ダタッツ剣風 〜悪の勇者と奴隷の姫騎士〜   作:オリーブドラブ

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第37話 幕開け

 その夜。

 

 王国を守る姫騎士は、老境の武将を連れ、城下町を巡回していた。王族でありながら、一介の騎士と同様に己の足で街を歩む彼女の姿は、道行く人々から注目を大いに集めている。

 

「姫様だ……!」

「バルスレイ様も御一緒だぞ!」

「やっぱり何かあったんじゃないのか……!? あの御二方が動いてるなんて……!」

「シッ! 聞かれるぞ!」

 

 ダイアン姫も、バルスレイも。厳しい表情で辺りを警戒しながら、街道を進んでいる。

 王国の主力である彼らがこうして警戒を厳にしている――という状況は、民衆の憶測を大いに呼んでいた。

 

 無論、当の本人達もそれに気付いている。

 

「……やはり、民衆も何がある、とは薄々ながら勘付いているようですな」

「それでも、まだ真実を知られるわけには参りません。ヴィクトリアの無事が確認できるまでは……」

 

 神妙な面持ちでありながら、まだ眼差しに余裕を残しているバルスレイとは違い、ダイアン姫の表情には明らかな焦りがあった。

 母を失い、傷心していた自分と共に支え合い、生きてきたヴィクトリア。姉代わりとも言うべきその存在が、かつてない窮地に立たされている。

 その現状が、彼女の心から平静を奪っているのだ。……だが、彼女の胸中を乱す要因はそれだけではない。

 

「ダタッツ様も、ヴィクトリアを止められるかどうか……」

「……彼なら大丈夫、と言いたいところではありますが。勇者でありながら――彼はまだ、魔物との交戦経験がない。ヴィクトリア殿と戦うことになれば、彼が主力となるでしょうが……助力は必要かと」

「そう、ですね……」

 

 勇者が魔王を倒し、魔物を滅ぼしてから数百年。そのような時代に召喚されたダタッツは当然、魔物との戦いなど経験していない。

 そんな彼が初めて戦う魔物は――魔王さえ屠った邪気を纏う勇者の剣なのだ。常人の理解を超えた超人同士の戦いとはいえ、ダタッツが不利なのは火を見るよりも明らか。

 

 彼自身は勝ってみせると意気込んでいるが、それも自分達を不安にさせないためのハッタリでしかない可能性もある。勝てる保証がないということは、直にその邪気に触れた上で、その力に真っ向から立ち向かうことになった彼の方が分かっているはずなのだから。

 

 ――それから約一刻。

 人通りの少ない、王宮に続く道を歩み。

 

(ダタッツ様……)

「……姫様。案ずることはありません。ダタッツには我が帝国に伝わる投剣術があるのですから」

 

 黒髪の騎士を想いながら、ダイアン姫は豊かな胸元に手を当てる。その横顔から彼女の胸中を悟るバルスレイは、敢えて気付かぬ振りをしていた。

 そんな彼の気遣いを察してか。ダイアン姫は顔を上げると、話題を変えようと口を開く。

 

「――そういえば。バルスレイ様はなぜ、古代の投剣術を復活させようと考えられたのですか? 剣士としての探究心ゆえ……でしょうか」

「……ふふ、姫様が考えられておられるような、殊勝な動機ではありません」

 

 己の過去を問われ、老将は自虐するような笑みを浮かべる。遠い過去を見つめるその瞳は、夜空の先に在る祖国へと向けられていた。

 

「公爵家の三男坊だった私は、貴族としての教養を備えた兄達とは違い、剣術にしか興味のない暴れ者でした。十四の頃に父の薦めで帝国騎士団に入るまでは、私は腫れ物扱いでしたな。――投剣術を知ったのは、丁度その頃です」

「……!」

「私は剣士としての自分を誇り、騎士団に入団しました――が、いかに凄腕の騎士といえど、弓や槍に剣で立ち向かうことなどできはしない。剣士は万能にはなりえない。その現実を、突き付けられたのです」

「それで……投剣術を?」

「ええ。今にして思えば、それは当然のことなのですが……若過ぎた私には、それが耐えられなかった。遠くから敵を攻めるような連中に、自分の剣が負けるなんて我慢ならない。――ゆえに、古文書に記されていた投剣術を独学で研究するようになったのです」

「それで……」

 

 あまりといえばあまりにも、子供のような理由。そんな動機から、あの驚異的な対空剣術が現代に蘇ったのかと――ダイアン姫は、しばし呆気にとられていた。

 

「……かつてのダタッツに稽古を付けていた頃は、まるで若き日の自分を見ているようでした。ひたすら無鉄砲に、自身を取り巻く不条理を吹き飛ばそうとする」

「……」

 

 次いで、バルスレイに対して、微かに嫉妬もしている。自分が知らない彼の姿を、多く知っている老将に対して。

 

「あの熱意が健在ならば、勇者の剣に屈することもありますまい。信じましょう、彼を」

「……はい」

 

 それに気付かぬ振りを通すバルスレイは、愛弟子の勝利を願い、彼がいるであろう王宮を見上げる。

 

 

 

 そして。

 

 眼前に、「一太刀」が迫った。

 

 

 

「ぬゥッ!」

 

 その一刀に絶たれようとした老将は唸りを上げ、腰から引き抜いた剣で咄嗟に受け止める。激しい金属音が周囲に響き、剣同士が火花を散らした。

 

 月光を背に振り下ろされた、光速の一閃。それを凌いだバルスレイの眼前には――

 

「帝国将軍、バルスレイだな」

 

 ――憎悪。怨恨。悪意。殺意。全ての負の感情に支配され、変わり果てた姿の。

 

「王国騎士ヴィクトリアの名の下に――貴様を、討つ」

「そんなっ……ヴィクトリア!」

「とうとう、現れたか……!」

 

 王国最強の騎士が、立ちはだかっていた。

 女性らしさを隠す荘厳な鎧を纏い。正規団員のそれよりも、勇ましくそそり立つ一角を備えた兜を被り。

 

『チダ……ヨウヤク、チガスエル……』

 

 呪われし剣を、携えて。

 


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