ダタッツ剣風 〜悪の勇者と奴隷の姫騎士〜   作:オリーブドラブ

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第14話 ある日の稽古

 ――ある日の夕暮れ。

 王宮内の、練兵場にて。

 

「うぉおおおぉおッ!」

 

 一人の騎士が雄々しい叫びを上げていた。

 「彼女」の気勢に乗せて放たれる斬撃は、眼前の仇敵を正確に捉え――

 

「……惜しい」

「あうっ!?」

 

 ――あっさりと、いなされてしまう。

 

 赤い制服と、赤い縁に彩られた鋼鉄の鎧を纏う、黒髪の騎士。その仇敵に受け流された一閃は空を斬り、正規団員用の証である青い柄の剣は、勢いのまま持ち主の手から離れてしまう。さらに持ち主であるローク自身も、つんのめるように転んでしまった。

 そんな彼女――ロークの剣が、宙を舞って地に突き刺さる瞬間。この戦いは、終幕を迎える。

 

 赤いマフラーを巻いた、黒髪の騎士……即ちダタッツは、ロークの手元から離れた剣を一瞥すると、静かに彼女へ歩み寄る。その表情は戦いの最中と変わらない穏やかなものだったが、相対するロークの面持ちは険しさを保っている。

 そうして、自身に対する敵対心を決して緩めない彼女の様子を見遣りながら、ダタッツは小さな少女騎士の前に片膝を突いた。

 

「ただ真っ直ぐ斬り掛かるだけじゃなく、相手の動きをよく見るべきだったな。……今のは惜しかった。惜しかったけど、それでもその歳からは考えられない強さだ。きっと君なら、すぐにもっと腕を上げて――父上の仇だって、討てるよ」

 

 自虐するように乾いた笑みを浮かべ、ダタッツは彼女に手を差し伸べる。だが、ロークはさらに目を鋭く光らせ、その手を払いのけてしまった。

 

「触んなよっ! お前の教えなんかなくたって、オレは強くなれるんだっ! 父上を殺した奴の力なんで、死んでも借りるもんかよっ!」

「……その怒りはもっともだ。手を借りたくないのも、もっともだ。けど、そんな奴から盗めるものもある。自分の血肉に、繋げることだってできる。――それは、覚えていてくれ」

 

 彼女が背負う悲しみは、怒りとしてダタッツに突き立てられていた。その鋭さを浴びるダタッツは、胸を痛めるように眉を顰めつつも――諭すように、言葉を僅かに紡ぐ。

 

(こんな小さな娘に、俺は……)

 

 これ以上無為に刺激して、彼女の神経を削るわけには行かない――そう判断したダタッツは、半ば強引にロークの手を引いて彼女を助け起こすと、踵を返して練兵場から立ち去ろうとする。

 洗濯用として用意され、楕円状に巻かれていたロープを肩に抱えて。

 

 ――が。

 

「……!」

 

 その眼前に立っていた、一輪の花――ダイアン姫の存在が、彼を立ち止まらせる。彼女は敵意を僅かに滲ませた表情で、ダタッツを待ち続けていたのだ。

 憎しみと、その裏側に隠された感情をない交ぜにした、姫騎士の表情は――ダタッツを責め立てているかのようだった。

 

「これはダイアン姫……。ご機嫌麗しゅうございます」

「挨拶など結構です。それよりダタッツ様、稽古が終わったのであれば、お時間を頂けますか?」

「……?」

「父が……あなたと話がしたいと」

 

 そんな彼女の口から語られた用件は、ダタッツの関心を強く引き付ける。この王国の現国王が、自分と話をしたいというのだから。

 この国に災厄を齎した帝国勇者が、その国王と直に会う。その危うさを考えてか、ダタッツを見るダイアン姫の顔色は、普段以上に険しいものになっていた。

 

「……わかりました。直ちに参りましょう。すぐに片付けますので――」

「あなたの用事を待ってはいられません、すぐに来てください」

「え、ちょ、ちょっと……!?」

 

 剣呑な雰囲気を湛えるダイアン姫は、ロープを片付けようとするダタッツの手を引き、強引に彼を王族の寝室まで連行していく。

 思わず彼がたじろいでしまうほどに、その動きには無駄がなかった。彼女が纏う刺々しい空気が、一切の問答を許さぬ強制力を生み出しているのだ。

 

(……あなたが、帝国勇者などでさえなければ……)

 

 そうして、彼女がダタッツを睨む理由は、憎悪か恋か。あるいは、その両方か……。その答えは、ダイアン姫自身ですら見つけられないままでいた。

 

 一方――もう一人。

 ただならぬ想いで、ダタッツを睨む少女がいた。

 

(なんでだよ……! なんで帝国勇者が、オレ達を助けるんだよ! なんで今更になって、味方になるんだよ!)

 

 その想いを抱える者――ロークは、先程ダタッツに握られた手を見やりながら、強く唇を噛み締める。そこから滲む血の色は、彼女の憤りを表現しているかのようだった。

 

 ……彼女もまた、ダタッツに複雑な感情を向けている人間の一人だったのだ。

 父を殺めた張本人であると同時に、自分やダイアン姫を――ひいてはこの王国を、ババルオの手から救ってくれた恩人でもある。そんな彼に、どのように接すればいいのか。

 幼い彼女には、その戸惑いを怒りに変えてぶつけるしかなかったのである。

 

(もっと速く味方になってたら……父上だって死なずに済んだのに! 姫様だって、もっと笑顔でいられたのに!)

 

 そして――今。手に触れた彼の温もりが、ロークの心をさらに惑わしていた。

 ダタッツに引かれた自分の手を見つめていた彼女は、姫君と共に去りゆく彼の背中に視線を移す。その時、彼女は初めて――敵意以外の色を、表情に滲ませていた。

 

(……こうなったら、意地でも確かめてやる。あいつが、ホントに味方になったのか。なんで味方になったのか。あいつに付いていって、全部オレが暴いてやるんだ!)

 

 そう決意してからの彼女の行動は、「迅速」の一言に尽きるものだった。

 地面に刺さったままだった自分の短剣を素早く引き抜くと、転がるように駆け出して二人の後を追跡し始めたのだ。ダタッツの全てを知ろうという、執念にも似た彼女の想いが、その速さに表れていた。

 

 さらに彼女は、その速さを維持したまま全く物音を立てずに、二人の後を尾行していた。ダイアン姫は彼女に気づくことなく、真っ直ぐ王室へ向かっている。

 

(……ダイアン姫は気づいていないことだし、ここは好きにさせておくか)

 

 一方、ダタッツは気づかないままの姫騎士を見遣りながら、チラリとロークの方を一瞥する。ローク自身はダタッツに看破されていることに気づかず、追跡を続行していた。

 

(へへっ……二人ともオレには気づいてねぇな。よぉし、この調子でいつか、あいつの正体を暴いてやるっ!)

 

 そんな彼女は、意気揚々とした表情を浮かべ、二人を追う形で王室に向かっていくのだった。

 


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