あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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七話

激しく切り結ぶ剣戟の連鎖。

 

いつまでも続くかに思われた、ラインハルトと刺客の戦いは佳境へと移っていた。

 

目に見えて刺客の方が押されてきている。

 

顔いっぱいに汗をして、山刀を振るう刺客は強い苦悶の表情を浮かべながら息を荒げていた。

 

時折、片手で脇腹を押さえている。

抑えた手からダクダクと血が流れていた。

最初に与えたラインハルトの傷がようやく刺客に影響し始めたのだ。

血を流し明らかに動きが鈍くなってきている刺客の剣圧は徐々に弱まりだしている。

 

押し切れる。確信したラインハルトは敵の手を休ませる暇もなく連撃を繰り出した。

 

「っく!」

 

ラインハルトの猛攻を何とか耐え凌ぐ刺客。しかし焦りが顔に色濃く出ていた。

 

っくそ、マジで強えな!剣を嗜む程度だとっ?嘘言ってんじゃねえぞ隊長のドアホ!

 

その上司は森の中で美女と追いかけっこ中であった。

 

そんな事を知らない刺客の男は心の中で上司を罵倒する。

と、その時――――

ラインハルトの振り払った剣が刺客の頬を切り裂いていった。

 

「うお!」

 

頬が裂け、血が流れるのも無視して地面を転がる。

あと数センチ横に逸れていたら頭を半分ほどに裂かれていただろう。

 

――――俺が死ぬ?

 

その考えが実感を伴い始めて、男は怒りに支配された。

 

ふざけるな!俺はこれからも人を殺す。まだまだ殺す!まだ楽しみきれてないんだよ!!

 

殺人に快楽を覚え殺戮に酔う。

男は快楽殺人者と呼ばれる存在だった。ヤンが帝都で拾わなかったらとっくの昔に死刑で地獄行きであったろう。

 

今まで何十人と刃を血で濡らしてきた男はまだ足りないとばかりに山刀を全力で閃かせる。

ラインハルトの頭を狙った一撃はフェイントで、力が乗り切る寸前に軌道を変え足元を狙う。

まずは足を崩してじっくりといたぶってやるぞ。

暗い笑みを浮かべる男の表情は、あっさりと崩れ去る。

 

男が山刀の軌道を変えた瞬間。手首を返したラインハルトの剣が翻り、山刀の振るわれた先に剣が割り入る。

地面に突き刺すように置かれた剣が山刀を防いだ。

 

「っ....!」

 

読まれている。

刺客の顔に渋面が広がった。考えたくないことだが、この目の前の金髪の男は短時間で自身の剣を見て把握し読み切るようにまでなったのだ。

恐ろしい程の天賦の才能だ。もはや刺客に勝ち目はない。

 

こうなったら.....。

 

刺客は牽制しながらチラリと横目で窺う。傍には倒れる村人の介抱をする二人の親子が居る。

恐らくは俺が切り刻んだ男の妻と子供だろう。一分の罪悪感も浮かばせる事無く刺客は内心でニヤリと笑みを浮かべる。

奴らを人質にして時間を稼ごう。肉の盾にして仲間が来るのを待つのだ。奴らもじきに到着するだろう。

そうすれば勝てる。この高貴なご身分にあられるクソッタレ皇子を殺すことができるのだ。生まれにも才能にも恵まれた男を嬲り殺しにするのはどれ程の愉悦を感じられるのだろうか。今まで殺した中で最高の瞬間を味わえる事だろう。

 

最高の未来を望むべく、まずは人質が先だ。

親子二人を見比べて決める。よし、ガキを使おう。盾にするなら申し分ない。

 

母親の傍で泣いている小柄な少女を標的に定め。

 

――――刺客は親子に向かって駆け出した。

 

それに気付いた母親が恐怖に顔を歪める。旦那を斬り殺した犯人が迫って来るのだから仕方ないだろう。

しかし悪いね、奥さんじゃないんだ。あんたの子どもを使わせてもらうよ。

 

親子に迫った刺客が少女に向かって手を伸ばす。

 

自分の子が狙われていると知り絶望する母親の前で笑みを浮かべる刺客の手は少女に迫る。

 

―――――瞬間。

 

刺客の手が吹き飛んだ。

 

「......は?」

 

思わずポカンと顔を呆気にして己の手を見る。鮮やかに切られた肉の断面から蛇口を捻ったように血が溢れ出す。

 

「ギャアアアアア!!?」

 

つんざく悲鳴を上げながら刺客は地面を転がる。

ぜえぜえと息を荒げる刺客は信じられないとばかりにラインハルトを見る。

親子の前に立つラインハルトの剣には血が付着している。そう、刺客の手を斬り飛ばしたのだラインハルトは。刺客が動いたと同時にラインハルトも動いていたのだ。

 

「どうしてわかった?」

「.....分かるさ。お前のような下衆がやる事を俺は昔から味わされてきたからな」

「なに.....?」

 

疑問の声を漏らす刺客に向かってラインハルトは剣を振り上げる。

 

「まっ....!!」

「問答無用」

 

斬!っと唐竹割りに振り切った剣が刺客の頭を両断した。

 

 

 

 

 

    ★      ★       ★

 

 

 

絶命した刺客を見下ろしていたラインハルトはゆっくりと振り返る。

呆然とこちらを見上げている親子と目が合う。

 

「大丈夫か?」

「.....は、はい」

 

恐る恐る頷く母親。その背に隠れる少女。二人とも灰のような紺色の髪に鳶色の瞳を持っていた。近くで見たことで彼女達の身体的特徴に気付いたラインハルトは口を開く。

 

「ダルクス人か....」

 

ダルクス人とは古の時代、邪法の力により「ダルクスの災厄」を引き起こし、100の都市と100万の人畜を焼き払ったと言われる民族だ。そのため長き世に渡り迫害を受けて来た。

 

「っ...」

 

ラインハルトの呟きに母親が息をのむ。目には怯えの感情が見え隠れしている。どうやら彼女もまた差別の経験を受けて生きて来たようだ。

彼女はラインハルトが純帝国人の見た目である事も相まって自分達をダルクス人という理由で蔑視するのではないかと恐れているようだ。そうなればどんな目にあわされるか分からない。

もしかしたら剣の矛先が自分達に向くかもしれない。

そう思っているのだ。

それ程にダルクス人という人種は嫌われている。

 

別にそんなつもりは微塵もないラインハルトは安心させるように剣を腰の鞘に納めた。

そして、

 

「すまない」

 

ラインハルトは頭を下げた。

 

「....え?」

「俺のせいで貴女方を危険にさらしてしまった。いや、ご主人を助けられなかった時点でそんな事を言う資格などないのだが....謝らせてほしい、すまない」

 

理解できないと云った顔でラインハルトを見る母親。帝国軍人がダルクス人に対して謝罪する。それは彼女の人生において天地がひっくり返っても起こりえない現象だった。

母親がとった行動は、

 

「......助けてくれてありがとうございます、この子を救ってくれてありがとうございます」

 

愛しい我が子の命を救ってくれたことに対する感謝であった。

夫を殺されて悲しい筈だ。悔しいはずだ。

俺に収まり切れない感情をぶつけてもおかしくない。怒りをぶつけてきても黙って受け入れるつもりだった。

それでも彼女は耐えている。叫びたがっているだろう心を押さえつけて。

強いな、と思った。本当に強い女性だ。

もし俺が彼女の立場であったなら耐えられる自信はない。

 

ラインハルトは目の前の母親に対して強い敬意を覚えた。

 

「ハルト殿~!」

 

高らかに俺のことを呼びながら走り寄ってきたのは村長で、その後ろから男達が付いて来ている。

目の前までやってきた村長は目に少年のような輝きを灯らせてラインハルトを見る。まるで英雄でも見るような眼差しだ。

 

「やりましたな!見事賊を討ち果たしもうしたなあ!」

 

興奮を抑えられないと云った感じで歓喜に震える村長。どうやらラインハルトが刺客を討った場面を目撃していたようだ。

 

「いや、まだです老公。賊は一人じゃない、恐らくじきにやって来るでしょう」

「むむ、そうか.....」

 

腕を組んで皺のある顔をしかめる。

 

「ならばやはり早く避難を進めねばならんのう」

 

村長は母子二人を見て、

 

「エムリナよ逃げるぞ、裏手の丘にすでにみなが行っておる。一緒に逃げるのじゃ。マーロイはもう....」

「.....はい」

 

逡巡するように横たわる夫を見て、ゆっくりと頷いた。

分かっているのだ。もうこの人が息を引き取っているのは。冷たくなっていく体が証明していた。

震える手で、娘の手を引いて立ち上がる。

 

「おか~さん。おとうさんは?」

「ニサ」

 

倒れ伏す夫を見て、幼い娘が母にたずねる。エムリナは抱きしめてあげることしかできなかった。

不思議そうにしていたが母の胸の中で安心したのだろう泣きつかれたこともあり直ぐに眠りだす。

抱き上げて歩き出す。ゆっくりと、だが確実に。歩みを止めることはなかった。

 

「.....老公。あの親子に付いて行ってやってくれないか」

「ふむ、しかし....いや、わかりもうした。後は頼みましたぞ」

「ああ」

「ご武運を....」

 

そう言って村長は母子の後を付いて行く。途中連れて来た男達に目線を向けると、男達は分かっていると頷く。

 

村長たちの姿が家々の先に消えていくと、ラインハルトは視線を残った男達に向けた。

 

「あなたたちは?」

 

いや、分かっているのだ。彼らの目的は。男達は各々が得物を持って此処に立っている。だとしたら目的はそれ以外ないだろう。

 

「俺達も村を守るために戦います」

「軍人さん一人だけに無茶させないさ」

 

木こり用の斧を肩に引っさげた男がニッと男臭い笑みを浮かべ、他の者達もそうだそうだと言っている。

ラインハルトはフッと息を吐き。

 

「軍人の本分に村人が入って来るな......とは言わん。頼めるか?」

「応!」

 

彼らの申し出は正直ありがたい。さっきの刺客の力量は自分と伍する力の持ち主だった。この力量の刺客を複数相手取ることは自分には難しい。

味方が増えればそれだけ戦術の幅が広がる。勝つ事はできずとも耐えることが出来れば....。

 

「絶対に三人で一人と戦え。そして倒そうとするな、牽制すればいい時間を稼げ」

「時間を?」

「そうだ....」

 

時間を稼いでどうするんだ?と疑問の顔を浮かべる男達の前でラインハルトはある物を拾う。

それは最初に刺客の目くらましに使った松明だ。

なにもコレは刺客に対して使う為に作ったわけではない、本来の用途は別にある。

その使い道とは。

 

ラインハルトは松明を持って歩き出す。

 

目的地には直ぐに着いた。それは一軒の寂れた小屋だった。

 

これは当初この村にやって来た時にラインハルトが泊まろうとしていた唯一空いていた小屋だ。普段は物置として使っていたそうだが、長年の風化により打ち壊そうとしていたらしく。中には何も入っていない。

今にも壊れそうな建物を改めて見て、

なるほど老公が慌てて止めさせて自分の家の部屋に変えさせるわけだと納得する。

 

その小屋にラインハルトは松明を投げ入れた。

 

投げ入れた先からゴウっと景気良く燃え始める小屋。木製だから火の移りが驚くほど速い。

 

これなら三分も経たずに小屋全体に火が行き渡るだろう。

 

豪快に燃え始める炎を眺めるラインハルトの後ろでポカーンとしている男達。

使っていない小屋と云えどまさか燃やすとは思ってもみなかった男達だ、ラインハルトの奇行に驚いた。

 

「って何してんだよ!?軍人さん!」

 

筋骨隆々のセムが慌てた様子で聞いてくる。

 

「落ち着け、これでいい...」

「なにがだよ、なにをしたんだ...?」

「呼んだのさ」

「呼んだ?」

 

ラインハルトは微かに笑みを浮かべて言った。

 

「最強の援軍を....!」

 

 

 

 






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