臨海学校2日目。今日は午前中から夜まで丸1日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われる。だがまあ、専用機が完成する事に比べればそんなもの些細な事だ。まだ自分の目で見てないからな、俺の専用機。
「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」
はーい、と一同が返事をする。流石に1学年全員が揃っているのでかなりの人数だ。
「ああ、篠ノ之と坂元。お前らはちょっとこっちに来い」
「はい」
「うっす」
打鉄用の装備を運んでいた箒と、最初から呼ばれる事が分かっていた俺は千冬の下へと向かう。そして静謐ちゃんとネロ、モードレッドも着いてきた。何故。
「...私は篠ノ之と坂元だけを呼んだのだが」
「良いではないか。余も奏者の専用機が見たいのだ!」
「俺も見たい。それに試験運用とか面倒だしな」
悪びれる様子もなくそう言い放つ2人。静謐ちゃんは無言で俺の傍に寄ってきている。愛いやつめ。
「お前ら...。はぁ、まあいい。どうせ言っても無駄だろうからな...。それより篠ノ之と坂元。知っているだろうが、お前らには今日から専用──」
「ちーちゃ~~~~んっ!!!」
千冬が何かを言い終わる前に、ISらしき装備を装着した兎擬きのアリスが物凄い速度で砂煙と共に走ってきた。なにやってんのあの天災。天災らしく、強風ぶちかましにきましたとか?ないか。
「やあやあ!会いたかったよ、ちーちゃん!さあハグハグしよう!愛を確かめ...ぶへっ」
そのままのスピードで千冬へとダイビングハグをしようとした篠ノ之束の顔を、当の千冬は片手で掴む。アレは痛い。
「五月蝿いぞ、束」
「ぐぬぬぬ...。相変わらず容赦ないアイアンクローだねっ」
なんとか自力でアイアンクローから脱出した束はそのまま着地。次に箒の方を向いた。
「やあ!」
「......どうも」
「えへへ、久しぶりだねっ。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが...ガッ!」
「殴りますよ」
「な、殴ってから言ったぁ...。し、しかも日本刀の鞘で叩いた!酷いよ、箒ちゃん!」
カオスすぎる。流石天才、その存在そのものが喧騒の権化のようだ。
「束。そろそろ坂元達に専用機を見せてやったらどうかね」
「んー、そうだねー。それじゃあ皆、あの大空をご覧あれ!」
いつの間にか近くにいたエミヤが束に声を掛け、それと同時に束が指を天に向けると2機のISが降ってきた。比喩はない。マジで降ってきた。というか「ご覧あれ」って言ったのとほぼタイムラグ無かったんだけど。微塵も空を見上げてねえよ。
「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃんの専用機こと『紅椿』!全スペックが現行ISを上回る束さんのお手製ISだよ!」
降ってきたISの1つ。真紅の装甲に身を包んだ箒の専用機体は、なんと最新にして最高の1品らしい。え、何それうらやま。
「そしてそして!続いてはりょーくんの専用機こと『トニトルス』!魔術なんていう不思議パワーを盛り込み、魔力をエネルギー源とした、既存のISとは文字通り別次元のISだよ!」
「おお!カッコイイではないか!」
ネロがそんな歓声を上げる。うん、本当にカッコイイ。紫色って好きだし。
紅椿とは別のもう1つの薄い紫色のIS、『トニトルス』。こちらは俺に合わせて魔力で動くようにしてくれたらしい。助かるなぁ。
「さあ箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか!あ、オカンはりょーくんの方お願いね。箒ちゃんの分が終わったら手伝うから」
「任された。という訳で、始めるぞマスター」
「ほいさ」
と、トントン拍子でフィッティングとパーソナライズが始まった。
...俺は、エミヤが束を呼び捨てにし、そして束がエミヤをオカンと呼んでいる事に対して絶対に突っ込まないぞ...ッ!
少しの会話を挟んだ後、ものの3分で紅椿の設定は終わった。てか早いな。こっちはまだ10分の1くらいしか終わってないぞ。
「エミヤ先生おっそーい」
「あれは束が異常に早いだけだ。私が遅いわけではない」
冷やかし程度にエミヤへと文句を言いつつ、テスト稼働として空を飛び始めた紅椿の方を見る。
「どうどう?箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」
『え、ええ。まぁ...』
オープン・チャンネルで箒と喋りながら何やら操作をする束。空中に出ているのは武器データか?それを箒へと送信すると、データを受け取った箒が2本の刀を抜き取った。
その後も武器やら性能やらのテストをし続ける箒と紅椿。ああ、早く俺も空を飛び回りたい!
と、そんな事を考えていると、血相を変えた山田先生がこちら側に走ってきた。
「たっ、た、大変です!お、おお、織斑先生!」
「どうした?」
「こっ、これを!」
山田先生が小型端末を千冬に手渡す。そしてその画面を見た千冬の表情が強ばった。
「特命任務レベルA、現時刻より対策を始められたし...。エミヤ先生、専用機持ちは?」
「1人欠席しているが、それ以外は揃っているな」
ああ、エミヤがIS組み立て手伝ってた生徒会長の妹...、確か更識簪、だったか?そいつの姿が見えないと思ってたら休んでたのか。
「山田先生は他の職員に通達してください」
「は、はい!」
「全員、注目!現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以上!」
突然のテスト稼働中止に戸惑いを隠せない1年一同。まあ無理もない。普通、特殊任務行動とか言われても分からないよな。
不測の事態にざわつき始めた一同だったが、千冬がそれを見逃すはずもなく。
「とっとと戻れ!以後、許可なく室外に出た者は我々で拘束する!いいな!!」
「「「は、はいっ!」」」
千冬の一喝で女子達が慌ただしく動き出す。接続していたテスト装備を解除、ISを起動終了させてカートに乗せる。その姿は今までに見たことのない怒号に怯えているようにも見える。
「専用機持ちは全員集合しろ!それと、篠ノ之と坂元も来い。......静謐達の同行も特別に許可する」
当然のように俺について来ようとした静謐ちゃん達に諦めの表情を浮べながら、仕方なく同行を許可する千冬。まあ、彼女は俺達の正体も知っているし、戦力になると判断しての決断だろう。
というかその前に1ついいですか。
「俺、まだフィッティングが終わってないんだけど...」
「すまないマスター。全力でやってはいるのだが」
とりあえず紅椿の調整を終わらせた束にパパッと調整して貰った。スゲー早かった。そしてエミヤが泣いた。
* * * *
「では、現状を説明する」
旅館の1番奥に設けられた宴会用の大座敷・風花の間では、俺達専用機持ちと教師陣が集められていた。
証明を落とした薄暗い室内に、ぼうっと大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。
「2時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第3世代型の軍用IS『
なるほど。その福音とやらが暴走して近くを通るから撃墜しようってか。面倒くさそうだな。まあ、IS戦闘の良い実戦経験になると考えればいいか。
「それでは作戦会議を始める。意見がある者は挙手するよに」
「はい」
早速手を挙げたのはオルコットだった。
「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
「分かった。ただし、これらは2カ国の最重要軍事機密だ。けして口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には然るべき処罰が下る」
「了解しました」
オイ、なんか知らんけど勝手に了解されたんだが。
などと抗議を口にする前にデータが開示された。
まあ、そのIS情報を見て話し合った結果、束の乱入&助言もあり、一夏・箒の2名で福音の追跡及び撃墜をすることとなった。つまんね。
* * * *
結論を先に言おう。作戦は失敗、一夏は意識不明の重体となって旅館へと運ばれてきた。
有り体に言って、ほぼ箒の慢心及び手に入れた力のコントロール不足によるミスである。
紅椿などという破格な性能を持つ最新鋭機を貰い受け、自分も専用機持ちとなった事で舞い上がっていたのだろう。それに加えて一夏が密漁船を庇ってしまい、その隙をつかれた、というのもあるが、やはりそれを差し引いても箒に非があるだろう。まあ、一般的にはそれが普通だ。強大な力を手に入れれば、その分慢心しやすくなる。斯く言う俺も、権能を手に入れた当時は相当慢心していたし、それが原因で爺さんに殺されかけた。だからまあ、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
しかし、意識不明のまま布団に横たわる一夏の側で箒は酷く落ち込んでいた。
「これは予想外か?それとも予想通りなのか?天災兎さんよ」
ポツリと、誰にも聞こえない程の声量で呟く。
俺は大体の事情を理解しているつもりだ。今回の福音暴走の件、おそらくだが束が関係している。浜辺での教師陣のやり取りを聞いて怪しげに口角を上げていたのが、俺が確信を得た理由だ。
予測ではあるが、あの天災は福音をジャックしたのだろう。目的は、大事な妹の華々しい晴れ舞台。暴走した専用機を追撃し、専用機持ちとしてデビューさせる。と、そんなところだろう。
だが、そんな事情は知った事ではない。作戦は失敗した。これが事実だ。ならば次はどうするか。答えは簡単だろう。
「目標ISを、ここから30km離れた沖合上空に確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないようだ。衛星による目視で発見出来た」
端末を片手に俺の下へとやって来たラウラを、俺は頷きながら迎える。
「OK。流石ドイツ軍特殊部隊、やるな」
「ああ──それで、行くのか?」
「当然」
当初の作戦は失敗した。ならば次は新しい作戦を行うのが普通だ。まあ俺の独断で行動するんだけど。
「ラウラ、シャルロットを呼んできてくれ。俺1人で殺れるだろうが、一応保険としてな」
「了解した」
上層部からの待機命令?はっ!知った事かよ、そんなもん。俺は『魔王』だからな。自由に、気の向くままにやらせてもらう。
箒の方は放っておいても大丈夫だろう。鈴やオルコットが喝を入れに行っているし、何よりあれは個人で乗り越えなきゃならない問題でもある。あまり親しくもない俺が行ったところで何にもなりはしないしな。あとは一夏の回復を信じるしかない。そうだ、ネロのスキルでもかけとくか?“人に愛を”とかいう回復スキル持ってたよな、たしか。
今回、静謐ちゃん達は留守番だ。ISが無い以上、どうしても空中戦では足で纏いになる可能性の方が大きい。それに、あの程度ならば俺だけでどうにでも出来る。あ、これは慢心とかじゃなく客観的に見た事実だよ?
* * * *
海上200m。そこで静止している『銀の福音』は、まるで胎児の様な格好で蹲っていた。
「さて、と。とりあえずはコイツの性能チェックテストからだな。行くぜ、『トニトルス』」
そう言って、俺は紅椿にも引けを取らない速度で福音へと接近する。
「──?」
俺の接近に気付いたのか、福音が不意に頭を上げるが、もう遅い。
「まずは右腕!」
避ける仕草をするも間に合わず、福音の右アームが中を舞う。
『トニトルス』の装備、名称『槍戟』。まあぶっちゃけ普通の槍だ。だが、普段俺が使っている槍の様な計上ではなく、槍の先端が膨らんでいるタイプ。かえしが付いていると考えれば、まあ大雑把な戦闘になりやすいIS装備としては使える武器だろう。
右腕を飛ばされて尚、こちらに攻撃を仕掛けようとする福音を蹴り飛ばして一旦距離をとる。
「速度は十分。あとは耐久か」
言いながら、福音の放つ銃弾を全て避け続ける。
耐久を確かめると言ってわざと攻撃を喰らい、それで活動停止しては元も子もない。それこそ慢心というやつだ。なので攻撃をわざと受けるなどという愚行は犯さない。ならばどうやって耐久度を確かめるのか。そんなもの簡単だ。
「──我は雷、故に神なり」
実に1ヵ月半ぶりに聖句を発する。つまり、権能の行使だ。
俺が本気で放つ雷の電圧は約1億~5億V。人が即死するレベルの、自然界で発生する雷と同等だ。
今回放つのはその半分以下。大体500万V程だ。本気でやったら耐久値が足りなくて壊れました、とか言われても困るし。
「この位は耐えろよ『トニトルス』!
放たれた雷は真っ直ぐに福音へと襲いかかり、確実にダメージを与える。
雷砲を放った右腕を見てみると、何事も無かったかのように佇む右腕が確認出来た。
「そんじゃあもうちょい上げて行くぜ!オラァ!!」
そして威力を倍以上上げた雷砲を数発ぶっぱなして福音を消しにかかる。未だ『トニトルス』は健在。雷で壊れる様子は微塵も見られない。うん、上出来。
「トドメだ。受け取れ、福音!」
耐久度も確認し終えた俺は、上空に100本近くの雷槍を作り出す。これで魔力は4分の1を失うが、ここで決めれば問題は無い。
時間にして7分弱。コア以外、その9割が消し飛んだ福音の上に俺は立っていた。7分半というその時間で『
福音の中に人の気配を感じた気がしたが、まあ今となっては後の祭りだ。
何度も言うが、俺は神殺し、魔王・カンピオーネなのである。見知らぬ人物を救う様な
そんな俺が他人を気遣って自分が苦労する方法を取るなど、土台無理なのだ。
まあ、俺の容赦の無さに少なからず引いていたシャルロットを見て若干凹んだのは事実だが。
次からは少しだけ気をつけよう、うん。
余談ですが、更識簪は正義の味方や英雄(ヒーロー)に憧れを抱いている、みたいな描写が作中にあったので、
「あ、エミヤって正義の味方じゃん」
と思い、2人の関係的なものを思いつきました。
ほら、エミヤさん女難の相とか持ってるし、楯無さんとか巻き込んで面白い事になりそうな気が...、え?しない?...デスヨネー
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