スイカ割りの後は女子連中に誘われてビーチバレーに興じ、途中で織斑千冬とガチンコラリーを繰り広げるなど、俺は割と楽しい時間を過ごしている。だが、静謐ちゃんが未だ浜辺に姿を現していない事が気がかりだ。自身の毒を気にしてなのか、若しくは別に理由があるのか。それは分からないが、そろそろ探しに行ってみようかな。
とか思い至って数分後。
宿に戻り、静謐ちゃん探索をしていると、目の前から不思議の国のアリス風少女が走ってきた。...秋葉原から来たのかな?
「やあやあハロハロー!君が坂元凌太であってるかな?」
「いいえ人違いです」
異世界に来てたら培われてきたスルースキルを駆使し、不思議の国のアリス(仮)をやり過ごす作戦。いやだって関わったら面倒そうだし。
「そっかー。ちーちゃんに頼まれたから、この天才・束さんが紅椿のついでに坂元凌太とやらの専用機も調整してあげようと思ってるんだけど、違うならいっかー」
「いいえ私が坂元です」
なんてこった。まさかこの不思議の国のアリス(仮)がISの製造者である篠ノ之束だったとは。ん?でも確か彼女は行方不明じゃなかったか?まあ細かい事はいいや。とりあえず今は専用機優先でいこう。
「そうかい、君があの坂元凌太か。いやー、まさかいっくん以外の男がISを動かせるとはねー。束さん驚きだよ」
マジマジと不躾に俺の体を観察してくる天才。そんなに見ても何も出てこないぞ。俺が普通じゃないという結論以外は。
「ふむふむ。あ、そうだ、1つ聞きたい事があるから正直に答えてね」
「別にいいけど」
「それじゃー、単刀直入に聞こうか。君は、ISのことをどんな風に見てる?」
「ISの事をどう見ているか?」
「そうそう、そうなのだよ!」
テンションがよく掴めない人だが、今の質問には少なくない真剣味を感じ取れた。それに応えるという訳では無いが、出来るだけ正直に言おう。まあ、基本的に人に対して気を使うなんて事をしないのが俺なんだけどネ!
「ぶっちゃけ空を飛ぶ為の手段の1つ、って感じかな。モビ○スーツという男心を擽る仕様の上、空まで飛べるってんだから俺的にはマジ最高。それに、その気になれば宇宙まで行けるんだろ?夢が広がるよネ!」
そうなのだ。先日の授業で聞いたのだが、ISは本来、宇宙探索機を目的として作られたらしい。宇宙とか行ってみたい。
「...それだけ?他にも、ほら。戦争になったら有利になれる軍用機だー、とか思わないの?」
「まあ戦闘でも使えるんだろうけど、俺個人としては戦闘より空を飛ぶって事の方が重要だ。人類の夢だろ、空中飛行って」
「.........ははっ。あー、これはちーちゃんの言った通りだなぁ。うん、コイツは他とは違う」
「オイコラ。俺が変わってる事に自覚があるとはいえ、人に言われると腹が立つんだぞ」
なんともまあ失礼な奴だ。出会って早々に変人呼ばわりしてくるなんて...。あれ?今まで出会ってきた奴らも大体こんな反応だったっけ?
「ふっふっふー。よぅし、りょーくん!」
「りょーくん?」
出会って2分弱で変人呼ばわりされた挙句、あだ名までつけられた。まあ俺も心の中じゃ不思議の国のアリス(仮)とか呼んでたしおあいこか。
「とりあえずりょーくんの専用機を組み立てて来るねー!明日の朝辺りにちーちゃんから呼び出されるだろうから、その時箒ちゃんと一緒にフィッティングとパーソナライズをするよー!遅刻するなよりょーくん!」
と、嵐の様に現れて嵐の様に去っていった稀代の天才の背中を見送る。
「...何だったんだ?まあ専用機作ってくれるらしいし、ほっとこ」
という訳で、俺は束のせいで中断していた静謐ちゃん探索を再開し始めた。
* * * *
数分後。
俺は旅館内でスク水の上に薄いピンク色のパーカーを羽織った静謐ちゃんを発見する事に成功していた。だが、その静謐ちゃんの顔は落ち込んでいるような感じだ。
「よっ。何してんの?」
「あ、マスター...」
普段も余り抑揚のない口調の静謐ちゃんだが、今日は特に弾みがない。というか完全落ち込んでる感満載だ。
「...誰が原因だそいつぶん殴ってくる」
「あ、いえ、別にそういうのでは無くて...」
割と真剣に殴りに行こうとしたのだが、静謐ちゃんが違うというのでやめておこう。
「えっと、その...。マスターは相川さんを知ってますか?」
「相川?ウチのクラスの相川清香?」
「はい、その相川さんです。割と仲良くしてもらっている人なんですが...。それで、その、先程相川さんと一緒に海辺へ行こうとしていたのですが、不注意で手が触れてしまって...」
ああ、なるほど。それでそんなに落ち込んで...、...え?待ってそれ相川さんヤバくない?
「掠っただけなので死には至りませんでしたが、やっぱり身体に毒が効いてしまったようで...。顔色を悪くしながら部屋に戻っていきました。一応、エミヤさんに報告して面倒は診てもらったんですけど、まだ気分が優れないようで...」
良かった、死人は出ていないらしい。流石に死人が出ると学園にはいられないからな。
でもまあ、毒かぁ。宝具になるぐらいだから相当強力なんだろうけど、俺はほとんど何も感じないからなあ。
「...私は暗殺者なのに、いつの日か殺したくないと思った...。思って、しまった...」
悲しそうに、哀しそうにそう語る静謐ちゃん。正直こういった雰囲気は苦手でしょうがないのだが、ここで空気読まなきゃこの子のマスターではない気がするので黙って話を聞き続ける。
「...貴方と出会えて本当に良かった。私が触れても死なない貴方。でも、他の人は違う。みんな、みんな...触れれば死んでしまう、苦しんでしまう。それが...怖い...っ」
「......」
...困った。非常に困った。これはどう返せばいいの俺?スルーは論外としても、何言っていいのか分からないんだが。それに、俺は他人が死のうが別にそこまで気にする性格じゃないしなぁ。下手な慰めは返って静謐ちゃんを傷つけそうで怖いし。んー.........。
ダメだ何も思い付かん。
「...俺は死なないさ」
とまあ、とりあえず頭を撫でながらそんな事を言ってみる。正直何の答えにもなっていないしこのクサイ台詞は身悶えする程恥ずかしいが、名案を思い付かなかったんだから仕方ない。
「っ!...ありがとう、ございます...。私に触れても死なない貴方。私に触れてくれる、優しい貴方。...永遠に、仕えます、マスター」
「うん。よろしくね、静謐ちゃん」
とりあえず何とかなったっぽい。いや、多分静謐ちゃん自身はまだ悩みを抱え続けるのだろう。それは俺も心苦しい。聖杯でどうにかならないか...?もしくは魔術...それこそ爺さんに勝ったらその報酬としてどうにかしてもらうのも良いかもしれない。何だかんだで爺さんは何でも出来そうだしな。
現時点で俺に出来るのはここまでだ。静謐ちゃんの悩みを解決する術など持っていない。だから、今後その手段を見つけていこうと決意した。
その30分後には相川の体調も良くなり、静謐ちゃんには入念に魔力膜を張って3人で海へと向かった。その後も、俺がサーフィンに興味を持ってサモさんにご指導頂いたり、みんなで遠泳勝負をしたりなどあったが、まあ楽しかったという事実だけをここに示しておこう。
* * * *
時間はあっという間に過ぎ去り、時刻は現在午後7時。大広間を3つ繋げた大宴会場で、俺達は夕食を取っていた。
「うん、美味い!昼も夜も刺身が出るなんて豪勢だなぁ。しかもこのわさび、本わさじゃないか。高校生の飯じゃねえぞ」
美味い美味いと言って刺身をパクつく一夏。...それ、多分さっきエミヤが捌いてたやつです。あと、他のメニューの小鍋と山菜の和え物、それに赤だし味噌汁とお新香もエミヤが関わってました。
先程厨房前で聞いた会話は以下の通りだ。
『エミヤ先生...、いえ、エミヤ
『フッ──ついて来れるか?』
『は、はいッ!』
『いいだろう...。イメージするのは、常に最良の料理だ──』
『最良の...料理...ッ!』
以上。
もう訳が分からない。流石、一流シェフのメル友が100人いるだけはある。
「ねぇ凌太、その『本わさ』って学園の刺身定食でついてるのとは違うの?」
「ああ、シャルロットは知らないか。本わさってのは本物のワサビをおろしてるから本わさ、定食についてくるのは練りわさってやつなんだよ。ワサビダイコンとかをおろしたものに着色したり合成したりして見た目と色を似せてるんだ」
「ふぅん。じゃあこれが本当のワサビなんだ」
「まあな。でも練りわさも美味いっちゃ美味いぞ。俺は正直どっちでもいいが」
「へー...。はむ...。っ!?」
「おいバカ。ワサビを丸ごと食う奴があるか」
「そ、奏者ー!ワサビが、ワサビがぁ!!」
「こっちもか...」
「...ここは私もワサビ一気をしてマスターの気を引かねば...!」
「無理に食おうとするなよ静謐ちゃん。地味にキツイから、ワサビって」
もうカオスすぎる。一夏は一夏でオルコットや鈴などと騒いでるし、最早食事中の雰囲気ではない。まあ宴会という意味では間違っていないが。
「お前達は静かに食事することもできんのか」
襖が勢いよく開かれ、それと同時に千冬の声がこの空間を支配した。いやマジで。場の空気が一瞬にして凍ったぞ。
「どうにも体力が有り余っているようだな。よかろう。それでは今から砂浜ランニングを...」
「いえいえいえ!とんでもないです!静かに食事させて頂きますです!!」
そう言って一夏の周りに群がっていた女子達はいそいそと各自の席に戻っていく。蟻の子を散らすとはこの事か。
「織斑、それに坂元。あまり騒動を起こすな。鎮めるのが面倒だ」
「わ、わかりました...」
「いや、俺は悪くなくね?」
五月蝿かったのは一夏とその周りな訳で、俺達はまだ静かなもんでしたよ。一夏に注意するのは、まあ分かるが、俺は関係ないし悪くない。
「坂元、教師には敬語を使うように」
それだけ言い残してこの場を去っていく千冬。敬語使えとか今更感ありすぎじゃね?とは思ったが、まあ気にしても仕方がないので、俺達は食事を続ける事にした。
「......はむ。~~~~~っ!!」
「だから止めろと言ったんだよ静謐ちゃん。ホラ、水」
* * * *
「いやー、凌太と一緒に風呂に入るのって初めてだな!」
「そのテンションの高さに、俺は『織斑一夏ホモ説』を強く提唱したくなる。...言っとくが俺はノーマルだぞ?普通に女が好きだから」
「俺だってノーマルだし女の子が好きだけど!?」
一夏と2人で露天風呂に浸かりながらそんな会話を繰り広げる。また1つ、一夏ホモ説が強くなりそうな発言を聞きながら、目の前に広がる海と満天の星空を見る。うん、この景色はなかなかのものだ。
「ところで一夏。お前、学園の女子で誰が好み?というか好きな奴いる?」
唐突な恋バナ。いやだって気になるじゃん?
「突然だな...。うーん...」
「やっぱり千冬みたいな感じが好きなの?」
「んー。まあ嫌いじゃないけど、千冬姉は姉弟だしなー。恋愛対象っていうと少し考える...」
シスコンが何やら真面目な事を言い出した。それにしては、今日の海でも千冬見る目だけ周りと違ったんだけどコイツ。ホモかシスコン...。まあ人の趣味だし口出しはしないけどさ。
「そういう凌太は誰が好みなんだ?」
「好みというだけなら一番はモードレッドだな。気が合うし。まあそれで恋愛感情を抱くかどうかは別だけど」
モードレッドはどちらかと言うと友達って感じだしな。
「へー、意外だな。てっきり静謐やネロが好みなのかと思ってた」
「好みじゃない訳じゃねえよ。ただ一番と聞かれたらモードレッドなだけで」
「ふぅん。じゃあ好きな人は?」
「好きな人ってんなら仲間全員だがな。恋愛対象ってことだろ?それだったら、お前が知ってる範囲で静謐ちゃん、ネロ、シャルロット、ラウラだよ。俺は基本、向けられた好意には応えるぞ?」
「俺が知ってる人だけでそれって事は、他にもいるのか?」
「機密事項です」
「...お前、一夫多妻制って知ってる?」
「知らん。俺がルールだ」
「お前は神か何かなのか?」
いいえ神殺しです。という台詞は説明が面倒くさそうなのでぐっと飲み込んだ。
「まあ俺の事はいいさ。とりあえず一夏、お前は箒や鈴、あとオルコットとかのこともちゃんと考えとけよ」
「ん?何でここで箒達が出てくるんだ?」
「マジかお前...。まあいいや、そこら辺は自分で考えろ。そこまで面倒は見切れん。それじゃ、お先に」
「あ、オイちょっと!」
呼び止める一夏を置いて、俺は脱衣場に戻る。ぱっと体を拭いて髪を乾かし、旅館備え付けの浴衣を着込んで自室へと向かう。
部屋割りは何故か俺が一人部屋で一夏は千冬と相部屋という。別に一夏と一緒が良かったとか、1人が嫌だとかではないのだが、何処と無く一夏との差別を感じる。聞けば、一夏の部屋にはどうせ女子連中が集まるだろうからその予防策として千冬が同室なのだそうだ。尚且つ、ここは学園外であるため外部の敵などが奇襲を仕掛てくる可能性も十分ある。その敵が狙うのは当然世界に2人しかいない男性操縦者。だから防衛上の問題でも一夏と千冬が同室になったらしい。
...俺は別に襲われてもいいってか。いやまあ襲ってきた奴を返り討ちにする自信はあるし、実際半殺しどころでは済まないかもしれないけれど。
「それに、どうせ誰かしら布団に入り込んでくるんだろう?知ってる」
達観、という訳では無いが、最早日常になりつつある出来事を容易に想像する。うむ、嫌じゃない、寧ろ良い。
それに、明日は待ちに待った俺の専用機が完成する日だ。天災が仕上げてくれるとのことなので、納入日をオーバーすることはまず無いだろう。
実に、実に楽しみだ。