SAO ~絆で紡がれし勇者たち~ 作:SCAR And Vector
「よし、次はリンドくんの昇格試験だ。頑張ってくれた前」
アスナの実力試験を終え、リンドの昇格試験へ移った。先鋒を俺が務め、試合を開始する。
集まった血盟騎士のギャラリーから、リンドへ激励が寄せられる。仲間からの信頼が厚いリンドは、彼らの期待に応える様に右に握り締めたシミターを天に掲げた。
試合開始のカウントダウンが始まった。リンドと俺は互いに武器を構える。
俺はリンドの堅実な攻めのスタイルを警戒し、リンドは俺がアスナとの試合で観客に見せつけた《イレギュラー》を警戒する。
互いに視線で牽制を仕掛けあい、眼前の相手の一挙手一投足を見極める。
カウントダウンがゼロを刻んだ。俺たちはアスナの様に開幕先制攻撃を仕掛ける様な事はせず、じりじりと警戒しながら距離を縮めていく。
攻めに置いて、2人の実力は俺の方に軍配が挙がる。俺は盾を装備出来る片手武器の利点を捨て、攻撃に全振りする事を良しとしているからだ。盾を捨てる事で、防御の策は回避か受け流しの2択に選択肢は狭まるが、その分スピードが上がる。まぁ、蝶の様に舞い、蜂の様に刺すと言う舞踊スタイルを長年貫いて来た為、今更盾を使うのが気持ち悪いというだけだが。
しかし、逆に守りにおいては盾を装備しているリンドに軍配があがる。攻略組として最前線で経験を積んできた彼の盾捌きは、団長のそれには及ばずとも血盟騎士の中では一二を争う腕を持つ。アスナの目に見えない剣戟には手も足も出なかったが、俺のように少しばかり常人より攻撃速度が速い程度では、彼の堅牢な守備を打ち砕く事は出来ないだろう。
となれば《イレギュラー》を用いて翻弄するのが一番だが、これはアスナとの試合で公開してしまい、リンドもそれを警戒した上で戦法を練ってくる筈だ。実に歯痒い思いをしながら、俺はリンドの初動に目を光らせた。
先に仕掛けたのはリンドだった。盾でガードしながら距離を詰め、牽制の横薙ぎを払う。
俺はそれを後方へスウェイする事で攻撃を回避。そして右足でブレーキをかけ、体重を乗せて片手剣をリンドに叩きつける。しかし、リンドはそれを盾でしっかりとガードし、双方ともに牽制を掛け合った所でまた距離を取る。
大分攻めにくい。
それが素直な感想だった。リンドの様な盾持ちの最大の利点は、装備した盾で攻撃することが出来る事にある。それは通称《シールドバッシュ》と呼ばれ、盾で敵を叩きつける打撃技である。これを食らうと低確率だがスタンが付与され、大きな隙を生み出してしまう事になるのだ。攻略の際には頼りになるスキルだが、PVPのデュエルでは盾無しのプレイヤーにとってこれは大きな脅威に十分なり得る。
かく言うリンドもシールドバッシュを使いこなす歴戦の戦士だ。その守備力はあたかも壁を錯覚させるほど堅牢であり、簡単にゴリ押し出来るような相手ではない。
俺の思考を断ち切るべく、リンドは動きをみせた。全方向どこからでも発動できる単発技《フェル・クレセント》を横薙ぎに放つ。俺はそれをセイクリッド・ロングソードを地に突き立てる事でガードし、剣を台替わりに空中で側転する。アクロバティックな戦い方で観客を盛り上げ、俺は更に即宙で距離を置いた。そして不意のステップを用いてリンドに急接近。硬直が解けたリンドは盾でガード体制に移るが、それより早く俺は体術スキル《打砲》を撃つ。低威力だが、射程とスピードのある右肩のノックバック補正付きショルダータックルを受け、リンドは堪らずたたらを踏んだ。
なんとか食いしばって体制を保ち、リンドは上段からシミターを振り下ろす。その反撃を狙っていた俺は、セイクリッド・ロングソードの刀身で受け止め、切っ先を少し地に寄せる事でその軌道を逸らす。《受け流し》が華麗に決まり、俺は上段から単発技《スラント》を放った。リンドの腹部にヒットした一撃が決め手となり戦闘が終了。この勝負は俺の勝利で終わった。
その後の団長との試合で、リンドは最上級のソードスキルや持てる限りの小技を全て出し切るつもりで決死の奮戦を繰り広げたが、団長の圧倒的な戦闘力の前に敗れた。組織のナンバー3を誇るリンドが赤子の様にあしらわれるのを観戦し、団長の強さを俺たちは改めて見せつけられた様な気がした。
そして、アスナ、リンドの2人の試験結果を戦闘が終了し武装を解除した団長ヒースクリフが言い渡す。
「まずはアスナくん、リンドくん2人ともお疲れ様。カナデくんも協力ありがとう。2人の試験結果だが...」
団長の言葉を待ちわびる。今か今かと備え、辺りは静寂に包まれた。
「アスナくん、まずは君を血盟騎士団副団長に任命する」
「...え?」
新たな血盟騎士団副団長に任命されたアスナは、呆気に取られていた。団長の言葉の意味を理解したギャラリーはわっと歓声を上げ祝福の拍手を送る。だが、そこにはその結果に腑に落ちない様子の者がいた。
「ちょちょちょ!!俺どうなんの!?」
幹部から下されるのを危惧した剣士がその喧騒の中意を唱えた。と言うか、俺だった。
「カナデくんにはアスナくんの補佐も兼ねて、攻略戦の参謀総長の役に就いて貰う。そしてリンドくんだが、君を実働部隊の隊長に任命する」
またしても、歓声が沸き起こる。試験で二敗していた為に昇格の機会は無いと思っていたらしいリンドは、団長の言葉を思わず訊き返した。
「以前からリンドくんの昇格を望む声が内部から寄せられていたのでね。今回の試験で君の実力を改めさせて貰ったよ。いやはや、実に素晴らしい成長ぶりだ」
リンドは自分がどれだけ団員から慕われていたのか、大事なことに気付いた様だ。DKBを纏められなかった不甲斐ない自分を団員達から肯定され、今までの行いが報われた様に感じた。
「本日現時刻をもって、アスナくんを副団長、カナデくんを攻略作戦参謀総長、リンドくんを実働部隊隊長に任命する!異議のある者は?」
団長の問いに、誰も反論する様子は微塵も感じられなかった。
「それでは、全員彼らに盛大な拍手を!」
団長の号令でその場に拍手喝采が巻き起こった。俺たち3人はこれから正式なトップメンバーとして彼らを導かなければならない。俺はその使命を胸に刻み込み、団長から与えられた勲章を受け取った。
その晩、俺たちのギルドホームで団員同士の酒池肉林の大宴会が行われた。あるものは陽気に唄い、あるものは発泡酒が並々注がれたジョッキを片手に新人団員にウザ絡みをしている。俺やアスナ、意外にもリンドと言った未成年プレイヤーはーーー仮想的なので直接的な害は無いと思うが、酒の酔いを知ってしまうと危ないという真面目な理由でーーージュースを飲んでいた。
俺たちはそこそこ広い宴会場の隅っこの丸テーブルに3人で腰掛け、コップをカチンと鳴らせ小さく乾杯する。
用意された一級品の料理に舌鼓を打ち、場の雰囲気もあってか俺はガラにもなく浮かれ気分になっていた。
「あーあ、アスナに俺の役職取られちゃったな〜」
「いいじゃない。カナデ君、リーダー適正があるような人じゃないし」
少し嫌味を込めて言ってみたものの、思ったより辛辣な返答が返ってきて少し落ち込んだ。リンドはそのやりとりを観て陽気に笑っている。
「そういえば、アスナさんはキリト君とまだ交友はあるのかい?」
リンドの問いに、アスナは少し言葉を詰まらせた。グラスのオレンジジュースを見つめ、少し顔を俯かせる。
「あ、訊いちゃいけない質問だったかな?」
リンドが嫌なら答えなくてもいいが、と気をきかせてなだめようとするが、アスナはそれを手で制し、最近のキリトとの関係を語り始めた。
「キリト君ね、25層攻略の後から全然絡んでないの。なんか、自分を強化する事に専念してるみたい。今まで乗り気じゃなかった攻略戦も参加していつも以上に張り切ってLA狙ってるし」
キリトに背中を預け、共に戦場を駆けてきたアスナは、キリトが何処か変わってしまったと感じているらしい。聴けばキリトは最前線の迷宮区に丸一日篭り続け、何かに取り憑かれた様に自己の強化に勤しんでいるとアスナは語った。26層でキリトの方からコンビ解散を告げられ、今に至るとのこと。確かに、俺も最前線でキリトを見かけることは多々あり、その表情はどこかいつもとは違うような気がしないでも無い。
「まぁ、アイツのことだ。25層で思ったより深刻な被害が出て、高みを目指そうともがいてんじゃねーの?ほらアイツ、お人好しだし」
俺の適当な言い分に、リンドは確かにと相づちを打つ。アスナもそれに共感したそうで、バケットの中のパンを一口齧った。俺たちはお喋りで空いた腹を満たす様に運ばれてくる料理に手を伸ばす。俺は好物のハンバーグを食し、リンド、アスナもそれぞれ自分の好物を口に運ぶ。
「でもさ、血盟騎士団の中に料理スキル取ってる奴居てホント助かったよな」
「そうだね。シェフを兼任しているカルア君だが、リアルだとコックをやって居たらしいし、きっと料理を作るのが好きなんだろう」
「でもさ、この前違うフレンドに見せて貰ったけど、SAOの料理ってただ包丁で食材叩くだけじゃないか?やっぱそれじゃ詰まらなくて可愛想だよな〜」
俺は厨房を駆け巡るシェフを見やった。どうやら今もなお騎士団員からの注文に対応しているようで、厨房で忙しそうに手を動かしている。料理の製作過程が短縮化されたSAOだからこそ、この様に大量の注文に応じる事が出来るのであろうが、現実だと一体どれだけ時間が掛かるのだろうか。切るという工程だけでも時間がかかると言うのに。しかし、シェフのその手際の良さから、俺は勝手に現実の厨房でも似たような事があったんだろうなと推測していた。
その後俺たちは生産職について語り合い、今後の方針や各々の役割分担を我らが敏腕シェフ、カルアの手料理を共に話し合った。
そんなこんなで夜も更け、宴会はお開きとなった。テーブルの専用メニューから全卓上初期化のタブを押し、食べ終えた料理の皿や飲み物のジョッキが全て一瞬にして片付けられる。
俺は団長に一言挨拶を交わして、大型のギルドホームに備え付けられる簡易転移門を利用し、自宅として登録していた32層のマンションへと転移で帰宅する。転移に慣れすぎて現実だと歩くのも面倒になりそうだなどと考えていると、危うく仮想世界の利便性に感心させられそうになった。
1人ベッドの上で装備のタブを弄りつつ、アルゴの出版した攻略本に目を通す。最新版の攻略本で攻略状況を確認し、攻略の意欲を高めるのが最近の日課となって居た。
攻略本も読み終え、眠りに就こうとシーツを被って眼を閉じる。だが、俺の安眠はとある闖入者に寄って遮られたのだった。
扉をバンバンと強く叩かれる音に何事かと飛び起きる。夜中に騒ぐ輩に一言喝を入れてやろうと、俺は今にも叩かれ続けて壊れそうな扉を勢いよく開いた。
だが、俺が叫ぶよりも早く、胸部に衝撃が与えられる。その正体は、必至の形相のアルゴだった。
「俺っちを匿ってクレ!!」
俺は取り敢えずアルゴを中へ入らせる。この出来事によって、俺はとある事件に巻き込まれる事となった。