新世紀エヴァンゲリオン リナレイさん、本編にIN   作:植村朗

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TV版ではこの戦いから零号機が青くなってますが、今作では黄色のままです。
ラミエルさんの初撃を喰らわなかったのと、装甲を溶かされた初号機も原作零号機よりは被害少なかった関係上、改修せずに済んでいます。


54、マトリエルさん、停電した街にIN(後編)

エントリープラグをエヴァの首の後ろまで持ち上げ、ハッチを開ける作業は基本的に滑車とロープ…

そして多くの男手を総動員した大仕事だ。

総司令という自らの立場も省みず、ゲンドウは作業員達に混じり、汗も拭わずロープを引いている。

シンジは光源の限られた薄闇の中、歯を食いしばった父の真剣な表情に見入っていた。

 

「碇司令は、君達が来るのを信じていたんだ。

電気なしで何も動かないなら、人の力で、ってね。

こっちで作業を進めてるうちに、君達も準備を頼む。

あそこの備品倉庫の中に、プラグスーツの予備があるから」

「はい」

 

青葉に背を叩かれ、シンジは頷く。

レイは両拳を腰だめに握りしめ、「よっしゃ」と気合を入れた。

 

「ここまでお膳立てされちゃー頑張らない訳にはイカンわな!

いっちょやりますかぁ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!ここで着替えろっての!?」

 

更衣室までは遠く、仮に到着しても扉を強引にこじ開ける必要がある。

時間と手間を省かなくてはならないのは、アスカにも解っているが…

プラグスーツに着替える…ということは、すなわち一度全裸になることを意味しているのだ。

シンジもそれに気づき「あっ」と間抜けな声を漏らす。

レイは己の唇に指を当て、中空を見つめた。

 

「どーせ暗いんだし、その辺でちゃちゃーっと脱いでちゃちゃーっと着ちゃえば良くね?」

「…時々アンタがアタシと同じ女なのか疑わしくなるわ」

「うん、僕も流石にそれは…」

「備品の中に大きめの布があるはずだから、入口に目隠しを張って、そのまま倉庫内で着替えてくれ。

明かりは、中にある懐中電灯を使うといいよ」

 

人並みの羞恥心と人一倍のプライドを持つアスカはもとより、シンジとしても恋人(レイ)の肌を不用意に人目に晒したくなかった、というのが本心である。

結局のところ、レイの発言は却下。

青葉の案が採用され、まずはシンジ、次に女子組が着替えを済ませた。

 

ケージに向かわんとする最中に、シンジは一度足を止める。

 

「父さん!」

「…なんだ」

 

ゲンドウは息を整えながら、短く息子に答えた。

…数秒の沈黙。シンジは言葉を探して口ごもる。

職員・作業員の目が、碇親子に集まった。

 

 

「あの…」

「どうした?早く言──」

「エヴァの準備、ありがとう!行ってきます!」

「え…、あ、あぁ…」

 

苛立ち、声を荒げて急かそうとしたゲンドウは、息子の発したあまりにも単純(シンプル)な言葉に面食らう。

 

「んじゃ、そーゆーことなんで!行ってくんね、司令!」

「パパへの挨拶は済んだんでしょ?使徒はそこまで来てるんだから、集中しなさいよシンジ!」

「時間取らせてごめん!行こう!」

「……」

 

レイは二本指の敬礼をしつつ悪戯っぽく笑い、アスカは「フン」と鼻を鳴らす。

身を(ひるがえ)し、エントリープラグに走っていく息子と、並走する少女二人…

ゲンドウは何かを思うように、黙って立ち尽くしていた。

 

「ありがとう」という感謝の言葉も、「行ってきます」という当たり前の挨拶も、

長い間、互いに接触を避けていた二人に取っては相当久しぶりの…

もしかしたら初めてのことかもしれない。

 

「親子そろって…不器用なのだな。生きる事が」

 

冬月副司令は、一連のやりとりを司令席から見下ろしながら苦笑した。

 

 

 

パイロット達が搭乗したあと、仕上げの作業だけは電力を使わざるを得ず、

緊急用のディーゼル発電機によって歯車が回され、エントリープラグのカバーが閉じられた。

その後、エヴァ上部を留めるロックボルトを外すため…作業員達が各部の油圧チューブを斧で断ち切る、という()()での拘束解除が行われる。

双眼鏡で状況を確認したマヤが、声を上げた。

 

「圧力ゼロ、状況フリー!」

「構わん、各機、残りの拘束具は実力で排除!出撃しろ!」

 

ゲンドウの号令を受け、エヴァ全機は前部を押さえつける第二拘束具を腕力で押し出して退けていく。

5分足らずの内部電源を補うため、背部のアンビリカル・ケーブルの接続口には非常用の巨大電池(バッテリー)が搭載された。

 

準備が整い、いざ発進…したのはいいが、基本移動手段はエヴァを使っての()()

狭い横穴は匍匐(ほふく)前進で進んでいく。

 

「もぉ~っ、カッコ悪ぅい!来る時と変わらないじゃないのっ!」

「しょうがないよ、リフトが使えないんだから…綾波さん、次はどう行けばいい?」

「突き当たりを強引に蹴り破ることになるけど、そっから縦穴に出られるよ。

…っと、通信来た?」

 

エヴァ同士で通信を交わすパイロット達のプラグ内に、パネルがポップする。

水色単色背景に『音声のみ(SOUND ONLY)』『節電設定(SAFE MODE)』の黒文字。

稼働電力1.2%の旧回線頼り…辛うじて維持されているだけのMAGIでも通信が繋がるのは、せめてもの救いである。

 

『みんな、聞こえて?本部の赤木よ。

日本重化学工業(ニチジュウ)からの技術提供で、エヴァの手の甲に新しくサブカメラを搭載してあるわ。

解っていると思うけれど、基地内外のカメラが軒並み()()()()()今、MAGIによる情報分析にはエヴァからの(ナマ)の映像が不可欠となります。

各自、慎重に行動してちょうだい』

「サブカメラぁ?なんか地味ィ~な改造ねぇ?どうせなら武器でも新調すればいいのに!」

「何をおっしゃるアスカっち。情報は武器だよ?

ジェットアローンの技術を惜しみなく開放なんて、時田氏(トッキー)もなかなか太っ腹じゃないの。

よーし、こんど育毛剤でも差し入れてあげるかっ!」

 

レイは冗談を交えながら零号機で突き当たりの扉をゲッシゲッシと蹴り抜き、日の光が差し込む縦穴への道を開いた。

左手甲をそこに差し出し、上に向ける。「サブカメラ・オン」の一言で、視界の隅に縦穴内の映像が浮かび上がった。

 

「お、これ便利!えーっと…縦穴の幅はー…

エヴァが手足を突っ張れば、よじ登れるぐらいかな?

上は…遠くてよく見えない。最大望遠!」

 

倍率が一気に上がる。

縦穴の終点…地上付近に陣取った、極彩色の()()が映った。

そこから、多量の(だいだい)色の液体が降る…。

 

ジュウッ、という音と共に、それを浴びた零号機の手が白煙を上げた。

 

「うっひゃ!?なんじゃこりゃっ!?」

「バカナミ!?」

「大丈夫!?」

「死にゃーせんけど地味に痛い!

ちっくしょーA.T.フィールド張っときゃよかった!

はかせー!赤木博士ー!なんぞこれー!?」

 

レイは熱したヤカンに触れた時のように零号機の手を引っ込めながら仲間に答え、サウンドオンリーの通信パネルに問うた。

 

『目標は、円盤状の胴体下部にある目玉から強力な溶解液を分泌中。

歩行に使っていた4本の足で、縦穴をまたいでいる形ね。

弱点(コア)もその目玉だと推測されるわ。

…問題は、どうやってフィールドを中和するか…』

「「「うーん……」」」

 

リツコの分析に子供達(チルドレン)は頭を悩ませる。

いきなり液体を浴びなかっただけでもサブカメラ導入の意義はあったが、

断続的に目の前を通り過ぎる()()()()()を避けるため、三体のエヴァは横穴に身を潜めるしかなかった。

 

パレットガンの射程内ではあるが、フィールド中和範囲からは外れていて、一方的な射撃は不可能。

横穴から銃口だけ出して撃ったところで、()()()で壁は射抜けない。

 

高低差を縮めるためにエヴァの両手足を突っ張って縦穴をよじ登ろうとすれば、中和範囲に入った途端に溶解液をモロに浴びてしまう。

 

囮と遊撃に戦力を分けて、別ルートから地上に向かう事も考えられたが、これはバッテリー残量が許さなかった。

試作品の非常用電池は長持ちするものではなく、内部電源と合わせても到底時間が足りない…。

 

ふと、アスカが意を決したように沈黙を破った。

 

「…アタシがフィールド中和と()()をやるわ。

弐号機の装甲板なら、あの強酸っぽいドロドロにも多少は耐えられるでしょ。

隙を見て射線を空けたら、零号機と初号機の二機がかりでパレット一斉射。どう?」

「そんな、危ないよ!」

「だからよ!大見得切ってリーダーに名乗り出た以上、危険な役目はアタシが引き受ける。

たまにはカッコつけさせなさい!それに…信じてるからね、アンタ達の事」

「やだ、アスカっちカッコいい!惚れそう!抱いて!」

「バカップルの間に入って馬に蹴られる趣味はないから遠慮しとくわ」

 

シンジの弱気も、レイの軽口にも免疫がついてきたのか、サラリと流すアスカ。

通信の向こう、リツコは分析を続けていた。

 

『MAGIの試算では、作戦の成功率は約六割といったところね。

悪くはないけど、手放しで安心出来る確率ではないし、弐号機の損傷が大前提になる…

いいの、アスカ?』

「是非も無し、ってね!…行くわよ(ゲーヘン)っ!」

 

横穴の淵に弐号機の手を掛けていたアスカは、サブカメラ越しにタイミングを計り…

溶解液が途切れた瞬間を見計らって、逆上がりの要領で弐号機を縦穴の上方に跳ね上げた。

 

A.T.フィールド同士が干渉し合う距離に陣取り、四肢を大の字に広げ、使徒の目玉に背を向ける形で身体を固定。

溶解液が再び落ち始め…アスカの背中に、熱い痛みがフィードバックダメージとなって伝わった。

 

「うぅ…ぐぅぅぅっ!こンのくらいぃぃいっ!!」

 

全天周囲モニターにノイズが走り、ダメージを警告する赤文字が点滅しても、アスカはそこを動かず耐える。

 

『A.T.フィールド、中和されたわ!』

「アスカッ、避けて!」

「腐れザトウムシがーッ!(タマ)()ったらァ!!」

 

約一名、任侠映画っぽい啖呵を切っていた少女もいたが…それはともかく。

通信越しの声に、アスカは壁側に弐号機を寄せ、自由落下しつつ射線を空けた。

横穴から縦穴へ、上向きに突き出された零号機と初号機の銃口が…

落ちていく弐号機の脇を抜けて二つの火線を走らせる。

 

目玉は見る間に蜂の巣にされ、意外なほどあっさりと、第九使徒は沈黙。パターン青は消滅した。

 

「碇くん!」

「解ってる!」

 

レイの合図に合わせて二機は縦穴へと飛び出す。

両足と、両肩のラックを壁に突き刺し、両腕を広げ、弐号機を受け止めんとする。

 

アスカは、不意に浮遊感を感じた。

 

(この感じ…ママ?うぅん、違う。バカナミとシンジのA.T.フィールド…拒絶じゃなく、守るための…心の…壁?)

 

「うぐっ!」

 

落下の衝撃が、アスカの思考を途切れさせる。

それでも、二機掛かりで受け止められた分、予想よりは遥かにダメージは少なかった。

 

「アスカっち、お疲れ、がんばったね」

「アスカ、無事か!?」

「…あったりまえでしょ。アタシを誰だと思ってんの」

 

(仲間…そうか。アタシ、笑えるんだ)

 

機体越しのはずなのに、感じるのは温もり。アスカは、穏やかな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

それから数十分。ようやく、基地内の電気が復旧する。

エレベーターを待っていたリツコとマヤ、そして日向の前で、扉が開き…

 

「ぬぉおおお~~~っ!トイレトイレトイレぇ~~っ!おしっこ漏れるぅぅぅ!!」

 

鬼気迫る顔で叫びながら飛び出したのは、葛城ミサト三佐。御年29歳。

床には蹴っ倒され、踏み越えられた加持リョウジ一尉が哀れにもうつ伏せに転がっている。

 

「葛城さん…見えないと思ったら、閉じ込められてたんですね…」

「あのバカ…」

「ふけつです…」

 

締まらないところも多々あったものの、使徒戦はかくして幕を閉じた。


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