薬品の臭いが籠もる部屋、私の好きな臭いのする場所だ。
私はそこのソファーに座って持てなすように出された紅茶を飲みながら、淹れた人の講義を聴いていた。
「で、あるからして守護霊というのは幸福な記憶を必要とする訳だが、幸福の定義を自分の中で定めることで成功率が上がるという研究成果が出ている。分からなかったことはあるかね?」
「大丈夫です、先生」
「よろしい。では、次は実際に扱ってみよう。呪文は、エクスペクト・パトローナム」
私の前でいつもと違って授業モードのセブルスがゆっくりと杖を回す。
そして、呪文を唱えるとまるで煙のように銀色の光が杖から滲み出て形を作った。
光は絡み合い、一つの形を作り出していく。
それは宙を駆ける一匹の鹿であった。
「綺麗だわ」
「さて、実際にやって貰おうか」
「ねぇ、セブルス。貴方はどんな記憶を元に作ったの」
ふと、疑問に思った私は何となしに質問してみた。
これからやるのは特訓だから、私語厳禁って約束を忘れて思わずしてしまったのだった。
そのせいか、セブルスは短く咳払いをする。
「先生と、そう呼びなさい」
「……はい、先生。それで、先生はどうやって?」
「……ホグワーツに入学した時のことを考えていた」
本当に、と疑わしい視線を私は注ぐ。
だって、答えるまでに間があったからだ。
だがあんまり質問にかまけていたら特訓にはならないので守護霊を呼び出してみることにした。
「エクスペクト・パトローナム」
杖からボフっと靄が発生する、それだけだった。
それは紛れもない失敗で、横から始めにしては筋がいいと慰めの言葉をかける始末だ。
でも、高等呪文なんだから仕方ないのかも知れない。
「やはり、幸せの定義を見つける事が近道やもしれん」
「私、今が幸せよ」
「…………」
「セブルス?」
「……あぁ、ホグワーツでの生活か」
コテンと変なセブルスを見ていると、彼の大きい掌が頭に迫ってきてぐわんぐわんと乱暴に撫でられた。
な、何をするーっ!
抗議するように乱れた髪を直しながらセブルスを睨んだら、そっぽを向かれて視界にすら入れてくれなかった。
ただ、そんな彼の耳が心なしか赤かったので何故か照れているということだけは理解した。
一日二日で出来ることでも無く、その日の特訓は終わりとなった。
「はぁ、全然出来なかったわ」
「君の学年で出来る者を探す方が難しいことだろう」
「私の守護霊って何になるのかしら?」
「思い入れや特別な感情によって守護霊は姿形を変える。同じままであることは珍しく、一概にどの形になるかは出すまで本人ですら認知できないのだ」
「セブルスは、変わったことはあるの?」
「我輩は変わることは無い、絶対にあり得ないことだ」
そう言い切ったセブルスを見て、私はもしかして思い出じゃ無くて特別な感情なのかと勘繰った。
例えば、そう初恋の思い出とか恋愛感情だ。
ずっと恋人がいないなら、新しい恋をするまで初恋の気持ちのまま。
つまり、俺はもう恋はしないってことだろう。
あっ、たぶん失恋した感じだ。
「なんだ、その顔は」
「わたし、そんなに顔に出てた」
「何か思うところがあるのかもしれんが、気に病む必要はない。直に吸魂鬼も居なくなることだろう」
哀れみの視線を良い感じに解釈してくれたお陰でバレることはなかった。
そして、その日の特訓は終わるのだった。
それから、何度もセブルスの所に通っては特訓の日々だった。
たまにハーマイオニーの逆転時計で昼寝タイム作って授業を休んだり、かと思えば休んだ授業を逆転時計で受けたり、そんな毎日を送っていた。
「それでロンったら私の猫がスキャバーズを食べたなんて言うのよ」
「あの、クル、クルックなんたら?」
「もう、名前くらいちゃんと覚えてよ」
その日はハーマイオニーと逆転時計についての考察を話していた。
まぁ、ハーマイオニーの方は最近倦怠期に入ったのか、ロンに対する愚痴ばっかりだけど。
だらしないとか好き嫌いが激しいとか、でも面倒見はいいし年上に対する礼儀があるとか。
もう後半ノロケで、リア充コンフリンゴしろよと思うくらいだ。
というか、もう猫の話は4回目だよ。
「それで私の話聞いてた?」
「聞いてないわ」
「もう、また説明しなきゃいけないの!」
ロンの話はいい加減やめろと叫ばずには入られなかった。
さて、何を話していたかというと魔法省がどうして逆転時計を利用してヴォルデモートやグリンデルバルドを捕まえなかったのかという話だ。
「たぶん、起きたことは予定調和のように起きてしまうのよ」
「じゃあ過去は変えられないってこと?」
「捕まえても例のあの人は闇の時代を作り出すか、それか代わりに闇の時代を作り出す人物が出てくるとか。何かしらの修正力が働いてあるべき姿になるんだわ」
ハーマイオニーは世界は最終的に同じ状態に戻ろうとする、バランスを取ろうと修正する力が働くという考えだった。
保存則のように、変化があろうと本質は変わらないという考え方だ。
例え水が水蒸気になっていても、瓶の中の質量が変らない原理と一緒である。
その言葉に私はSF小説から得た知識で対抗してみた。
「じゃあ、世界が分岐するのはパラレルワールドみたいな?」
「たぶん、変えられても未来には帰れなくなるんじゃないかしら。元の未来には帰れないで別の分岐先の未来に行くのよ。でもそれだと、私達が過去を変えようとしても、現在にいる人間達の世界が変わる訳じゃ無いわ」
「どういうこと?」
ハーマイオニーはこういう事よ、と説明してくれた。
私がハーマイオニーと別れて現在から過去に行き未来を変えたとする。
そして逆転時計を使って変化した未来に行った私は希望通りの未来を観測する。
しかし、変化する前の未来、つまりは移動する前にいた現在は平行して変化した未来の隣にあるのだ。
だから、逆転時計を使っていないハーマイオニーはいくら私が未来を変えたところで変化を観測できない。
変更後の未来で会うハーマイオニーは別人で、元のハーマイオニーは最初の世界に居続ける。
「あれ、でもそれだと世界から消えた私はハーマイオニーの元に戻ってくるの?だって、別の未来に行ってるんでしょ」
「その未来を望んだ貴方がやって来るか、最悪世界が消えるわね。でも消えたかどうかは逆転時計を使った人しか認知出来ないし、消えても私は気付かないんじゃ無いかしら?」
「消えるの?」
「確認する術はないわ。観測しないと分からないなら、あるかないかを議論するだけ無駄だからよ」
だから、やっぱり修正力説が正しいのだという結論になった。
私の世界線説は却下である。
どっちにしろ、逆転時計で今世界が変わったとしても変ったかどうかは私達には分からないということだった。
だから、魔法省は逆転時計を使って抹殺計画とか立てないのだ。
「ところで、逆転時計に掛かってる魔法を解析したらいつでも時間旅行出来ると思わない?」
「危ないわ、それにこれは借りた物よ。解析して壊したらどうするの」
「魔法で再現できると思ったのに、そしたら返しても逆転時計なしに時間旅行出来るのに」
「絶対ダメよ、フリじゃ無いから、ダメったらダメよ!」
分かったわよ、とか言いつつ私は内緒で逆転時計を調べる事にしたのだった。
守護霊の呪文を習得できた頃、特訓を始めてから半年ぐらい経過していた。
セブルスは大人でも出来る人は少ないし、驚くべき早さだと褒めてくれたが私としては呪文習得にここまで時間を掛けてしまったことが驚きだった。
「もっと勉強しなきゃ、誰もいないか確認して必要の部屋に行くかな」
なんとなく、いつものように忍びの地図を開いて移動しようとして、私は違和感を覚えた。
「この名前……」
三本の箒、そこのパブでマクゴナガルとファッジの会話が頭に過ぎる。
「ピーター・ペティグリュー?」
それは死んだはず人の名前だった。
それが地図上で動いていたのだ。
「どういうことなの」
私は確かめずには居られなかった。
セブルス「空前絶後のぉぉぉ!超絶怒涛のホグワーツ教師!」
セブルス「リリーを愛し、リリーに愛された男!」
ダンブルドア「いや、ジェームズと結婚してるし」
セブルス「虐め、NTR、裏切り、全ての不幸を体験した……」
リーマス「若気の至りである」
セブルス「そう 我こそはぁぁぁ!」
マクゴナガル「コイツ、アホや」
セブルス「サンシャイィィィン、セブ……ルス!」
セブルス「イエェェェェェイ!」
※自虐に走ってるセブルスも笑ってはいけないホグワーツもないです。後書きはフィクションだよ。
変更点
セブルスに守護霊を教わる。