大魔闘演武に参加することになった凌太は、ミストガン(ジェラール)とともに指定された宿部屋まで向かっていた。
夜中の十二時までには部屋に居ろ、という大会運営側からの指示もあるし、何よりやることがないのだ。
二人で部屋に入ってみれば、そこには三人の先客がいた。
「ラクサスにガジル、あとジュビアだったか。マカロフから話は聞いてるよな?」
一斉に集まった視線を受け、凌太は挨拶よりも先にそう問いかける。
三人の中で最初に反応を示したのは、ベッドに腰掛けていたラクサスだった。
「ああ。ちゃんとジジィから説明があったぜ。ついさっきだがな」
「不満は?」
「別にねぇよ。ミストガンの代わりに脱獄囚を出すくらいだ。正真正銘、
「そっか。俺にやられたことのあるガジルは?」
「テメェ喧嘩売ってんのかコラ」
挑発するような凌太に青筋を立てるガジルだが、拳を上げることはなかった。勝てないからとか、そういう理由からではない。一度負けた相手に思うところがないでもないが、今はチームメイトだ。
それに、凌太の実力は身をもって知っている。そして何より“勝利報酬”のためにも、今凌太と敵対するつもりはなかった。
「...フン」
「特に不満は無し、と。ジュビアは?」
「私も特には」
「つーわけだ。誰もお前も拒みゃしねぇよ。俺個人としてはむしろ、同じ雷使い同士仲良くしたいね」
「ギヒッ、テメェから『仲良く』なんて台詞が出てくるとはな」
「うっせ」
凌太が思っていたよりもチームメイトは不仲というわけではなさそうだ。
呆けてしまった凌太だが、すぐに気を取り直して部屋の中を見回す。
「今夜十二時には絶対にここに居ろっつう通達があったけど...夜中からドンパチ始めんのか?」
「さぁな。夜の闇を利用したゲームなのかもしれないし、一斉に大会のルール説明があるのかもしれない。俺たちも何も知らされてねぇんだよ」
「そっか。そんじゃあと約半日暇があるわけだ.....暇だな」
時計を見てみれば、針は正午を少し過ぎた程度の時間帯を示している。こんなことならウェンディに着いて行けば良かったかな、と思いながら、凌太はラクサスの座っているベッドとは違うベッドに身を投げた。
「俺は夜まで寝る」
「呑気な奴だな。俺は少し街でも見てくるか。ミストガン...ジェラールはあんまり出歩けないとして、ガジルやジュビアはどうすんだ?」
「あん? 俺は...飯でも食いに行ってくるか」
「私はグレイ様を探します!」
元気に部屋を飛び出していくジュビアに続き、ラクサスやガジルもタラタラと部屋を出る。
ジェラールも用事があると言って部屋を出て行ってしまったため、部屋に残っているのは凌太のみとなった。
「...一人になんのは久しぶりだな」
思えばこの三ヶ月、凌太のそばには常にウェンディかシャルルがいた。特にウェンディは、修行のこともあるが、凌太の冒険譚を聞くのが好きだったため、夜も度々凌太に話を
落ち着いて眠るのは久しぶりだった。
さすがに無いとは思ったが、一応念の為に自作の目覚ましをセットして寝坊を防ぐ準備をし、凌太は久々の安眠を貪り始めた。
* * * *
凌太が目を覚まし、他のチームメイト達も無事に部屋へ集合し、十二時を告げる鐘が鳴り響く。
街の上空に現れた巨大カボチャ人間の
予選を勝ち抜けるチームは全部で八チーム。膨大な魔力でクロッカス上空に構成された迷宮を踏破した順位で本戦出場チームを決めるのだという。
それを聞いた
「んな面倒なことするより、直接ゴール目指した方が早ぇだろ」
そう言った
あまりにも迷いのない凌太の歩みに、Bチームは戸惑いながらも大人しく着いて行った。そうすればどうだろう。ほんの十数分で、ゴールに辿り着いてしまった。ぶっちぎりの一位である。
大会運営どころか味方までもを驚愕させた凌太は、何食わぬ顔で迷宮を後にした。
* * * *
翌日。クロッカス中央、丘の上の闘技場《ドムス・フラウ》
大魔闘演武本戦の会場であるその場所で、凌太達Bチームは映像ラクリマの映し出す光景を観ていた。
「ギヒッ...観客全員からブーイングされるなんざぁ、ウチも嫌われたもんだな」
そう呟くガジルに、皆無言の同意を示す。
映像の中では、予選を八位で通過した
Aチームではナツが吼えてエルザに宥められているようだが、Bチームでは本気でキレている者はいない。どれだけ嫌われていようが、自分達に実害は無いからだろう。
それより、凌太の意識は違うところに向けられていた。
「...エルフマン?」
「ウェンディがいないな。何か事故でもあったか?」
凌太の呟きを拾ったジェラールが、ウェンディの不在に気付く。
Aチームに所属しているはずのウェンディの姿がない。昨晩のゲームで負傷したという可能性もあるが、ウェンディの実力を知っている凌太としては、その可能性は低いと考えていた。
疑問は募るが、時は待ってくれない。
「私達もそろそろ行きましょう」
ジュビアに言われ、七位の
Bチームが入場門に辿り着くと、すぐに司会のアナウンスがあった。
「それではお待ちかね、第一位の登場です! 二位の
熱の篭った司会の紹介を受け、凌太達
同じギルドであるAチームやその他参加ギルド、そして観客は一同呆然とするが、すぐに会場を揺らすブーイングが巻き起こる。
──また
──セイバーを抑えて一位なんて、一体どんな汚い手を使ったんだ!?
──つーか同じギルドから二チーム出るとか反則だろ!
──弱小ギルドはさっさと帰れ!!
それはもう酷いものだ。
罵詈雑言の嵐、一位通過チームの出迎えとは到底思えない。
しかしながら、そんな言葉は右から左。特に気にした様子もなく、Bチームはドムス・フラウの中央へ悠々と歩を進める。
「おいお前ら!! Bチームってなんだよ、聞いてねぇぞ!」
「ギヒッ、言ってないからな」
喰いかかるナツにガジルが余裕を持って返す。一位だ八位だと言い合っている二人を放っておき、凌太はエルフマンへと声をかけた。
「なぁ、ウェンディはどうしたんだ?」
「あ? あぁ...ウェンディは...」
「それが聞いてよリョータ!!」
凌太とエルフマンとの間に割り込んできたのは、怒りを隠そうともしていないルーシィだった。
エルフマンに聞こうと思っていた凌太だが、別に誰から聞いても同じだと、ルーシィの方へ視線を向ける。
「あいつら、ウェンディを闇討ちして大会に参加できなくしたのよ!? しかも『これは挨拶代わりだ』とか言ってきて!!」
「あいつら?」
「
怒りで説明が足りていないことに気付かないルーシィに変わり、エルフマンがとある大会参加チームを射殺さんばかりに睨みつけながら補足した。
凌太がエルフマンの視線を辿れば、いかにも「お前ら潰してやるぜ」と言いたげな表情でこちらを見ている集団と目が合う。
「(ウェンディがやられたっつーからどんな奴らかと思えば...ただの雑魚じゃねぇか。...いや、それでもウェンディを潰せるってことは、対魔法か、もしくは対竜滅魔道士的な何かがあんのかもな)」
一応注意しておくか、と。
「そーーしゃーー!!!!」
「ん? うおっ」
凌太が振り返ってみれば、目の前は暗闇だった。
軽い衝撃と柔らかな感触が凌太に降りかかり、薔薇の香りが鼻腔を抜ける。
「.....ネロ?」
「うむ! 奏者の愛しい花嫁、ネロ・クラウディウスであるっ! 会いたかったぞ、奏者!!」
凌太の視界を塞いでいた双丘から脱出し──ようとしたらより一層強く抱きしめられ、諦めて目上げるように視線を上に向ければ、そこには満面の笑みをこれでもかと浮かべたネロの顔があった。
「お前、どうしてこんなとこに?」
「
「ミリアーナ?」
「あー! ちょっとネロちゃん、勝手にバラさないでよー!!」
ネロが視線を向けた先では、フードを深くまで被った人物がネロに文句を飛ばしていた。すまぬすまぬと軽い調子で返すネロにため息を一つこぼし、顔を隠すように被っていたフードを取り払う。
露わになったミリアーナの顔を見て、エルザが驚愕の声をあげる。
「なっ...お前、ミリアーナか!?」
「たった今ネロがそう言ったやん」
「あーあ、最終日までエルちゃんには黙ってようと思ってたのになぁ...」
「すまなかったな、ミリアーナ。奏者が相手だとつい浮かれてしまうゆえ、許せ」
若干理解が追いつかないところもあるが、そんなこと凌太にとっては慣れっこだ。むしろ理解が十全に出来ている時の方が少ない。
とりあえずネロの抱擁から脱出した凌太は、名残惜しそうにするネロに再び問いかける。
「会えたのはいいんだけど、なんでここ? お前、そのミリアーナって奴らのギルドに入ったのか?」
「うむ、その通りだ! 魔導士ギルド
「あー、いつかの武闘会を思い出すな」
再会を喜ぶエルザとミリアーナ、そしてブーイングや司会の進行をほぼ全て無視する凌太とネロは、久々の再会も束の間、対戦相手として瞳に闘志を灯す。暇になるかもと思っていた凌太は、ネロと戦えるなら退屈はしないだろうと、少しだけ楽しみが増えたことに喜ぶ。
尚、後のルール説明でバトルパートの参加者は大会側が勝手に決めると聞き軽く落胆した。
* * * *
大魔闘演武、開始。
壮大な歓声とともに、一つ目の競技が始まる。
競技名は『
グレイやその兄弟子との三角関係擬きを見た後、凌太は
「邪魔だよ、帰りな」
「あ?」
医務室に辿り着いたまでは良かったのだが、中へ入ろうとした凌太はとある女性に止められる。
彼女の名はポーリュシカ。妖精の尻尾の顧問薬剤師だ。こと医療に関して
そんなことは知りもしない凌太は、初対面の老人に入室を拒まれて若干腹を立てる。
「どけよばぁさん。俺はウェンディとシャルルに用があるんだ」
「聞こえなかったのかい? 帰れって言ってるんだ」
年上だろうがなんだろうが、どこまでも不遜な態度を崩さない凌太と、人間嫌いなポーリュシカ。互いに初対面ということもあり、どちらも強気の態度をとる。
そんな二人の睨み合いに終止符を打ったのは、凌太の目当てであるウェンディだった。
「んん...あれ? ここって...え? リョータさんに...グランディーネ?」
今目を覚ましたのだろう。状況があまり理解できていないように、周りをキョロキョロと見回している。
ポーリュシカが振り返った隙をつき、凌太は医務室に侵入した。
「あっ、コラ!」
「大丈夫か? ウェンディ」
ポーリュシカを無視し、凌太はウェンディに近寄る。三ヶ月の時間を共にしたのだ、さすがの凌太でも心配くらいはする。
「心配しないで、グランディーネ。リョータさんはいい人だから。はい、私は大丈夫です。正直、なんでここで寝てたのかは分からないんですけど...」
「フンっ...魔力欠乏症だね。一度に魔力を失い過ぎたんだ。あとアタシをグランディーネと呼ぶな」
「そういえば、なにか小さな動物が飛びかかってきてから力が抜ける感覚があったような...」
「
凌太の滞在を諦め気味に認めたポーリュシカの診断を聞いた凌太は、ウェンディの額に右手をやる。多少赤面するウェンディだが、それを気にする凌太ではない。アワアワしだすウェンディに、凌太は自身の魔力を注ぎ込み、しばらくしてから手を離す。
「どうだ、少しは楽になったか?」
「え、えっと...はい」
「グランディーネっつったか」
「ポーリュシカだ。二度とその名で呼ぶんじゃないよ」
「じゃあポーリュシカ。こいつは魔力回復薬だ。シャルルが目を覚ましたら飲ませてやってくれ。原液のまま飲ませたら魔力の過剰摂取になるかもしれないから、水かなんかで薄めてな」
ギフトカードから取り出した小瓶をポーリュシカに投げ渡し、凌太はウェンディに向き直る。
「ウェンディ。早く良くなって大会に出ろ。そんでカラスどもをぶちのめせ」
「──はい。私だって、やられたままじゃいられませんっ!」
ウェンディの力強い言葉を聞いた凌太は、満足そうに笑ってから医務室を後にする。そろそろ
* * * *
夜。
クロッカスのとある飲食店にて。
結論から言うと、凌太の出番は無かった。
バトルパートに指名されたのはジェラールで、聖十のジュラを相手に謎の負け方をしたのだ。
Aチームから出場したルーシィも、
大会一日目、優勝を目指し奮起していた
目も当てられない結果となってしまった彼らは、今日の反省は明日以降の方針で真剣に過ごしている──と思ったら大間違いだ。
「飲め飲めぇい!! 明日は勝つぞガキ共ォ!」
「明日は俺が出る!!」
「ギヒッ、
「酒どんどん持ってきな! 全然足りないよ!」
「カナ、昼間も飲み歩いてたんでしょ? よくそんなに入るわよね...」
今日惨敗したギルドとは思えないはっちゃけぶりだ。
飲み、食い、騒ぐ。いつも通りの
「騒がしい連中だな」
口では文句を言いつつも、凌太は愉快そうにその光景を眺める。
少しだけ高い酒を呷っていると、店の扉が勢いよく開かれた。
「奏者! 奏者はおるか!!」
「あ? ネロ?」
「おお、奏者! やはりここにいたのだな!」
突然乱入してきた人物は、ネロ・クラウディウス。凌太の契約英霊にして、現在は
そんな彼女は、凌太の姿を確認すると同時に駆け出し、飛ぶ。
「っと...どうした? なんかあったのか」
飛んできたネロを受け止めながら、凌太はネロに問いかける。
ネロは頬をプクーッと膨らませながら、不満げに返した。
「どうした、ではあるまい。せっかく会えたというのに、奏者は全然余に会いにきてくれぬし...。いくら違うギルドに所属しているとはいえだな...余は寂しいのだ。もっと余に構え」
「あー.....。すまなかったな、許してくれ」
謝罪を入れてから、凌太はいつものように頭を撫でてやる。
それで多少は満ちたのだろう。ネロの膨れていた頬は緩み、ほわっとした顔が浮かぶ。
そんな、突然二人の世界を構築しだした凌太達に、おいてけぼりを食らっている
まず声をかけたのは、昼の試合で負った怪我を凌太に治してもらったルーシィだった。
「ねえリョータ。そのネロって子、
「知り合いっつーか、俺の仲間だよ」
「うむ! 余の名はネロ。ネロ・クラウディウス! ローマの皇帝にして、奏者の嫁である!」
嬉しそうに凌太に抱きつくネロと、否定も肯定もしない凌太と、皇帝だの嫁だのイマイチ処理が追い付いていない
今宵の宴はまだ始まったばかりである。