新世紀エヴァンゲリオン リナレイさん、本編にIN   作:植村朗

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64、リナレイさん、旧劇ラスト…からの夢オチにIN

(また、あの夢)

 

 

視界を満たすのは、崩れた廃墟の群れ。

子供が戯れにへし折った枝のごとく…無数の電柱が散乱していた。

 

 

赤く広がる海は、おそらくLCL。

夢であると解っているのに、なぜか血の匂いがはっきりと解る。

 

 

水平線の向こうには、縦に割られた()()の顔。

不気味な笑みを浮かべる『それ』にも、もはや慣れてしまった。

 

 

終末を思わせる、荒れ果てた世界。

なのに、薄雲の掛かった夜空だけは、やけに美しい。

 

 

出来すぎたプラネタリウムのような無数の星と、煌々とした満月。

街の灯りは全て死んでいるから、余計に明るく感じる。

 

 

しかし、今回はそれだけではない。

赤い波が寄せて返す砂浜に、男女の人影があった。

 

 

片や長い赤髪を砂に汚し、仰向けで横たわる虚ろな瞳の少女。

片や彼女に馬乗りになり、両手で首を絞める学生服の少年。

知っている。彼は、彼女は、自分の…

 

 

…彼?…彼の名前が思い出せない。

彼女?彼女の名前が思い出せない。

自分?自分の名前が思い出せない。

 

 

伸ばした手のひらが、見えない壁に遮られていた。

音もなく、痛みもなく、空中に波紋のような光が広がっていた。

 

 

(行けない。どうして?

そう、これはA.T.フィールド…

全てを拒絶する、心の壁… 

彼の心が…恐怖と、絶望が、伝わってくる…)

 

 

自分の手も声も、二人には届かない。

ただ、傍観するしかない。

 

 

それまで無抵抗だった少女の手が、ゆるゆると持ち上がり、少年の頬に触れる。

少女の首を絞めていた手から、力が抜けた。

 

 

光のない青い瞳は、彼を見ていない。何も見ていない。

身体は空を向いていても、星を見てすらいない。

 

 

少女の手が少年の頬から離れ、上げた時と同じ緩慢さで、再び白い砂に沈んだ。

 

 

ぽたり、ぽたり。少女の顔に落ちる、少年の涙。

ひくひくとしゃくりあげる、彼の嗚咽が波音に混じる。

少女は視線だけを少年に向け…掠れて消えそうな呟きを漏らした。

 

 

     (「きもちわるい」)

 

 

それっきり。少女はもはや動かず。

ただの()()と化した。

 

 

しばらく茫然としていた少年は、幽鬼めいてフラフラと立ち上がる。

 

 

「う…うぅっ…!っ…ひ、ぐぅっ…!

っく、くふ、は…はは……あはははははっ!!」

 

 

嗚咽は、だんだんと狂ったような笑い声へと変わっていき…赤い世界に響き渡る。

涙は流れゆくまま。なにもかもを諦めたように。

壊れかけた自分の心を守るために、彼は笑い続けた。

 

 

「はは、はははっ…。これが、僕が望んだ世界?

だって…だって僕は、どうすれば良かったんだ…?

ねぇ…なにか言ってよ…答えてよ……

()()ぃぃっ…!」

 

 

喉を搾るように吐き出された、その名前…

呼んでも、呼ばれても、誰も、何も、できなかった。

一切の救いが、その世界にはなかった…。

 

 

 

……

 

………

 

「相互互換テスト?」

「エヴァとパイロットを入れ替えて、データを取るってヤツね。

要はアンタが零号機に乗って、バカナミが初号機に乗るってことよ」

 

NERV本部、自販機コーナー。

シンジは壁に寄り掛かり、携帯のメールを確認していた。

アスカは飲み終えたコーヒー飲料のスチール缶をリサイクルボックスに放り込み、振り返ってはドヤ顔ひとつ。

 

「…ま、アタシの弐号機は正式量産型(プロダクションモデル)だから関係ないけどぉー?

せいぜい互換性のある()()同士で、仲良く機体交換してなさいな」

「はぁ…結局アスカは、自分のエヴァが僕達のよりも上だって自慢したいだけかぁ…」

「む、何よーつまんないヤツ…にしても、アイツ遅いわね」

「綾波さんは時々、目覚ましのアラームを付け忘れるんだよ。

保安部の人がいるから、遅刻することはないと思うけど…あ、噂をすれば」

 

二人がそんな事を言った先に、特徴のある蒼髪が走ってきた。

キキィ、と靴底と通路が擦れ合ってブレーキと化す音が響く。

 

話題の少女…綾波レイは、しばらくぜいぜいと息を整えていたが…

顔を上げるや赤い瞳を潤ませ、シンジとアスカを両手にガッシリと捕らえた。

 

良がっだぁぁぁ二人(ふだり)ども無事だっだぁぁうぁぅぁあ!

もうさ、碇くんってば、アスカっちの首を()()()()()()絞めてたじゃんっ?

ねぇ碇くん、ストレスとか溜まってない?この世の全てを恨んでたりしない!?

「ちょっ…!?恨んでないよ!どうしたのさ綾波さん!」

「あー、アスカっち生きてるぅ…あったかーい…」

「勝手に殺さないでよ…ギャグみたいなご登場の癖に、内容がブラックすぎて笑えないわね」

 

アスカは冷静になれたのは、シンジが慌てていたおかげか。

彼女は溜め息をついて、未だ泣き止まぬレイの頭を抱き寄せ、撫でる。

 

「まったくもう、世話の焼ける…シンジ、こいつちょっと借りるわよ」

「う、うん…アスカって、綾波さん相手にそんな優しい顔できたんだね」

「あんたバカぁ?何が起こったかは解らなくても、()()()()()()ってのは一目瞭然でしょ。

アタシだって、こんな状態のバカナミを突き放すほど鬼じゃないわよ。

ホントは彼氏(あんた)の役目なんでしょうけど、目の前でイチャつかれるのは嫌だしね」

 

普段のアスカは過剰なスキンシップを苦手としていたから、シンジはその様子に眼を丸くしていた。

アスカにしてみれば第八使徒戦後、レイに()()()()()()()意図でもあったが、それは二人の少女の間だけの秘密だ。

立場はあの時と完全に逆だったが、レイの呼吸は次第に落ち着いていき、己が見た『夢』の内容を話し始めた…。

 

………

 

……

 

 

「世界の終りみたいな夢ねぇ…?」

「…うん。一番最初に見たのが、確か例の()()()()の時。

同じ夢を、ここ一週間で二、三回見てる気がする」

「想像できないなぁ。そりゃあ確かに学校生活やバンド活動中に、アスカと言い合いになった事はあったけどさ」

 

レイは充血が残った目で二人を交互に見た。

アスカは元々歯に衣着せぬ発言をするタイプ。

そしてシンジも気弱に見えて、言い返す時は言い返すタイプである。

 

そも、彼ら二人のファーストコンタクトは()()()()()()()だったが、いくら喧嘩がエスカレートしたところでサスペンス・ドラマよろしく首を絞めるにはそうそう至るまい。

結局、良き友人同士であるのに変わりはないのだから。

 

「碇くん、泣き笑いみたいな(すっご)い表情で『綾波ぃぃ…!』って叫んでてさ…

生々しくて、怖かったなぁ」

「…僕が?綾波さんを?…呼び捨てで?」

 

普段の呼び名と比べ、違和感を覚えたシンジ。

レイはコメカミを掻いて、視線を泳がせた。

 

「あり?そーいやそうだネ。でも、()()()()ではそれが普通だったっぽいんだよなー…」

「ドラマの設定じゃあるまいし、肝心な所がデタラメなら、しょせん夢は夢ってことでしょ。

そんな調子で、今回の相互互換テスト…大丈夫なの?」

「へーきへーき、体調はいいから」

「ならいいけど…」

 

アスカの見たところ、レイは笑顔を取り戻したように見え、それ以上は何も言わなかった。

 

エヴァとのシンクロは本来、体調よりも深層心理の方が重要ではあるのだが、

パイロット達がリツコよりもシステム面に詳しい道理はなく…

これがどういった影響をテストに及ぼすのか…彼女達は、まだ知らない。


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