Melty Gaia Co-star   作:牧坂陣

4 / 4
第3話 出会いと再来

 街を見下ろす塔の上。下界に見えるは、悲鳴を上げ逃げ惑う群衆、黒煙と炎に巻かれる街、そして、蠢く巨大な影。

 自らが呼び起こした破滅の破壊の成果に、呪術師は高らかに嗤う。

 阿鼻叫喚の地に向けられたその左の掌では、怪しげに眼球が蠢いていた。

――なるほど。当初の思い描いていた道からは外れたが、実に面白い力を手に入れた。あれから五百年、長きに渡り臥せていた甲斐があったというものだ。……だが、何時の世も守護者を気取り、我が道と我が夢の行く手を阻む者共が現れる。しかし、此度は負けん。

「呪いと破滅、そしてこの“祟り”の力を以ってして、我が国を創ってみせよう」

 呪術師は嗤う。その眼に、野望の成就を映して。

 

 

 

 

 

 黒煙と炎によって赤黒く照らされるホリゾントに浮かび上がる二つの巨影。ガイアの出現から、両者に大きな動きはまだ見られない。

 相対し、膠着する両者。ジリジリとすり足で、ガイアは間合いを測っている。得体の知れない能力を持つ相手に出方を伺っているのだろう。

そして、対面するパズズは、目の前に立つ相手に向かい、身体を振り回し、雄叫びを上げ、威嚇している。既に、ガイア出現時の光の余波により、手痛い先制を貰っている。それは、ガイアの力の一片にしか過ぎないが、力量を計るには充分だった。

 続く膠着状態。その均衡を崩したのは同時だった。ガイアとパズズは互いに正面の敵へと、駆け出した。

 駆けるガイアとパズズの足元から噴き上がる土柱。それもそのはず、万トン単位という桁外れの巨体から生み出される想像を絶するようなエネルギーが、地を踏みしめる足、その一点に集中するのだ。

 ぶつかり合う両雄。組み合うガイアとパズズは互いが、互いの力に負けぬよう、地をしっかりと踏みしめた。その瞬間、一層高い土柱が地表を巻き上げ噴き上がる。

 そして、巨人と巨獣の激突の衝撃は、地だけでなく、空気を伝わり、離れたビルの屋上にいるシオンとシエルをも震わせていた。

 

「あれが、ウルトラマンの、戦い……、話で聞く以上の迫力ですね……!」

 戦いは始まったばかり。だというのに、目の前に在る虚構めいた光景に、シエルは圧倒されていた。

 根源的破滅招来体による最初の尖兵・コッヴが地球に舞い降りて以来、テレビや写真などで目にする機会の多いウルトラマンや怪獣の戦闘。今や、誰しもがその光景を見慣れている筈である。だが、それは映像媒体という切り取られた世界に限った話だ。

 日常という本来ならば自身のテリトリーの光景、そして、自身の眼で見る主観という現実で、空気と大地を震わせ繰り広げられる巨大な異質達の戦いに、実際に遭遇した誰もが畏怖の念を抱いた。それは、代行者として神秘に携わり、幾多の人非ざるもの達と戦いを繰り広げてきたシエルとて、例外ではなかった。

 それは、シオンも同じことだった。怪獣のもたらす被害に巻き込まれ、その戦いを目撃した者の記憶をハッキングしたことも幾度かある。だが、眼前に在る五感を震わすその光景は、自身の体験でなくては、解り得ないものだった。

 

 続く両者の力比べ、先に動いたのはパズズだ。両腕を振り回し、ガイアのクラッチを振りほどいたパズズは一歩後退りし、助走をつけ、突進を仕掛けた。パズズが到達するよりも早く体勢を立て直したガイアはパズズの頭突きを止めるべく、両角を押さえ込んだ。数十メートル後方に滑るガイアの巨体。それでも、ガイアの全身に込められる力は徐々にパズズの勢いを殺し、完全にその突撃を制した。

 そのまま両角を押さえ込まれ、前屈みになったパズズの顔面にガイアの膝が突き刺さる。数度の膝蹴りに、力の緩んだパズズの隙を見逃さず、ガイアは角ごとパズズの頭を捻る。宙に浮く九万九千トンの巨躯。数瞬の滞空の後、パズズは左半身から地面に叩きつけられた。その衝撃は凄まじく、パズズの全身を覆い隠すほどの土柱と地響きを引き起こした。

 鈍重に起き上がるパズズにガイアが素早く近寄り、助走をつけた蹴り上げをお見舞する。痛烈な破壊力により跳ね上がったパズズの頭部、天を仰ぐ形となり、がら空きとなったその首元に、間髪入れずにガイアのチョップが叩き込まれる。そのまま、大きく仰け反り、パズズは倒れ込んだ。

 遅れて辺りに響く破裂音。地上の残存部隊が結集したのだろう、倒れたままのパズズに向けてロケット弾が四方から放たれる。それに呼応するように、上空に一機残った銀色のファイターからもミサイルが発射された。

 ガイアの物理的攻撃が通用する。そして、ガイアの攻撃により体勢を崩している今ならばと、隙をついた援護射撃。だが、策とは裏腹にパズズは倒れ込んだままでも、その眼に妖光を発現させた。

 ロケット弾は、引き寄せられるように、パズズの妖光へと向かっていく。そのまま吸収された光弾は、妖光の中で弾け、その輝きを更に鈍く、色濃く変化させた。

 一瞬走る爆音と閃光。嘲笑うように、パズズは咆哮を上げる。連動するように全身で轟く眼球が、公園の四方八方、そして、ガイアを睨みつけ、光球を発射した。

 着弾地点から上がる無数の爆炎と黒煙。自身へ向かう光弾へと咄嗟に両腕を突き出したガイアの前面の空間が円形に歪んだ。ガイアの張ったバリアに弾かれ光弾は滑るように、上空へと跳ね上げられる。

 攻撃を防がれたというのに、防御に回るガイアを見て、パズズの口角が上がる。青白く光を灯すパズズの両角。間髪入れずに、スパークした雷がバリアを張るガイアに襲いかかった。

 バリアの上を這いずり回る雷と次々に送り込まれる強烈な圧力に押され、後退るガイア、限界は刻一刻と近づいてくる。

 パズズが咆哮を上げ、更に雷を送り込むとバリアはまるでガラスを割るかのように砕け散ってしまった。衝撃で後方へと弾き飛ばされるガイア。そんな無防備なガイアに追い打ちをかけるように、パズズは雷を放ち続けた。

 倒れ込む、だが、背が地に着くと同時、跳ね起きたガイアは雷に反応し右腕を突き出した。

 

 右手を起点に、輝く赤光から伸びるのは、言うなれば青き光の刃。ガイアが凝縮されたエネルギーの光刃を一振りすると、その切っ先に沿うように雷は軌道を逸らされ、地に向かって落ちた。

――それはアグルから受け継いだ力の一片・アグルブレード。

 予想外の方法により躱されたが、両角に宿る雷は未だに健在。淡い光を帯びた両角が再びスパークし、雷がガイア目掛けて襲いかかる。

 襲い来る雷に対し、悠然と立ち向かうガイアは風車の如くアグルブレードを前面で回転させた。

 直撃と思われた雷光は、円を描く光刃の中心を起点として四方へと散らされていく。

 エネルギーの障壁がそのまま雷を受け止めていたバリアとは異なり、光刃の回転が作り出した盾では、刃自身の持つ力場が、雷を刀身に届く寸前で撥ね退けているのだ。一歩、一歩と雷を押し退けてガイアはパズズへと近づいていく。

 ゆっくりとだが着実に、そして間合いへと踏み込んだガイアが、切り払うように、後方へ向けてブレードを振り抜いた。先の再現のように雷は切っ先に追従し、あらぬ方向へと逸れていく。

 今、ガイアとパズズの間に遮るものはもう何もない。

 その勢いのまま、ガイアは振り上げたブレードをパズズの頭頂へ振り下ろした。

 

 だが、刃はパズズへとは届かなかった。ガイアの剣さばきに対応するように、パズズ自身の眼が光を放ったのだ。刃を受け止めた光の下、蠢くパズズの両眼が、その身体の肉や骨を掻き分け、近づき、溶け合い、一つの眼を生み出す。

 光の障壁に阻まれ、刃は空中に縫い付けられたかのように止まっている。左手を添え、ガイアは渾身の力を込めるが、それでも刃はびくともしない、それどころか、妖光の中で、光の刃は崩れるように分解されていく。

 驚くガイアの不意を突くように、パズズの単眼からガイア目掛けて光弾が発射された。至近距離、想像だにしなかった防御と反撃に、反応が遅れ、顔面への直撃を喰らったガイアの巨体が後方へと大きく跳ね飛ばされた。

 

 

 

 

 

「あの怪獣、強い……!」

 厄介な能力を持つ怪獣、その力の前に窮地に立たされるガイアを見て、シエルの手に力が込もる。見知った街が破壊されていくのは悔しい、だが、人類の持つ最高の戦力や、人知を超えた巨人ですら手を焼く破滅を、自身の力で駆逐するなどとは、到底考えられなかった。夕刻シオンに言ったように、得体の知れない巨人に全てを委ねざるを得ない、それが結局は自身にも当てはまってしまう事が悔しかった。

 

 歯噛みするシエルを尻目に、シオンはその思考をずっと回転させていた。あの光の防壁を破らない限り、ガイアに勝ちはない。今の攻防の中での違和感の中に、その答えがある筈だと。

 そして、今、シオンの分割思考の大部分は、先程の地上部隊からの援護射撃の際、一瞬起きた閃光に向けられていた。閃光の正体は、ミサイルの着弾だった。パズズの発する妖光は、エネルギーだろうと物質だろうと攻撃を吸収し、自身の攻撃のためのエネルギーへと変換してしまう。にも関わらず、ミサイルが衝突した妖光は、閃光を残し、弾け飛んでしまった。あの時、一体何が起きたのか。

 確か、全身に張り巡らされていた妖光は、先に発射された地上部隊のロケット弾を吸収していた。だとすれば――。

 

 確証はない。しかし、突破口を開く可能性が僅かでもあり、あの巨人の助けになるのであれば。そう思うと、身体は自然と動き出していた。

「待ちなさい!何処に行くんですか!」

 シエルの静止に、耳も貸さず、シオンはビルの屋上からまた別のビルの屋上へと駆けていた。目指す先は、言うまでもなく、光の巨人と破滅が相対する戦場。考えられる幾多の危険など関係ない。今はただ、怪獣の能力に苦しむガイアと、脅威に晒されるこの街を救いたい。その想いだけがシオンの身体を突き動かしていた。

「ああ!もう!」

 既に遠く、小さく点のように見えるシオンを追い、シエルも夜の闇の中を駆け出した。

 

 

 

 

 

 先の不意打ちから、ガイアがその体勢を立て直す暇を与えないよう、パズズの攻勢は続く。度重なるダメージの中で、何時しかガイアの胸のライフゲージは青から赤へと変化し、点滅を始めていた。周囲には無機質な警告音が、まるで鼓動のように響き渡る。

 呻き声を上げながらも、パズズの絶え間ない攻撃をいなし続けるガイアだったが、大質量の角に引き回され、膝から崩れ落ちてしまう。好機とばかりに、猛攻を仕掛けるパズズ、その強靭な脚力が遂にガイアを捉えた。腹を蹴り上げられ、宙に浮くガイアの身体。そのまま、したたかに地面に撃ち付けられたガイアを逃すまいと、パズズはその背中を踏みつけた。

 拘束から逃れようと藻掻くガイア、パズズはようやく捉えた敵を離すまいと更に脚に力を込める、その一方的な攻防の最中。

 

「――ガイア!!」

 自分を呼ぶ声に、ガイアは気がついた。声の呼ぶ方、そこにいたのは、今にも涙を流しそうな、だが、決意に満ちた顔の少女だった。

 パズズ押さえつけられるガイアは、その手を伸ばし、首を振り続ける。逃げろ、と。ここにいてはいけない、と。

 しかし、少女は巨人の前に立ち、叫んだ。――勝利への可能性を伝えるために。

 それが今、彼女にとって出来る事、やるべき事なのだから。

 

 

 

 

 

 パズズがガイアの背を踏みつける度に激しい衝撃がシオンを襲う。シオンの叫び声は、地鳴りのような衝突音に、掻き消され、自分の耳にすら届いていない。そんなちっぽけな声がガイアの耳に届いているのか、そもそも、ガイアが人類の言葉を理解しているのかすらわからない。衝撃と揺れによろめき、何度も倒れそうになった。――だが、それでもシオンは叫んだ。

「――百パーセントではありません……!でも、もしも、私を信じて、私に賭けてくれるのであれば!あと一度、一度だけでいい!立ち上がって下さい!ガイア!!」

 ただただ、一方的に。想いと策は伝えた。

 それまで、逃げろ、と言うようにシオンへと掌を向けていたガイアの手に力が籠もり、握り拳を作り出す。それと同時に、地を舐めさせられていたガイアの顔が、ゆっくりと持ち上がった。

 交錯する銀と紫苑の瞳の間に、もう言葉はいらない。

――ガイアは力強く頷いた。

 

 二人の邂逅などお構いなしに、ガイアの身体をへし折ろうと、パズズの右脚が大きく持ち上がる。トドメの一撃のつもりなのだろう。だが、その一瞬の隙を見逃さず筈もなく、ガイアは身体を翻し、両手でパズズの右脚を捉えた。拮抗する力と力、その釣り合いは直ぐにガイアによって破られた。ガイアが左腕の力を僅かに緩めたことにより、パズズの体勢が右に崩れたのだ。その勢いのまま、ガイアが右脚をすくい上げたことで、滑るようにパズズの巨体が地に落ちた。

 

 パズズの巨体から解放され、体勢を立て直したガイアの前に、躍り出た小さな影は、シオン。深く腰を落とし、無数に束ねられ、地に縫い付けられたエーテライトはワイヤーの如く強靭に、そしてしなやかにシオンの身体を固定している。両手で眼前の破滅に向けて構えるものは、天寿の概念武装『ブラックバレル・バレルレプリカ』。

 準備は整った。振り向き、見上げたガイアに、そうシオンは頷きかける。

 シオンに応えるように、ガイアも左半身を大きく引き、握りしめた左手に、右の手刀を添えた。それは、まさしく起死回生のクァンタムストリームの予備動作。

 右手で半円を描くように、ガイアは右腕を起こす。その手刀からは動きに追従するように光の粒子が溢れ出る。

 その動作と光から、ガイアの狙いを察したパズズの全身の眼に、妖光が灯る。

 シオンの狙うチャンスは、――今。

「――ガンバレル!フルオープン!!」

 ガイアの光線に先駆けて、解放されたバレルレプリカの力がパズズの顔面目掛けて放たれた。バレルレプリカから放たれるのはウルトラマンの光線を彷彿とさせるような紫光の奔流、だが、その光はパズズの単眼が放つ妖光に虚しくも吸い込まれていく。

――それこそがシオンの狙いであり、ガイアに伝えた策だった。

 

 パズズの眼が放つ妖光は様々なエネルギーや物質を吸収する。しかし、攻撃に転じるため、吸収したエネルギーを攻撃用のエネルギーに変換した妖光は、性質が変化し、その吸収能力を失ってしまう。故に、地上の残存部隊とファイターからの同時攻撃の際、地上部隊のロケット弾を先に吸収し変換した妖光は、ファイターから放たれたミサイルを吸収できずに直撃、弾け飛んでしまった。

 それがシオンの導き出した可能性だった。

 

 バレルレプリカの放つ奔流を吸収するにつれ、パズズの単眼が放つ妖光の輝きが僅かに、色濃く変わっていく。どれだけ吸収させればいいのか、そんなことは解らない。だからこそ、できるだけ長く、ギリギリまで放ち続ける。そして、訪れる限界、バレルレプリカから放たれる光が途切れると同時に、ガイアの右腕が垂直に立てられた。

 

 

 

 

 

――無駄な足掻きを。

 自らが生み出した破滅とリンクした視界に映るのは野望の邪魔をする巨人のみ。その巨人は今、最後の抵抗を試みようとしている。

――小娘の言葉に、力を振り絞ったようだが、何が出来ようか。己の力により破滅するがいい。

 巨人の放つ光を吸収すべく、視界が妖光の湛える紫の輝きに染まるその刹那、視界は閃光により遮られた。妖光は突然の光を蓄え、それを力へと変換していく。

 蠢く全身の眼が探り当てた光の出処、それは、先の少女。

 次第に弱まる閃光、そして、その輝きが消え失せた先、呪術師が眼にしたものは、マグマの如く熱く滾る光だった。

 

 

 

 

 

 パズズの顔を覆う妖光を消し飛ばし、パズズへと到達したクァンタムストリームの赤橙の輝き。光線の持つ凄まじい圧力の前に、パズズの巨体が一歩、また一歩と後退していく。ガイアから放たれ、送り込まれるエネルギーはパズズの体内へと浸透し、体中を駆け巡り、許容を超えたエネルギーは、遂に火花となって全身の眼玉を出口として一気に吹き出した。

 やがて、光線に押し負けまいと暴れまわっていたパズズの両手足が、凍りついたかのように硬直し、そして――。

 パズズの身体は、まるで黒い霧が散るかのように、跡形もなく消え去ってしまった。

 残骸、破片の一つすらもの残さず消失したパズズの肉体。

「――まさか。いや、あれは」

 そう、それは、確かに、斃した筈なのに。一度は払拭した疑念がまたもシオンの中で湧き上がった。

 霧散し、消失するパズズ。その光景を視ていた者たちが抱いたであろう違和感とは、また別の違和感を、シオンは抱いていた。

 

 

 

 

 

「ふむ、実に――忌々しい」

 “祟り”を破られた呪術師は、痛みの走る左掌を見つめた。掌の亀裂からは、まるで涙のように、いや、正しく血涙が滴り落ちていた。どうやら想像以上に破滅の姿を借りて顕現した“祟り”との接続が深すぎたらしい。掌の魔眼は、“祟り”の消滅と同時に破壊されていた。

 折角の魔眼、ただの前哨戦で失うには惜しかったかもしれない。だがしかし、何かを得るためには、失うことも必要なのだ。

――情報体である“祟り”への介入、改竄という発展の可能性。そして、邪魔者共の存在と、得られた情報は多い。

 魔眼を一つ失ったとはいえ、未だ回収していない遺産もある。それに、“祟り”の力とて、此度の戦いで魅せたこれが全開ではないだろう。

 勝負は、終わってはいない。これから始まるのだ。

 

 

 

 

 

 パズズとの激闘を経て、その身に刻まれたダメージは決して小さくはない。赤変したライフゲージは点滅し、警告を発し続けている。だが、それでも、ガイアは自身の疲れや、苦しみ、痛みを感じさせないように、堂々とそこに在った。

 そして、それはシオンも同じこと、拠点の廃墟からの全力疾走と、力を解放したバレルレプリカの制動制御、身体に疲労と痛みが途方もなく蓄積している。しかし、今だけは、倒れるわけにはいかなかった。

「ガイア……」

 夜空に浮かぶ銀色の瞳を見上げる紫苑の瞳、それはシオンがずっと待ち望んでいた出会い。これが、最初で最後の邂逅かもしれない。

――貴方は何者なのか、何処から来たのか、そして、何故この地球と人類の為に傷付きながらも戦うのか。

 問いたいことは沢山ある。だが、今、頷き合う二人の間に言葉はない。言葉など必要なかった、確かに伝わる想いが互いの心にあるのだから。

――ありがとう、と。

 それだけで、充分だった。

 シオンがガイアを見上げるように、ガイアも天を見上げる。それは、二人の別れの時を意味していた。

『デュアッ!!』

 見送るシオンへ一迅の風を残し、ガイアは未だ黒煙の燻る夜空へと飛び立った。星天を目指し、小さくなるその銀色の身体は、やがて微かな光点となり、星々の海へと溶け込んでいく。

 

 

 

 

 

 既に光の消えた星空、許されるのであれば、何時までも、彼をここで見送っていたかった。しかし――。

「感慨に浸るのは、そこまで!」

 その静寂を破ったのは聞き覚えのある怒鳴り声、振り返ると、そこにはいたのはシエル。眉をしかめ、腰に手を当てているその様子は、相当ご立腹のようだ。

「何考えているんですか!?あんな派手な立ち回りをして!ああ!絶対、誰かに見られている!――何ですか?その顔は!ほらさっさと歩く!」

 グイグイと近づき、間髪入れずに畳み掛けてくるシエルに、何も言い返せないまま、シオンは腕を掴まれ、引きずられていく。

 ただ、シエルの言うことは、ごもっともだ。あの攻防の中で放ったバレルレプリカの光は広範囲で観測されているだろうし、このままグズグズしていれば、G.U.A.R.D.の事後処理の部隊が到着する。彼らに見つかれば面倒事が増えてしまうだけだ。

「すみません。それと、――ありがとうございます」

 無謀な行為への当たり前の謝罪と、思わず漏れた感謝。本当なら、廃墟を飛び出した時点で止められていてもおかしくはなかった。寧ろ、シエルとの力量差を考えれば、確実に道中のどこかで止められていたはずだった。だが、ガイアの元まで辿り着くことが出来た。つまり、それは、またシエルに見逃してもらった、という事を意味していた。

「アトラスの出の貴方が動いたという事は勝機があるという事、泳がせた方が好都合だっただけですよ。……私もこの街が壊されるのは嫌ですから」

 先を行くシエルの表情は伺い知れない。だが、その声は何処か優しげな響きだった。

「でも、良かったんですか?折角ガイアに会えたというのに、あんな僅かな時間で」

 昨日の喫茶店での話の所為か、どこまでも、シエルに余計な心配を掛けていたらしい。しかし――。

「いいんです、これで。初めから、確固とした答えを得られる、なんて思ってはいませんでしたから」

「そうですか。ま、貴方が満足したのなら、それでいいのでしょうけれど」

 破滅に瀕した世界に対して自分が出来ること、そんな疑問に答えを持つものはいない。だが、答えなど無くとも、湧き上がる想い、護りたいという強い意志が、身体を突き動かす。それは、きっとXIGもガイアも皆同じなのだろう。

「さ、無駄話はここまで。急ぎましょう」

「はい!」

 

 

 

 

 

 無人のファイターのコックピット内に現れた閃光、徐々に晴れるその光の中から現れたのは一人の青年だった。

 青年は体中に走る痛みに気を失いかけたが、コックピット内に鳴り響く通信を知らせる呼び出し音が青年の――我夢の意識を引き戻した。

《我夢、大丈夫か?さっきから、何度も通信したんだぞ》

「梶尾さん、無事だったんですね!僕の方は、大丈夫です。電波異常の影響で通信機の調子が悪くて、心配をお掛けしました」

《そうか、それならいいんだ。だが、こっちは見ての通り。身体の方はピンピンしているが、機体の方は動かせそうもない。北田も大河原も同じ状況だ》

「わかりました。今、そっちに向かいます」

 通信を切って、我夢は操縦席にもたれかかった、チームライトニングの墜落地点までは、そう時間はかからない。だが、その僅かな時間だけでも、今は休ませてもらおう。

「PAL、梶尾さん達のところまで、頼むよ」

『わかりました、我夢』

 ファイターの操舵をPALに移行し、まどろむ意識の中で、我夢はただ二人の事を思案していた。未知なる破滅の警告を送る謎の女性、そして、苦戦する自分に力を貸してくれたあの少女の事を。

 正体不明のスペクトル検出を発端としたこの事件、時が経つにつれ、どんどんと謎だけが増えていく。

(彼女達が、何者なのか、この街で、何が起きているのか。今は、何も解らない……。でも、いつか、きっと)

――解る日が来る。

 高鳴る胸の鼓動が、そんな予感を告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。