──異変が起きたのは、俺とサラが握手を交わしている時だった。
黒ウサギの耳がピーンっと伸び、何かを聞き取り始めたと思えば、間髪入れずに大声で叫び出す。
「箱庭上層から返信が届きました!!
地の果てにまで届くように腹の底から声を張り上げていた黒ウサギが、一瞬にして固まる。
それもそうだろう。審判権限を行使してゲームを中断したにも関わらず、空に浮く巨龍がこちら側に攻撃を加えてきているのだから。
天に昇る強風が、“アンダーウッド”全域を襲う。
その圧倒的な風力は人や獣のみならず、しっかりと建てられていた建築物すらも巻き上げている。ハッキリ言って威力も規模も次元が違う。これじゃあまつろわぬ神と同等かそれ以上、つまり神霊を相手にしているようではないか。...あっ、それ俺の専門じゃん。
などと馬鹿げた考えはすぐにモノと一緒に吹き飛んだ。このままでは俺たちのいる大樹も危ない。
「オイオイおいおい黒ウサギィ! ゲーム中止してんじゃねぇのか!?」
「しっ、していますっ!! してますよっ! ですので、これは攻撃ではございません!
「「「はぁ!?」」」
黒ウサギの言葉を聞いていた複数人が、一斉に素っ頓狂な声を上げる。その中にはもちろん、俺の声も入っていた。
だが、その続きは続かない。
「うおっ!?」
「ちょっ、ヴェーザー!? 手に捕ま...きゃ!?」
上昇気流に巻き込まれ、ヴェーザーとラッテンが大空へと投げ飛ばされたからだ。
「バッ...! おい爺さん、ちゃんと見とけよな!!」
近くにいた爺さんを非難しつつ、俺もヴェーザー達を追って、文字通り風に乗る。
訪れる浮遊感。いつもの落下している感覚と似ているが向かっているのは全くの真逆、という状況に若干驚きながらも、風を受ける体の面を上手く調整してヴェーザーとラッテンを追う。
慣れって怖いね。そう思う今日この頃。
「うぉおお!!??」
「きゃあああ!!!」
突然空中に頬り出されたからだろうか。ヴェーザーとラッテンの二人は動揺しているようで、空中でジタバタとしている。
そんな二人を小脇に抱えるようにして救助し、ISを展開させて雲の上まで連れていかれることを防ぐ。
ISのジェット噴射でなんとかその場で耐えている俺たちの横を、人や獣、巨人、触手の怪物などが次々と連れ去られていっていた。
やがて、凄まじかった風はその威力を失った。
龍が移動を終えたのだろう。俺は二人を抱えてゆっくりと大樹の中腹、爺さんとペストがいる部屋まで降り立つ。
他の連中は、翼がある者は自力で、そうでない者は翼のある者に助けられて、それぞれが地上へと戻ってきている様子だ。巨人達は誰に助けられるでもなく、普通に落下していたが。
「...ったく。やっぱやべぇなぁ、龍種は。いや、あの龍が別格なのか?
「...ポチ?」
戻ってきた俺の呟きにペストが若干反応するが、大した問題じゃないのでここはスルーする。
それにしても、あの龍は今まで見てきた奴らとは桁が違いすぎる。一応ちゃんと対龍の魔術は創り終えているものの、それが効くのかが分からない。てかそもそもあの龍なんなの。なんであんなのと
「あー...とりあえず、今の状況説明してくれる? 主要人物集めてからでもいいからさ」
「あ、ああ...。分かった、少し待っていてくれ」
俺が全体に向かってそう言うと、サラが答えてくれた。
部下に指示を出し、その部下が慌てて部屋を出ていく。それに続き、黒ウサギとジン坊ちゃんも外へ駆け出した。チート野郎の十六夜や飛べる春日部はともかく、防御力が紙の久遠は少々心配だ。高さ五十メートルから地面に叩き付けられただけで致命傷と成り得る。
「...んで? 爺さん、アンタがいるのになんでまだこのゲームに勝ってないんだ? 今黒ウサギが中断させたゲーム、“収穫祭”とは無関係なんだろ? 察するに、あの龍が突然攻めてきたって感じなんだろうけど...いや、それとも巨人だけが敵なのか?」
待っている間は暇なので、とりあえず爺さんと情報の共有、というよりも一方的な搾取をする為に、柄にもなく部屋の隅っこに突っ立っている爺さんへ話しかけた。
「まあ落ち着け小僧。まずワシは、このゲームに関してできるだけ助力はしない」
「は? なんで」
「ワシが何もせんでもクリアできるゲームだからだ。そりゃ当然、ワシがその気になればすぐにクリアできるけれども。それじゃ意味がないだろう? 神はヒトを助ける存在じゃない。少なくともワシはな。ヒトの可能性を摘み取り、成長を阻害する手助けなんざ以ての外だ。だから、今回は手を出さない」
「ふぅん.....。で、本音は?」
「正直ちょっと面倒臭い!!」
「爺さんのそういう
最近は色々な経験や努力の成果もあって大分マシになったが、俺の脳ミソはあまり出来が良くない。それが現実であり、そこから目を背ける事は箱庭にいる限り不可能だ。
だが、ないものねだりをしても事は上手く転ばないのもまた事実。今持っているモノだけで切り抜けなければならない。
そう考えると、爺さんの不参加も、俺の切れるカードが一枚減っただけだ。その分、他のカードで補えばいい。
「サラ。“ギアスロール”見せてくれ。ゲームの内容くらいは話し合いが始まる前に知っておきたい」
「ああ、構わない。これだ」
サラから手渡されたのは、いつか北側で見た黒い羊皮紙。
確かこれ、魔王のゲームの時に発生するギアスロールだったか? ってことは今回の相手も、いつぞやのペストと同じく魔王。魔王の強さはピンキリだと聞いたが、あの龍が魔王だった場合は間違いなくピンの方。最上位と言われても疑いはない。
まあとにかく。ゲームの内容に目を通せば何かしらの情報は得られるはずだ。
そう思い、俺は思考を一旦切り替えて羊皮紙に視線を落とす。
『ギフトゲーム名“SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING”
プレイヤー一覧
・獣の帯に巻かれた全ての生命体。
※但し獣の帯が消失した場合、無期限でゲームを一時中断とする。
プレイヤー側敗北条件
・なし(死亡も敗北と認めず)
プレイヤー側禁止事項
・なし
プレイヤー側ペナルティ条項
・ゲームマスターと交戦した全てのプレイヤーは時間制限を設ける。
・時間制限は十日毎にリセットされ繰り返される。
・ペナルティは“串刺し刑”“
・解除方法はゲームクリア及び中断された際にのみ適用。
※プレイヤーの死亡は解除条件に含まれず、永続的にペナルティが課される。
ホストマスター側勝利条件
・なし
プレイヤー側勝利条件
一、ゲームマスター・“魔王ドラキュラ”の殺害。
二、ゲームマスター・“レティシア=ドラクレア”の殺害。
三、砕かれた星空を集め、獣の帯を玉座に捧げよ。
四、玉座に正された獣の帯を
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
“ ”印 』
「.....はぁ?」
パッとゲーム内容を確認して、出てきた言葉がそれである。
獣の帯に巻かれた全ての生命体、ってなんだ。そんでペナルティ。ゲームマスターを倒さなきゃならんのに、そのゲームマスターと戦ったら刑を受ける? 十日以内に勝利条件をすべてクリアしろ、ということだろうか。
そして、何より分からないのがゲームマスターの名前にレティシアという名前が出てきていることだ。
北側で一度会ったレティシアと同一人物なのだとしたら、それは不可解すぎる。彼女は“ノーネーム”三大問題児の共有ギフトとなっていたはずだ。まさか叛乱でも起こしているのだろうか? それとも、同名の別人か。
「.....よし、分からん。お前ら、ちょっと知恵貸してくれ」
悔しいが、今ここで俺が一人考えても時間の無駄だ。解ける未来が全く見えないし。
だから俺は仲間に頼ろう。俺一人では無理でも、ここには俺より出来の良い頭脳を持った人間...悪魔? まあそんな感じの奴らが三人いる。三人寄らば文殊の知恵、という諺もあるくらいだ。ここで一人で解くことに意固地になる必要はない。
羊皮紙をペスト、ラッテン、ヴェーザーの三人にも見えるように、そこらの適当な机の上に置き、四人でそれを囲む。
「《魔王ドラキュラ》...確か、私とラッテンが北側で戦った金髪の奴よね? あの吸血姫の」
「ですねぇ。まあ、あの時はすっごく弱体化してたみたいですけど」
「弱体化してた? お前ら二人とシュトロム相手に一人で立ち回ってたじゃねぇか。あれでか?」
「ええ。《魔王ドラキュラ》...かの串刺し公が本来の
「...あの時は敵同士だったんだから仕方ねぇだろ」
その話は一旦置いておくとして。
しみじみと語るラッテンの態度から、本当に弱体化していたのだろうとは思う。ならば、今のレティシアはどうなのだろうか? 本来の力を取り戻していたとして、それがどれほどの強さなのかを俺は知らない。というかそもそも、レティシアを倒す事を“ノーネーム”の連中が許すかどうか、という事も分からない。
「...こりゃあ、どのみち会議でも開くしかないかなぁ」
勝手に事を進めて
それに、焦っても事は上手く進まないものだ。今回は味方として十六夜もいるのだし、決定するのはあいつらと話し合ってからでも全く遅くないだろう。
そう考え、俺は十六夜たちが来るのを大人しく待つことにした。
* * * *
あれから数十分後。
なんだかんだ言いつつも、ゲームの攻略を中々諦められずにいた俺がギアスロールとにらめっこしていると、複数の気配がこの部屋に近付いてきた。
「よう、凌太がいるんだって?」
無遠慮にノックもなく開かれたドアから姿を表したのは、金髪に学ランという風貌の少年──逆廻十六夜だ。トレードマークの一つだったヘッドホンが見当たらないことに少しばかり疑問を抱くが、そこまで大した問題ではないと思考の隅に追いやる。
「久しぶり、十六夜。お前、また派手に暴れてたなぁ。巨人ぶん投げてたろ」
「ヤハハハハ! お前もそんくらいできんだろ?」
「無茶言うな。全力で身体強化してもギリギリだわ」
「なんだ、出来んじゃねぇかよ!」
久しぶりに顔を合わせた十六夜は、やけにテンションが高い。龍を目の前にしてテンションでも上がっているのだろうか? まあ、自分で快楽主義者とか言っちゃう奴だからなぁ。
「まったく...十六夜君といい凌太君といい、本当に人間離れしてるわよね」
ため息を伴って部屋へ入ってきたのは、赤いドレスを身にまとった久遠飛鳥。彼女自身も十分逸般人の域にいる人間なのだが、確かに身体能力という点では、俺や十六夜の足元にも及ばない。
「久遠も、久しぶりだな。北側以来だ」
「ええ、そうね。お久しぶり、凌太君。それから...そちらの魔王さんたち? いえ、『元』魔王、と呼んだ方が良いのかしら?」
そう言って久遠が目を向けたのは、ペストたち三人。
まあ、気にもなるだろう。倒したはずの敵が、目の前に悠然といるのだから。
幸いにも、どこかから情報自体は入手していたのだろう。黒ウサギ同様、一目見ても驚いている様子はない。
「ふん...マスター、アイツらが“ノーネーム”?」
「ああ。十六夜は見たことあるだろ? ヴェーザーをぶっ飛ばしてたし」
「おいマスター、少しは言い方ってもんがあんだろ?」
「だが事実だ」
「ぐっ...む.....」
ヴェーザーが口篭ったところで、見知らぬ仮面騎士が入室してきた。
それに続き、猫耳の少女が入室し、それを確認したサラが号令をかける。
「各コミュニティ、要人は揃ったようだな。ではこれより、このゲーム...“SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING”の攻略会議を開こうと思う。各人、適当な席に着いてくれ」
サラはそう言うと、真っ先に上座へ腰を下ろす。
当然の如く俺らのまとめ役として振舞っていることに若干の苛立ちを覚えるものの、この地ではサラがトップなのだろう。そう思い、大人しく近くの席に座った。
全員が、とはいかないが、重要人物らしき者が全員席に着いたことを確認したサラが、ゆっくりと口を開く。
「では早速始めよう。だがその前に、軽くそこの連中の紹介をしておこう。彼らは、私が今回の“収穫祭”に招待したコミュニティ、“ファミリア”だ。そちらの神には、先日世話になった。実力も皆が知っている通りだ」
「世話になったって、爺さんに? おい爺さん、アンタ何したんだよ。手は出さないんじゃなかったのか?」
俺は疑問を孕んだ目と言葉を爺さんに向ける。
「ああ、昨日あの巨人族をボコっただけだ。放っておけば“アンダーウッド”が滅びていたかもしれんからな」
「は? いや、十六夜がいるんだからそれはねぇだろ」
「残念ながら、俺がこっちに来たのは巨人共が襲ってきた後でな。お嬢様や黒ウサギの話を聞く限り、そこの神サマがいなけりゃ相当ヤバかったらしい」
「マジでか」
「えっへん!」
「えっへんじゃねぇよ爺さん気持ち悪い」
「辛辣ぅ」
いや辛辣も何も、客観的な事実を述べただけだ。
まあそれは置いといて。
「話を元に戻すぞ? そこの少年が“ファミリア”のリーダー、坂元凌太。後ろは...すまない。実は私もそこまでは把握していないんだ。凌太、この場で紹介してもらおう」
「あ? ...右のちっこいロリから順に、ペスト、ラッテン、ヴェーザーだ」
サラの物言いに少なくない苛立ちを覚え続けている俺だが、まあこの場では我慢するとしよう。ここでこいつらに喧嘩を売っても意味はないし。今の俺の興味対象はあの天にいる龍だ。アレと戦う為には、このゲームから外される訳にはいかない。
「ちっこいロリって何よ? マスター、訂正して」
「じゃあちっこいアリス」
「...もしかしてだけど、アリスコンプレックスから取ってる? ならより一層やめて欲しいんだけど?」
「そうだぜ凌太。ネーミングセンスってのは大事だ。ここは斑ロリ一択だろ」
「それだ」
「ああもう!! アンタら発病させるわよ!?」
さらりとそっぽを向く俺と、ヤハハと高らかに、そして愉快そうに笑う十六夜。そんな俺たちに本気で怒ったのか、ペストの顔は怒りで赤く染まっていた。
...少々やりすぎたかもしれない。まあ後でアイスでも奢ってやるとして、とりあえず今は話を元に戻そう。
「んで、このゲームの攻略、どうする?」
「あ、ああ...自分らで逸らした話を自分らで元に戻すのか...なんというか、身勝手な連中だな」
「うるせぇぞ痴女」
「痴女!?」
何やら狼狽しているようだが、サラの風貌はどこからどう見ても痴女のそれだ。慣れたとは言え、世間一般の感覚では即通報モノである。露出狂って本当に怖いよね。
「.....おほん。ま、まあ気を取り直して...。そちらの猫人族の少女が、“六本傷”の頭領代行、キャロロ=ガンダック。そちらの仮面騎士が、“ウィル・オ・ウィスプ”の参謀代行、フェイス・レス殿だ」
「よろしくお願いしますね、“ファミリア”のリーダーさんっ!」
「.....」
猫耳少女が元気にそう告げ、仮面騎士は無言でお辞儀をする。にしても、頭領代行に参謀代行て。代行ばっかりかこの会議は。
それにあの猫耳の方。こいつはどっかで見たことあるような...ないような?
「あ、思い出した。猫耳のアンタ、確か喫茶店で会ったことあるな。東にある“六本傷”の喫茶店の店員だろ?」
「あっ、はい! 覚えていてくれたんですね〜! 今後も是非是非っ、我ら“六本傷”を御贔屓に〜!」
「それは約束しかねる」
「なんで!?」
オカンがいるから外食とかあんまりしないから、とわざわざ言うのも些か面倒なのでそのままスルー。こちらとしてはさっさと攻略会議を始めたいのだ。さっきから俺を中心にして脱線しまくっているが、俺はきっと悪くない。社会が悪い。
「...もういいか? いいな? よし。ではこれから会議を始める。...と、その前に」
「まだあんのかよ」
「すまないな。だが重要な事だ。聞いてくれ」
サラの表情と声音から、事の重要性を多少なりとも感じ取った俺たちは、大人しくサラの言葉を待つ。
そんな俺たちを一周見渡してから、サラは重々しくその口を開いた。
「“黄金の竪琴”が奪還されたのと同時に、“バロールの魔眼”も奪われた。そして、ここ“アンダーウッド”へ攻撃が仕掛けられたとほぼ同時刻、東と北にも魔王が出現したらしい」
「それは.....魔王が、徒党を組んで“
サラの言葉を受け取った久遠が、そんな結論を口に出す。
魔王が徒党を組んだ...。ああ、例の魔王連合とかいう奴らか。.....え? それって爺さんを実質封印してた奴らじゃねぇの? 本当に俺らだけで大丈夫?
「...爺さん」
「なんでちゅかぁ? 凌太くんったら、魔王連合相手にビビっちゃってるんでちゅかぁ? しょーがないでちゅねぇ。おー、よちよち」
「死ね
本気の回し蹴りを爺さんの顔面目掛けて放つが、当然の如く避けられた。俺の蹴りが生み出した余波で部屋の風通しが良くなってしまったが、そんなのは知らない。爺さんは今ここでシメる!
「へぇ? 魔王連合、ね。面白いなぁ、オイ。だがまあ、これで納得はいった」
俺と爺さんの攻防を軽やかにスルーして話を進めているのは、公式チートこと十六夜だ。彼の中では殺し合いもスルーできる許容範囲だったらしい。さすがとしか言いようがない。そして爺さんは死ね。
「えっ? あ...え? アレは.....。いっ、いや...。うん、そうだな、無視しよう。それがいい、私たちの精神衛生上。それで、何が納得出来たのだろうか?」
一瞬戸惑っていたものの、すぐに思考を切り替えるサラもさすがと言えるか。伊達に大規模なコミュニティを率いてはいない、ということだろう。あと爺さんはくたばれ。
「まず確認したい。サラ、つったな? お前が、戻ってくるはずの“サラマンドラ”の後継者、ってことで間違いないか?」
「ああ、そうだ」
「なら、前回の魔王襲来...そこの
「もちろんだ。その件に関しては、“ノーネーム”や“ファミリア”に礼を言う」
「そうか。...じゃあ、その魔王を手引きしたのが、“サラマンドラ”だったってのは?」
「そんな!?」
ガタンッ! と席を勢い良く立ち上がったのは、困惑の表情を明らかにしている黒ウサギ。
そんな黒ウサギとは対照的に、サラは落ち着き払った様子で十六夜に返答する。
「まあ、父上ならやりかねないだろうな。サンドラの力を皆に知らしめる。そういう意図があったのだろうよ」
「いや、話はそんなに単純なモンじゃなかった」
「...と、言いますと?」
今まで黙り続けていたフェイス・レスが、興味を示したように十六夜へ問い直す。
その間も俺は爺さんに殴りかかり蹴りかかっているのだが、一向に当たらない。てかそのニタニタした笑みを引っ込めろ腹立たしい。
「ペストたちの狙いはサンドラじゃない。東の階層支配者、白夜叉だった」
「そうか! 同時期に南の階層支配者を倒されたのも、主犯が同じと考えれば辻褄は合う! そういうことですね、十六夜さん!」
「そういうこった、おチビ。そして、それらの主犯が──」
「──父上だ、と。そう言いたいのか?」
「確証はねぇよ。だが、答えはそこに転がってる。なぁ、ペスト...いや、“
そこで十六夜が鋭い視線を向けるのは、呆れと驚きを織り交ぜたような表情で俺と爺さんのやり取りを見ていたペストだ。
突然話を振られた(本人が意識を逸らしていたのでそう思った)ペストは、少しビクッと肩を跳ねさせた後、ラッテンから状況を耳打ちされて佇まいを正す。コホン、と一つ咳払いをしてから、いつものように不敵な笑みを顔面に貼っつけて話し出した。
「さあ? どうかしらね? ただまあ、私たちの狙いが白夜叉だったのは正解よ。だって私、太陽が憎かったんですもの」
「...まあ、今はいいさ。にしても、その魔王連合の奴らが階層支配者を倒すことで得られる利益ってのはなんなんだ? ペストはまあ、太陽への恨みやらなんやらで白夜叉を狙っただけだとして、それ以外も色んな因縁でもあったのか?」
「階層支配者の打倒で得られるモノ...という事でしたら、一つ思い当たるフシがあります」
十六夜の疑問へ、フェイス・レスが軽く挙手しながら返答した。
と、そこで俺は爺さんの反撃に遭う。意識を会話に向け過ぎた。横薙ぎに振るわれた爺さんの腕が俺の腰を捉え、俺はくの字になって真横の壁に吹き飛ばされる。
「っつぅ...! ゴホッ、ゴホ...」
なんとか壁を貫通する事はなかったものの、思った以上に体の受けたダメージが大きい。単純な破壊力ではなく、内臓にでも直接衝撃でも与えられたか...。
湧き上がる嘔吐感を気合いで抑え込む。一応、傷付いたら自動で発動する封刻印型の回復魔術を体内に仕込んであったのだが、その魔法陣ごと砕かれたらしい。一向に発動する気配がない。体内からじゃないと魔術が効かない体質だから、わざわざ頑張って体内に魔法陣を仕込んだってのに...。また造り直さないといけないのか。
「クッソが.....」
「わっはっは! まだまだ甘いなぁ、小僧。さてさて、会議の続きをどうぞ?」
とても良い笑顔でそう告げる爺さんを、俺は恨みがましく睨みつける。だがまあ、今回も俺の負け。弱い俺が悪いので、それ以外睨みつけることはせずに、大人しく自分の席に着く。
「...いつかぜってぇブン殴る。タコ殴りにしてやる」
「はっ。百二十二年早いわ、小僧」
「なんだその具体的な数字は...?」
この流れはいつものことだ。爺さんの一撃で俺が負け、そしてそれ以外の追撃はせずに勝負を終える。非常に不本意だが、これに慣れてしまっている俺もいるのだ。非常に不本意だが。
損傷は持ち前の回復力で完治しつつあるし、爺さんの言う通り、そろそろ会議に真面目に参加するとしよう。
「さて。騒がせたな。続きを始めよう」
平然と、何事も無かったかのように会議再開を促す俺に対し、さすがの十六夜ですら一瞬固まってしまっていた。
...なんだ。その...悪かったよ。