SAO ~絆で紡がれし勇者たち~   作:SCAR And Vector

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暗い洞窟へ

 日にちはアルゴとの一件を終えた丁度2週間後。現在位置、第33層主街区の何処かのベンチ。現在時刻は14:32分。

 

 32層ののどかな風景と違って薄暗く、埃っぽいいつかの古代遺跡を連想させる33層の街並みをぼーっと見つめていた。

 

「おーい、まだかー?」

 

 開通したばかりの33層の主街区の端。フィールドへ続く門の手前で開かれていたアクセサリー販売の露店を前に1人思い悩む少女の背中に問いかけた。

 

「アクセサリーとか何でも良いって。どうせお前は何つけても似合うんだからよー」

 

 かれこれ同伴の少女に待たされる事30分が経とうとしている。せっかく攻略のモチベーションが再燃している今がチャンスなのに、これじゃ燃え尽きるのもすぐ先のことになりそうだ。

 

「ちょっと静かにして。もう少しだから」

 

 そう言われて仕舞えば、直属の上司である彼女には逆らえない。俺は口を閉じて彼女が飽きるのを待った。

 

(それにしても・・・)

 

 眼前の彼女は、彼女の目の前に広げられてアクセサリーを一つ一つ入念に吟味するため腰を折っている。距離は少し離れているが、少々小ぶりなお尻のライン見せつけられるのはスケベ心旺盛な健全な男子には目の毒だ。いやが応にも視線はそこに集中し、目を細めながらも釘付けになってしまう。

 

 そろそろ気配で彼女にバレそうだから、視線を外そうとした時、彼女は気が済んだ様でこちらへ戻ってきた。

 

「お待たせ、カナデくん」

 

「遅いぞアスナ。俺のやる気が尽きちまう」

 

 俺はベンチから腰を上げ、凝り固まった体をほぐす様に伸びをした。首を曲げればゴキゴキと骨が鳴る音がする。

 

 前の層のフロアボスが攻略され、33層が開通した4日後。フィールドボスを攻略組の面々と共に討伐し、32層の貸家でゆっくり寛いでいた俺の元に、ある一通のメッセージが届いた。

 送信主はアスナ。血盟騎士団の副団長であり、攻略組の中でも五本の指に入るであろう少女の名だ。

 

 内容はあるクエストを手伝って欲しいとのことで、一見普通のメッセージの様にも見えるが、普段俺を頼らないで他の血盟騎士と攻略を進めてしまう癖にどう言う風の吹き回しだろうと疑問を持った。

 だが、上司の命令には抗えず、取り敢えずはその時は承諾のメッセージを送り返した。

 

 そして今日、待ち合わせの場所に指定時刻ピッタリに訪れると、腕組みをして壁にもたれかかって居たアスナを発見、合流した。

 

「んで?そのクエストってどんなクエストなんだよ」

 

「・・・そのうちわかるわ」

 

「あ、おい!」

 

 俺からの質問を突っぱねると、アスナは足早にゲートに向かって歩き始めた。何処か気に触る部分が有ったのだろうか、と先の質問を反省してみたが、別に気になる事もない気がする。

 

 真意はわからないが、取り敢えずアスナの後ろを付いていかなければと思い、俺は彼女を追いかけた。

 

「なぁ、場所くらいは教えてもらってもいいだろ?」

 

 アスナの隣を歩き、彼女の歩くペースに合わせる。着いてこいとは言われても、何も情報が無いのは流石に違和感が拭えないので、俺はアスナにしつこく質問した。

 

「場所はここから北西にずっと行った教会。フロアボスの情報が手に入る必須クエらしいから、今回はそれを調べに行くの」

 

 ようやく折れた様で、アスナはクエスト名と座標を教えてくれた。だが、クエストの内容だけは頑なに喋ろうとしなかった為、しつこく質問してキレられる前にそれ以上深く追求するのをやめた。

 

「詳細は追って説明してもらうとして、まずは目の前の敵だ」

 

「了解」

 

 目的地の教会が存在する森林に差し掛かり、俺たちの前に巨大な昆虫モンスターが立ちはだかった。種族名は『フォレストマンティス・ガーディアン』。人の身長に3倍はある巨大なカマキリだ。俺にとっては初めて戦う相手である。まずはモンスターの名前の下にあるアイコンを注視。これは自分とのレベル差が離れればそれに比例して淡いピンクからどんどん暗くなって行く。現在の色は綺麗なピンク。余裕で倒せる相手だ。

 

「こいつとの経験は?」

 

 右手で背中に吊るした剣の柄を握り、アスナに問う。

 

「ある。パターンは単純、私が攻めるから、援護お願い!」

 

「おう!」

 

 どうやらアスナは守衛カマキリとの戦闘経験があるらしい。俺は彼女の指示に従い、剣を抜いて敵との臨戦態勢をとった。

 

「防御!」

 

 守衛カマキリの鎌が振り下ろされる。俺はアスナの指示よりも早く防御態勢を取り、左手も使いながら刀身で高威力の振り下ろしを受け止める。勢いが止むと、カマキリの側面に回り込んだアスナの《リニアー》が敵の体側に炸裂する。

 

 閃光が体を貫き、残光がきらめく。守衛カマキリはアスナの高威力の突きに身体をよじらせフラフラとよろめいた。

 

 そこに追い打ちをかける様に懐に飛び込み、下段から半円を縦に描く様に振り上げる。守衛カマキリの胸から頭部にかけ、一筋の赤いダメージエフェクトが走る。守衛カマキリのヒットポイントを4割残し、俺はその場からバックステップで後退する。そしてそこに入れ替わりざまアスナが飛び込み、またしても単発突き《リニアー》が一閃。

 

 あまりの衝撃に守衛カマキリは宙に浮かびあがり、その輪郭を歪めて爆散した。

 

「ヤバイ・・・剣が壊れそうだ・・・」

 

 装備ウィンドウの武器欄から長剣の耐久値を確認し、俺は肩を落とした。

 10層の火山帯の鉱脈で地道に鉱石を集め、リズベット武具店で鍛刀されてから33層まで現役だった愛剣「セイクリッド・ロングソード」の耐久値は、危険値に差し掛かっていた。

 

 SAOでは剣や鎧など、戦闘に使用する装備品には耐久値が設定されている。使用し続ければ徐々に減っていき、耐久値が底をつくと《破損状態》になり、確率で全壊、いわゆるアイテムロストとなる。減少した耐久値は鍛治スキルを所持するプレイヤーや専用のNPCに依頼することで回復することが出来るが、低レベル層の剣で上位のモンスターと闘う際は武器の損壊が早くなり、ロストの可能性も高くなる。その為、現時点でのレベル帯と見合わせて、装備を更新する機会を見極める事もプレイヤーとして重要なスキルである。

 

 セイクリッド・ロングソードの推奨レベルは30層手前までに設定されている。今までは最大限の強化を施し騙し騙しで使い続けていたが、そろそろこの相棒ともお別れの時が近づいているのだろう。初めて出会った時より濁った輝きを放つ刀身に指を這わせ、俺は思い出に耽っていた。

 

「その片手直剣、そろそろ替え時なの?」

 

 ウィンドウに表示されたパラメータを覗いたアスナが問う。

 

「そうだな。前の剣が壊れてから長い付き合いだったけど、更新しなきゃな」

 

「ふーん」

 

 アスナにはさほど関心もない様で、腰の細剣にちらりと目を配ると、すぐに目的地へと歩みを進め出した。

 

 置いてけぼりを喰らわない様、背中の鞘に剣を納めて、御構い無しに進むアスナの背中を小走りで追いかける。彼女の元に追いつくと、ペースを徒歩に合わせ、アスナの横に並んで歩き続けた。

 

 初めて愛用していた武器が壊れたのは16層のボス戦の終盤だった。壊れた武器の名は「ソードオブ・アイスクリスタル」。10層でリズと冒険をした際に手に入れた鉱石を用いて耐久値を上げていた片手直剣だ。

 

 対峙していた16層のボスは大盾とメイスを持った暗黒騎士王と、SAOにしては珍しい魔法の類で騎士王の支援をしてくる王妃の二体。バフ支援で騎士王を強化しようとする王妃を先に倒し、残すは騎士王のみとなった。

 

 高い体力と洗練された両手長剣の剣技しか目立った特徴が無い騎士王に畳み掛ける様な攻略組の猛攻に便乗し、俺もキリトやアスナ、エギル達アニキ軍団とともに攻撃を加えようとした時、俺の剣は騎士王の盾に弾かれ根元から粉々に砕け散った。

 

 失われた古代の魔法の保護によって決して溶けず、冷たい輝きと冷気を放つ氷の結晶で造られた刀身が砕け、眩い煌めきを放ちながら無残に消滅したのは今も忘れられない。

 その後はスペアの鉄剣で対応したが、攻撃力が激減したせいで大した貢献は出来ず仕舞いだった。

 

 愛用の剣が全壊した時の感覚は筆舌に尽し難く、俺は酷く凹んだものだ。その後はスペアだけでは到底先の敵には太刀打ちできないと思い、鉱山に篭り続けて今の愛剣「セイクリッド・ロングソード」を手に入れ、それを使い続けている。

 

 比較的高性能なセイクリッド・ロングソードのスペック以上の剣が近いうちに見つかると良いが、そう上手くいくとは思えないので、また鉱山に篭り鉱石を集めるしか無いだろう。店売りの剣でも良いが、プレイヤーメイドの武器の方が性能が良いので、またリズベット武具店に世話になるとしよう。

 

 きっとそこの女主人なら現スペック以上の剣を打ってくれるだろう。

 

 俺は期待という小さな希望だけを胸に、これから苦痛と灼熱の鉱山巡りに赴くのだ。

 

 そんな思いを涙と一緒に流していると、クエストの目的地へ到着した。

 

「着いたわ。・・・って、なんで泣いてるのよ」

 

 アスナの突っ込みを受け流し、クエスト発生地点に設定されているという教会に注目した。

 

 森の中にある、豊かな緑色の木々に囲まれた小さな教会。裏には小さな花畑と墓地が存在し、まさに長閑という言葉を体現した風景に、俺は少し心が和んだ。

 

「へぇー、和やかでイイ雰囲気じゃん。なんか結婚式でも挙げてそうだな!」

 

「っ・・・!?」

 

 何気無く口に出したが、アスナの頰が赤く染まるのを見て、自分の失言に気が付いた。

 

「い、いや・・・別に変な意味じゃなくてな・・・」

 

「ばっかじゃないの!」

 

「アスナは俺じゃなくてキリトだm「・・・・・・」・・・ゴメンね?」

 

 意地悪くちょっかいをかけようと思ったが、氷結晶のそれより冷く鋭い視線に口を噤むしか無かった。

 

 俺は気を取り直し、クエスト出現のキーマンを探して辺りを見回す。教会の裏の敷地ものぞいて観たが、そこに人影は有らず、小さな雀の家族と名も知らぬ白い蝶が舞っているだけだった。

 

「外には誰もいない」

 

「中に入るしか無さそうね」

 

 アスナの指示に従い、教会の扉を開ける。

 

「あら、こんにちは」

 

 すると、受付のようなスペースから穏やかな雰囲気を醸し出す1人の女性が顔を出した。

 

「あ、どうも」

 

 穏やかに目元が垂れ、清楚な感じがまさに修道女と言った容姿に、細いシルエット。思わず俺は不躾な挨拶をしてしまった。

 

「洗礼でしょうか?それとも挙式の相談ですか?」

 

「ち、違います!」

 

 シスターの言葉にアスナが真っ向から否定する。確かにアスナにはキリトの方が相性良いだろうが、ここまで否定されると心が傷付いてしまう。

 

「そうですか・・・お二人とも白い御衣装なのでてっきり・・・」

 

 シスターはそう言うとお淑やかに笑って見せた。確かに、血盟騎士のユニフォームとして着用している白いコートやドレスがこの教会じゃそれっぽく映えるだろう。いつか誰かと結婚するなら、こんな所で式を挙げたいなと憧れた。

 

「そう言えば、何か困ってる事は有りませんか?」

 

 すっかり流されていたが、アスナが流れを切り、クエスト発生の常套句を投げかけた。基本的にこれらのワードがトリガーとなってクエストのフラグが立ち、クエストを進行できるようになる。

 

「そうですね・・・あの、とても申しにくいのですが・・・」

 

 シスターの頭上に、プレイヤーにしか見えないクエスト発生のアイコンが発生した。内心ガッツポーズをしながら、続く言葉に耳を傾ける。

 

「実は、先日地下の納骨堂に向かった司祭様がもう2日も戻ってこないのです・・・。私を含め、他のシスターも心配で様子を見に行こうと思いましたが、奥から何かの呻き声が響いて・・・恐ろしくてそれから先に進めず・・・」

 

「それで?中はどんな感じの・・・」

 

「至って普通の広さです。本来なら司祭様しかたち入れないのですが・・・お願いです。司祭様を連れ出しては貰えないでしょうか!」

 

 視界の隅にクエストログが進行を知らせた。『地下の納骨堂を調査せよ』との報せが現れ、同様の報せが入ったであろうアスナがシスターの願いを承諾した。

 

「わかりました。あなた達の司祭さんは、必ず見つけて来ます」

 

 アスナがシスターの手を握り、そう力強く宣言した。俺は現在の司祭サマとやらの状況を察していたが何も口には出さず、その様子を静かに傍観していた。

 

 

 

 地下の納骨堂への入り口となる床扉を開けると、そこには地下へ延びる石造りの階段があった。

 

「どうかお気をつけて・・・」

 

 シスターの見送りを背中に受け、俺の先導で地下へ潜っていく。

 

 壁に掛けられたランタンを手に取り、頼りにならない灯りで照らしながら一段ずつ慎重に降りていく。納骨された保管庫に辿り着くと、片手で持てるサイズの松明が床に置かれているのが目に付いた。

 

 俺はそれを拾い上げ、ランタンの火種を松明に移す。どうにか点火できたようで、先程よりは頼もしい灯りが確保できた。

 

「カナデ君、先ずは此処を調べるわ」

 

「了解」

 

 アスナも二本目の松明を拾い、火を移して調査を開始する。10メートル四方の範囲をくまなく探索すると、アスナが壁に小さな違和感を覚えた。

 

「カナデ君、ここ」

 

 刺された壁に注目すると、そこだけ他の壁とはわかりやすく材質が違った。コンコンと軽くノックして違いを検証してみたが、やはりこの部分だけ音が違う。

 

「壊すわ。どいて」

 

 アスナが腰から細剣を抜き、ソードスキルの初期動作を取った。俺は慌ててそこから退き、発生するであろう轟音に備え耳を塞いだ。

 

 ーーードゴオォン!!!!

 

 繰り出されたリニアーの威力は、壁を吹き飛ばすのに充分だった。中から地下洞窟へと続くであろう空洞が見えた。基礎が敷いていない土壁は衝撃で吹き飛び、砂埃を吹き上げた。微細な粒子が気管に入り、咳き込みながら頭の土埃を払い落とす。

 

「洞窟か・・・クエストも進行してる。ビンゴだな!」

 

 松明で奥を照らそうと掲げたが、どうやら相当長く続いているらしく、奥の詳細は闇に埋もれたままだった。

 

「じゃあ、先にどうぞ」

 

 アスナが先を譲ることに、俺は少し違和感を覚えた。いつもこう言った攻略クエストでは最前列で先導してくれる彼女が後手に回るとは。

 

「・・・怖いのか??」

 

「はぁ!?違うわよ!」

 

 ぼそりと呟くと、アスナは素っ頓狂な声を上げて否定した。俺は分かっていますよみたいな表情でニヤついていたが、そろそろ斬りかかられそうだったので表情を引き締めた。

 

「んじゃ、副団長サマの御命令に従い、私めが先を行きましょうか」

 

 見よう見まねでお辞儀をし、中世の騎士の真似をしてみせる。頼もしく揺らめく松明を掲げ、一寸先の闇を照らしながら何処かへ続くであろう暗い洞窟のへと進んでいった。


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