お待たせしました!!ご期待には応えきれてないかもしれませんが、巫女服です!
五月の半ば。
分厚い灰色の雲が空を覆い、風景は暗い。学校の窓から見える海は荒れ模様で、今にも雨が降りそうな感じだった。
そんな中、帰りのHR直後。自分のバッグに宿題で使う教科書や筆箱を丁寧にしまい込んでいる少女の元へ、二人の同級生が話しかけた。
「ねえ桜ちゃん、ちょっと良いかな?」
「ん?どうしたの?」
バッグのチャックを閉めて、顔を上げたのは学校でも一位二位を争うだろう美少女。
といっても彼女と争える人物は一人しかいないが。
彼女の動作一つ一つで甘い香りを漂わせながら揺れる黒髪ロングストレート。
大きな蒼い瞳に、端正な顔立ち。幼さと優雅さを併せ持ち、凛とした雰囲気の中にも木漏れ日のような優しさを含ませるその美少女は、
そんな桜に、同級生の片方が両手を合わせて頭を下げた。
「ちょっと頼みたい事があって!桜ちゃんにしか出来ないんだけど、頼んでもいいかな!?」
「んー……」
桜としては、はっきり言って聞かなくても良いと思っていた。
多少好感度が下がっても別に彼女は気にしない。正し一人を除く。
そう瞬時に考えて、今日の夕飯をカレーに決めた桜は断ろうと口を開いた。
「ごめn――――
「きっと暁君もメロメロになるよ?」
「――――話を聞こう」
頼み込んでいた同級生の横に立っていたもう一人の少女が小さく呟くと、桜は断るという選択肢を切り捨てて話を聞き始める。
☆★☆
「朝はパンっ♪パンパパンっ♪」
「パン派だっけ?」
「白米が最強だろ」
「キミは何なんだい?」
桜の作ってくれたカレーを二杯程食し、食後のテレビタイムを楽しむ時間帯。夜の七時半頃。
俺こと、平均平凡な男子高校生である
その内容を桜にツッコまれつつ、金曜日にやっている気の抜けるような旅番組を俺はぼけーっと見ていた時。
「……ねえ結城。巫女服は好き?」
「ど、どうしたんでせう!?急に!」
突然桜がお盆にコーヒーとお菓子を載せて台所からリビングにやって来て、俺に言い放った。
慌てふためく俺の前で桜は目をそらし、ソファとテレビの合間にあるガラステーブルの上にお盆を置きつつ事情を話す。
どうやら、クラスメイトに頼まれてとある神社のお手伝いに行かなければならないらしい。
それもその日は中学生の見学活動があって、どうしても外せない。それに神社に興味を持たないだろう現代っ子の中学生にやる気を持たせるためにも、超絶美少女である桜に巫女服を着てもらい神社の説明をしてもらいたいんだとか。
さて、ここで質問だ。
巫女服が嫌いな男性は居るか?いや、居る訳が無い。
恐らくここで俺が『巫女服きらーい』と言えば90パーセントくらいの確率で桜は神社の手伝いに行かないと思う。え?自意識過剰?ハハハ、まさかー……。
そして俺は、平均平凡な男子高校生。
こんなチャンスを、逃しはしない!!!
「巫女服は好きです!」
「ふうん、誰のでも良いの?」
「いや、今年初詣に行った時にお守りを売ってくれた巫女服のお姉さんが最高だった……ハッ!」
やべえ地雷踏んだ!!
あの日も桜さん機嫌悪かったのに!
「……ふううーん?そうかいそうかい、そんなにお姉さんが良いならさっさとあの神社行ってこいばーか!」
そんな事を言いつつ、四人くらいが座れるソファに座る桜。俺との距離は約30cmで、裸エプロンの時からおよそ10cmくらい縮んだ。
俺としては零距離でも良いのだけれど。
「いや、ね?まだ桜の巫女服見てないからさ、何とも言えないっていうか……」
「ボクの巫女服姿を想像出来ないのかな?」
「出来るに決まってんだろ。……はっ!」
「変態。へーんーたーいー」
「へ、変態ちゃうしっ!?」
ジト目で、コーヒーカップを両手で持ちつつ桜は変態と繰り返す。
そこまで言われたら反撃するしかない。俺はコーヒーを一口飲んで、なるべく声を低くして、
「それ以上言うなら押し倒すぞ(低音)」
そう桜に告げた。
すると彼女の顔が一瞬呆けたように固まって、そしてみるみる内に真っ赤に成っていく。耳まで一気に赤くなった桜は、コーヒーカップをガラステーブルに置くと、ソファに横たわった。
「その……き、キミならいつでも良いよ……?」
「いやごめんちょっと心の準備がががが」
「死ね!!死ねこの変態!!」
横たわったまま、クリーム色のパーカーに短パンで晒した素足で俺をゲシゲシと蹴り付ける桜。さっきよりも怒った風に、桜は俺の腹部を的確に穿つ。
「やめて!?ねえ、やめてくらさい!」
「死ね!ボクの覚悟と期待を踏みにじった愚か者は死ね!」
「高1で卒業とか早すぎんだろーが!」
「ヤれよ!さっさとさあ、男なんだからさ!!」
「何をだよ!」
「ナニだよ!」
「アウトだよおおおお!!!!」
段々変なテンションに成っていく桜の叫びに叫び返す。
かくして夜は更けていき、やがて土曜日の朝が来た。
記念すべき、桜が巫女服を着る日である。
☆★☆
中学生の神社見学学習のお手伝いとして、俺と桜はこの町の高い処にある古い神社へと向かっていた。
桜は春の終わり、温かい気候の為水色のパーカーに同色のスカート。俺はジーンズにワイシャツである。
荷物は全部俺持ち。と言っても、着替え程度しかないから楽なものだ。因みに着替えをもって逃げようとすると殴られる。経験者は語るぜ。
「……はあ。今更なんだけどボクが巫女服着たところで中学生諸君にやる気がでるかい?」
「一番真面目に勉強したらなでなでしてあげる♡とか言えば?」
「うわきもっ」
「酷い!」
俺だったら真面目に勉強するのに。
「……大体、巫女服なんて恥ずかしいよ。似合わないだろうし」
「いいや、似合うね! 絶対に!!」
「い、言い切るね」
「勿論。桜は可愛いからね!」
「……ばーか」
「あ、因みに巫女服は本来下着でだな……」
「死ねっ!!」
顔を赤らめて殴ってくる桜。学校ではいつもアイリスに絡まれていたから、二人っきりの時間というものは久しぶり……でもなく、最近はものっそい俺の家に居座るようになった。
最近なんか、俺が胡坐で座って本読んでるとその胡坐の上に乗ってきて、俺の腕が桜を抱きしめるような形を作ってから自分も本を読んだりし始めるんですよ。もうね、本どころじゃ無い。
しかもそれを何気なくやるフリして、顔が耳まで真っ赤なんです。
柔らかくて温かい女の子の体、美少女が体を預けてくる。
良く理性持つよな、俺。
数分歩いて、やっと山の上の神社に着いた。もう中学生はいるらしくて、桜は、
「覗くなよ」
とだけ言って着替えに行った。ワクワクしながら待っていると、やがて後ろの方から声が聞こえた。
「……着替えた、よ」
「待ってましたああああ…………あ……あ?」
元気よく、突発的に振り向く。
叫びながら振り向いたつもりが、途中から声が消えていった。
理由は単純。桜が、俺の幼馴染である雪柳桜が、美しすぎた。
紅白の巫女服に、黒髪を簪でポニーテールの様にして纏めている。真っ赤に染まっている頬と耳。潤んだ蒼い瞳に、白い足袋を履いた足。
肩は空いていない。脇も見えない。が、それ故に桜は清楚であった。
大和撫子というのは、清楚であり静かであり、強かな物だ。
日本古来の、四季の様な固い、それでいて美しさを持つ存在。静かに燃ゆる炎の様に、桜の巫女服は唯の美少女が巫女服を着たとかいう次元を超えて、一つの芸術作品と呼べる物だった。
肩空きを、否定する訳では無い。
しかし。
清楚な黒髪の大和撫子には、肩が開いていない清楚なイメージを持たせる、露出が少ないものが合っている。
「……何とか言ったらどうだい」
桜は、ジト目で感想を言わない俺を睨む。
口元を腕で覆いつつ、自分の顔が真っ赤になるのを感じながらも俺はしっかりと口を開き。
「可愛い。似合ってる。……その、綺麗だ」
そう告げた。
桜はそれを聞いて、頬を綻ばせる。しかし直後に俺に背を向けて、にやけ顔を隠した。
「そうかい。……じゃあ、安心かな。そろそろ神主さんの所に行こうか」
そう言うやいなや、桜はさっさと歩き始める。その後を慌てて着いていき、神主さんの元へ。
神主さんは優しそうなお婆ちゃんで、丁寧に詳しく桜にこの古い神社の事を説明した。今日の仕事内容を教えて貰った桜と、何故か巻き込まれた俺はお婆ちゃんに続いて中学生の元へ。
総勢、100人くらいだろうか。中学一年生の、この辺りの歴史を調べるというテーマの授業らしい。
「今日は、宜しくね。ボ……私は、雪柳桜って言うんだ……言います」
「俺は暁結城です。皆、よろしくな!」
桜は自主的に「ボク」というのを控えている。恥ずかしいのだとか。いつもは俺やクラスメイトに言ってるのに、変な所で恥ずかしがるのだ。かわいい。
「じゃあ、聞いてみようかな。この神社の名前は?」
「はい!染井吉野稲荷神社です!」
「正解。偉いね?」
「はい!後で撫でてください!」
「ふえっ!?」
許さんぞ小僧。
「え、えっと、じゃあこの神社の御利益はー?わかる人ー?」
「はあい!」
「お、違う子だね。どうぞ」
「お姉さんと僕が結ばれるように祈るための、縁結びの神社として有名です!結婚してください!」
許さんぞ小僧。
「え、ええと……」
「好きな人は居るんですか!?」
「そ、そのう」
「居ないなら良いですよね!?」
「あーっと……」
ちらちらと、此方を伺う桜。
狼狽える桜の様子を楽しむのも中々良かったのだけど、しかしここまで来たらアウトだ。先生に少し頭を下げると、担任なのか眼鏡をかけている先生がその生徒に向けて頭をぐりぐりし、何かを言っていた。
静かになる一帯。疲れたような笑みを浮かべる桜の前に出て、俺は続きの説明を始めた。
『染井吉野稲荷神社』。
昔、ソメイヨシノの前で結ばれた二人の男女が、死後も稲荷神社の狐となって二人で居続けたという伝説が元の縁結び神社。
その効果は凄いらしい。伝説もハッピーエンド? の事から、結構その面でも有名だ。
説明を終えて、自由行動。入ったらいけないところを説明し、俺は桜の手を握る。
「……何さ」
「いや、こうでもしてないと絶対男子どもがお前のところ来るから」
「嫌なの?ボクが他の人に囲まれるのは」
「嫌だよ」
「……ふーん。ふふ、そっか」
耳元に囁いて来て、最終的に笑みを漏らす桜。吐息がくすぐったいです。
先生方からも説明と注意があって、やっと神社内の自由探索が始まった。立ち入り禁止区域には入らないようにして、しっかりと石に刻まれている文字や看板、伝説の染井吉野も見ていく。
案の定群がってきた男子どもを威嚇して、質問には答えて、威嚇して、桜を守る。
何人かしつこく気合の入った奴も居て、
「はい!貴方は邪魔です、僕はその巫女さんになでなでしてもらうんです!」
「その必要はないだろうが!」
「はあい!僕のお嫁さんに手を出さないでください!」
「……×××」
「ダメだよ!それは流石にアウトだよ結城!」
「はい!」「はあい!」「はい!はい!」「はあい!はあい!はあい!」
「質問なんですけど……」
「ああ、それは私が答えるよ」
散策時間は、30分程度。
それなのに滅茶苦茶疲れた俺たちは、最後に中学生との挨拶を終えた後に、神主さんの元へ行った。
神社内を歩きつつ、神主さんの居る所へ歩いていく。室内へ入って、桜が中で会話している時に俺は神社内の散策へ。
余談だが、俺は結構神社が好きだ。だからこの染井吉野稲荷神社も来た事はある。
……縁結び神社だから、流石に桜とは来た事は無い。意気地なしと言われそうだけど。
それにしても、巫女服は似合っていた。桜を見慣れているはずの俺でも見惚れるレベル。あの中学生が桜に執着するのも分かる所が空しい。
特に「はあい!」の奴、お前は許さん。
「桜の夫は俺だz
「話し終えたよ……って、え?」
「z……ぞとか言うわけないじゃん!」
「死ねばかあほおっ!」
どこん!と背中に蹴りを喰らって、神社の道に倒れる俺。打ち付けた顔面を擦りつつ、地面に座った状態のまま後ろへ振り替えった。
「全く。そのだね、ボクは結構アピールしてるんだけどな」
「うん。うん」
「もう少し、踏み込んできてくれても良いというか、カモンといいますか」
「うん。うん」
「…………」
「…………」
「寝取られるぞ」
「それだけはやめろ」
大分キレ気味に言った桜は、ポニーテールを揺らし腰に手を当てて怒り始める。
「そのだね、ボクはその、……何回も言ってるけど!キミの事がす――――――――」
桜の言葉。
大事な時に。
突如として、強い風がブオオオッッ!!! と吹いた。
こ、これは俗にいうKAMIKZEじゃないか!! と、俺が脳内で叫び、そして予想通りに巫女服のスカートが巻き上げられて、
その下に隠されていた布地が―――――!!
見えなかった。
「…………………………え?」
そこに広がるのは、肌色一色。決して視力も動体視力も悪くない俺は、その肌色一色の景色をしっかりと見ていて。
やがて、自然にスカートがふわりと落ちて、再び下半身を隠す。目を見開き、顔を真っ赤っかにさせて固まる桜。突然の事に動けない俺は、暫し見つめあい。
「――――――変態っ!変態っ!へんたい!!ばーかばーかばーか!なんで見るんだよう!こう言うのは場所と時間を考えてよばかーー!!」
「知らねえって!風の所為だから!というかお前、ツルツルって………」
「うにゃあああああああ!!!わすれろおおおおおおおお!!!!」
「ふぐうっ!!痛い!拳痛いふがあっ!」
俺が桜に殴られて、そのままぽかぽかとやられ続ける。
運命の悪戯か、しくまれた事か。
桜が途中まで何かを言いかけたその場所は、伝説の染井吉野の前だった事に、この時は誰も気づいていなかった。