「なんだぁ? 三人がかりじゃないのか? ふん、まあいい。ナイトレイドのマインだったら、俺の経験値として十分だぜ! かかって来な、俺の最強への足掛かりにしてやるよぉ!!」
「はっ、言ってなさい偽者!」
白目ジャンキーが吼え、マインは躊躇い無く引き金を引く。しかし、マインの威勢に伴わず、パンプキンから発射されたレーザーの威力は低い。白目男の斧の腹で軽々と弾かれる。
「ハッハァ! その程度かよぉ、ナイトレイドのマイン!」
「ちっ、やっぱりピンチが足りないわね...」
マインそう悪態をつき、無駄と分かった単発発射から乱発へと攻撃方法を切り替える。だが、相手もそれなりの実力者。その程度の攻撃を防ぐ事は造作もないらしく、余裕の表情を浮かべながら斧の一閃で全ての散弾を薙ぎ払った。
「フッ──!」
と、そこでラウラが背後から白目男に近付き、ブレードを振るう。タイミングとしては最良に当たるその攻撃は、白目男の背中へとヒットする。だが、
「ぐ...ゥヲラァアア!!」
浅い。もう一歩踏み込みが足りなかった。
多少の怪我こそ負わせたものの、白目男は腰を回してラウラへ斧を振り抜く。幸い、ISには絶対防御があるのでラウラ本人にダメージは無いが、もし生身なら今ので終わっていただろう。殺すつもりで行け、とまでは言わないが、もう少し厳しく攻めた方がいいだろうな。
斧の一振りでラウラが弾き飛ばされると同時に、次はマインが攻撃を仕掛ける。だがやはり、威力が足りない。
やっぱり「ピンチになるほど威力が上がる」っていう性能はピーキーすぎやしないだろうか。玄人向けの武器、と言えば聞こえは良いが、自身の危機を前提とした武器性能は扱いが難しいというレベルではない。俺なら進んでは使いたく無いな。マインの奴、もしかしてマゾヒスト?
そんな事を考えている間も、目の前の戦闘は続いている。どちらも引かぬ接戦...というか、どちらも攻めきれていない。決定打に欠けるラウラ&マインに、単純に手数が足りないために防御重視の戦術を取らざるを得ない白目男。最初の奇襲を警戒し出した白目男は常にラウラの動きを把握し、マインの小威力の光銃弾は斧の一振りで薙ぎ払う。
対するラウラとマインと言えば、マインが牽制し、その隙をラウラが突く戦法を取っているのだが、マインの攻撃はその威力の低さから牽制としての働きを十分に果たせず、ラウラのほぼ必殺AICが発動出来ない。その上、技術で劣るラウラの攻撃は白目男に悉く防がれる始末。
このままではジリ貧、先に体力の尽きた方が負けだろう。そう思って戦闘を見ていると、こちらに近付いて来る二つの気配を察知した。
「残りの三獣士か...。そこまで強くは無いけど、三対二はちょっちキツいかな?」
ピンチになればマインが強くなる。それを加味しても微妙なところ。シェーレが居れば...いや、それだとマインの攻撃力がイマイチになるのか。本っ当に扱い難いなあの帝具。作戦を立てるのも面倒だ。不利な戦況をひっくり返すのには凄く役立つんだろうけどなぁ。とにかく、パンプキンの底が分からない事にはどうしようもない。試しに三対二の戦況にしてみて、その程度のピンチでのパンプキンの性能を見てみるのも良いかもしれないな。ヤバそうだったら俺が割って入る。
全部任せるとは言ったものの、奇襲されてハイ終わり、では話にならない。とりあえず新手の牽制だけは、俺がしておこう。
俺はおもむろに船の垣立の一部を剥ぎ取り、それに魔力を込めて硬化させる。大きさは拳より少し小さめの木の破片。それを魔力でコーティングし、親指、人差し指、中指の三本で握る。そして、三獣士の残り二人がいる方向へと、ワインドアップで投擲した。
時速にしておよそ千km/hオーバー。拳銃より若干遅め程度の破片は、白目男の頬を掠りながら、その背後へと爆音を伴って着弾する。俺命名「十六夜砲(偽)」。本物は第三宇宙速度という意味の分からない速度を叩き出す、物理法則完全無視の超高速直線弾道砲なのだが、俺にはそんなアホみたいな速度は出せない。今の俺では最大限の身体強化を施しても、約千km/h程度までしか出せないのだ。本当十六夜くんチート過ぎて困る。だいたい第三宇宙速度ってどのくらいの速さなんだよ、俺ちゃんと見切れるんだろうな?
「ちょっ、何今の!? アンタ何したの!?」
「スクリュー気味のストレートを投げた」
「投げ...? ごめんちょっと意味分かんない」
「凌太について深くは考えるなマイン、感じるんだ」
ラウラもだいぶ俺に慣れてきたな。ある程度の事では動じない精神力が付いてきた、という事だろう。いい傾向だ。けど十六夜みたいな本物の化物連中はこのレベルじゃないから気を付けて。
「っと、そんな馬鹿話してる場合じゃないな。敵の増援来るぞ」
瓦礫と化した船の中程を指差し、注意を促す。先程の投擲は命中させていないので、敵も全開の状態だ。少なくとも身体的には。
「増援? ハッ! いいじゃない、いいピンチね!」
「敵の増援を喜ぶとは......マイン、お前はマゾなのか?」
「ちょっと変な事言わないでくれる!? 違うわよ!? 違うからね!?」
マインがいじられキャラに定着しつつあるな。まあ楽しそうだし放っとこ。
「──随分なご挨拶だな、ナイトレイド。この威力、当たっていたら私達はひとたまりもなかっただろう。ダイダラが苦戦しているのも頷ける」
そう言いながら、初老に差し掛かろうかという程の男が、瓦礫の奥から歩き出てくる。細身ではあるものの、その強さは白目男──ダイダラを凌駕しているだろう。中々に油断のならない相手、とみた方がいい。
「三人も残ってたんだ。僕の笛音を聞いてるはずなのに...タフなのが多いんだね、ナイトレイドって」
初老の男の後ろから出てきた二人目の人影。次は、男と言うよりも少年と言った方がしっくりくる容姿をしている。その少年は、手に持っている笛をヒラヒラと振り、どこか呆れたような表情でこちらを見ていた。
あの笛が敵の帝具、眠気の原因か。あの笛で奏でる音を聞かせることによって聞き手側の眠気を誘う、と。いや、もしかしたら眠気だけでは無いのかもしれない。
「...ふむ。ダイダラよ、一対三では分が悪いだろう。私が手を貸す」
「あぁ? 別にいいけどよ、マインは俺が貰うぜ?」
「構わない。では他二人は私とニャウが受け持とう」
と、何やら敵さんは勝手に組み合わせを決めたらしい。しかし、その組み合わせではパンプキンの性能が十分に確認出来ない。それじゃあ余り意味がないのだが......いや、そもそもの目的はラウラに実戦経験を積ませることだ。まず優先すべきはラウラであり、パンプキン及びマインは二の次にすぎない。であるならば、実力的にも数的にも劣る戦闘をラウラに経験させる方を優先すべきか。
そこまで考えたところで、初老の男性が動いた。
「ナイトレイドとあれば、加減は無用。全力でいかせてもらうぞ」
そう言って、彼は近くにあった水樽に手を突っ込む。
何かの能力か、と警戒しながら見ていると、樽の中の水が、一匹の蛇の様な形になった。
「ッ! ブラックマリンね...」
初老男の持っている帝具に心当たりがあるのか、マインがそう呟いた。
「ブラックマリン? 黒の海ってなんだそりゃ、本当始皇帝とかいう奴のネーミングセンス疑う」
「ブラックマリン、触れた水を操る事が出来る帝具よ。気を付けなさい。ここは河川上、言わば敵のテリトリーど真ん中ってことよ」
へぇ、面白そうな能力の帝具だな。どれがその帝具なのか分かんないけど。それらしい物と言えば...あの指輪か?
そう、俺が少し注意深く観察していると、ラウラがぼそりと呟いた。
「黒の海...いいな」
「おっ? なんだラウラ、アレ気に入ったのか?」
「...多少な。能力もそうだが、何より名前がいい。私の専用機シュヴァルツェア・レーゲンの日本語訳は黒い雨。どうだ、何か運命的なものを感じないか?」
「ふむ。要するに欲しいと」
「............まあ」
俺は特に運命とかは感じないが、ラウラがそう感じているのなら、きっと運命とかそんな感じのものなのだろう。で、あるならば。
「ラウラ、あいつ一人で倒せ。そしたらあの帝具はお前の物だ」
「何? ...いいのか?」
「いいも何も、それが勝者の権利だろ。戦利品だ」
「ふむ...少々荒っぽいが、それもそうだな」
「...ねぇ、分かってる? アンタ達のその言い分、盗賊とかのソレと同じだってこと」
「知らねぇな、なんせこちとら魔王とその仲間なんで」
「魔王?」
小首をかしげるマインは放っておく事にして、俺はラウラの側に行き、彼女に話かける。
「ラウラ。俺とマインで他二人は受け持つ。お前はあの初老男と一体一で戦え。殺せ、とまでは言わないけどな、容赦はするなよ。でないと死ぬのはお前になりかねない」
「分かっている。そういう訓練は軍で受けてきた、心配しなくていい」
「そっか。まあ、もしもの時は俺がいる。存分にやってきていいぞ」
「ああ、分かった」
さて、ラウラの方は準備万端。後は初老男以外の二人を引き剥がす。
マインにやらせてもいいが、それだと時間がかかりそうだ。だったら俺がやろう。十秒あれば余裕だ。
俺は足に魔力を集中させ、甲板を蹴る。肉眼で捉えられるか微妙な速度の上、気配遮断も併用している為、ここにいる全員に俺の移動は見えていないだろう。まあそれこそ、十六夜辺りには余裕で見切られるんだろうけどな。
敵に気付かれる前にその背後へ周り、ダイダラとニャウの首根っこを掴む。そして上空へ投擲し、もう一度高速移動。マインの隣まで行く。
「おいマイン、ちょっとパンプキン貸せ」
「えっ、何でよ。っていうかアンタ、今何したの? 敵二人がいきなり吹き飛んで行ったんだけど?」
「背後に移動して首根っこ掴んで投げただけだっての」
「...オーケー、分かったわ。よーく理解した。アンタの事は深く考えちゃダメだってことがはっきりとね」
「いいからパンプキンはよ」
呆然とするマインから、俺は半ば強奪する形でパンプキンを取り、絶賛自由落下中のダイダラとニャウへと片手で銃口を向ける。
「いいかマイン。お前に一つ教えてやる」
「...何よ? 言っておくけど、アタシは瞬間移動なんて出来ないからね?」
「んなことしろなんて言わねぇって。そうじゃなくて、パンプキンの使い方についてだ」
狙いを定め、いつでも発射出来るよう用意しつつ、マインに話かける。
「パンプキンはピンチになるほど強くなる。危機的状況時の使用者の精神力を使って。これで合ってるな?」
「ええ、まあ......」
「って事は、だ。別に、使用者自身がピンチに陥らなきゃいけないなんて道理はない」
「は? いやだから、ピンチになんないとパンプキンの火力が上がんないのよ」
「だから。パンプキンの能力向上に必要なのは、ピンチの場面じゃない。ピンチ時に湧き出る使用者の精神だ。だったら──」
そこで俺は一旦言葉を切り、パンプキンの引き金を引く。全くピンチではない、寧ろ優位ですらあるこの状況で放たれるパンプキンの光線はさぞかし微弱なものだろう。そう、何の工夫も施さずに放てば。
俺が引き金を引くと同時、船上に轟音と爆風が吹き荒れた。出処はもちろん、俺が手に持つパンプキン。発射された光線は、直径で約十五メートル程だろうか。
パンプキンから放たれた一条の光柱は、状況を余り理解出来ていなかったダイダラとニャウに直撃する。
およそ十秒程だろうか。漸く、パンプキンが光を吐くのを止めた時、そこに二人の影は無く、変わりに帝具が二つ、虚しくも水中に落ちていった。
「──っとまあ、こんな感じに、全然ピンチじゃなくてもこの程度の威力なら...あっ、パンプキンから黒い煙が...」
やばいどうしよう。なんかヤケに熱いし、もしかして壊れた? オーバーヒート?
内心アタフタしていると、マインが物凄い顔で迫ってきた。
「ち、ちちちょ、ちょっとアンタッ!!!」
「えっ、あ、ごめん。なんかこれオーバーヒートしてるかも」
「そっちじゃなくて! いやそっちも重要なんだけどやっぱりそっちじゃなくて!!」
「? だったらなんだよ?」
「なんだよ、って...いやいやいやいや! 今の威力何なの!? そこまでのピンチなんて無かったでしょ!?」
「近い近い」
俺に掴みかかる勢いで詰め寄るマインを、パンプキンを持っていない方の手で押し退ける。
「別に不思議な事でもないだろ? さっきも言ったし、お前が一番理解してるだろうけど、パンプキンの動力源は使用者の精神力だ。危険に晒された時の精神力を喰って、パンプキンの威力は向上する」
「だから! 今この状況はそんな威力が出る程のピンチじゃ...」
「はぁ...やっぱ分かってなかったのか」
溜め息を一つ吐き、マインの方へと向き直る。正直ラウラの方に構ってやりたいのだが、まあ仕方ない。初老男も驚いた様子でこちらを見ており、まだ戦闘が始まる様子はないし。
「いいかマイン。パンプキンの火力を上げる時、別にピンチに陥る必要は無いんだ」
「はぁ!?」
「そうだな...言葉にしにくいんだが、自分で自分の心を追い込む、みたいな? 自分が一番ピンチだった時を思い出したり、もしくは考え得るピンチの状況を想像したり。そうすりゃ自然と火力は上がる」
因みに俺が想像した場面は爺さんに殺されかけた瞬間だ。様々な修羅場を超えてきた俺だが、アレ以上の危機的状況は経験した事がない。あれ、あと一秒くらいゲームが終わるのが遅ければ、間違いなく俺死んでたからな。爺さんの事だから何かしらの手を打って俺を生き返らせるつもりだったのかもしれないし、もしかしから死んだらそこまで程度に思っていたのかもしれない。どちらにしろ、俺の一番の臨死体験であることに変わりは無い。
「マイン。お前はもう少し、自分の扱う武器について知った方がいいぞ?」
「そんなの......」
「事実だろ」
まあ、俺だって自分の使う武器の力を十全に引き出せる訳じゃない。他人の事を言える立場じゃないんだがな。
さて、マインへの対応は後に回すとして、次はラウラだ。正直言って、今のラウラではあの初老男に勝つのは少々厳しいかもしれない。全快の状態ならいざ知らず、今は例の帝具で弱っている。動きがいつもと比べて大変鈍くなってしまっているのだ。
「...ふむ。さすがはナイトレイドと言ったところか。我ら三獣士のうち、二人がやられるとはな。そこの少年、名を聞いておこう」
「あ? 何言ってんのお前。お前の相手は俺じゃなくてそっち」
悠長に俺の名前を聞いてくる初老男に対し、俺は呆れた風にラウラの方を指差す。
「そういう事だ。貴様の相手はこの私、ラウラ・ボーデヴィッヒが務めさせてもらう」
「......なるほど。ではこちらも名乗っておこう。エスデス様の忠実なる下僕。三獣士が一人、リヴァ。貴様らが死ぬまでの短い間だが、お見知り置きを」
「ほう? 言ってくれる」
言って、ラウラは砲筒を初老男──リヴァに向ける。
それと同時、リヴァは水を操り、複数体の水槍を浮遊させる。
まさに一触即発。船上には緊張が張り詰め──ラウラが先に動いた。
「はぁああ!!」
ブースターを展開し、瞬時加速。速度に任せてブレードを振るう。が、その一撃は水の壁に防がれた。浮遊していた水槍の形を崩し、シールドとして再構築したのだ。水の抵抗というのは空気の比ではない。銃弾ですら止めるその壁は、ラウラの攻撃など容易く受け止める。
「何ボーっとしてんのよアンタ! やるなら今でしょ!? 三人がかりでさっさと──」
「黙っとけ」
ラウラとリヴァの攻防を見ていたマインが、未だ俺が持っているパンプキンを捥ぎ取ろうとしてくるが、俺はパンプキンを離さない。
「なっ...!? 何言ってんのよアンタ!」
「お前こそ何言ってんだよ。俺はラウラに任せてんだ、お前は黙って見とけ」
「はぁ!?」
ジタバタと暴れ、パンプキンを強奪しようとするマインの顔を、左手の掌で抑える。
そうしている間も、ラウラとリヴァの戦闘は続いていた。
戦場は船から河へ移行し、水上にはリヴァが、空中にはラウラが陣取り、互いに中・遠距離攻撃を交差させる。だが、どう足掻いてもリヴァの優位は覆らない。それもその筈、敵の武器は水で、戦場は河なのだ。敵に弾切れは無く、攻防共に隙も無い。これが陸地ならまた話は変わったのかもしれないが...まあ、たらればの話は一切の意味を成さない。
「ふむ。諦めたらどうかね、ラウラ・ボーデヴィッヒ。キミでは私に勝てない」
「さて、それはどうだろうな?」
降参を促すリヴァに、ラウラは笑みを向けた。
なんだ? 何か手があるのか...?
「行くぞッ!」
ラウラはそう言って、防御を捨てて突撃をかけ始めた。迫り来る水槍や龍を模した水流を全て受けてなお、少しも引かずにブースターでごり押す。
なるほど、防御を全部エネルギーシールドで受けて接近する気か。それならば勝ち目はあるかもしれない。ISのエネルギーが切れるが早いか、ラウラの攻撃が当たるのが早いか。要するにラウラは賭けに出たのだろう。
勝率は俺にも分からない。俺がISについて余りに無知過ぎるからだ。ISはあくまで飛行手段で武器として見ていない、というのもあるが、先程マインに言った「自分の武器をよく知れ」とは完全に自分を棚に上げた発言だったのだと痛感する。
俺は、いつの間にか手に入れていた騎乗スキルを使ってISを無理矢理に動かしているだけで、その仕組みはよく理解していない。だから、ラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンの総エネルギー量も、そしてどの程度の強度なのかも分からない。
あぁ、これじゃ見ているこっちの方がハラハラするなぁ...。せっかく束が身内にいるのだし、今度ISについてしっかり習ってみるかな。
それはそうと、捨て身に出たラウラは、リヴァとの距離をどんどん詰めていく。そんなラウラに対し、リヴァは水槍の連弾を一旦止め、何やら集中しだした。小技を止めて大技を繰り出す気なのだろう。
「水圧で潰れろ。深淵の蛇!」
リヴァが右手を掲げると、その手に付けている指輪が輝き始めた。それと同時に、リヴァが立っている水面が隆起し、巨大な蛇へと形を変えていく。
『キシャアアア!!!』
なんという事か、水で象られただけの蛇が声を発したぞ。生きてんのかアレ? だとしたら凄いな、あの帝具。水に生命を吹き込むのか。
蛇は大きく口を開け、真っ直ぐに飛来するラウラへと対峙する。威力は十分、あの蛇に呑まれれば、いくらISと言えどひとたまりもない。エネルギーを一瞬で使い果たしてしまうだろう。
だが、ラウラには一つ、絶対の技がある。
「はぁッ!!」
ラウラが掌を蛇に向ける。するの、ラウラを呑み込まんとしていた蛇が、まるで凍ったかの様に動かなくなった。
AIC、アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。 ラウラ曰く停止結界は、対象の動き、力のベクトルをゼロにする能力なのだそうだ。そこにベクトルの大小は関係ない、一体一における反則技。膨大な集中力を必要とするラウラの必殺技は、見事に水蛇の動きを停止させた。
「何!?」
「チェックメイトだ!」
言って、ラウラは驚愕に固まるリヴァの正面へ着水する。そして銃口をリヴァに向け──引き金を引いた。
「ぐわぁあッ!!」
蛇の停止に集中力を割いていたからか、
命を奪うには至らなかったものの、腕一本失ったリヴァはその場に崩れ落ち、帝具を扱う為の集中力も切らせたらしく、そのまま河に沈んで行った。
ラウラは沈むリヴァを拾い上げ、俺達の方、船の甲板へと飛んで来る。リヴァは気絶している様で、ぐったりとしていた。
「お疲れさん」
「ああ」
軽く労いの言葉を掛けると、ラウラも短い返事を返した。見た感じ、ダメージは打ち身程度で済んでいるな。ISの絶対防御は優秀、はっきり分かんだね。まあ、先程俺が打ったパンプキンの一撃レベルの攻撃を喰らえば絶対防御ごと消し飛ぶだろうし、慢心は良くないんだけどな。
「なんだ、やるじゃない、ラウラ。でも、なんでそいつ殺さないの?」
「狙うだけの集中力が無かったんだ。停止結界の方で手一杯でな。それに、あの出血量ではどの道時間の問題だろう」
「ふぅん...。さっきの蛇を止めた技、停止結界って言うのね。そのあいえすっていう機械、本当に帝具じゃないの? 帝具って言われた方が納得出来るんだけど」
「違う」
二人がそんな事を話している時、リヴァの指が微かに動いた。そして、止まること無く流れ出ていたリヴァの血が爪楊枝程の大きさに固定され、無数の散弾として俺達を襲う──前に、俺が、俺達と血の散弾との間に防御壁を展開する。
「「「なっ!?」」」
リヴァは攻撃が防がれた事に、ラウラとマインは攻撃されていたという事にそれぞれ驚嘆の声を上げる。
「ラウラ。敵が生きて近くにいる限り、気は抜くなよ。じゃないと今みたいに奇襲されるから」
「あ、ああ...すまない、助かった」
「ん」
リヴァの方を見てみれば、今のが最期の足掻きだった様で、出血多量で既に死んでいた。腕一本失い、止血しなければそうもなる。血を操れるなら止血するべきだったのだろうが...まあ、敵にもそれなりの覚悟があったのかもしれない。
「さて、と。じゃあさっさとここ離れるか。周りの奴らが起きたら騒ぎになる。その前に帰るぞー。マイン、ラウラ。お前らはシェーレ探して叩き起してくれ。俺は河に落ちた帝具回収してくる」
「命令されるのは癪だけど...そうね、アンタの言う通りだわ。シェーレ探してくる」
「おう」
「凌太、私はその...」
「ん? ああ、ブラックマリンな。確かリヴァの右手に......っと、この指輪か」
そう言って、俺は指輪型の帝具、ブラックマリンをリヴァの指から回収する。ここで、俺がラウラの指に直接はめてやればラウラは喜ぶのかもしれない。試しにやってみるか。
「ほらラウラ、指出してみろ」
「なっ!? り、凌太が付けてくれる...のか?」
「おう。そっちのが喜ぶかと思ったんだよ。嫌なら止めるぞ?」
「嫌では無い! 嫌なものか! で、ではよろしく頼む...!」
少し興奮気味に右手を差し出してくる。...右手?
「左手じゃなくていいのか?」
「あ、ああ。左手は本番まで取っておきたいんだ。だから、右手」
「そっか。まあ結婚するまでは右手に付けとくって人もいるらしいしな。んじゃ、付けるぞ。薬指でいいんだろ?」
「う、うん......」
耳まで真っ赤に染めるラウラだが、決して右手から目を逸らそうとはせずに、じっと指輪がはまるところを見つめている。...言ったら雰囲気壊れそうだから言わないけど、この指輪って武器なんだよなぁ。しかも今さっきオッサンの指から強奪した指輪。全然ロマンチックな代物じゃないんだけど...ま、ラウラが喜んでるんならそれでいいか。
そんな事を考えながら、俺はラウラの指に指輪をはめた。