「いやぁ。オケアノス、ロンドン、アメリカと、今までの戦力不足が嘘みたいだねぇ。...どうしてこうなった」
「すまない、とは言わんぞ俺は」
冥界から帰った翌朝。俺は藤丸達と共に北の防壁へと移動していた。徒歩で半日程かかるのだが、夜明け前から移動を開始したので、昼前には到着出来そうである。
...現在この場にいる戦力の報告でもしておこうか。
俺、静謐ちゃん、モードレッド、牛若丸、弁慶、ジャガーマン、エルキドゥ、藤丸、マシュ、ジャック、エウリュアレ、金時(騎)、マーリン、アナ、イシュタル、コアトル、ウルク兵約500人。
うーん...獅子王の円卓相手でも互角以上に渡り合える戦力だわ、これ。
レオニダスと道満はウルク防護として残して来たが、それでも戦力過多過ぎる戦力である。
エレシュキガル?知らん(諦め)
『いやぁ、もうこのメンツで魔術王に挑んで来てよ。勝てるでしょ、このパーティなら』
「それな」
シミジミとそう述べるロマンと藤丸を無視して歩を進める。
その後も時折現れるはぐれ魔物を片手間で屠りながら歩き、予定通り、昼前に北壁へと辿り着いた。
『それじゃあ作戦会議、というか確認をしておこうか』
今まで本気で空気だったロマンが、ここぞとばかりに仕切り出す。...ごめん、割とマジで忘れてた。
『林に待機している魔獣1万頭。これは女神イシュタルとジャガーマン、モードレッド、静謐のハサンが担当する。凌太君と女神ケツァル・コアトルは“鮮血神殿”へマルドゥークの斧を叩き込み、ゴルゴーンの神性を削ぐ。その後は2人とも魔獣駆逐に回りつつ、キングゥに備えてくれ。残りの立香ちゃん達は凌太君達が神殿を破壊したのを見計らって神殿内に侵入、ゴルゴーンを打倒してくれ』
と、出発前に決まっていた作戦を意気揚々と語るロマンを、皆暖かい目で見る。話し終えたロマンが得意顔な辺り、相当話したかったんだろうな、と全員が察しているのだ。ジャガーマンは空気を読まなそうだったので事前に令呪を切って黙らせた。令呪の無駄遣い?ロマンの精神安定は大事なんです。
ロマンの存在感が少しだけ戻ったので再び現場で話を進める。というかロマン達カルデア役員は今回、藤丸の存在証明で手一杯なのだ。こちらに介入している暇は本来ほぼ無い筈なのだが...まあ、通信は出来てきるのだし、空気のままは嫌だったのだろう。今はダ・ヴィンチちゃんと共にヒーヒー言いながら作業をしている。南無。
「じゃあゴルゴーンは藤丸達に任せるけど...大丈夫か?」
藤丸に向けて、では無く、アナとエウリュアレに向けてこの言葉を投げかける。
ゴルゴーンの正体も然ることながら、アナの正体も丸分かりであることから、この意思確認は必要だろうと思ったのだ。
「あら、貴方にも誰かを心配する心があったのね。驚きだわ」
「俺をなんだと思ってんだこの女神は」
「頭の可笑しい私達の天敵という認識だけれど?それよりもあの子...ゴルゴーンを相手に出来るか、という質問だったわね。折角の貴方のなけなしの気遣いを無駄にするようでとても嬉しいけれど、心配無いわ」
「この性格の悪さよ......、いや、これはイイ性格してるって言った方がいいか」
俺は別にM属性は持っていないので、そんな嗜虐心溢れる笑顔を向けられても困るだけです。自重しろ女神。
「...私も大丈夫です。私は元々、ゴルゴーンを倒す為にここへ喚ばれました。覚悟ならとうの昔に...」
「ああ、いや。そういうのいいから」
死ぬ気の垣間見えるアナに、お前何言ってんの感を出して嘆息する。
「お前の言う覚悟って死ぬ覚悟だろ?そんなのするだけ無駄だ無駄。生き残って、そして勝つ事だけ考えろ。それにな、差し支えるなんて真似をしたらお前の姉さんが黙ってねえぞ」
「分かってるじゃない、神殺しさん?貴方への評価を少しだけ改めてあげる」
「そりゃどうも」
どうせロクでもない評価がまた更にロクでもないものになったのだろう。エウリュアレだからね、仕方ないね。ステンノが居ないだけマシというものだ。...俺は忘れない、カルデアで遭遇した女神達に遭わされたあの災悪を。詳しくは語らないが、カルデア全体を巻き込む事態へと発展し、俺の心が真っ黒に染まりかけたとだけ言っておこう。ロマン曰く、「リョータ・オルタという化け物の片鱗が見えた」だそうだ。
「......分かりました、善処します。姉様に怒られるのは、その、怖いですし...」
「よし。それじゃあ決行まで時間もあるし、それまでは各々自由に過ごすって事で」
とまあ、いい感じの空気で終わろうとしたこの作戦会議だが、そう簡単には終わらなかった。
「...ダメだ、気になってしょうがない...。凌太君、『差し支える』じゃなくて『差し違える』だと思うんだけど、そこの所どうでしょう」
藤丸の放つ指摘に、全員が顔を逸らして笑いを堪える中(女神2柱は爆笑)、俺は顔を両手で覆ってその場に蹲る事しか出来なかった。
暇が出来たら絶対に語彙力を付けよう。赤面しながらも、俺は心にそう決めた。
* * * *
3時間後。
遅れて到着した残りのウルク兵(コアトルによる強化、及び狂化済)と翼竜軍団と共に戦線を張り、俺達は魔獣蔓延る林へと向かっていた。
本来なら明日の夜明けと同時に奇襲を仕掛けるのがベストなのだろうが、高ランクの『気配察知』を誇るキングゥがあちらにいる以上完全な奇襲などは出来ないし、下手をすればこちらが逆に奇襲を喰らう。なので、もう開き直って正面突破しようぜ、という事になったのだ。
「...魔獣の数は約1万、正確な数字は1万と2246頭だね。西側の方が手薄だ。そちらから神殿へと向かおう」
「すっげ。そんな細かいところまで分かるのかよ...。俺が感じれるのは、なんとなく沢山居るな、ってぐらいなのに...」
エルキドゥの驚異的な『気配察知』能力を目の前にして改めて感服する。これは静謐ちゃんの『気配遮断』が看破されたのも納得だわ。
そして、それと同時に、こちらの戦力もキングゥ相手には既にバレているという事も差している。
高い戦闘能力に気配察知、更には変身まで出来るとか優秀過ぎるだろコイツら。
「それじゃあ凌太君。私達は先に行ってるから、神殿の破壊、よろしくね」
そう言って魔獣達が比較的少ないらしい西側から林へと新入していく藤丸達を見送り、こちらも準備を始める。
「...確認だけどさ。お前、これ本当に投げれんの?」
「まあ投げるだけなら出来マース。細かいコントロールとかは無理よ?」
「それでも十分スゲェよ...」
神代の連中はヤバイ、改めてそう思った。
コアトルが投げられると豪語する物、それは今しがたギフトカードから取り出したマルドゥークの斧である。こんな都市1つと同程度の重量とかいうアホみたいな武器を平気な顔して投げれるとか(呆れ)
それじゃあいきますヨー!とか陽気に言いつつ本当に斧をぶん投げるコアトルを見て、コイツと正面からやり合う事だけは何としても避けようと切に思った。
そんな感じで俺が軽く戦慄していると、遠くから何かが破壊される音が鳴り響いた。恐らく、というか確実にコアトルの放った斧が神殿へ直撃したのだろう。
本来なら、この行為が「三女神同盟」なるものへの違反と見なされ、コアトルに文字通り天罰が下る。だが、その契約はじいじ(仮)が断ち切ったのでお咎め無し。...思ったんだけど、
と、割と本気でそんな事を考えていた時だった。
「ッ!リョータ、後ろ!」
コアトルの鬼気迫る叫びと共に、ほぼ反射的に横へと跳ぶ。そして、
一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。
咄嗟に俺の左腕を貫いた物が飛来してきた方向、つまり背後を確認する。すると、俺の真後ろ、その地面から、見覚えのある黄金の鎖が数本飛び出ていたのだ。
──やられた。
コアトルの声で咄嗟に回避行動が取れた事が不幸中の幸いだろうか。本来の狙いであった頭への直撃は避けられたっぽいが、それでも片腕を失った。戦場で油断すると死ぬ、という事を嫌という程理解していた筈なのに、またやってしまったのだ、俺は。圧倒的な戦力差を前にして、気付かぬ内に慢心していた。
「やあ。随分と面白い事をしてくれたじゃないか、坂元凌太」
前方から声が聞こえる。と同時に、俺は未だ宙を舞っている左腕を回収。ギフトカードへと収納する。『魔王の左腕』とかいうギフトネームが付与されたが気にしない。そんな事を気にする前に、止血の作業へと移行する。
「川神流、炙り肉!」
右腕で発動させた、百代から奪った技で切断面を焼いて止血する。腕一本失って、その断面から止めどなく流れ出る血の量はすぐに致死量まで達する。それを防ぐには、こうするのが早いと判断したのだ。雷は俺に通じないし。
痛みならば我慢出来る。実際、これ以上の重症だって経験してきたのだし。しかし失血は別だ。これは訓練や根性論などではどうしようもない。致死量超えたら普通に死ぬ。
人の肉が焼ける、既に慣れてしまった臭いを知覚しながら、怒気を含んでこちらに声を掛けてきた前方の人物へと視線を移した。
「三女神同盟が1柱、ケツァル・コアトルの従属...いや、君達風に言うと『仲間にした』が正しいのかな?まあそれはどうでもいい。問題はそこじゃない。何故天罰が下らない?女神間の同盟は破れない、これは絶対だ。例え上位の神であろうと、これは覆せない。──何をした?」
「機密事項だ」
律儀に答えてやる義理も無いので適当に流す。第一、じいじを知らない奴に真実を話した所でそれを信じる訳が無いのだ。俺だって、自分の目で見てなければ信じないわ。
「...ふん、まあいいさ。少し予定は早まったが、それだけだ。大した問題は無い。例えケツァル・コアトルであろうとも、
「あら、言ってくれるわねキングゥ? 自分で言うのもなんだけれど、私、ゴルゴーンよりも強いわよ?」
えっ、何それ初耳。ガチで俺らの存在意義が無くなってきてないですかね?
「なんだい、マーリンはまだ話していなかったのか...。ハハハ!思い上がらない方が良いよ、羽毛ある蛇。
「...どういう事?」
訝しげにコアトルが聞くが、キングゥはそれに答えようとはしなかった。
その代わりに鎖を数本飛来させる。
「世界の終わりまで──いや、新世界の始まりまであと2日。今の母さんが倒されたとしても、今日を以て世界は生まれ変わる。それを待たずして死ぬがいいさ、カルデアの諸君」
「ハッ!言ってろサイコ野郎!」
コアトルとキングゥが無駄に話し込んでいる間に、俺は魔力を十二分に充填し、尚且つ遅延術式の準備をする事ができた。
左腕の損失によって、俺のバランス感覚は著しく低下している。手数も減るし、接近戦などは俺が圧倒的不利。であるならば、魔術等で渡り合うしかないだろう。
「前衛は任せて下サーイ!派手にいきマスヨー!」
「よし任せた。俺の魔術に巻き込まれない様、背後にも注意しとけよ」
「...それ割と本気で心配ね。...面倒がって私ごとキングゥを殺ろうとかしないでネ?」
「善処する」
結構本気で心配そうな顔をするコアトルと共に、構えを取りつつキングゥへと向き直る。
「旧型の分際で、粋がらないで欲しいな。母さんの怒りを知るがいい。滅びの潮騒の聞きながら──死ね、旧人類!」
明確な怒気と殺意を隠そうともせずに、鋭い目付きでこちらを睨むキングゥ。自身の周りに無数の『天の鎖』を侍らせ、攻撃態勢を整えている。
本当に火花でも散りそうな程に3人の視線が交差する中、戦いの火蓋は切って落された。
* * * *
「『
「マカナの強度を見せてあげマース!フルスイングネ!
飛来するいくつもの『天の鎖』をマカナ1本で迎え撃とうとするコアトルに、俺は手に貯めた魔力を譲渡させる。一誠の『Transfer』を模したものなのだが、契約していない英霊に直接魔力供給をさせるにはとても便利な技だ。
コアトルは宣言通り、打撃武器であるマカナを豪快に振り抜いてキングゥごと『天の鎖』を打ち返す。というか数本余波だけで跳ね返してたんだけど。マジでかお前。
という風に、怪獣大決戦という名の戦闘を繰り広げること十数分。互いに疲れを隠しきれなくなってきており、若干肩で息をし始めていた。
俺も、直接的な戦闘行為こそ少ないものの先程の失血が大いに効いており、疲れというよりも虚脱感が俺を襲っている。肉が食いたい。
「ちっ、相変わらず馬鹿げた怪力だね。まさかそんな石器で弾き返されるなんて...」
「ヤー!全開の私と力で張り合うなら、戦神か悪神でも喚ぶしかないわよ?」
「これ以上神を召喚させる様な発言をしないで下さい。フラグになったらどうするんだ」
「それはそれで楽しそうよね!」
「戦闘狂ェ...」
やはり神は神か。頼もしいっちゃ頼もしいのだが、何処か不安になるな...。
「ッ!この気配、まさか母さんが?...そうか、あのアナとかいう英霊か...。クソッ、時間を取られすぎた!」
こちらが馬鹿な話をしていると、急にキングゥが顔色を変えた。
今のセリフを聞いた感じ、藤丸達がゴルゴーンを倒す事に成功したのだろうか?そんな重要な情報を俺達に聞かれる様な音量で呟くキングゥマジ浅はか。
「遊びは終わりだ、ケツァル・コアトル、坂元凌太」
「遊びて。お前割と本気だっただろ」
「うるさい黙れ。──これより世界は1度終わる。旧人類は皆滅びる運命にあるが...母さんを殺した奴らは別だ。僕が直接手を下す。じゃあね、
言いつつ、イシュタルよりも速い速度で飛び、この場を離脱するキングゥ。恐らく神殿へ向かったのだろうが...まあ心配は無いだろう。あっちにはエルキドゥもいるし。
それよりも問題なのは、キングゥの言葉である。
『世界が1度終わる』と、確かに奴はそう言った。十中八九、本物の母さん、とやらが原因と見ていいだろう。であるならば、その元凶を無くす事こそが、この特異点を修復する最終目標と受け取れる。
「私は一応、立香サン達と合流しマース。貴方は魔獣戦線に行くか、もしくは後方で休んでいて下サイ。その腕では、ロクに走れもしないでしょう?」
「ん、そうだな。確かにこのままじゃタダの足で纏いになりかねないし、1回休憩を......とか思ってる最中に面倒そうな事が起こってるんですけど」
「?一体何が...なるほど、私も感じました。これは酷いわね...」
コアトルと共に、南の空をじっと見つめる。
何を隠そう、そちらの方角に謎の気配が突如として現れたのだ。しかも1つや2つではない。俺が感知出来ただけでも、既に5万は超えている。
そしてその異常事態という現実を裏付けるかのように、まるで地球そのものが震えているかの様な地鳴りが起こり始めた。
これマジで世界の終わりなんじゃないだろうな。
「コアトル、お前はさっき言ったように、1度藤丸達と合流してくれ。俺は何人かの英霊を連れて、南方の様子見でもしてくる」
「了解ネ。でも、無茶はダメよ?死ぬのもね」
「おう。俺もまだ死にたくはないしな。程々にしとくよ」
言って、俺とコアトルは逆方向へと同時に駆け出す。
事態は差し迫っている状態だ。今感じている謎の気配。それらの個体値は、恐らく上位の魔獣と同等かそれ以上だ。そんなものが、知覚出来るだけで数万体。街だけではない。俺達だって一斉に襲われたら危ないのだ。いくら一騎当千の力を持つ英霊でも、圧倒的な物量に対抗し続ける事は出来ない。一騎当千とは即ち、2千,3千で来られたら勝てないという意味と同義なのだ。まあその状況にもよるが。
そんな事を考えて走っていたのだが、俺は中々速度を出せずにいた。左腕を失った事で全身のバランス感覚が狂い、真っ直ぐに走る事ですら困難になっているのだ。
「これはさすがに戦力外通告受けるかな...」
そう愚痴りながら、ギフトカードから紫色のブレスレットを取り出し、『トニトルス』を展開させる。空を飛べばバランス感覚もクソもない。
暫く飛び、魔獣達との戦闘を繰り広げているモードレッド達と合流する。
「マスター!ヤベェ、南の方から嫌な感じがする!」
「ああ、分かってる!モードレッド、それから静謐ちゃんも乗れ!イシュタルは魔獣を全滅させ次第ウルクに向かってくれ!」
「えっ、ちょ!?何!?何が起こってるってのよ!?」
「察せ
「何言ってんのアンタ!?」
「リョータサン!私は!私はどうする!?なんなら私自ら南方へ赴いて、貴方の認めた美の神としての力を遺憾無く発揮することも決して吝かでは」
「ステイ!」
「まさかの!」
というかジャガーの屠ってる魔獣の量が尋常じゃない。アイツの周りに転がってる遺骸が全体の3分の1くらいあるんだが。アーチャーであるイシュタルより大量に殺ってるって本当になんなの。美の神なんて勿体無い、やはりお前は死と戦いの神だよ。
そのまま、ジャガーの手綱をイシュタルに押し付...任せて、両肩に静謐ちゃんとモードレッドを乗せながら全速力で南へ向かう。
すると間も無く、感じていた謎の気配の正体が見えてきた。てか正体というか何というか...。
「...なんだアレ」
「キモッ」
「黒いですね...」
上から俺、モードレッド、静謐ちゃんの順で思った事をそのまま口にする。
...正直に言おう、『生理的に無理』という経験を俺は初めて体験した。なんだアレ、本当になんだアレ。きもっち悪ぃ。
南の空と海を覆い尽くす紫に近い黒色の生物。それが、先程から感じ続けている謎の気配の正体だった。
一応人型とも取れる形状はしているものの、アレを人型だと──人に近い生き物だと、認めたくない。
俺は、基本的に自分以外の事には無関心であると自負している。無関心とはつまり、好きも嫌いも無いということだ。それが、見ただけで拒絶反応を起こす程に、俺はヤツらを受け付けない。生理的拒否。良く女子達が口にする言葉であるが、まさか自分がそれを体験する側に回るとは思っていなかった。体験される側は分からないけど。
「ヤバくねぇか?アレ、一体どんだけいるんだよ...」
モードレッドの戦慄した声が耳に届く。
確かに、目に見えているだけで軽く10万程度はいるのではないだろうか。辛うじて陸へは到達していないものの、それも時間の問題だ。未だ海から溢れ出るあの黒い生物は、すぐにでも陸へと上陸を始めるだろう。
「1回退いた方がいいか?さすがにあの量は捌ききれん」
「いやマスターなら案外いけそう...って、おい、マスター。お前、左腕はどうした」
ISの装備で今まで気付いていなかったのだろう。不意に目に入った、いや入らなかったのか。とにかく、あるはずのモノが無い事実に気付いたモードレッドが訝しげに聞いてくる。
モードレッドの発言で静謐ちゃんも俺の左腕が喪失している事に気付いたらしく、焦った様な顔を向けてきた。
「あー、これな。さっきキングゥにやられた」
「はぁ!?マスターが敵に!?冗談だろ!」
「事実だっつの。それにお前が知らないだけでこれより酷い怪我だってしてきたぞ、俺。なあ静謐ちゃん」
「まあ、あのご老体と戦ってきた時は全身穴だらけでしたけど...」
「え、マジか!?それで生きてるマスターやっぱ普通じゃねぇ...」
「俺の非人間性とかはどうでもいいんだよ」
そんな馬鹿な会話をしていると、突如トニトルスのプライベートチャットに通信が入った。...えっ、この時代で、というかこの世界で誰からISに連絡が来るんだよ...。
疑問に思いながらも、さすがに無視する訳にはいかないので、音声通信だけを繋げる。
「もしもし?」
『おお!本当に繋がった!なんなんだいそのISっていう機械は...』
通信越しに聞こえてきたのは、既に聞き慣れてしまった何処か頼りない声。
ごめん、ISが何なのかは俺も良く理解してない。そこら辺は束にでも聞いて。
「どうしたロマン。藤丸の存在証明とやらはいいのか?」
『えっ?ああ、それなら問題無い。レオナルドが全力を出しているからね。それより、君は今南に居るって話だけど、そっちはどんな状況?』
「んー...まあ一言で言うと『ヤバイ』かな」
『あの凌太君を以てしてヤバイと言わしめる状況か...。それはマズイな...。追い討ちをかける様だけど、こちらはマーリンが脱落した』
「は?何やってんだあのバカ。えっ、アナ達は?」
『マーリン以外は無事だよ。アイツはまあ、この事態を未然に防ごうとして失敗したんだ。それよりもだ。君の主観でいい。マーリンの欠けた現在のこちらの戦力で、今の状況を打破し、更にその特異点を修復する事は可能かい?』
ロマンに問われ、再度黒い生物達に目をやる。既に数万体程が陸へと登り始めており、海に隣接されていた観測塔も既に襲われている。
「...正直言って、俺には分からん。敵の絶対数も分からないし、何より総大将がどれかも分からねぇ。手の打ちようが無い」
『敵の総量、及び総大将はこちらで計測した。総数は今の所は約1億。総大将は女神ティアマト。これはゴルゴーンの様な、権能だけのティアマトでは無く、本物のティアマト神だ。エルキドゥにも確認を取ったから間違い無いよ。そして今、ティアマト神は海の底にいる』
「1億か...。それはキツイな。先にティアマトを殺れば、あの黒いヤツらは消えたりするの?」
『恐らくそうだろう。彼らはティアマト神が創り出した新人類だと、キングゥは言っていた』
新人類とかマジでか。あんなのが人類だと?ないわー、マジひくわー。
っと、そろそろ離脱しないと、俺達も標的になるな。
「とりあえず、一旦俺もウルクに戻る。藤丸達にはそこで合流しよう。ティアマトが海から出てこない事にはどうしようもないからな。それまでは北壁で耐久戦だ」
『了解。立香ちゃんにもそう伝えておくよ』
それを最後に、ロマンが通信を切った。
同時に、俺もトニトルスに魔力を通してその場を離脱する。
黒い生物らの歩みは思ったよりも速くはない。この調子だと、奴らが北壁に辿り着くまでに3時間程度と見て良いだろう。
全戦力でかかれば、恐らくだが防衛だけなら可能だ。しかし、そこから更に戦力を裂き、対ティアマトとなると正直キツイ。ティアマトが海から顔を出すまでに黒い生物をどれだけ駆逐出来るかが勝負の鍵になりそうである。
...というかマジでこの腕どうしよう。回復系の神秘は効かないしなぁ。
「差し支える」は最初普通に書き間違えてて、後から気付いたのでそのままネタにしました。
別に文字数稼ぎじゃないですよ?...本当ですよ?