やり過ぎたとは思いますが、後悔はしていません。
──強さとは何なのか。
眠っているボーデヴィッヒが寝言で漏らした、苦しそうな、そして悩んでいるような声の言葉だ。丁度俺が彼女を保健室へと運んでいる途中にそんな事を言い出したので、聞こえている訳では無いだろうがその言葉に適当に返答してみた。すると、何となく彼女の表情が柔らかくなったので良かったと思う。
今回の事件をイイハナシダナー案件で終わろうとしたその数時間後。
「どうしてこうなった...」
現在地はIS学園寮の大浴場。本来ここは男子禁制なのだが、今日はボイラー工事とかで女子も使用禁止となっているらしい。しかし、そのボイラー工事が思った以上に早く終わったので、今日くらい男子勢で大浴場を満喫して良いと山田先生からお達しがあった。
そこまでは良い。俺も広い風呂は嫌いではないので大浴場を使えるのは大歓迎である。
しかし、しかしだ。
「どうしてこうなった...」
「ん?どうしたのだ奏者よ。同じ事を2度も口にして」
「いや、大事な事だから...」
そう、今この大浴場にいるのは男だけではないのだ。寧ろ男は俺だけである。何故一夏がいないのか。理由としては、一夏は俺がボーデヴィッヒを保健室に運んでいる間に入り終えたからだ。折角だから一緒に入りたかったと言った一夏に若干のホモ疑惑が浮上したが、この際それはおいておく。
問題は今のこの状況だ。本来俺1人で入るはずだった大浴場には、ネロを始め、デュノアや静謐ちゃんもいる。
もう1度言おう。どうしてこうなった...。
ちなみに静謐ちゃんも共に浴槽に浸かっている。少し痺れるだろうが、とりあえず俺の魔力を膜として静謐ちゃんの体に纏わせる事で毒素の流出を阻止しているのだ。まあ肌に直接お湯が当たっている訳ではないので、正確には浸かっていないのだが。
いや、そうじゃない。今の問題点から話がそれた。
「...なんでここにいるの?」
「「マスター(奏者)がそこに居るからです(だな!)」」
「僕はえっと...、お風呂に入りたかったから?」
「どこの登山家だお前ら。デュノアのは真っ当な意見っぽいが別に全然真っ当じゃないからな」
という訳である。もう訳が分からない、というか勘弁して欲しい。俺だって健全な男子高校生であって、女子、しかも美少女のカテゴリーに入る奴らと混浴とか普通に理性がヤバい。だが、ここで理性を無くしてはいけない。俺は知っている、風呂場でイチャつくとオカンが来るという事を。静謐ちゃんもそれが分かっているのか、そこまでくっついては来ない。利口だよ、うん。
しかし、ネロはいけないとてもいけない。さっきから凄く密着してきている。裸で。タオルを体に巻くなどという事はせず、裸で。理性が危ないちょー危ない。
「ネロさんや、その、少し離れてみては如何です?」
「嫌だ!聞けば、奏者と静謐は既に何度か共に湯浴みしたそうだな?余は羨ましい。なので、今回は余の番だ。奏者よ、なんならここで契りの予行練習と洒落こんでも良いのだぞ?」
「それはいけない。落ち着けネロ。それをするとオカンが来る」
「...あれは恥ずかしいですよ、ネロさん」
思い出したのか、どこか遠い目をする静謐ちゃん。あれは恥ずかしかったもんねぇ...。
「むぅ。オカンめ、無粋にも程があろう。だったら奏者よ。今夜奏者の部屋に行く故、その時にでも」
「凌太の部屋には僕も居ることを忘れてないかな?」
目の据わっているデュノアが、やけに迫力のある声でネロの台詞を遮る。デュノアの目に光が無いんだが。ハイライトさん、仕事して。
「ならばいっその事3人で良いのではないか?余は構わんぞ?寧ろ良い。奏者と美少女を同時に...」
「え、さ、3人!?えーっと...あの、凌太が良いって言うなら...」
「何を言おうが俺の意思は無視ですよね分かります」
というかデュノアが俺に惚れている意味が分からない。いくら同室とはいえ、それだけで惚れる程甘くは無いだろう、多分。一夏とペアを組んでいたし、絶対に一夏に惚れるんだろうなと思っていたのだが、予想が外れた。それにしても何故俺?百歩譲って静謐ちゃん達が俺に惚れるのは分かる。マスターだし、静謐ちゃんにとっては唯一毒が効かない相手だし。しかし、デュノアは違う。別段俺との特別な繋がりがある訳でもなく、周りの男が俺だけということも無い。それにこの学園には「織斑一夏」という絶対的なイケメンがいるのだ。そいつとも交流を持っていて、何故俺なのか。不思議でならない。まあ「恋はいつでも奇想天外」などと言っていた人もいるし、そういう事なのだろうか。
「なあデュノア」
「シャルロット」
「は?」
「シャルロット・デュノア。それが僕の本名なんだ。だから、僕達だけの時はシャルロットって呼んで?」
「...じゃあシャルロット。少し、俺の昔話をしよう」
行為に及ぶ前に、これは言っておいた方が良い。だって、俺の境遇に引く奴も少なくないだろうから。
俺は神殺しであり、人殺しだ。今まで数え切れない程の人間を殺してきた。セプテムなんかは数千数万の兵を殺した。そして、それになんの躊躇もしない殺人鬼。知人友人仲間は別だが、人が死ぬことに対してなんの興味もないし、殺しても何も思わない。俺は、そんなバケモノなのだ。そんな奴を、お前は本当に好きだと言えるのか?
こう言えば、シャルロットも俺に対する好意を無くすだろう。この世界において、人殺しは忌むべき行為なのだから。
──そう思っていた時期が俺にもありました。
「なぁにこれぇ...」
俺は今、自室のベッドの上にいる。そして俺の上にはネロとシャルロットが。
しつこいようだがもう1度。どうしてこうなった...。
なんでも、シャルロットは別に俺の事について引かなかったらしい。曰く、他人に興味が無いのはカンピオーネの特性の様だから仕方がない、根は優しいと知っている、ここに残ればいいと言われたのが嬉しい、とのこと。
だがまあこれでハッキリした。シャルロットさんは良い人であると同時にチョロインです。
そしてその夜。
シャルロットもネロも凄かったよ、うん(意味深)
* * * *
翌日。朝のHRにシャルロットとボーデヴィッヒの姿が無かった。ボーデヴィッヒは昨日の怪我が治っていないのだろうが、シャルロットは今朝「先に行ってて」と言い、まだ教室に姿を見せていない。
「み、皆さん、おはようございます...」
そんな事を考えていると、最近一夏に惚れ始めている山田先生が何故かふらふらしながら教室へと入ってきた。
「えっと、今日はですね...、皆さんに転校生を紹介します。転校生といいますか、既に紹介はすんでいるといいますか...、えぇと...」
また転校生?多すぎだろ転校生、もうちょい自重というものを...、あっ…(察し)。
「じゃ、じゃあ入ってきてください」
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、予想通りシャルロット・デュノアその人である。シャルル・デュノアではなく、ちゃんと女子制服を纏ったシャルロット・デュノアとして入室してきたのだ。
「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」
ぺこりと礼をする彼女の姿に、クラスの連中は皆呆然としたままだ。まあこのクラスでシャルロットの正体を知っていたのは俺、静謐ちゃん、ネロ、モードレッド、一夏の5人だけ、エミヤや千冬といった教師を合わせてもたったの7人なので、まあ当然と言えば当然だ。
「ええと、デュノア君はデュノアさんでした、という事です。はぁ、また寮の部屋割りを組み直す作業が...。はぁ...」
なるほど、山田先生が項垂れていた理由はそれか。俺の時も苦労をかけたなあ。まあ、ガンバ!
と、そこでクラスの女子達が騒ぎ始めた。
「え?デュノア君って女...?」
「おかしいと思った!美少年じゃなくて美少女だったわけね」
「ん?ちょっと待って。坂元君って同室だから知らないってことは...」
「そういえば、昨日って確か男子が大浴場使ったわよね!?じゃあ坂元君だけじゃなくて織斑君も!?」
ザワザワッ!という喧騒が一斉に教室を包み、あっという間に溢れかえる。
そして教室のドアが蹴破られ、ISアーマーを展開した鈴が隣のクラスから乗り込んできた。
「死ね、一夏ぁああッ!」
「俺は何もしてないぞ!?」
とまあ、死傷者が1名出たが問題はないだろう。強く生きろよ、一夏。
と、それに続き、鈴によって蹴破られたドアからボーデヴィッヒが入室してきた。この状況(一夏瀕死)で落ち着いているあたり、この子はきっと大物だろう。
「よう、ボーデヴィッヒ。怪我はもういいのか?」
「ああ、問題ない。ISの方もコアは辛うじて無事だったし、既に修繕済だ」
「へー。丈夫なんだなー、っと」
「んなっ!?何故避ける!」
「そりゃあ顔をいきなり近付けられたら反射的に避けますよ。いやね?これが2人きりとかなら問題はないんだけど、今はほら、静謐ちゃん達が見てるから。死ぬよ?ボーデヴィッヒが。毒殺か、或いは刺殺で」
「くっ...。まあいい。坂元凌太!お、お前は私の嫁にする!決定事項だ、異論は認めん!」
「ほう。婿ではなく嫁とな」
これまた斬新な告白だことで。あと静謐ちゃん、殺気出すのは良いけど毒素を出すのはやめようね。ほら、周りの人達苦しそうだから。
「日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする!」
「そいつ絶対日本の漫画とか好きだろ」
「奏者!」
ガタッ!と立ち上がるネロに注目が集まる。え、何?
これは修羅場になるのか?と、皆が見守る中、ネロは満面の笑みで顔を上げた。え、本当に何?
「Good job!」
「発音いいなぁオイ」
ネロの発言にクラス皆が昭和臭くズッコケる。
どうやらネロもボーデヴィッヒの事を気に入っていたらしい。主に容姿とか。
そして、ネロのその行動を見て何かを諦めたのか、静謐ちゃんが放っていた殺気が収まった。...静謐ちゃんには後でフォロー入れとこ。
それにしても、何故ボーデヴィッヒまで。一夏がいるだろう一夏が。お前の愛しのブリュンヒルデの弟が。いや、女の子に好意を持たれるのは嬉しいんだけどさ。
しかもシャルロットと同じく俺の素性を話しても、自分も軍人として人を殺す訓練をしていた、だから問題は無い。とか言い出すし。
これも俺の新スキル「カリスマ(偽)」の効果なのか...?うぅむ、否定しきれん。
...それにしても、この短期間で2人も俺に惚れるとか絶対におかしい。近いうちに悪い事でも起きる前兆か何かかな?