問題児? 失礼な、俺は常識人だ   作:怜哉

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8月中に問題児編終わらせたいとか言ってたのにこの始末である。


攻略会議には十六夜が一人居れば大丈夫だと思う

 

 

 

 

 

 

 俺と爺さんの戯れが終わった後、場が凍りついたかのように固まったが、ここにいる面子は、伊達や酔狂でコミュニティの重役を担っているわけではない。

 “六本傷”のケモ耳少女とジン坊ちゃん以外は、僅か数秒で平静を取り戻していた。

 

「まあ、悪かったな。いきなり暴れちまって」

「まったくだ。後ほど、破損した箇所の修理費を請求させてもらう」

「まあ当然だな。分かった、あとでちゃんと払うわ。爺さんが」

「ワシかよ」

 

 部屋を見渡せば、所々に風穴が開いていたり、ヒビが入っていたりと酷い有様だった。これはさすがに俺(と爺さん)が一方的に悪い。

 幸いと言うかなんと言うか、貯蓄には困っていない。俺の「お前絶対黄金律のスキル持ってるだろ」的なまでの金稼ぎもそうだが、何より爺さんが上層のコミュニティから勝ち取ってきた金がデカい。何気にウチのコミュニティに貢献してるんだよな、このジジイ。

 

 

 閑話休題(まあ、そんな事はどうでも良くて)

 

 

「このゲーム、どうやってクリアする?」

 

 俺は、十六夜達“ノーネーム”の方を見ながらそう言った。

 今の台詞は、暗に「レティシア倒していいの?」という意味を含んだ問いだったのだが、問題なく“ノーネーム”全員に伝わったようだ。

 ...ところで、春日部はどうしたんだろう。トイレかな?

 

「それより先に、フェイス・レス。さっき言いかけてたことがあんだろ?」

「え? あ、えっと...その、何の話でしたっけ?」

「階層守護者を倒したら手に入るモノの話だったろ?」

 

 どうやら話の内容が飛んでしまったようなので、俺が顔無しさんへ教えてやる。原因は俺にあるようなもんだし。

 

「あ、ああ...ええ、そうでしたね。以前、“クイーン・ハロウィン”より聞き及んだことがあります。“階層支配者”が壊滅、もしくは一人となった場合に限り、その上位権限である“全権階層支配者(アンダーエリアマスター)”を決める必要がある、と。その場合、暫定四桁の地位と相応のギフト──太陽の主権の一つを与え、東西南北から他の“階層支配者”を選定する権利が与えられる、とも」

「た、太陽の主権の一つと暫定四桁の地位だと!?」

「そんな制度があるのですか!?」

 

 顔無しさんに声を荒らげて問い返すのは、黒ウサギとサラだ。

 何をそんなに驚いているのかは知らないが、まあそれなりに大変なことなのだろう。

 それにしても太陽の主権ときたか...。ガウェインとかに持たせたらくっそ強くなるのだろうか? 味方ならいいけど、敵としてはもう戦いたくないなぁ。だって攻撃が通らないんだもの。

 

 と、俺がいつぞやの三倍ゴリラ戦を思い起こしていると、顔無しさんが再度口を開いた。

 

「私も何を授かったのかは知りません。しかしクイーンの話では、就任した前例は白夜叉と初代“階層支配”、レティシア=ドラクレアだけだと伺っています」

「レ、レティシア様が“全権階層支配者”...!?」

 

 更に声を荒らげて驚く黒ウサギ。

 この反応には、むしろ顔無しさんの方が驚いていた。

 

「...“箱庭の貴族”ともあろう者が、“箱庭の騎士”の由来を知らないのですか?」

「うっ...く、黒ウサギは一族的にぶっちぎりで若輩なので、あんまりにも古い話は.....」

「まあ仕方ないだろ」

 

 自慢のうさ耳をへにょらせてそっぽを向く黒ウサギに、まさかまさかの十六夜が助け舟を出す。なんだ、こりゃまた珍しいこともあったもん──

 

「ぶっちゃけ黒ウサギは“箱庭の貴族(笑)”だからな」

「その渾名を定着させようとするのは止めてくださいっ!!」

 

 ...違った追い討ちだった。

 

 さっきまでへにょらせていたうさ耳を今度はウガー!! と逆立たせて怒る黒ウサギ。本当に感情豊かなウサギだ。ウチのネロにどことなく似ている。

 そんな黒ウサギを目の当たりにした顔無しさんは、しばし思案する素振りを見せ、

 

「なるほど、“箱庭の貴族(笑)”でしたか」

「真面目な顔で便乗するのはもっと止めてくださいっ!」

 

 しっかり便乗していた。

 なんだこの人、案外面白い人だな。

 

 ここまでは黙って話を聞いていた俺だが、こうなってしまっては大人しくはしていられない。乗るしかない、このビックウェーブに! ...ちょっと意味が違う気もするけどまあいっか。

 

「おいおい黒ウサギ。真面目な顔も何も、顔無しさんは仮面付けてんだから表情なんて読めねぇだろ? そういうところだぜ? “箱庭の貴族(恥)”」

「ちょっ、」

「「それだっ!!」」

「それだっ!! じゃないですよこのお馬鹿様方ァああああ!!!」

 

 スパパァーン!! と、黒ウサギ愛用のハリセンが奔る。

 顔無しさんは俺、十六夜、久遠の頭を捉えたハリセンに一瞬目をやってから、ポツリと呟いた。

 

「.....“箱庭の貴族(恥)”」

「これ以上引っ張ると本気でシリアスに戻れなくなりますよぉ...」

「大丈夫、元からシリアスなんてなかったんだ。いいね? “箱庭の恥”」

「“箱庭の恥”!?」

 

 まあ、こうやって至極テキトーに黒ウサギを弄ってみたのだが、そろそろ本題に戻りたい。

 

「で? レティシアが昔めっさ偉い、その...全権階層支配者? ってやつだったってのは、今回のゲーム攻略に関係あるのか?」

「分かりません」

「あっそ。なら、関係してる可能性もあるわけだ。続けてくれ」

「はい。.....“箱庭の貴族”ともあろう者が、“箱庭の騎士”の由来を知らないのですか?」

「そこから再開するんですか!?」

 

 間違いない。このフェイス・レスって人、面白い人だ。

 けど、そろそろ引き際だろう。真面目に攻略の話がしたい。

 そう思ったのは顔無しさんも同じだったようで、ふざけるのを一旦止めて真面目に対応し始めた。

 

「私も詳しく知っているわけではないので詳細は省きますが.....“全権階層支配者”となったレティシア=ドラクレアは、その権力と利権を手に、上層の修羅神仏へ戦争を仕掛けようとしたそうです」

「レ、レティシア様が戦争を.....?」

 

 へぇ? 神様相手に戦争とか、(神殺し)が言えたことではないが、中々に穏やかじゃないな。てかそれどこの西遊記だよ。

 

「その戦争を阻止しようとした同族の吸血鬼たちが革命を決起し、吸血鬼は同族同士の殺し合いの末に滅んだと聞き及んでいます。これは当時を知るクイーンの話ですから、まず間違いないかと」

 

 顔無しさんの話を聴き、うっ、と怯む黒ウサギ。大方、自分の知るレティシアとは行動が結びつかないのだろう。まあ随分昔のことらしいし、その間に考え方が変わるなんてことも珍しくないんじゃないだろうか。

 

 と、そこで今まで黙っていたサラが何故か頷いた。

 

「なるほど.....第四の勝利条件である“玉座に正された獣の帯を導に、鎖に繋がれた革命主導者の心臓を穿て”とは、当時の革命主導者を差し出して殺せ、という意味だったのかもな」

「違うだろ、多分」

「...なに?」

 

 憶測を語るサラに、一応の反論はしてみる。まあ放っておいても十六夜がどうにかするんだろうが、ちょっとはこういう場(ゲーム攻略)でも存在感を出していかないとナメられてしまいかねない。それは避けたかった。

 

「このゲーム、そんなに簡単にクリア出来るんだったらとっくの昔にクリアされてるだろ。仮にその主導者がまだ生きてたとして、この広い箱庭でどうやって見つけ出す? 手掛かりもないし、人海戦術なんてやっても何十年かかるか分からない。ペナルティの件もあるし、時間は限られてるんだぞ?」

 

 はい論破、とばかりに俺は言葉をそこで切る。

 ぬっ...と閉口するサラを見て、十六夜が取り纏めるように口を開いた。

 

「ま、大体は凌太の言う通りだが、どちらにせよ、現状では情報不足が否めない。そこで提案だ。この場に残って巨人族から“アンダーウッド”を守る部隊と、敵の居城に乗り込んでゲームクリアを目指す部隊を編制する。“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”同盟なら、空を翔ける幻獣も山ほどいるだろ?」

 

 そこまで言った十六夜は、チラっとジン坊ちゃんに目配せした。

 リーダーである坊ちゃんに最終的に締めくくってもらおうという考えだろうか。過保護っていうか、なんていうか...。

 

「そ、それに、攫われてしまった人達の安否も気になります。今後の話は捜索隊を送り、その報告を待ってから再度話し合いの場を持つということで如何でしょう?」

「.....分かった。精鋭を選出し、二日後の晩までに部隊を編制しよう。その時はこの場のコミュニティの力を借りる事になると思うが、よろしく頼む。あと、心ばかりの持て成しではあるが、貴殿らのコミュニティには最高主賓室を用意してある。そちらでゆっくりと休んでくれ」

 

 一応の議長であったサラに促され、参加者たちが一斉に席を立つ。

 これで、初日の会合はお開きということだ。会議の中で得られることは少なかったが、それは俺に限った話。十六夜なら、有意義にこの情報を使うのだろう。

 

 

 そうこう考えているうちに、俺たち“ファミリア”と“ノーネーム”、そしてキャロロとかいう獣人の少女は、大樹の幹に釣り下がった水式エレベーターに乗り込み、ゆっくりと下っていく。

 

 ...さて、そろそろいいか。

 もう十分に距離は開いたし、盗聴の危険もないだろう。ソースは俺の直感。

 

「...それで?」

「それで、って何が?」

 

 俺の唐突な問いに、久遠が不思議そうに反応した。

 

「十六夜、お前ならもう全部分かってんだろ?」

「まあ、謎解きくらいは終わっているが」

 

 ───.....は?

 と、エレベーターで七人分の声が重なった。

 久遠、黒ウサギ、ジン、キャロロに加え、ペスト、ラッテン、ヴェーザーの七人の声だ。

 爺さんだけは何の反応もなかったので、爺さんも謎は解き終わっていたのだろう。無駄にスペックが高いからな、このジジイ。無駄に。

 

「そう聞いてくるってことは、凌太も解けてんだろ?」

「いや? 全然分からんが。お前ならきっと解けてんだろうなー、って思っただけだよ」

「は? .....クク、ヤハハ!! あー、こりゃあやられたぜ。上手くかまをかけられたってワケだ!」

「そんなに上等なもんじゃないんだけどなぁ」

 

 周りを置き去りにして、俺と十六夜の話は進んで行く。

 

「それで? なんでさっさとクリア方法を教えない? 何をそんなにしぶってんだよ」

「どっかの馬の骨にうちの美髪メイドを隷属させられちゃ、それこそ殺し合うしかねぇだろ?」

「お前レティシア大好きか。.....いやごめん、俺も仲間がそうなったら相手を消し炭にするわ」

「だろ? だから凌太、お前も気を付けてくれよ」

「うっわこいつ、遠回しに俺にゲームクリアすんなとか言い出しやがった。...まあいいや。でも、あの龍と殺り合う時は俺も参加させろよ?」

「分かった。お前はゲームクリアの手助けはしてもクリアそのものはしない。その代わり、龍と戦う時はお前も参加させる。これで契約成立だな」

「OK」

 

 爺さん以外誰も着いてこれていない中、俺と十六夜だけが爆走していく。

 ...ごめんて。周りのことなんも考えないで話進めたのは悪かったから、そんな顔をしないでくれお前ら。

 

 

 * * * *

 

 

 

「さて、じゃあ早速だか凌太。手を貸してくれ」

 

 エレベーターで下って来た俺たちは、それぞれのコミュニティごとに主賓室へ案内された。その間に色々と幻想的な光景を見ることが出来て中々に楽しかったのだが、楽しかっただけなのでここは割愛。

 

 一度部屋で休憩を挟んだあと、十六夜に呼び出されて言われた言葉がそれだ。

 

「いいけど、なにすりゃいいんだよ」

 

 “ファミリア”と“ノーネーム”は同盟関係だ。それ以前に、今回は簡易契約もあることだし、手伝えることは手伝う。そう決めた俺は、二つ返事で承諾してから内容を聞いた。

 

「今の俺たちには、空へ行くための足がない。聞けばお前、空を飛べるらしいじゃねぇか」

「つまり、俺に足になれってことか。それは別にいいんだが...春日部はどうしたよ? アイツのギフトなら、上手く使えば二、三人は運べるだろ?」

「あれ、言ってなかったか? 春日部は空にいる。あの龍の背にな」

「.....は?」

 

 なんでだよ。ってかアイツなら降りてこれるはず...。それが出来ない状況にある? 怪我か、ギフトの消失か...或いは、誰かを助けているか。

 

 ...まあいい。春日部がいないのであれば、今の“ノーネーム”に龍の元までいく手段はない。だったら、足の一つや二つ、なってやろうじゃねぇか。

 

「...因みに、アーラシュフライトっていう手段もあるんだが」

「アーラシュフライト? なんだ、大地を割った伝説の弓使いになぞった方法なのか?」

「アーラシュって聞いて即その情報が出てくるお前の知識はどうなってんだ? まあ兎に角、アーラシュフライトってのはな? 超巨大な弓と矢を作って、その矢に乗って飛行するっていう画期的な移動方法で...」

「そんなもの却下に決まっているでしょう!?」

 

 そう言ったのは久遠だった。

 見れば、黒ウサギやジン坊ちゃんも顔を青くしている。笑っているのは十六夜だけだ。なんだよぉ...面白いのにさ。

 

「ヤハハ! ま、それは今度の機会だな!」

「おうよ。せっかくだし、アーラシュに頼んどくか? 十六夜も本場の方がいいだろ」

「あの大英雄と知り合いなのか!? ...そういや、英霊とかいう奴らを使役してたな、お前。ってこたぁ、アーラシュも“ファミリア”に?」

「いんや? アーラシュはいない。カルデアっつう所にいるんだけど、連絡自体はいつでも取れるぞ?」

「いつか俺もそのカルデアって所に連れて行ってくれ!」

「え? お、おう...いいよ?」

 

 随分と前のめり気味に頼み込んでくる十六夜に多少困惑しながらも、俺は話を元に戻すために咳払いを一つする。

 

「それで、誰を連れて行けばいいんだ?」

「あ、ああ。そうだったな。それじゃ、俺と──」

「私も行くわ」

 

 十六夜の言葉を遮り、力強く言ったのはまたまた久遠である。

 それには十六夜も多少驚いたようで、一瞬目を見開いた。

 

「お嬢様、だけどな──」

「十六夜君が、ゲームの大一番っていう時に私を遠ざけているのは、自分なりに分かっているわ」

 

 悔しそうに、久遠は十六夜を見つめる。

 

「でも、今回は人手が足りない。危険を冒してでも乗り込むべき。そうでしょう?」

「...そうだな。それに、お嬢様の気持ちも分かる。俺だって、身内にここまでされといて黙っていられるわけがねぇ」

 

 でも、と十六夜は続ける。

 

「お嬢様を、俺は連れて行きたくない。いざというとき、お嬢様が危険に晒されることで俺の動きが制限されるのは避けたい。はっきり言おう。お嬢様じゃ力不足だ」

 

 目を細め、一言一言を力強くそう告げた。

 さすがに言い過ぎなんじゃないかとも思うが、これは“ノーネーム”の問題だ。俺が口出しするのは違うだろう。

 

「っ.....私だって、」

「だが」

 

 またもや逆接を使って久遠の台詞を遮る十六夜。

 その口には、微かな笑みも浮かべられている。

 

「お嬢様が、それなりの力を付けていたのなら話は別だけどな? .....それじゃ、移動の件は頼むぜ、凌太」

「え? あ、おう。任せろ」

 

 それだけ告げて、十六夜は部屋から出ていった。

 パタン、と扉が閉まり、十六夜のいなくなった部屋には静寂だけが残る。

 なんだろう、すごく雰囲気が重いんだが。

 

「あー...まあ、なんだ。結局、十六夜のやつは誰を連れて行くのか明言しなかった。だったら、久遠にもまだチャンスはあるってことだろ? 頑張れ」

「頑張れって...。...ねぇ凌太君? 貴方は、私はどうすればいいと思う?」

「あ?」

 

 いつになく弱気な声音で、久遠は俺へそう聞いてきた。

 先程の十六夜の台詞がだいぶ効いているのだろうか、明らかに元気がない。まあ正面から「お前じゃ力不足だ」と断言されては仕方ないかもしれないが。

 

「あー...そうさなぁ...。とりあえず修行でもしとく?」

「修行って...あと二日もないのに、それで間に合うのかしら?」

「それは知らねぇよ。けどやらないよりマシだろ」

「.....まあ、それはそうね」

 

 久遠のギフトは他人やそのギフトを支配するモノだと聞いているが、恐らく彼女の恩恵の真価はそこではないはずだ。

 白夜叉曰く、十六夜、久遠、春日部の三人は人類最高峰のギフトを所持しているという。であるならば、格下の相手を支配できる、なんていうだけの能力ではないはずだ。

 未だ成長途中、もしくは支配は本当の能力の副産物にすぎないのかもしれない。

 

 だが、たった二日でギフトを昇華させるのは不可能だろう。

 それよりも、久遠にはやるべき事が別にある。

 

「久遠のギフトは、使い方によっちゃあ十分に役立つだろう。ま、ギフトの能力上、前衛は無理だろうけどな。前衛の支援、つまり後衛に適してると思うぜ? でも、ギフトだけを育てても意味はない。久遠が真っ先に鍛えるべきは、護身術だろうな」

「護身術...?」

「そう、護身術。さっき十六夜も言ってたろ? 『戦闘中に久遠が危険に晒されて、自分が動けなくなるのは避けたい』って。要するに、自分の身は自分で守れるぞ、って十六夜に証明できればいいわけだろ?」

 

 まあ、久遠は生身の人間で、肉体的には一般人のそれ程度。

 どれだけ頑張ったとしても限界があるだろうが、やはりやらないやりは断然マシだと思う。

 

「確かに。飛鳥さんは自身の防御力がほかの御二方と比べて著しく低いです。命は大事ですからね、護身術を修めておいて損はないと思うのですよ」

「...そうね。それが一番いいかもそれないわ」

 

 黒ウサギも賛同し、久遠は納得したように頷いた。

 この短時間でどこまでできるかは分からないが、頑張ってほしい。

 

「まあそういうわけで、頑張れよ久遠。んじゃ、俺はちょっと“アンダーウッド”の散策に...」

「待ちなさい」

 

 大樹の中に広がる美麗な水路を観に行こうとする俺の背に、久遠の言葉が投げかけられる。

 

「...んだよ」

「修行をしろ、だなんて貴方は言うけれど、私には基礎の知識すら無いのよ? どうやって修行しろと言うのかしら。そういう訳で、凌太君。貴方、私の修行に付き合いなさい」

「はぁ? なんで俺が」

「別に構わないでしょう? 何か断る理由でもあるの?」

「そりゃあ.....特にはないけど」

「ならいいじゃない。さあ、頼んだわよ凌太君?」

「お前、それが人にモノを頼む側の態度かよ...」

 

 別に、修行に付き合う程度は全く構わない。

 だが、こんな態度を取られて大人しく付き合ってやるのも癪だ。

 

 そんな事を考えていると、今まで黙っていたジン坊ちゃんが意を決したように一歩前へ出てきた。

 

「あの...凌太、さん。ボクからも、その...お願い、します」

「あ?」

 

 そう言って、ジンは俺へ頭を下げてくる。

 

 

「飛鳥さんは、ボクらの大切な同士です。その同士の願い...どうか、聞き届けて頂けないでしょうか」

「ジン君...」

 

 緊張した様子でそう言うジンを見て、久遠が小さく呟く。

 ジンの発する雰囲気から、彼の真剣さが伝わってきたのだろう。斯く言う俺にも十分に伝わってきている。

 

 ...本当は、俺に頭を下げるのは嫌なんだろうなぁ。

 ジン坊ちゃんに嫌われている自覚はある。そりゃ、“ノーネーム”への所属を断ったり、その理由の一つに「リーダー(ジン)がイヤだ」と言ったりしたのだから、嫌われるのは当たり前だろう。

 

 そんな俺に対し、仲間のために、と頭を下げたのだ。

 

「...ま、いっか。ジン坊ちゃんに免じて、久遠の態度は大目に見てやるよ」

「...そう。ありがとう。ジン君も、ありがとうね」

「い、いえ...」

 

 とまあ、そんな感じで。

 

 よく分からないが、俺が久遠の指南役として選ばれたらしい。

 若干「これ、別に俺じゃなくて黒ウサギでもいいんじゃね?」と思わないでもないのだが、なってしまったものは仕方がない。

 

「やるからには徹底的に、が俺のスタンスだ。覚悟しろよ?」

「えっ」

 

 久遠の引きつった笑みを見ながら、俺は悪魔も泣き出すトレーニングメニューを構想し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 


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