新世紀エヴァンゲリオン リナレイさん、本編にIN 作:植村朗
「ふぅーふふふっふ~ん♪ ふふふっふ~♪ ふふふっふぅ~ん♪」
互換テストの結果、エヴァンゲリオン初号機を問題なく操縦できると判断されたレイは、同機のエントリープラグの中で鼻歌を歌っていた。
直訳すれば「私を月に連れていって」という曲名を持つジャズのスタンダードナンバー。
だが現状、初号機は空のお月様とは逆方向……NERV本部を貫く
下へ下へと伸ばされる特殊鋼ワイヤーを片手に掴み、ワイヤー下部先端の
もう片手にはエヴァの身長……ちょっとしたビルの高さよりも長い、二又の赤い『槍』があった。
「ふんふーふふぅ~~♪ ふ~ふぅぅ~ふ~♪ ……よいしょぉっ!」
ドグマの底近く。レイの掛け声と共に、初号機は鐙を蹴る。
本来、愛を囁く歌詞でしっとりと締めくくられるはずの名曲は……
ドズゥゥンというドデカい着地音により、台無しになって終わった。
「背部バッテリーよーし! 各部動作、問題なーし! さーて参ろうか。
いつぞやの匍匐前進と違って、徒歩で行けるのが嬉しいわ」
レイは計器類と周囲を目視確認。一人軽口を叩きつつ、
エヴァは縦穴の底から横穴へ……照明が壁面に等間隔で配置された、車両用のトンネルのような通路を進む。
突き当りで、レイは操縦桿脇のコンソールを操作した。
碇ゲンドウ総司令から教えられた極秘の電波周波数とパスを入力する。
開閉装置の横にあるモニターの文字は、赤い
地下2008メートル。NERV本部最奥部、ターミナルドグマ。
巨大な赤い十字架に両掌を杭で打ち付けられ、
エヴァが手に持っている『ロンギヌスの槍』…
これでキリストの処刑を再現しろ、というのが
十字架を伝って、白い巨人の身体から流れ出ている液体はLCLだ。
エヴァの腰ほども深さがあるオレンジ色の池を、ザブザブと掻き分けていく。
近づけば解る、詳細な姿。
上半身だけのボディは真っ白で、体形的には恐らく男性。
頭髪はなく、紫色をした楕円の金属板…表面に逆三角形と七つの眼を象った奇妙な仮面をつけている。
腰から下は幾つものコブがより合わさったようになっていて、小さな人間の下半身らしきものが無数に、そして無造作に『生えて』いた。
「…第一使徒アダム。
セカンドインパクトを起こした
あたし個人は恨みはないけど…NERVにはセカンドインパクト世代のヒト達がいっぱいいらっしゃる訳で……」
レイは肺にLCLを吸い込んで瞳を閉じ、刺突の構えをイメージした。
エヴァ初号機はロンギヌスの槍を両手持ちに、狙いを定め……
「往生しなっせぇ――ッ!!」
カッ、と目を見開き、レイは気合一閃。
足を半身に開き、腰を落ち着け、腕に力を連動させ……アダムの胸を二又の切っ先で貫いた。
その瞬間、十字架に拘束されていた白い両手が、ヌルリと外れ……
杭で貫かれていたはずの掌には傷一つなく、まるで我が子を抱擁する親のように、初号機の背に回る。
「っ!? なに!? アダムって、休眠状態じゃないの!? って、
己の右手に走った痛みに、顔をしかめた。
エヴァではない。自分自身の手の甲が、
レイはこの感覚に覚えがあった。
エヴァの模擬体に、全裸で乗り込んだ時に起こった、あの事件。
ナノマシン型の第十一使徒…イロウルによる侵食である。
スーパーコンピューターMAGIに寄生した本体は技術部によって沈黙していたが、
NERV医療部の精密検査、技術部の検索能力すら掻い潜るほどに、巧妙に己を変化させながら……。
(チックショ、アダムが
零号機に取り込んだ第四使徒の因子どころじゃないじゃんっ!?
ヤッバいよコレ、あたし自身がサードインパクトのトリガーとか、洒落にならないっての!!)
歯を食いしばって痛みに耐えつつ、とにかくアダムを振りほどこうと、レイはレバーを前後させる。
だが初号機は完全にホールドされていて、
ふと、アダムから七眼の仮面が外れ、ガンッ、と鈍い音を立ててエヴァ初号機の頭を打ち、そのままバウンドしてLCLの海に飛沫を散らしながら沈んでいく。
「痛ったぁ!? 金ダライじゃないんだからさ! もーいい加減に……!?」
危機的状況に似合わない、前世紀のバラエティー番組のような攻撃(?)と、フィードバックダメージの痛みに、レイはアダムの素顔を睨みつけてやろうと視線を向け……そして、愕然とした。
白いノッペラボウが優しそうな女の顔に、輪郭もショートヘアのようなそれに変わっていく。
何より男性的だったアダムの上半身は、いつの間にか女性特有の丸みを帯びていた。
相互互換テストの最中、夢の中で見た女性……。
レイの赤眼から戦意が消え、何も解らぬまま溢れた涙が、LCLに溶けていく。
「マ……ママ……?」
無意識に呟くレイに、白い女巨人の姿をとったアダムは微笑んだ。