「うおおおおお!!!やっべえ、一週間後テストやんけ!」
その言葉は、忘れようとしていた現実を俺たちに突きつける言葉。勿論、俺は間髪入れずに永大へとボディーブローを叩き込み、凛は回し蹴りを打ち込んだ。
桜とアイリス(白状態)は呆れたように俺たちを眺める中で、突然アイリスが告げる。
「じゃあ、明日からの土日、私の家でお勉強合宿しますか?」
と。
永大は行くと一瞬で答え、凛も行くと言う。最近、俺についてくる様になったアイリスは自然と永大や凛とも仲良くなったのだ。未だに桜とは熾烈な争いを繰り広げてはいるけれども。
とまあ、そんなこんなで。俺もアイリスの無防備な私服姿を拝みたいという願望があったので行くと答えたら、頑なに行かないと言い張っていた桜が急に行くと言い始め、最終的にはいつものメンバーで行く事に。
そして、今日。
俺と桜、凛と永大はアイリスの大きい家の前に集合していた――――――
☆★☆
「でっかいなあ……」
「確かに凛もアイリスさんも大きいけど、朝っぱらからそういう事言うのはどうかと思うぜ?」
「マジで永大爆発しろよ」
「ひどっ!?」
土曜日の、朝十時ごろ。アイリスの家の前に集合した俺たちは、インターホンを押す手前で躊躇っていた。
理由は、目の前の家が大きすぎるのだ。どれくらいかっていうと、豪邸という表現が一番似合う程度には大きい。永大は取りあえず凛が成敗してくれているので、着替えや勉強道具の入っているバックを肩から下げたまま桜と目を合わして、ゆっくりとインターホンを押した。
ピンポーン、と機械音が鳴り響き、同時に声が発される。
「いらっしゃい。今日は来てくれてありがとうございます。そのまま玄関から入ってきてください!」
アイリスの声だった。俺たちはその声に従って、ぞろぞろと歩いていく。玄関を開けた先には、白いワンピースのアイリスが立っていた。
金髪碧眼の美少女。身長は高く、スタイルも並みのモデルを軽く凌駕する。
女性らしく体は全体に丸みを帯びていて、ゆったりとしたワンピースの下からでも存在を強く主張する二つの膨らみは桜よりも、そして凛よりも大きかった。
「おはようございます。じゃあみなさん、早速ですが私の部屋にどうぞ」
「やったぜ!アイリスさんの部屋だ!」
「……アイリスちゃん、私がこの馬鹿を締め出そうか?」
「い、いえ!大丈夫ですよ!」
凛が拳を握りしめ冷徹に告げる。俺の隣に張り付くようにしている桜は小動物の様にアイリスを睨んでいて、その様子を知ってか知らずかアイリスは永大と凛を先に行かせて、俺の傍へそっと寄り添ってきた。
桜は右側。アイリスは左側。
両手に花という奴だが、そんな呑気なことは言っていられない。苛烈な争いが、俺を中心として勃発するのだから。
「……結城、勉強でそういう事をしている暇がなかったら、何時でも言ってね?口でも手でも、望むのなら何処ででもシてあげるから」
アイリス(黒)が耳元で囁く。ぬるい吐息が耳たぶをくすぐり、背筋がぞくっと跳ね上がった。
左腕に絡みつき、柔らかい体を押し付けるようにして俺の傍に寄り添う。ぐにゅんぐにゅん形を変える双丘がさっきから腕に当たり、柔らかいやら気持ちいいやらで俺は何も言葉を発せなかった。
「悪いけど、そーゆー変な事をしようとしたらボクが黙ってないからな」
そして、右側から放たれる殺気満々の言葉。
「つるつるは黙ってたら?」
「は?ホルスタインも口を閉じてればどうだい」
「ふふふ、そんなにおっ○い小さいんだもの。ホルスタインって人を呼ぶのって、自分のコンプレックスを認めてるのよねえ?……まな板さん?あらやだ、まな板もつるつるね?」
「脳に行く栄養が全部○っぱいに行ってるんじゃないかい?後貧乳じゃない。つるつるじゃないし!というかあれはだね、結城が巫女服が下着だとか言うから下着を履かなかっただけで、本来なら見られる筈は無かったんだよ!だからそれで揶揄うな牝牛」
「そうね、本来ならみられるのはくまさんパンツだもんねえ?」
「くまさんパンツなんて履いてないし!!」
……すげえ、桜が押されてる。
これがアイリス(黒)の強さか。口喧嘩で殆ど負けなしの桜がここまで押されるとは思っていなかった。というかつるつる事件を話したのは不味かったですね。フルボッコされたぜ。
それに桜がくまさんパンツ履いてたのは小4までだ。今は水色と白の縞々が多い。
え?変態?なんのことかな!
「……どうせまだ処女なんでしょう?」
「ははははああああああああああ!?!?ちょっ、な、何を言ってるんだい!?」
「ふふふふふふふふ、結城とあれだけ一緒に居てまだ処女なの?お子様すぎない?あれだけ結城と一緒に居たのにいたのにいたのに居たのに居たのにイタノにイタノニイタノニ」
アイリス(黒)が俺の左腕を引きちぎらんばかりに握力を込める。ミシミシと軋む腕に、真っ赤になって慌てふためく右側の桜。混沌と化した状態で、桜が再び爆弾を投げ入れる。
「ふ、ふーんだ。ボクはもう結城と……そ、その……えっと、キ、キスまでしたこと在るんだからな!?」
自爆する桜。言葉の途中で恥ずかしがって赤くなって、最後はテンションに任せて叫ぶ。
その言葉を聞いたアイリスは、動かしていた足を止めた。俺と桜も止まると、ここぞとばかりに桜は得意げに言葉を発する。
「はーん!まさかキミ、キスもしたこと無いのかい?お子様だね!」
「………そうね」
桜の言葉に、アイリスは足を止めたまま俺に体を向けた。その方向に顔を向けていた俺は、
「じゃあ、今経験しちゃおうかしら」
「ふえっ?」
突然両頬をアイリスの白くしなやかで細い指に包まれて、変な声を上げて。
そして迫ってきたピンクの唇が俺の唇と密着し、彼女の整った顔が直ぐ間近に迫った。
「ッッ!?」
「な、な、な……!?」
驚く俺と桜。アイリスは俺に頬にあてていた手を背中へ回し、抱きしめるようにして俺にキスをしてくる。突然の行動に反応もできず、そのまま窒息しかけるまでキスをされ続けて、解放された瞬間に大きく息を吐いた。
「ふふふ、ご馳走様です」
俺が過呼吸気味になっているのにも関わらず、アイリスはけろりとしている。
真っ赤になって固まっている桜をちらりと見て、俺を抱きしめたまま、アイリスはにやりと笑った。
「じゃ、お代わりしますね」
「え?」
そして、呆然としている俺に顔を近づけて、再び唇を重ねる。
更に今度は。
「んっ……っふ……」
にゅるり、と。
口内に、アイリスの舌が侵入してきた。
ぬるぬるの舌は俺の歯茎を、歯の裏を凌辱してから俺の舌へと絡みつき、にゅるにゅると唾液の交換を貪るようにしてくる。気持ち良い不快感が俺の脳髄を麻痺させて、喉奥へアイリスの唾液が流し込まれているのを、されるがままの状態にしていた。
くちゅ、くちゃと音がしてそれもまた俺とアイリスを興奮させる。キスは止まらずにアイリスは頬を染めて俺を強く抱きしめてもっと強く、もっと濃密に絡もうと舌を蠢かす。
やがて、口が離される。俺とアイリスの唇の間に掛かった銀色の唾液の橋の奥で、アイリスは艶めかしく唇を舌で舐めた。
濃厚なディープキスが終わって、放心状態の俺へと再びアイリスは抱き着く。
左腕に柔らかい温もりを感じつつ、アイリスはそのまま歩き始めた。
30秒後。
「こ、こら!!おいていくなばかああああああああああ!!」
と、若干幼児退行したような声が聞こえたのは別のお話しだ。
キスの余韻からも解放されて、桜から【イクスティンクション・レイ】を喰らい、勉強会は始まった。
最初は数学から。桜とアイリス、学年……いや、学校でも1,2を争うレベルの成績上位者の講義を時々挟みつつ、テスト範囲を処理していく。その敏腕さと言ったらあの永大が数学を完璧に理解するレベルで、俺もまた助かっていた。
因みにアイリスの部屋は広い。女の子らしく可愛らしい色彩に家具の部屋だが、机の一部分だけが禍々しいオーラを放っている。
そのことを気にしないようにしながら、俺は必死に頭とペンを動かし続けた。
甘い匂いのする部屋で、時々感じる桜の殺気を無視して、勉強をし続ける。その俺にしては珍しい姿に、永大は宇宙人を見るような視線を向けてきた。因みに、直ぐに凛が殴っていた。
そしてもう一つの問題は、俺に問題の答えを教えようとしてくれるアイリス(黒)だ。
分かりやすく丁寧に教えてくれるのは凄くありがたい。しかし、その途中でワンピースの胸元を緩めたり唇を舌で舐めたりするのは如何なものか。桜には無い大人の魅力に悶絶しつつ、気づけば12時30分。
「……そろそろ、お昼ご飯にしましょうか」
アイリス(白)がそう呟いた。
それを聞いて、俺と永大はシャーペンを机の上に放り出してぐでーっと地面に横たわる。
「疲れた……」
「もう勉強なんてしたくない!」
そんな男子どもを尻目に、桜とアイリス、凛がすっと立ち上がった。
「じゃあ、ボク達はお昼ご飯を作ってくるよ。結城と永大は待っててくれ」
「んじゃ、行ってくるねー」
「行ってきますね」
そう言って、三人は部屋を出ていく。残された俺と永大は特に何をする訳でも無く、ぼーっと天井を眺めていた。何時もは聞こえる料理の音も、豪邸だからか聞こえない。少しの寂しさを覚える静寂の中で、徐に永大が呟いた。
「……そういえば、アイリスさんとお前ってどういう関係なんだ?」
「俺が知りたい」
「アイリスさんはお前の事を好きなんだろ?知り合い?」
「いや、全く知らん」
「何なんだそれ。まあ、時間あるときに聞いてみたらどうだ?そしたら教えてくれ」
「ん。まあ、答えてくれたらな」
会話が、途切れる。
沈黙というのは、何も気まずい物だけではない。安心しきった感覚に沈みつつ、そのまま俺は目を閉じた。
午前中にやった勉強の内容を頭の中で繰り返しているうちに、段々と睡魔が俺を包み込み始める。抗いがたいその欲求に負けて、俺はそのまま深い微睡へと落ちていった。