ガヴェインが毒でよろめいている間に、静謐ちゃんを乗せて聖都正門前を全速力で離脱する。
追手が来ない事を確認して手頃な岩陰へと降り立ち、ISを解除。それと同時に、多大なダメージに耐え切れず倒れ込んでしまった。やっぱキツイわ、ガラティーン直撃は。
「ッ!大丈夫ですか、マスター!?」
「おー...。そんな声張ってる静謐ちゃん初めて見た...」
「そんな事より傷の処置を」
「大丈夫大丈夫。少し寝れば治ると思うし、悪いけど休んでいこう」
「...分かりました。では、私はここで見張りをしているのでゆっくり休んで下さいね、マスター」
「ん...」
優しい笑みで俺を覗き込む静謐ちゃんの顔を見ながら、俺は限界を迎えて気を失う様に眠りについた。
そう、
* * * *
「ん、ん...」
どのくらい寝ていたのだろうか。俺は照り注ぐ太陽の光で目を覚ました。
「あ、おはようございます、マスター。体の調子はどうですか?」
「んー...。ん、大丈夫」
傍に居た静謐ちゃんの呼びかけに、俺は立ち上がり体を少し動かしてからそう答える。
傷は完全に癒えたし、魔力も9割程は回復している。久しぶりに夢を見ずに寝たので、頭もスッキリしていた。
「そうですか。それは良かった...」
「おう。心配かけたね」
静謐ちゃんの頭を撫でながらそう言う。目を細めて喜ぶ表情を浮かべる静謐ちゃん。癒される...。守りたい、この笑顔。
「さて。それで、俺はどのくらい寝てた?」
「1日半程です」
「マジでか」
「マジです」
そりゃそんだけ寝てれば傷も回復しますわ...。いや、普通はしないんだろうけれど?
それにしても少し寝すぎたな。さっさと藤丸さん達に追いつかねぇと。あっちに円卓からの追撃が行っててもおかしくないし。
「ちょっと急ぐか。...いや待てよ。藤丸さん達って何処に逃げたんだ...?」
そうだ、離脱後の集合場所を決めてなかった。クソ、やらかしたな...。ここからじゃ気配察知も出来ない程遠くに行っているっぽいし、万が一真逆の方向に進んでしまうと面倒だ。
「マスター。この時代には『アサシン教団』、山の民と言われる者達がいます。難民を連れているのなら、彼女らはまずはそこに向かうかと」
「『アサシン教団』?なにそれハサンの出身地か何か?まあいいや。静謐ちゃん、そこまで案内出来る?」
「お任せ下さい」
という事で、俺達は山岳地帯を目指して進む事にした。道中、襲ってきたワイバーンや空飛ぶ目玉を焼いて食べたんだが、あれ結構美味い。
* * * *
ISで飛ぶこと半日。山岳地帯の麓付近で漸く藤丸さん達の姿を捉えた。だが、そこには何故かダ・ヴィンチちゃんの姿がなく、代わりに華奢な騎士が居た。
「...ダ・ヴィンチちゃんがもう1回性転換した...?」
「有り得ないと思います」
混乱した俺の意味不明な呟きに、静謐ちゃんが冷静な突っ込みを入れてくる。
「あ、凌太君!良かった、無事だったんだね」
「ふふん!当然であろう!何せ余の奏者なのだからな!」
「俺の代わりにネロが得意気になる事に慣れてきた件について」
藤丸さん達の近くに降り立つと、彼女らは俺に気付き声を掛けてくる。しかし、藤丸さんやマシュは何処か元気がない。そしてダ・ヴィンチちゃんの不在。辺りにダ・ヴィンチちゃんの気配は微塵も感じられない。......ああ、なるほどそういう...。
「ちなみにそっちの銀髪イケメンは何者?アンタ、この前砂漠で俺らを見てた奴だろ?見た感じ聖都陣営、しかも円卓の騎士っぽいけど」
「...砂漠での事もご存知でしたか。貴方の言う通り、私は円卓の騎士が1人。真名をベディヴィエールと申します」
丁寧にお辞儀をしながら自己紹介してくるベディヴィエール。何故円卓の騎士が藤丸さんに味方するのかと疑問に思っていると、俺の考えを察したのか、彼の方から説明が入った。
何でも、ベディヴィエールはあのマーリンに送り出されて獅子王を止めに来たとかなんとか。マーリンは俺でも知っているキャメロットの宮廷魔術師だ。ロマン曰く、究極の引き篭もりにして
で、藤丸さん達と利害が一致した為、行動を共にする事を決めたらしい。
あと余談だが、ベディヴィエール君はウチのネロを見て大層驚いたそうな。そりゃあ見た目はほぼアルトリアだからね、仕方ないよネ。一部圧倒的に違う部分があったのでアルトリアとは別人だと理解したらしいが、それを言ったらお前らの王にカリバーされるだろうから注意しろ。
合流してから暫く進んだところで、俺達はとある英霊に呼び止められた。
うん、普通にハサンだよね。だってこの辺りは『アサシン教団』とかいう集団の本拠地らしいし。
それとさっき知ったんだけど、アサシンの語源ってハサンだったんだね。
「我らの村に何用だ、異邦人。これみよがしに騎士など連れ、て、...。静謐の、そこで何をしている?」
「マスターに抱きついています」
「十分に異質な光景なんじゃが、既に違和感が無くなってきたのぅ...」
「む。静謐め、いつの間に。余も負けていられん」
「暑い」
どちらかと言えば気温の高いこの地域で2人に抱き着かれると結構暑い。
というか邪ンヌがものすごく引いてるんだけど。もうそろそろ離れよう?ね?
「......はっ!いかんいかん、そうではない。ふぅ、危うく騙されるところだった。やるな、異邦人」
「この状況のどこに騙す要素があったんだよ...」
「フン......貴様らの所業は物見より報告されている。“異国の者が、我らの同胞を救った”とな」
『サラッと話を逸らした感があるけど、こちらの事を知っているというのは好都合だ!誤解される心配はないんだね?よし、まずはこちらの状況を...』
「黙らっしゃい!!この声だけの臆病者が、出る幕などないわ!」
『ひぇ!ご、ごめんなさい!?』
「ロマンが英霊達に好かれない件について」
「私もキライよ、あんなモヤシ」
『酷い!』
ロマンは基本いい奴なんだけどなぁ...。確かに胡散臭いというか、そういう所はあるけれど、本当はいい奴なんです。きっと。
「待ってくれ、山の翁よ。この人達は我らを助けてくれた恩人だ。今は円卓に追われている。どうか匿って欲しい。...今まで散々貴方たちを迫害しておいて、虫の良い話だとは分かっているが...」
「...その罪の意識があるのならば良い。ここの民は皆善人だ。自分たちが迫害されていたとも思っていないだろう。しかし、そちらの異邦人達は別だ。貴様らを村に入れる訳にはいかぬ。そして帰す訳にもいかぬ。追い返した貴様らが、騎士共にこの村を売らないとも限らないのでな」
ハサンの言葉にマシュが「先輩はそんな事しません!」と反論しているが、ハサンの言い分は一理ある。俺だって、立場が逆ならそうするだろうし。
「構えるが良い。これは暗殺にあらず、戦闘である。死にたく無ければ先にこちらを倒すのだな!」
───ほう?
「そうかそうか。なら遠慮なくやらせてもらおう」
「消し炭にしてあげましょう」
「我が前に立つもの、その悉くを討ち滅ぼさん!」
「奏者よ、鮮やかに勝ちに行くぞ!」
「先輩先輩、皆さんやる気満々です。殺る気も満々です!」
「うん、凌太君がいるとこうなるよね。知ってた。とりあえず峰打ちでお願いね、凌太君。ベディもその銀腕で切り裂かないようにね」
「ベディですか...。いえ、長い名前ですしね」
『これは酷い』
「...あれ?もしかして相手を間違えた...?」
重大な事に気付いた様子のハサンだが、時既に遅し。特に意味の無い全員の全力攻撃がハサンを襲う──!
* * * *
「チーン」
戦闘開始から1分後。ハサンが身動き1つ取らなくなりました。
「まああれだけの攻撃をいっぺんに受けたらそりゃこうなるよね。是非も無いよネ!」
「挑んで来たのはあちらです。自業自得というやつですね」
「ああ、呪腕さんが...」
ノッブと邪ンヌは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、静謐ちゃんは瀕死のハサンを心配そうに見ている。というか、あのハサンは呪腕っていうのか。
「よう、強いな兄さん達。呪腕殿を瞬殺か」
倒れている呪腕をみんなで囲むというヤンキーじみた行動に出ていると、山から1人の弓兵が降りてきた。
...はっはっは。やっぱこの特異点はおかしいって。なに、あの英霊?スフィンクスくらいならサシで殺れるんじゃね?
──殺られる前に殺るか。
「おいおい、そこの兄さん。そんなに殺気立つなよ。俺は敵じゃない」
「今しがたアンタの仲間に挑まれたんだが、それでも信用しろと?」
「あー...。そこの呪腕殿も本心ではお前さんらを受け入れたいんだよ。アンタらの報告を受けた昨日なんて“素晴らしい、素晴らしい!これほどの快事が他にあろうか!”って喜んでしな。だがまあ、村の長としては、そう易々と村に引き入れる訳にはいかなかったんだろうよ」
「なるほど」
確かにこの弓兵からは敵意を感じないし、話の内容も理解できる。組織の頭とは、それほどに面倒なのだ。
俺?俺はほら、リーダーって言っても拳で語る系リーダーだから(震え声)
「...凌太君、どうする?」
「俺は、まあ信じてみようかと思う。信頼は出来ないけどな」
「んー...。じゃあ、とりあえず村まで連れてってもらう?」
「そだな」
という事で、気絶した呪腕のハサンを抱えて村へと入る事となった。
その後、目を覚ました呪腕と一悶着あったが、まあ例の弓兵・アーラシュの説得により事なきを得た。
というかアーラシュってお前...。そんな大英雄を引っ張ってくるんじゃありません。やっぱおかしいわ、この特異点。
* * * *
『フッ──別に、美味しい料理の調理方法を伝授しても構わんのだろう?』
「なんでそんな無駄にフラグを建てるの?」
村に来てから早1週間が経った。
俺達は村で匿ってもらう代わりに、村人の為に食糧調達をする事にしている。しかし、この場で高度な調理技術を持っている者がおらず、毎日ワイバーンの丸焼きや目玉焼き(真)で済ませていた。だが、さすがに1週間ずっと同じ味付けは飽きが来る。なので、現在はエミヤによる料理講義が行われているのだ。参加者は俺とマシュ、あと邪ンヌ。意外にも邪ンヌが参加しているのである。まあ、彼女も女の子ということなのだろう。さっき影で「マスターの為に料理が上手くなりたいなんて事はありません。ええ、ありませんとも!」とか言ってたし。藤丸さん愛されてるなー。
『ではまず、その目玉の周りの肉を削いで──』
という訳でレッツクッキング。
エミヤの指示通りに調理を進めていき、徐々にまともな料理が出来上がっていく。
流石はオカン、教えるのも上手い。帰ったら料理を本格的に習ってみようかな。
『──最後に、匂い付けで柑橘系の果汁をかければ完成だ』
時間にして1,2時間。漸く調理が終わった。
目の前に並ぶのは色とりどりの美味そうな料理達。今までの丸焼きとは打って変わって、見た目的にも申し分ない出来だ。
「ふぅ。ありがとうございました、オカ...エミヤ先輩。これで先輩にも美味しい料理を食べてもらえます!」
『なに、大した事ではないさ』
嬉しそうに笑うマシュ。藤丸さん愛され過ぎ。
一方邪ンヌは荒れていた。
「ちょっと!全然上手くいかないんですけど!教え方下手すぎなんじゃないの!?」
「おうおう、ウチのオカンに文句があるなら聞こうじゃないか。場合によっては俺の雷が走るぞ」
「......いえ、何でもありません」
などと、俺達がワイワイしていると藤丸さんが厨房に駆け込んできた。何らや慌てているようだが、何かあったのだろうか?
「マシュ、邪ンヌ、凌太君!西の村が円卓の騎士に襲われてる!」
「っ!」
最初に反応したのはマシュ。
即座に盾を持ち出し、厨房を飛び出した。
「...はぁ。マシュも大変よね。自分に力を貸した英霊が円卓の一員ってだけで、今のアーサー達の所業がより一層許せない、なんて」
「確かに。アーサー王や円卓の騎士と言えども、元々は人間だ。間違いだって犯すし、考えようによってはあっちも正義なんだがなぁ」
つい昨日発覚した事実。マシュってば、円卓の騎士の一員でした。
正確にはマシュに力を貸した英霊が円卓の一員らしい。しかも、円卓の中でも割と上位の存在。
うーん、難儀だ...。
「とりあえず、西の村とやらの救援に行くか。藤丸さんとマシュが行く気満々だし、俺達も行かなきゃな」
「ええ、分かっています」
という訳で、出来上がった料理をギフトカードにしまい、俺達も厨房を出る。
「おお、凌太殿!凌太殿も手を貸して頂けるのですか!」
「まあな。それで?西の村ってのは何処にあるんだ?敵の規模は?」
「西の村はその名の通り、ここから西に行けば着きますな。ただ、どんなに急いでも2日はかかる」
「敵は円卓の騎士1人と粛正騎士が複数。敵将は遊撃騎士・モードレッドだ」
「は?」
アーラシュの言った敵情報で、耳を疑う言葉が出てきた。
え、何やってんのモーさん。
「ここから向かっても間に合わない...。あっちからこっちの村に避難してもらうしかないのかな?」
「それが今打てる最善の手でしょうな。だが、何人生きて逃げられるか...」
「俺ちょっと行ってくるわ」
「いえ、いくら凌太殿の足が速かろうと、さすがに待に合わな、い...?凌太殿、その珍妙な機械は?」
「IS」
トニトルスを展開した俺を見て、驚いたように聞いてくる呪腕。アーラシュも少なからず驚いているっぽい。そういやまだ見せた事なかったっけ。
「そっか、空を飛べば速いね!じゃあ凌太君は先に行ってて。私達も急いで向かうから」
「OK。行くぞ、静謐ちゃん、ネロ」
未だ驚いている様子の呪腕とアーラシュをスルーして、俺達は飛んで西の村へと向かう。
遠方に煙の上がっている場所があるので、恐らくあそこが西の村だろう。
「奏者よ。相手はモードレッドらしいが、どうするのだ?」
「とりあえず話を聞く。罰を与えるのはその後だ」
「分かった。なら周りの騎士共は任せておけ。余と静謐で蹴散らしておこう」
「頼む。キツそうだったら宝具も使っていい。全力でやれ」
「うむ!」
「了解しました」
軽い作戦会議を終えたところで丁度西の村付近へと着いた。
村では粛正騎士達が村民を痛ぶり、村の中心では砂漠で出会ったハサンがモードレッドを前に苦戦しているのが確認できる。
俺は村の一画に降り立ち、IS展開を解除する。そんな俺達に気付いた騎士が2人ほど襲ってきたが、ネロが即座に斬り捨てた。
「じゃあ周りの騎士は任せたぞ、2人とも」
「任せておけ、派手に行くぞッ!」
「主命を受諾。参ります」
残りの騎士へと突撃していく静謐ちゃんとネロ。
あっちは2人に任せるとして、俺はこっちだな。
「よぅ、モードレッド」
「あ?気安く人の名を呼ぶんじゃねえよ。誰だ?」
「あ!貴様は砂漠の!クソッ、モードレッドだけでも手一杯なのに...ッ!」
何やら勘違いをしているらしいハサンは無視して、俺はモードレッドと睨み合う。
「...楽しそうにしてんな」
「あ?楽しいもんかよ。俺はランスの取り逃がした奴らを捉えて処刑を取り消しにしてもらわなきゃならないのに、ここにはソイツらが居ねぇ。チッ、完全に無駄足だ」
「そうか」
「ああ、そうだよ。で?結局お前は誰だ?」
ハサンから意識を逸らすこと無く、こちらにそう聞いてくる。処刑とか、色々と聞いたい事はあるが、今は於いておこう。
「...知らないならそれで良い。でもまあ、それはそれ、これはこれ」
「あ?何言ってやがる」
「とりあえずは───お仕置きの時間だ」
これから始まるはお仕置き。そう、OSIOKIである。
「死ぬ程痛いぞ?覚悟しろファザコン!」
「ファザ...!?べ、別に父上の事好きとか、そんなんじゃねえし!ホントだし!」
アルトリアは女性なので、正確にはマザコンなのかもしれないが、まあそれも置いておこう。
そうして、俺は図星を突かれて赤面するモードレッドへのお仕置きを執行するのであった──