「では、決勝戦! 東方 鍛冶屋タツミ! 西方 旅人シャルロット!」
司会の青年の宣言と同時、観客から歓声が沸き立つ。
「いっけぇデュノア! タツミなんざぶっ飛ばせぇ!!」
「なにおぅ!? タツミー! 勝ったらおねーさんがいい事してやるから勝てー!!」
俺の隣でも、モードレッドとレオーネが他の観客の例に漏れず盛り上がっていた。最初こそつまらなそうにしていたモードレッドだったが、シャルロットが勝ち進むにつれて、だんだんと熱の篭った声援を送るようになっていた。
「......シャルロットには勝って欲しいが、しかし......むぅぅ......」
盛り上がるモードレッドとレオーネとは反対に、観客席で座っているラウラはどちらを応援するべきか煮え切らない様子で唸っていた。
ラウラはこの大会、初戦でタツミに敗れたのだ。中々に良い試合だったのだが、最終的には才能で上回るタツミに軍配が上がった。
タツミはそのまま、ラウラ戦以上に苦戦する事は無く、それどころか余裕を持って決勝まで勝ち上がった。
シャルロットはと言えば、多少の苦戦を強いられた試合も見られたものの、特に目立った強者と当たる事なく無事に決勝の舞台に上がっている。元々、シャルロットは素手でも成人男性と張り合えるだけの実力があった。まあ、そこはラウラも同様なのだが。ラウラも、初戦からタツミと当たらなければ勝ち上がっていたに違いない。腕自慢大会と聞いていたのだが、そこまでの実力者は参加していなかった様だ。
闘技場でシャルロットとタツミの決勝戦が始まり、会場のボルテージは更に上がる。ラウラの時もそうだったが、シャルロットとタツミの試合は、会場の観客達を楽しませるには充分過ぎる程の接戦となっている。
武器無しでの組手であれば、ラウラ、シャルロット、タツミの三人に余り差はない。男女の間に否応無く阻まる筋力差という点、そして単純な才能という点でタツミの方が上回っているが、それもシャルロットやラウラの工夫でどうにかなるレベルの差でしかない。まあ、伸び代で見ればタツミがダントツなのだが。
「それにしても......」
と、俺は一旦試合から目を離し、壇上の奥で肘を付きながらつまらなそうに試合を眺め...いや、今は若干前のめり気味に試合に魅入っている、噂の帝国最強ドS将軍へと視線を向ける。
確かに強さという面で、あの女はナイトレイドの頭三つ分くらい抜きん出ている。更に、そこに帝具の能力が上乗せされると考えるなら、今のナイトレイドが総出でかかっても勝てる保証は無い。だけど...。
「...やっぱ、敵じゃないんだよなぁ」
少し過大評価を下してみても、制限無しの俺やモードレッドに勝てるとは思えない。あれが最強の一角なのだとしたら、やはりこの世界で俺の脅威になる人間はいないのだろう。まあ、今の俺は弱体化しているのでいい勝負になるのかもしれないけどな。帝具の能力が絶大だという話だし、慢心は身を滅ぼすと身を以て知っているので油断はしない。
それに、俺とモードレッドの脅威ではないというだけで、シャルロットやラウラ、そしてナイトレイド達にとっては圧倒的な強敵だ。もし俺が反乱軍側に味方し、帝国と正面切って戦う事になったら真っ先に潰そう。
そこまで考えたところで、意識を再び試合へと戻す。
舞台上では、未だシャルロットとタツミの攻防が続いていた。だが、両者互角という訳ではなく、タツミ優先の戦況であるようだ。
タツミが拳を振るい、シャルロットがそれをいなす。タツミのラッシュは続き、徐々にシャルロットが押され始めた。気付かぬうちに舞台の端に追い詰められ、焦ったシャルロットが反撃を試みるが、タツミは冷静にそれを見切り、合気道の要領でシャルロットを投げ飛ばす。
上手く着地したシャルロットだったが、タツミはすぐに接近してまたラッシュ。先程の繰り返しである。
それを二、三度繰り返したところで、とうとうシャルロットが場外に弾き出され、今日一番の盛り上がりを見せていた決勝戦の勝敗が決した。
「シャルロット場外! よって、勝者タツミ!」
司会の少年が右手を挙げて宣言し、またもや会場が揺れる程の歓声が鳴り響く。中には、女相手に可哀想じゃないか、という野次も飛んでいたが、そんなのは的外れの野次だろう。どっちも真剣に戦っていたのだ、可哀想もクソもない。むしろ女相手だからと手加減する奴の思考回路の方が可哀想だ。そういう奴ほど、すぐ底が見える奴が多い。
「ぃよっしゃあああ!!! よくやったぞタツミー!!」
「くっ...デュノアも頑張ってたけど...ちっ。タツミの方が上か」
「やべぇ......俺、シャルロットちゃんにも勝てる気がしないんだけど...」
「安心しろラバック。お前は素手じゃシャルロットにもラウラにも確実に勝てない」
「何を安心すればいいの!?」
「大丈夫だぞ、ラバック。素手ならお前より私の方が強い」
「リョータの言ってる事を言い方変えて言っただけじゃん! 大丈夫の意味を一億回くらい調べ直して来て、ラウラちゃんッ!!」
ラバックを弄って遊んでいると、タツミの前にエスデスが下りてきた。この大会では賞金も出るらしいし、直接渡すのだろうか? それか、イェーガーズへの勧誘かもしれない。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
* * * *
タツミがドS将軍に攫われた。
そんな報告がナイトレイドにされたのは、ナジェンダが革命軍本部に向かった少し後の事だ。
流れるように首輪をはめられ気絶させられたタツミは、そのままエスデスに引き摺られて宮殿へと運ばれて行った。それはもう手際良く誘拐されたのだ。見ていて少し感心した程である。
「...で? どうするよ、ボス代行?」
レオーネが、ボス代行──アカメにそう問う。
ナジェンダが居ない今、ナイトレイドの指揮権はアカメが握っている。正直ブラートの方が適任な気がしないでもないが、ナジェンダが任命したのだから問題はないのだろう。
「......とりあえず、拠点を一時的に更に山奥へと移そう」
「ま、そうすべきだな。ここがバレる可能性もある」
アカメの案に、ブラートが賛成の意を示した。思ったより冷静な判断を下す。さすが暗部の人間といったところだろうか。私情を挟まない事は、組織としては良いことだ。ただ、ここでタツミ奪還を諦めるようであれば、組織としては良くても俺からの印象が宜しくない。
だが、俺のそんな心配は杞憂に終わった。
「タツミは大事な仲間だ。勿論、無策で突っ込んだりはしないが...最大限出来る事をする!」
アカメが宣言し、それに皆が頷いた。
うん、そういう事なら俺も手を貸そう。
「具体的な案はあるのか? 言ってくれれば俺も手伝う」
「本当か? それは助ける。じゃあ、みんなには、それぞれ行ける限界の範囲内で見張って欲しい」
行ける限界の範囲内、か...。
「だったら俺、宮殿に潜入してくるわ。なんならタツミとも合流する」
サラッと、そんな事を言ってみた。
そんな俺のセリフにいち早く反応したのは、既に聞きなれたマインの高い声である。
「はぁ!? バッカじゃないの!? アンタってホントバカ。宮殿がどんな所か分かってて言ってるわけ!?」
「お? なんだマイン、俺の心配なんてするようになったのか?」
「ち、違うわよッ! アンタがあまりにバカな事言うから呆れてるの!」
呆れてる奴の態度じゃないけどなぁ。マインなりに、俺に仲間意識を持ってきているのかもしれない。
そんなマインに同調するように、他のメンバーも俺を止めようとしてきた。宮殿がいかに堅牢な場所なのかとか、捕まったら悲惨な未来が待っているだとか。様々な情報を俺に言い聞かせてくる。
「ふむ...。余裕じゃん?」
「「「「「「「バーカ!!」」」」」」」
「おおぅ......」
全ての忠告を聞いた上で答えたらこれである。ナイトレイド全員にアホの子を見る目で見られたが、悲しいかな。そんな風に見られる事に慣れてしまった。
「まあ見とけって。潜入なんざ本当に余裕だから。んじゃ、一足先に行ってくるわ」
言って、俺は気配遮断を使用しながらナイトレイド拠点を後にした。
* * * *
ナイトレイドの拠点を出てから三十分後。
宮殿内を我が物顔で闊歩する男が一人。俺です。
宮殿への潜入は簡単だった。門番はもちろんのこと、宮殿の上空を飛び回っている危険種も、気配遮断スキルを使用した俺に気付く事は無かったのだ。
「さて、タツミはあっちか」
言って、宮殿の通路を不規則な動きで進む。設置してある罠の数は相当なものだが、それだけだ。回避するのは容易い。様々な罠を掻い潜りながら、タツミの気配を辿って行く。
暫く歩き、俺はとある一室の前で足を止めた。
この部屋の中からタツミと、その他複数の気配が感じられる。
タツミ以外で知っている気配はエスデスとセリュー、あとコロ。そして、名前は知らないが、先程の大会で審判をしていた青年。恐らく、青年含めたその他の知らない気配は噂のイェーガーズの奴らなのだろう。なるほど、確かに強い。エスデスがずば抜けた強さを誇っている為に多少見劣りしてしまうが、ナイトレイドとも互角にやりあえるメンツが揃っているのではなかろうか? ただまあ、ブラートレベルは居ない。ナジェンダとブラート、そしてアカメの三人掛りでエスデスと対峙し、その他はその他で戦うのが一番良いかもしれないな。
...さて、それじゃあこれからどうしようか。
タツミを奪い返すのは簡単だ。このまま部屋に突入し、タツミを抱えて走り去ればいい。
だが、それは少々つまらない。
それに、タツミには経験を積んで貰いたい。
今のタツミでは、イェーガーズの誰にも勝てないだろう。単純な身体能力という面ではタツミとイェーガーズにあまり差はない。しかし、帝具を持っていないタツミでは、帝具持ちであるイェーガーズに勝てる見込みが無いのだ。
帝具の有無、その絶対的とも言える差を埋めるには、敵の情報を知り尽くす事しかないだろう。その上で対処法を考え、実行する。敵を知り己を知れば百戦錬磨...あれ、なんかちょっと違うな。まあいいか。とにかく、情報は重要なのだ。
今のタツミは「エスデスに気に入られた一般人」という認識を持たれている。であるならば、その認識を覆す前にスパイとして働く事がベストだろうと俺は考える。
ここはタツミとは接触せずに監視一択か。そう結論を出したのだが...それだと俺がつまらない。
せっかくこんな場所まで赴いたのだし、何かしらのアクションを起こしてみたいのだ。ぶっちゃけ、この世界に来てから暇なのである。
タツミに対するイェーガーズの認識を変えず、尚且つ俺が行えるアクション。何かないだろうか...?
とりあえず、中の状況をより理解する為に、天井裏に入り込んで内部を視察する。気配でも大体の事は分かるが、やはり目で見た方が確実だろう。
「いや、だから! オレは宮仕えする気は少しも無くてですね!?」
「ふむ、私に反抗するところもまた良い」
「話聞いて!?」
部屋の内部を伺ってみれば、縄で椅子に縛られたタツミが、イェーガーズと思われる連中に囲まれ、そしてエスデスと何やら口論にも満たないやりとりをしている最中だった。
...さて、どうするか。
このまま普通に部屋に侵入し、宮殿への潜入なんて楽だったぜはっはっは、とでも不敵に言い放つか。
将又、タツミとエスデスの間に光るだけの魔法陣を形成し、皆の目を眩ませている間に魔法陣中心部に着地。あたかも転移したかのように見せる、という手もある。
だが、どの方法を取ったとしても、それは宮殿の警戒度を上げる結果にしか繋がらない事は明白だ。だってそうだろう。普通に登場するにしても、転移に見せかけるにしても、宮殿に容易に侵入できる奴がいる、というだけで帝国側はきっと大いに焦る。罠の数や練度を高め、見張りや巡回の数も増やすだろう。
そうなれば、ナイトレイドや反乱軍には不利益にしかならない。一応、ナイトレイドには世話になっている身だ。無駄に不利な状況へ追い込もうとは、流石の俺も思わない。
だったら、宮殿内でタツミ以外の目に留まる事態は避けるべきだろう。接触するのならば、タツミが一人の時か、もしくは宮殿外へ出た時を狙った方が良い。
そう結論付け、良いタイミングを気長に待つかと思っていたところ。下から都合の良い会話が聞こえてきた。
話によれば、イェーガーズは今夜、ギョガン湖という場所にある山賊の砦を潰しに行くそうだ。それにはタツミも同行させるようだし、ちょうど良い。その時にタツミと接触する。イェーガーズに目撃された時は...まあ、その時考えよう。身体能力だけで判断するなら俺の圧勝。だが、帝具という未知の兵器を使われるとなると、俺一人では危ないかもしれない。俺に絶対的な優位を誇るような性能の帝具がある場合も考えられるからな。油断しては足元を掬われる。
「けどまあ、久しぶりにスリリングな体験でもしてみたいもんだ」
油断してはダメだと分かっていながら、そのような思考も持っている俺がいる。
基本的に、俺は俺の身よりも仲間の安全などを考慮する。それは単に、仲間が死ぬという事が俺の最も忌避する事であるからだ。仲間が大事だということはもちろんのこと、俺が自己中心的な性格だからということもある。仲間が死ぬ、或いは不幸な目に遭って不利益を被った場合、俺がモヤモヤするのだ。それが嫌だから、俺は仲間の安全を第一に考える。
だがまあ、偶には何も考えず、頭を真っ白にして強敵と戦いたい。というのが、俺の本音だった。
* * * *
イェーガーズの会話を盗み聞きし始めてから数時間後。
日はとっくに落ち、月明かりが照らす山奥に、その人影はあった。
「いいか、タツミ。良く見ておけ。あれがイェーガーズだ」
「す、すげぇ...!」
「なに、お前もあれくらい出来るようになるさ。なぜならこの私が指導するのだからな」
「うっ...いやだからオレは......」
小高い丘で、その二人──タツミとエスデスは、手を繋ぎながら下の様子を窺い、そんなやり取りをしている。
下の様子、というのはイェーガーズによる戦闘の事だ。
いや、最早戦闘とは呼べないかもしれない。山賊と思しき連中を、各人帝具を用いてただただ殲滅していく蹂躙劇。斬って、撃って、殴って、蹴って、焼いて、貫いて。チームワークと呼べる行動をしているのは天を舞う優男のみであり、その他は自由に暴れ回っている状況だ。
中でもエグいのは火の帝具。アレはただの火ではないらしく、水を掛けても地面に擦り付けても消えはしない。対象を燃やし尽くすまで決して消えない、必殺の炎。アレを喰らえば、いくら俺でもダメージが蓄積する。
ああ怖い怖い。絶対に喰らっちゃダメなやつだわアレ。不用意に突っ込まなくて良かったー。あの火の帝具の性能を知らずに相対して、万が一にでも炎に包まれてみろ。俺多分死んでた。死なないまでも、一生を炎と共に過ごすハメになっていただろう。
あれは使用者を討つんじゃなく、帝具そのものを破壊した方が良さそうだ。そこまで考え、全ての帝具の性能をある程度把握したところで、俺は気配遮断スキルの使用を止める。
「ッ、誰だ!?」
突然現れた俺の気配に焦りでも覚えたか、エスデスが腰を落として警戒の色を濃くしながらこちらを睨みつけてくる。
一拍遅れて、タツミも俺の方へと視線を向けた。最初こそ多少の警戒心を孕んだ目をしていたタツミだったが、俺の姿を確認すると同時に希望に満ちた目へと変わった。
「リョータ!!」
「お前は...」
タツミが俺の名を呼び、エスデスは訝しげにこちらを見る。
「よぉ、タツミ。こんな所で奇遇だな」
ヒラヒラと右手を振りながら、月明かりの下に出る。
エスデスは俺を警戒したまま、それでもタツミの手を離さない。その為に、タツミが逃げ出せないでいるのだ。
どうやってタツミを逃がすか、と考えていると、エスデスが俺に声をかけてきた。
「お前、昼間の大会で私を見ていた奴だな?」
「へぇ? よく分かったな、俺が見てたって。ほんの数秒だったはずだけど」
「フン。あまり私を舐めるなよ」
ふむ。帝国最強の名は飾りではないらしい。やはり、それなりの能力はあるようだ。
エスデスへの評価を改めていると、続けてエスデスが問い掛けてくる。
「それで? お前はタツミの何なんだ」
「何だかんだと聞かれれば答えてやるのが世の情けな訳だが...そうだな、裸の付き合いをした仲だ」
「ほう? そうか、タツミが私に中々
「...えっ、何がなるほど?」
「バカリョータ! 誤解を招くような事言うな!!」
え、俺が悪いの? そんな変な事は言ってな......ん?
「いや違うからな? 誤解だからな!? 裸の付き合いってのは風呂に一緒に入ったってことで...」
「つまりは混浴という事か」
「「俺(オレ)たち同性ですけど!?」」
っと、そんな馬鹿な事をしてる場合じゃなかったな。
遊んでたら他の奴らが帰ってきやがった。
「隊長〜! 悪の抹殺終わりました〜! ...ってリョータ!? なんでこんな所に!?」
声のする方に目を向けると、顔にまで返り血を付けた可憐()な少女、セリューがものすごく良い笑顔で手を振りながら、こちらに小走りで近付いてきている姿が見えた。
「偶然タツミを見つけてな。昼間に拉致られた知り合いを見かけたら、そりゃ気にもなるだろ?」
「あー...そう言えば隊長、タツミのこと強引に連れて来たんですっけ?」
「まあ、愛おしくなったからこう、ガチャリと」
そんな理由で首輪付けられて拉致られるとか、タツミには同情の念を禁じ得ない。
「...それで、貴方は何故ここに? もしやとは思いますが、まさかあの駆け込み寺に用事でもおありで?」
セリューの後ろから歩いて来ていた優男、確か名前はランとか言ったか。そいつが羽の帝具を起動させながら俺にそう聞いてきた。分かってたことだけど、かなり警戒されてるなぁ、俺。
「別に、そんなトコに用はないな。興味も無い。俺が今日ここに来たのは、ちょっとした修行の一環だよ」
「修行?」
「応ともさ。セリューには話したけど、俺は修行の旅の途中でな。ずっと遠くから来てる。そんな俺が、夜に危険種狩りをしてる事は別段おかしくないだろ?」
努めて飄々とした態度を保ちつつ、テキトーな嘘を吐く。まあ、修行の旅の途中ってのは丸っきり嘘ってわけでもないけどな。
「危険種もいいですけど、私と一緒に悪も狩りましょうリョータ!」
「機会があればな」
「待ってます!」
ある意味純粋なセリューの危険な誘いを雑に流しつつ、今の状況を確認する。
未だタツミはエスデスに手を握られているし、周りにはイェーガーズが勢揃いしている。ここから五キロ程離れた場所にはアカメが、半径一キロ以内には透明化したブラートが待機しているとはいえ、エスデスから逃走する事は困難だろう。俺が本気を出せばどうにか出来るかもしれないが、それをしてしまえばわざわざ俺が自分で自分に制限をかけた意味が無い。
もう面倒だし、いっその事俺が全員を相手にするか?
「...ふむ、惜しいな」
俺がヤケを起こそうかと一瞬思った時、エスデスが何か呟いた。
「惜しい? 俺がか?」
「ああ。貴様の実力は確実に将軍級、上手く育てさえすれば、将来は私と比肩するかもしれん」
「.........あっそ」
「危険種を狩りに来た、と言っていな? 私やイェーガーズの面々を前にしても飄々としている...随分と肝の据わった奴だ」
「そりゃどうも」
「それに見たところ、私より年下だろう?」
「多分そうだろうな。俺、今十六くらいだし」
「やはりな。そして、貴様は帝国外の出身だと言ったな? それは辺境という意味か?」
「辺境...まあ、俺が生まれ育った場所は確かに田舎だったな」
「なるほど。では最後だ。笑え」
「フハハハハハ!!」
「いやそういうのじゃなくて」
なんだろう、この問答。何か意味でもあるのか?
「...まあ、笑うのはいい。それに、私好みの笑顔が見られたところで、今の私にはタツミがいるしな」
「...え、オレ?」
突然名前を出されたタツミが、意味が分からないという風に自分を指差した。
「私は愛人を作らん。タツミがいるなら、貴様は無用だ」
「あれ? なんか俺振られた感じになってない? なんで?」
「ドンマイです、リョータ」
ポン、とセリューが俺の肩に手を置き、慈しむ様な目を向けてきた。なんでさ。
「恋人候補としては無用だが、戦力としては有用だ。リョータ、と言ったな。貴様、タツミの師の一人なのだろう?」
「...師匠なんて呼べるかは分からんが、まあ戦い方を多少は教えてるな」
「では、リョータ。お前もイェーガーズの補欠に入れてやろう」
「......なんて?」
「イェーガーズの補欠に入れてやると言ったんだ。私は今、優秀な部下を三人も失っている。あの三人の代わり、と言えばいいのか。その分の戦力が欲しいところだったんだ」
......話が明らかにおかしな方向へ向き始めた件について。