ダタッツ剣風 〜悪の勇者と奴隷の姫騎士〜   作:オリーブドラブ

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第5話 リコリス親衛隊の勇気

「むっ!」

 

 カルロスを引きずりながら街道を疾走するダタッツが、走り去っていく馬車を見つけたのは、牢を出てから約三分が過ぎた頃。

 馬が駆ける蹄の音が、舗装された石畳に反響していく。それを聞きつけた黒髪の騎士は音の出処を目指し――血だるまになるまで殴打された少年を発見した。

 

 その少年が倒れている先を、黒塗りの馬車が走っている。そこから導き出される答えに辿り着いたダタッツは、ボロ雑巾のようにされたカルロスを投げ捨てると少年――カインのもとへと駆け寄った。

 

「カイン!」

「ぢぐ、じょう……ぢぐじょう! ミィが、ミィが……」

「……」

 

 すでに意識も朦朧としているのか、もがくように身をよじらせている。痛みと怒り、そして無力感に震える少年の手を、ダタッツは静かに握り締めた。

 

「……大丈夫。絶対、みんな帰ってくる」

 

 そして、傷だらけの小さな手から零れ落ちた短剣を拾い――彼の鋭い眼差しが、馬車へと向かう。

 

「おいダタッツとやら! 貴様一体何を……!」

「この子をお願いします」

「お、おい貴様っ!?」

 

 そこへ帝国騎士達が、彼を捕縛せんと駆けつけてくる。が、ダタッツは手早くカインの介抱を彼らに託すと、すぐさま馬車を追って走り出した。

 ――常人では、まるで追いつけないほどの速さで。

 

「な、なんだあのヤロウ!?」

「走って……馬車に追いついてやがる!?」

 

 その異様な光景に慄く馬車の乗員。彼らの前に、その張本人が飛び乗ってきたのはその直後だった。

 

「んー!? んーっ!」

「助太刀に来た。もう、大丈夫だよ」

 

 彼の目に、縛り上げられた少女の姿が映る。猿轡で言葉を封じられながらも、彼女は懸命に逃げろと訴えていた。

 そんな彼女に、一瞬だけ優しげな眼差しを送るダタッツは――じろり、と物々しい乗員達に目を付ける。

 

「ヤ、ヤロウふざけやがっ……!」

 

 得体の知れない不気味な相手だが、敵意に満ちた瞳や手にした短剣を見れば、自分達に仇なす敵であることは間違いない。

 乗員達は素早く得物を手に襲い掛かる。……が、馬車に勝る速さで動く超人が相手では、勝負になるはずもなく。

 

「あがぁっ!」

「ひぎゃあっ! や、やめ、落とさ――あぁあぁあっ!」

 

 次々と短剣の柄で打ち据えられては、馬車の外へと放り出されていった。ダタッツは速やかに乗員達を片付けると、唯一残った御者の首に刃先を当てる。

 

「このまま、アジトに向かえ。元々そうだったんだろ?」

「は、はい……」

 

 その刃に抗う術などない。言われるがままに手綱を取る御者とダタッツの背を、ミィは信じられない、と言いたげな表情で見送っていた。

 

(あ、あんたは一体……!?)

 

 ◇

 

 夜の闇に包まれた林。野獣共が息を殺して潜む、その魔境に――黒塗りの馬車が駆け込んでくる。仲間達が無事に帰ってきたと、安堵した悪漢の群れは、任務を果たしてきたのであろう彼らを迎え入れ――

 

「うぎゃあ!?」

「なっ、なんだこいつらっ――ぎあぁあ!」

 

 ――荷台から飛び出してきた曲者の、奇襲を浴びることとなる。

 短剣の柄による殴打、体術による回し蹴り。あらゆる打撃に打ちのめされた野獣達の体が、地面に叩きつけられていく。

 その初撃に入り口の外にいた者達は全滅し、立っているのはダタッツ一人のみとなった。奇襲が始まり、まだ三十秒も経っていないが。

 

「……あ、あんたって、こんなに強かったんだ……」

「ミィ、作戦はわかってるか?」

「子供だからってバカにしすぎ! あんたが暴れてる間に、リコリス様を助け出すんでしょ? ……でも、本当に大丈夫なの? カインだって、あんなに……」

 

 馬車から降りてきた赤毛の少女は、ダタッツの赤いマフラーを摘みながら、上目遣いでその顔を見上げる。幼馴染が痛めつけられる様を見せつけられた手前、不安が拭えないらしい。

 そんな彼女の頭を優しげに撫でつつ、ダタッツは穏やかに笑いかける。先ほどまで修羅の形相で男達を打ちのめしていた騎士とは、似ても似つかぬ表情だ。

 

「……大丈夫、大丈夫。今頃、騎士団が保護してくれてるさ。ポロが報せてくれたおかげで、ジブンも間に合ったしな」

「え? あ、あのポロが……?」

「強い子だよ、あの子は。いつの日かきっと、君やカインにもわかる」

「……」

 

 自分達が窮地を脱したきっかけが、あの意気地なしのポロだと言われ、ミィは複雑な表情で俯く。そんな彼女に微笑みながら、ダタッツは階段を降りて地下の洞窟へ向かった。

 ――七年前のあの日。自分の手を握った、あの温もり。記憶の片隅で生きる、その感覚を求めるように。

 


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