を合わせぬよう俯いて、おどおどと、常に周りの顔色に気を使って。

 

 リュウザキ・アゲハと共に手を取り、将来を夢見ていた少女時代。

 たった一人でタンク道に挑む前の彼女は、本当はどんな女の子だったのだろうか……?

 

 遠くから、一際高い歓声が響いてきた。

 おそらく会場では、エコール女学院の戦いが始まろうとしているのだろう。

 

「……あたし、アゲハさんに悪い事しちゃったな」

 

「そんな事ない! ミカは何も悪くないよ!」

 

 ハッ、と顔を上げ、力強くヒロミが口を挟んだ。

 

「今日のミカの姿を見た時、私、嬉しかった。

 あの頃のツルギさんが傍に居てくれているような気がして、凄く心強かったの。

 なのに……、それなのに……!」

 

「違うよヒロちゃん。

 あたしさ、タンク道の事、本当になんにも知らなかったんだ。

 アゲハさんにとっても、きっと、大切な思い出だった筈なのに……」

 

「大切な……?」

 

 思いもよらぬミカの言葉を受け、ヒロミが涙に濡れた瞳を丸くする。

 

「ヒロミさんが大切になさっている思い出は、

 きっとリュウザキさんにとっても、かけがえのない記憶なのではないでしょうか?」

 

 その時、ミカの独白を引き継ぐ形で、ムサシマル・トモエが二人の前に姿を現した。

 

「リュウザキさんとは、以前、お父様のパーティでお会いした事があるだけですけれど……。

 あんな風に取り乱したり、他人に当たり散らす方では無かったと思います」

 

「トモエさん……」

 

「本当に大切にしている思い出だから許せなかった、

 耐えられなかったのではないでしょうか?」

 

「そうだよね! トモちゃんもやっぱそう思うよね!」

 

「私……、けど、私にはもう分からないよ」

 

 柔らかく頷き合うミカとトモエに対し、ヒロミだけが一人、ぐずるように首を振るう。

 

「ヒロちゃん?」

 

「だって……、あんなに可憐なマニューバは、才能だけじゃ絶対に届かないの。

 アゲハさんのあの動きは、凄い努力と情念を捧げなければ辿り着けないんだよ!」

 

「…………」

 

「あの頃とは違う。

 彼女の考えてる事、私にはもう分からないよ……」

 

「だったらさ、聞いてみりゃ良いんじゃないかな、ガンプラバトルでさ?」

 

 不意に彼方から、威勢の良い言葉が三人の元に届いてきた

 飄々と後から現れたヨロズヤ・ギンガが、事も無げにそう笑い飛ばした。

 

「こないだの特番でさ、メイジン・カワグチが言ってたよ。

 ガンプラ・バトルほど、雄弁に心を語る競技はない。

 ひとたび機体を重ね合えば、心の震えは隠し切れない、ってな」

 

「部長……」

 

「ヒロミさんにはまだツキがあるよ。

 あと一つ勝てば、その次、Bブロックの三回戦でウチらとエコ女は激突する。

 小生たちが愛するタンク道を、その戦いで思い切りぶつけてみればいいんじゃないかな?」

 

 そう言って、にっかりとギンガが笑った。

 

「ふっ、そいつはどこの少年誌だよ、部長。

 今時、努力・友情・勝利だなんてさ」

 

 後から現れたイイツカ・カオリが、呆れたように苦笑を見せる。

 

「乙女の友情がダメになるかどうかの瀬戸際なのであります。

 やってみる価値はあるのであります!」

 

 最後尾のオリハラ・マイが、力強く胸を叩く。

 

「わ、私……」

 

 ぐっ、と奥歯を噛みしめて、コバヤシ・ヒロミが顔を上げる。

 ぎゅっ、とジャージの裾を握った拳が、ぶるぶると震えていた。

 

「私、良いのかな?

 そんな風に、自分の我儘のために戦う、なんて……」

 

「当ったり前じゃんか!

 きばってこうよ、ヒロちゃん!

 どの道エコ女をぶっ飛ばさない事には、全国への道は開かないんだからさ」

 

 ためらいがちのヒロミの声に、力強い口調でミカが答えた。

 

「うふふ、こうなったら後はもう、当たって砕けろ、ですね」

 

「砕けちゃダメなのであります!

 全国大会に行くには、次も、その次も、そのまた次も勝たねばならないのであります」

 

「ようし、やるぞ諸君!

 ワン・フォア・オール! オール・フォア・ワンッ!

 我らがアイドル、ヒロミさんのために、気合いを入れて戦うぞ」

 

 メラメラと燃え上がるギンガのアホ毛が高らかと天を衝く。

 そんなスーパーハイテンションの部長に対して、ミカの猫目が意地悪げに笑った。

 

「え~?

 ギンちゃんが気合い入れたところで、結果はあんま変わらないと思うんだけど」

 

「な、なンだとぉ~っ!? ばっかミカてめぇ!?

 小生だって、小生だってすんごい頑張ってんだぞぉッ!!」

 

「冗談だよ。

 ホントはあたし、すっごい感謝してるよ。

 いつもありがとね、ギンちゃん」

 

「うえええええっ!!??

 何だよお前!? 何なンだよお前ッッ!!

 か、勘違いしないでよね! ミカのために頑張ってるんじゃないんだからね!!」

 

「チョロい!? チョロインでありますか!?」

「まあ、部長さんはちょろいですねえ」

「やっぱミカはすげえよ」

 

 はま高一同の面々は、そんな風に誰からともなくおどけ、方々に笑い合った。

 つられたヒロミも目尻を拭い、少しだけ笑顔を見せた。

 

(ガンプラの王道を向こうに回すタンク道は、いっぱしのバカでなきゃ務まらない。

 いつだったかそんな事を言ってたわよね、ツルギ……)

 

 無邪気な教え子たちの姿を遠目にしながら、カトリ・ランコがかつての盟友に想いを馳せる。

 

(あの子たちが周りにいてくれるなら、きっともうヒロミさんは大丈夫。

 後は、彼女の事だけ……)

 

 先ほどよりも一際大きな歓声が、再び会場から轟いてきた。

 それはきっと、この茨城に生まれた新たなスターを祝福する声なのだろう。

 

 第十三回、ガンプラバトル選手権。

 乙女たちの熱い夏が、いよいよ本番を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 


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