問題児? 失礼な、俺は常識人だ   作:怜哉

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もう作者の暴走以外の何物でもありませんが、書きたかったので書きました。反省も後悔もしていません。
あと、書いてて楽しかったです。


イベント
バレンタインデー


 

 

 

 

バレンタインデー

 

それはチョコで血を、又は血でチョコを洗う激しい戦争・闘争の祭日である。女は好意を寄せている相手に手作りと称した既製品を溶かして固めた物を精一杯デコレーションして贈り、男はそれを貰えるのかどうかと1日中ソワソワしながら過ごし、もし仮に自分は貰えずに自分以外が貰っていたらとりあえずそいつを殴る。

 

本来、バレンタインデーとは聖ウァレンティヌスの殉教の日であり、聖ウァレンティヌスとは恋人達の守護聖人として信仰されてきた3世紀頃の人物で云々。

しかし、こんな情報は彼ら彼女らには関係無い。お菓子会社の陰謀に上手く乗せられて、それぞれのプライド(笑)を掛けて闘う日なのである―――

 

 

 

 

 

「リア充爆発しないかなー」

「唐突に何を言い出すんだマスター」

 

箱庭7桁の外れ、コミュニティ“ファミリア”本拠の屋敷の大広間で、俺の呟きにエミヤが反応する。

 

「いやだってバレンタインだぜ?調子乗ったリア充共が跋扈する、クリスマスに次ぐ厄日だ。だからリア充爆発すればいいのにな、と。もしくは滅べばいい」

「だから、の意味がイマイチ分からないのだが…。それに、その『リア充』というものにはマスターも含まれるのではないか?」

「は?俺?」

 

キョトン、という効果音が似合いそうな仕草でエミヤの方を見る。何を言い出すんだこの紅茶は。

 

「確かに、マスターは立派なリア充の一員だろうな」

「ウェーザーまで...。一体俺の何処がリア充だと」

「ちょいと自分の腰の辺りを見てみろよ。そうすりゃ分かる」

 

ウェーザーの言う事に従い、俺は自分の腰付近を見てみるが、いつもと大して変わっている所はない。強いて言うのなら、静謐ちゃんがいつも通り引っ付いているくらいだ。

 

「特に何もないじゃねえか」

「...そうか。お前にとって、それはもう日常の1部なんだな...」

 

諦めた様な遠い目をしながらそう言うウェーザー。...俺だってこの状況が普通じゃない事くらいわかってますぅ。ただ意識したら負けかなって思っただけですぅ。

 

「というか、エミヤはさっきから何の飾り付けをしてるの?」

「ああ、これか。“ノーネーム”の子供達に与えようと思ってね。材料は余っていたし、それで作ったのだよ」

「そういう所がオカンと呼ばれる所以だよな...」

 

俺も母親から貰ってたわ、チョコ。

 

「という訳で少し出てくる。ああ、マスター達の分もあるから安心したまえ」

「男に貰って何が嬉しいんだよ...」

「全くだな」

 

ハハハと笑うウェーザーだが、実際男に貰っても嬉しくは無い。いや、エミヤのは(数日前にカカオを買っていたのでおそらくガチの)手作りチョコなので相当美味いのだろうが、そういう問題ではないのだ。やはり女の子からのチョコが欲しいと思ってしまう。

 

「...マスターはチョコが欲しいのですか?」

 

今までほぼ無言で引っ付いていた静謐ちゃんが俺にそんなことを聞いてきた。

 

「欲しい。凄く欲しい。あ、でも女の子からに限る」

「そうなんですか」

 

静謐ちゃんはそう言うと、スッと立ち上がって俺から離れる。お、これはまさか...?

 

「...チョコ、作ってきます。夕方には戻ってくるので、少々お待ちください」

「よっしゃキタぁぁあああ!!」

 

叫ぶ俺に背を向け、部屋から出て行く静謐ちゃん。これはキタ!爆発しろとか言ってごめんねリア充の皆!

 

「良かったじゃねえかマスター。俺はお前が本当に街のリア充共を焦がしに行くんじゃないかと思ってたんだが、杞憂に終わりそうで良かったぜ」

「ああ。静謐ちゃんがいなければ、この街のリア充に明日は無かったな」

 

ハッハッハ、と笑い合う俺とウェーザー。いや、正直さっきまでマジでリア充抹殺に行こうかと思ってた。

 

人生初の女子からのチョコを心底楽しみに待つ事に決めた俺は、特に何をするでも無く、ソファに腰を深く沈める。ここ数日、異世界への入り口は調整中だとかで使えなくなっているので、どこかの世界に遊びに行く事も出来ない。

暇だなー、などと思いながら、暖かな陽射しを全身で感じつつ、暫しの微睡みに興じようかと思ったその瞬間。

 

「来るなぁあああ!!!!」

 

絶叫と共に我らがロリッ子、ペストが慌てた様子で大広間へと駆け込んできた。

なんだなんだと、俺とウェーザーが呆気に取られていると、ペストに続いてラッテンも大広間へとやって来た。その手にはハート型のチョコを持ち、その顔はやや上気している。あと目が怖い。

 

「そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか。さあペストちゃん?このチョコを、一口でいいから食べて?ね?」

「絶っっ対嫌よ!!私見たんだからね!?貴女がそのチョコに怪し気な液体を注ぎ込んでる所!それ絶対危ないヤツでしょ!?」

「そんなことないですよぉ。ただちょっとアレになるだけで...」

「アレって何よアレって!余計に怖くなったじゃない!」

「まあまあ。とりあえず食べてみない?」

「だから嫌だって言ってるでしょ!?」

 

ギャーギャーと言い合う2人を遠巻きに見ていると、ウェーザーは何かしらの危険を察知したのだろうか。音もなくこの部屋から立ち去っていった。斯く言う俺の直感も、早くここから離れろと告げているので、そーっとこの場を離れようとしたのだが――

 

「あ、マスター!ちょっと助けなさいよ!貴方私のマスターでしょ!?なら私を助けてよ!!」

「...見つかった(『逃走中』風)」

「露骨に嫌そうな顔された!?」

 

ペストが俺の表情に不満を持ったのか、それともショックを受けたのかは知らないが、とりあえず助けを求められたので助けるとしよう。...めんどい。

 

「あー、ラッテン?そのチョコは一体?」

 

ペストとラッテンの間に割り込み、ペストを背中に隠しつつラッテンにそう問い掛ける。

 

「これですか?ただのチョコですよ。ほら、今日ってバレンタインじゃないですか」

「だからさっきチョコに入れてた液体は何なのって聞いてるのよ!」

「あれはですね。蔵から見つけてきた薬剤をチョチョイっと調合して作ったホr...栄養剤ですよ」

「今完全にホレ薬って言いかけたでしょ!?言いかけたわよね!?」

 

そんなことないですよぉ、と言い張るラッテンだが説得力は皆無に等しい。

実はこのお姉さん、“ファミリア”に来てから百合に目覚めてしまったのである。原因は定かでは無いが、まあ恐らくペスト絡みだろう。

 

「マスター。ペストちゃんをこちらに渡してもらえます?」

「ダメよマスター、絶対ダメ!」

「まあ今回俺は先にペストから助けを求められたし、ペストは渡さない方向で」

「さすが私のマスターね!恩に着るわ!」

 

パァっと表情を明るくしたペスト。確かにこの表情は愛らしいと思うけど、それ見て鼻血出すとか止めようねラッテン。

 

「くっ、なかなかの威力でした。思わず失神するかと...。それはそうと、マスター。取り引きをしませんか?」

「取り引き?」

 

そう言って、ラッテンは自身の持つその立派な渓谷から1つの箱を取り出した。

...ちょっと待て。どうやったら胸の谷間にあんな箱が入るんだ?巨乳の谷間は四次元に繋がっているという噂は本当だとでも言うのか!?

 

「マスターにコレを差し上げましょう。私の手作りチョコですよ?」

 

ニコッと笑いながらそれを渡してくるラッテン。がしかし――

 

「ふん、あまり俺を見くびるなよ。確かにそのチョコは魅力的ではあるが、賄賂を渡されて仲間を売るほど、俺は腐っちゃいない」

「そうですか。...じゃあ私のアーン付きでどうです?」

「......ペストは渡せないな」

「ちょっとマスター?今の間は何?ねえねえ、今の間は何なの?」

 

正直クラっと来ました。ラッテンだって立派な美女なんだ。そんな美女のアーンとか体験してみたいと思うのが健全な男子ってものだろう?

 

「んー...。じゃあ、それに加えて私から色々とサービスも付けましょう」

「...詳しく」

「マスター!?」

 

ペストが何やら悲痛な叫びを上げて俺の裾を引っ張って来るが、今はそれどころではない。

 

「そうですねぇ...。例えば、口移しとか、私の胸でチョコを挟んで食べさせる、とかですかね?他にも要望があれば言ってくれていいですよ?マスターなら許します」

「...なあペスト」

「な、何よ...」

 

俺は穏やかな顔でペストを見つめ、そして口を開く。

 

「別に貞操失うわけでも無いんだし、少しラッテンに付き合ってあげたら?」

「このエロガッパっ!」

「なにおぅ!?男子なら須らく、美女とイチャイチャしたいと願うものだろう!?健全な男子として当然の行動だと思うのだがどうだろう!?」

「そんな美女だなんて...。少々照れますね」

「そ、そんなに大きいのがいいわけ!?あんなのただの飾りじゃない!脂肪の塊よ、か・た・ま・り!」

「そうじゃねぇ。大きいとか小さいとかの問題じゃなく、相手が可愛いかどうかが今の問題点なんだ!」

「くっ...この面喰い!」

「違う、違う違う違う違う!確かに顔も人の魅力の1つ、いや、8割はそれで決まるのだろう。だがしかし、そこに内面も揃っていなければ、それは俺の求める美女美少女では無いッ!」

「なんの話!?」

 

結局俺まで巻き込んで騒ぎを大きくし、それは騒ぎに気付いたヴォルグさんが止めに入るまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ奏者よ。余の至高のチョコをしかと味わうが良い!」

 

ヴォルグさんに騒ぎを治めてもらい、ラッテンを説得して普通のチョコをペストに渡させた後、俺は皇帝陛下に拉致された。いやまあ、抵抗しようと思えば出来たのだが、逃げようとしたら泣きそうな顔をされたので、俺に逃げるという選択肢は無くなったのだ。

そして手渡されたのはハート型のホワイトチョコレート。その周りにはブーケっぽいチョコで出来た華々が添えられている。

 

「うむ、余の手作りだぞ。結婚式はまだ先だが、甘いブーケを受け取るが良い!」

「じゃあ、頂きます。......あ、美味い」

「フフン。そうであろう、そうであろう!何せこの余が作ったのだからなッ!あ、愛情もたくさん注いだのだぞ...?」

「何それ超嬉しい」

 

もにょる嫁王かわいい(確信)

と、ネロが何かを思い出したかのように、1つの箱と手紙を持ってきた。

 

「そう言えば、奏者宛に何処からかこんな物が届いていたぞ」

「箱と...手紙?一体だr...」

 

差出人の名前を見て、俺は言いようの無い恐怖に襲われた。なんで、なんで此処にあの人からの届け物が...ッ!?

 

「ん?どうかしたのか、奏者よ?...なんと」

 

そう言って差出人の名を覗き見たネロも言葉を失う。いやだって、そんなハズは無い。今あの人のいる世界とこの箱庭は繋がっていないハズなんだ...。なのに、なのに...ッ!

 

 

 

『貴方様の清姫より♥』

 

 

 

なんで彼女から届け物が...ッ!

どうやったんだ!?一体、どうやって箱庭に物を送り届けてきたんだ!?分からない。何も、何も分からない!ただ、これだけは言える...。

 

「きよひーマジパネェ」

 

恐る恐る手紙を開封し、中身を読む。

 

 

『春寒の侯、旦那様は如何お過ごしでしょうか?

 

お久しぶりです、貴方様の清姫でございます。

 

 

〜中略〜

 

 

旦那様の周りに私以外の女の気配を感じる今日この頃でございますが、浮気はダメですよ?燃やしてしまいます♥ かしこ』

 

 

読み終えた瞬間、ゾワッと寒気がした。これは...殺気!?何、時空とか次元とか超えての殺気!?何それ怖い!

ちなみに箱の中身は10分の1スケール清姫チョコレート像だった...。食いづらッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、凌太君。チョコを渡しに来てあげたわよ。ありがたく頭を垂れなさい」

「何故そんなに上から目線なのか、説明を要求させてもらおうか」

 

インターホンが鳴ったので出てみると、そこには“ノーネーム”所属の久遠飛鳥、春日部耀、黒ウサギの3人が居た。

 

「ごめんね。飛鳥、今ちょっと虫の居所が悪いみたいで...」

「昨日、結構な自信作の手作りチョコを作ったのですけれど、エミヤさんが持って来て下さったチョコがあまりにも美味しかった為、それが飛鳥さんの琴線に触れたのでございましょう」

「ああ...なるほど」

「別に!私のだって負けてないから!本当だから!」

 

必死の形相で包装された袋からチョコを取り出して差し出してくる久遠。これは、今ここでエミヤのものと比べてみろ、という事なのだろうか?

いやでも、俺まだエミヤのチョコ食ってないしなぁ。

と、少し思い悩んでいると、何を勘違いしたのか久遠が顔を真っ赤にして目には薄らと涙らしきものを浮かべてしまっている。

 

「あー。凌太が女の子を泣かせたー」

「オイ人聞きの悪い事を言うな」

「べ、別に泣いてないわよッ!それにしても、ああそうですかッ!あの赤い執事のチョコを食べた後じゃ、私のチョコなんて手をつけるまでも無いってことね!?」

「いやそういう訳じゃないんだが...。ありがたく、頂かせてもらいます」

 

そう言って、差し出されていたチョコを一気に口内に放り込み、5,6回程咀嚼してから飲み込む。

 

「ああ、普通に美味いぞ。よく出来てるじゃないか」

「ふ、普通!?普通ってどういう事かしら凌太君?」

「お前マジめんどくさいな。美味しいよ、めっちゃ美味しいから」

「あの赤い執事とどっちが美味しい!?」

「エミヤの方はまだ食ってないから分からないけど、多分エミヤだろうな。だってアイツ、カカオ豆すり潰す所から作ってるんだぜ?そんな本格的にも程があるようなモンに勝てるのは、同じく本格的過ぎるモンだけだろうさ」

「くっ...。確かに、そんな手間暇は掛けていないわね...」

 

確かな敗北感を感じ、ガクッと項垂れる久遠。いや、久遠のチョコも十分美味しかったから元気出せって。

 

「元気出して、飛鳥。あ、これ私からのバレンタインチョコ。一応、手作り」

「お、サンキュー」

「お返し、期待してる、すごく」

「おう、任せとけ」

 

久遠を励ましながらチョコを渡してきた春日部。まあ何だかんだ言って女子からチョコが貰えると言うのは嬉しい。例えそれが義理チョコだとしても、だ。

 

「それでは最後は黒ウサギですね。どうぞ、凌太さん」

「まさか黒ウサギまでチョコをくれるとはな。少し予想外だった。まあ、ありがたく頂くよ。ありがとう」

 

そう言って黒ウサギからもチョコを受け取る。すると黒ウサギが不思議そうに問い掛けてきた。

 

「どうして黒ウサギからのチョコは予想外なのでございましょう?」

「いや、てっきり黒ウサギはもう十六夜のものになっているのかと思ってたから」

「な、なな、ななななな何を仰っているのでございますか!?」

「ふむ、その動揺の仕方。これは黒ですな?そこんとこどんな感じよ、春日部さん」

「まだ一線は越えてない感じ、かな?でもそれも時間の問題だと思うよ、凌太さん」

「ほほう?」

 

ニヤニヤと、口元を手で隠しながら春日部と共に黒ウサギを見る。

 

「十六夜の奴、意外と奥手だったのか。ここはいっそ黒ウサギの方から夜這いをだな」

「何を言い出すのですかこのお馬鹿様!」

 

スパァァン!と軽快な音が響く。もはや黒ウサギの御家芸と化したハリセンツッコミが俺に炸裂したのだ。

ふと思ったんだけど、ハリセンで叩かれるツッコミとかなかなか経験出来ない事だよね。

 

 

30分程すると、久遠が多少は立ち直った為、“ノーネーム”連中は自陣へと帰っていった。

春日部の話によると、黒ウサギは十六夜用に手の込んだチョコを用意しているらしいので、今後の2人の進展が楽しみだ。主に黒ウサギをからかう材料として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方。

待ちに待った静謐ちゃんからのチョコ贈呈の時間帯になったのだが、静謐ちゃんが帰ってくる気配が一向に無い。

ここは箱庭だ。いつもなら「静謐ちゃんは英霊なんだし、大丈夫でしょ」と思うところなのだが、今回はそうも言っていられない。この世界には十六夜然り、白夜叉然り、爺さん然り、俺然りと、その他にも英雄を軽く超える力を持つ化け物達が跋扈している、謂わば魔境なのだ。心配でないはずがない。何より、“ファミリア”は主に爺さんのせいで魔王にまで睨まれているのだ。普段なら何の問題もなく撃退出来るのだが、静謐ちゃんが1人の所を狙われるとさすがにキツイ。

 

「マスター、少しは落ち着いたらどうかね。静謐も世界に認められた英霊の1人だ。そう簡単には倒されないさ」

「それ、箱庭には俺レベル、もしくは俺以上が蔓延ってるって知ってて言ってる?」

「...すまない」

 

エミヤが顔を逸らして謝罪を入れる。うむ、分かれば宜しい。

...いやそうじゃなかった。今は静謐ちゃんの安否だ。リンクは切れていないから、まだ現界しているのは確実だが、安全な状況であるのかどうかは分からない。仮に拉致監禁されていたとしても、ここからでは把握できないのだ。

もうそろそろ捜索を開始しようかと真剣に考え始めたその時、静謐ちゃんが敷地の門を潜っているのが見えた。

 

「ふむ、帰ってきたようだぞ。出迎えてやったらどうだ、マスター?」

「言われなくても」

 

そう言って俺は屋敷を飛び出し、こちらに歩いて来ている静謐ちゃんの方へと駆ける。どことなく元気が無いように見えるのは気の所為ではないだろう。何かあったのだろうか。

 

「おかえり。大分遅かったけど、何かあった?」

「あ、マスター。ただ今戻りました。それで...その...」

 

そう言って静謐ちゃんの目線が手に持っていた袋と俺を交互に行き来する。その目には明らかな不安の色が。なんだ?料理に失敗でもしたのか?

 

「あの、チョコを作ってみたんですけど...。その、全て毒になってしまって...」

「毒」

「どうしても作る過程で食材に触れてしまうので...。一応見映えが良い物を包装してはみたのですが、これは普段の毒素とは比べ物になりません...。肌の接触の20倍、粘膜接触の6倍はあるかと...。人はおろか、英霊ですらも確実に死に至るでしょう...。対毒スキル持ちなら、或いは...、でも......」

 

なるほど。それで渡すかどうかを悩んでいた、と。いくら俺が対毒スキル的なモノを持っていようと、体内に取り込んでしまったらどうなるか分からないという事だろう。ましてやいつもの6~20倍ともなると確かに躊躇してしまうかもしれない。

 

「なあ、それちょっと貸してみ?」

「...このチョコを、ですか?」

「そそ」

 

静謐ちゃんからチョコを受け取り、中身を全部口に放り込む。

 

「ま、マスター...?」

 

何をしているんだとでも言いたげな様子で俺の方を見てくる静謐ちゃん。そんな目線を気にせずに、俺はモグモグとチョコを咀嚼していく。

正直俺にもどうなるか分からないが、死んだ時は死んだ時。その時に考えればいい、とまでは言わないが、ここで食わなければ男じゃ無いと思ったのだ。

何度か咀嚼を繰り返し、そして纏めて飲み込む。全て飲み込むと、不安そうにこちらを見てくる静謐ちゃんを見据えグッと親指を立てて笑ってみせる。

 

「うん、美味い。確かに少し胃がピリピリするけど、それでも美味いよ」

 

近付いて頭を撫でてやると、静謐ちゃんはいつもの様に目を細める。ただいつもと違うのは、そこに少なくない安堵の感情が含まれていることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バレンタインとは、数多くの想いが交差する年に一度のイベントである。そこにあるのがプラスの感情か、はたまたマイナスの感情なのかは人それぞれであるが、それでも確かに、そこには想いというものが存在している。

人は、そういう感情無しには生存し得ない。人から感情を抜いてしまえば、それはただの人形と成り下がる。それではあまりにもつまらない。

 

 

 

まあつまり何が言いたいのかと言うと――

 

「バレンタインってのも、捨てたもんじゃねえな」

 

そう呟いて、俺は静謐ちゃんと共に屋敷へ戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴォルグも少しは出てたのに、ワシの出番だけ無かった...」

「「「「あっ」」」」

 

 

 

 


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