タンク道、始めます   作:いぶりがっこ

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頭文字道、始めます

 仮初のウィンブルドンが、満員の大歓声に震えていた。

 

 両コートに選手が構え、一転、歓声が止む。

 痛いくらいの静寂の中、ガンダムマックスターの掌から高らかとボールと跳ね上がり、そして撃ち放たれる。

 

 バゴン!

 

 テニスにあるまじき爆音がコートを震わせた。

 こと格闘戦に特化したMFの中でも、運動性、パワー、瞬発力を高い次元で兼ね備えたガンダム界のアスリート。

 鋼鉄の筋肉が連動し、振り被るラケットに驚異的なインパクトを生じさせる。

 競技用のボールが弾丸となり、更には一条の光線と化してネットを超える。

 

 バウンドと同時にグラスが抉れ、焦げ着くような匂いが鼻を突く。

 下手に触れればガットを突き破り、ラケットはおろか右腕諸共に持っていかれかねないほどの、強烈なパワーショット。

 対し、向かい合うビギナ・ギナがふわりと動いた。

 唸りを上げるサーブに対し、斜め上方から撫でつけるように柔らかくラケットと振るう。

 

 ふっ、と手品のようにボールが浮き上がった。

 緩やかなスピンのかかったリターンはふらふらとネットを飛び越え、相手側のコートへ落ちる。

 たちまちマックスターが疾走し、バックハンドで逆方向にボールを振る。

 その軌道を読み切っていたかのように、すでにビギナ・ギナは中央へと詰めていた。

 

 ボールがまるでラケットに吸い込まれていくかのような会心のボレー。

 コート奥、狙い澄ましたスナイパーの弾道に、尚もマックスターの機動力が喰らい付いく。

 振り向きざまバックハンド、それを強欲なスマッシュ、辛うじて横っ跳び、凌ぐ、えげつないスライス、ボレー、ロブ、対しドライブ。

 

 手に汗を握るようなラリーが続く。

 共に運動性に自信を持つハイスタンダードな機体同士。

 多彩な技巧でMFのパワーを封じるビギナ・ギナの柔。

 対し、驚異的な運動神経で凌ぐマックスターの剛。

 対照的な両者の打ち合い、その均衡が、やがて少しずつ傾き始める。

 ラリーの中で、マックスターの動きが徐々に緩やかになって行く。

 アグレッシヴなマックスターの強打を前に、ビギナ・ギナの返しが甘くなっているのだ。

 

 マックスターが距離を詰め、強烈なスピンをボールに加える。

 直後、あっ、と試合が動いた。

 ビギナ・ギナのフォア、裏をかく筈のロブを制御しきれていない。

 ボールが高らかと上空に打ち上がり、長い滞空時間を生み出してしまう。

 

 迷わずマックスターが跳んだ。

 赤、青を基調とする装甲が金色に染まり、打ち下ろすラケットが閃光の軌道を描く。

 刹那、ボールが爆裂した!

 強烈な打撃音が重なり、唸り狂うボールが()()、ビギナ・ギナのコートへと迫る。

 

 豪熱マシンガンパンチ。

 ビギナ・ギナの乗り手は即座に理解した。

 インパクトの瞬間、マックスターのラケットは恐るべき速度で五往復していたのだ。

 本物のボールは一つ、残りは贋作の気弾。

 だが凄まじいばかりの球速、真贋を見極める猶予は無い。

 

「……!」

 

 ――カコン!

 

 乾いた打撃音が五つ、同時にコートに響き渡った。

 ようやく地上に降りたマックスターの両脇を、次々に光弾が擦り抜けていく。

 打ち込んだ五つのボール、その悉くが違わず弾き返されていた。

 ゆらり、朧げに揺らめいたビギナ・ギナのシルエットが、ほどなく元の孤影へと還る。

 

 

『―― Game set, Match won by Ageha Ryuzaki 』

 

 

 機械的なアナウンスと同時に再び歓声が沸き返り、その内徐々にフェードアウトしていく。

 万人の観衆が、そしてプログラムのマックスター選手がたちまち解け、仮初のウィンブルドンが薄闇に包まれた室内へと戻る。

 

「ふう」

 

 真紅の縦ロールを撫でつけて、そこでリュウザキ・アゲハはようやく一息吐いた。

 ガラス扉を押し開いてテラスに降り立ち、纏わりつく熱狂の残滓を振り払う。

 令嬢の悪戯心を見守るかのように、柔らかな月光が乙女の頬を白く染める。

 

「ふふん、また随分と懐かしいゲームをやってるじゃあないか?」

 

 不意に部屋の入口から、威勢の良い声がテラスにまで届いて来た。

 悠々とバトルシステムの袂に進む、アゲハと同じ色合いの、赤い髪の女性の影。

 お嬢様らしいゆったりとしたウェーブのアゲハに対し、すっきりと切り上げたショートカット。

 シックな室内には不釣り合いなラフなジーンズ姿が、逆に乙女の自然体を印象付ける。

 

「ツルギお姉さま、いつ東京からお戻りに?」

 

「たった今さ。

 あまりにもタイミングが良かったもんだから、私への当て付けかと思っちまったよ」

 

 ニヤリ、とショートカットのツルギが意地悪な笑みを向ける。

 室内に戻ったアゲハは、少し困ったように微笑して肩を竦めた。

 

 先刻までアゲハが興じていたガンプラテニスは、単なるゲームというワケではない。

 選手権がPPSE社の主催であった時代には、時折試合の題目にもなる競技であった。

 

 遡ること十年前。

 当時のガンプラバトル選手権は、ヤジマ商事の運営する現在ほどに競技として成熟しておらず、知力、体力、時の運をも求められる、半ば不平等な『興業』であった。

 主催者の気紛れによってプログラムが変わり、連日、思いもよらぬ好珍プレーが続出する。

 十年前に世界大会出場を果たしたツルギ達はま高模型部もまた、第二ピリオドのテニプラ・ロワイヤルにおいて、相対したジ・O選手の隠し腕ツイストサーブを前に無念の涙を呑んだのであった。

 

 曖昧なルールに変則的な大会進行。

 そう言った杜撰な運営体制に対しては、当時から批判も多く、また、主催者の都合によって有利なカードを作り出せるなど、現実的に看過できない問題を多く孕んでいた。

 一方、当時のPPSE社代表のマシタが図抜けたプロモーターであったのもまた、事実である。

 

 アリスタ暴走事件を経て興行権がヤジマ商事へと移った現在、ガンプラバトル審判員たちの懸命な活動もあり、ガンプラバトルは公正なるスポーツへと生まれ変わった。

 選手たちにとっては恵まれた時代が訪れた一方で、当時の鷹揚さを懐かしむ声もまた、決して少なくはないのだった。

 

「最後のアレ、質量を持った残像……、だよな?」

 

 ぽつり、と何の気なしにツルギが尋ねた。

 向かい合う姉妹の瞳に、わずかに真剣な色が宿る。

 

「ったく、我が妹ながら素直じゃないねえ。

 バイオセンサーを搭載してないハズのギナに、わざわざ()()をやらせんのかよ」

 

「兵は詭道なり、ですわね。

 隠し腕の存在を相手に読まれてしまっては、ジョーカーの意味がありませんもの」

 

「また私への当て擦りか!」

 

 悪戯っぽく笑う妹に対し、ふくれっ面の姉がしきりに抗議する。

 が、それにも飽きたか、その内にツルギはちろりと舌なめずりして不敵に嘯いた。

 

「ま、アマチュアにもここまでやれるほどに、現在の粒子研究は進んだって事なのかねえ?

 へへ、相手にとって不足無しだな」

 

「……西東京予選、やはり出場させるおつもりですのね」

 

 ふっ、と声のトーンを落として嘆息するアゲハ対し、今度はツルギが肩を竦める。

 昨年の末より、ツルギは誼のあった砲弾学園からの依頼でタンク道のコーチを務めている。

 タンク道の将来に懐疑的なアゲハにとっては、前々からそれが不満だったのである。

 

「今さらになってタンク道などと……。

 お姉さまは学園の売名行為に、良いように利用されているだけでは無くて?」

 

「私はタンクが好きだ」

 

 怪訝なアゲハの口調に対し、ツルギはなんの衒いも無く、真正面からそう言い切った。

 

「タンクを動かすのが好きで好きで堪らない。

 同じ趣味を持った同輩たちと、一人でも多く同じ時間を共有しあえたら、そう思ってる。

 そのためには手段も場所も形も問わない。

 くだらない見栄もプライドも、とっくの昔に捨てちまっているよ」

 

「…………」

 

「こんな時世になってもさ。

 まだ私らの活躍を憶えてくれてる人がいて、日陰のタンク乗りに居場所を用意してくれている。

 ありがたい話さ、タンク冥利に尽きるってもんだ」

 

「お姉さまは知らないのよ。

 今日の学生選手権と言う世界が、どれほどの進化を遂げた事か。

 今さらタンクなど、生き恥を重ねるだけです」

 

「おーおーおー、言うねえ言うねえ!

 へっへ、吐いた唾飲む事にならなきゃいいけどな」

 

「……どう言う意味ですの?」

 

 にへら、と意地悪な笑いを作る姉の顔に、アゲハが訝しげに瞳を向ける。

 

「デコの奴がさ、ほれ、はま高で教師やってただろ?

 アイツ今、バトル部の顧問してるって知ってたかい?」

 

「大洗はまぐり高校……?

 そう、確か、コバヤシさんが通っていましたわよね?」

 

「そ、そのコバちゃんな、この間、ウチに来てたよ。

 デコの方も久方ぶりにタンク乗りのツラしてやがった。

 タンク道、かなり本腰入れてやるつもりみたいだな」

 

「そう、茨城県下からもタンク道が……」

 

 ツルギの言葉を反芻するように、アゲハはしばし、灯の落ちたバトルシステムを見つめていたが、その内に顔を上げ、気持ち真剣な瞳を姉へと向けた。

 

「見込みはありそうですの?

 お姉さまの目から見て」

 

「どうだかね?

 今のトコはそこいらの素人集団同然なんだが……。

 へへ、何が鷹に化けるか分からないのがガンプラバトルの醍醐味ってもんだ」

 

 へ、と一つ含み笑いをこぼし、まんざらでも無さげにツルギが両腕を組み直す。

 

「それにさ、少しばかし面白そうな子もいたよ。

 頭の方はちょいと軽そうだったが、履帯を回すのは妙に上手かったねえ。

 ハートも方もタフそうで、私好みのガキんちょだったぜ」

 

「その言い草、操縦士ですの?」

 

「将来的にはそうなる可能性もあるかもね。

 なだまだ粗削りな原石みたいなもんだが、あの土壇場の判断力とクソ度胸。

 ありゃあ、まるで――」

 

 しみじみと、我が事のように嬉しそうにツルギが語る。

 そんな姉の表情を見つめるアゲハの脳裏にも、不意に一人の少女の姿が閃いた。

 

「「――まるで『地虫の嵐(ハリケーン・クローラー)』」」

 

「お?」

「あら?」

 

 二人の台詞がピタリと重なった。

 ツルギがきょとんと瞳を丸くして、妹の顔をまじまじと見つめ直す。

 

「なんだよ、知り合いだったのかい?

 まったく、良い性格してるよ、あんたは」

 

「いえ、知り合いと呼べるほどの相手ではありませんけれど……」

 

「けれど?」

 

 むくれる姉に言い繕いつつ、『haman garden』での一件を回想する。

 垢抜けない、落ち着きのない、子猫のような瞳をした子犬のような性格の少女。

 しかしそれでも、土壇場に見せた本能的な判断力とあのクソ度胸。

 成程、いかにもリュウザキ・ツルギの好みそうな曲者ではある。

 今、姉と自分が想像している少女は同一人物に違いないと、改めて確信が湧き上がる。

 

 ふっ、と一つ笑みをこぼして、ベースの上のビギナ・ギナを手に取る。

 けれど、それが何だと言うのであろうか?

 激しい試合の後にも関わらず、愛機の頬当てには変わらず白いブーケが花弁を綻ばせていた。

 

「――けれど、立ちはだかるのが何者であろうと一向に構いませんわ。

 全国大会への試練は多いに越した事はありませんもの」

 

「ひゅう!」

 

 ぬけぬけと言い放つ妹の姿に、ツルギは一つ口笛を吹いた。

 MS転向より一年。

 すでに一角の求道者としての風格を醸す乙女の雄姿がそこにはあった。

 

 

 大洗駅前通りより離れ、海岸沿いへと向かう途中に『オリハラ板金』はある。

 ちいさな二階建ての一戸建て住宅の脇に、いかにも昔ながらのスレート葺きの町工場。

 その名の通り、車の板金塗装がメインの修理工場なのだが、実は金物屋も兼任しており、注文さえあれば鋏から中華鍋まで自作してしまう何でも屋である。

 

「そんなにフットワークが軽いなら、ガルパンブームに便乗して何か始めれば良いのに」

 とは、一人娘のオリハラ・マイの弁なのだが、駅前の超級堂玩具店への対抗心からなのか、観光客の増えた近年もなお、意固地に昔気質の商売を続けている。

 今日もまた、薄暗い仕事場にインパクトの音が響いていた。

 少女たちが工場を訪れた時、工場長は軽自動車の前輪を取り外しにかかっている所であった。

 

「おいーっす、来たよ、会長」

 

「らっしゃい! よう来たねミカちゃん」

 

 入口から響いた威勢の良い声に、作業の手を止め、会長がにこりと顔を上げる。

 見れば、薄汚れた工場には似合わぬ少女たちが、物珍し気にガレージを見渡していた。

 

「パパ上! こないだ話した通り、工作室を借りるのであります」

 

「おうともよ。

 ミカちゃんたちとツルむようになってから、マイも家業に俄然興味が出てきたみてえだな。

 へへ、ありがてえありがてえ」

 

 職人たちへの挨拶もそこそこに、はま高タンク道部御一行が室内奥のブースへと進む。

 この比較的掃除の行き届いた一角は、マイの母親が手慰みにと設けた金工室である。

 始めは簡単なシルバーアクセなどを製作する程度の趣味だったのだが、今ではアウトレットモールに商品を展開するなど、ちょっとした地元ブランドとして名を知られている。

 

 そんな小部屋に少女が六人。

 手狭となった室内を見渡し、部長のギンガがごほん、と一つ咳払いした。

 

「え~、諸君。

 本日、我々タンク道部一同が二等兵の実家にお邪魔したのは、何のためか分かるかな?」

 

「特注で工具でも作ってもらうの?」

 

「そんな面倒で金の掛かりそうな事してられっかよ。

 じゃなくて、ここで我々の公式戦用の機体を改造するんだよ」

 

「ええと、金属加工って、プラモデルと何か関係があるんでしょうか?」

 

 トモエがぽつりとこぼした疑問に対し、傍らのヒロミが静かに頷く。

 

「その、所謂プラフスキー粒子って言うのは、単純にプラスチックを動かす素材では無いんです。

 ガンプラに加えられた改造、仕上がりを解釈し、

 その機体に相応しいアクションを構成する奇跡の素体なんです。

 金属板を機体に用いる改造例は、過去にいくつもの大会で実績を残しています。

 有名な所だと、第七回大会優勝者のイオリ選手が作成したビルドストライクも、

 ライフルの砲身に金属を用いる事で強度の底上げをしていますね」

 

「へ~、そうなんだ。

 じゃあさ、全身フルメタルでバッキバキに固めたタンクを作れば最強じゃん」

 

「あ……、ううん。

 金属板の使用は機体重量の増大に直結するし、

 ビームコーティング処理をはじめとする、各種塗装の仕上がりにも密接に絡んでくるから。

 大事なのはコンセプトとバランス、何を重視して改造を進めるかって事だよね」

 

「事実、トモエさんのヒルドルブなんかは、

 機体の大型化による走破能力の低下によって採用が見送られた車両だからな。

 あんまりゴテゴテと追加装備を盛ってる余裕は無いぞ」

 

「むむむ、なんだか難しいな。

 それじゃあこの(ティーガー)は、一体ドコを鍛えりゃいいのかな?

 装甲? それともキャノン砲?」

 

 愛機を片手に首を傾げるミカに対し、ニヤリ、とギンガが不敵な笑みを浮かべて回答する。

 

「安心しろミカ。

 タンク改造における最優先事項は、すでに小生らとヒロミさんの間で確認済みだ」

 

「ミカ大尉、コレ、コレでありますよ!」

 

 そう言って、マイが懐から鈍色に輝くチェーンを得意げに取り出した。

 傍らで見つめるトモエの表情が、たちまちぱっ、と華やいだ。

 

「まあ、これは素敵なネックレスですねえ」

 

「そっか、タンク道は淑女の嗜みだから、本番にはおめかししてかなきゃね!」

 

「そうそう、この渋く光るワンポイントアクセで、君もライバルに差をつけ……、

 ってちゃうわい!?」

 

「大尉! 履帯履帯! キャタピラに履かせる履帯であります!」

 

 ノリノリでツッコミに走った部長に代わり、二等兵が慌ててフォローする。

 マイの台詞に頷いて、ヒロミが説明の捕捉に入る。

 

「そう、元来装甲の厚いタンクにとって、唯一の急所とも言うべき無限軌道。

 履帯に車輪、出来れば車軸も。

 後付けで補強しにくい足回りだけは、最優先で鍛え直して行きたいと思います」

 

「元々はヒロミさんの61式を見て思いついたアイディアさ。

 ガンプラのタンクは基本、足回りはシンプルな一体物なんだけど。

 ここをリアルに稼働できるようにいじってやると、実戦での機動力がダンチなんだってさ」

 

「素材はチタン合金板。

 アルミの倍の強度を持ちながら重量は鋼鉄の半分。

 その上、耐熱性耐食性ともに良好というスグレものの一品であります!」

 

「なるほど!

 ようし、そう言う事ならあたしもガンガン改造しちゃうぞ!」

 

 一同の説明に胸を躍らせ、ミカが俄然やる気を見せる。

 思い切り鼻息を荒くして腕まくりを始めたミカに対し、本職の娘が慌てて制止に入る。

 

「大尉! 素人にチタン合金板の加工は無謀であります。

 この場は是非この技術中尉に一任してほしいのであります」

 

「うん、ミカには悪いけど、ここはタマちゃんの言う通りかな。

 足回りの部品には正確な寸法が求められるし、このブースも皆で作業するには狭すぎるし、ね」 

 

「そ、そんな~、せっかくテンションが上がってきたとこなのに……」

 

「あら?

 そんなにやる気があるんだったら、課題はいくらでも用意するわよ」

 

 少女たちの会話に割り込んで、ブース入口より新たな声が室内に響く。

 ミカの言葉に相槌を打ちつつ、シックなスーツ姿の乙女がブースの入り口に姿を見せた。

 

「ふーん、成程、金属加工とは考えたものね。

 茨城県下に設備の充実した高校が多いとは言え、

 ここまで本格的な施設を借りられるバトル部なんてそうそう無いでしょうから。

 これは上手く活用すれば、ウチの個性を引き出すアドヴァンテージに成り得るわね」

 

「あ! デ……、先生、職員会議お疲れ様です」

 

「ねえねえ先生、課題ってなに」

 

 ミカの素朴な疑問を受け、室内に現れたカトリ・ランコが真剣な瞳を部員たちへと向ける。

 

「茨城県予選の開始まで、すでに一か月を切っているわ。

 ここから先は時間との勝負よ。

 大会に向け、どこまで機体とファイターのコンディションを仕上げられるか。

 足回り以外にも修正すべき点はいくらでもある。

 あなたたちの急造チームの団結が試される正念場ね」

 

「そう言う事だからさ。

 ミカ、無限軌道の改造は私とタマちゃんに任せてちょうだい。

 私、その辺のスクラッチだけは、他の人たちより少しだけ自信があるから」

 

「ヒロミ大尉の助言があれば百人力であります。

 本番までに最高の下半身を仕上げてみせるのであります」

 

 ビッ、と自信ありげに技術中尉が敬礼する。

 頼もしいもじゃもじゃ頭の姿に、三バカの同胞たちが力強く頷きあう。

 

「フハハハ、任す、任せたぞ二等兵!

 やはり餅は餅屋、小生たちは元戦車同好会ならではの仕事をするとしよう」

 

「私と御大将は本体周りの塗装と調整だな。

 フフ、ミカよ、お前の希望に合わせるから、なんでも気軽に注文してくれ」

 

「私たちは……、ええっと、どうしましょうか?」

 

「どうしよう?」

 

 ベテランモデラー勢の団結の中、若葉マークのトモエとミカが困ったように顔を見合わせる。

 一つ頷いて、ランコが手製の練習プログラムをトモエに手渡す。

 

「トモエさんはファイターとしての個人練習ね。

 タンク戦は連携が命だから、もう少し操縦に習熟して貰わなきゃね」

 

「そうですか、ドルブさんを乗りこなせるよう頑張りますね」

 

「先生、あたしはあたしは?」

 

 最後に残ったミカが、ぐずるようにランコを急かす。

 にっ、と口元に微笑を浮かべ、ランコが手にした紙コップをミカへと手渡す。

 

「うん? 何これ、尿検査?」

 

「そんなワケないでしょ。

 アンタ、タンク乙女ならもう少しデリカシーを弁えなさいな」

 

 呆れたように一つ溜息を吐き、しかしランコはすぐに不敵な笑みを作り直した。

 形の良いデコもキラリと光る。

 

「名付けるならば、おとうふ屋作戦、おわかり?

 安心なさいマユヅキ・ミカ。

 本番までに貴方を秋名山一のダウンヒラー、もとい操縦手に仕立てて上げるわ」

 

 

 

 

 

 


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