「『雨入ちゃんは私が何とかするので』ですか。椿咲副隊長、それは本気で言っているのですか?」
「雨入ちゃんは私が嘘で言っているように見えるんだ」
「…なるほど。確かに嘘ではなさそうですね。私にとってみれば誰が何を言おうと勝手ではありますが、私を倒せるなんて思われるのは心外です」
雨入は切先を椿咲に向けるように斬魄刀を構えた
「言っておきますが、あなたでは私に勝てませんよ」
「そんなのやってみないと分からないよ?”卍解”『
「”卍解”をしても無駄です。私の”御触書”の前では何人も…」
その瞬間雨入の目に映る椿咲の姿がノイズが走ったように歪んだように見えた
(今のは一体…)
「…どうしたの?私をそんなに見つめて」
「何でもありません。そんなことよりもやるなら早くしましょう。何せ私は、あなたをさっさと倒して雨明を助けに行かないといけないんですから」
「…へぇ、私をさっさと倒すねぇ…」
椿咲は不愉快そうに眉を細めた
「まずは厄介なあなたの卍解を封じましょうか…」
その瞬間雨入は何者かの気配を背後に感じ取り飛び退いた
「…バカな」
自身のいた場所を見た雨入がただ一言呟いた。何者かの気配を感じ飛び退いた雨入だったがそこには誰もいなかった
(私が読み間違えた…?)
「さっきからどうしたの?急に飛び退いたり、ぼーっとしたりして、そんなに落ち着きがないなら――――――――」
”―――――――――――死ぬよ・・・?”
それは一瞬の出来事だった。雨入の眼にはコンマ一秒前まで自身の数メートル前に立っていたはずの椿咲が瞬歩を使ったわけでもなく急に背後に現れたように見えていた
「はぁ…はぁ…」
「へぇ…今のを躱すんだ…」
完璧に不意を突かれた形だったが、雨入は二の腕に切り傷を負いながらも椿咲の斬撃を避けていた
「さすがに白さんに勝っただけはあるよ。だけどショックだなぁ…今のは上手くいったと思ったのに…」
「今のは…幻覚…?」
「…まあ、五番隊に属していたんだから私の斬魄刀の能力を知っていてもおかしくない話だよね」
「当然知っていますよ。故に解せません。あなたの斬魄刀は”相手に幻覚を見せる能力”のはずです。幻覚とはありもしない出来事を見てしまう事を意味します。ありもしない出来事、すなわち実体のない存在が私に傷をつけることは不可能なはずです。一体どんな小細工をしたのですか?」
「それくらい自分で考えなよ。それに今や”敵”になった雨入ちゃんに教えるわけないじゃない。まあ、言うなら気を抜かないことだね」
「…確かめるしかないですか”縛道の五十六”『雷鳴光』」
「ただの目暗ましかな…」
落雷による光が収まった時も雨入は変わらずその場に立っていた
「……」
その行為は椿咲に警戒させるには十分だった
(わざわざ『雷鳴光』を使ってまで姿を隠そうとしたのにその場に留まるのは私を誘っているとしか考えられない…仕方ない、念のためまたあれで攻撃しよう)
椿咲は一瞬にして雨入の背後に立っていた。雨入はそれを予想しており振り向きざまに刀を横一閃に振り抜いたが、椿咲はすでに雨入の頭上におりそのまま刀を雨入の脳天から突き刺した。
「…なるほど。そういうことだったんですね」
そう一言言うと雨入は陽炎のように歪み始め消えてしまった
「…そうか。だからこその『雷鳴光』ってわけね…」
雨入が呟いた一言で椿咲は雨入の一連の奇妙な行動の目的を察した様子だった。一方の雨入は椿咲から離れた場所に陽炎の如く姿を現した
「ええ、おかげでカラクリが見えましたよ。一言で言ってしまえば、”実体のある幻覚”ですよね、それ」
「…つい最近完成させたのに、もう見抜かれちゃった」
そう言うと椿咲は雨入に見せつけるように二人目の幻覚を作り出して見せた
「見抜かれちゃたものは仕方ない。教えてあげるよ。これが私が新しく完成させたの技の一つ”有幻影”」
「有幻影…?」
「限りなく本物に近い幻覚ってことだよ。現世だとドッペルゲンガーって呼ばれているかな。この有幻影の最大の特徴は普通の幻覚と違って相手に触れることができるんだ―――」
「―――そして私が卍解を使っている間は―――」
「―――どこにでも出現させたり消したりすることが出来るんだよ」
雨入の周りには何人もの椿咲が現れたり消えたりを繰り返していた
「…改めて思いますが、反則みたいな能力ですね」
「他人の能力を無効化出来る子がよく言うよ。ところでさなんで私の”有幻影”を封じようとしないの?」
椿咲はその言葉を口にした瞬間雨入の眉がピクッと動いたのを見逃さなかった
「…封じようと思えばいつでも”御触書”で封じることは出来ますよ。ですが、せっかくなら本気のあなたを打倒したいと思いまして」
「へぇ…」
その瞬間雨入の身体に地面から飛び出てきた鎖が巻き付いた。それは椿咲の”有幻影”を一目見て違和感を感じるほど勘が鋭い雨入にしてみれば避けるのは簡単と言える程度のものだった
「ッ!!」
「その割には動揺しているね。こんな簡単に捕まっちゃうなんてさっきまでの雨入ちゃんとは大違いだよ」
「こんなものすぐに解除できる…!!」
椿咲は深く息を吸い込み、そして吐き、集中するように目を閉じて一言一句をはっきりと言うように詠唱をし始めた
「……”滲みだす混濁の紋章 不遜なる狂気の器――――――――――
「ッ!!くっ…!!こんなもの…!!」
椿咲が鬼道の詠唱をし始めたことを察した雨入は何とか逃れようともがき始めた
―――――――結合せよ 反発せよ 地に満ち己の無力を知れ」
椿咲は詠唱を終えるとゆっくりと目を開けた。目の前には抜け出せずにいる雨入の姿があった
「”破道の九十”『黒棺』」
椿咲は腕を前に伸ばしただ一言呟いた。その瞬間、雨入を囲うように足元から漆黒の直方体が出現し始めた。それは雨入の囲い込んだ後、一秒も持たずにヒビが入り崩壊してしまった
「はぁ…はぁ…」
椿咲が放った『黒棺』は威力にしてみれば微々たるものだったが、通常の威力ならば致命傷は避けられなかった事実と恐怖が雨入の脳裏にトラウマを植え付けた
「…やっぱり九十番台の鬼道は完全詠唱してもまだ威力が維持できないや。あれ、どうしたの?すごい汗だよ?」
「な、なんでもないっ!!」
雨入は動揺と焦りから無策の状態で椿咲に真正面から攻撃を仕掛けた。当然それは隙だらけの攻撃であり愚行とも言える行為だった
「余程鬼道での攻撃が堪えたみたいだね。さっきまであった精練された動きがなくなってるよ!!」
椿咲には雨入の攻撃を躱しながら会話をしている余裕さえある様子だった
「ぐっ…!!うるさいうるさいうるさいうるさい!!」
雨入の攻撃を余裕を持って躱していた椿咲だったが、水面に着地した際に足を滑らせる隙を作り出してしまった
「しまっ――――」
「もらった!!」
雨入は刀を椿咲の腹部に突き刺した。しかし椿咲はダメージを負った様子はなく笑っていた
「言ったじゃないの。『卍解を使っている間はどこにでも出現させたり消したりできる』ってね」
「ッ!!」
目の前にいる椿咲が笑みを浮かべながら消えると同時に雨入の背後に刀を構えた椿咲が現れた
「さあ、どこから偽物だったでしょう?」
「そんなの…関係ない…!!」
雨入は椿咲に斬り捨てられる覚悟で振り向きざまに椿咲を斬ろうとした。しかしその刹那椿咲の身体が自身をすり抜けたことで幻覚であると気付いた
「残念だけど、私は有幻影ですらないただの幻覚だよ。本物はあっち」
指さす方向へ目を向けると椿咲が手を振ってこっちを見ていた
「私を愚弄して…!!」
頭に血が昇っていた雨入だったが、深呼吸をし冷静さを取り戻した
「…私があなたを倒せなくてもいいんですよ。雨明と狐蝶寺さんが雷山隊長を倒せばそれで私たちの勝ちに…」
「……?」
椿咲は解せなかった。雨入が雨明と狐蝶寺の二人を見た瞬間に驚愕の表情を浮かべそのまま固まってしまったためである
「雨明…!?まさか…!!」
雨明がやろうとしていることを察した雨入は自身でも驚くほどの速度で二人の元へ急いだ
「雨明!!それを使ったら狐蝶寺さんが狐蝶寺さんじゃなくなっちゃう!!」
雨入は雷山と雨明の間に割って入った
「邪魔をしないで!!」
雨明は止めに入った雨入を振り払った
「きゃっ!!」
「大丈夫だよ姉さん。狐蝶寺隊長は僕と共に生きていくのだから…」
「かはっ!!」
次の瞬間、雨明は狐蝶寺の身体を斬魄刀で貫いた
「
その瞬間雨明と狐蝶寺の身体を凄まじい光が包み込んだ
雨明がやろうとしていることを防げなかった悔しさと怒りから雷山は叫んだ
「雨明ぇぇぇぇぇぇ!!」
椿咲南美の持つ斬魄刀:『月華(げっか)』
解放をしても斬魄刀は変化せず未解放状態のままの形状となる。また、解放と同時に「天相従臨」が発動し辺りを一切曇る事のない満月の夜に一変させる。その月明りを用いて相手に幻覚を見せる能力を持つが
『自身より霊圧、実力共に上の者には一切通用しない』
『あくまで姿のみを別人に見せるため霊圧を正確に読める者には通用しない場合がある』
という2つのデメリットがある(姿を見えなくすると言うことは始解状態でも使うことが出来る)。解号は”
【卍解】の名は『陽華幻想月(ようかげんそうが)』
卍解をしても斬魄刀の形状が変化することがないが、始解時に強制的に満月の夜にする「天相従臨」を椿咲の加減で太陽が真上に昇る昼と満月の夜のどちらかを決めることが出来るようになり、夜なら”月明り”昼なら”陽炎”で相手に幻覚を見せる能力を持つ。また、卍解発動後は始解状態における2つのデメリットの内
『自身より霊圧、実力共に上の者には一切通用しない』
のデメリットがなくなる。しかし残るもう一つのデメリットだけは払拭することが出来ない。このデメリットの事は護廷十三隊総隊長・山本元柳斎重國すら知らず椿咲自身を除くと雷山、銀華零、狐蝶寺の3人しか知らない。
残像幻影(ざんぞうげんえい):卍解の弱点である『霊圧を正確に読める者には通用しない』を逆手に取った技。自身の霊圧と殺気を相手の背後に作り出し本体を幻覚と認識させると同時に相手の隙を作る技
有幻影(ゆうげんえい):実体を持つ幻覚を作り出す技。この幻覚は本体とあらゆる感覚や傷の有無が連動する代わりに、ただの幻覚では成すことの出来ない相手に直に触れることが出来るようになるのが最大の特徴