あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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五話

森の中を駆け抜けるセルベリアは視線を一点に捕えて離さない。

途中、何かを躱すように横に飛ぶ。すると飛来した矢がセルベリアの横を突き抜けた。

凡そ五十メートル先に立つ傷有りの男が放った矢だ。

 

傷有りの男は楽しむように矢を番え....放った。

 

ジグザグに走りながら木を盾にして進むも恐ろしい精度でそれはセルベリア目がけて飛んでくる。

かなりの使い手と言って云いだろう。

 

しかしセルベリアの目には勝利の確信があった。

 

確かに奴の射撃能力は高い。しかし森の中では私に圧倒的有利だ。乱立する樹木を盾に射線を乱せば私に直撃する確率は低い。

それに躱せない速度ではないしな.....。

 

首を少し横に傾けると、セルベリアの頭部に向けて放たれた矢が通過していく。

 

それを見た傷有りの男は口笛を吹き、冷や汗をかく。

 

「まじかよ、やべえな」

 

俺の矢が読まれてやがる。

いや、それだけじゃねえ。あの女どんな胆力してやがんだ!

 

当たれば致命傷を免れない矢の一撃を、わざと首すれすれの部分で躱しやがった。

並大抵のベテラン兵士でさえ同じことをするのは不可能だろう。

 

すでに距離は半分まで詰められてしまった。驚くべき速さだ。

 

「こりゃあ本気でヤバいか」

 

傷有り男もここに至っては勝ち目が薄いことを理解して、持ち場を離れる。

 

傷有り男が背を向けて走り出すのを確認したセルベリアは、それまでジグザグに蛇行していたルートを直線に変えた。

 

グングンと迫るセルベリアを傷有り男も確認して.....ほくそ笑む。

 

そうだ。来い、追ってこい!

 

傷有り男の向かう先は急勾配の斜面。そこには部下を配置させている。セルベリアの戦闘を影で窺っていた傷有り男は勝ち目薄いと考えあらかじめ配置させておいたのだ。

だからこれは作戦通り。

勝利を確信して追ってこい銀髪の魔女。それが断頭台に続く道だと知らず、あそこがお前の墓場だ!

 

見えてきた斜面に暗い笑みを浮かべる。走りながら矢筒に手を入れ矢を三本引き抜く。

 

見せてやるぜ、俺の三段撃ちを。

 

弓に番えたまま斜面に到着した傷有り男は。できるだけ慌てた様子で斜面を登った。

俺の演技に騙されれば勝率も上がるってもんだ。

 

斜面中腹の射撃地点に到達した傷有り男は万感の思いを込めて振り返る。

セルベリアも直ぐに到着するだろう。

中腰になり狙いを定める。

 

そしてセルベリアが木々の合間から飛び出して来たのを確認して、吠えた。

 

「今だ、殺れ!!」

 

途端に斜面麓の茂みに潜んでいた部下達が現れる。

その数は僅か二人。

だがそれで十分。

刺客達は山刀を鈍く閃かせながらセルベリアを襲う。

 

しかし、奇襲を受けたセルベリアはやはり冷静だった。

奇襲・だまし討ちは戦場の常。

南方戦線を経験したセルベリアにとってこの程度の罠は朝飯前だ。

微塵の動揺もなく軍刀を鮮やかに閃かせ刺客の首を刈り取る。

血泉を噴き上げる刺客の亡骸が倒れていくのを無視して次の刺客に視線を向ける。

 

その時。死角射線である斜面から三本の矢が放たれた。

 

風を鋭く裂きながら飛来する三本の矢はセルベリアに向けて迫りくる。

そして.....。

 

「なにいいいいいい!?」

 

傷有りの男は驚愕の声を上げる。

目の前の光景に我が目を疑った。

 

なんとセルベリアは飛来する三射に気付いた瞬間。

左から右にかけて真一文字に斬り払い、三本の矢を同時に斬りおとしてしまったのだ。

恐ろしいまでの神業的な剣技だった。

呆然とする傷有り男の目には、返す刀で残った最後の部下を斬り殺される光景が映っていた。

 

「.....これで終わりか?」

 

銀髪の魔女がこちらを見上げていた。

紅い瞳が俺の体を貫く。

ビクッと肩が震える。見れば鳥肌すら立って僅かに震えていた。

怯えているのか、俺が?

 

「....ウォオオオオオ!」

 

自らの感情を押し込めるように傷有りの男は弓矢を引いた。

 

しかしもう、先ほどまでの一射必中の精度を失っていた。

もはや躱す必要もなくセルベリアは斜面を登っていく。

 

「当たれ当たれ!.....当たってくれえ!!」

 

叫びも空しく山に響き渡る。

やがて矢が尽きたが、それでも指は矢筒の中を探して彷徨う。

 

「俺はこんなところで死ねない.....戻ってみせる。あの頃に戻るんだ....もう一度栄光をこの手に掴むまでは絶対に死ねん」

 

それは血を吐く様な形相で呟かれた。声音には男の執念が宿っていた。

過去に男になにがあったのか分からない。それを知る者も誰も居ない。

そして。

 

「そうか。だが殿下を狙った事実は万死に値する。お前はここで死ね」

 

唯一の生き証人である男もセルベリアによって殺され、真実は闇に葬り去られるのだろう。

 

覚悟した男は俯き、地面に座り込む。

 

目の前まで詰められた時点で男の策は全て尽きてしまった。

 

「.....」

 

そう、全てを遂行したのだ。

 

「く....くくく」

 

成功へと、導いたのである。

 

「クハハハハハハ!!」

「なんだ....?」

 

諦め切っていたと思われた男がいきなり狂嬉し始めたのだ。セルベリアは訝しんだ目で見下ろし。

 

突如ハッと表情を変えたセルベリアは後ろを振り返る。

 

 

 

―――村のある方角から火の手が上がっていた。

 

 

森の先から上がる黒煙にセルベリアは驚愕する。

 

「まさか....!」

「そのまさかだよ。悪いね、あんたの大切な人は今頃俺の部下に殺されているだろう」

「....きさまあ!」

 

憤怒の形相で睨みつける。男は軽薄な笑みでセルベリアを見上げていた。

罠だった。この男は自分すらも囮に使って私をここへと誘き出したのだ。

殿下の命ただそれだけを狙って!

 

「正直言って最初の作戦通りとはいかなかったがな。あんたが強すぎたからさ、俺の命まで作戦に組み込まなきゃいけなくなっちまった」

 

ヤレヤレと首を振る傷有り男の独白は続く、

 

「あんたとの勝負には負けたが、この戦には勝ったってところか、お互い健闘したと思うぜ?それにあんたは一人だったんだ悔やむことはないさ。まあ、そう言っても無理だろうけどよ。あ、そうだ。もし行くところがなくなったらウチに来ないか?あんた程の腕ならきっとすぐにナンバーワンになれるよ」

「.......」

「確かに俺達の間には因縁があるかもしれないけどよ。後腐れなく関係を築けると俺は思うね。あんたも虚け皇子と言われる奴の護衛なんかするより、自分だけの力でもっと上に行ってみたいと思わねえか?」

「.......」

「おいおい、ショックで声の出し方も忘れたか.....なんだ?」

 

そこで、ようやく傷有りの男はセルベリアの異変に気づいた。

目を凝らしてよく見れば目の前の女から淡い光が立ち昇っているではないか。

表情もなんだか穏やかで、さっきまでの怒りに満ち満ちた顔ではない。

おいおいなんだこりゃあ?

傷有りの男が驚いていると、セルベリアが口を開いた。

 

「.....ふたつお前は思い違いをしている。ひとつはあの方が私にとってどれほどに大切な人であるかという事....」

 

朗々と語られていくセルベリアの言葉にごくりと息を吞む。

 

「もうひとつは.....あの人がこんなことで簡単に死ぬような人ではないという事だ!」

 

その瞬間。蒼い炎のような光がセルベリアを中心に溢れ出した。

目を凝らしていたさっきまでと明らかに光りの量が強くなっている。

 

「なんだこりゃあ!?」

 

異常な現象を引き起こしたセルベリアを驚愕の表情で見詰め慄く。

 

――神聖なる清浄の光。

 

ユグド教徒であった男にその一節が脳裏をよぎる。

おいおいおいおい、まさか!こいつは、この女は!

 

動揺を隠せない男に向けてセルベリアはおもむろに軍刀を掲げた。

 

殺される!男がそう思った瞬間。

セルベリアと男の間に弾丸が撃ち込まれた。

 

男がハッと頭上を見上げるのと同時にセルベリアは驚くほど高く跳躍して斜面の麓に着地する。普通であれば骨折の一つもしそうな高所からの着地にセルベリアは何の反応も見せず、何事もなかったように森の中に消えた。

 

遅れてセルベリアの行動の意味に気が付くが今は動く気になれない。

今見たものが信じられない様子で、セルベリアが消えた森の一角を眺めている。

そこに。

 

「いや~危なかったですね。大丈夫ですか?」

 

斜面の上から降りて来たメガネの青年が笑いながら傷有りの男を見下ろす。

 

「あ、ああ」

「あはは、スゴイ顔してますよ。まるで神様でも見てしまったかのような。ね」

 

何が楽しいのか面白そうに傷有り男の顔を見て、そんな事を言った。まるで男の考えている事の核心を突く様な言葉を、

 

「ハイエル....お前何か知っているのか?」

「なにをです?」

「見ていただろう!あの炎のような青い光をだ!」

「ええ、あなたよりは知ってますよ....しかしまあ、『神器』を使わずにあの力を引き出したのは正直驚きましたけどね。あの人が最高の素体だと言ったのも頷ける」

 

ハイエルと呼ばれた青年は男の分からない言葉で一人納得したように頷く。

 

「あの力は、あれはいったい何なんだ....」

「貴方も薄々気づいているじゃないんですか?」

 

うっと喉が詰まる音を出して傷有りの男は村の方を見る。

 

「あれがそうなのか?あれが....」

「僕と手を組みませんか?今度は正式に」

「....なに?」

 

ハイエルの突然の言葉に疑問の声を上げる。

 

「上から見ていましたがあなたの戦術はとても素晴らしかった。最初こそ彼女を侮っていたが、その能力を知るや巧みに戦いを変えていき戦場を完全にコントロールしていた。自らも囮になる度胸は尊敬に値します。彼女の力がイレギュラー過ぎて包囲を食い破られ切り札を攻略されはしましたが、最後まで諦めず時を稼いだ。そして驚くべきは最後まで彼女を打倒する気でいた執念に僕はたまらなく感動しました。あの追い詰められた時の彼女とあなたの位置は僕が狙撃するに最高の場所だった。僕に彼女を撃たせようとしたのでしょう?」

「.....ああ、そうだよ。なのにお前は一向に撃ちやしなかった。あの時はお前を呪ったぞ俺は、勧誘するフリをして時間稼いでたのによ!」

「いやーそれは申し訳ない。彼女を撃つわけにはいかなかったものですから」

 

たははと頬をかくハイエルに傷有りの男は目を見開く。

 

「そうかお前は、お前らの標的は最初からラインハルト皇子ではなく」

「はい。セルベリア・ブレス。彼女こそ僕らの目的です」

「くそ、そういうことか!」

 

悔しがるように拳を地面に叩き付ける。

 

「黙っていて申し訳ありません。第一級極秘機密事項でしたので」

「.....てめえさては俺を逃がす気ないだろ」

「なんでですか?」

「なにさりげなく機密事項をしゃべってんだよ!俺はまだ手を組むなんて言ってねえぞ!」

「それではここで死にますか?」

 

おもむろに狙撃銃をこちらに向けるハイエル。すでに指がトリガーに掛かっていた。

 

「まてまて落ち着け!分かった話をしようか!」

「はい、ありがとうございます」

 

にこやかに笑いながら銃を下ろすハイエルに傷有りの男は頬を引き攣かせながら聞いた。

 

「ハア....それで、俺がお前と手を組んでなにかメリットがあるのか?」

「もちろんです。貴方が求めているものを私たちは用意しましょう」

 

胸ポケットから煙草を取り出していた傷有り男の手がピタリと止まった。胡乱気にハイエルを見上げる。

 

「知ってんのかよ?ふかしてんじゃねえだろうな」

「はい。クロードベルトの名産品のカンナエマスは僕も大好きですよ」

「.....マジで知ってんのかよ何者だお前ら」

「それは僕と貴方が真の同志になれたら教えます」

 

チッと舌打ちをして煙草に火をつける。それを咥えて肺一杯に紫煙を吸い込むと、ゆっくり吐く。

 

「......いいぜ、お前の言う同志とやらになっても。ただ、一つ条件がある」

「条件?」

「賭けと言ってもいいな」

 

傷有りの男は煙草を持つ手で指し示す、村のある方角を。

 

「俺の部下があそこでまだ戦っている。もしラインハルト皇子の首を上げていれば俺はその首をもって上に行く。お前との交渉は決裂だ。だが、暗殺が失敗したら俺はお前と手を結ぶ....どうだ?」

「うわ~何ともあなたに有利な賭けですねー」

「悪いかよ...この計画が失敗すれば俺はどのみちお蔵入りだ。上は俺を処分するだろう」

 

傷有りの男はハイエルを睨みつけるように見て、どうなんだよっと云う感じだ。

 

「分かりました良いですよ。その賭けを吞みましょう」

「言っとくが俺の部下は本当は強いんだからな?」

 

あの嬢ちゃんがボコスカ殺しまくったせいで、そんな気がしないだけで、殺しのプロだという事は偽りではない。

 

「大丈夫ですよ分かってますから。ただね、僕はあの男がこんなところで死ぬなんて想像も出来ないんですよ」

「何か知ってんのか.....ってのも今さらか」

「調べれば調べるほど面白い男ですよあの皇子は」

 

本当に面白いビックリ箱のような男だ。きっとこの人も僕のように驚くだろうな。

 

もし仮に未だ知られぬ英雄と呼ばれる存在を僕が選ぶならばラインハルト・フォン・レギンレイヴこそ知られざる英雄の雛であると僕は選ぶだろう。

 

その雛が育ち鳳凰と至るようであれば僕の邪魔になる。

 

障害を排除するためにはこの男の力が必要だろう。

 

「その時は期待してますよ。ヤン・クロードベルトさん」

「は?」

 






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