「さて、と。それじゃあ早速、第1回『護衛される前に自衛手段を持とうぜ! とりあえず修行な!』作戦を開始するか」
「なんですかその作戦名は...」
ところ変わって第3アリーナ中央。
俺の部屋では狭過ぎるのであの場は一旦解散し、30分後の今、各自動き易い服装に着替えこの場に集合していた。
俺とニトリとペスト、あと千冬は普段通りの服装で、他は全身タイツというこの状況。俺らは兎も角、千冬はスーツのまま運動するつもりなのだろうか。というか人間の限界に迫っている千冬が、今更修行をする必要などあるのだろうか。まあそこら辺は本人の自由だよな。それに、千冬が魔力や気の扱いを覚えれば百代レベルにまで成長するかもしれない。それはそれで楽しみである。主にスパーリングの相手として。
「で、なんでアンタらもいるんですかね」
「あら、いいじゃない。私達だけ仲間外れなんて嫌よ?」
扇子で口元を隠しながらそう言ってくるのはIS学園生徒会長。名前は知らない。興味もあまり無い。
「その...エミヤ先生がやってた構造把握? っていうのを身に付けたくて......そうすれば、また1歩エミヤ先生に近付けそうだし...」
そう言ってきたのは更識簪。何気に初会話である。というかやっぱりエミヤ関連で俺に絡んできてたのか...。エミヤめ、カルデアの職員も何人か落としていたが、まさか生徒にまで...この調子じゃ、エミヤに落された女性がこの学園にもまだ何人か居そうですね...。例えばウチの副担とか...。流石は女難の相の持ち主だと言っておこう。
それにしても構造把握か。俺も一応は出来るが、エミヤ並ではない。見ただけで解析出来るとか本当なんなのさ。俺にはそんな芸当は無理な訳で、俺では彼女の理想通りに教えられるとは思えない。まあそこはニトリに任せるか。偉大なるファラオとかメジェド神とかの力的な何かでどうにかしてくれるだろう(適当)
「まあいいや。とりあえず始めようぜ」
「始めると言ってもだな...。私達は魔術だか気だかの扱いどころか、その存在の認知も出来ていないのだが?」
ラウラの言葉にニトリ以外の皆が同意を示すように頷く。...ねぇペストさん、何故貴女はそちら側に立っていらっしゃるんですかね?
そんな俺の疑問を含んだ視線を感じたのだろう。ペストがこちらに向けて口を開く。
「ほら、私って魔術なんて使わないじゃない? そもそも使う必要が無かったのだけれど。でも最近、私も強くならなきゃって思い始めたのよね。じゃないと、マスターの
「さいですか」
元魔王が死を覚悟する程に俺の周囲は危険だとでも言うのか。...案外間違いじゃないな。というか寧ろ「魔王? 何それ美味しいの?」的な感じの奴多いからな。ペストは身体能力もある程度は高いし、彼女が使う『死の風』は間違いなく強力だ。だが、それだけは足りない。完全に継ぎ目を無くした
要するに、ある程度の対策をすればペストはほぼ無力化出来るという事だ。
「んじゃ、ペストも教わる側な。ニトリは教える側でいいだろ?」
「ええ、構いませんよ」
という訳で
............「誰の」とは言ってなかったりする。
* * * *
──午前6時。未だ太陽は顔を出し切っておらず、微妙に水平線の彼方の空が白んできたかどうかという時間帯。大海原に面する学園の外壁の上に立っている俺は、心地良い潮風が吹き抜けるのを肌で感じながら、ゆっくりと両目を閉じる。
修行を始めてから今日で5日。皆、順調に成長してきている......という事は無く。未だ魔力や気を操るどころか、感知出来る段階にすら到達していない者が多い。ペストと千冬以外は認知すら出来ていないのが現状だ。いや、ペストは元々感知は出来ていたので実質千冬一人ということになるのか。
ニトリ曰く。普通、このような力の扱いには時間がかかるのが当たり前で、半日やそこらで習得する俺が異常なだけなのだとのこと。今回それを身を以て実感した。俺の覚えの良さは異常、はっきり分かんだね。どうしてこの覚えの良さが勉学に反映されないのか。昨日の数学の小テストとか平均点切ってたんだが。
まあ俺の頭の悪さはこの際どうでも良い。いや良くは無いが、今は置いておこう。先日から授業に復帰しているのも、まあ些細な問題だ。勉強が嫌いな訳じゃないからね。
そうでは無く。今俺が思案している事は、一夏達の完成度や勉学などとは別の事だ。
彼らの修行を始める前、俺はとある選択を一夏達にさせた。『魔術』を選ぶか、『気』或いは『仙術』を選ぶかという選択だ。以前も言ったかもしれないが、魔力と気は全くの別物であり、それぞれに個々人への適性がある。俺の場合はどちらにも強い適性があるらしいが、それは今はいい。
兎に角。一夏達をそういう適性で分別した結果、『気』が一夏、千冬、箒。『魔術』がその他という結果になった。気の適性者少な過ぎワロタ、とか思わなくも無かったが、別にペストらに気への適性が無いとかではなく、何方かと言えば魔術特化だというだけらしい。ニトリがそう言ってた。
でまあ、とりあえず『魔術』組と『気』組に別れて修行を開始する事になったのだ。まあ成果はほぼゼロに等しいのだが。
それで、その修行をしている途中。正確には昨日の夜。俺はとある疑問を抱いたのである。
『あれ? 魔術と気を両方同時に使ったらいいんじゃね? 威力倍加とかそれこそ王道じゃん』と。
一夏達にはまだ無理だ。どちらか一方ですら習得出来ていないのだから当たり前だろう。ニトリも気を扱えないので同じである。じゃあ俺は?
そう思い立ち、今朝はこうして日の出る前にそれを試しに来たという訳である。思い立ったが吉日、良い言葉だと思います。いや思い付いたの昨日だけど。
普段から意識的に
「右手に魔力弾、左手に気弾...」
ユラユラと蒸気の様に舞っていた魔力と気を、それぞれ別々に凝縮させる。バレーボール程の大きさに固定したそれらを大体同程度の密度に保ちながら、今度はその2つを融合させる作業に入る。
「っつ!」
掌に走る若干の痛み。丁寧にゆっくりと混ぜ合わせていたのだが、すぐに暴走し爆発してしまった。力と力の反発は俺の思っていた以上に大きいようだ。初っ端から体内で試さなくて良かったと心底思う。下手したらこんな朝っぱらから汚い花火が咲くところだったぜ...
「もう少し低密度で...大きさも一回り小さくして...」
はたから見たら気持ち悪い奴だな、と自覚しつつ、俺はブツブツと呟きながら再度挑戦してみる。
言葉にした通り、次はソフトボール程度の大きさで固定し、密度も適度に低くする。が、また失敗。俺の手に火傷を負わせる程の威力で爆発する。威力、熱量共に申し分無いが、敵に放つ前に爆発していては話にならない。どうにかして上手い具合に融合させる事は出来ないものか。もう少し魔力と気の量を減らす...もしくは同程度ではなく、どちらか一方の量を増やしてみるか...。球状にしてから混ぜるのではなく、混ぜ合わせてから球状に固定するか...。
そんな感じで試行錯誤を繰り返すこと十数分。俺は漸く魔力と気の融合に成功した。最終的には野球ボール程度まで小さくなったそれを、目の前に広がる大海に適当に放り投げる。距離にして200m程先の海面に落ちたソレは、ポチャン...という小さな音を立てて海中へと消えて行った。
.....................。
...............。
.........。
「......えっ。まさかただの球体に成り下がった?」
予想では小さいながらも爆発が起きると思っていたのだが、そんな俺の予想を裏切るように、海は大変穏やかである。悲しい。まさかのポロロン案件だったか...。
それなりのエネルギーを内包していたのは確かな筈だが、攻撃力が無ければ意味を成さない。これは敵に投げ当てる投擲鈍器として使うしか無いのか...。
そう思い、この十数分の努力がほぼ無意味だった事に軽く落胆していたのだが、又もや俺の予想は簡単に裏切られる事となる。
諦めて部屋に戻ろうと海に背を向けたその時。魔力と気を融合させた球体...長いわ。安直だが魔力気弾と仮称しよう。魔力気弾が着水した辺りから、結構な大きさのエネルギーが突如として現れたのだ。慌てて振り返るそこには、──魔力気弾着水地点を中心に、直径にして約100mに及ぶ大穴が出来ていた。
先程までの心地良かったそよ風は、飛沫を含んだ暴風へと化して駆け巡る。大量に舞い上がっている水飛沫と水蒸気が、元々そこに在った筈の海水が弾け飛び、或いは蒸発した事を示していた。
感じ取れたエネルギー量は、俺が投げた魔力気弾が内包していた量の、軽く10倍以上。通常状態の俺が全力で放つ雷砲とほぼ同等の力。
......おい。俺が目を離したのってほんの一秒やそこらだぞ。そんな一瞬の間に一体何があった。なんか急に膨張し過ぎててワロタ! とか言えばいいですか()
とは言え、これは良い意味での予想外だ。まさかここまで高威力になるとは。野球ボール程度の大きさでこれなのだ。もっと大きくしたらと思うと軽く寒気がする。だってやり過ぎたら俺も巻き込まれるからね。
未だ吹き付ける大型台風もかくやという爆風と、急に空いた穴へ轟々と流れ落ちる海水の騒音。そして、けたたましく耳を突く警報を聞きながらそう思う。...警報?
『生徒及び職員全員に連絡! 正体不明の高熱源反応をIS学園近海にて確認! 一般生徒の皆さんは各自自室に待機! 職員、専用機持ちは至急、第2アリーナへ集合して下さい! 繰り返します! 正体不明の───』
山田先生の焦った声が拡声機越しで学園全域に響き渡る。学園内の何処からでも視認出来る電光掲示板には『◤◢緊急事態発生◤◢』の文字が何度も点滅していた。
...うん、まあ......静かに職員室へと重い足を運ぶしか選択肢は無かったよね...
* * * *
「はぁ...疲れた」
昼休み。晴れ渡る晴天の下で、俺は弁当を3つ引っ張り出しながら息を吐く。
ヒガンバナが綺麗に花開いているIS学園の屋上に、俺達は昼食を取る為に集まっていた。他は相も変わらず、千冬とシャルロット、あと簪を除いた修行と同じ顔ぶれだ。シャルロットと簪は購買に飲み物を買いに行くとか何とかで今はいない。じきに来るだろう。俺の友人の少なさに自身で呆れそうになりもするが、まあ仕方がない。それに俺は、数ではなく質で勝負する派なんです。
「説教、思った以上に長かったなぁ。まあ午前の授業が全部自習になったし、オレ的には良かったんだけど」
「こっちは何一つ良くねぇよ。煉瓦の壁やら大量のメジェド神やらに包囲されてて逃げられなかったし。というかだよ? ニトクリスさんはなんで宝具発動させてまで俺を軟禁してたんですかね?」
「然るべき対処です。それと、お弁当はありがたくいただきます」
そう言ったニトリは俺の差し出した弁当を受け取り、蓋を開ける。俺製、エミヤ印の弁当だ。ただの弁当と侮るなかれ。エミヤ特製秘伝の調味料がふんだんに使われているのだ。秘伝なのに俺の手に渡った事へのツッコミはしてはいけない、いいね?
「相変わらず美味しいわね...マスターの手作りのクセに」
「意味が分からん。俺の手作りのクセにってなんだ」
ニトリよりも先に、掠め取るように弁当を取って食していたペストが呟く。エミヤに指導してもらったのだから美味いのは当然だ。だが俺の手作りのクセにっていうのは本当になんなのだろうか。地味に傷付く。
「私の中のマスター像ではこう、アホみたいな筋力で食材を潰して、大釜で一緒くたにかき混ぜてるイメージなのよね」
「てめぇ俺を何だと思って......あと料理なめんな」
「いやだって。マスターってそういうイメージあるでしょう? とりあえず潰す全部潰す。容赦無く、悉くを捻り潰すイメージ。ねぇニトクリス?」
「えぇ、まあ。否定はし切れませんね」
「マジでか」
俺に対する身内からのイメージが...。そんなに酷いイメージを与える事したかな?......してたわ、うん。数え切れないくらいには沢山してたわ。
「嫁。私やシャルロットの分の弁当は無いのか?」
「え? いや、お前ら確か自分で昼飯は作ってたよな?」
「私ではなくシャルロットが、だがな。...無いのか?」
「えっ、うん、普通に無いね。なんかごめん。明日...は日曜か。明後日からは作るから。あっ、俺の分ならあるけど。俺は非常食用の缶詰とか食うから」
「いや、それはさすがに嫁に申しわけ...いや、やはり半分貰おう。クラリッサに聞いた『はい、あーん』というモノを所望する」
「あれ、なんかデジャヴ...あとそろそろ嫁呼びやめて」
言いつつ、俺のおかずだったつくねハンバーグを箸で一口サイズに切り、鯉や燕の子の様に口を開けて待っているラウラに食べさせる。...介護ってこんな感じなのかな、とかいう感想を口にしようものならレーザーが飛んできそうなので胸の内にしまっておこう。無駄に施設破壊をすることは無い。ただでさえ今朝の件でウン百万という修繕費を叩き付けられたのだ。これ以上重ねてたまるかっての。...というか、俺が金を持ってたからいいものを、普通学生にそんな金額を提示しますかね...教師陣の正気を疑う。まあ即座に耳を揃えて払った時の教師陣の反応は面白かったけども。この前鉱石とか金塊とかを大量に換金しておいて良かった。
「うむ、美味いな。...正直、ついこの間までは斑ロリの言う通り、凌太が料理出来るなんて思っていなかったぞ」
「おうこらそこの眼帯銀髪。私を斑ロリ呼ばわりするのはやめなさい。外見で言えば貴女も私とそこまで変わらないでしょう。...いやこれマスターが元凶よね。おうこらマスター、ちょっと責任取りなさい」
「えぇ〜」
「露骨に面倒そうにするなっ!」
「お待たせー。みんなの分の飲み物も...って、あっ! ラウラだけずるい!」
「凌太の作ったこのハンバーグ、美味いぞ。シャルロットも貰うといい」
「なあ、そんなに美味いのか? オレも一口...あっ、本当だ、美味い」
わいのわいのと昼の屋上に楽しげな声が広がる。
なんて言うかこう、平和っていいよね。
「ねぇ見てよニトクリス。マスターの顔。なんであんなに幸せそうにしてるわけ? キモい」
「それはアレでしょう。日頃生きるか死ぬかのサバイバルを強制させられてきたので、この平和さに和んでいるとか、そういう感じだと思いますよ」
「あぁ、なるほどそういう...マスター、不憫な子...。キモいとか言ってごめんね?」
なんか向こうで哀れみの目を向けてくるロリがいるが、まあ気にしないでおこう。ああ、平和って素晴らしい! ...これ以上は止めておいた方がいいな。フラグになりそうだ。
終いには全員が俺のおかずに手を出し始めたため、ギフトカードから鯖缶を取り出して食す。エミヤがいると缶詰なんて中々食べられないので地味に楽しみだったりする。たまに食べる鯖缶って美味しいよね。
向こうでは女性陣が俺の弁当の味付けがどうとか、一夏はどれが好みなのかだとか、セシリアにだけは絶対に料理させるな死人が出るだとか、色々と盛り上がっていた。...セシリアの料理ってそんなにヤバイのか。しかもセシリア本人にその自覚は無いっぽい...。おいそれ一夏死ぬんじゃねぇの?
「それより凌太。
軽く一夏の今後を心配していると、不意にニトリが俺だけに聞こえるように言ってきた。彼女は視線だけを斜め上空へと向けている。
ニトリの言う“アレ”とは、3日程前から俺達を監視している飛行物体の事で間違いないだろう。そして監視主はあの天災兎こと篠ノ之束。というかアイツ以外は有り得ないだろう。ステルス機能だかなんだか知らないが、割と警備網が厚いはずのIS学園に軽々と侵入し、3日も滞在していることからかなりの隠密性だと言わざるを得ない。それ程の技術力を束以外が持っているとは考えづらいしな。
まあ俺、ニトリ、ペストには即座にバレていたのだが。それぞれ直感だったり魔術結界への干渉がどうだったりと、気付いた理由は様々だ。それにあの偵察機らしきモノ、多少魔術による隠蔽が成されているのだ。確かにステルス性は飛躍的に上がったのだろうが、俺達相手だとそれが逆に仇になってしまっている。
「別に放っておいてもいいだろ。害にはならないだろうし。ニトリ達が嫌だって言うなら対処するけど?」
「いえ、凌太が無視するというのならそれでいいです。ペストもよろしいですよね?」
「ん。まあ、構わないわ。ちょっかい出してくるなら別だけど。ご馳走様でした」
「はいよ、お粗末さん」
空になった弁当箱を受け取り、ギフトカードに収納する。いや、これホント便利。カード内のものはいくら時間が経ってもそのままの状態で保存されている。つまり、放課後になり部屋に戻ってから先程の弁当箱を取り出しても、今のままの状態で出てくるということだ。油やその他諸々の汚れが時間の経過と共に強固にこびり付くこともない。何と便利なのだろうか。サッと洗うだけで済むので本当にありがたい。食材保存としても使えるし、これは最早劣化版
ギフトカードの利便性を改めて認識し、感心していた俺に突如詰め寄る影が一つ。長く艶やかなブロンドの髪を太陽の光に反射させるその人物──セシリアはこう言う。
「凌太さんっ、私に料理をお教え下さいませんか!?」
「はいこれクッ〇パッド。この通りにやってね」
「そんなっ!?」
一夏の命の為にも、ここは素直に料理を教えた方が良いのかもしれないが、まずはクッ〇パッド大先生に頼ろうと思う。面倒だし是非も無いよネ!
──後日。何故かクッ〇パッド大先生の調理方針に反旗を翻したセシリアの半独創料理によって学園内で犠牲者が出てしまった為、仕方なく俺が1から料理を教えるはめになったのだが...それはまた別のお話。
個人的な理由で、これから2月半ばくらいまでは月2~3回投稿という亀更新が続きそうです。本当に申し訳ない(待っている人がいればの話)です。2月を過ぎれば時間が出来るので、それからは投稿速度をあげます。
尚、私の中で終わらせ方だけは出来上がっていますし、今後どれだけ投稿が遅くなろうとも、途中で投稿自体を辞めるという事は十中八九ありません。なので、どうかこれからもご愛読の程よろしくお願いします。