SAO ~絆で紡がれし勇者たち~ 作:SCAR And Vector
アインクラッド第二十層主街区《ツェンティ》から南にある小さな村《タクトゥフ》へ向かう道中。
ツインテールの短剣使い《シリカ》は、怯えた様子でその道を一人の護衛と共に進んでいた。
「うう・・・怖いなぁ・・・」
腰のダガーナイフに手を回してはいるが、縮こまってまともに戦えそうにない様子でシリカは呟いた。
「安心しなよ嬢ちゃん、ここァ道沿いに行けばそう戦闘にはならねえよ」
そうバリトンのきいた声で勇気づけてくれたのは、背中に最低限の戦闘力として厳ついバトルアックスを背負うスキンヘッドの商人クラスのプレイヤーだった。たまたま目的地が同じで、同行兼護衛を買って出てくれたその男は、手入れされた顎鬚を撫でながら地図を見て歩いている。
いつもはホームタウンである第八層主街区《フリーベン》で運び系お使いクエストをこなし、必要最低限でしか圏外でモンスターとの戦闘を行わなかったシリカにとって、—――例え護衛がいても―――攻略最前線のフィールドに降り立つのはそれなりに覚悟がいるものであった。
「あ、あの・・・エギルさん・・・?」
シリカがおずおずと商人の名を呼ぶと、《エギル》と呼ばれたその商人プレイヤーは視線を地図から外すことなく返事をした。
「あの・・・『その人』って・・・怖い人なんですか・・・?」
「いや、悪名やらなんやらで有名にはなっているが、根は心優しい奴だし嬢ちゃんと年代もそう変わらねぇよ」
にっとにやけて見せる商人の言葉に、シリカはそっと胸を撫で下ろした。とある事情でそのプレイヤーに用があるシリカにとって、その人がどんな人なのかが一番気になるところであったのだ。
「嬢ちゃんは、なんでアイツに用があるんだ?」
やっと地図から目を離し、地図をストレージに仕舞い込んだエギルがそう尋ねた。シリカは一秒程答を探し、適切な答が作り上げられたところで声に出す。
「私・・・その人に一度命を救われていたかも知れないんです・・・」
「『知れない』って、どうしてそこだけ曖昧なんだ?」
ごもっともな商人の問いに、シリカは独り言の様に呟いた。
「私は普段、八層の主街区をホームタウンにしているんですが・・・八層が開通した当時は、はじまりの街を拠点にしてて・・・たまたま物見遊山程度に八層へ降り立ったんです・・・」
「その時の私は考えなしで・・・安全マージンを確保していないにも関わらずフィールドに出てしまったんです・・・その後は当然、アクティブmobとエンカウントしました・・・」
「HPがイエローに差し掛かった時、素顔はフードで隠れていてわかりませんでしたが、珍しいカタナを装備していた人に助けてもらったんです・・・」
シリカがそこまで告白すると、理解力に長けるエギルはその後の展開を把握していた。
「それで・・・助けていただいたお礼がしたくて・・・」
シリカが全てを言いきる前に、意識は告白から別のものへと替えられた。
「嬢ちゃん!!モブがでたぞ!!構えとけ!!」
「は、はい!!」
エギルのバリトンの張った怒号が平原に響き、シリカは腰のダガーを鞘から勢い良く引き抜き、戦闘の基本スタイルとなる逆手持ちでダガーを構えた。
「紅バチか・・・尻針からとばす酸攻撃に気を付けろ!」
「はい!」
赤と黒のストライプ柄の身体を持つ全長一メートルほどの巨大バチ、正式名称《クリムゾン・ホーネット》の対処法をエギルが大声で伝える。紅バチの尻から噴き出す酸攻撃を喰らってしまうと防御低下の
この状況で最適な槍持ちはいないが、一応長モノに属されるバトルアックスを扱うエギルが、その逞しい巨体に似合わぬ俊敏な動きで着実に紅バチのHPを削っていく。
紅バチのHPが半分を切った時、紅バチはその体の半分を占める腹を後ろに引いた。
針先から透明度の高い緑色の液体が垂れてくるのを確認すると、エギルはシリカを抱きかかえ後ろに跳び退った。
途端、ぶしゅっ!という気味悪い効果音とともに酸が放たれる。多少なりとも酸の滴がエギルに降りかかったが、デバフを発生させるには至らず、実質無傷で酸攻撃を防いだ。
「よっしゃ!!行くぞ嬢ちゃん!!」
「はい!」
すたっとダガー使いらしく軽やかに着地すると、シリカとエギルは同時に駆け出し、一気に紅バチとの距離を詰めた。
「おらああっ!!」「たああっ!!」
互いのソードスキルによる二色の光芒が交わり合い、新たな混色を彩った時、紅バチのHPは跡形もなく吹き飛び、その体を爆散させた。
二人は無言でうなずき合うことで互いを称賛しあい、それぞれの武器を収めた。
「目的の村までもう少しだ。頑張ろうぜ嬢ちゃん!」
陽気にサムズアップする好漢に、シリカも照れ気味に親指を立てることで応ずる。
それから二人がタクトゥフにたどり着くまでに、さほど時間は要さなかった。攻略組として戦い続けているエギルからしてみれば、その辺の蜂どもはとるに足らず、ソードスキルを二発も当てさえすれば簡単に倒せるためとんとん拍子でことは進んだ。
「ここがタクトゥフ・・・」
目的地に辿り着いたシリカが呟く。
木造の家が立ち並ぶ小さな村は森と隣接しており、近くには大きな湖がある。
まさしく自然に囲まれたその村は、林業が栄えているのか資材置き場と思われる広場には10メートル近くの丸太がところ狭し並べられている。
「そんじゃ、インスタント・メッセージでここに呼び出すから、ちっと待っててくれ」
「あ、はい・・・」
エギルがウィンドウを開き、その人と思われる綴りを宛先欄に入力していく。しゅいんっという効果音とともにメッセージが正常に送信されたのを確認すると、ストレージからハンバーガー(っぽいもの)を取り出し、シリカにも分け与える。二人のプレイヤーがハンバーガーを村の入り口で並んで貪っていたのは、二人の目的の人物、『赤鬼』と揶揄されるプレイヤーが訪れる十分前の事だった。
エギル・・・なぜイイカンジな雰囲気にもって行かれるんだ・・・