「──あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうために小一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデス」
「いいからさっさと進めろ」
「理不尽極まりないな、お前」
「それが俺だ」
お前どこのジャイ〇ン。堂々と言うことではないぞ、それは。
「それではいいですか、御四名様。定例文で言いますよ?言いますよ?さあ、言い」
長かったのでテキトーに聞き流しました。
まとめると、ここは箱庭という場所で、“ギフト”と呼ばれる神様的な奴らから与えられたものを俺達は持っており、尚且つ人類最高峰のギフト保持者で、それらを使って“ギフトゲーム”なるものを行うそうだ。
なんか他にもいろいろ言ってた気がするけど長かったので忘れた。忘れるって事はそこまで重要な事ではなかったのだろう。とりあえずギフトゲームさえ覚えておけばどうとでもなるまである。
説明が終わった後、十六夜の質問に黒ウサギが、
「──Yes。『ギフトゲーム』は人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」
と答えたところで質問タイムは幕を下ろした。別に構わないんだけど、俺に質問する時間は与えられなかったんですよね。いや、仮に時間があっても肝心の質問がないんだけれど。
そんなこんなで説明も終えて箱庭へと向かっている途中、十六夜が俺に話しかけてきた。
「なあ凌太。今からちょっと世界の果てってやつを見に行ってみないか?」
「世界の果て?なにそれ超見てみたい。すぐ行こうぜ」
「ヤハハ!お前ならそう言うと思ったぜ!」
行くならば皆に一言伝えなければと思い、前を歩いていた久遠さんに黒ウサギへの伝言を頼んでから十六夜と共に世界の果てへと駆け出した。
今回分かった事。十六夜さんマジ足速え。動物か何かか?
しばらく走っていると、前方に大きな滝が見えてきた。
十六夜はその近くで立ち止まり、後ろを走っていた俺の方を向く。
「へえ、結構飛ばしていたんだが普通に着いてくるのか。いい脚してるな、お前」
「い、いや、お前...さ。これ...の...ど...こが...普通に...見えん...の?いくら...なん...でも...速すぎ...だろ...」
息も絶え絶え、という状況を正確に体現しながら返事をする。
一方の十六夜は汗もかかずに涼しい顔でこちらを見ていた。こやつ、本当に人間か?
ヤハハ!と笑う十六夜にそんな疑念を抱いていると、背後の滝壺から巨大な白蛇が出て来た。
『ふむ、人間がここに来るとは珍しいな。して、貴様らが我に挑むのは知恵か?それとも勇気か?好きな試練を選ぶがよい』
......いや、いやいやいやいや、なんなんですかこの大蛇。
喋りましたよ?普通に話しかけてきましたよ?
というか普通にデカイ。何mあるんだよ、一周回ってアホか。
「十六夜、ヤベエやつだぞこれ」
「ああ、ヤベエ奴だな、こいつは。何上から目線で物を言ってやがる。試練を選べ?ハッ!そんじゃまずはテメェが俺を試せるのかどうか試してやるぜ!」
んー、何言ってんだこのモンスター。
なんかもうどうにでもなれよ。
「十六夜さん!凌太さん!」
十六夜が白蛇の鼻っ柱を殴り飛ばした辺りで焦った様子の黒ウサギが到着した。
...ん?黒ウサギ?黒ウサギって髪は水色っぽく無かったっけ?なんか赤いんですけど。
「もう、一体何処まで来ているんですか!?」
「“世界の果て”まで来ているんですよ、っと。まあそんなに怒るなよ」
「そうだぞ黒ウサギ。このモンスターには何を言っても無駄だと俺は理解した」
「いえ、そういうワケにも...。というか凌太さんも同罪ですからね!?」
「失礼な、俺は普通の人間だ」
「ヤハハ!俺の脚に着いてこれた時点で普通ではないから安心しろよ、凌太」
「なん...だと...?」
俺は普通じゃないというのか?
...いや、よく考えたら転生してる時点で普通じゃないわ。なんかヤバイギフト持ってるっぽいし。でも、それでも俺は声を大にして言いたい。十六夜よりは全然人間をしている、と。
「ま、まあそれはともかく!御二人が無事で良かった
デス。水神のゲームに挑んだと聞いて肝を冷やしましたよ」
「水神?ああ、アレのことか?」
「少し遅かったな黒ウサギ。このモンスターはその水神とやらに既に手を出したぞ?」
「え?」
俺と十六夜が指を指した方を見る黒ウサギ。
『まだ......まだ試練は終わっていないぞ、小僧共ォ!』
すっごくお怒りの水神さまがそこにいた。
是非もないね。だって問答無用で殴り飛ばされたのだもの。
「蛇神...!って、どうやったらこんなに怒らせられるんですか!?」
「蛇神来て 試練挑まれ 殴ったよ」
「何故に五・七・五!?」
『貴様、付け上がるなよ人間!我がこの程度で倒れるか!!』
蛇神サマがそう言うと蛇神サマの周りにいくつもの水柱をが出現した。
「っ!御二人共、下がって!」
黒ウサギが庇おうとしてくれたが、十六夜は鋭い眼光でそれを阻む。
「何を言ってやがる。下がるのはテメェだろうが黒ウサギ。これは俺が売って、奴が買った喧嘩だ。一緒にいた凌太はともかく、手を出すんならお前から潰すぞ」
...本気の殺気って、俺初めて見たよ。先程の湖での殺気は本気じゃなかったんだな。
怖いなぁ、殺気。黒ウサギも殺気に当てられたのか、息詰まらせている。...いや、蛇神に喧嘩売ってた事に対して戦慄してるだけかな?
『心意気は買ってやる。それに免じ、この一撃を凌げば貴様らの勝利を認めてやる』
「寝言は寝ていえ。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ」
まあ、どう考えても十六夜が勝者だよな。
だって、あの蛇神サマ、十六夜に対抗出来ないでしょうよ。さっき正面から殴り飛ばされたし。
『フン、その戯言が貴様の最期だ!』
蛇神サマの雄叫びに応えるように川の水が巻き上がる。竜巻のように渦巻いた水柱は蛇神サマの背丈より遥かに高く舞い上がり、何百tもの水を吸い上げる。
竜巻く水柱は計四本。それぞれが生き物のように唸っている。
「十六夜さん!」
黒ウサギが叫ぶがもう遅い。
竜巻く水柱は川辺を抉り、木々をねじ切り、十六夜と俺の体を呑み込もうとする──。
え?こっちにも一本来てる?え?
ストップ!ストッププリィズ!?
「ハッ、しゃらくせぇ!」
「コンチクショウがぁぁ!!」
突如発生した、嵐を超える暴力の渦。
十六夜は竜巻く激流の中、ただの腕の一振りで嵐を薙ぎ払った。
俺は無我夢中で精一杯殴りつけたら水柱が爆散した。
...助かったけど、これってあの
「嘘!?」
『馬鹿な!?』
驚愕を含んだ二つの声。
俺が一番驚いてるわど阿呆。なんだ、拳一つで水柱爆散て。しでかした俺が一番訳が分からない。
「ま、なかなかだったぜ、お前」
大地を踏み抜く様な爆音が響き、十六夜が蛇神サマの眼前まで跳躍し蹴りを打ち込む。
蛇神サマぶっ飛びアゲイン。
水面に倒れ込んだため水が周りの森に浸水していく。
召喚時同様に全身が濡れた...。
「くそ、今日は良く濡れる日だ。クリーニング代ぐらいは出るんだろうな黒ウサギ」
「おい、どうした黒ウサギ。ボーッとしてると胸とか脚とか揉むぞ?」
「え、きゃあ!」
十六夜が何やら考え事をしていたらしい黒ウサギの背後に移動し、脇下や股の辺りに手を伸ばしていた。
「な、ば、おば、貴方はお馬鹿です!?二百年守ってきた黒ウサギの貞操に傷をつけるつもりですか!?」
「二百年守った貞操?うわ、超傷つけたい」
「お馬鹿!?いいえお馬鹿!!!」
疑問形から確定形に変わっとるがな。
いやしかし二百年守ってきた黒ウサギの貞操か...。
「十六夜よ、どちらが先に奪っても恨みっこ無しだぞ?」
「おうよ、当たり前だろ?」
「こんのお馬鹿様方っ!!」
スパーン!と軽快な音と共に俺と十六夜の頭にハリセンが落とされた。全く、ボケがいのあるツッコミをしてくれるぜ。
にしてもあのハリセン、今どこから出したんだろ?
その後、黒ウサギが蛇神サマから水樹なるものを頂いて大変喜んでいたが、その様子を十六夜は不機嫌そうに睨みつけている。
「どうした十六夜?」
「いや、別に。ただ黒ウサギが何か決定的な事を隠してそうでな」
フン、と鼻を鳴らしながら呟く十六夜。
すると黒ウサギがこちらに帰ってきた様なので、単刀直入に聞いてみることにした。
「なあ黒ウサギ。お前、俺達になんか隠し事してんの?」
「......何のことです?箱庭の話ならお答えすると約束しましたし、ゲームの事も」
一気に硬い表情を作り俺の問いに応答する黒ウサギ。
あ、これ完全に隠し事してらっしゃるわ。
顔に出し過ぎだろ、と思っていたら十六夜が更に不機嫌そうに問いただした。
「違うな。俺が聞いてるのはお前達の事──いや、核心的な聞き方をするぜ。黒ウサギ達はどうして俺達を呼び出す必要があったんだ?」
十六夜の指摘にあからさまな動揺を見せる黒ウサギ。もう少しポーカーフェイスというものをした方がいいと思う。
「それは...言った通りです。十六夜さん達にオモシロオカシク過ごしてもらおうと」
「ああ、そうだな。俺も最初は純粋な好意か、もしくは与り知らない誰かの遊び心で呼び出されたんだと思ってた。俺は大絶賛“暇”の大安売りをしていた訳だし、他の奴らも異論は無いようだったってことは箱庭に来るだけの理由があったんだろうよ。凌太は違うみたいだがな。だからお前の事情なんて特に気にならなかったんだが、なんだかな。俺には、黒ウサギが必死に見える」
更に動揺を隠せなくなってきた黒ウサギに、十六夜が追い打ちをかけて問いただす。
「これは俺の予想なんだが、黒ウサギのコミュニティは弱小か、もしくは衰退したチーム何じゃないか?だから俺達は組織を強化するために呼び出された。どうよ、百点満点だろ?」
「っ!」
「ホラ、包み隠さず全部話せ」
「......」
完全に沈黙する黒ウサギ。
いろいろ考えているのだろうが、この場面で黙り込むのは悪手だと思う。あと俺の空気感がすごい。
「ま、話さないなら別にそれでもいいぜ?俺達は他のコミュニティに行くだけだしな」
「...話せば、協力してくれますか?」
「ああ、面白ければな」
ケラケラと笑う十六夜だが、その目には一切の軽薄さは見られない。
やがて覚悟を決めたのか、黒ウサギが口を開く。俺の空気感が凄い。
「分かりました。それでは黒ウサギもお腹を括って、精々オモシロオカシク話させていただこうじゃな気ですか」
コホン、と咳払い。もうやけっぱちっぽいな。あと俺の空気感が(ry。
「まず、私達のコミュニティには名乗るべき“名”がありません。よって呼ばれる時は名前のないその他大勢、“ノーネーム”という蔑称で称されます」
「へえ、その他大勢扱いかよ。それで?」
「次に私達にはコミュニティの誇りである旗印もありません。この旗印というのはコミュニティのテリトリーを示す大事な役割も担っています」
「ふーん。それで?」
「“名”と“旗印”に続いてトドメに、中核を成す仲間は一人も残っていません。もっとぶっちゃけてしまえば、ゲームに参加出来るだけのギフトを持っているのは百二十二人中、黒ウサギとジン坊ちゃんだけで、後は十歳以下の子供達ばかりなのですヨ!」
うわぁ、それは...
「もう崖っぷちだな!」
「ホントですねー♪」
あ、黒ウサギが膝から崩れ落ちた。
言葉にしてみて改めて自分のコミュニティのヤバさを再確認でもしたかな?あと俺の(ry。
「で、どうしてそうなったんだ?」
十六夜の質問を受け、黒ウサギの顔が沈鬱になって行く。
「全て奪われたのです。箱庭を襲う最大の天災──“魔王”によって」
魔王──その単語を聞いた途端、適当に相槌を打っていた十六夜が初めて声を上げた。
その瞳はさながらショーウィンドウに飾られる新しい玩具を見た子供の様だったと、黒ウサギと俺は後に語る。本日2度目。
「魔王!なんだよそれ、魔王って超カッコイイじゃねぇか!箱庭には魔王なんて素敵ネーミングで呼ばれる奴がいるのか!?」
「え、ええまあ。けど十六夜さんが思い描いている魔王とは差異があるかと...」
「そうなのか?けど魔王なんて名乗るんだから強大で凶悪で、全力で叩き潰しても誰からも咎められることの無いような素敵に不敵にゲスい奴なんだろ?」
偏見もここまでくると清々しい。
魔王にだっていい奴の一人や二人いるのではなかろうか。いや知らないけど。
「ま、まあ確かに、倒したら他方から感謝される可能性はございます。倒せば条件次第で隷属させることも可能ですし。
ですが、魔王には“主催者権限”というものがあります。私達のコミュニティは“主催者権限”を持つ魔王のゲームに強制参加させられ、コミュニティはコミュニティとして活動していく為に必要な全てを奪われてしまいました」
「ふうん。それは新しく作ったら駄目なのか?」
「そ、それは...可能です。ですが!改名はコミュニティの解散を意味します。それでは駄目なのです!私達は何よりも、仲間が帰ってくる場所を守りたいのですから...!」
仲間の帰ってくる場所を守りたい、ね。
いいね、そういう厨二っぽいのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。
ただ気になる点がいくつかあるが...、まあ今はいいか。
「茨の道ではあります。けど私達は仲間の帰る場所を守りつつ、コミュニティを再建し......いつの日か、コミュニティの名と旗印を取り戻して掲げたいのです。そのためには十六夜さん達の様な強大な力を持つプレイヤーを頼る他ありません!どうかその力、我々のコミュニティに貸していただけないでしょうか......!」
「ふぅん。魔王から誇りと仲間をねえ」
十六夜が足をだるそうに組み替えながら約三分。
ニッ、と口を釣り上げながら、
「いいな、それ」
「―――......は?」
「HA?じゃねえよ黒ウサギ。協力するって言ったんだ。もっと喜べ」
黒ウサギは信じられなかったのか、もう二度三度聞き直す。
「え、あ、あれれ?今のってそういう流れでございました?」
「そんな流れだったぜ。それとも俺が要らねえのか?失礼な事言うと余所行くぞ」
「だ、駄目です!絶対に駄目です!十六夜さんは私達に必要です!」
「素直でよろしい。空気な凌太はどうする?」
「おい、結構気にしてたんだからな空気なこと。それになんだ?十六夜“は”って。まるで俺は必要無いみたいに言いやがって。確かに俺は十六夜程強くは無いが、傷つくモンは傷つくんだぞ」
ここぞとばかりに喋っていくスタイル。だってそうしないと本気で存在を忘れられそうだし。
すると十六夜はヤハハと笑い、黒ウサギはペコペコ頭を下げる。
「い、いえ!決して必要無い訳ではございません!必要です!バリバリ必要ですとも!」
「そうかそうか、ありがとう。社交辞令のようなものだと分かってても嬉しいぜ?だが、俺がコミュニティに入るかどうかはまた後でな」
「は?どういうことだよ」
十六夜が俺を見てくる。
やだー、コワーイ。
...巫山戯てる場合じゃないかな。黒ウサギなんて泣きそうだし。
「いや、いくつか気になる事があってさ。一つは俺が箱庭に来たことも関係してるんだけど...。まあ、どう転んでも黒ウサギ達のコミュニティの為になる様にはするから安心しとけ。それより早く“世界の果て”を見に行こうぜ。話は久遠さん達もいる時にするから」
俺が箱庭に来た理由、と聞いて黙る二人。
そりゃそうだ。だって、俺は招待状を貰った訳では無いのだから。
何故箱庭に来たのか謎に思うだろう。
実際は俺にも謎な訳だが...。爺さんの言うことに従うなら、俺はここに拠点を築かなくてはならない(たぶん)。
そこんとこも色々考慮して行動していこうと思っている。
あ、“世界の果て”はもの凄く絶景でした。名に恥じないっていうのはああいうのを言うんだろうなあ。