問題児? 失礼な、俺は常識人だ   作:怜哉

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無理矢理感が半端じゃないですが、もうアカメでネタが浮かばないんです...! すまない...こんなに時間をかけたのに全然面白い展開を思い付けなくてすまない...!


ワイルドハントハント

 

 

 

 

 

「...もう一度言ってみろ、ウェイブ」

「すいません...いやほんと、すいません.....」

 

 イェーガーズに与えられた部屋にて、ドS将軍の冷たい声と、青年の泣きそうな声が響く。

 

「はぁ...。クロメ、石」

「ん」

「ほぐぁ!!」

 

 無慈悲にも下された罰を受け、ウェイブが更に苦悶の声を上げた。それにしても本物の石抱とか、俺初めて見た。

 

 

 俺とタツミがイェーガーズ補欠に採用されてから今日で二週間。

 今日はイェーガーズの仕事である賊狩り...ではなく、危険種狩りに俺とタツミは同行した。タツミとウェイブ、エスデスとクロメとセリュー、俺とボルスさん、ランとスタイリッシュ、という四チームに分かれ、それぞれ危険種が多く生息する地域に赴いたのだが...ここで、タツミが脱走したのである。

 

「リョータ。お前、タツミの師だろう。どこに行ったか分からないのか?」

「知るわけ無いだろ。師匠っつっても、別にそこまで深い関係じゃ無いんだよ」

 

 嘘である。俺はタツミの居場所を知っているし、なんなら脱走の手伝いをしたまである。帝具持ちでないタツミが、機動力に秀でた帝具を持っているウェイブから一人で逃げられるわけが無い。

 

 だがしかし、宮殿の外で、しかもエスデスの監視下から逃れられればタツミの脱走は成功したも同然だ。二人きりになったところで、不貞隠しの兜を装備したモードレッドが襲えばそれで終了である。ウェイブを殺すまでは無くとも、どこか遠くへタツミをぶん投げて、そのままタツミが帝都に帰らなければそれで良い。そうなれば、タツミは未知の敵との戦闘途中に不幸にも行方不明になった、と判断され易いし、宝具である不貞隠しの兜の効果から、ウェイブから話を聞いたセリューがモードレッドの正体に行き着く可能性も低くできるだろう。まあ、バレたらバレたでその時考えるつもりだが。

 

 ...というか、今回ウェイブはそんなに悪くなくない? 確かにウェイブはタツミを見失った上モードレッドに負けたが、エスデスだったとしても結果は変わんなかっただろうし...。

 

 

 この作戦は、昨日の晩の時点でモードレッド達に報告していた。

 俺達はなにも、宮殿内に監禁されている訳ではない。タツミはほぼ軟禁状態だったが、俺は帝都の宿をとり、そこで寝泊まりしていた。

 素性の分からない相手を雇う、という事も大概だが、その相手をここまで自由にさせるなど、一周回って尊敬してしまいそうになる。

 

「はぁ...。まあいい。そのうちタツミとは再開する、そういう予感もあるからな」

「それは俺も同意だな」

 

 まあ、敵として、という言葉が前に付くだろうけど。

 そんな感想は心の内に秘めつつ、チラッと部屋を見渡す。

 

「スタイリッシュの奴、まだ帰ってきてないのか」

「そうなんです。ドクター、どこまでタツミの探索に行ってるんでしょう?」

 

 俺の呟きをセリュー広い、こてん、と可愛らしく首を傾げる。

 うーん...そういう風にしてりゃ普通の可愛い女の子なんだが...。この二週間で見てきた正義執行中のセリューの顔と態度を見たら...ねぇ? 顔芸かよ、と思わず突っ込んでしまった。

 

 まあそれはひとまずおいといて。

 スタイリッシュが居ないという事は、タツミの、しいてはナイトレイドの拠点を見つけた可能性がある。スタイリッシュ本人から聞いた話だが、奴は死刑囚を実験体にして様々な特性も持った改造人間擬き軍団を持っているらしい。その中に追跡に優れた個体がいてもなんら不思議ではない。

 そして、スタイリッシュ達が返り討ちに遭う事も。

 

「...はっ。モードレッドがいるんだぞ、スタイリッシュ程度が勝てるわけがねぇ」

 

 今度は誰の耳に届くでも無く、俺の呟きはウェイブの(うめ)き声にかき消された。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 タツミ脱走から数日後。

 いつまで経っても帰る気配が無く、連絡一つ寄越さないスタイリッシュの死亡が断定された。

 俺は事前にモードレッドを介してその事実を知っていたし、イェーガーズの面々も予想はしていたのか、余り驚きは見られなかった。

 若干一名が非常に悲しみ、結果としてイェーガーズ全体のナイトレイドへ対する憎悪が募る事となったが...まあそれは些細な問題だろう。俺の敵になるのかどうか、そこが重要なだけだ。

 

 スタイリッシュはモードレッドが単騎で屠ったらしく、彼の持っていた帝具はモードレッドが回収し、そのまま戦利品として保持しているらしい。なんでも、自分が使う訳ではないが戦闘に参加してないナイトレイドの連中にくれてやるのは惜しいから(たばね)に渡す、とかなんとか。

 シャルロットに渡す事も考えはしたが、余りお気に召さなかったらしい。なにやら狙っている帝具があると言っていたが、どこにあるのかまで把握しているのだろうか? 入手を手伝おうかと思い、そう提案したのだが、自分で手に入れたいからいいと断られてしまった。まあ自主性が高いのは良い事だと思う。是非自力で手に入れて貰いたい。

 

 さて。これでイェーガーズはスタイリッシュとタツミの二人を失った訳だが、やることは変わらない。

 今日も今日とて、帝都周辺の賊や危険種を狩っていく。以前と変わったことと言えば、俺も本格的にイェーガーズの仕事に参加し始めたということだろうか。

 

 というわけで。俺は現在、生傷の癒えきっていないウェイブと共に山賊狩りに赴いていた。というか現在進行形で狩っている。慈悲? ...いえ、知らない子ですね。

 

「うっわ......ホント容赦ねぇな、お前...」

「油断して反撃されるのが一番馬鹿な事だぞ、っと。ほい、これで殲滅完了。軽い運動くらいにはなるかなって思ったけど、そうでも無かったな」

 

 生きているのか死んでいるのかも分からない山賊の山を築き上げた俺は、ぱんぱんと二回手を打つ。

 タツミがいなくなってからは実戦風の手合わせをする事も無くなっていたので、最近は少し運動不足気味だ。それを解消しようとこの賊狩りに参加したのだが...如何せん、賊の練度が低過ぎた。危険種相手の方がまだ運動になったわ。

 

 そんな感想を抱きながら、とりあえず生き残っている者を数人縛り、近くで待機していた帝国兵(エスデスの直轄兵)に引き渡す。反乱軍に関する情報を持っているかもしれないから拷問するとかなんとか。こんな奴らが反乱軍と繋がってるなんて思えないし、多分エスデスが拷問したいだけだろう。もうドSっていうレベルじゃないよな、アイツ。

 

「...なぁ、リョータ」

「ん? なんだよウェイブ。心配しなくても手柄は全部俺が貰う」

「いやそんな事じゃ無......はっ? いや、えっ、はぁ!? そ、そりゃ無いだろ!? ってかここは『手柄は山分けな』とか言うとこだろ!?」

「はぁ? 何言ってんのお前? 今回俺しか働いてねぇじゃん。お前何もしてないじゃん。それで手柄だけ分けて貰おうとか、ちょっと虫が良すぎるぞ?」

「いやっ、そうだけど...そうだけどよぉ!」

 

 何やらウェイブが呻いているが、そんな事で手柄をくれてやる程俺は親切じゃない。給料に関わってくるのだ、そう簡単に譲りはしないとも。

 

「あっ、いや! 俺はこんな話がしたかったんじゃなくて!」

「あん? だったらなんだよ」

 

 拷問用の生き残りを回収し終えたエスデスの私兵が、残りの山賊らを虐殺し始めた頃、ウェイブがやけに真剣な目でこちらを見てきた。というかここからさっさと離れたいんですけど俺。別に山賊がどうなろうが知ったことではないが、好き好んで虐殺シーンを見たいとも思わない。

 

「リョータ! 俺に...俺に修行をつけてくれ!」

「だが断る、って言ったら?」

 

 面倒そうな話が出てきたので、テキトーな事を返しながら帝都方面へ歩き出す。

 正直今日は完全な無駄足だった。これなら宮殿で茶でも啜りながらコロと戯れていた方が楽しかったかもしれない。

 意外かもしれないが、動物は好きなのだ。犬と猫、どっちが好きかと聞かれればどっちもと答えるくらいには。...自分で言ってて意味分かんねぇなこれ。とりあえず、愛玩動物を愛でる心は一応持っている。ウリ坊だって可愛がっている...と思う。一時期は忘れていた時期もあったが、それでも思い出してからはそれなりに可愛がってるんだよ、うん。

 まあ害意を持っているのなら、愛玩だろうがなんだろうが容赦は一切しないが。

 

「...っ! 待ってくれ!!」

 

 一瞬呆けていたウェイブだったが、去ろうとする俺を引き止めるように立ち塞がる。

 

「ヤだよめんどくせぇ。何か話すにしても、とりあえず帝都に戻ろうぜ。腹減ったし」

「なら俺が奢る! 何だっていい、お前が食いたい物を腹一杯食わせてやるから! だから!」

「だから修行つけろってか? ...なんで俺なんだよ。エスデスとか、会った事はねぇけどブドーとか、適任者なら他にも色々いるだろ」

 

 言いつつも、足は止めない。後ろから聞こえてくる断末魔的な叫びが不快なのだ。エスデスの奴、自分の兵士まで全員ドSを超えた変態で編成してるのかよ。

 

「ブドー大将軍はずっと篭ってるから会えない。隊長にも頼んだけど、お前の強さは既に完成されてる、って言ってばかりで...。それに、リョータの戦闘スタイルは俺と似てるだろ?」

「戦闘スタイルが似てる? 俺とお前が?」

 

 はて? ウェイブの戦闘スタイルは主に肉弾戦(ステゴロ)。対する俺の戦闘スタイルといえば、なんでもありのトリッキーなものだと思う。権能や魔術が主流だが、武器も扱うし、殴るし蹴る。不意打ちもする。幸いというか何と言うか、武具の扱いはスカサハ師匠らから習っているし、ウェイブの様なステゴロ戦法も真夏の裁定者を見て覚えた。川神流も覚えたは覚えたが...あれは普通の拳法を派手にしたくらいだからな。天使にすら届き得る拳と比べてしまうと、やはり少々見劣りしてしまう。

 

 まあとにかく。俺とウェイブの戦闘スタイルは余り似ていないはずなのだが...。あ、そっか。俺イェーガーズの前じゃ素手で殴ったり蹴ったりしかしてないから勘違いしてるのか。

 

「頼む、リョータ! ...俺はタツミを守れなかった。記憶にモヤがかかったみたいに、当時の事はよく思い出せないけど...手も足も出ずに、何者かに負けた事だけは覚えてる。そのせいでタツミは行方不明になったし、ドクターは死んだ...。そんなんじゃダメなんだよ! 俺はもっと強くなって、国民を守らないといけないんだ!!」

 

 何をそんなに必死になっているのかと思えば...なるほど、そういう事か。

 

 なんで国民を守る義務がウェイブにあるのかは知らないが、守るべきものが守れないんじゃ自分に腹が立つだろう。確かにそれは分からないでもない。けど。

 

「だが断る」

「っ!?」

 

 心底驚いた顔をするウェイブを放り置き、今晩のメニューを考えながら帰路に着く。最近は魚料理ばかりだったし、今日は肉にするか。なんなら宮殿の中庭でBBQでもしてやろうかな。

 

「待ってくれよ!」

 

 各お偉いさん共に怒られそうな図を想像していると、ウェイブが俺の肩を掴んできた。

 

「んだよ。しつこいぞ」

「頼む! 俺を強くしてくれ!」

 

 俺の非難がましい視線をガン無視しつつ、ウェイブが頭を下げる。

 

「...はぁ。というかさ、エスデスにも言われたんだろ? 今のお前が、お前の限界なんだよ」

 

 ウェイブは強い。状況次第ではブラートやアカメに勝てるかもしれない程には。だが、まだ伸び代のあるアカメ達とは違い、ウェイブは既に伸びきっている。頭打ちしているのだ。

 

「そりゃ確かに、鍛えれば多少は強くなると思うぞ? けど、飛躍的なレベルアップは望めない。それでもいいなら付き合ってやるけど?」

「!! ああ、構わない! それに、限界なんて超える為にあるようなもんだろ!」

 

 嬉しそうに笑顔を浮かべるウェイブを見て...俺は心の内でイラついた。

 

 限界を超える。そんな事、そう簡単に出来る訳がないだろう。

 そういう事を言い出す奴は、自分の限界を自覚していない奴だ。人が限界を超えたいなら、人を辞めるしかない。

 はたして、そんな覚悟がウェイブにあるのだろうか?

 

 まあ、ウェイブがやりたいと言うのならやらせてやろう。組手でもすれば、俺のいい運動になるかもしれないし。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 タツミ脱走から一ヶ月半。

 

「リョータ。私はこれから南に行く。いわゆる出張だ。だから弁当を頼むぞ」

「は?」

 

 キッチンで葱を切っていた俺に、我らがエスデス隊長殿はそう告げた。

 

「三日分用意してくれ。出来れば日持ちする物が好ましいが、いざとなれば私の能力で冷凍保存するので問題ない」

 

 それだけ言うと、エスデスはキッチンから出ていった。

 ...え、何? なんで俺弁当作んないといけないの? というか出張ってなんだ?

 

 とまあ色々と疑問はあったが、とりあえず三日分、九食分の弁当を用意する事にした。

 

 

「だったら買い物行かないとな...」

 

 イェーガーズの夕飯の支度がまだ途中だが、仕方ない。

 そのうちボルスとかが来て勝手に進めてくれるだろう。因みに、イェーガーズの調理当番は俺とボルス、あと偶にウェイブだ。女性陣にはもう少し頑張って貰いたい。まあセリューは兎も角、クロメやエスデスが料理している姿など想像もつかないが。

 

 まだ下準備の段階だったのが幸いした。

 とりあえず葱を切り終えた俺は、買い物に行って来るからあとよろしく、というメモを残し、イェーガーズ共用の財布を片手にキッチンを後にする。

 

 

 宮殿内の廊下で噂の大臣とすれ違ったり、ブドー大将軍と初の会合を果たしたりと、結構なイベントがあったが...まあそれは置いといて。

 

「ちっ。大臣の息子だかなんだか知らねぇけど面倒な事しやがって...」

 

 愚痴を零しながら、街の商店街を歩く。

 現時刻は昼とも夕方ともつかない様な時間帯。夕食には早過ぎるが、それでも普段から夕飯の食材目当ての人混みが絶えない時間帯...なのだが。今現在、この商店街にはほとんど人影が見て取れない。

 

 理由は単純。三週間程前に帰って来たという大臣の息子が好き勝手暴れているのだ。気に食わない店を見つけたら破壊し、気に入った女を見つければ自分のおもちゃにする。そんな暴挙が大臣の息子という名の元に行われ続けた結果、ここ最近は店がまともに経営されなくなったのである。本当ふざけんなよ。

 

「おーい、ここ開けろー。俺だから。大臣の息子じゃないからー」

 

 肉屋の前でそう叫ぶ。付近には破壊されはばかりの店が数件ある事から、ついさっきまで大臣の息子率いるワイルドハントとかいう奴らが居たことはまず間違いない。こんな好き勝手暴れて、後先考えなさ過ぎだろ。これじゃ誰だって叛乱したくなるっての。

 

「...あ、ああ.....なんだ、リョータさんか...」

 

 呆れた目で破壊された店を見ていると、ビクビクとした様子で店主のカルビが顔を出した。

 

「おう。なんだよ、そんなにビビって。そんなにワイルドハントが怖いか?」

「そ、そりゃ怖いに決まってんだろ!? 相手はあの大臣の息子だぞ!?」

「でもアンタ、確か拳法の心得があるとか言ってなかったか?」

「腕っ節の問題じゃねぇんだって! それに、多分俺じゃ大臣の息子には勝てねぇしよ...」

 

 ふむ。まあ大臣の息子の方をしっかり見た事がねぇから分かんないけど...ま、勝てないって思ってるうちは勝てねぇだろ。

 

「そんな事より。挽肉と豚肩ロース薄切り肉、あと牛すね角切り肉。あるだけ詰めてくれ」

「そんな事って...はぁ。毎度」

 

 溜息を吐きながら、カルビは俺の指定した肉を白トレイに入れて俺に渡す。それを受け取り、金を渡してから俺は肉屋を去った。

 その後も数件店を周り、必要な食材を買い揃えて宮殿に戻ろうとしている途中。俺はそれに遭遇した。

 

「おー、いい女も何人かいるじゃねぇか。よぉし、お前、俺のおもちゃ決定な」

「おいシュラ! 独り占めは良くねぇなぁ! 俺にも寄越せ!」

「じゃあ私はそこのイケメンくんもーらおっと!」

「んー.....ちっ! 天使達はいねぇのかよ...つまんね」

 

 とある劇場の前で、複数人の男女によるそんな会話が聞こえてくる。いや、会話として成り立ってない奴もいたけれど。

 その劇場は帝都でも割と有名で、噂くらいは俺も聞いた事がある。俺がイェーガーズに入ってからはちょくちょく帝都に来ているシャルロット達も観た事があるらしく、良かったと言っていた。

 

 そんな劇場は見るも無残に破壊され、残った役者達も毒牙にかかろうとしている。

 

「ワイルドハント...」

 

 ボソリと、その蹂躙を成した奴らの総称を呟いた。

 話には聞いていたが、実際に見てみると呆れる程の奔放さだ。正義狂いのセリューや、根の優しいウェイブが見たら間違いなく噛み付きそうな光景である。

 

 そう考えながら、俺はそのワイルドハントの横を通り抜けようとした。何故って、そうしないと宮殿に行けないからである。絡まれるのも面倒だし、何より俺は今生肉を持っているので、気配遮断を使ってさっさと宮殿へ向かう事にした。だが、人生そう簡単には進まないらしい。

 

「何をしているんですか!!」

「あん?」

 

 聞き覚えのある怒号の後に、不機嫌そうな大臣の息子の声が背後から聞こえる。

 何となく、というかほぼ正確に後ろの光景が予想出来たが、一応確認の為に振り向いて見た。するとまあ、面白いくらいに予想通りの光景がそこにあった。

 

「貴方方の行動は営業妨害及び建築物損壊罪、そして傷害罪に当たります! つまり悪...ング!?」

「はーい、そこまでー」

 

 大臣の息子に向かって指を差し、お前達は悪だと詰め寄る正義狂い・セリューの口を、彼女の背後から塞ぐ。無視を決め込む、という手段もあったが、まあ仮にも同じ釜の飯を食った仲だ。むざむざ(・ ・ ・ ・)殺される(・ ・ ・ ・)のを(・ ・)放って(・ ・ ・)おく(・ ・)のも多少、いやミリ単位で気が引ける。

 

「...なんだぁ? てめぇらは?」

 

 不機嫌さを隠そうともせずに、大臣の息子がそう聞いてくる。

 その態度に腹が立ったのかセリューが暴れようとするが、俺に抑えられている為に暴れられないでいた。セリューを抑えることでコロも間接的に抑えられるのが楽でいいな、このコンビ。

 

 別にこいつらが暴れるのは構わないのだが、如何せん相手が悪い。

 立場とか権力とかの理由もそうだが、何より戦力差が半端ではないのだ。

 

「ん? その犬っころ...確かヘカトンケイルとかいう...。ってことはお前ら、例のイェーガーズか?」

 

 コロの事を知ってやがったか。

 いや、別に俺がここでセリューと一緒に暴れてもいいのだ。だがそうすると、俺達は帝国にはいられない可能性が高い。悪名高い大臣も、さすがに息子を殺されたらキレるだろう。俺とセリュー、下手をすればエスデス除くイェーガーズ全員が指名手配されかねない。エスデスが何かしらの手を打つかもしれないが、それでも本気になった大臣相手に無罪を勝ち取れる保証が無いのだ。現段階で大臣とエスデスとの力関係が完全に把握し切れていないのが痛いな。

 

「ンンーー!! ンー、ンンンーー!!!」

「セリュー黙って」

 

 尚も大臣の息子に喰ってかかろうとするセリューの拘束を継続しつつ、コロのリードを握り歩き出す。

 

「おい、無視か? 俺は大臣の息子だぞ、そんな俺を無視するか? 普通」

「...........」

「ンンーー!!」

 

 ホント暴れないでセリューさん。さっきから貴女が叫ぼうとする度に唾が掌に飛んでるから。やめて。

 

 内心でセリューに文句を垂らしつつ、無言のまま足は止めない。

 大臣の息子? ふん、全く怖くないね。俺を怖がらせようってんなら修行に飢えたスカサハ師匠でも連れて来い。

 

「こんの...! はっ、いいぜ、その根性は認めてやる...。だが、それは蛮勇って言うんだぜ? 歯ァ食いしばれ餓鬼ィ!!」

 

 何やら一人で訳の分からない事を言いながら、大臣の息子が俺に殴りかかって来る。

 まあ、確かに弱くはない。シャルロットやラウラでは勝ち目は余り無いかもしれないと思える程に。確かに、威張り散らすだけの実力はある。キチンと鍛えればそれなりに強くもなるだろう。だが所詮、弱くはない程度でしかないのだ。

 

 俺は溜め息を漏らしながら、体を少しだけ横に逸らして大臣の息子の拳を避けた。まさか避けられるとは思ってもいなかった大臣の息子はそのまま前のめりに倒れ込む形になり、俺は追い討ちとして背中を少し蹴る。すると、大臣の息子は地面に思いっきり顔面を強打した。

 

「テメ.....!!」

 

 鼻を手で押さえながら、非難じみた目を俺に向けてくる大臣の息子。鼻を押さえている手の指の間からは血が滴っている。あれは痛い...。

 

「はぁ...。お前、シャアとか言ったか」

「あ゙あ゙!? シュラだシュラ! テメェ舐めてんのかクソ餓鬼!!」

 

 もはや唯のヤンキーにしか見えなくなってきた大臣の息子(笑)に向かって、もう一度溜め息を漏らして見せる。そうするだけで面白いくらいにシュラの怒りのボルテージが上がっていくのだから単純なもんだ。

 

「まあどっちでもいいけどな。とりあえず今日はお互い見なかった事にしよう。今生肉持ってるんだわ、俺。早く調理するなりエスデスに冷凍させるなりしないと」

「はぁ!? この俺を足蹴にしておいて言う台詞がそれか!? 本当にブチこr...」

「おっと足元にゴミがー」

「ンガッ!?」

 

 未だ地面に這い蹲っていたシュラを踏みつけつつ、俺は宮殿に向かう為に再び歩き出す。

 シュラは今ので意識を手放したらしく、立ち上がっては来なかった。だが、それはシュラに限った話である。その仲間は、さすがに黙っていなかった。

 

「おぃおぃ兄ちゃん、俺らのボス踏みつけといてそのまま帰るってなぁナシだぜぇ?」

「お前ら本当、田舎のヤンキーか何かなの?」

 

 指をポキポキと鳴らしながら、おかっぱっぽい髪型の男が俺に近づいて来る。その男だけでは無く、ほかのワイルドハントの連中もいつでも動ける様に準備をし始めた。

 ...ふむ。いくつか帝具持ってるっぽいけど...まあいいや。ラウラは既に入手済だし、シャルロットも欲しい帝具は他にあるっぽいからな。

 

「今はお前らに用なんて無い。さっさとそこのボス連れてけ。あ、宮殿に帰るなら俺達とは少し時間空けてから帰れよ」

「ああ? お前、まぐれでシュラを倒したからって調子乗ってんじゃねぇぞ?」

「まぐれでもなんでもいいから俺達を帰らせろよ。肉が傷んだらどうするんだ。言っとくけどな、肉が腐ってキレるのは俺だけじゃないんだぞ? 食材を無駄にしたらボルスもキレるし、何より楽しみにしてた弁当のおかずが無くなったって知ったらエスデスがブチギレる」

「んなっ! チッ、エスデス.....!!」

 

 おー、便利便利。名前出しただけで相手が尻込みするとか、あのドS将軍もたまには役に立つな。

 

 

 

 

 結局、特に争いごとを起こす事無く宮殿へと辿り着いた俺は、暴れるセリューを眠らせて(物理)から早速料理に取り掛かる事にした。先程エスデスに聞いたところ、出るのは明日の昼前らしいので、とりあえず今夜は下準備だけだ。素材に味をしっかり滲ませる。

 ちゃんとした調理は明日の朝にでも始めようと思い、俺は一旦宿に帰る事にした。今日はモードレッドとシャルロットとラウラの三人が来るという連絡を貰っているので、彼女らの晩飯も作る事になっているのだ。...俺、最近料理しかしてないな。

 

 

 

 

 日もすっかり落ちた頃。俺は自分の泊まっている宿に辿り着いた。

 ここまでの道のりは飲み屋街で、少し前までは朝まで飲み騒ぐような奴らも居たのだが、今ではどこの店ももぬけの殻だ。これもワイルドハントの影響か、などと頭の隅で考えながら部屋のドアノブに手をかける。

 部屋の中からは三人の気配もしているし、既に来ているのだろう。そう思い、扉を開ける。

 

 するとそこには──目に涙を、今にも溢れんとばかりに蓄えたシャルロットがへたり込んでいた。

 

「...何これどういう状況?」

「あっ、凌太!」

 

 俺に気付いたシャルロットが声を上げて抱きついてくる。

 え、何これ本当にどういう状況?

 

「...遅かったな、嫁」

「すまねぇ...オレがちゃんとデュノアの近くに居ればこんな事には...!」

「いやだからどういう状況なんだよ今」

 

 とりあえずシャルロットをあやしながら、モードレッドとラウラに視線を向ける。

 本当にどうしたのだろうか? 財布でも落とした?銀行が無いこの世界じゃ全財産入った財布を落とすのは確かに泣きたくなってもおかしくはないが...。

 と、そこで怒りで顔を染めたモードレッドが重々しく口を開いた。

 

「シュラとかいう奴らに、シャルロットが裸に剥かれかけたんだ」

「帝国潰す今すぐなう」

 

 もはや慈悲は無い。大臣の息子を殺るのだから、帝国との衝突は避けられないだろう。そうなればイェーガーズともやりあわなければならない。...だが、そんな事知った事じゃない。俺の逆鱗に触れたんだ。帝国諸共血祭りに上げてやる、あのクソ白髪野郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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