問題児? 失礼な、俺は常識人だ   作:怜哉

24 / 107
北側

「こっちの服など、とても似合うではないか。マスターもそう思うだろう?」

「うん、かわいいと思う」

「え、あ、あの...、ありがとう、ございます」

 

赤面する静謐ちゃんマジ天使。

街に繰り出してから俺達がまず向かったのは洋服店である。理由としては、まあ静謐ちゃんの為だ。

静謐ちゃんの体は毒で出来ている。血潮も毒で、心は硝子かどうかは知らないが。

そこで俺達は考えた。静謐ちゃんが人混みに入るとどうなるのか、と。答えは単純、死人が出る。肌に触れただけでアウトなのだし、人混みなんかに入ったら他人に即☆毒☆付与、である。

どうしようかと考えていたところ、「長袖の服を着れば、他人に肌は触れないだろう?」というネロの一声によって、静謐ちゃんの洋服選びが始まったのだ。ネロは何だかんだ言ってもセンスは良いし、見ていて楽しい。

ただ、花嫁衣装で洋服選びをしている姿は非常にシュールではある。

 

「うむ、やはり美少女は良いな!着せ替えをさせていて、とても心が踊る!」

 

ネロがやたらとはしゃいでいるが、現代でのショッピングは初めてだと言っていたので無理はないのかもしれない。

洋服選びが始まってから約1時間。ようやく静謐ちゃんの服が決まった様だ。

 

「どうだマスター。美少女は何を着せても似合うものだが、これは特に美しいのではないか?さすが余だな!」

 

フフンッ、とネロはもう既に見慣れたドヤ顔をしながら胸を張る。

 

「あの、マスター...。ど、どうで、しょうか?」

「うん、かわいい。そして尊い」

「だろう?」

 

恥ずかしそうにモジモジと服装の感想を求めてくる静謐ちゃんを見て、思わずネロに親指をたててしまった。

今の静謐ちゃんの服装は、ライトパープルのタートルセーターにロイヤルブルーのもこもこなショートパンツ、黒のタイツというものだ。うん、かわいい(確信)

 

「ではマスター、会計を済ませたら早速街へと出向くぞ!」

「はいはい。ん?ネロは服、買わないのか?」

「余は既にこの乙女の戦闘服があるからな!」

 

またもや胸を張るネロ。この娘は胸を張らないと気が済まないのだろうか?

とりあえず会計を済ませて店を出る。と、その瞬間、俺達に向かって時計塔が倒れてきた。

まあ今更そんなことで焦る程、俺が経験してきた世界は甘くはなかったのだよ。

 

「行けウリ坊、君に決めた!」

「Graaaaaaa!!!」

 

INOSISI改めウリ坊(ネロ命名)をギフトカードから出して、こちらに倒れてきていた時計塔を粉々に破壊させる。

細々とした飛礫(つぶて)は破壊しきれなかったので、それらは俺の雷と静謐ちゃんのクナイで撃ち落とす。

 

「2人とも大丈夫か?」

「うむ、余は大丈夫だぞ」

「私も問題無いです。ただ、服が少し汚れてしまって...」

 

しょんぼりと、悲しそうな顔をする静謐ちゃん。

 

「よし、原因ぶん殴ってくる」

「顔が怖いぞマスター」

 

ネロが何か言ってきたが関係ない。俺の癒しを悲しませた奴は許さん。

時計塔が倒れてきた方向に目をやると、その先には2つの人影が見て取れた。何か戦ってるっぽいし、アイツらだな?

ネロと静謐ちゃんにここで待っているように言ってから、争っている2人を殴りに行く。

よく見ると、暴れていた2人は十六夜と黒ウサギだった。十六夜の野郎笑ってやがるな。よぅし、手加減は無しだ。報いを受けろ!

 

「――やめんかぁ!!!」

『ごふぅ!!』

 

周りが見えていない2人の頭を勢いよく叩き落とす。仲良く苦痛の声を上げ、地面へと落下していく十六夜と黒ウサギ。

 

「オイコラ凌太、何しやがる!俺達の勝負に横槍入れ」

「黙れ。今回はお前らが悪い。アレを見ろ」

「あ?」

 

崩れ去った時計塔を指差して、2人に現実を見せる。十六夜はともかく、黒ウサギは流石にやり過ぎたと思ったのか、決まりの悪い顔をする。

 

「アレ、死人が出てても可笑しくないからな?」

「うぅ...。も、申し訳ないです...」

 

上から睨みつけて2人を正座させる。さあ、説教の時間だ!

 

「そこまでだ貴様ら!!」

 

厳しい声音がこの場に響く。俺達の周りには炎の龍紋を掲げ、蜥蜴の鱗を肌に持つ集団が集まっていた。

 

「あ?何だお前ら。こっちは忙しいんだよさっさと失せろ」

 

元々腹が立っていたことに加えて、説教の出鼻をくじかれたので、嫌悪感を晒してそう言い放つ。

 

「り、凌太さん。あの方達は北側の“階層支配者”――“サラマンドラ”のコミュニティですよ」

「マジでか」

 

そう言った黒ウサギは痛烈に痛そうな頭を抱え、両手を上げて降参するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

――境界門・舞台区画。“火龍誕生祭”運営本陣営。

俺達は“サラマンドラ”のコミュニティに連行され、この本部まで来ていた。ここに来る途中に静謐ちゃん達とも合流している。エミヤは見つからなかったが、まあアイツなら大丈夫だろう。どっかのレストランで料理振る舞ってそうだしなぁ、あの執事(バトラー)

 

「随分と派手にやったそうじゃの、おんしら」

「ああ。ご要望通り祭りを盛り上げてやったぜ」

「胸を張って言わないでくださいこのお馬鹿様!」

 

スパァーン!と黒ウサギのハリセンが奔る。その後ろでジンが痛そうに頭を抱えていた。

 

「俺は制裁を加えただけなんだが」

 

何故俺まで連行されるのか、と目線で抗議する。すると長身の軍服を着込んだ男が鋭い目つきで俺達を高圧的に見下す。

 

「ふん!“ノーネーム”の分際で我々のゲームに騒ぎを持ち込むとはな!相応の厳罰は覚悟しているか!?」

「あ?」

 

明らかに“ノーネーム”を侮辱し、こちらの話も聞こうとしないこの男の態度に思わず威圧的な声が出る。色々な事が重なりに重なってそろそろ限界が近づいてきた。

 

「双方落ち着かんか。それにマンドラ。それを決めるのはおんしらの頭首、サンドラであろう?」

「ちっ」

 

白夜叉が俺達を窘める。俺は忌々しげに舌打ちをし、マンドラと呼ばれた男から目を背ける。

 

「“箱庭の貴族”とその盟友の方。此度は“火龍誕生祭”に足を運んでいただきありがとうございます。貴方達が破壊した建造物の件ですが、白夜叉様のご厚意で修繕してくださいました。負傷者は奇跡的に無かったようなので、この件に関しては不問とさせていただきます」

「...誰のおかげだと」

 

ボソッと呟いた俺の声は誰に届くでもなく、空気に溶けていった。

 

「ふむ。いい機会だから、先の続きを話しておこうかの」

 

白夜叉が連れの者達に目配せをする。サンドラも同士を下がらせ、マンドラだけが残る。

サンドラは人が居なくなると、硬い表情と口調を崩し、玉座を飛び出してジンに駆け寄り、年相応の少女っぽい笑顔を向けた。

 

「ジン、久しぶり!コミュニティが襲われたって聞いて随分心配してた!」

「ありがとう。サンドラも元気そうで良かった」

 

同じく笑顔で接するジン。何、恋人か何か?

 

「魔王に襲われたと聞いて、本当はすぐに会いに行きたかったんだ。けどお父様の急病や継承式の事でずっと会いに行けなくて...」

「それは仕方ないよ。だけどあのサンドラがフロアマスターになっていたなんて―――」

「気安く呼ぶな、名無しの小僧!!」

 

ジンとサンドラが親しく話していると、マンドラが激昂し、帯刀していた剣をジンに向かって抜く。ジンの首筋に触れる直前、その刃を十六夜が足の裏で受け止め、俺はマンドラの首筋に槍を突き付ける。

 

「貴様、何をする!その武器を下げろ!」

「その言葉、そっくりそのままお返しするぜクズ野郎」

「...知り合いの挨拶にしちゃ穏やかじゃねえな。止める気無かっただろお前」

「当たり前だ!サンドラはもう北のフロアマスターになったのだぞ!誕生祭も兼ねたこの共同祭典に“名無し”風情を招き入れ、恩情を掛けた挙げ句馴れ馴れしく接されたのでは“サラマンドラ”の威厳に関わるわ!この“名無し”のクズが!」

 

睨み合う俺達を止める為、サンドラが慌てて間に入る。

 

「マンドラ兄様!彼らはかつての盟友!こちらから一方的に盟約を切っておきながら、その様な態度を取られては我らの礼節に反する!」

「礼節よりも誇りだ!その様な事を口にするから周囲から見下されるのだと、」

「これマンドラ。いい加減に下がれ」

 

呆れた口調で諌める白夜叉。しかし、マンドラは尚も食ってかかってきた。

 

「“サウザンドアイズ”も余計な事をしてくれたものだ。同じフロアマスターとはいえ、越権行為にも程がある。南の幻獣・北の精霊・東の落ち目とはよく言ったものだ。此度の噂も東が北を妬んで」

 

言い終わる前にバチィッと紫電が迸り、マンドラは白目を剥いて気絶する。人1人気絶させるくらいの電圧なら聖句無しでも発動出来るのだ。

 

「...すまない、あまりにも腹が立ったから。“サラマンドラ”からの喧嘩なら買うぞ?フロアマスターがなんぼのもんじゃい」

「い、いえ!こちらにも非がありますし!」

 

ぶんぶんと首を横に振るサンドラ。十六夜はヤハハと笑い、黒ウサギとジンはどこか諦めた様な顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお?コレはなかなかいい眺めだ。そう思わないか御チビ様、凌太?」

「ああ、俺も素晴らしいと思うぜ」

 

軽く今回受ける依頼についての話をした後、俺達は“サウザンドアイズ”旧支店へと帰ってきていた。久遠が何やら埃だらけだったので、女性陣は先に風呂に入り、今はその女性陣が上がってきた直後なのである。静謐ちゃんは皆と入ると毒が心配だという事で一緒には入らず、俺の隣で煎餅をパクついている。

 

「黒ウサギやお嬢様、そして皇帝陛下の薄い布の上からでも分かる二の腕から乳房にかけての豊かな発育は扇情的だが相対的にスレンダーながらも健康的な素肌の春日部やレティシアの髪から滴る水が鎖骨のラインをスゥっと流れ落ちる様は視線を自然に慎ましい胸の方へと誘導するのは確定的にあ」

 

スパァーン!と桶が2つ飛んできた。耳まで真っ赤にした久遠と黒ウサギが投擲したものである。特に痛くは無かった。

 

「変態しかいないのこのコミュニティは!?」

「残念。俺は別のコミュニティだ」

「黙らっしゃい!!」

 

スパァーン!と本日2度目の桶が飛んでくる。特に痛くは無かった。

 

「ふふっ、見蕩れるのも当然のことよな。余の美しさの前には、さすがのマスター達も魅力付与確定である。これはもう余のスキルに魅了系のものを追加しても良いのではないか?ん?」

「はいはい、かわいいねー」

「そうであろう、そうであろう!」

 

フフンッ!と自慢げに胸を張るネロ。実際『皇帝特権』で魅了付与のスキルも使えるんじゃね?いやでも『頭痛持ち』があるから成功しにくいのか...?

 

「...君も大変ですね」

「...はい」

 

一方は組織主力に問題児しかいない。

一方は組織の幹部が最大の問題児。

そんな虚しい哀愁を分かち合う店員さんとジン。その裏で、同好の士を得たように握手をする白夜叉と十六夜の姿があったのは言うまでもない。

 

「ん?なんだねこの騒ぎは?」

「あ、オカンおかえり」

「ああ。すまない、少々遅くなった。道中、とあるレストランで臨時のバイトの様なものをしていてね」

「やはりか」

「ん?まあそのお礼にと大量の豚肉と野菜を頂いた。なので、今夜は人数も多いし手軽に鍋にしようと思うのだが」

 

そう言って手に持っていた袋を見せてくる。確かに具材に出来そうな食材がたくさんあるな。

 

「お、なんだなんだ?俺達にも振る舞ってくれるのか?」

 

エミヤの発言に反応して“ノーネーム”勢が身を乗り出してくる。

 

「当然だ。お前達はマスターの良き友人だと聞く。ならば夕飯の一つくらいご馳走するさ。準備をしてくるから、風呂など先に済ませておくと良い」

 

そう言って厨房へと向かうオカン。もう最後の一言とか完全に母親の言葉だよな。

 

「じゃ、風呂に入ってくるかね。十六夜とジンはどうする?」

「あ、僕は寝る前に入ります」

「俺は飯の後で入るから1人で入ってきていいぜ」

「ん」

 

という訳で、俺は大浴場を独り占めする事になった。風呂に行ってみると、そこは満天の星空が一望できる露天風呂が広がっていた。

はぁー、と感嘆の声を漏らし、体や頭を洗ってから風呂に浸かる。なんかお湯すらも普通の風呂とは違う気がするな。温泉でも引いてるのか?

 

「ふぃ〜。極楽極楽、っと。何だかんだで転生してからの間、まともな風呂に入ったのってガリアでだけだったからなー。後はシャワーで済ませてたし」

「そうなのですか?」

「うん、カルデアやホテルでもお湯を溜めるのが面倒でさー」

「湯船に浸からないと疲れは取れないと聞きます。コミュニティ本拠にもここと同じ位広い露天風呂があったので、帰ってからはそのお風呂に入られてはどうですか?」

「へぇ、知らなかった。そんな広い風呂がウチにもあったんだねえ。うん、帰ったら1度入ってみようかな。......それで?何で居るのかな?いや混浴だし居ても可笑しくは無いけど」

 

そう言って何の気配も感じさせず、いつの間にか俺の隣で湯船に浸かっている静謐ちゃんに問いかける。あ、ちなみに、ちゃんとバスタオルを体に巻いているので大事なところは見えていない。......別に残念だとか思ってないデスヨ?

 

「マスターのお背中をお流ししようかと思ったので」

「あ、うん」

 

そう言って更に擦り寄ってくる静謐ちゃん。

...少し想像して欲しい。俺は思春期真っ盛りの男、そして隣には誰もが美少女と認めるであろう容姿の同年代の女の子。加えてその静謐ちゃんは俺に対する好意を隠そうとしていない。

...俺の理性は既に決壊寸前ですよ。いくらカンピオーネと言えども、性欲くらいは人並みにあるんですよ。布団での添い寝ですら危うい時があるのだ。況や風呂場をや。

とうとう限界を感じ、俺の理性が音を立てて崩れ去ろうとする中、静謐ちゃんがそっと腕に絡まる様に抱き着いてきた。あのね、胸がね、当たってるんですよ。...もう色々とダメだわ。

―――据え膳食わねばなんとやら。お父さん、お母さん、オカン。僕は今、大人の階段を登

 

「いいところで申し訳ないのだが、マスター。風呂で事に及ぶとのぼせるぞ?」

「ホワッタライヤー!!!」

 

急なエミヤ(オカン)の登場に、最早意味の全く分からない悲鳴の様な何かを上げる俺。静謐ちゃんもビクゥっと体が跳ね上がっている。

 

「ちょ、何時からそこに!?」

「ちょうどマスターの腕に静謐が抱き着いたあたりからだが?いや、邪魔する気は無かったのだが、のぼせてしまうといけないと思ってね」

 

カァァっと顔を真っ赤にする静謐ちゃん。俺だって恥ずかしいわ。アレだ、母親にエロ本見つかった時の心情はこんな感じなのだろうか?

とりあえず、俺達は顔を赤くしながら湯船から上がった。エミヤがすれ違いざまに、俺だけに聞こえるように「ネロや他の皆には黙ってておくよ。こういうのは、バレると後が酷いからね」と言って笑みを向けていた時は、本気で殴ってやろうかと思った。そして、「お前そういう経験あるのかよ」とも思った。

なんだろう。どこか別の世界軸でこの赤いオカンが「可愛い子なら誰でも好きだよ、オレは」などという事を言っている姿が見えたのだが、気のせいではない気がする。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。