あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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八話

寂れた小屋が完全に火に包まれた頃、ようやく刺客たちは現れた。

村人たちに寸前まで気づかれないよう、できるだけ遠くに潜んでいたのだ。

先に一人でやって来た男は完全に作戦を無視して、村の近くの茂みに隠れていたのだろう。

時間の開きから考えてラインハルトはそう結論づけた。

とはいっても空いた時間でできることなど、そうなかったが。

出来た事と言えば狼煙を上げることが出来ただけ。

しかもこの狼煙がちゃんと彼女に伝わったかも分からない。伝わったとしても来られる状況かも、神ならぬ俺には察することなどできない。

どちらにせよ博打でしかないこの賭けにラインハルトは命を載せた。

もう後には引けない。

もはやラインハルトにできる事は最後まで信じて戦いぬく事だけ。

それが彼らの命をも預かる俺の意地だ。

 

「.....何か様子が変だと思ったら、そういうことか」

 

辺りを見渡しながら近寄って来た新たな刺客は絶命する仲間を見て頷く。

 

「チッ!ガムロの野郎が先走りやがって!この戦闘狂が!」

 

横に並んだ軽薄そうな男が憎々し気に死体となった元同僚を睨みつけ、ペッと痰を吐く。

こいつのせいで計画がオジャンだ。死んでせいせいすらあ。とでも云うような顔だった。

 

横目でチラリと副リーダー格の大男に聞く。

 

「どうするよ?逃げた村人は?」

「計画は依然変わらん。好都合な事に標的は目の前に居る。丘上に逃げていく村人は裏手組が片づけてくれるだろうさ....」

 

それもそうだなっと頷く軽薄そうな男はニヤリと笑みを浮かべてラインハルトを見る。いや、正確にはその周りに立つ村人の男達をだ。

 

「なにお前ら?武器もって.....もしかして俺らと戦うつもりか?」

「そうだ。俺達が相手だ。村には好き勝手させやしねえ!」

「クク....あっそう。ふーん........―――んじゃ死ねや」

 

言葉の最後に、軽薄そうな男の手が霞む。

―――瞬間ラインハルトは左手を突き出した。

鮮血の真っ赤な花が咲き誇る。

 

「え?」

 

村人が表情を驚きに染める眼前で短刀がラインハルトの腕に刺さっていた。

なにが起こったのかというと、極僅かな予備動作で動いた刺客の手から極細の短刀が放たれたのだ。

狙いはラインハルトの横に立っていた男の喉元。

それに気付いたラインハルトが咄嗟に腕を上げて短刀を防いだのである。

腕から血が滴り落ちる様を呆然と見ている男の横で無言の表情で刺客を睨むラインハルト。

 

「....こりゃあビックリ!まさか身を挺して村人を助けるとはねっ」

 

信じられないと笑いながら手を叩く刺客。あっはっはと面白い余興を見るような面持ちだ。だが次の瞬間には目を瞠る事になる。

 

「失せろ下郎。死にたくなくば去れ!」

「ハハ、やってみろよ」

 

それは実現された。

なんとラインハルトは左腕に刺さっていた短刀を抜き振りかぶると一息に投げ込んだのだ。

狙いは真っ直ぐ、侮りの笑みを浮かべていた刺客の男に飛来する。

ギョッと目を驚きに染めた刺客は避ける余裕もない。

 

「ひェっ!」

 

男の喉元から情けない声が漏れる。

当たると思った瞬間――――――右から伸びた手が短刀を掴んでいた。

 

「....相手を侮り過ぎだ馬鹿が、相手はガムロを倒した男だぞ」

「あ.....」

 

一指し指と中指で短刀をつまんでいる大男が侮蔑するようにそう言った。

 

腕は悪くないが多勢と見るや気が増長するのがこの男の悪い癖だ。そう思いながら刺客の大男はラインハルトを見る。

強いな、見ただけで分かる。

 

手傷を負ったのにも関わらず微塵も戦意を消失していない事からも分かる。逆にこちらを全滅させてやるぞとでも云うような殺意のプレッシャーを放っている。戦う者としては一流の敵だ。

ピリピリと肌が粟立つのを感じて刺客は高揚した。

 

こんな辺鄙な村でこれ程の敵とあいまみえることになろうとは。

 

「あれは俺がやる。お前達は周りの村人を片づけろ」

「応っ」

 

副リーダー格の男の命令に頷く刺客達。しかし一人だけ異議を唱える者がいた。

軽薄な顔の男だ。

 

「待てよおいっ俺に殺らせろ!このまま舐められたままじゃ収まりがつかねえぜ!」

 

ラインハルトの意趣返しが男の逆鱗に痛く触れたらしい。

自業自得だと思わないでもないが大男は「良いだろう」と頷いた。

 

「ただし二人でやるぞ、異論はないな?」

「ちっ.....わかったよ.....」

 

完全に納得したと云った感じではないが同意した。これ以上恥の上乗りをするわけにはいかない。

 

刺客はラインハルト達と対峙した。

 

「いいな?さっき言った通り無理だけはするな」

「はい!」

「わ、わかった」

 

ラインハルトの言葉に緊張した面持ちで返す村人たち。見た目は屈強な男達だが肩を震わせている。それもそうだろう彼らは殺し合いとは無縁の環境にいたのだから。いきなり命の取り合いをしろと言われて承諾できるはずもない。

 

だからこそ、ラインハルトは耐え凌げと厳命したのだ。

一分でも一秒でも長く生き延びるのだと。

 

幸いなことに俺達は燃え上がる炎を背にしている。後ろから敵が現れる事はないだろう。

背水の陣ならぬ背火の陣だ。

後ろから敵が襲ってくる可能性が無くなったのはラインハルトにとっても心境的な負担が軽くなる。

 

にじり寄って来る刺客に合わせてラインハルトは腰の剣を抜く。

左腕が思うように動かないので右手だけで構える。

 

構えるラインハルトの前に二人の刺客が立つ。一人は飛び道具を飛ばす男でラインハルトを射抜くように睨んでいる。

もう一人は筋肉の塊のような大男だ。巌のごとく固く口を結んでいる。

二人ともなぜか腰に山刀を帯びていない。

 

軽薄そうな男は短刀を武器に使っていた事から飛刀使いだと分かる。

では大男の方は.....?

答えはすぐに分かった。

 

内心で疑問に思うラインハルトの前に来た大男はおもむろに拳を突きだし構えをとる。それは見たことのある型だった。

まさか....。

 

「拳闘士か.....?」

「ふっ良く分かったな」

 

帝国で古くから伝わる伝統競技。

元は同盟国でもあるローマ専制共和国が発祥で、奴隷同士をコロシアム内で殺し合わせる凄惨な競技だ。貴族たちの道楽によって日夜開催されていたらしい。

血塗られたルーツをもつ拳闘士は帝国にも伝わり人気を博していた。随分昔に見直された奴隷制度改革によって大西洋連邦では廃止されたらしく。

今も続ける帝国を非難する事の一つに使われているらしい。

元は自国でも行っていた競技のくせに帝国に対するプロパガンダに使っているのだから皮肉なものだ。

 

いや、今はそこではない。

着目するべきは大男が奴隷拳闘士だった場合だ。

コロシアムの掟で奴隷は百勝すれば自由になる事ができる。帝国政府もそれは保障している。

逆に言えば百勝できなければコロシアムを出ることは出来ないという事。

つまり目の前の大男は数百人からなる拳闘士達の頂点に立った存在。

筆頭拳闘士(プリームス・パールス)と言うわけだ。

 

ラインハルトは警戒レベルを二段階引き上げた。

対応を甘くすると一瞬で地面に転がされることだろう。拳闘士の戦いを子供の頃に観戦したことがある。拳闘士が相手を流れるように絞め落とした光景は今も忘れられない。

 

ふうっと息を吐く。頬から汗が流れ落ちた。

 

拳闘士における不変的な型の構えをとった大男は不動となりラインハルト唯一人を見詰める。

 

「お前に恨みはないが。俺の主の為に死んでもらうぞ」

「俺は俺の為に死んでやれないな....」

「傲慢な貴族らしい言い分だ。そうでなくては俺も殺し甲斐がない」

 

穏やかな口調の大男の瞳に怒りとも云うべき感情が見えた気がした。

貴族を心底恨んでいるのだろう。

 

「.....俺もだよ」

 

ラインハルトは大地を踏み込む。

ダッと強く地面を蹴り大男との間合いを詰めた。同時に刺客達も村人達に襲いかかり始める。

 

大男の眼前に迫ったラインハルトの剣が銀光と化し、鋭く斬り込まれる。

それをバックステップで躱した大男は、驚くほど迅速に間合いを詰め、体勢が戻っていないラインハルトに向かって拳を撃つ。

 

「っ!」

 

岩石の如き拳打を首を捻って躱すと剣を振り上げる。またもやラインハルトは驚かされた。大男はその巨体に似合わぬ柔軟性を見せ、地面を舐めるような低姿勢で剣を躱し流れるようにラインハルトの足を狙って蹴り払う。

風切り音を鳴らし迫る払い蹴りをラインハルトは後ろに向かって跳躍する事で躱した。

 

そこに合わせたように飛来する短刀。

 

大男の後ろで控えていた刺客が機を狙って投げたのだ。

 

ラインハルトは空中姿勢のまま剣を振り、短刀を打ち落とす。

 

注意が軽薄そうな男に向いた瞬間を狙って、

 

今度は大男の手刀がラインハルトに迫る。

 

寸前で気づいたラインハルトが身を翻し躱すが、次打で来た左拳をまともに受けてしまう。面白いぐらいラインハルトの長身が吹き飛んだ。

 

「がはっ!」

「.....軽いな」

 

咄嗟に後ろに飛んで衝撃を逃がしたか。

感嘆の思いで腹を抑えるラインハルトを見る大男。

 

「それでも堪えるだろう俺の拳は....?」

 

衝撃を逃してもなお残る痛みにラインハルトは無言で眼光を鋭くする。

 

その答えに笑みを深くした大男の後ろで控える男が飛刀した。

今が好機と捉えたのだ。

 

「はあ!」

 

喝を入れたラインハルトは剣を閃かせ短刀を弾いた。

 

それに合わせて大男の攻撃が迫る。この一連のコンボにやられたラインハルトはすぐさま剣を薙ぎ払う。

 

薙ぎ払いの剣刃をまたもや大男は巨体とは思えぬ速さで体勢を変え仰け反るようにして躱すと、そのまま地面に手を着きバク転をする。

しかも後転した際に足撃をラインハルトの顎に当てようとした。

直撃すれば粉砕骨折は免れないであろう一撃をギリギリで躱す。

 

「フッ!.....ハァッ!!」

 

それからも戦いは続いた。

 

大男と軽薄男の繰り出す執拗な連携によって激しい消耗を強いられるラインハルト。

 

それでも諦めず戦い続けた。

 

汗にまみれ土に汚れながら必死に剣を振るう。

 

だが、均衡は長くは持たなかった。

 

最初に崩れたのはやはり村人たちからだった。

 

彼らはラインハルトに言われた通り三人一組となり戦っていた。

 

斧やノコギリ・ハンマー等、各々の仕事道具を使い、ある村人は大鍋すらを盾にしながら。懸命に防戦していたのだ。

 

しかしそれでも彼我の能力は違い過ぎた。戦いにおける根底が、命を奪うことに対する意識が。圧倒的に違い過ぎた。

 

一人また一人と傷を負う者が増えていき、鮮血が舞い悲鳴が上がる。

 

気付いたラインハルトは駈け出して刺客と村人の間に入った。

 

刺客の攻撃を剣で防ぎ、返す刀で急所を狙う。

鋭く入った一撃が肉を裂き血煙を上げながら刺客は倒れた。

ラインハルトは熱い吐息を吐く。

 

「ハア....ハア....」

「――よそ見はいかんよ」

「っしま...!」

 

視線を向けた時には遅かった。

振り抜かれた拳がラインハルトの顔面を捉える。ミシリと肉が打たれ、その先の頭蓋骨にまで威力は通り。

ラインハルトの体は木の葉のように吹き飛んだ。

 

天地が反転するような威力を受けたラインハルトは地面を転がりピクリとも動かない。

 

「そんな!」

 

村人たちから悲鳴が上がった。傷を負った悲鳴ではなくラインハルトが倒された事に対する嘆きだ。

 

「よく持ったほうだろう....見事な戦いぶりだったぞ」

 

褒め称えるように大男は倒れるラインハルトに向けて言った。

返事はない。意識を失ったのだろう。

いや、生きているかも怪しい。

 

だが、本当によく耐えた。あの黒煙が上がってゆうに十分以上が経っただろう。

当初は一分と掛からずに終わるつもりだったのだがな。

 

そう思いながらラインハルトに向けて歩み寄る。

トドメをさすつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、この時。黒煙が空に上がって十数分が経っていた。

 

どこまでも飛んでいく黒煙は森からでも見上げられることだろう。

 

彼女が黒煙を捉えて十数分前。

 

その十分が運命を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

―――それはラインハルトが倒れる数分前。

 

 

裏手の丘に逃げた村人達が森の手前で集まっていた。

村長に言われた通りここまで来たが、どこに向かって逃げればいいのか話し合っていたのだ。

 

「森の中に入って事なきを得るまでは隠れていたほうがいいんじゃないか?」

「どこに隠れるっていうんだ」

「村長たちを待ったほうがいいんじゃないか」

「そうよ、きっと軍人さんが倒してくれるわよここで待ってましょう」

 

一向に結論の出ない問答を繰り返す村人たち。

 

最初に気付いたのは猟師のマシューだった。

問答を続ける村人たちから少し離れたところで呆れたように眺めていると。

 

「......ん?」

 

森から音が消えた。

賑やかだった動物達の営みがフッと失われ森に静けさが宿る。

村で一番に耳の良いマシューだからこそ気づけたが、まだ誰も森の異変に気づいた様子はない。

これまで生きて来た中で初めての経験にマシューは戸惑った。

 

「なんだ....?」

 

怪訝な様子で森を眺めていると、隣の友人が声をかけてきた。

 

「どうした」

「いや、森が.....」

「森.....?」

 

友人と一緒に森を眺めていると、やがて村人達も異変に気がつき始めた。

 

森の方から圧迫するような気配を感じたのだ。

 

まるで森から大瀑布の水流が溢れ出してくるような、そんな奇妙な感覚だった。

 

「おいおい....なんだ?」

 

ざわざわとした雰囲気が村人たちの間で漂う。

 

もう村人全員が森に向けて注視していた。

 

―――そして

 

森の中からザザザーッと音がしたと思ったら現れたのは動物達だった。

 

野兎や鹿といった小動物たちが村人たちの間を駆け抜ける。

 

「なんだなんだなんだーーーー!?」

 

突然の事でパニックに陥る村人たち。

それはマシューも同様で。

初めて体験する異常な事態に他の者達と同じように驚きの声を上げる。

 

そして見た。

 

「あ.....」

 

森の中から一人の女が現れた。

その女性は明らかにただの女性でなかった。とんでもない絶世の美女だったがそういう意味ではない。

なぜなら彼女はその身から蒼い炎の如き光を纏っていたからだ。

 

村人全員があっさりとパニックを忘れ去り、現れた美女を見ていた。

みんながみんな面白いぐらいに目を点にしている。

 

蒼い炎を伴いながらこちらに向けて進んでくる絶世の美女は神秘的な光景に固まる村人達をザッと眺める。

 

視線に合わせて不可視の風が頬を撫でたような気がした。

 

誰一人声も上げない中、女は口を開いた。

 

「あの人はどこにいる.....?」

 

声を失った村人たちは無言で目を見合わせる。

ややあって彼女の言う人物を察して、黒煙が上がる村を見る。

 

「あそこに...」

 

いますっと言い切る前に女は動いた。邪魔だとばかりに跳躍すると、固まる村人達の頭上を冗談のように飛び越えてその先に着地する。

そのまま疾風もかくやと云う速さで丘を駆け降りて行く。滑空する鳥よりもなお早いかもしれない。

あっという間に姿が小さくなっていく。

 

そして、その背を見届けることしかできなかった村人達の口からポツリと呟かれた。

 

「女神だ......女神が降臨された」

 

と、男が言うと。

 

「あれこそ正しくヴァルキュリアだ!俺達を救いに来てくれたんだ!!」

 

青年も同調を始める。

 

「そうだ。救世主が現れたんだ!!」

「うおおおおおおおおおおお!!」

 

一転して村人たちの興奮は最高潮に達っする。

 

丘の上で村人たちの歓声が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

鳥よりも軽やかに、風よりも早く丘を駆け降りるセルベリア。

 

ヤン達の元から離れたセルベリアは森の中を一直線に駆け抜けたのだ。

 

森を超えた先にいた村人たちを飛び越えて村を目指す。

 

風を切りながら走ると村は直ぐに目前に迫る。

 

家々の間を通り抜け黒煙の上がるその下に、

 

数秒後セルベリアは辿り着いた。

 

「殿下!ご無事ですか.....!」

 

絶句する。

視界に映った光景は、地面に倒れ伏すラインハルトとそれを見下ろす大柄な男だった。

 

「む?おまえは護衛の女か.....遅かったな今まで何をしていのだ?」

「あ、あ....」

 

訝しむような男を無視してセルベリアは一点に視線を倒れるラインハルトに向ける。

 

動き出す気配のないラインハルトにセルベリアは声にならない悲鳴を上げた。

 

「-----------!!!」

 

この世の全ての悲しみを述べるような悲鳴に、刺客たちは手を止めてセルベリアを見る。

 

「ふむ....壊れたか?コレがよほど大事な男だったと見た」

 

大男がラインハルトを見下ろして考察すると、くだらんと嘲笑する。

 

「そんなに大事ならなぜ助けに来なかった。およそ隠れていたのだろうな。それでも護衛か?.....もういい、お前達その女を殺せ」

「お、じゃあそれ俺にさせてくれよ」

 

大男の指示に応えたのは軽薄な男だった。楽しそうに短刀を弄びながらセルベリアを見ている。

 

「これほどの美人は初めて見るな~。たまらないぜ」

「.....いいだろう。だが一思いにやってやれ」

「へいへい、わかったよ」

 

軽薄な態度で頷くと男は短刀を構える。狙いは言われた通り心臓に定めた。

一瞬の内にあの世へ行けるだろう。

 

しかし最初に蒼い光が女の周りに見えた気がしたが気のせいだったのだろうか。強烈な圧迫感を感じた気もしたが女が悲鳴を上げた瞬間に霧散してしまった。

俯く女からは殺気も蒼い光も確認できない。

やはり気のせいか....。

 

男はそう結論づけて短刀を投げつけた。

 

狙いすませた一刀は違わずに女の心臓に向かって飛来する。

 

そして、

 

―――パシっと気軽な感じで女は短刀を掴み、

 

「へ?」

 

気付いた時にはもう男の胸に短刀が刺さっていた。狙い違わず心の臓腑を一突き。

な、なんで俺が投げた筈なのに.....?

 

疑問には誰も答えてくれず男は仰向けに倒れ込むのだった。

 

「なん.....だと?」

 

信じられないとばかりに大男が目を瞠る。

女が何をしたのか微かに見えていた。やった事は実にシンプル。つかみ取った短刀を投げ返しただけ。ただそれだけである。

だが恐ろしい程に早い。

女に注目していなかったら見逃していただろう。

 

女がゆっくりと顔を上げた。

―――そして来る。

 

溢れんばかりの殺意と共に蒼い光が女を中心に渦巻いた。

 

「――っ全員で殺せエエエエエ!」

 

途端に叫ぶ大男の命令に刺客達が動き出す。全員がこの女はヤバいと直感したのだ。

一番近くにいた刺客の山刀が女を斬る。確かに斬ったかに思えた。が、それはセルベリアの消えゆく影だった。

あまりの速さに残像が残っていたのだ。ズラーっと残像がブレて男の横を通ったと思ったら男の首が斬られた後だった。死んだと認識する暇もなかった事だろう。

 

ブレた残像が集束しようやくセルベリアの姿を再認識したと思ったら、

 

次の瞬間セルベリアの体が霞んだ。

 

刺客達の視界から瞬時に消えたセルベリアは、恐るべきスピードで間合いを詰め、いきなり彼らの目の前に現れた。すなわち既に間合いの中という事だ。

 

あっと声を漏らすよりも早く振り払われた軍刀が刺客の口から上を斬り飛ばした。易々と骨は断たれてだ。たちまち鮮血が噴き上げる。

 

その血が大地を染め上げるより先に、左右に斬撃が走り、肉が裂け血はしぶき上がる。

はらわたを落としながら崩れ落ちる刺客二人。

冗談のような気安さで刺客が死んでいく。

 

その都度に蒼い光が刺客たちの目を妬きつくす。

刺客達にとってその光は死の宣告のように思えた。

 

たった一人の女を殺すのに、彼らは数の利を活かせていなかった。

風のように蒼い光と共に駆け抜ける彼女を誰一人として捉えられず、気づいた時には自身の終わりを告げられていた。

 

「こんなバカなことがあってたまるかよ!」

 

現実とは言い難い悪夢のような光景に恐れ慄く刺客たち。

 

だが、戦士としての矜持がそうさせるのか、すぐに刺客達は動き出す。一斉にセルベリアを囲みこむように動くと山刀を突きいれる。

 

逃れようのない包囲攻撃に刺客たちは勝利を確信した。

 

だが次の瞬間セルベリアは華麗な舞いを踊るように回転すると斬り払う。

足に熱い痛みを感じながら刺客達は倒れ伏す。足に力を入れようとしても無駄だった。

見ると足は地面に立ったまま、男達の体だけが倒れている。

遅れて刺客達は大根でも斬るくらいの容易さで足を切断されたのだと知る。

 

――瞬間絶叫が響く。

 

男達の野太い悲鳴を背景にセルベリアは悠然と進み、敵対する中で最後の一人となった大男と面する。

 

「.....お前が」

「ぬっ?」

 

緊張の面持ちで不動の構えをとる大男にセルべリアは問いかけた。

 

「お前が殿下をやったのか」

「......そうだ」

「――死ね」

 

少しの間を空けて頷く大男に向かってセルベリアは簡潔にそれだけを言うと、

途端、セルベリアは影となる。残像を残して迫るスピードはやはり異常で。まるで映写機のコマ落ちの如く断続的に現れ距離を詰める。

 

大男はもはや目で追うことは早々に諦めて賭けに出た。

無骨な左腕を犠牲にする事を決めたのだ。

左腕を盾に心臓を守る。

 

――男は賭けに勝った。

 

突きの体勢で現れたセルベリアの剣突が大男の左腕を貫き止まったのだ。筋肉でギュッと刀身を絞めた大男は会心の笑みで言った。

 

「捕らえたぞ」

「それがどうした!」

 

セルベリアはあっさりと軍刀から手を離すと、その場で独楽の様に回り、回し蹴りを繰り出したのだ。

伸びやかな野鹿のような美脚から繰り出された痛快な一撃が大男の眉間にぶち当たり。ゴシュ!っと肉を打ったとは思えない鈍い音が響き大男の巨体は人形のように吹き飛んだ。

 

ゴロゴロと転がる男の体がやがて止まり、それを見ていた村人はヒッと悲鳴を上げた。

なぜなら大男の体はうつ伏せで倒れている筈なのに顔は百八十度回ってこちらを見ていたからだ。分厚い首が捻じれている。

 

サーっと村は静かになる。戦闘は瞬く間に終わっていた。

 

敵勢力の沈黙を確認したセルベリアは瞳を閉じる。するとセルベリアの体から放出されていた蒼い炎の光が消えていき、すぐに完全に消えてしまった。

 

その途端、セルベリアは激しい消耗を覚えたかのように息を荒げる。肩は強く上下していた。顔色も悪くドッと汗をかいている。

 

だが当のセルベリアは自身の容態を気にもせずラインハルトの元に駆け寄った。

 

「殿下!」

 

地面に倒れたラインハルトを助け起こし、セルベリアは泣きそうな顔で呼び起こす。

 

「目を、目を開けてくださいっ殿下ぁ!」

 

セルベリアの呼び声にも反応は見せずラインハルトは目を覚まさない。

 

「っわ、わたしは、また貴方を助けられなかったのか.....!」

 

思い起こす過去の記憶。

大事な人を一度ならず二度も助けきれなかった。

こんな様で何のために私は力を求めた!?無能者めセルベリア・ブレス!

 

自らを罵りながら涙を流すセルベリア.....その頬を撫でる手。

 

「っ!?でんか....?」

「......リア。なにを泣いている」

 

うっすらと目を開けた蒼氷色の瞳がセルベリアを見上げていた。

 

「よかったぁ....生きてた....!」

「あたりまえだ...勝手に殺すな。バカモノめ」

 

弱弱しいがフッと笑みを浮かべるラインハルトに一層の歓喜の涙を流すセルベリア。

 

「......わらえリア、あの頃のように笑うお前がおれは好きだ」

 

あの夢の時の様に、幼い少女の様に笑ってほしい。それが俺の最初の宝物だった。守ってやりたいと生まれて初めて思ったのだから。

 

だから愛しき者よ、笑み候え....。

 

ラインハルトが最後に見た光景は、泣き崩れた表情に無理やり笑みをつくろうとして失敗するセルベリアだった。その奇妙な泣き笑いにラインハルトは苦笑を覚えると、

それを最後に視界はまたもや暗転するのだった。

 

 


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