タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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ジム道、始めます

 

 

「はっ、はっ、はっ、は……」

 

 一台の自転車が、早朝の長距離トラックの脇を競り合うように駆けていた。

 10,800円のシティサイクルを揺らす、時代外れの黒のセーラー服。

 やや歪んだ網カゴには、学生鞄代わりに男物のリュックサックが収まっている。

 

 やがて国道は長い勾配へと差し掛かり、自転車のスピードにも陰りが見え始める。

 周りには、少女の他に人影は無い。

 今日が休日である事を除いたとしても、この先数百メートルはきつい斜面が続く。

 この激坂が普通一般の通学生にとって踏破困難な関門である事を、近隣に住む生徒たちはよく理解しているのだ。

 

「うぬぬぬ……、ぬぅっぅおおおおおお」

 

 しかし、それでも今日の彼女は止まらない。

 体重を込めてペダルを踏み締め、チェーンを軋ませながら果敢に前に出る。

 回す、回す、もっと回転数(ケイデンス)を上げろ!

 必死に歯を喰いしばる少女の視線、ようやく終点の見えた頂上の先に、少しずつ水平線がせり上がって行く。

 

「やぁっるぞオォ―――――っ!!」

 

 とびっきりのオーシャンブルー目がけ、マユヅキ・ミカが高らかに咆哮を上げた。

 今日もまた、少女の新たな一日が始まろうとしていた。

 出がけに兄に結ってもらった亜麻色の三つ編みが、潮風に乗ってバタバタと揺れる。

 スカートの裾が翻るのも気に留めず、なだらかな海岸線を一直線に駆け下りる。

 

「と」

 

 普段なら集合住宅へと下りる交差点で左に折れ、名残惜しげに海岸線へと別れを告げる。

 そのまま住宅街へと分け入り、網の目のように入り組んだ狭い路地を、勝手知ったるドラ猫のように気ままに進む。

 

 その内に、ふっ、と視界が広がり、駅前商店街の通りへ合流する。

 いつだったか、友人のヒルドルブとタッグを組んで、兄のガンプラに挑んだイベント広場。

 シャッターの下りた明朝のアーケード街は、あの日の興奮をどこかに置き忘れたかのように閑散としていた。

 

「やあミカさん、今日でしたか?」

 

 商店街の片隅で、ショーケースを磨く超級堂の好々爺に声をかけられた。

 

「ふふ、大洗町にタンク道ありと見せつけてきてやって下さいよ。

 そうしてくれれば、ウチの商売も助かります」

 

「まっかしといて!

 うまい事いったらさ、お兄ちゃんのお給料ヨロシク」

 

 あっけらかんと軽口を返し、一息にペダルを踏み込む。

 アーケードを抜け、ロータリーを超えれば、そこにはいつもの仲間たちが待っている。

 

「おーい! おっはよーっ」

 

 ぶんぶんと片手を振るうミカの姿に、振り向く三バカの口元にも笑みが浮かぶ。

 

「よぉ、来たかミカ」

 

「ミカ大尉、こんな日でもいつものチャリでありますか!」

 

「朝っぱらミカはすげえよ」

 

 キィ! と急ブレーキを軋ませ車体を止め、キョロキョロとミカが周囲を窺う。

 

「ん? 三バカだけ? ヒロちゃんトモちゃんは?」

 

「集合時間にはまだまだ早いからな。

 まっ、その内くるだろ?」

 

 そう答えた所で、ふとヨロズヤ・ギンガの視線が買い物カゴの中のリュックサックへと移った。

 

「おいミカ、なんだこの大荷物?

 今日、ガンプラ以外に必要な物なんかあったっけ?」

 

「へっへっへ、よくぞ聞いてくれました!」

 

 得意げに鼻の頭を擦り、もぞもぞとリュックのファスナーを開ける。

「あっ」と三人が驚く間もなく、鮮やかなスカイブルーの衣が大洗の空へと踊る。

 淡い水色にだんだらの白が入ったツートンカラーの小袖。

 そして自慢げに見せた背中にはためく『鮮』の一文字――。

 

「この出で立ち……。

 その羽織は、ま、まさか新撰組ッ!?」

 

「い、いや、違う! これは新鮮……、『新鮮組』ッッ

 鮮度の御用改め! 大洗駅前スーパー新鮮組!!

 ダジャレ満点の鮮魚コーナーでよく見かける、売り子用の半纏であります!」

 

「どう言う事なんだミカ!?

 てんで意味が分からんぞ!」

 

 いかにもお約束通りのオーバーリアクションを見せる三バカに対し、流石のミカもちらりと照れ笑いを見せる。

 

「いやあ、ほら、この間の練習試合の時さ。

 砲弾学園の娘たちのユニフォーム姿、すっごいカッコ良かったからさあ。

 お兄ちゃんに頼んで、良さげな衣装を借りてきてもらったんだ」

 

「良さげ……って、そ、そいつで試合に出るつもりなのか!?

 タンク道関係ねえッ!?」

 

「やっぱミカはすげえよ」

 

「大尉! 大変であります。

『スーパーマーケット 新鮮組』でググッたら、25,400件もヒットしたのであります!」

 

「みんな、おはよ……、あ」

 

 と、ここで折悪く到着したコバヤシ・ヒロミもまた、カオスな状況を前に凍り付いた。

 

「あ、ヒロちゃんおはよう」

 

「…………」

 

 ミカから挨拶をかけられるも、ヒロミは咄嗟に反応できない。

 ただぱちくりと両目を瞬かせ、目の前の少女の侍装束をまじまじと見つめていた。

 

「やあコバヤシさん、見てくれよこの格好。

 ミカのヤツ、この半纏着て試合に出るって言うんだぜ?」

 

「へへ、カッコいいっしょ?」

 

「…………」

 

「……ヒロちゃん?」

 

「あ! ううん、何でもないの」

 

 怪訝なミカの声に、我に返ったヒロミがぶんぶんと首を振るう。

 そうして改めてミカの姿を見つめなおして、苦笑交じりに口を開いた。

 

「……うん、良いんじゃないかな?

 何て言うか、ミカには良く似合ってると思うよ」

 

「ホント! 良かったァ~」

 

「うぇっ!? マ、マジかよ」

 

「あのバランスの良いコバヤシ選手がッ」

 

「これから我々タンク道部は、一体何を信じていけば良いのでありますか?」

 

 思いもよらぬヒロミの言葉が、いよいよチームに混迷をもたらしていく。

 まさにその時、最後の待ち人が黒塗りのリムジンで現場へと到着した。

 

「皆さま、お早うございます」

 

「あ、おはよトモちゃ……、わああぁあぁぁ――――ッ!?」

 

「な、なんじゃあそりゃああぁあぁぁ!?」

 

 リムジンの後部より、しゃなりしゃなりと降り立つ大和撫子の姿に、たちまち一同は驚愕した。

 薄桃色の矢絣の小袖に、伝統的な明るい海老茶色の袴。

 足元はクラシックな茶色のブーツ、長い髪を束ねる大きな橙のリボン。

 右手には小さなトランクケース、左手にはシックな純白の日傘。

 実に()()()()な出で立ちであった。

 まるでどこぞの大正浪漫からでも飛び出して来たかのような、素敵なはいからさんであった。

 

「ト、トモエさ、その姿は一体……?」

 

「はい、この間の砲弾学園の皆さんの衣装がたいへん素敵でしたので、

 お父様に相談してみた所、これを、と」

 

「さ、さすがはタンクに恋する乙女……」

 

「あの、ところで……。

 ヒロミさんは、なんで体操着姿なんですか?」

 

「え? いや、だって部活動だし……。

 ゴメン、二人がそこまで本気だなんて思ってなかった」

 

「ええい! とにかくこれで全員が揃ったぞ!」

 

 萎えかけたアホ毛を気力で奮い立たせ、部長のギンガが高らかと叫ぶ。

 

「タンク道発足より一か月。

 いよいよ我々にとって試練の舞台であるガンプラバトル選手権がやって来た。

 研修出張中のデコちゃん先生に良い報告を届けられるよう、今日は気合を入れて行くぞ!」

 

「うむ、今となっては先生がこの場にいない事が幸いだったな」

 

「ところで、今日の茨城予選はどちらで開催するんでしたでしょうか?」

 

「つくばガンプラセンターだよ、私も行くのは初めてだけど」

 

「学術都市もプラフスキーを研究テーマにするご時世か。

 良い時代になったもんだ」

 

「ようし、それっじゃ今日は、県予選初出場初勝利を目指して~」

 

 ふん、と鼻息も荒くミカが口火を切った。

 居合わせた少女たちが、互いににっ、と笑って頷き合う。

 

「はま高タンク道部、パンツァー、フォーだッ!」

 

 

「「「「 おおーっ! 」」」」

 

 

 ミカの号令に合わせ、一同が高らかと片手を上げた。

 初の公式戦を直前に控え、少女たちのボルテージもいよいよ最高潮に達しようとしていた。

 

 

「って、なんで? なんでミカが音頭取るんだよぉ~!?

 それ小生が! 小生が! 小生がやりたかったのにッ!!」

 

「あ、ごみんごみん、つい勢いで。

 どうする? もっぺんやり直そっか?」

 

「大尉、電車の時間であります!

 そんな茶番をやっている余裕は無いのであります!!」

 

「うおおおおん」

 

「ほれ、泣くなよギンちゃん、アメちゃんやるからさ……」

 

 

 かくて、第十三回ガンプラバトル選手権、茨城予選の幕が開けた。

 開会式を終え、いまだ興奮冷めやらぬ場内を、はま高のお上りさん一行が物珍し気に練り歩く。

 

「いっや~、凄かったねー、さっきの夢街高。

 結局どこから選手宣誓してたのか、あたし、最後まで分かんなかったよ」

 

「はい、やっぱり現役の忍びの方は違いますねえ」

 

 すっかり感嘆しきった表情のミカの隣で、神妙な顔付きのトモエがこくこくと頷く。

 お祭り気分となった会場内を、物珍し気にキョロキョロとギンガが見渡す。

 

「しっかし、各校のレイy、もとい選手たちも気合入ってんな~。

 こうして見ると、ミカもトモエさんも完全に背景と同化してるわ」

 

「ガンプラバトル選手権は、競技である以前にガンダムファンの祭典だから。

 みんな、自分たちのガンプラに賭ける想いをめいめいに表現しようとしてるんですね」

 

「西東京予選の時の生中継も凄かったでありますからね、水泳部の皆さんとか」

 

「実際問題、マジメに学校指定のジャージ着て来たコバヤシさんが一番目立ってるわ」

 

「ええ……?」

 

 思いもよらぬ感想を受け、生真面目なヒロミがガクリとうなだれる。

 さりとて今さら着替えに戻るわけにもいかない。

 

『――これよりAブロック一回戦、第一試合、第二試合を開始いたします』

 

 ざわり、

 館内に響くアナウンスを受け、会場に緊迫した空気が走る。

 

「あたしたちの試合って、何時くらいから?」

 

「Bブロックの一発目だから、昼休憩明けだな。

 午前中は観戦に集中だな」

 

「ようし、行け二等兵! VIP席の確保だ!」

 

「了解であります!」 

 

「あっと、みんな待ってよ」

 

 せわしなく駆け出した三バカの後を、慌ててミカが追いかける。

 瞬間、ドン、とすれ違いざまに何者かと肩がぶつかった。

 

「おわっちょ! ご、ごめんない急いでたもんで」

 

「いや、こ、こっちこそスイマセン」

 

 振り向きざまに両者がペコペコと頭を下げ合う。

 一瞬、はっ、と視線が交錯したが、すぐに二人とも我に返って、それぞれの仲間の後を追う。

 

「いっや~、ビックリしたなあもぉ~」

 

「ミカ、何かあったの?」

 

「向こうにさ、すっごい気合いの入った連邦兵がいたんだ、パイロットスーツの」

 

「連邦兵?

 それってもしかしたら、初戦の私たちの相手かも……」

 

 ミカの言葉を受け、ヒロミが手元のプログラムをパラパラとめくる。

 

「Bブロック一回戦第一試合。

 対戦相手は水戸稜三工業高校生産課……。

 所謂『ジム道部』の人たちですね」

 

「ジム道、ですか?

 はて、ジム道とは一体、何なのでしょうか?」

 

「ウチのタンク道のパクリ?」

 

「それは違うよ、ミカ。

 ジム道はガンプラバトル黎明期に成立した由緒あるサークルだから。

 ど、どっちかって言うと、タンク道の方がパクリなの、かも……」

 

 きょとんと首を傾げるミカとトモエに対し、ヒロミが困ったように片手を振るう。

 

「ジム道って言うのは平たく言うと、ジムをジムらしく動かす事を愛する人たちの集まり、かな。

 どれだけスタンダードなジムを作れるか競い合ったり、リーオー道の人たちと交流戦したり。

 具体的な活動はサークルによって色々、って感じなんだけど……?」

 

「はあ、なんだか、分かったような、分からないような」

 

「んで、そのジム道って強いの?」

 

「うーん。

 ジム道は母体が大き過ぎるから、サークルの趣旨によってまちまちなんだよ。

 ガンプラバトルの強みを活かして、ガンダムを超えるカスタムジムを作る集団もいるけど。

 一方で原作のやられ役としての『弱さ』にこだわるチームもかなりあるし。

 ジェガンやネモの扱いとか、OVAお断りとか、ジム道とは名ばかりの伝説巨神研究会とか、

 その方向性はチームによって様々で……」

 

「む、むむむ……?」

 

「特に稜三高キャプテンのタジマ選手は、

『運悪くエースと遭遇し決死の奮闘を見せるも格の違いを見せつけられる一般兵』

 の演技に定評のある、現役の役者なんだよ。

 昨年のガンプラ・ミュージカルでの寒ジムの勇姿、感動したなあ」

 

「まあ、それは凄い世界があるんですねえ」

 

 ガンプラ・ザ・ワールドの深淵さに、今更ながら三人が感嘆する。

 だがヒロミの知る情報は結局、稜三高の実力に繋がる物では無かった。

 

「ま、今更くよくよ考えても仕方ないか。

 とにかく早く三バカ探さないと」

 

「そうだね、私たちは自分に出来る事をやるだけだから」

 

「はい、今日は頑張りましょう」

 

 互いに一つ頷き合って、気持を切りかえる。

 少女たちの戦いの時が間近に迫ろうとしていた。

 

 

 

 一方、その頃。

 先ほどミカと激突した噂の連邦兵、稜三高キャプテン・タジマ少年もまた、折よく仲間と合流した所であった。

 

「いっや~、ビックリしたなあもぉ~」

 

「どうしたタジマ、何かあったか?」

 

 ほう、と一つ溜息を吐いたタジマの姿に、傍らの同僚が問いかける。

 

「いやさヤザワ、向こうに魚屋の娘がいたんだよ、まるで意味が分からねえ……」

 

「魚屋だァ?

 おいおい、寝ぼけてんのかリーダーさんよォ。

 戦場にキャンサーでも届けてくれるってかァ?」

 

 ヤザワ、と呼ばれた傍らの同僚が、嘲るようにご自慢のリーゼントを撫で上げる。

 IGLOOにありがちなガラの悪い連邦兵ロールのためだけに、小学生の頃から前髪を伸ばし続けている男である。

 

 と、それまで二人の話に耳を傾けていたササハラが、逞しい右手で坊主頭撫でて一つ呻いた。 

 

「ムゥ、魚屋とは面妖な……。

 いや、或いは大津水産工業の応援団やも知れぬ」

 

「大津水産工業!?」

「知っているのかライデン!?」

 

「うむ。

 大津水産の『兄弟船』と言えば、茨城県下では随一のジオン水泳部よ。

 尤も当校は男子校の筈だから、うぬの言う少女が選手とも思えぬが」

 

 にわかに色めき立つ同僚たちに対し、坊主頭のササハラが訥々と語る。

 地元の寺の跡取りにして学業優秀。

 187cm 105kgと言う恵まれた体格を持つ少林寺拳法有段者、と絵に描いたような文武両道の男なのだが、最近ではその博識が仇となり、周囲からは『ライデン』と言う、およそ連邦兵らしからぬ渾名で呼ばれていた。

 

 ふむ、とタジマが一つ頷き、手元のプログラムをパラパラとめくる。

 

「大津水産か、ウチが当たるとしたら二回戦だな。

 ジオン水泳部って言えば、俺たちジム道にとっては天敵だな」

 

「左様、だが差し当たって、我々は当面の敵に集中すべきであろう?」

 

「おいおいおい、ぽっと出の新参校に何が出来るって言うんだよ?

 何だァ、タンク道ってのは、俺らのパクリか?」

 

 飄々と鼻で笑うリーゼントに対し、ギョロリ、と坊主頭が片目を剥く。

 

「ゆめゆめ油断召されるな。

 大洗はまぐり高校と言えば、第四回ガンプラバトル選手権に於いて東日本大会を制した古豪ぞ」

 

「第四回ガンプラバトル選手権!?」

「知っているのかライデン!?」

 

「うむ。

 かつてガンプラバトルがPPSE社主導であった頃。

 曖昧なルールの陥穽を縫って勝ち星を上げる乙女のチームが大洗にあった。

 機体の性能に頼らず、操縦者の技量と奇策奇襲の限りを尽くして時代に抗う猛者。

 大洗とタンク道の名は、今でも熱心なタンク乗りたちの間では語り草よ」

 

「奇策奇襲、ねえ。

 確かにそいつは面倒そうじゃねえか」

 

「フフ、ライデン、お前が味方で本当に良かったぜ」

 

 互いに一つ頷き合って、気持を切りかえる。

 名も無き連邦兵の戦いの時が間近に迫ろうとしていた。

 

 

『――これよりBブロック一回戦、第一試合、第二試合を開始いたします。

 選手の皆さんは試合場に集合して下さい』

 

 一時間の昼休憩を挟み、会場に戦いの時間を告げるアナウンスが鳴り響く。

 たちまちそこかしこで選手たちの気勢が上がり、緊張した空気が戻ってくる。

 

「ようし! 今度こそ行くぞッ!

 はま高タンク道部、公式戦初勝利を目指し、パンツァー・フォーだッ!!」

 

「オオ!」

 

 タンク道部部長、ヨロズヤ・ギンガの号令に応じ、期待のルーキー、大洗はまぐり高校が観客たちの前に姿を見せる。

 

「うう、や、やっぱり緊張するな、私だけジャージだし……」

 

「いつも通り楽しくやろうよ、タンク道部なんだからさ」

 

「そうですねえ、気負ってばかりいては、本来の実力は発揮出来ませんから」

 

「あ、御大将、自分たちはここで応援でありますよ?」

 

「わかっとる、わかっとるワイ二等兵!

 もうちょっとだけ主将気分させてくれよッ!」 

 

「フフ、ミカよ、勝利の栄光を君に」

 

「それダメなやつじゃ無かったっけ?」

 

 三バカの激励を一身に受け、ミカ、ヒロミ、トモエがバトルシステムの前へと歩み出る。

 会場の中央、折よく向い側から出て来たパイロットスーツ姿の選手たちと視線を交わす。

 

「あ、さっきの連邦の人」

「あれ? さっきの魚屋の娘」

 

 思いもよらぬ邂逅に、算を乱した稜三の面々がおもむろに円陣を組み直す。

 

「お、おい、どうなってやがんだ?

 なんで魚屋がタンク乗りなんてやってんだよ!」

 

「って言うか、よくよく見たら周りの面子も尋常じゃないぞ。

 特に左端の子、あのメンバーの中でなんで一人だけジャージなんだ?」

 

「いや……、成程、つまりはこれが現代のタンク道と言う事か……」

 

 

「「 知っているのかライデン!? 」」

 

 

 思わず大声を上げてしまった二人に対し、参謀役の坊主頭が静かに頷く。

 

「うむ、あの魚屋の娘が手にしている機体を見られい」

 

「あれは……、ラゴゥ、ラゴゥじゃないか!?

 魚屋はあんな機体をタンクと言い張るつもりなのか?」

 

「いかにも、ラゴゥとは即ち、砂漠の虎。

 そして大洗で肴と言えば鮟鱇鍋。

 大洗、(ティーガー)、あんこうチーム……、それらの符号が意味する所は、ただ一つ」

 

 

「「 ガールズ&パンツァー!? 」」

 

 

 再び大声を上げてしまった二人に対し、アニメにも造詣の深い生臭坊主が静かに頷く。

 

「然り。

 現在の大洗周辺は、時ならぬガルパンブームで大いに盛り上がっていると聞く。

 彼女たちは大洗女子学園の奇跡を意図的になぞる事により、

 会場を味方につけ、その勢いに乗じようとしているのだ」

 

「な、なるほど、確かに理にかなってやがるぜ……」

 

「良く気が付いたな、ライデン。

 忙しい写経の合間を縫って、立川まで爆音上映を三回も見に行っただけの事はある」

 

「だが、恐ろしいのはここからよ。

 みぽりんの西住流最大の武器は、仲間同士の結束と、思いもよらぬ大胆な発想。

 魚屋の娘が西住流リスペクトと言うのであれば、これは厳しい戦いになるぞ」

 

「いや、ちょっと待てライデン。

 ティーガーって主に黒森峰の車両じゃ無かったっけか?」

 

「おそらくはポルシェティーガーリスペクト!

 あの少女、自動車部並みのドリフト戦法を仕掛けてくる可能性・大である」

 

「そ、そうか、さすがに詳しいな……」

 

 ちらちらと、まるで恐ろしいものでも見るかのような視線が、容赦なく少女たちに注がれる。

 戦々恐々とするジム道の男に対し、タンク道の女は、困ったように互いの顔を見合わせた。

 

「う~ん、なんかおかしな誤解されちゃってるみたいだなあ」

 

「そりゃあそうなるよ、こんな恰好じゃあ」

 

「宜しいのではないでしょうか?

 向こうの皆さんの思い込みが大きいほど、私たちにとっては有利に働きますから」

 

「トモちゃんてば時々黒いなあ」

 

「まあ、それは良いんだけどさ、ちょっとアレを見て」

 

 ヒロミの促され二人が敵陣営に並ぶ機体に視線を向ける。

 ジムストライカー、ジムスナイパーⅡ、ジムキャノンⅡ。

 各々のベースの上には、如何にもジム道の追及者らしい、地味な色合いの、それでいて細部のディティールまで丹念に拘った機体がずらりと顔を並べていた。

 

「なんか……、なんていうか、カッコいい?

 うう~、イメージと違うよォ~」

 

「ジムさんってもっとこう、柔らかそうな顔してませんでしたか?」

 

「そうだね、アレは本編のやられ役としてのジムじゃない。

 OVAやその後の商品展開で登場した、ベテランパイロット向けの『ガチな方のジム』だよ」

 

「ガチな方のジム!」

 

「稜三高の人たち、勝ちに来てるね」

 

 

「ケッ! 何が西住流だ!?

 そんなコケ脅しに乗せられてたまるかっつーの!」

 

 と、その時、不意に嘲笑が沸いた。

 いかにもガラの悪そうな虚勢を張って、気合いの入ったリーゼントが、ズンズンズンと三人の許に近づいてくる。

 

「へっ、わざわざ大洗くんだりからご苦労なこったなァ!

 連邦にジオンにザフトとは、ニッチはチームを組むのも一苦労ってか?」

 

「ハン! そっちこそ連邦だのジオンだの、ケツの穴の小さい男だねぇ!

 原理主義者(フラットランダー)は地べたを這い付くばってりゃ良いんだよ」

 

 突如ヒロミがキレた!

 売り言葉に買い言葉、温厚な文学少女(偽)の変貌に、ぎょっ、と二人が目を丸くする。

 

(ちょ、ヒ、ヒロちゃん、他校生ともめ事はマズイよ~!?)

 

(女の子がそんな言葉を使ってはいけませんよ?)

 

(あ、ううん、違うの。

 これは過激な連邦兵ロールに対する挨拶みたいなもので、ジム道のお約束って言うか)

 

「へ、へへ、タンク風情がほざきやがって、望み通りに踏み潰してやんぜ……」

 

「あ、ホントだ、めっちゃ嬉しそう」

 

「理解者がいるって素敵ですねえ」

 

 挨拶は終わった。

 気持ちしなやかになったリーゼントが、すごすごと自陣営に戻る。

 

「お、おい、やべえぞタジマ。

 あの娘たち、ジム道を知り尽くしてやがる」

 

「嬉しそうだな、ヤザワ」

 

「はまぐり高校、やはり油断ならぬ」

 

 

『只今よりBブロック一回戦。

 水戸稜三高校 対 大洗高校タンク道部の試合を開始いたします』

 

 そして時は満ち、試合開始を告げるアナウンスが鳴り渡った。

 照明が一段落ち、ノイズの途切れた会場に緊張感が溢れだす。

 

「お姉さま」

 

 ゴンドラ席の最上段、観戦に臨むリュウザキ・アゲハに、傍らのマスノが小洒落たオペラグラスをそっと手渡した。

 その隣のカシマ・エイコが、たちまちにやりと意地悪な笑みを浮かべる。

 

「あらあら、もしかして噂のはま高さんたちの出番なのかしら?

 今更にタンク乗りなど、恥を掻きに来たようなものではないかしら」

 

「ふふ、コバヤシさんも向こうではお友達に恵まれたようで何よりですの」

 

「カシマさんもマスノさんも、少し浮かれ過ぎですわよ。

 私たちの出番はこの後――!」

 

 同輩たちを窘めるアゲハの言葉が、不意に止まった。

 手持ち棒を握る白磁のような指先が、思わずピクン、と跳ねる。

 

「まさか」

 

 覗き込んだオペラグラスは、かつて姉と噂し合った少女の姿を映していた。

 柔らかな亜麻色の二つ編み。

 およそタンクらしからぬ鋼鉄の虎。

 そして小さな背中が負った、水色と白のだんだらの羽織――。

 

「馬鹿な……、ヒロミさん、貴方は……」

 

 言葉にならない呟きが、乙女の紅い口元からこぼれ落ちる。

 常ならぬ少女の動揺を前に、カシマとマスノが顔を見合わせる。

 

「お姉さま、どうなされたのかしら?」

「ヒロミさんの格好は、私も無いと思いますの」

 

 

 

『――Please set your Gunpla』

 

 暗闇の中、青白き燐光がテーブルの上で奇妙な輝きを放つ。

 光の粒はやがて集合し、大地となり、海となり空となり建物となり、一つの世界を作り始める。

 

 ふう、と一つ深呼吸して、手にした相棒をベースへと据える。

 青白き光の粒がゆっくりと機体を透過して、タンクの瞳に力強い輝きを灯し始める。

 

「コバヤシ・ヒロミ、砲戦支援型ガンタンク、発信します」

 

「ヒルドルブさん、出撃ですね」

 

 やや緊張混じりのヒロミの声に、どこまでものんびりとしたトモエの声。

 

「タイガーアイ! やぁっるぞオォ―――――っ!!」

 

 輩たちの通信を受け、マユヅキ・ミカは一際力強く叫んだ。

 

 刹那、世界が開いた、戦いのゴングが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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