新世紀エヴァンゲリオン リナレイさん、本編にIN 作:植村朗
中層マンション・コンフォート17の一室。
葛城ミサト三佐昇進パーティは大所帯だった。
誕生日席には『本日の主役』と書かれた
親友のリツコは、明るい緑基調のカジュアルな服に身を包んでおり、
怜悧な白衣姿の『赤木博士』とは違う、柔らかい印象を纏っている。
加持リョウジは普段と同じクールビス姿だ。
そしてテーブルを囲うのはパーティを企画した第壱中学・地球防衛バンドの6名…
プラス、
「それでは僭越ながら、わたくし、相田ケンスケが音頭を取らせて頂きます!
葛城ミサト三佐!ご昇進、おめでとうございます!乾杯!」
「おめでとうございまーす!」「かんぱーい!」「クァックァー!」
「ありがとうみんな!」
成人はビールを、子供達はソフトドリンクを手にコップを掲げる。
葛城家のマスコット、ペンペンまでも、両羽で挟んだ缶ビールで乾杯に参加していた。
(なぁんでアホメガネが仕切ってるのよっ!
こういうのは素敵な大人がやってこそじゃないの?
アンタなんか加持さんに比べれば月とスッポン…
いいえ、月とゾウリムシよっ!)
…約一名、不満げにコーラをあおった少女もいたが、めでたくパーティは始まった。
所狭しと並ぶ料理に、思い思いに手を付ける面々。
白っぽいソースの小鉢にはポテトチップスが添えられており、
まずはケンスケがそれを掬って口に運ぶ。
「…これはっ、クリームチーズの濃厚さ、ツナの旨味っ!
普段食べてる駄菓子が、こうも美味しくなるとは!まさに驚愕だよ!」
「ふっふっふ、碇くん直伝のチーズディップだよん♪
『混ぜれば出来る』って、料理初心者にはありがたいよねー♪」
「ふぅん、まぁまぁね。バカナミにしちゃ、やるじゃないの」
基本的に
アスカは明太子マヨネーズで味付けされたマッシュポテト…
薄ピンク色のタラモサラダをパクつきながら評する。
『まぁまぁ』と言いつつ、アスカの箸のペースは早かった。
テーブルの中心には、シンジが作った魚介パスタが山盛りになっている。
皿に取り分けたそれを口にしたミサトが、目を見開いた。
「うンまっ!ホタテの貝柱が効きまくってるわ、このパスタッ!
あとシンちゃん、アンチョビなんていつ買ったの!?」
「買ってませんよ。パスタに入ってる魚は、煮干しのオリーブオイル漬けです。
ニンニクと鷹の爪を一緒に漬けこみました。
その、勝手にツマミを料理に使っちゃってすいません」
「いいのいいの。こんだけ美味しくなるなら大歓迎よん♪」
上機嫌な本日の主役を横目に、加持は同じくパスタを味わっている。
ミサトの料理の酷さを知る加持は、ニヤついていた。
「葛城、お前中学生に負けてるんじゃないか?」
「祝いの席に水を差さないでくれる?
加持一尉、後で覚えておきなさいよ」
「ハッ、失礼致しました!いやぁ参った参った。
上官殿に不敬を働いたら処罰されちまうなぁ?」
「なァに言ってんのよ、バァカ」
加持は一瞬だけ真面目な表情を作って敬礼した後、すぐに表情を緩めて軽口を叩き、
ミサトはビールで喉を湿らせながら、ジト目を返す。
睨まれた加持は、おぉ怖い、と悪びれもせず肩を竦めた。
「しかしシンジくん。見事な味付けだな。台所に立つ男はモテるぞぉ?」
「いや、そんな…」
「リョウちゃん、必ずしもそうとは言えないみたいよ?」
リツコがクスリと笑い、視線をやった方向には、
ガツガツと掻っ込むトウジと、食べっぷりを嬉しそうに見つめるヒカリがいた。
「イインチョ!この唐揚げめっちゃ美味いで!メシ何杯でも行けるわ!」
「あ、ありがと…でも、鈴原?
野菜サラダも作ったんだから、ちゃんとバランスよく食べなさいよ!」
「わかっとるがな!イインチョはまるで
「なっ、何を言うのよっ!?」
他意のないトウジの言葉に真っ赤になり、その実、満更でもなさそうなヒカリ…
別の意味で腹いっぱいになりそうな光景に、加持とリツコは苦笑する。
(まぁ作る側としても、美味しく食べてくれる人がいれば嬉しいもんな)
普段からレイとイチャついて甘い空気を作っているシンジは、少々ズレた事を思っていた。
「クワァ~~ッ!クォッコッコッ!クァァッ!!」
「ちょ、ちょっと!せっかく分けてやったのに何よその反応!?」
「惣流の唐揚げ、全部レモンかけちゃっただろ。
ペンギンくん、かけない派なんじゃないの?試しに…ほーら、食った」
「クァフクァフ…クァー♪」
「鳥の分際で面倒くさい好みね!?アタシがアホメガネに負けるなんて…屈辱だわ!」
「センセェのスパゲッティも美味いのぉ!」
「トウジも作ってみる?よければ教えるよ?」
「ングッ!?いや!ワシゃ台所には立たんぞ!男のすることやない!」
「僕も男なんだけどな…」
「す、すまん!そういうつもりやなくてやな…!」
「ヒカリちゃーん!唐揚げうまー!外カリッカリで中が肉汁ジュワーでたまらん!」
「あ、ありがと…綾波さんのポテトサラダのレシピも教えてくれる?」
「おっけー!あ、でも明太子の分量どうだったかな?碇くーん!」
「本当に、変わったわ」
子供達の楽し気な声が交差する中、リツコはレイを見て呟いた。
人形めいた無表情さ、寡黙さも、最早見られない。
かつてはレイが
「生きるって事は、変わっていくってことさ」
「
加持の相槌に、リツコは科学者的な答えを返した。
そして昇進という
ミサトは、ちびちびとビールを啜りながら少年少女を見ている。
「浮かない顔だな、葛城。
晴れて三佐昇進、子供達も幸せそうに笑ってるってのに」
「私だって嬉しくないわけじゃないのよ、加持くん。
けれど、出世が目的でNERVに入ったわけじゃないもの」
「……」
加持とミサトの話を、リツコは黙って聞いていた。
子供達と同じ思春期にセカンドインパクトを経験した三人。
それなりの苦難や辛酸は味わってきている。
中でもミサトは父・葛城博士の調査隊に同行し、
2000年の南極でセカンドインパクト
満身創痍の父により救命カプセルに入れられ、
ただ一人生き残ったミサトは、
光り輝く四枚の羽を広げる第一使徒・アダムを目撃。
セカンドインパクトは表向き、巨大隕石の衝突とされているが、
彼女は隠蔽された真実を知る数少ない人間のうちの一人だった。
「使徒を倒し、世界を守るなんて、ただの建前。
私は…最初、レイやアスカやシンジくんを復讐の道具として見ていたわ。
けれど、あの子達が私の心を変えたのも確かなのよ。
子供を危険に晒したくはない。
でもエヴァの操縦はあの子達に頼るしかない。
なら、しばらくは『気のいいお姉さん』で有り続けるわ。
偽善と解っていてもね」
喋って乾いた喉を、ミサトはビールで潤した。
「貴女も変わってきてるのかしらね、ミサト」
「いいえ、日常を守りたいだけよ」
「トランジスタシスとホメオスタシス、か」
静かな大人達と、賑やかな子供達。
穏やかに時は流れた。