新世紀エヴァンゲリオン リナレイさん、本編にIN 作:植村朗
お肉嫌いな原作レイさんはウチにはいません
(プロローグ続き、リナレイさん、本編前の療養生活にIN より)
夜景の中をモノレール…第3新東京環状線が走る。
特別宣言D-17が解除されて間もないが、これだけしょっちゅう非常事態宣言が発令されれば
車内は普段のようなギュウギュウ詰めの帰宅ラッシュではないにしろ、それなりの乗車率となっている。
くたびれた様子で溜め息をつくサラリーマン。何組かの親子連れ。
幼い少女が床に置いた大きなバッグに腰かけ、座席に座った母親と談笑しているという微笑ましい光景も見られる。
避難先からもすぐに戻ってこられるあたり、第3新東京市民のフットワークの軽さが伺えた。
乗客の中には、ひと仕事を終えたミサトと、制服姿のレイ、シンジ、アスカの姿もある。
奇跡に近い確率の作戦成功を祝して、作戦部長自らが子供達を食事に連れて行くと言い出したのだ。
「奢ってくれるなら、思いっきり食べるからね?約束は守ってもらうわよ、ミサト!」
「はいはい。大枚おろしてきたから、なんだって耐えられるわよ?
フレンチフルコースでも満漢全席でもステーキでも、どんとこいっ!」
「本当にいいんですか、ミサトさん?綾波さんもアスカも、僕よりよっぽど食べますよ?」
上機嫌なアスカとは対照的に、シンジは心配そうにミサトを見る。
地球防衛バンドの練習後、「ファミレスで何か軽く食べて行こう」という話になった時、この二人が『軽く』の範疇を越えてガッツリ食べるのを、シンジは何度も見てきた。
細身の美少女達の、どこにそれだけの食事が入るのか…
これで二人とも体型が変わらないのだから恐れ入る。
一見、穏やかな微笑みを浮かべたレイの瞳は攻撃的にギラついており、ミサトの頬に一筋の汗が伝った。
笑うとは本来、獣が牙を剥く行動に由来する…とかなんとか。
「いーの?あたし最高級ステーキ頼んじゃうよ?A5肉いくよA5肉。
給料日前だろーが飲み代が無くなろーが遠慮しないからね?」
「お、女に二言はないわ!」
「マジで?サイドメニュー
「…あ、あの、レイちゃん?もう少し、手心というか、なんというか…」
「葛城三佐、(懐が)痛くなければ覚えませぬ。
食の道は
「たっはァ…早まったかしらぁ…」
『えー、次はー、新宮ノ下~、新宮ノ下~。お出口は~、左側に~、変わります…』
間延びした男性車掌のアナウンスが低く流れる中…
ミサトは己の財布が真っ二つになる残酷無惨な光景を幻視し、額を抑えた。
…
……
………
「…ま、バカナミはあぁ言ったけど、アタシ達だってミサトの財布の中身ぐらい解ってるわよ」
「僕達は、ミサトさんの気持ちだけで充分ですから」
「その代わり、トッピングいっぱい乗っけちゃうからねっ?」
「スンマセンッ、スンマセンッ、ほんとありがとっ…」
赤提灯の灯った、ガード下のラーメン屋台。
子供達を
「…らっしゃい。
彼女達を迎えたのは、五分刈りの白髪、頭に手ぬぐいを巻いたダミ声の壮年。
セカンドインパクトを生き抜き、「俺にはこれしか出来ねぇ」とばかりに長年ラーメンを作り続けたオヤジである。
彼の背後には、渋い色合いの木札が並んでおり、ラーメンの品目と値段を記したメニュー代わりとなっていた。
場に満ちる、食欲をそそるスープの香り…
二人の美少女はそれを堪能するように息を深く吸い込み、ビシリ、と揃って挙手する。
「フカヒレチャーシュー大盛り!トッピングは味玉2個とメンマ!麺柔らかめ!」
「ニンニクラーメンチャーシュー増し増し!麺バリ硬に海苔ダブル、半ライス追加っ!」
「あいよ、フカチャー大の柔らかめに卵2・メンマ。
ニンニクバリカタ、チャーシュー増し増しノリノリ半ライスね」
最初からフルスロットルのアスカとレイ。店主は静かに注文を繰り返す。
二人に気圧されるようにシンジは肩を縮め、改めて木札を見た。
「飛ばすなぁ二人とも…僕は、もやし野菜炒めラーメン。
えーっと、麺は小盛りの油少なめで…」
「あー!碇くんが一人で女子っぽい注文してるー!
塩分もカロリーも高いからこそラーメンは美味いんですよ!
今さら健康志向とか裏切りと知れ!」
「なっさけないわねー、アンタそれでも男?」
「い、いいだろ別に!?」
使徒戦の緊張が解けたか、軽口を叩き合う子供達の様子に、ミサトはクスリと喉を鳴らした。
「おやじさん、私は味噌バターラーメン。あとビールね」
「あいよ、モヤサイの小盛り・油少なめ、味噌バターにビール一丁…」
淡々と答えつつも、オヤジは手早く麺を茹でる。彼は、職人であった。
「「「「いただきます」」」」
程なく、出来上がったラーメンに手を合わせ、四人は箸を進める。
アスカはフカヒレとトロトロ半熟卵の黄身が絡んだ麺をじっくり味わい、「やっぱりあのグルメ雑誌、当たりだったわね」と満足げだった。
レイは大量の海苔を半分に分け、パリパリ食感のまま麺を巻いたり、おろしニンニクと共にスープに溶かしてペースト状にした後、半ライスに乗せてチャーシューと共に食べたりと、様々なバリエーションを楽しんでいる。
シンジとミサトも、シンプルなメニューながら深みのある旨味を味わっていた。
とはいえ、シンジが浮かべる笑顔は、単にラーメンの美味さだけではないのだが。
「さっきからずーっと笑いっぱなしね、シンジ。
「うん、初めて父さんから褒められたけれど…やっぱり、嬉しいよ」
「ふーん?」
レンゲでフカヒレスープを掬い、口に運びながらアスカはシンジの横顔を見る。
思い出すのは作戦終了後、パイロット三人が発令所に戻った時の事だった。
………
……
…
「申し訳ございません。わたくしの独断で、エヴァ初号機を破損してしまいました。責任はすべて、わたくしにあります」
『構わん。むしろ情報も少ない中でよくやってくれた。使徒殲滅に際し、この程度の被害で済んだ事は幸運と言える』
『あぁ、よくやってくれた、葛城三佐』
使徒によって妨害されていた南極との音声通信が回復して間もなく。
サウンドオンリーのパネル越しではあるが、姿勢を正して報告するミサトを、冬月コウゾウ副司令と碇ゲンドウ司令が労った。
『…碇!他にも言う事があるだろう?』
『…あー、その……なんだ。よく、やったな、シンジ』
しばしの沈黙の後、冬月に促され、いつもの厳格なゲンドウらしからぬ、どこか
シンジは、父からの突然の称賛に驚きながら「あ、はい」とだけ答えた。
驚いたのはミサトやオペレーター陣など、周囲の面々も同様。
「50近いオッサンの
と、アスカは思わず小声ながらツッコミを入れた。
…が、当の
「アレかな、停電の時に碇くんが言ってた『エヴァの準備、ありがとう!』が効いたのかな!」
と笑っていたので、なんだかんだで
…
……
………
「きっとお父さんも、シンジくんの事を認めてくれてるわよ」
「だと、いいんですけど。何年も隔たりがあるから、まだ戸惑う事も多くて」
「ま。隙間はゆっくり埋めてけばいいのさ♪
「あはは、ポカポカ、か。あんまりイメージ湧かないな」
ラーメンを啜る合間…ミサトとレイの言葉に、シンジは相槌を打つ。
(シンジもミサトも、過去に家族を失ってる。
そういえば、バカナミ自身の事って、聞いた事なかったわね…?
…まぁいいか。家族の話が出てこないって事は、なにか訳ありかも知れないし。
過去に無暗に触れてほしくないのはアタシも一緒だし、アイツには恩もある。
せっかくのラーメンを不味くする必要はないわ)
「どったのアスカっち?マジな顔してるけど」
「なんでもないわ。おじさん!アタシも半ライス追加!」
「あいよ」
戦いの後は、穏やかなままでいい。アスカは、心の中に言葉を留めた。