白雪姫と竜騎士   作:シュイダー

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実は両想いなのにお互い言い出せない、友だち以上恋人未満の幼馴染み。
「私はいいと思う」



白雪姫と竜騎士(上)

 そうちゃんに会いたい。

 目が覚め、不思議な喪失感を覚えたあと、姫河小雪(ひめかわこゆき)の頭になぜかそんなことが浮かんだ。

 少し前に小雪は、魔法少女となった。妄想とか、創作の話だとかそういったものではなく、現実に魔法少女となったのだ。魔法少女としての名前は、スノーホワイト。自分でつけた名前だ。

 (ちまた)で大人気のソーシャルゲーム、『魔法少女育成計画』。完全無課金でありながら、課金を前提としたそれらと比べてもクオリティが高く、人気になるのも当然と言えるものだった。そしてこの『魔法少女育成計画』には、ある都市伝説があった。何万人にひとりの割合で、本物の魔法少女になれるというものだ。

 小雪は、昔から『魔法少女』が大好きだった。

 可愛らしい魔法少女たちに心惹かれた。悪と戦う魔法少女たちの雄姿にも魅了された。

 自分と同じ、魔法少女好きの幼馴染みが親戚から借りてきた、昔の魔法少女ものも見たことがあった。画質は、確かに現代のものと比べると見劣りするが、魔法で人々を幸せにし、どんな危機にも立ち上がるその姿は、現代のものとまったく変わらないものだった。

 自分もいつか、彼女たちと同じように魔法少女になるのだ。男のため、なれたとしても魔法使いにしかなれないだろう幼馴染みにそう宣言して、悔しがらせたこともあった。

 年を重ねるごとに、同世代の者たちが『魔法少女』を幼稚なものだと切り捨てていくなかでも、小雪は『魔法少女』を愛し続けた。小雪にとって『魔法少女』は、自分の中の確固たる核、芯と言えるものになっていたのだ。

 魔法少女になって、みんなを助けたい。その思いは消えることなく、常に小雪の中にあった。他人に言えば馬鹿にされることはわかっていたため、それを言葉にすることはなくなったが、その思いを捨てることだけはしなかった。

 それだけ魔法少女になりたいと願い続けていた小雪が、『魔法少女育成計画』に手を出さないわけがなかった。

 とはいえ、本気で魔法少女になれるなどと信じていたわけではない。ゲームをしているだけでそんな存在になれるなどと本気で思うほど、小雪は子供ではないのだ。

 魔法少女になれるなんて嘘だろうなー、噂は噂でしかないだろうしなー、でも魔法少女のゲームって興味あるし、無料なんだからやってみるのも悪くないよね、ひょっとしたらほんとうになれるかもしれないし。そんな程度の気持ちだった。そこはかとない期待感がにじみ出ているように思えるのは気のせいだ。

 そしてゲームをはじめて約一ヶ月後、噂はほんとうだったと知った。

 鏡に映した自分の姿は、幼いころに思い描き、画用紙に実際に絵として書いたこともある、理想の魔法少女の姿だった。

 服装は、当時流行(はや)っていた漫画の主人公が通う学校の制服をモデルにした物で、色合いは『スノーホワイト』の名の通り白を基調とし、全体に花を散らしてある。

 姿も、変わっていた。小雪は、愛嬌があると言われたことはあるが、美人だと言われたことはない。小雪自身も、自分の容姿に対して、そんな感じだろうと思っていた。

 鏡の中の小雪は、美しいと形容するしかないほどのものになっていた。

 透き通るような白い肌に、長い(まつ)毛。しかし、小雪とはまるで違うというのに、それが自分だということに不思議と違和感がなかった。

 夢だとは思わなかった。夢のようではあったが、これは現実だという強い確信があった。

 そして、魔法少女育成計画のマスコットキャラクター、ファヴから説明を受けた。

 ファヴは、右半身が黒で、左半身が白の球体に、一枚だけ羽が生えた姿だ。スマイルマークを彷彿とさせる記号的な顔が描かれているが、表情は固定されているらしく、子供のような甲高い声をしていた。

 『魔法の端末』も含めてファヴからいくつか説明を受けると、その魔法の端末に記載されていた『スノーホワイト』のパーソナルデータをチェックし、使える魔法のことなどを調べた。

 正義感が強いだとか、うっかり者といったもののほかに、妄想癖があるなどの記述があったのはさておき、自分の使える魔法は、困っている人の心の声が聞こえるという、いかにも魔法少女らしいもので、小雪はとても嬉しくなった。

 それから二日間ほど、小雪は夜に自室を抜け出し、人助けを行った。新しく魔法少女になった者は、先輩魔法少女のレクチャーを受けるものらしいのだが、念願の魔法少女になれたことが嬉しかった小雪は、すぐにでも『スノーホワイト』として動きたかったのだ。

 『困っている人の心の声が聞こえる』というのがスノーホワイトの魔法ではあるが、そのほかに使える魔法はなかった。魔法少女が使える魔法は、ひとりにつきひとつしかないらしく、その魔法も千差万別ということだった。もっとも、身体能力は普通の人に比べて遥かに高く、トップアスリートでも魔法少女には敵わないぐらいなのだが。

 そのため、自分ではどうしようもなさそうな悩みはそのままにするしかなかったが、スノーホワイトの身体能力や知力でどうにかできそうなことは、時間が許す限り助けて回った。二日間で、人助けをすると溜まるというマジカルキャンディーは、魔法の端末内のキャンディー倉庫にいっぱいになった。

 はじめての魔法少女チャットでは、ほかの魔法少女たちに快く迎えられた。

 すべての魔法少女がいたわけではなかったが、来ていない者たちはあとで紹介して貰うとして、いろいろなことを話した。

 チャットの終了直前、ひとりの魔法少女から話しかけられた。名前は、ラ・ピュセル。担当地域が隣ということもあり、新人であるスノーホワイトの教育係を引き受けたということだった。

 どこかで会うことはできないだろうかという言葉に、翌日の深夜零時、ある海水浴場近くの一番大きな鉄塔で会うことを約束した。その日は、憧れの『魔法少女』と、同じ『魔法少女』として会うことができるという喜びによって、一日中落ち着かなかったものだ。

 絶対に遅刻してはならない、と待ち合わせの十五分前に約束の鉄塔に着き、てっぺんに駆け上がった。

 待ち人は、すでにそこにいた。

 ひと言で言い表すなら、『竜騎士』。()手、(すね)当て、胸当てなどの防具を要所に身に着け、巨大な剣を背負っていた。剣の長さは一メートルぐらいはあり、幅も四十センチメートルはある。大剣という言葉がぴったりだった。

 それだけならば『騎士』とだけ呼べばいいだろうが、鞘には竜を思わせる意匠が(ほどこ)されており、頭には竜の角のような髪飾りを着け、腰からは尻尾のようなものが伸びていた。それらが、竜を連想させたのだ。

 太腿や胸元といった、本来は隠す部分が見えていたが、それらは非常に女性的な魅力を感じさせるものだった。髪は、肩にかかるかかからないか程度でまとめられ、左右から垂らされていた。

 そこでスノーホワイトの方を見た彼女の顔からかすかな困惑が見え、自分が遅れてしまったせいかもしれないと慌てたものだった。

 そのあとに彼女の口から出た、小雪、という呼びかけに、今度はスノーホワイトの方が困惑した。

 なんでわたしの名前を知ってるんですか、というスノーホワイトの言葉に返ってきたのは、彼女が小雪の幼馴染みの少年、岸辺颯太(きしべそうた)だという答えだった。

 

 ベッドから身を起こす。

「そうちゃん」

 名前を呟き、彼の持つ二つの姿を思い浮かべると、ほんのりと胸が暖かくなったような気がした。

 颯太こと、ラ・ピュセルからまず説明されたのは、彼女もまた、ずっと魔法少女を好きでいたということだった。

 ただ、女子と違って、男子中学生の身で魔法少女が好きだなどと言った日には、変態認定待ったなしで、村八分(ムラハチ)にされてしまうということだった。魔法少女もののアニメをレンタルする時は顔見知りが少ない隣町まで行ったり、魔法少女関連の漫画や小説は誰にもわからないところに隠したりと、さまざまな苦労があるのだという。隠れキリシタンの気持ちがよくわかったよ、と遠くを見ながら語られ、大変だったんだなあ、と思うしかなかった。

 しかし颯太には悪いのだが、それを聞いた時、彼の苦労に同情するとともに小雪は嬉しくなった。

 颯太は、魔法少女のことを忘れていなかった。表に出すことはなかったが、そんな大変な思いをしながらも、同じ魔法少女好きの同志でいてくれたのだ、と思ったのだ。

 たまに見かけてもサッカーの練習をしているところばかりで、それに夢中なんだとばかり思っていた。そう言った時、サッカーも楽しいけど、サッカーと魔法少女は別腹、と返され、どちらも颯太にとって大事なものなのだということもわかった。

 颯太が魔法少女になったのは、小雪がなる一ヶ月前だったという。男の身で魔法少女になるのは非常に珍しく、この界隈(かいわい)では颯太だけらしい。

 ほんとうに女の子になってるの、というスノーホワイトの問いに、変身すれば完全に女だ、と返された。どこか恥ずかしそうだったのが気になったがそれはともかく、魔法少女としてコンビを組むことを約束し、二人きりの時も魔法少女としてふるまうようにすること、などのルールをいくつか(もう)け、それから魔法少女として一緒に活動してきた。

 充実している。

 それは間違いがないことで、こんな時間がずっと続けばいい、と思ってしまうほどだ。

 なにより、颯太とまた一緒にいれることが、たまらなく嬉しかった。

 ラ・ピュセルの魔法は、自身が持てる範囲で剣の大きさを変えられるというもので、スノーホワイトのものと違って荒事むきと言えた。なにかあったら自分が守ると言われ、スノーホワイトは嬉しくなったが、魔法少女を(おびや)かすようなことがそうそうあるわけもなく、いまのところ彼女に守ってもらうような状況には陥っていない。

 だがスノーホワイトの身体能力は、魔法少女の中では低めのようで、ラ・ピュセルに比べるとだいぶ見劣りする。単純な身体能力が必要とされる場面では、彼女がいなかったら助けられなかった人もいた。

 そう言うと、スノーホワイトの力があるから、助けを必要としている人のところへ助けに行けるんだよ、と言って貰えた。

 お互いに、補い、助け合える。

 独りではないということが、とても嬉しかった。

 颯太がそばにいてくれることが、とても嬉しかった。

「――――」

 ただ、いまは、よくわからない不安のようなものが胸にあった。

 なにか、嫌な夢を見ていたような気がするのだ。

 思い出すのは、颯太が小雪のそばから離れていってしまった時のことだ。

 颯太は、幼稚園の時はずっと小雪と一緒に遊んでいたが、小学生になってから男子の友だちと遊ぶ頻度が増えていき、中学生に上がってからは疎遠になってしまった。

 颯太が離れてから、小雪は独りで魔法少女アニメを観ることになった。

 いまではそれもだいぶ慣れたし、一緒に観ることこそないものの、ラ・ピュセルとはそれぞれが観た魔法少女アニメの話で盛り上がる時もある。

 それでも、あの言いようのない寂しさは、もう味わいたくなかった。

 小雪にも、仲のいい、同性の友だちが二人いる。しかし、どこか壁のようなものも小雪は感じていた。

 二人が壁を作っているわけではない。壁を作っているのは、小雪の方だ。魔法少女について、心の底から語れない。そのせいなのだと思う。

 不思議と、語ろうという気になれないのだ。いや、魔法少女について話はするし、それなりに熱くはなる。だが、ほんとうに心の奥底から湧きあがる思いを、口にしていない気がした。そんなふうに自然と語れるのは、颯太に対してだけだった。

 もしも颯太が女の子だったら、小雪から離れることなく、ずっと一緒にいれたのだろうか。

 そんなふうに考えたこともあったが、すぐに、それは嫌だと思うのが常だった。

 小雪は女で、颯太は男であって欲しい。ラ・ピュセルになった時のことはともかく、颯太は男であって欲しい、と思うのだ。

 自分は、颯太のことが好きなのだろうか。魔法少女好きの友だちとしてだけではなく、異性として。恋かどうかはっきりとはわからないが、彼とずっと一緒にいれたら、と思うぐらいには颯太を意識しているのも間違いなかった。

 だからこそ、颯太がもし魔法少女への興味を失い、また小雪のそばから離れていったらと思うと、どうしようもなく怖くなってしまう。

 ちょっと前に、ラ・ピュセルがなにか悩みを抱えていた時があったのだが、その時も小雪は気が気でなかった。なにに悩んでいるのかはっきりとはわからなかったが、何人かの魔法少女に相談し、久しぶりに颯太の家へ行って、話しをした。みんなからのアドバイスによって彼の悩みは解決したらしく、事なきを得たようだった。しかし、それから時折遠い眼をするようになったのはなぜなのだろうか。

 それはともあれ、颯太が自分から魔法少女をやめる気はないようで、小雪は安心したものだ。だというのに、どうして颯太が離れていった時のことを思い出してしまうのだろうか。

 颯太の意志ではなく、なにか別の要因で、彼がいなくなってしまうこともあるのではないか。そんなことが、ふと頭に浮かんだ。

 

 







原作は一巻と、短編集である『十六人の日常』しか読んでいないため、ある程度作者の独自解釈の部分があります。そのため違和感のある部分もあるかもしれませんが、ご了承ください。

付けるタグに悩みます。
カップル表記は変身前と後のどっちがいいのか。どっちも付けたけど。
女の子と、TSしたもと男のカップリングはガールズラブを付けるべきなのか。
R-15は付けるかどうか。


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