地を這う鴉は欧州に踊る   作:ストライクイーグル
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初仕事

  徹夜で何かをこなし続けるのは精神的にも身体的にも疲労は大きい。
  それは恐らくそれがどんなものでも辛いだろう。
  夜通し行軍を続けていたアリサも眠気と疲労でふらふらと立っていた。

  部隊は既に夜中に移動を済ませ、日の出前に予想交戦地点にたどり着いていた。
  そこは開けた農場が広がっており、捨てられた民家や納屋がぽつんぽつんと点在しており、それを区切る低い灌木の生垣━━━ボカージュ━━━が生い茂り隠れ場所には困らない。

  付近の農家や納屋はそこそこ広く、ユニットを隠して仮眠できたのは幸運だった。
  もちろん全員が一斉に眠るのではなく2時間交代で歩哨を行う取り決めがされていた。
  もちろんその取り決めは部隊全員に適用される。

「ほら起きて、交代だよ・・・・・・」
「ううん・・・・」

  丁度、故郷の住んでいた農場に置かれている干し草の山にダイブした瞬間に起こされたアリサは大あくびをしながら目を擦って状況を確認しようとした。

「ほら、アリサの番だよ・・・・
 起きてよ・・・・」
「ううん・・・・・ あと・・・・・・5分だけ・・・・・・」

  まだ眠らせろと訴える体を起こして声の方へ振り向く。
  起こした本人であるアンネ フレデリカ少尉も眠たそうにBARと双眼鏡を突き出していた。
  眠いのはお互い様、もう少し寝ていたいという願望と未だに襲い掛かる睡魔を追い払いながら受け取った。

「場所は近くの丘だよ・・・・ そこでお願いね・・・・
 やっと・・・・・・寝れる・・・・」

  その言葉を残してアンネはユニットを履いたまま3秒と経たずに眠ってしまった。
  さてと任務は任務、やらなければならない事だ。
  そう言い聞かせて納屋に隠していたジャクソンに足を入れて使い魔を開放させた。

  使い魔を開放しユニットを履いているとは言え、冷たい夜風を肌で感じながら重たいBARを持って哨戒に就くのは少し嫌だった。
  とは言え、サボっているのが発覚して罰を食らうのはそれよりも嫌だ。
  自分の頬をピシャリと2、3回叩いて指定された丘へと向かった。

「こんなに寒いなら毛布を持ってくれば良かったかな・・・・・・」

  寝起きで体温が低下しているなかに茂みしかない丘の上に上がると少し強めの風に目を細めた。
  風を遮ってくれるものはなかったが、寒さに少し不慣れな少女に容赦なく風は襲い掛かった。

「寒っ! 無理っ!!」

  ユニットから足を抜いて全速力で寝ていた納屋まで駆け戻り、先程まで使っていた毛布を抱えてまた全力で丘を駆け上がった。
  肩で息を切らせながらユニットに再び足を入れてから毛布で自分の体を包んだ。
  適度な有酸素運動をしたお陰で体は火照り、その熱を逃さないように毛布が包んでいるお陰で少し暑いくらいの温度まで上がったのは良かった。これなら多少風が吹いても問題なく哨戒を行える。
  風で飛ばされないように毛布を掴んで双眼鏡に目を当てる。
  月明かりがあるとはいえ、昼間の様に観察するには少し無理があった。

「よく見えないな、やっぱり暗視しないとダメだね」

  彼女の固有魔法魔法である暗視を発動させると全体的に緑っぽく映る以外は昼間と変わらない景色が目に映る。
  思えば何とも使い方や状況次第では便利な固有魔法だな、とつくづく思うと共にそんな自分に育ててくれた両親に感謝した。
  稜線を舐めるように双眼鏡を動かして何か異常は無いかと見回したが、これと言った気を引くような物すらない田園風景しかなくこれまでの時間が無駄の様に思えてきた。

「暇だなぁ・・・・・・」

  かれこれ2時間も何回同じ言葉を呟いたのだろうか。
  閉じ込めていた熱も既に冷めてしまっていた。
  水平線の彼方がほんのりと明るくなり、日の出までそう時間は掛からなかった。

  朝日が水平線から顔を出して暗視が役目を終えた頃、鶏の鳴き声の代わりに複数の航空機用エンジンが音が朝を告げに来ていた。
  見上げた時に彼方から航空機よりも小さい点が六つほど接近し、そのままアリサの頭上を通過した。
  現れたのは誇り高き空の魔女達にしてエリートである航空歩兵達だ。

「おーいっ!!」

  航空隊に手がちぎれるほど大きくほど振ってみた。
  気付かれずに素通りされるのは目に見えてはいるが振りたくなるものは振りたくなってしまう。
  すると一人が空に向けて手を振っているウィッチを見つけたのか大きくバンクさせて応えてくれたのだ。
  アリサが心の中でガッツポーズを決めたのは言うまでもなく、毛布を持っていた手を離して両手で大きく振った。
  本当のなら飛び跳ねて振りたかったが足枷のような重たいユニットがそうはさせてはくれなかった。

「さてと、そろそろ戻らないとな・・・・・・」

  地面に落ちた毛布を拾って寝ていた納屋へとゆっくりと土ぼこりを起さないように発進させた。


「いい? オルト、ニキータ、ルドミラ、早苗のA分隊は左翼に展開して残りのB分隊が右翼へ展開。
 いいわね?」
「ふん、いつも通りの待ち伏せだね?」
「そうだけど何か不満でも?」

  納屋の前で地図を広げて最後の打ち合わせをしていたが、その様子は傍から見たら絆の堅い部隊とは言い難い。
  とはいえ逆に考えればそれほど気の置けない仲なのだろうと思えば納得できる。

「それじゃあ各員、仕事を始めるわよ」
「りょ、了解っ!」

  キリッとした声にただ一人だけ返事してしまったアリサも頬を朝日の赤さに勝るとも劣らない紅に染めて配置場所へと走り出した。
  出だしは恥ずかしさで顔から火が出る思いをしながら初陣を向かえる事になってしまったが、自滅したのでは仕方ない。

  気を取り直して事前の打ち合わせ通りに納屋から見て右側に展開し土埃を起こさぬように静かに茂みの中に隠れ、砲身だけを覗かせている状態で敵を待つ。

  時折聞こえる銃声と爆発音を聞きながら黒煙を眺めてただひたすらに敵を待つ。
  早朝の哨戒とは違い、こちらは一時足りとも油断は出来ない。

  そう思った頃にふと、辺りが急に静まり返ったのに気付いた。
  先ほどまで鳴り響いていた銃声も爆音もしない。
  ただ、大地を撫でる風の音とそれに靡く草木の心地よい音だけがアリサの耳に入ってくるだけ。
  これが嵐の前の静けさなのだろうか。そう思うと不意に汗が流れ心臓の鼓動が早くなり、もっと酸素を寄越せと訴えてくる。
  心臓の要求に何とか応えようと大きく息を吸い込み、そして吐き出そうと口を大きく広げて深呼吸を

 《各員砲撃用意。目標、前進中の中型ネウロイ。距離4500。
 距離2000から各員自由射撃を許可》

  インカムから音声が流れると同時にネウロイ特有の悲鳴にも聞こえ、それに加えて微かに軽いエンジン音も混ざっていた。恐らく誰かが追い回されているのだろうか。
  照準器を覗き込み、丘へと伸びている一本道に照準を合わせたその時、一台のリベリオンのジープ丘から姿を現し、次いでそれを追ってきたネウロイ現れがこちらへと走ってきた。
  と同時に。

 《射撃待て! 射撃待て! 射線上に友軍を確認! 撃つな!》

  突然の射撃中止に戸惑うしかなく、照準器からバルクマンの方へ視線を送ってみる。
  どうやら彼女自身も突然の自体に焦っているようで、その伝わってくる焦りの空気にアリサも呼吸が徐々に乱れ始めた。
  不安と緊張、そして焦りが部隊全体に充満し始める。
  もちろんアリサもその一人であり、トリガーに指を離してひたすら射撃命令が下るのを待つ。
  本当にこの瞬間はもどかしく、出来るならすぐにでもネウロイに弾を浴びせてあのジープの脱出の援護をしたい。
  しかしその気持ちと口だけが先走っていた。

「隊長! 射撃許可をっ! 当ててみせます!!」
 《それは許可出来ない! 待機しろっ! これは命令だっ!》
「でも・・・・・・!!」

  何とか説得しようも口を開きかけたその次の瞬間にはネウロイの攻撃を受けてジープは兵士と共に宙を舞っていた。

「あっ!!!」


  その呆気ない光景に思わず声を出してしまったが、幸いな事にネウロイにも仲間の誰にも聞かれてはいなかった。
  アリサからネウロイまでの距離は既に2500、射線上の友軍も消えた。
  あとは待つだけであり、部隊全員の待望の瞬間は直ぐにやってきた。

 《射撃開始! 射撃開始!!》
「射撃開始!」

  初実戦のアリサだが、トリガーを引く指に躊躇いはなかった。
  あるのは敵を倒すという意思とネウロイへの敵意だ。
  だが、放たれた徹甲弾の雨はネウロイの脚部付近の地面へと命中しただけとなった。
  他の隊員からの流石は歴戦のウィッチと言わざるを得ない正確な射撃は的確にネウロイにダメージを与えていた。

  なんで、ただその一言が思い浮かんだ。
  きちんと照準を合わせてから発射したはず。
  それなのになぜ・・・・・・

 《新入りッ! ボケっとすんな! 死にてェのか!? さっさと撃てッ!!》

  誰の声か分からない怒鳴り声が彼女を思考の世界から現実へと引き戻させてくれたが、同時に冷静さを喪失していた。
  早く弾を当てなくちゃ、早くあの怪物を倒さなきゃ。その気持ちが彼女から冷静さを奪った。

「当たれぇぇぇぇ!!」

  大声で叫びながらトリガーを引いては徹甲弾を装填という作業を手早くしているつもりだった。
  アドレナリンも手伝っているのか、装填時間は確実に短くなってはいたが、命中弾とは程遠い弾を送り込むだけにもなっていたのは言うまでもないだろう。
  しかし幸いな事にネウロイはアリサの位置に気付いておらず、猛烈な制圧射撃を受けている状態となり、足止めの効果は充分果たせていた。

  弾薬庫内の砲弾の半数を消費した所でネウロイからの至近弾を受けてハッと我に帰った。
  既にネウロイは他の部隊員の正確な砲撃を前に特有の自己修復能力を上回るダメージを負って動けなくなっていたところだ。
  このまま押し切れば勝てる。
  直ぐにより貫通力のある硬芯徹甲弾を装填し、照準器を覗きんだその時。

 《警戒! 2時方向から2機目の指揮機型ネウロイが急速接近! 距離4000!》

  声の主であるライラの悲鳴の様な声と共にアリサ達が寝ていた納屋が木っ端微塵に吹き飛び、次いでその近くの茂みに着弾し周囲の物を吹き飛ばす。
  発射点に目を向ければ瀕死のネウロイよりも一回り大きく、連装砲を背負った様な2本の砲身が延ばしているネウロイが丘上に仁王立ちで狩るべき獲物を探していた。

 《各員へ伝達、1機目に火力を集中せよ、2機目には目もくれるな!》

  そうは言うものの、2機目の指揮機型からの砲撃は苛烈だ。
  そして何よりもただ闇雲に砲撃しているのではなく、潜伏していそうな地点を潰しているのだ。
  素人目から見てもあのネウロイは少なくともそういった砲撃出来る場所を分かっているネウロイだ、それなりに手強い相手だろう。こちらも用心せねばやられてしまう。

  そう思った矢先にビームがユニットの脇を掠めてすぐ脇に着弾し、アリサとその周囲の木々を吹き飛ばした。
  咄嗟にシールドを展開出来たは良いが彼女を隠す物はなく、その倒れかけた不格好な姿勢を晒す事になった。

 《B分隊、速やかに後退しろ! 下がれ!》

  言われなくてもと思いつつよっこらせと起き上がるが、その隙をネウロイが見逃すはずがなかった。
  咄嗟にシールドを前方に展開させるとビームと衝突したウィッチだからこそ受け切るもあんなものを直撃で受ければまず助からない。
  非常に宜しくない状況だった。
  ネウロイは完全にこちらを捕捉し、アリサを挽肉にしようと距離を詰めていた。
  そして恐怖に心を鷲掴みにされたアリサは悲鳴をあげて逃げ出した。

「う、うわぁぁぁああ!!」
 《くそっ! 新米が開けた場所に逃げた!!》
 《チッ! 援護しろ!》

  悲鳴をあげながら逃げ回るアリスとそれを追い回すネウロイ。
  その様子は逃げ回るネズミを痛ぶりながら追いかけるネコのようにも見えなくはない。
  だが悲鳴をあげなが逃げ回っているお陰でネウロイのターゲットはアリサのみとなり、期せずして囮の役割を果たしてくれていた。
  勿論その好機を歴戦とウィッチ達は逃がすはずはなかった。

 《効力射、撃ち方始め!》

  予め修正射撃を行っていたのかすぐに砲弾はネウロイの装甲の薄い所に命中、そのうち数発が赤く光るコアを守っていた装甲を破壊し露出させた。

 《新米! 今だ撃て!》

  誰のものかは分からない冷静だが怒鳴っている声が耳に入る。
  そうだ、私は敵を撃つ為に来た。
  すっかり忘れて逃げ惑っていた自分が恥ずかしくなる。
  大きく息を吐いて心臓を落ち着かせると不思議と気分も落ち着いてくる。
  残っていた最後の徹甲弾を砲に込め、砲栓が閉鎖されるのを確認。
  どんな状況でも死にたくなければ安全確認は怠るな。っと教官が口酸っぱく言っていた事が不意に蘇る。
  鬼すら泣き出すレベルの鬼教官に感謝した。

「発射!」

  放たれた一言と共に徹甲弾は発射され吸い込まれるようにコアへと着弾、コアを粉砕しネウロイも白い結晶に変化して崩れた。

 《目標の撃破を確認! 撃ち方止め、撃ち方止め!》

  ふと気付けば茂みからはライラやルドミラ、カティーナが頭を出して見つめていた。
  既に戦闘は終結しているようで一機をアリサ達B分隊が交戦しているうちに残りの一機をバルクマン、カリウス率いるA分隊が撃破していたのだ。

  さて、戦闘終結に際してアリサは自らの行動を振り返るがそれはそれは顔から炎が出るくらい恥ずかしくまた軍人として有るまじき行為と深く自分が嫌いになった。
  そんな半ば自暴自棄になりつつあるアリスの脇にライラのファイアフライが止まった。

「ナイス囮だ新入り、それと初撃破おめでとう・・・・・・と言いたい所だがありゃノーカウントだ」
「はい・・・・・・」

  あんなお粗末な失態を演じておいて一機撃破しました。なんて言うのは厚顔無恥にも程がある。
  だからこそカウントにはいれないし、入れられない。
  もし訓練学校の鬼教官が見ていたら恐らくは鉄拳制裁で済まないレベルだ。
  想像するだけで寒気がする。
  とはいえその教官が遠く離れた戦場にいるはずはない。

  安心してホッと一息ついて疲れもどっと出てきたのも束の間、すぐに部隊が移動準備を始めた。

「さっ、帰ろうぜ・・・・・・」

  空を見上げればこれまた見事な青空が広がっていた。
  また明日もこの空が見られるだろうかというぼんやりとした思考を浮かべて大隊が後退していったと思われる道へと走り出した。






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