タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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古武道、始めます

 

 広大な雪原で、マユヅキ・ミカとコバヤシ・ヒロミが、それぞれに敵と相対している頃――。

 

「うんせ、うんせ」

 

 ムサシマル・トモエはただ一人、ヒルドルブの中で巨大な雪の壁相手に格闘していた。

 光届かぬ闇の中、圧倒的質量と密度に対し、マニュピュレーターを軋ませ敢然と立ち向かう。

 

「せっせ、せっせ」

 

 力任せに雪塊を崩し、サブアームを掻き分けながら少しずつ作業スペースを確保する。

 本来ならば『はたらくくるま』の領域である力仕事が、建設会社社長令嬢の血を沸騰させる。

 

「せっせ、せっせ」

 

 夢中。

 雪を掻くと言う原始的、かつ文明人的な二律背反する行為(アンビバレンツ)がトモエの魂を夢中にさせる。

 より早く、より効率よく、より美しく。

 ただただ一心不乱に体を動かす。

 時間も場所も忘れ、スフィアと繋がる二本の腕を雪掻き用のショベルへと変える。

 

 

 ――ドゥ! 

 

 

「……まあ、何の音でしょうか?」

 

 遥か後方で、不意に爆音が一つ上がった。 

 それでトモエは、ようやく戦場の中で戦場を思い出した。

 たちまちヒロミから通信が入り、慌ただしい空気が車内を走る。

 

「――はい、こちらトモエです」

 

「ごめん! 気を付けてトモエさん!

 スナイパーⅡとストライカーがそっちに向かってるわッ」

 

「二人同時に、ですか?

 そう言えば、ミカさんはどうなさったんでしょうか?」

 

「ストライカーを止めるために後方に向かったんだけど。

 けど、今の爆発じゃあ……」

 

「生きてるよ」

 

 その時、不意に二人の耳許に、ノイズ混じりの不満げな通信が割り込んで来た。

 

「ミカ!?」

 

「まあミカさん、ご無事だったんですね」

 

「うん、お坊さんはやっつけたよ、やっつけたんだけど……。

 あぅ~、これじゃあ動けないよーっ」

 

「あ……、ひっくり返っちゃったんだ」

 

 駄々を捏ねるようにガチャガチャとスフィアを振るう僚友の姿に、ふっ、と戦場の空気が緩む。

 

「うん、分かった、ありがとねミカ。

 とにかくスナイパーの方は私たちで何とかしてみるから、ミカは諦めないで復帰に専念して」

 

「うーす、とりあえず頑張ってみるよ」

 

 諦観と共にミカからの通信が途絶え、残された二人が気持ち真剣な表情で作戦会議に移る。

 

「けれど、どうしましょうヒロミさん?

 こちらのヒルドルブさんは、まだ身動きが取れませんよ」

 

「そうだね、うん……。

 トモエさん、30サンチ砲は使えそう?」

 

「上半身は回りますから、大仰角なら撃てない事もありませんけれど……。

 けれど、モニターの前は白一色で、どこを狙えば良いのやら」

 

「待って、今、管制データを送るから」

 

 ヒロミからの通信に従い、トモエが手元のレーダーに視線を落とす。

 果たして、やがてモニターの上に、一際大きく明滅する紅点が浮かび上がった。

 

「ヒロミさん、この赤い点は何でしょうか?」

 

「敵のスナイパーの現在位置です。

 さっきの交戦の際に発信器を取り付けてやりました」

 

「はあ、けれどスナイパーさん、何だか遠回りしているんでしょうか?」 

 

 ぽつりとトモエの口から疑念がこぼれる。

 確かに彼女の言う通り、紅点は反時計回りに北へと回り込むような動きを見せていた。

 

「ジムスナイパーⅡの射程距離は長いから、

 恐らくは北側の尾根を迂回して、狙撃ポイントを探しているんだと思います。

 トモエさんはポイントが静止したタイミングを狙って、逆に砲撃を加えて下さい」

 

「かしこまりました、やってみますね」

 

 こくりと一つ頷いて、そこでトモエは会話を切った。

 たちまち静まり返ったガンタンクの車内で、ごくり、とヒロミが固唾を呑む。

 

 直接の目視や機体のオートロック制御に依らず、計器頼みに距離を測って砲撃する。

 本来ならガンプラを始めて一か月かそこらの女子に、到底出来るような作戦ではない。

 

 けれど一つ付け加えるならば、あのヒルドルブさんはトモエの思い人だ。

 嫁の我侭に力強い砲撃で応えてくれる戦士である。

 そんなオカルトじみた妄想を抱かせる何かを、あの両名は確かに持っている。

 

「砲撃、開始いたします」

 

 ヒロミの胸中のざわめきを知る筈も無く、トモエはいつも通りに飄々とトリガーを引いた。

 ズドン! と雪濠の中で粉塵が巻き上がり、夜天に向かって高らかと砲弾が吸い込まれていく。

 

「……んん?

 ぬぅあッ な、なんどぉわァ!?」

 

 状況の異変を察知して、北側の尾根に陣取ったスナイパーが、すぐさまその身を起こした。

 乗り手のヤザワにとっては、大仰角ゆえの長い滞空時間が幸いした。

 一瞬の間。

 たちまち爆音が大地を揺らし、砲撃を受けた狙撃手の体を豪快に吹っ飛ばした。

 

「ぐぅならァ! ど、どういうこったコリャア!!」

 

 不条理かつ精密な砲撃に、リーゼントを震わしヤザワが叫ぶ。

 その間にも穴の底のヒルドルブは、冷静に次弾の装填を終わらせていた。

 

「次弾、発射いたします」

 

「クッソッ」

 

 短く舌打ちし、遠巻きに見えた狼煙に防御姿勢を取る。

 間を置かず、第二撃、着弾。

 耳を潰すような轟音の中、耐え切れずにひしゃげ果てたシールドが宙に跳ねる。

 

「チキショウッ! ジオンのタンク乗りはNTかよ!?」

 

 後方に消える鉄屑を顧みもせず、一直線にスナイパーが走り出した。

 どう言うカラクリかは知らないが、とにかく遠距離からの差し合いでは勝ち目がない。

 小細工を使わず、はじめからこうするべきだったのだと、今更ながらに後悔が走る。

 

「あらぁ?

 レーダーの反応が消えちゃいましたねえ」

 

 一方、穴の底のトモエは敵の狼狽を知る筈もなく、きょとんと間延びした口調で首を傾げた。

 

「スナイパーさん、今の砲撃で倒せたんでしょうか?」

 

「ううん、多分、発信機が潰れ……、気付かれた?

 トモエさん、すぐにヒルドルブを発進させて下さいッ!

 スナイパーはおそらく、ヒルドルブに白兵戦を仕掛けるつもりです」

 

「は、はい、了解しました」

 

 ヒロミの断定を受け、トモエもまた必死に作業ペースを引き上げる。

 マニュピレータを回して雪を掻き分け、同時に履帯を激しく前後させて足元を固めていく。

 

「そぉう……れっ!」

 

 ぎゅっ、と踏み締めた雪の感触を確認し、一呼吸を置いて一気にスフィアを引き倒す。

 たちまちキャタピラが逆回転し、猛烈な雪塵を前方の壁に巻き上げ始める。

 

「はうぅうぅぅ~っ、が、頑張って下さい」

 

 履帯が容赦なく空転し、足場を削られた車両が斜め前方に傾いていく中、両のマニュピレータに力を込めて、無理やり大地を押し上げていく。

 くっ、とわずかに履帯が浮き上がり、やがて、ゆるゆると速度に乗ったヒルドルブが、雪の坂道を一息に駆け上がり始めた。

 

「はあ……、ほぅ、ふう……。

 やりました、ようやく脱出できました」

 

 ズシン、と大きく体が揺れ、ようやく平衡を取り戻した車体の中で、ふうっ、と一つ、トモエの口から安堵の息が漏れる。

 間を置かず額に滲む汗を拭い、再び顔を上げて、周囲の状況に視線を走らせる。

 

「スナイパーさんは……、どちらに行かれたんでしょうか?」

 

「っとぉ、俺っちはアンタの真後ろだぜ!

 惜しかったなあ、はいからさんよう」

 

「あら?」

 

「砲塔はそのまま落とすなよぉ、両手もそのまま、バンザイだ。

 ちぃっとでも長生きしたけりゃなあ!」

 

 後背からの下卑た声に従い、両手を上に掲げたまま、ゆっくりとヒルドルブが上体を回す。

 果たして振り向いた視線の先には、手にした銃口を諸手に構えた灰色の狙撃手の姿があった。

 

「へっ、随分と手こずらせてくれたじゃねえの。

 もっとも、こうなっちまってはNTと言えど形無しだがなあ」

 

「はい、これは困りましたねえ……」

 

「どうするよ?

 こっちのM16カスタムは、これ一丁で狙撃から白兵戦までこなせるスペシャルな突撃銃よ。

 それとも一か八か、その右肩のデッカイのでドンパチしてみっかい?」

 

「……ええっと、それも宜しいかもしれませんねえ。

 ここで私が倒れたとしても、この勝負はまだ、決着ではありませんから」

 

「おっと! そうだったなあヤベエヤベエ。

 向こうの魚屋はそう言やあ、まだリタイヤしてねえんだったっけか?

 だったら、とっととケリをつけなきゃなあ」

 

「あら、それは少し違いますよ?」

 

「なに……?」

 

 剣呑にライフルを覗き込むスナイパーに対し、爽やかな笑顔でトモエが応える。

 

「これから貴方が倒さなければならないのは、私の他に、あと二人ですよ。

 もうお一方はほら、すでにもう貴方の後ろに……」

 

 

 ――ドワオッ!!

 

 

「ンだとォ――――ッッ!!??」

 

 不意に強烈な衝撃がスナイパーを襲った。

 爆音と同時にランドセルが燃え上がり、自慢のライフルが右腕ごと宙にスッポ抜ける。

 成す術も無く、バランスを崩した機体が雪原に倒れ込む。

 

「バッ!? バカなッ テメエはッ!?」

 

 振り向きざまにヤザワが叫んだ。

 両肩のキャノン砲から灰色の狼煙を上げるのは、その場にいる筈のない第三のタンク。

 

「トモエさん、グッジョブ!

 時間を稼いでくれたおかげで、私もようやく間に合いました」

 

 そう言って鋼鉄の愛機の中で、ジャージ姿の少女もニコリと笑った。

 

 砲戦支援型ガンタンク。

 千切れた跳んだハズの右の履帯をキュラキュラと回し、狙撃手の許へと迫っていた。

 

「そ、そンなッ、そんなハズは無えッ!?

 テメエは確かにさっきがた、そのキャタピラを吹っ飛ばしてやった筈だ」

 

「ふっ、連邦の野暮天はアニメもマトモに見てないのかい?

 完全に走行不能にならない内は、そうそう戦車に白旗は上がらないんだよねぇ」

 

 切符の良いベテラン姉御兵ロールで応じながら、ヒロミが次弾の装填に移る。

 その勇ましい無限軌道の脇に、マニュピレーターを備えたタンクがちょこんと姿を見せた。

 

「バックパックが……、モッ、モビルワーカーだとォ!?

 その小型タンクを遠隔操作して、外れた履帯をハメ直したとでも言いやがるのか?」

 

「まっ、相手にとっちゃタンクの履帯を狙ってくるのは必定だからね。

 あたしらタンク道の追及者としちゃ、当然、その戦術の上をいかなきゃさ」

 

「くうッ!」

 

 ガツン! と一つ、ヤザワが手元のベースを叩いた。

 屈辱に穂を垂らすリーゼントの下で、両の瞳に尋常ならざる狂気が宿る。

 

「うおおォオオォ!!

 こうなったらもうヤケクソだぜェ――――ッ!!」

 

「なッ!?」

 

 突如、スナイパーが動いた。

 背面のバーニアを我武者羅に噴かし、雪原を削り取るように低い姿勢でヒルドルブに迫る。

 慌てたヒロミが銃撃を放つも、舞い上がる雪に視界を阻まれ、弾道は虚しく機体をそれる。

 

「死ぃねよやァ――――ッ!!」

 

「逃げてッ トモエさん!?」

 

「はっ!?」

 

 必殺の間合い。

 豪雪を掻き分け、地を這うようなサーベル片手突きが一直線に伸びてくる。

 生と死の狭間で、本能がトモエの肉体をダイナミックに突き動かす。

 

「はいい!」

 

 左脇を開けてターレットを回し、必殺のサーベルを左方向に避ける。

 しかも交錯の刹那、眼前の伸び切った左腕をガチリと捕らえる。

 左のマニュピレーターで肘と手首を同時に極め、右のマニュピレーターで肩口を絞める。

 そのまま己が車体を軸に、擦り抜けていくスナイパーの体を反時計回りに引き摺り回す。

 

「うっ!? うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」

 

「ダメ!?

 トモエさん、それじゃあ横転しちゃうよッ!?」

 

「横転……、させますッ!」

 

 トモエの宣言に呼応して、グラリと車体が傾き、片輪走行のまま猛烈に、そして遂にスナイパー目がけてド派手にひっくり返った!

 220トンをゆうに上回る超ド級のタンクが、傷ついたジムの背中に容赦なく伸し掛かる。

 ドウッ、と雪原が揺れ、関節が砕け、粉雪が高らかと舞い上がる。

 

「な……、古武道、脇固め……?」

 

「持ち味、活かしやがったなあ、トモエさん」

 

「これが、タンク道の可能性……!」

 

 ポツリ、と辛うじて三バカが呟いた。

 

 ガンプラバトルは、縁の物。

 そんな言葉がどこかにあった。

 幼少のみぎりより学んできた護身術と、タンクに捧げた親愛と、ヤケクソの格闘戦と、重量を増したチタン合金製の無限軌道と、文字通りの火事場のクソ力と……。

 

 そんな諸々のピースが組み合わさって、化学反応を起こしスパークした結末がここであった。

 誰一人、声を上げる事が出来なかった。

 

 後にはただ、静寂と舞い散る粉雪だけが残された。

 

 

『Battle End』

 

『――勝者、大洗はまぐり高校タンク道部』

 

 終戦を告げるアナウンスが響き渡り、ようやく会場に穏やかな空気が戻ってくる。

 喝采の中、戦いを終えた両校がガッチリと握手を交わしあう。

 

「ふふ、良い勝負であったな、魚屋の」

「お坊さんも、凄い槍捌きにビックラこいたよ」

「ちな同級生である」

「……マジで?」

 

 

「まったく、あの修羅場でよもや砲撃に来るとはね……」

「ふふ、タジマさんの名演もステキでしたよ」

「そうか、そう言ってもらえるとジム道冥利に尽きるな」

 

 

「ふん、この俺様を倒したんだ、せいぜい気張れよタンク道部」

「まっ、黙って見ときなリーゼント」

 

 

 短く挨拶を交わし合い、そのまま陵三の面々が会場を後にする。

 後腐れの無い後姿を見つめながら、ぽつり、とミカがこぼす。

 

「なんか、こうして見ると凄い爽やかな人たちだったね」

 

「ジム道では、単に勝つこと以上に、いかに記憶に残る負け方をするかを大事にするから。

 タンクに脇固めされるジムなんて前代未聞だから、今頃ジムベリー賞選考スレは大荒れだよ」

 

「つくづく深い世界なんですねえ」

 

 どこか感心したように、しみじみとトミエが呟いた。

 ほどなく、興奮した三バカが選手たちの許に駆けつけ、たちまち一同が姦しい空気に包まれる。

 

「イよぅし! やったぞ! えらいぞミカッ!

 とにかくは勝った! はま高タンク道部の華々しい船出を飾ったんだ!」

 

「やっぱすげえよミカは、私の死亡フラグを跳ね返すとはな」

 

「ヒロミ大尉もトモエ大尉も、見事な作戦勝ちだったのであります」

 

「はは……、タンク道としてはまだまだ、課題の残る戦いだったけどね。

 先生が見たら何て言うかなあ?」

 

「まっ、良いんじゃないかな。

 これはタダのタンク道じゃない、私たちだけのタンク道なんだからさ!」

 

「ミカさんの言う通りですね。

 今の私たちは、形はどうあれ目立つ事が大事ですから」

 

「うーん、やっぱトモちゃんはたまに黒いなあ」

 

 和気藹々と雑談を重ねながら、はま高の面々もまたバトルフィールドを後にする。

 少女たちは初めての公式戦に興奮し、また掴み取った初勝利を胸に安堵しきっていた。

 

 

 ……だが、

 

 

「うん?」

 

 舞台中央から、観客席へと戻る長い廊下。

 足元に伸びて来る影を認め、ふとミカの、そして一同の足が止まった。

 

 顔を上げた廊下の出口には、逆行を浴びてそそり立つ乙女の影。

 

 170近い長身に、上等なワインレッドのブレザーが鮮やかに映え。

 柔らかな螺旋を描く豊かな赤髪が、空調の流れにほのかに揺れる。

 

 ただそこに在るだけで、ありふれた日常を物語の一部へと変えてしまう佇まい。

 ふわり。

 いつかの甘い金木犀が、ミカの鼻孔を仄かにくすぐる。

 

「アゲハ……、リュウザキ・アゲハさん……?」

 

 自然、ミカの口から導かれるようにその名が零れた。

 

 リュウザキ・アゲハ。

 茨城県下のガンプラ情勢を単騎で変えるとまで噂される『マダム・バタフライ』

 その強い眼光が、相対するミカを真っ直ぐに捉えていた。

 

 

 

 

 


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