新世紀エヴァンゲリオン リナレイさん、本編にIN 作:植村朗
――――NERV本部・第6ケージ――――
『零号機の眼が断続的に発光している』とのことである。
エネルギー反応は微弱。
無人のエヴァが活動している以上、これも『暴走』には違いないだろうが、拘束具を引きちぎるような無茶をする様子はなく……
だが、真っ赤な単眼は、瞬間的なフラッシュと、一定の長さの点灯を繰り返していた。
それが、MAGIが解析した
――――本部・発令所――――
「外部、あるいは使徒からの干渉の可能性は?
もし加持が悪質なイタズラでも仕込んでるなら、アイツの眉間に風穴を開けてやるわ」
ケージから送られてきた映像を確認。
指でL字を作って銃を模したミサトに対し、リツコは首を振った。
「リョウちゃんの動きが読めないのは今に始まった事ではないけれど……考えにくいわね。
それにいくら彼でも、情報科学のエキスパートである青葉くんの裏をやすやすと掻けるとは思えない。
あの影の使徒が、前回のナノマシン型使徒のようなハッキング能力を持っていない事も判明済みよ。
間違いなくメッセージ発信源は零号機。しかし鵜呑みにするのは危険だわ」
「かといって、技術部発案のプランAだって、犠牲が大きすぎるでしょうが」
エントリープラグ未挿入のエヴァから
しかし
MAGIの試算によると、影の使徒が作った虚数空間を破壊するには、現存する
それも、零号機と弐号機がA.T.フィールドで1/1000秒だけ干渉し、威力と範囲を収束させる必要がある、というおまけ付きである。
空間に閉じ込められた初号機とレイは言わずもがな、残る二機のエヴァも無事では済まないし、爆心地となった第3新東京市も焦土と化すだろう。
こんな馬鹿げた案を実行させる訳にはいかない……再び思案を巡らせ、ミサトは口を開いた。
「シンジくんは先の互換実験で、暴走が起こるまでは初号機以上のシンクロを叩き出していた……
今回、零号機が彼を名指しで呼んだことには、必ず意味があるわ。
彼が零号機を……A.T.フィールドを
「そうね、ディラックの海の特性を考えれば、NN兵器による物理的手段よりは有効なアプローチになりえる。
……けれど、あれは第四使徒から取り込んだ力よ。この状況で、更に使徒の因子が関わるのは危険だわ。
第一、シンジくんを零号機に乗せるというのはどういう事か……貴女も解っているはずよ、葛城三佐」
「この期に及んで、安全策なんてありゃしないわよ。
火中の栗を拾わなければ餓え死にするレベルまで来てるんだから、私達は」
内向きのA.T.フィールドで支えられたディラックの海にも干渉できるかもしれない。
だが、第十二使徒と
これを刺激にサードインパクトを誘発しかねない事……
そして、以前起こった相互互換テストにおけるエヴァ零号機の暴走を鑑みて、リツコは難色を示した。
「赤木博士、構わん。サードチルドレン……シンジを、零号機で出撃させろ」
「碇司令、よろしいのですか?」
「我々が手を
サードインパクトを座して待つよりは、使える手札を切るべきだろう。
……葛城三佐、頼む」
「はい」
司令席から二人へと降る、最高司令官の声。
ミサトは敬礼と共に短く答えてシンジ達へ連絡を取り、リツコも少々躊躇ったものの結局は頷いて部下達への指示に走り出す。
にわかに動き出す発令所の中、冬月だけがゲンドウの傍らで佇んでいた。
「お前が彼女との再会を一番望んでいたのは、私もよく知っている。
待ち焦がれた姿だろうが……『あれ』はユイくん自身ではない」
「解っています、冬月先生。
しかしアダムがあの姿を取った以上、初号機となんらかの干渉を行ったのでしょう。
そこにユイの意思を感じずには、いられないのです」
「希望的観測だな。だが、そう信じたくなるのは解る。
ユイくんの遺した
サングラスの脇から覗くゲンドウの眼を見て、変わったな、と冬月は思う。
セカンドインパクト前、初対面時のゲンドウは、チンピラ同然の嫌な眼をした男だった。
愛する妻、ユイを失ってからのゲンドウの眼は、狂気と危うさを秘めていた。
いまだ威圧的な三白眼で、決して良いとは言えない目つきではあったが……
憑きものが落ちたかの如き、静かな光をたたえた眼は、長い付き合いの冬月ですら初めて見るものだった。
――――虚数空間・『ディラックの海』内部――――
「あ、あれ?」
レイは一人、非常灯に照らされた薄暗い初号機エントリープラグ内にいる事に気づいた。
己を囲む球形の空間が、急激に狭まっていったところまでは覚えている。
潰される、と思った瞬間に意識が途切れて、
状況を確認する。
座席の後ろに表示された運転モードは『ドライブB』。
稼働電力を極力抑え、パイロットの生命維持を重視する状態だ。
周囲のモニターは真っ白で、レーダーにもソナーにも反応がない。
今いる空間が広すぎるのだろう。
初号機を取り込んだアダムすらもいなかった。
おまけに外は宇宙空間と同じ真空状態。空気も熱もない。
スペースシャトル以上の装甲を持つエヴァと、
「やっべぇ、ほぼ詰みじゃんコレ。あーのお目目グルグルちゃんめ。
お邪魔虫のあたしを追い出して、アダムさんと
先程まで精神世界でドツキ合いを交わしていた自分と同じ姿の少女使徒に、レイは毒づいた。
背部の非常用バッテリーはまだあるが外部との接触が断たれている以上、闇雲に動けば内部電源を加味しても10分もせずにエネルギー切れを起こす。
生命維持モードのままなら、あと半日は持つだろうが……その後は。
「生命維持。逆に言えば、なかなか死ねないって事だよね。
タイムアップになったら、血の匂いに澱んだ冷たい水の中で、ジワジワ死んでくのか……
ヤだな、最期まで苦しんだ酷い顔なんて、碇くんに見せたくないよ」
泣き叫んだりはせず、冷静なまま。
レイは生存が絶望的な現状を理解してしまう。
痛いのも苦しいのも嫌だ、という思いはある。
だが『自分の死そのもの』よりも、『自分の死に様』の方を心配するあたり、どこか恐怖が希薄だった。
自分が『創られた命』だからか。『死んでも代わりがいるから』か。
しかしまったく恐怖を感じない……というわけではない。
世界がサードインパクトで滅びるよりも、シンジの温もりを失う方が怖かった。
「アスカっちは『そんなの、ただの依存!』って怒ってたよね……ハハ、否定できないや。
いつからだっけ……碇くんが、あたしの心の拠り所になったのって」
第五使徒戦で加粒子砲からレイを庇ったシンジが死にかけて、大泣きして縋りついた時か。
IDカードを届けにきた彼と、戯れに身体を重ねた時か。
いや、もっと、ずっと前。
何故かは解らない。けれど、今は。
「碇くんに……甘えたいな……」
身体を体育座りのように丸め、目を閉じたレイは、そんな弱音を漏らした。
――――第3新東京市・地上――――
シンジが乗り込んだ零号機は、懸念されていた暴走をすることなく起動に成功。
今は使徒の作る影の範囲外、防壁ビルの屋上を足場に待機していた。
彼にとっては、零号機が使っていた未知の能力を解放する、初めてのミッションだ。
オペレーター達へは音声通信がしばし途絶えることを事前に伝え、深く深く、シンクロを行う。
(本当に来てくれたのね、イカリクン)
(君が呼んだんだろ)
脳裏に響く幼い声、零号機のコアに宿った『一人目の綾波レイ』に、シンジは淡と思考を返す。
(思ったよりも冷静なのね。吹っ切れたのかしら?)
(吹っ切れた? ……解らない。でも、少しずつ自分の心が見えてきた気がする。
僕が綾波さんに依存してるのも、でも同時に、大事だと思ってるのも事実だ。
それは僕だけじゃないって、アスカにも喝を入れられた。
上手くやれる自信なんてない。その覚悟もない。
けれど……綾波さんは、絶対に助けたい)
背部のサブカメラ……後方の防壁ビル屋上には弐号機が立っていた。
普段リーダーシップを取りたがるアスカが、今回は完全にバックアップに回っている。
力押しが効かない使徒だと解っているからか、それともレイとの関係を想って、あえてシンジに主導権を譲ったのか。
姿なき『一人目』の雰囲気に、驚きが混じった。
(そう……あの弐号機パイロットが……なら教えてあげる。
A.T.フィールドは、心の壁……そして、心の力なの。
もう一人の
あなたの望みを)
(僕の、望み……)
零号機は右手を大きく開き、左手で手首を握る。
背部のアンビリカル・ケーブルから供給される電力とはまったく異質のエネルギーが、掌に収束していく。
上空にあるゼブラの球体も、それを掲げる白い女巨人も眼中には入れない。
狙いは斜め下……『影』の中心。
「綾波さんを……」
紺色の空が白く塗り替えられていく。
いつしか、日の出の時刻が訪れていた。
「返せぇぇぇ!!」
少年は咆哮する。零号機の掌から放たれたまばゆい紅光が、全てを飲み込む闇に突き刺さった。
レリエルさんは前中後編に収まらなかったのでナンバリングに切り替え。
本作ではサキエルさん襲来時、初号機がシンジくんをかばうシーンがなかったため、プラグ未挿入のエヴァが動くのはこれが初めてです。
現存するNN爆弾が原作より一つ多いのは、第七使徒戦で足止めにNN爆弾を使わなかったことに由来します。