箱庭再び
「よしジジイ、覚悟はいいな?歯ぁ食いしばれ」
「ヤダマジ凶暴ぉー。ちょっと再会早々やめてよねぇー」
「くっそ!巫山戯た事言いながら避けんな!」
魔力放出も駆使して、更に神相手と言うことで身体能力が飛躍的に上昇しているこの状態でも全く攻撃が当たらない。マジで何なんだこの爺さん。
暫くしてから、これは時間の無駄だと判断し攻撃をやめる。結局全部避けられた...。
「で?何で急に呼んだんだ?しかも無許可で」
朝飯として焼き魚と味噌汁、白米を前にしながら爺さんに事の事情を聞く。ちなみにこの食事はエミヤが作ってくれた。というか、俺が起きてきた時には既にエミヤは台所に立っていたのだが、こいつにこの状況に対する疑問などは無かったのだろうか?
「ん、これは美味いな。お母さんおかわり」
「私は母親ではないのだがね。というか、私は神にまで母親扱いされるのか...」
そんな事を言いながらも素直におかわりをついでくるエミヤさんマジオカン。
ちなみに、今食卓を囲んでいるのは俺と爺さんと静謐ちゃんの3人だ。ヴォルグさんは既に朝食を済ませたらしく農作業へと行った。ネロはまだ寝ているのを空き部屋で発見された。
「オカンの飯が美味いのは同感だが俺の質問に答えてくれ」
飯をパクつきながら爺さんに再度質問する。あ、この焼き魚美味い。
「ああ、白夜叉からお前宛に招待状が来たから呼ぼうと思ってな」
「招待状?」
爺さんは味噌汁を啜った後に懐から1通の手紙を取り出して、それを俺に投げ渡した。確かに“サウザンドアイズ”の印が押されている。白夜叉から直々の招待状?面倒事になる予感しかないな。
「ふむ......、ふむ?......ほほう、これはこれは。あ、ご馳走様ー。今日も美味かったよ」
「お粗末様。それで?その白夜叉とやらからの手紙には何と書いてあるんだ?」
テキパキと俺の食器を下げながらそう聞いてくるオカン。このオカンは俺をダメ人間にするかもしれない。
「北の方で面白い事やるから来い、だってさー。ついでに仕事の依頼もするってよ」
そう言って手紙をエミヤに見せる。
「ふむ...、マスター。この魔王襲来の兆し有り、というのはどういう事だ?魔王とはマスターの様な神殺しのことか?」
「いや、この世界の“魔王”ってのは神殺しじゃないな。まあ簡単に言うと、相手に強制的に喧嘩吹っかけて荒らす奴らの総称かな?」
「なるほど...。一概に魔王と言っても、世の中には色々な種類の魔王がいるのだな」
「そゆこと」
エミヤが出してくれた熱いお茶を啜りながらそう説明する。頼んでいないのに、丁度お茶が欲しいタイミングで持ってきてくれるとか貴方俺の嫁ですか。
「それで、この呼び出しには応じるのか?」
「まあ、白夜叉からの申し出だからね。断る訳にもいかないでしょ。あと単純に魔王と戦ってみたい」
白夜叉も、その昔は魔王としてこの箱庭に名を轟かせていたらしいし、今回の魔王にも期待は出来るだろう。
「まあ静謐ちゃんとエミヤ、それとネロは連れて行くとして...。爺さんはどうする?」
「今回はパスする。明日からまた上層の奴らとゲームをする予定が入ってるからな」
「お前マジで自由か」
「だってしょうがないだろ?魔王が“主催者権限”まで使って強制的に挑んでくるんだから。ワシは悪くないもん」
「だからその外見で、もん、とか付けんなと何度言えば...ってか魔王?ねえ今魔王と戦うって言ったの?ねえ」
「ああ、言ったぞ?この前ぶっ倒した連中が魔王雇って来てな。まあ魔王と言っても今回ワシが戦う奴は三下だろうけど」
「魔王にも三下とかあるんだ...。まあいいや。じゃあ爺さんは不参加って事で」
「あ、あとヴォルグの奴も連れていくから」
「マジか。じゃあ行くのはカルデア勢だけ?」
まあそれでも十分な戦力なわけだが。
「あ、勝手に決めちゃったけど、静謐ちゃんとエミヤは大丈夫?」
「私はマスターに従います。未来永劫、いつまでも」
「お、おう...。エミヤは?」
「私も構わないよ。マスターに従うのが我々サーヴァントだ。好きなように使うが良い」
「ありがと。じゃあ後はネロか...」
2人から了承を得る。ネロが起きてきたらネロにも聞くか、と思いお茶のおかわりを貰おうとした所で、食堂の扉が勢いよく開けられた。
「うむ!話は聞かせてもらった!面白そうではないか。余も混ぜるが良い!」
「食事中に扉を勢いよく開けるな!埃がまうだろう!」
意気揚々と入室してきたネロを一喝するオカン。折角カッコよく入ってきたのに第一声が叱責とは、憐れだ。
「う、うむ、すまぬ...。いやそんな事より先程の話だ!どこかに出かけるのだろう?余もついて行くぞ!」
「そんな事とは何だ!」
「ひうっ!」
今のはネロが悪い。
その後もクドクドと説教を受けるネロ。あ、正座させられた。
* * * *
「いらっしゃいませ。お久しぶりですね、坂元様」
「おひさ。白夜叉いる?」
「はい。奥でお待ちですよ。例の“ノーネーム”の方もいらっしゃってます」
「ん、ありがと」
店員さんにお礼を言ってから、以前行ったことのある白夜叉の私室へと向かう。
あれからエミヤの説教が小1時間程続き、ようやく正座から解放されたネロが「すぐ行きたい!」と言うので、俺達は今“サウザンドアイズ”支店まで出向いていた。
「こんちわー」
ガラッ、と襖を開けて白夜叉の私室へと入る。
するとそこには懐かしの面子、十六夜に春日部、久遠、ジン、そして白夜叉の姿があった。
「お、凌太じゃねえか。久しぶりだな」
「あら凌太君?貴方も呼ばれていたの?」
「久しぶりだね」
問題児三人衆がそれぞれ返事をする。ジンは若干敵意の籠った目で見てくるだけで、挨拶はしてこない。まあ心当たりが無い訳では無いので特に気にしないが。エリカ達に比べればどうってことないし。
「おお、よく来たの。箱庭から出ていると聞いていたので、あまり期待はせずに招待状を出したのだが」
「招待状来たからって事で強制箱庭送還だよ。まあ楽しそうだからいいけど」
肩を竦める仕草をして見せると白夜叉達はカラカラと笑った。
「して、そこの後ろのおんし等は何者だ?死霊の類か?」
不審そうに静謐ちゃん達を見る白夜叉に同調して、十六夜達の視線も英霊達に集まる。
「余こそはローマ帝国第5代皇帝、ネロ・クラウディウスである!だが、今のこの姿は新衣装だ。なので!余のことは嫁セイバー、或いはネロ・ブライドと呼ぶが良い!」
俺が英霊について説明しようとしたその矢先。ネロが胸を張って堂々とそう公言した。
「ネロ?しかもローマ皇帝って、あの“暴君”と言われたネロ・クラウディウス本人なのか!?」
十六夜が驚いた様な声を出す。てか、十六夜って古代ローマの皇帝の名前とか知ってたんだ。久遠や春日部がピンときてないところを見ると、俺が無知過ぎるという訳では無く、単に十六夜が博識なだけっぽい。強くて頭もいいとか、お前どこの主人公。
「あー、そのネロで間違い無い。白夜叉の死霊っていうのもあながち間違いじゃないのか?」
「どういう事だ?」
久遠と春日部が完全に話について来れていないが、1から丁寧に説明していると日が暮れそうなのでスルー。
とりあえず英霊や聖杯戦争について、俺が持っているだけの情報は話すことにした。
「ネロ達は所謂“英雄”と呼ばれる人物達で」
「ちょっと待って。その話長くなる?」
いざ語り出そうとした所で、春日部から待ったがかかる。
「多分長い。けどどうした?」
「それはまずいかも。...黒ウサギ達に追いつかれる」
ハッ、と他の問題児2人とジンも何かに気付く。黒ウサギがいないなー、と思ってたら、この問題児たちはまた何かしらやらかしていたらしい。
「し、白夜叉様!どうかこのまま、」
「ジン君、
ガチン!と勢いよくジンの下顎が閉じる。久遠の恩恵が働いたのだろう。その隙を逃さず、十六夜が白夜叉を促す。
「白夜叉!今すぐ北側へ向かってくれ!」
「む、むう?別に構わんが、何か急用か?というか、依頼内容を聞かず受諾してもよいのか?」
「構わねえから早く!事情は追々話すし何より――その方が面白い!」
十六夜の言い分に白夜叉は瞳を丸くし、呵々と哄笑を上げて頷いた。
「そうか、面白いか。いやいや、それは大事だ!娯楽こそ、我々神仏の生きる糧なのだからな」
「んん!?」
白夜叉の悪戯っぽい横顔に悲鳴を上げるジン。どうでもいいが俺達に説明の1つでも無いものだろうか?
暴れるジンを嬉々として取り押さえる十六夜達。彼らを余所目に、白夜叉がパンパンと柏手を打つ。
「――ふむ、これでよし。お望み通り、北側に着いたぞ」
『......は?』
見事に一致した声を上げる問題児達。俺はと言えば、まず北側というのがどこの地域を指すのかすら知らなかった為に驚くことさえ出来なかった。
ただ、その後の出来事には驚かざるを得なかったが。
「見ぃつけた、のですよおおおおおおおおおおお!!」
ズドォン!!と、絶叫と共に何かが降ってきた。
その声に問題児達が跳ね上がる。着地時に巻き起こった土埃から姿を表したのは髪を真っ赤に染めた黒ウサギ。
「ふ、ふふ、ふふふふ...!ようぉぉぉやく、見つけたのですよ、問題児様方ぁ...!」
あ、これガチギレのパティーンじゃね?十六夜達本当に何やらかしたの?
「逃げるぞッ!」
「逃がすかッ!」
十六夜は久遠を抱き抱えて崖を飛び降り、春日部は旋風を巻き上げて空に逃げていった。が、運悪く春日部だけ黒ウサギに捕まってしまう。
そして、黒ウサギが春日部の耳元で何かを呟いたかと思ったら、その春日部を俺に向かって投げつけてきた。
「きゃ!」
「よっ、と。大丈夫か?まあ、なんと言うか、災難だったな」
飛んできた春日部を受け止め、地に下ろす。
「凌太さん!何故ここに居るのかは知りませんが耀さんの事をお願い致します!黒ウサギは他の問題児様方を捕まえに参りますので!」
「お、おう。よく分からんけど頑張れよ...」
「はい!」
十六夜達を追って崖からダイブする黒ウサギ。...何をしたらあそこまで怒らせられるのだろうか?
「...とりあえず、茶でも飲むか?」
「...うん」
取り残された俺達は、白夜叉の提案に素直に乗ってお茶を啜る事にした。
* * * *
「ふふ、なるほどのう。おんし達らしい悪戯だ」
俺達は今、お茶を啜りながら、春日部から事の経緯を聞いて歓談していた。英霊がどうとかの話は、今夜、白夜叉の依頼内容と一緒に、黒ウサギ達も集まった時にする予定だ。
「マスターマスター、余は街に行きたい。蝋燭が歩いている街など楽しいに決まっている。まあ、余のローマには敵わないだろうがな!」
春日部の話など我関せず、と言った風に、目をキラキラさせてそう言う皇帝陛下。
「あー、はいはい。白夜叉、悪いんだけどちょっと席外すわ。夕方くらいにここに帰ってくればいいかな?」
「ああ、いいとも。存分に楽んでこい」
「おう。静謐ちゃんとエミヤも来る?」
「行きます」
「私は1人で見て回るよ。色々とじっくり見てみたいのでね」
「おっけー。春日部は?」
「私は...ここに残ってるよ。今街に出ると、後で黒ウサギが怖いし...」
「ん、了解。じゃ、3人で行くか!」
静謐ちゃんとネロを連れて街へと繰り出す。実は俺も見て回りたかったんだよね。
こうして、俺&静謐ちゃん&ネロの3人による、なんちゃってデートが始まったのだった。